神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ) 作:きゃら める
妹の百合乃を殺した犯人を苦しめて殺すことを願い、生命に関するあらゆる奇跡を起こすという神秘の水エリクサーを巡る戦いエリキシルバトルに参加した音山克樹。妹の脳情報を元に生まれた人工個性リーリエとともに操るのは、身長二〇センチのスフィアドールというロボット、アリシア。
一二〇センチのエリキシルドールに変身したアリシアで、克樹とリーリエは母親の復活を願う浜崎夏姫、恋人の復活を願う近藤誠、見えなくなった目を治したいと願う中里灯理を下し、協力するようになる。
引き分けた猛臣とも緩い同盟を組み、バトルを主催した魔女と呼ばれる女モルガーナと、彼女が従える人工個性のアイドル、エイナを見据え、克樹の叔父の音山彰次やバトルの参加を拒否した資産家女性の平泉夫人とも関係を持ち、戦いは続いていく。
多くの謎や不思議がある中、モルガーナに最も近い人物であった天道翔機を下し、彼から魔女の目的が不滅を得ることかも知れないと聞く。
バトルは終盤戦となり、不明なバトル参加者ふたりを探す克樹たち。そのとき克樹はエイナのデートの誘いに乗り、彼女と会い、楽しい時間を過ごす。
そして克樹は知る。残りのエリキシルソーサラーがエイナの、それからずっと一緒に戦ってきたリーリエであることを。エイナの脳情報が先輩であった東雲映奈だったことを知り、関係者となった彰次を巻き込み、克樹たちを取り巻く環境は新たな段階へと進んでいく。
銃撃に倒れた平泉夫人、リーリエの裏切りを知った克樹の裏で、モルガーナのことを嗤うまだ見ぬ存在が浮かび上がってきた!
物語はついに終盤戦へ! 「神水戦姫の妖精譚 第六部 暗黒色(ダークブラック)の嘆き」に、アライズ!
第六部 暗黒色(ダークブラック)の嘆き 序章
序章 ナーバスブレイクダウン
差し込む朝日が目に染みて、夏姫(なつき)はまぶたを開いた。
もうすっかり冬の空気になっている部屋は、低い陽射しでは暖かくならない。古く断熱性の低いアパートでは、冬用の布団でも寒さを感じるほどだった。
けれどいまは、去年よりも少し暖かい。
夏姫の視線の先にある、寝顔。
ひとり用の布団で、夏姫に身体を寄せて眠っているのは、眉間にシワを寄せている男の子、音山克樹(おとやまかつき)。
彼が誰かと戦い、平泉(ひらいずみ)夫人が凶弾に倒れたあの日から、もう一週間。
克樹は一度も家に帰らず、ずっと夏姫が住むアパートの部屋で寝起きしていた。
学校にも行かずに昼間は夫人が収容されている病院に毎日通っているようだが、それ以外は日がな一日横になって何もせずにいるか、部屋の隅で考え事をして過ごしている。
頬杖をついて身体を起こし彼の寝顔を見下ろす夏姫は、そっとクセのついた髪を撫でる。
音山克樹は、芯の強い男の子。
何度も助けられて、支えてくれた頼り甲斐のある彼は、いまは何もできない甘えん坊の子供になってしまっていた。
頼ってくれるのは嬉しい。その相手が自分であることに、幸せすら感じる。
けれど同時に、夏姫は心配でもあった。
「誰なのかな? 最後のエリキシルソーサラーは」
一週間の間、克樹は一度もあの日のバトルに関することを話してくれていない。あのとき最後のエリキシルソーサラーがふたりともわかったと言っていたのに、それが誰なのかは教えてくれていなかった。
近藤と灯理(あかり)には随時、克樹の様子は話してあったし、猛臣(たけおみ)にもメッセージは飛ばしてあった。学校のことは、何か事情を知っているらしい彰次(あきつぐ)から話を通してある様子だった。
リーリエからも一度連絡があったが、詳しいことは話してくれず、克樹のことをお願いされて、それっきり。
何が起こったのかは、予測はできる。けれど確信はない。
克樹が話してくれること以外を信じるつもりはなかった。
悪夢でも見ているように、彼は強く目をつむっている。
そんな彼の髪を撫でながら、夏姫はそっとささやく。
「これからどうするの? 克樹」
呼びかけても起きる様子のない彼。
エリキシルバトルはまだ終わっていない。
残りふたりの敵を確認し、倒して、灯理たちとも決着をつけなければ終わることはない。
終わらせるためには、事情を知っている克樹から話を聞いて、今後のことを考えなくてはならなかった。
部屋の隅に置いてある机の方を見る。
そこにいるのは、眠るようにメンテナンスベッドに斜めに横たわっている、ブリュンヒルデ。
「ママ。アタシは、どうしたらいいのかな? 何ができるのかな?」
ピクシードールであるヒルデが答えることはなく、静かな朝の空気に、声だけが消えていく。
それでも夏姫は、不安をヒルデに零さずにはいられないくらい、胸が苦しかった。