神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
* 3 *
「僕、は?」
目を開けると、すぐ側に涙を流してる夏姫が見えた。
彼女に助けてもらって上半身を起こすと、近くに血のついたナイフが落ちていた。
――そうか。刺そうと思って逆に刺されたんだ。
「よかった、よかった……」
泣きながら肩にすがりつくように夏姫が抱きついてくる。
どうして生きているのかわからないまま刺されたはずの胸を見てみると、シャツにはまだ乾いていない血とナイフが突き刺さった跡があるのに、その下の肌には傷らしいものはなかった。
「何があったんだ?」
「たぶん、百合乃ちゃんが、克樹を助けてくれたの」
「百合乃が?」
言われてる意味がよくわからない。
ただ僕が刺されたときとは違って、すぐ側でアリシアが膝立ちになって止まっていた。
「ははっ。ははははははははっ! あるじゃないか! 本当にあるじゃないか、エリクサー!!」
額に手を当てながら、近藤が笑い声を上げる。
「たった一滴で死にかけた人間を生き返らせるんだ。もっとたくさん集めれば、死んだ人間だって生き返らせられそうじゃないか!」
――どういうことだ?
ナイフの傷がなく、アリシアが勝手に動いていて、近藤がエリクサーの存在を語る。
夏姫の言葉から想像すると、アリシアに死んだはずの百合乃が乗り移って現れ、僕にエリクサーを使ったとでも言うんだろうか?
わからない。
でも、死ぬはずだった僕がいま生きていることだけは、確かだ。
「待ってて、克樹」
僕の耳元でささやくように言って、夏姫が地を蹴った。
近藤の右手に掴みかかった彼女は、その手にあった箱を奪い取る。
「スイッチを切れ!」
「うん!」
近藤から離れた夏姫が、箱を見てスイッチを切る。
彼女に襲い掛かろうとした近藤の前に、僕は違和感の残る身体を動かして立ちはだかった。
「オレは、オレは戦うぞ。梨里香を生き返らせるために!」
「でもそれは!」
「エリクサーは確かにあったんだ。あとは集めればいいだけだ。お前たちのスフィアをもらう。……それにお前だって、妹を生き返らせたいんだろう?」
なんで、近藤が百合乃のことを知ってるんだろう。
見上げるような身長の彼が、邪悪な笑みを浮かべながら見下ろしてくる。
「知ってるさ。あの事件はけっこうあのときニュースなんかで流れたからな。少し調べればいろいろ出てきた。お前だって妹を生き返らせるためにエリクサーがほしいんだろう? オレと同じだ! 克樹!」
「――違う」
近藤の言葉を、僕は否定する。
視線を少し落として、僕は息を吸う。
それから、言った。
「僕は人を殺すためにエリクサーを使うんだ! あいつを、百合乃を殺したあいつを僕は許さない! エイナは言った! 顔と名前がわかれば、そいつに死んだ方がマシなくらいの苦しみを与えながら、その後に殺すことができる、って。百合乃のことを殺しながらのうのうと生きてるあいつのことを、僕は絶対に殺す! 例えエリクサーが得られなくても、いつか見つけ出して、僕はこの手で殺す!」
たじろぐように二歩、三歩と下がる近藤。
「克樹……」
後ろから夏姫が声をかけてきたが、無視した。
「戦え、近藤。エイナは言った。戦って、集めろと。たぶん戦うことが必要なことなんだ。僕のスフィアがほしければ、戦って奪い取れ!」
「は、はははははっ。そうさせてもらうさ!」
近藤との第二戦、第二ラウンドのゴングは、僕自身の手で鳴らした。