深海感染   作:リュウ@立月己田

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 雷が電をかばう。
どう考えても無事では済まされない状況。
しかし、妙な違和感に気づいた電はゆっくりと目を開けた。


第三章 その2

 

 大きな爆音が電の耳に響いた。

 

 その瞬間、妙な違和感に気づいて目を開ける。

 

 真っ赤な炎を上げながら沈み行く艦影が見え、そして大きく息を吐く音が聞こえた。

 

「ふぅ……」

 

 額を袖で拭った響は、表情を和らげながら砲身を下ろす。

 

 暁は大きくため息を吐きながら、沈んで行く駆逐イ級のすぐ傍に居る雷へと近寄った。

 

「大丈夫、雷?」

 

「え、ええ。なんともないわ」

 

「そう。良かった……」

 

 暁は安心しきった表情を浮かべ、雷の手を力強く握り締めた。

 

「戦場では絶対に気を抜いちゃいけないって、何度も教えたわよね?」

 

「う……っ、ご、ごめんなさい……」

 

「同じく電もだよ。完全に大丈夫と分かるまでは、決して目を離しちゃダメなんだ」

 

「ご、ごめんなさい……なのです……」

 

 暁と同じように電の手を握った響が、怒るのではなく諭すように話していた。

 

「でも、無事で何よりだね」

 

「そうよね。取り敢えずはこれで、任務達成よね」

 

 苦笑を浮かべて頷く暁と響に釣られるように、雷と電も笑みを浮かべる。

 

「それじゃあ、雷。旗艦として次の仕事をお願いするよ」

 

 響の声に頷いた電は大きく口を開く。

 

「お疲れ様っ。艦隊、帰投するわ!」

 

「「「了解!」」」

 

 敬礼をし合った第六駆逐隊のみんなが、鎮守府へと足を向ける。

 

 勝利を収めることができたのを喜びながら。

 

 全員が無事であったことに喜びを感じながら。

 

 帰投した後に説教が待っているかもと焦りながら。

 

 そして――

 

 

 

 なぜ雷を目の前にして駆逐イ級が砲弾を発射しなかったのだと、不信感を募らせながら。

 

 彼女達は、鎮守府へと帰って行った。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「……以上により、鎮守府近海に出現した深海棲艦の一団を全て撃沈したわ」

 

 旗艦である雷は鎮守府に帰投するやいなや書類を作成し、結果を報告するために執務室へやってきた。

 

 第六駆逐隊の4人に被害は無く、完全勝利したという嬉しさと共に、褒められるのではないかと期待しながら雷は中に入ったものの、提督は外回りの仕事が入ったらしく、秘書艦だけが執務室に居た。

 

 残念な表情を浮かべてしまいそうになった雷であったが、それでは秘書艦に失礼であると気を取り直し、書類を渡して報告を行った。

 

「分かりました。全艦に被害は無く、雷の身体にも不調は見当たらないのですね?」

 

「ええ、何の問題も無いわ。ただ……」

 

 電を助けようと見を挺した時、深海棲艦が攻撃してこなかったことが頭の中に過ぎる。

 

「ただ……なんですか?」

 

「い、いえっ、何でも無いわ」

 

 しかしそれは、たまたま深海棲艦の艤装が不調を起こしたからだろう――と、雷はあまり深く考えずに、何事も無かったと秘書艦に向けて首を左右に振った。

 

「そう……ですか」

 

 そんな雷の言動に少し顔をしかめた秘書艦であったが、本人がそう言っている以上無理に問い詰めることもできず、表情を見る限りそれほど悪くも見えないので、心配する程では無いのだろうと思いながら小さく頷いた。

 

「それでは、次の命令があるまでは待機していて下さい」

 

「了解っ。いつでも私に頼って良いんだからねっ!」

 

 満面の笑みを浮かべて退室する雷に視線を向けながら、秘書艦は小さくため息を吐く。

 

 まるでその顔は落胆しているかのように見え、他の誰かが見れば明らかに気になってしまう表情だった。

 

 

 

 

 

 秘書艦に報告を終えた雷は、他の3人が先に向かった甘味処『間宮』へと向かう途中で一人の艦娘と出会った。

 

「ようっ、雷。お疲れさまだったな」

 

 右手を上げて気軽に声をかけてきたのは天龍だった。彼女は雷がこの鎮守府に運ばれた時、一番最初に声をかけてくれた艦娘であり、普段から色々と気を使ってくれるお姉さん的存在である。

 

 もちろん雷には暁や響という姉や、妹の電がいるのだが、3人と同じくらい天龍のことも信頼していた。

 

「第六駆逐隊のみんなで出撃したんだから、全く大したことは無かったわ」

 

「できれば俺も一緒に行きたかったんだが、遠征任務があったからなぁ……」

 

「その気持ちだけで嬉しいけど、強くなった雷の姿を見せたかったわね」

 

「へぇ……そりゃあ気になるな。次の時にはぜひ拝ませて貰うぜ」

 

「ええ、存分に見せてあげるわよっ」

 

 胸を張って答える雷に笑みを浮かべた天龍が近づき、ポンポンと頭を優しく叩く。

 

 子供扱いされているように感じてしまうその仕草も、天龍に対して絶対の信頼を寄せている雷にとってはとても心地良く感じ、嬉しそうに微笑んだ。

 

「だけどまぁ……無理だけはするんじゃないぜ? 何事も気を抜いた時が一番ヤバいからな」

 

「そ、それは……うん、そうよね」

 

 天龍の言葉を聞いた瞬間、胸にズキリと痛みが走る。先程の出撃で失敗しかけた雷にとってその言葉はとても辛く、非常に重たいモノだった。

 

 気づかぬうちに雷の表情が曇り、それを察知したかのように天龍は再度頭を優しく叩く。

 

「だがな、失敗したからと言ってめげるのは更に良くねぇんだ。失敗は成功のもとって言うように、反省して糧にしなけりゃ意味が無いんだぜ?」

 

「う、うん……」

 

「もし話したいことがあるなら、気にせず俺に言いにこい。お前の話だったら、いつだって聞いてやるからよ」

 

「あ、ありがとう……天龍……」

 

 天龍の気持ちをしっかりと受け止めた雷は、あまりの嬉しさでじわりと瞳が潤んでくる。

 

 そんな雷を見た天龍は自分が喋った言葉を思い返し、思わず頬が染まっていくのを感じながら頬をポリポリと掻いた。

 

「ま、まぁ……なんだ。気が向いた時で良いからよ」

 

「はいっ!」

 

 満面の笑みで見上げてくる雷を見て更に頬を赤く染めた天龍は、あやふやな表情を浮かべながら目を逸らす。

 

「あら~、天龍ちゃんったら超イケメンな台詞を吐いちゃってる~」

 

「ば、馬鹿っ。そんなんじゃねぇって!」

 

 そんな天龍をからかうように龍田が声をかける。耳まで真っ赤にした天龍だったが、これは困っている自分を助けようとしてくれた龍田からの助け舟だと察知し、すぐさまツッコミを入れた。

 

「でも龍田が言うように、天龍は本当にイケメンかもねっ」

 

「な……っ、い、雷っ!?」

 

「そうでしょ~。天龍ちゃんは時々だけど、胸がズキューンって撃たれちゃったみたいになるセリフを言っちゃうの~」

 

「しかも、そのことを本人が自覚していないのよねー」

 

「正解~。ホント、困っちゃうわ~」

 

 雷と龍田は天龍を挟みこむようにして言いたい放題に喋ると、天龍はこれ以上真っ赤になると血管が破裂してしまうのではないかというくらいに顔を紅潮させ、肩をワナワナと震わせながら口を開いた。

 

「お、お前ら、わざと言っているだろうっ!」

 

「あっちゃー、もうバレちゃったみたい」

 

「あれれ~、私は本気だったんだけど~?」

 

「嘘だろうが本気だろうが、これ以上俺をからかうんじゃねぇっ!」

 

「あらら~、ざ~んねんっ」

 

 龍田は笑みを浮かべながら両手の平を上に向け、小さく首を振りながら天龍に答えた。

 

「ふふっ、それじゃあ雷は暁達のところに行かなくちゃ……ね」

 

 そう言って、雷は天龍から逃げるように駆け足で離れて行く。

 

「……まぁ、これで雷も一息つけたかな」

 

「天龍ちゃんったら、優しいのね~」

 

「別に……ただなんとなく、気になっちまうんだよな」

 

「それが優しいって言うのよ~」

 

 少し焼いているかのように意地悪っぽく言った龍田に、天龍は顔を向けてマジマジと見た。

 

「……ど、どうしたの、天龍ちゃん?」

 

「龍田……お前、疲れてねぇか?」

 

 天龍の言葉を聞いた瞬間、龍田は大きく目を見開いた。

 

「べ、別に大丈夫よ~?」

 

「そうか……? それなら良いんだけど……よ」

 

「ふふ……やっぱり天龍ちゃんは優しいのね~」

 

「フン……ッ、言ってろ……」

 

 プイッと顔を背けた天龍は、両手を頭の後ろに組みながら歩いて行く。

 

 そんな天龍の後姿を見守りながら、龍田は動きを止めて立ち尽くした。

 

「本当に……ううん、でも……だからこそ……そうなのかしら……ね……」

 

 龍田の独り言は誰の耳にも入ることが無く、静かに吹いた風が空へと掻き消していく。

 

 その思いがいつか届くように――と、龍田は小さく頷いてから天龍の後を追った。

 

 

 

 

 

「お待たせしたわっ」

 

 甘味処『間宮』に入った雷は、奥の席に座って会話をしている3人の姿を見つけ、声をかけながら空いている席へと座った。

 

「報告お疲れ様。何も問題無かったかしら?」

 

「もちろんよ。これくらいのことなら、もっと私に頼ってくれて良いんだから」

 

 えっへん……と、自慢げに胸を張る雷を見て暁は微笑む。しかし、響は暁とは違い神妙な顔で雷を見つめていた。

 

「お疲れ様、雷。あのことはちゃんと報告したのかな?」

 

「あのこと……って?」

 

「電を庇った時、深海棲艦が攻撃しかなったことだよ」

 

「そ、それは……」

 

 響の的確な突っ込みを受け、雷は表情を曇らせた。確かに報告書には記載しなかったけれど、こと細かに書かなければいけないという規定は無い。しかし、自分よりも先輩で練度も高く、姉である響の言葉には重みがあり、言葉を返すことができないでいた。

 

「い、雷ちゃんは悪く無いのです。電を庇う為にしてくれたんですから、責めないであげて欲しいのです」

 

「いや……別に響は責めている訳じゃないんだ。ただ少し、気になってしまっただけなんだけれど……」

 

 電の泣きそうな表情で訴える姿を見て、響はしまったという表情を浮かべる。雷が秘書艦に今回の件を報告しなかったのは、自身のミスを隠すというよりも電を庇うことの方が大きかったのは予想できた筈だ。

 

 言葉を上手く選べば良かったと響は後悔しながら帽子のつばを直すような仕草を取り、小さくため息を吐いてから口を開く。

 

「まぁ、そのおかげで誰にも被害がでなかった訳だから、そこまで気にしなくても大丈夫……かな」

 

「そうそう。折角の完全勝利なんだし、帰投後に暗くなっちゃダメなんだから」

 

 そう言った暁は、もう我慢できないと言わんばかりにメニューを両手で持ち、まだかまだかと響の顔をチラチラと眺めている。

 

 その視線に気づいた響は、少し呆れた表情を浮かべながら小さく頷いた。

 

「そうだね。今回は響が悪かった」

 

「だから、暗いのはダメって言っているじゃない」

 

「そ、そうなのですっ。それに、響ちゃんはみんなのことを思って言ってくれたのですから、謝らないで欲しいのです」

 

「そうそう。響の言うことをちゃんと理解して反省するから……」

 

「みんな……うん、Спасибо……」

 

 次々にかけられる姉妹達の言葉を聞いた響は、礼を言って視線を逸らすように俯いた。

 

 もの凄く恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しい気持ちが胸いっぱいに広がっていく。過去の記憶によって蝕まれていた部分を癒すかのように、心地よい風が心を満たしていくような気分になった。

 

「そうと決まれば、早速注文よねっ。間宮さーん、お願いしまーすっ!」

 

 待っていましたと言わんばかりに大きく手を上げた暁を見ながら、他の3人はクスクスと笑い声を上げる。

 

「はーい、ちょっと待って下さいねー」

 

 間宮の返事が聞こえ、慌てて雷はメニューを見ながら何を頼もうかと考えだした。

 

 ただの杞憂であって欲しいという響の思いは胸にしまい、今この瞬間を楽しもうとみんなを見る。何があってもみんなを守りきり、ずっと一緒に暮らしていくんだ――と、心に強く願いながら、ゆっくりと目を閉じていく。

 

 その願いが叶えられますように。

 

 できる限り、長い時間を一緒に過ごせますように。

 

 目を閉じた闇の先でうっすらと浮かぶ過去の記憶が霞となって消え、二度と思い出さないようにと祈る。

 

 そして、今はただ勝利の喜びと一時の休憩を楽しむべく、甘いデザートに舌鼓を打ちながら他愛のないお喋りをするのであった。

 

 





次回予告

 雷の様子は問題ない。
そう……提督は思っていた。
しかし、提督の元に2人の艦娘がやってくる。

 姉妹の絆が今、試される。


 深海感染 -ZERO- 第三章 その3

 全ては一つの線で……繋がっている。


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