神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第七部 無色透明(クリアカラー)の喜び 第四章 2

 

          * 2 *

 

 

「ショージさん! 危険だからすぐにここから離れて!!」

「うるせぇ。用があって来たんだ! んなことよりも、あいつはどこにいる?」

 僕の警告を切り捨てて、鋭い視線で辺りを見回してるショージさん。

「あのドールがエイナさんで、モルガーナだよ」

「あいつで、モルガーナ? あぁ、身体を乗っ取られたかなんかしたのか」

「魔女さんが自分の存在を、エイナさんのスフィアに移しちゃったの」

「なるほどな。あの魔女がちんちくりんになってるのはそういうことか」

 百合乃にフェアリーケープを解除してもらい、僕はショージさんの側に駆け寄る。

 屋上から落ちてきた割と大きな瓦礫も見えてるはずなのに落ち着き払ってるショージさんは、僕の頭をぽんぽん叩いてから、車を回り込んでモルガーナと対峙した。

「いまさらいったいなんの用かしら? 音山彰次さん」

「てめぇにゃあ用はねぇんだよ。忘れ物があったのを思いだしたんでな、取り返しにきただけさ」

「忘れ物?」

 訝しむように眉を顰め、構えていた長大な黒剣を小さくしたモルガーナは、ショージさんに切っ先を向けた。

 危険を感じてないのか、わかった上でなのか、怯むことのないショージさんは大きく息を吸い、叫んだ。

「いつまでそんなところで寝転けてるつもりだ! 家出するにしても大概にしろっ。拗ねてないでそろそろ帰ってこい!!」

 たぶんエイナに向かって声をかけてるだろうショージさんに唖然とする。

 意思を封じられてるエイナが声をかけたくらいで目覚めるなら、僕やリーリエが呼びかけた時点で反応があったはずだ。

「無駄だよっ、ショージさん! いまエイナは身体もモルガーナに奪われて――」

「黙ってろ克樹! 親子の問題に口挟むんじゃねぇ!!」

 駆け寄ってコートを引っ張る僕を振り払い、ショージさんは本気で怒った目で睨みつけてくる。

 ――親子の問題?

 これまでエイナのことになると口が重かったショージさんが、自分から親子だと言ったことに、そんな風に意識が変わるような何かがあったことを感じた。

 モルガーナの方に目を向けてみると、茶番だとでも思ってるのか、不快そうに目を細め肩を竦めながらも、手を出してくる様子はない。

「俺も反省してるよっ。お前を無視して、ほったらかしにしてきた! だけどもう帰ってこいっ。これまでのことも、これからのことも、親子で話していこうっ。お前が帰ってくるための身体も、こうやって用意した! だから帰ってこい!!」

 そう言ってショージさんが後部座席のドアを開けて抱え上げたのは、ぐったりとして稼働していない、アヤノ。

 モルガーナのことを怒りと、寂しさと、愛おしさを含んだ複雑な目で見つめるショージさん。

 そろそろ飽きてきたのか、モルガーナは天に向けて剣を振り上げた。

 それでも動くことのないショージさんは、大きく息を吸い、呼んだ。

「アキナ!!」

 聞き覚えのない名前だった。

 エイナという名前は、ショージさんが大学時代に好きで、エイナを構成する脳情報の元となった東雲映奈さんにちなんでつけられたものだ。

 たぶんエイナのことをアキナと呼んだショージさんに、僕は問う。

「アキナ、って?」

「あいつの本当の名前だ。アキナの脳情報は、先輩の――映奈だけじゃなく、俺のがほんの少しだけ入ってる。それで映奈と一緒に決めたんだ。映奈の奈と、彰次の彰を取って『彰奈』。あいつの名前はエイナじゃない、アキナだっ」

 説明してくれたショージさんはまたモルガーナに向かい合い、叫ぶ。

「まだそんなところにいるつもりか? 俺のしつこさと映奈の気の強さを引き継いでるはずのお前が、魔女になんて負けるはずがない! さっさと起きて俺の元に帰ってこい、アキナ!!」

 不快そうに目を細めたモルガーナは、剣から黒い光を伸ばし、そのまま振り下ろそうと両手で持つ。

 そのときだった。

「くっ?! ま、まさか……、そんなはずは!!」

 左手で頭を押さえ、苦しげに顔を歪めがモルガーナ。

 剣を取り落として、右手も使って頭を抱え込む。

「あぁああああああぁぁああぁぁぁーーーーーっ!!」

 両膝をついたモルガーナは、空に向かって雄叫びを上げた。

 

 

 

「せ、精霊如きがっ!!」

 低く、大きく呻き声を上げるモルガーナだったが、ついに抑えきれなくなったらしい。

 禍々しい黒と紅の身体が、華やかな桃色の光を放ったのを、彰次は見ていた。

 光は頭に集中し、両腕で必死に抑えようとしている魔女の抵抗を振り切り、小さな球となって身体から離れた。

 そのまま風に揺れるようにふわりと浮かび上がり、アヤノへと飛んだ桃色の球は、額から身体に入り込む。

 ゆっくりと、瞼が開かれた。

 動かないはずのアヤノが目を開き、まるで人間のような瞳を涙に濡らした。

「お帰り」

「……ゴメンなさい、ショージ」

 顔をくしゃくしゃにして涙を流すアキナの頭を、彰次は自分の肩に押しつけた。

 エイナの――アキナのことはずっと気にしていた。

 名前からも、端々の性格や仕草からも、東雲映奈の脳情報で構成された人工個性なのは、最初から気づいていた。けれど直接目の当たりにする機会を避けてきた。

 アキナの方から誘っているような、会社宛のイベント招待券が届いたこともある。それでも彰次は、会う勇気がなかった。

 恐かった。

 東雲映奈の、そして自分の娘であるという認識自体は、以前からあった。

 東雲映奈の死に直結した原因であるアキナと会って、自分がどういう反応をするのか、予測不能で恐れていた。

 けれどもう離すことはない。

 東雲映奈に託され、自分の娘だとしっかり意識することができたアキナを、手放す気などなかった。

 自分の娘と別れるなど、考えられなかった。

「謝る必要なんてないさ。俺が悪かった。すまない、アキナ。それから、お帰り」

「はい……、はいっ。ただいま、ショージ。――パパ!」

 泣きながら嬉しそうに笑い、横抱きにされたままアキナは彰次の首に両腕を回してきた。

 愛おしい自分の娘を抱き、彰次もまた泣いていた。

 

 

            *

 

 

 両膝をつき、片手で顔を覆い、片手を地面について身体を支えるモルガーナは、震えていた。

 ――まさか……、まさかこんなことが……。

 精霊としてのエイナが身体から抜けたことで、失ったのは彼女の存在だけではないことを感じていた。

「これで戦えるようになったはずです、克樹さん。それにリーリエさん……、では、ないんですね。百合乃さん」

「うん、あたしは百合乃。初めまして、アキナさん。戦えるようになったって?」

「あの人は自分と、わたしの思考のふたつを使って、同時に複数の魔法を使っていたんです。わたしが抜けたことで、強力な力は同時に使えなくなったはずです。少なくとも、片方は全力とはいかないはずです。それだけじゃありません――」

 一度言葉を切り、こちらに強い視線を向けてくるアキナは言った。

「あの身体を抜け出すとき、一部ですがエリクサーをこちらに持ってきました。これであの人は、克樹さんたちを倒すだけでは世界との同化は叶わなくなりました」

「くっ!!」

 アキナの言葉に、モルガーナは噛みしめた歯の間から苦悶の声を漏らす。

 ――なぜ人間如きに、精霊如きにコケにされなければならないの! 私は神になる存在。人間を超えた、魔女であるのに!!

 自分の十分の一にも満たない時間しか生きていないただの人間如きに、手を加えて生み出してやった精霊如きに翻弄されることが許せなかった。

 克樹たちのことも、自分のことも、許せなかった。

 一〇〇〇年近い時間をかけ、方法を見つけ出し、これまで綿密に進めてきた計画が、いま音を立てて崩壊しようとしていた。

 ――許せないっ。

 人間の想い如きに負けたことが、許せない。

 ――許せない!

 人間の力程度に拮抗されることが、許せない。

 ――許せないっ!

 そんな状況に追い込まれている自分が、許せない。

 ――許せるはずが、ない!!

 ゆらりと立ち上がったモルガーナは、天を仰ぐ。

 いつのまにか曇り始めていた空からは、ひらひらと白いものが舞い降り始めていた。

 星は雲の向こう。宇宙は星の果て。

 遠かった。遠すぎた。

 手が届くはずだったものが、いまはもう遠く感じていた。

 ――だったら、もういらない。

 力なく肩を落とし、舞い落ちる雪に交じって冷たい涙を零すモルガーナは、しかし紅い瞳で空を射落とすように睨む。

「もういらない。必要ない。すべていらない。すべて捨てる。だから、すべて焼き捨てる。人類を、世界を、いまここで、滅ぼしましょう」

 それをするのは次の段階と決めていた。

 神と、世界と同化し、絶大なる力を手に入れた後にすると決めていたことを、いまやると決めた。

「私の意志をっ、神の意志を、いまこそ表してあげましょう!!」

 天に向かって叫び、モルガーナは克樹たちを睨みつける。

 決意は終わった。

 計画は終わった。

 望みは、叶えられなかった。

 すべてを捨てることを決めたモルガーナは、それを呼んだ。

 

 

 


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