神水戦姫の妖精譚(スフィアドールのバトルログ)   作:きゃら める

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第五部 第四章 撫子(ラバーズピンク)の憂い
第五部 撫子(ラバーズピンク)の憂い 第四章 1


 

   第四章 撫子(ラバーズピンク)の憂い

 

 

          * 1 *

 

 

 一五〇センチのエルフドールの前に立つ、一二〇センチのエリキシルドールを見て、ぐちゃぐちゃだった頭が冷めてくるのを感じていた。

 ――どれくらいの強さなんだ? エイナは。

 エイナの強さははっきりって未知数。

 リーリエができるのだから。同じ人工個性のエイナがソーサラーになれるのはわかるけど、彼女がピクシーバトルに参加したことは、過去に一度もない。

 アイドル活動で忙しいエイナが、歌を歌いながら別のとこでバトルの訓練を積んでるということもないだろう。

 ネットを利用して同時に複数の場所と通信できると言っても、人工個性は人間の脳を擬似的に再現してるものだ。リーリエだって同時に複数の、複雑なことはできない。

 エイナがバトル経験を積んでると言っても、僕たちみたいにみっちりやってるはずはない。

 でも同時に、双子を倒したのはたぶんエイナだという事実。

 実際の戦闘経験ならリーリエの方が遥かに多いはずだけど、双子を倒したその強さは半端なものではないはずだった。

 彼女とアリシアで対峙するリーリエは、細身の長刀を抜き、切っ先を敵に向け、刃を上にして担ぐようにして構える。

 スクルドを倒したときと同じ、夏姫や春歌さんが使っていた剣法だ。

 エイナも、両刃の長剣で同じ構えを取ってみせる。

「わたしは――」

 確か最近発売されたという、ピクシードール用の発声スピーカーを搭載してるらしく、エルフドールではなくエリキシルドールの方で話し始めるエイナ。

「克樹さんが想像している通り、実戦の経験はあまりありません。真剣勝負となると、本当に数えられるほどしか。けれどわたしにはこれまで戦ってきた多くのソーサラーの戦闘情報があります」

「確か、天堂翔機のフルコントロールシステムも、そんなこと言ってたね」

「えぇ。戦闘情報についてはあれをベースにしています」

 天堂翔機が組み上げた、人間の判断を介さないスクルド用のフルコントロールシステムは、凄まじかった。

 たった一合だけの戦闘だったけど、あのときに得られた知見は飛んでもない情報量だった。

「だったら、もうあれは僕にも、リーリエにも通じないよ。僕たちはスクルドの動きを解析して、次はあれに確実に勝てるだけの訓練と、性能アップに努めてきたんだからね」

「ベースにしたのはあれであっても、わたしのは違います。確かにスクルドバトルシステムは、あの方の技術の粋が集まった素晴らしいものです。ですがわたしは、あれをさらに発展させ、わたし自身という要素を組み込むことによって完成させた、完全版です。実戦経験は少なくても、スフィアカップはもちろん、スフィアロボティクスが主催や協賛したすべてのローカルバトルでの戦闘経験をわたしのものとした、完璧で、完全なものです。それがスフィアロボティクスの最高のボディと組み合わさったとき、どれほどの力を持つことになるのか、ご覧に入れましょう」

 にっこりと、でも手のひらに冷や汗をにじませるような力を秘めた笑みを見せるエイナ。

 そんな彼女の言葉には応じず、緊張してる様子はあるのに、アリシアの口元に笑みを浮かべさせているリーリエ。

 彼女はスクルドと戦ったときと同じように、大きくしなる弓の如く、深く腰を沈めて瞬発的な突撃の体勢を取る。

 やはり楽しそうに笑みを浮かべているエイナは、剣の角度をアリシアに合わせただけで、ほぼ直立していた。

 ――たぶん、今回は一撃では終わらない。

 前回、天堂翔機の前で戦ったときは、いまの構えからの攻撃で、一瞬にして人工筋の一部が限界を突破して継続して戦うのが困難になった。

 でも今回は、あれから人工筋を交換し、瞬発的な超速度攻撃にも耐えられるようにしてきた。

 アリシアは一撃目で戦闘不能にはならないし、なんとなく、エイナとは初撃だけでは終わってくれそうにない気がしていた。

 静かな部屋の中に、壁や床を伝わってホテル内の喧噪が微かに聞こえる。

 遠いその音は、張り詰めていく緊張とともに聞こえなくなってくる。

 アリシアとスクルドの戦いを再現してるようなシチュエーション。

 あのときと同じように、二体は身じろぎひとつせず、見つめ合っている。

 ただ、あのときと違って、リーリエだけじゃなく、対峙するエイナも、何かに期待してるかのように微笑みを浮かべていた。

 僕自身の呼吸と、脈打つ音が大きく聞こえるくらいになっても、リーリエとエイナは動かなかった。

 そして、変化が訪れた。

 エイナがわずかに重心を左足に移し、右足を踏み出す準備をする。

 それが見えた瞬間、僕は無言のまま必殺技「花鳥風月」を発動させ、リーリエはアリシアに床を蹴らせた。

 そのとき僕が見ていたのはエイナの顔。

 楽しそうな色を浮かべる、人と変わらないその瞳。

 その色が、微妙に変わる。

『電光石火!』

 イメージスピークで声を出し始めたときには、僕は必殺技を切り替えてる。

 全身の人工筋のリミッターを外して全体性能を上げる「風林火山」から、下半身を中心にした「電光石火」へ。

 人工筋への電圧のかかり方の変化と、僕の意図を理解するリーリエは、必殺技名を叫び始めたときには横に飛んでいる。

 ザクリと、右肩のアーマーを削り取られ、空色のツインテールの髪が数筋、宙を舞った。

 ――誘われたんだ。

 コンマゼロ何秒の戦いだったろう。

 超高速対応のスマートギアのカメラを、ブーストAPIを組み込んでさらに高速化してるのに、エイナの動きはほとんど見えなかった。

 脅威を感じたのはその動きの速度だけじゃない。

 エイナはこちらの動きを把握し、攻撃を移るだろう動作をフェイントにして、カウンターを仕掛けてきたんだ。

 その技術は、現在最強のソーサラーだろう平泉夫人とか、格闘技経験が豊富な近藤レベルのものだ。

 スクルドは春歌さんの戦闘経験が組み込まれたフルコントロールシステムで稼働してたけど、エイナの持つそれはスクルドのものを超えて、彼女が言ったとおり自分のものとして使いこなしてるのを感じる。

 ほんの一度の接触なのに、僕はエイナが予想より一段も二段も上の、恐ろしい存在だと感じられていた。

『すごいねっ、おにぃちゃん! 本当に、本当にエイナは強いよ!!』

『……なんで笑っていられるんだ』

 僕の側までアリシアを下げたリーリエが、ヘッドホンからそんな楽しげな声を上げる。アリシアに満面の笑みを浮かべさせてる。

 僕の方と言えば、背筋に悪寒が走った後、じっとりと汗をかいているというのに。

『楽しいからだよっ、おにぃちゃん。こうやって戦ってるとき、とくにエリキシルバトルをしてるときは、凄く凄く楽しいからだよ! あたしが、あたしでいられる気がするの。あたしは生きてるって思えるの!』

『そっか』

『うんっ』

 リーリエにとってエイナとのバトルは、僕が恐怖を覚えてるのと反比例するように、楽しいもののようだ。

 話ながらリーリエは長刀を捨て、腰に差した短刀を二本抜き放つ。

 アリシアの状態をチェックし、温度も電圧も問題ないことを確認した僕は、アリシアに向けて頷いて見せた。

『打ち合ってくるね』

『あぁ』

 構えも何もなく、すたすたとエイナにアリシアを近づけていくリーリエ。

「応じましょう」

 その動きにそう応え、エイナは長剣を納めて腰の後ろから短剣を二本抜いた。

 いまリーリエが望んでいる必殺技は風林火山。

 発動のタイミングを計るために、僕は精一杯目をこらす。

 届く距離に入った途端、リーリエはぶらりと下ろしていた腕を無造作に振った。

 短刀は短剣で弾かれ、逆襲の閃きに閃きが交錯する。

 楽しくて仕方がなさそうな笑みを浮かべるふたりの動きは、次の瞬間には修羅場へと突入した。

 身動きの少ない、手を振るだけのものが中心の剣戟。

 けれど風林火山で強化されたアリシアの一撃一撃は、必殺。

 エイナも、たぶん僕と同じでリミットオーバーセットを使ってるんだろう、アリシアの攻撃に力負けすることなく、防御と攻撃を繰り返している。

 まるで鉄琴を超高速で打ち鳴らしてるような、切れ間のない金属音。

 それは音楽のようで、リーリエとエイナはふたりで戦いの旋律を奏でる。

 ――くっ。

 猛臣と戦ったとき以上の高速な動きに、僕はかろうじてついて行けていた。

 スマートギア越しの動きは、カメラの方が追い切れていない。けれど僕は、エイナの次の動きを予測し、リーリエが次に望むものを言葉もなく理解し、風林火山の調整を細かにやって対応している。

 二本の短刀と二本の短剣の戦いは、ほぼ互角と言えるものに見えた。

 でも違った。

 徐々に、リーリエがエイナに押され始めている。

 ――マズいな。

 リーリエとエイナのソーサラーとしての能力は、たぶんほぼ同等。

 僕はもちろんのこと、エイナもリミットオーバーセットを使っていて、だからこそ人間では実現不可能な動きで戦えている。

 必殺技の制御や細やかさは、たぶんエイナはひとりでやってるからだろう、僕の方がわずかに勝っているように感じられていた。

 それでも、リーリエの敗色はだんだんと濃くなっていっている。

 違いがあるのは、性能だ。

 エリキシルドールになっても反映される、ピクシードールの性能が、アリシアとエイナでは違っていた。

 僕はできるだけ必殺技のときの性能が引き出せるよう、市販のパーツを厳選してアリシアに取りつけている。

 元の性能は基本性能の高いハイスペックパーツに比べ、一割程度は劣る。でも風林火山を使っているときは、アリシアの性能は五割増しになる。

 対するエイナは、リミットオーバーセットで性能が四割増しになるとしたら、パーツ性能は二割増し程度に高い。

 基本性能一〇〇のアリシアが、風林火山で一五〇。

 基本性能が一二〇のエイナは、リミットオーバーセットで四割増しになって一六八。

 わずかな違いに思えるけど、ソーサラーとしての能力が拮抗すればするほど、ドールの性能差は顕著に表れる。

 そしてその差を埋める方法は、いまこの場には存在しない。

 布地に斬れ込みひとつ入っていないエイナに対し、アリシアは空色のハードアーマーに幾筋もの傷跡をつくっている。

 動きに支障がでるような致命的なものはないけど、このまま行けばいつかはそんな一撃をもらうことになる。

 僕はいま、負けを意識し始めていた。

『劣勢だね』

 一瞬の隙を突いて、リーリエはアリシアをジャンプで大きく後退させた。

 近くで見ると、全身についている傷は、ソフトアーマーが裂けるのを紙一重で逃れているものがいくつもあった。

『強いな、エイナは』

『うん。凄いよ』

『でも僕たちは、勝つしかない』

『そうだね、おにぃちゃん』

 いろいろ思うところはある。

 リーリエに訊かないといけないこともある。

 でもいまは、目の前にいる最強の敵を倒すことが一番にやるべきことだ。

 劣勢だというのにまだアリシアに笑みを浮かべさせているリーリエは、短刀を捨て、小刀を抜いた。

 エイナのドールはかなり高速に動くけど、バランス型。機敏さはわずかにアリシアに分がある。

 それを活かすために、リーリエはより速い武器を選んだ。

『ここでは負けられないよ』

『あぁ、その通りだ』

 願いを、叶えるために。

 そして、願いを背負うために。

 余裕の笑みを浮かべてナイフを構えるエイナを見、僕は深呼吸で気持ちを整えた。

 

 

 

 ――予想以上です、克樹さん、リーリエさん。

 小刀を両手に構え、空色のツインテールを翻しながら突っ込んできたリーリエに応じ、エイナはナイフで攻撃をいなす。

 バランス寄りのエイナのボディは、より高速に、ダイナミックになったリーリエの動きに応じる。短刀と短剣のときより厳しくなったが、まだ問題はない。

 ――正直、もう少し簡単に勝てると思っていたのですが……。

 事前に得ていた情報では、克樹とリーリエの強さは槙島猛臣に拮抗する程度。簡単にとはいかないが、負ける気のしない相手だった。

 最後に得た情報から強くなっているだろうとは予想していたが、勝ちの目をはっきり見出すのが難しいほどになっているとは思っていなかった。

「そろそろ本気で戦いましょう、リーリエさん。もう、大丈夫でしょう?」

『ん……。そうだね』

 アリシアから距離を取ったエイナは、ナイフを捨て、両手の拳で構えを取った。

 ちらりと克樹に視線をやったリーリエも、小刀を手放し、ナックルガードを構える。

 これまで武器と武器をかち合わせて戦っていたのと違い、エイナはリーリエを見据え、隙を窺う。

 リーリエはリーリエで、顔の近くに引き寄せた拳から覗き込むように、エイナの一挙手一投足を見逃さぬよう見つめてくる。

 このまま戦い続ければ勝てることを、エイナは確信していた。

 けれど少し前、克樹とリーリエの強さに気づく前ならば、負けていたかも知れないと思った。

 ふたりの強さは、ふたりであること。

 兄妹や、双子よりも互いの思いを通じさせることができる無言の意思疎通は、克樹とリーリエだから為し得るもの。

 それだけでなく、四つの目とふたつの脳は、まるでひとりの人間であることのように連携し、ふたりの強さへと昇華している。

 ――そして克樹さん。あなたは自分の能力に気づいていない。

 本人すら気づいていない克樹の能力は人間離れしていて、誰も気づかないその能力こそが、ふたりの強さの秘密だった。

 ――それに、わたしはいまでなければあなた方には勝てない。

 克樹とリーリエの四つの目を壁際に立たせたエルフドールで対抗し、ふたつの脳を擬似的に思考を分割することでどうにか対応していた。

 彼らの持つすべての利点を受け止め、SR社の最高のピクシードールを与えられたエイナは、現在最強のエリキシルソーサラー。ソフトウェア面でも、ハードウェア面でも、負ける相手などいない。

 そうであっても、槙島猛臣でも、平泉夫人でもなく、エイナにとって克樹とリーリエは脅威になる可能性が最も高い敵だった。

 ――もしリーリエさんがもう少し大胆であったなら、わたしはいまの勝機を得ることはできなかったでしょうね。

 エイナは、いまがふたりに勝てる紙一重のタイミングであると認識していた。

 拳を構え合い、ピンク色と空色のドールが笑みを見せ合う。

 先に仕掛けたのは、エイナだった。

 腰を落として大きく踏み込み、高速な左を、劣勢でありながら笑みを浮かべ続ける顔面に放つ。

 首の動きだけでそれを避けたリーリエは、予測していたかのように右の拳を突き入れてくるが、エイナは横殴りの右で弾き飛ばし、さらに一歩近づいて左足を蹴り上げた。

 ほんのわずかな時間、踏み込みを止めたリーリエの動きにより、蹴りは空振る。

 踏み込みを再開し近づいてきた彼女は、身体をぶつけるようにしてエイナの左腹を、右拳で狙った。

 硬質のナックルガードと格闘用の拳が、空色の脚とピンク色の脚が交錯する。

 時に距離を取り、時に身体がぶつかるほどに接近し、立ち位置をどんどん入れ替えながら、エイナは、リーリエは舞を舞うように戦い続ける。

 ――やはり、わたしの勝ちです。

 身体の前面でクロスさせた両腕の隙間を狙った正拳が、空色の胸部装甲に激しい亀裂を走らせる。

 刃のやりとりで傷だらけになっていたアリシアのハードアーマーは、すでに防御力を失いつつあった。

 いまだ動作に支障のあるダメージを受けていないところが克樹とリーリエの強さだったが、もうふたりにも自分たちの劣勢が目に見えている。

「諦めてください」

 アリシアと距離を取り、拳を下ろしたエイナは奥歯を噛みしめている克樹を見つめて言う。

「これ以上戦っても、いまのおふたりではわたしに勝つことはできません」

「だろうね」

 エイナの声にそう返事をした克樹は、ため息を吐き出した。

「これ以上そのドールを傷つけないためには、戦いをやめ、エリキシルスフィアをわたしに渡してもらうしかありません。自分の意思で、負けを認めてください」

「それはできないよ、エイナ」

『うん! そんなことできないよー』

 前に進み出てきてアリシアと並んで立った克樹が言い、リーリエも同意して笑う。

 ――もし、こんな戦いをする必要なく出会っていたら、わたしはふたりとどんな関係になっていたでしょうね。

 ふと、そんなことを思ってしまう。

 克樹とリーリエと戦うのは、正直エイナにとって楽しい時間だった。

 かけがえのないものを賭けて戦う必要がなく、どこか別の形で克樹と、リーリエと出会っていたら、どんな関係になっていたかと想像したくなってしまう。

 けれどそれが無意味であることは、エイナにはわかっていた。

 エリキシルバトルがなければ、エイナは生まれてすらいなかっただろうから。

「僕には僕の願いがある」

「けれど克樹さんの願いは……。もし、それで構わないと言うのであれば、すぐにとはいきませんが、わたしが代わりに――」

「僕の願いは、僕自身がやらなければ意味がないんだ」

 スマートギアのディスプレイを上げ、克樹は闇を漂わせる瞳でエイナのことを睨みつけてくる。

「僕自身の手で下さないと、意味がないんだ。他の誰かに代わってもらうわけにも、勝手にそうなってもらっても無意味なんだ。……そういうエイナは、どんな願いを持ってるんだ? エレメンタロイドが、いったいどんな願いを持っているって言うんだ?」

「それは……、言えません。でも、わたしにとってわたしの願いは、克樹さんたちを倒してでも実現したい、切実なものです!」

「だったら同じだよ。僕はここで負けるわけにはいかない」

 ディスプレイを下ろして、克樹は再び戦闘態勢を取る。

「僕にとっていまここで戦いを投げ出さないことは、自分の願いを叶えることと同時に、僕が戦ってきた人たちと、彼らが倒してきた人たちに対する責任だ。たとえ負けることになっても、僕は最後まで諦めちゃいけないんだ」

「……でも、でもこれ以上戦えば、この先のことにも克樹さんを巻き込んでしまうかも知れないんです!」

「これから先のこと?」

 思わず口走ってしまったエイナは、口元を押さえる。

 不審そうに眉根にシワを寄せる克樹は、追求してくる。

「どういうことなのか説明してもらえるか? これから先に、さらに何があるって言うんだ?」

「話すことはできません」

「口止めでもされてるのか?」

「それもありますが、……その」

 まだバトルが終わっていないのはわかっているが。エイナは克樹たちから目を逸らし、床に視線を落とす。

「――幻滅、されたくありません」

「ん? 誰に?」

 口にしていない言葉を敏感に感じ取ってしまう克樹に、エイナは危機を覚えた。

「話しすぎました。諦めるつもりがないというのであれば、そのドールを破壊し、無理矢理スフィアを抜き取ってでも、わたしは克樹さんに勝つしかありません」

「あぁ」

『望むところだよっ』

 克樹は深呼吸をし、リーリエはアリシアに構えを取らせた。

 戦闘態勢を取ったエイナは、吐き出せない息を吐き、ふたりを見据える。

 手加減をしてるつもりはなかったが、ためらいはあった。

 負ける要素のない戦いであっても、事故が起きないとは限らない。

 最初はぎこちなさがあった目の前のふたりは、もう完全にかみ合っている。ふたりでひとつのドールを動かす、完璧なソーサラーだ。

 だから最後まで気を抜かず、ふたりを叩き潰すと、エイナは心に決めた。

 ――わたしも、ここで負けるわけにはいきませんからね。

 生まれた次の瞬間には抱いていた、大事な願い。

 それを実現するために、いままでやってきたのだ。

 願いを叶えた後どうなるかは、わからない。わからなくても、克樹とリーリエに勝ち、エリクサーを得て、願いを叶えるしか、エイナが生きてきた意味はない。

 拳を握りしめたエイナは、リーリエの操るアリシアを、自分の敵を睨みつける。

「行きます」

 わざわざ宣言してから、エイナは床を蹴った。

 けれどそのとき――

「てめぇら、何してやがんだ!」

 戦いが終わるまで開かれるはずのない扉が開き、そんな怒声が入ってきた。

 

 

 


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