深海感染   作:リュウ@立月己田

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 それから2日が経った。
雷の性能向上を調べるために、出撃することになる。
提督は雷を旗艦とし、練度が高い2人の艦娘をサポートにおく。

 第六駆逐隊、いざ参る。


第三章 その1

■第三章 経過報告書

 

 

 

 雷が新型近代化改修を受けてから2日が経った。

 

 提督が心配していたような問題は起こらず、向上した能力も保ったままであり、秘書艦が作成する報告書にもその通りに書かれていた。

 

 すると今度は試験の効果を更に調査するために、雷を演習ではなく戦闘に参加させて欲しいという内容のメールが部長から届いた。試験を了承した以上無下に断ることもできなかった提督は、鎮守府付近の海域に出没しているはぐれ深海棲艦の討伐に向かわせることにする。

 

 提督はできる限り雷の身に危険が降りかからないようにと考え、雷より先に鎮守府に配属され、既に練度が充分と言えるほどに育っている駆逐艦を随伴とし、合計4艦の艦隊を編成することにした。

 

 旗艦を雷とし、副艦を電。随伴艦として暁と響による、第六駆逐隊が編成されたのである。

 

 

 

「本日ヒトサンマルマル時に、第六駆逐隊は出撃して下さい」

 

 執務室に出頭した4人は秘書艦から出撃内容を聞かされ、雷は驚いた顔で真っ先に声を上げた。

 

「わ、私が旗艦だなんて……本当に良いのかしら?」

 

「ええ、今回の出撃は例の試験の調査も兼ねています。雷の出撃経験がそれほど多くないのは他の皆も良く分かっているでしょうから、できる限りサポートしてあげて下さいね」

 

 秘書艦の言葉に納得した雷だったが、他の3人はどうなのだろうと表情を窺った。

 

「暁は3人のお姉さんで一人前のレディなんだから、みんなのことをしっかり守るのは当然よ」

 

「響も同じだよ。雷に旗艦の経験を充分に詰めるように、最大限努力するさ」

 

「電も副艦として、雷ちゃんをしっかりサポートするのです」

 

 雷の心配をよそに、3人は口々にそう言いながら頷いた。妬みなどは一切なく、むしろ歓迎するかのように笑みを浮かべてくれる姉妹達に、雷はおずおずと口を開く。

 

「本当に……良いの?」

 

「当たり前じゃない。誰が旗艦になったって、私達は姉妹なんだから」

 

「そうなのです。みんなで仲良く出撃するのです」

 

「そして、被害が出ないように敵をやっつけなければならないね」

 

「み、みんな……ありがとうっ!」

 

 雷は3人に深々と礼をし、満面の笑みを浮かべながら頭を上げた。そんな4人の姿を見た提督はほっと胸を撫で下ろす。

 

 雷と同じくらいの練度の艦娘だけで艦隊を編成した場合、何かしらの問題が起こった際に心許ない。かと言って練度の高い艦娘で編成すれば、雷を旗艦にするための口実が難しくなってしまう。

 

 その点、姉妹だけで艦隊を編成すれば、こういった理解もし易くて済む。試験については雷が姉妹には既に話していたらしく、説明自体は簡略的で済んだのだ。

 

 暁と響は古くから部下として鎮守府に居ることもあり、練度も高く提督の信頼も厚い。もし戦闘中に何か問題が起こったとしても、2人がちゃんと対処をしてくれるだろうと提督は考えていた。

 

「――では、第六駆逐隊の4人で鎮守府付近の海域に現れた深海棲艦を撃破してくれ。また、その際にできる限り被害が出ないよう、最新の注意を怠らないように」

 

「当然よっ」

 

「了解したわっ」

 

「了解した」

 

「了解なのです」

 

 4人による一斉の返事と敬礼を受けた提督は同じように返し、小さく頷いた。付近の海域には強力な深海戦艦が現れることもないし、何も問題は起こらないはずである。

 

 そこまで考えての判断なのに、心のどこかで嫌な予感を感じているのはなぜなのだろう――と、提督は思い悩むように目を閉じた。

 

 その仕草に誰も気づかず、敬礼を解いた4人はクルリと後ろへ向く。

 

 目を開けた提督は執務室から出ていく4人の後ろ姿を見ながら、不吉な感じを拭い去れない自身の心を切り替えたい気持ちで、大きなため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 ◎ 第六駆逐隊、出撃ス

 

 

 

 海上を駆ける艦娘達。

 

 スケート選手のような動きによって白い水飛沫が舞い上がり、30ノットを超える速度で移動する。

 

 建造したての艦娘ならまだしも、演習を行ってきた4人にとってこれくらいのことはなんともなかった。

 

 ましてや旗艦の雷に至っては、新型近代化改修を受けた身。その効果を実戦で試すべく、こうやって深海棲艦が目撃された場所へと向かっているのだ。

 

「目的地まではもう少しあるけど、電探の反応には十分注意してねっ」

 

「了解。響に抜かりはないよ」

 

「雷ちゃんったら、張り切っちゃっているのです」

 

「空回りしないように、気をつけなさいよねっ」

 

 雷の言葉に頷いた響に、小さく笑みを浮かべる電。そして暁が人差し指を立てながら注意するが、雷はニッコリと微笑んで返事をする。

 

「もちろんよ。でも、ここでちゃんと結果を残してみせるんだからっ」

 

 そう言って雷はスピードを速めた。単縦陣の先頭に位置する雷を追いかけるために3人も同じように加速するが、一番後方に居た電が少しずつ遅れだした。

 

「は、早いのです……」

 

 電は暁や響と比べると練度はまだ高くは無い。そうは言っても雷よりも高いはずなのだが、まさか置いてかれるとは夢にも思わなかっただろう。

 

 成長した雷のことを思えば嬉しくなるのだが、一方で電の心には焦りが生まれてきた。姉妹なのだから妬みなんてものは無いはずなのに、自分だけが取り残されそうになってしまうのは嫌だと、焦りながら精一杯速度を上げようとした。

 

 しかし、今の自分にはこれが限界だと言う風に艤装が軋む音を鳴らし、バランスが悪くなる。このままでは長くは持たない。下手をすれば艤装のどこかが破損してしまうかもしれない。焦りが更に焦りを生み、額に汗が吹き出してきた。

 

「……っ。雷、少し速度を落としてくれないかな」

 

「えっ、ど、どうして……?」

 

「電が少し遅れ始めている。急ぐ気持ちは分からなくもないけど、陣形を乱すのは良くないよ」

 

 響の言葉を聞いて振り返った雷は、電の姿を確認する。辛そうな表情で必死に追いつこうとする電を見た雷は、慌てて速度を落とした。

 

「うん、この速度なら大丈夫だね」

 

「旗艦なんだから、ちゃんとみんなのことを把握しないとダメじゃないっ」

 

「う……っ、そ、その……ごめんなさい……」

 

 肩を落として謝る雷。何とか追いついてきた電はそんな雷を見て、申し訳なさそうに声をかけた。

 

「い、電こそ、ごめんなさいなのです」

 

「そうだね。電も厳しいなら言わないといけないね」

 

 そう言った響の声に、大きく肩を落とす雷と電。そんな2人を見た暁は、すぐさま声をかけた。

 

「響の言うことは正論だけど、落ち込んじゃったら意味が無いわよね。むしろ早くにそれが分かったことを喜んで、もっと頑張らなきゃね」

 

「そ、そうよねっ。もっともっと頑張って、司令官に雷が居ないとダメだって言わせるんだからっ!」

 

「電も頑張るのですっ! そして、いっぱいいっぱい助けるのですっ」

 

「うん。2人ともその意気だね」

 

 頷いた響を見て笑みを浮かべた雷と電は、出撃する時よりも表情を明るくして前へ顔を向けた。そんな2人を見て小さく息を吐いた響は、少しだけ速度を落として暁の真横に並ぶ。

 

「ありがとう、暁」

 

「別に……可愛い妹達の為だもの」

 

「そうだね。さすがお姉ちゃんだね」

 

 響の言葉にほんのりと頬を赤く染めた暁は、ぷいっと顔を背けた。

 

 そんな暁を見た響はクスリと笑ってから、元の位置へと戻ろうとする。

 

 その瞬間、電探に微細な反応を感じ――大きな声を上げた。

 

「2時の方向に反応ありっ!」

 

「……っ! 敵の数はっ!?」

 

「少し待って……っ」

 

 口元に指を当てた響の仕草を見た他の3人は、コクリと頷いて口を閉じた。

 

「この反応は……軽巡1、駆逐3! 3時の方向に向かって進行中!」

 

「了解! 後方を突くため、迂回しながら接近するわっ!」

 

「「「了解!」」」

 

 3人の返事を聞いた雷は急いで前を向き、カーブを描くように水面を蹴る。はやる気持ちを抑えつつ、後に続く3人のことを考えて速度を押さえながら、雷は自身のテンションを上げていく。

 

 陣形に乱れは無い。みんなの表情も問題無い。

 

 だけど雷の心の中に渦巻くモノが、嫌な予感を掻き立てる。

 

 それがいったい何なのが分からず、雷の不安がどんどんと高まっていく。

 

 過去に捨て艦として利用された記憶が、戦場に立つ自身を無意識に震わせてしまうのか。

 

 もう大丈夫だと思っていたけれど、心のどこかで大きな傷となっているのかもしれない。

 

 しかし、もうすぐ敵の姿が見えてくる。戦いになれば弱音なんて吐いていられない。

 

 恐怖を打ち消すかのように雷が強く目を瞑った瞬間、暁が声を上げた。

 

「敵機発見! 距離はおおよそ3万!」

 

「射程ギリギリなのです」

 

「どうするかな、雷?」

 

「まだ敵はこちらに気づいてないわ。速度を落とさずに、距離を縮めるわよっ!」

 

「「「了解!」」」

 

 進路をそのままに進む4人は、いつでも砲撃できるように構えを取る。できる限り近づいて仕留められる距離で発砲したい気持ちと、いつ気づかれるか分からない焦りが各々の心を大きく揺れ動かした。

 

 雷たちは深海棲艦に徐々に近づき、その姿が肉眼でも分かるくらいになると、響が電探の感度を調べながら口を開いた。

 

「距離……およそ1万7千。今のところ、気付かれた様子は無いけど……」

 

 だが今は、太陽が真上にあり視界が良い。深海棲艦達がほんの少し後ろを振り返れば、雷達の姿を確認することができるだろう。

 

 雷は深海棲艦の背中に照準を合わせながら考えた。今ここで発砲すれば奇襲になるだろうし、一隻くらいは倒せるだろう。しかし距離はまだ遠く、確実に全ての敵を仕留めるのは難しいかもしれない。

 

 敵も味方も4艦ずつ。乱戦になれば、いくら敵が弱いと言えども油断はできない。砲撃ならまだしも、雷撃をまともに喰らってしまえば十分に大破も考えられる。

 

 いくら練度が高くても、いくら新型近代化改修で強化されたとしても、戦場で油断をすれば足元を掬われる。それに雷には決定的に足りないモノがあった。

 

 本番での経験。雷は今の鎮守府に来て何度も演習を行ったが、実際に本番を経験したのは捨て艦として利用された一度きりなのだ。実戦経験に乏しい雷は、状況判断が暁や響と比べて著しく遅かった。

 

「雷、このままだといずれ……っ!?」

 

 響が悩む雷に声をかけていた最中に、深海棲艦の一隻が何かに気づいたかのように、後ろへ振り返った。

 

「……ッ、……ッ!」

 

 距離が遠く、何を言っているか分からないが、明らかにこちらに気づいたのは確かのようだった。

 

「雷っ!」

 

「……っ、全艦砲撃開始っ!」

 

 雷は大声で叫んだ瞬間に砲弾を発射する。

 

「了解、響に任せて」

 

「砲撃するからねっ!」

 

「う、撃つのですっ!」

 

 暁と響も後に続き、12.7cm砲を深海棲艦に向けて発射した。

 

 爆風が舞い、複数の砲弾が風を切り裂いて飛んでいく。

 

 深海棲艦が雷達の方へ攻撃するには反転行動が必要であり、奇襲自体は成功だった。

 

 しかし問題は、雷達の砲撃体制であった。深海棲艦が振り向いたことによって急遽発砲となった攻撃は正確性に乏しく、命中率は著しく低下する……と、思われた。

 

「攻撃が命中したわっ!」

 

 砲弾のいくつかが軽巡と駆逐の各一隻に直撃し、大きな黒煙を上げながら動きを止めた。しかし残った二隻の駆逐イ級が反転を終え、大きな口を開けながら砲弾を発射する。

 

「回避行動を開始してっ!」

 

 雷の声よりも早く、暁と響は大きく弧を描くように移動して砲弾を避ける。

 

「そんな攻撃……当たんないわよっ!」

 

「無駄だね」

 

 一足遅れて回避行動を取った雷と電もイ級の砲弾を上手に躱し、水柱の間を抜けて敵との距離を大きく縮めた。

 

「この距離なら……雷撃よねっ!」

 

「ウラーーーッ!」

 

 暁と響が魚雷を発射すると、少し離れた雷と電も合わせるようにイ級に照準を向けて発射する。

 

 発射直後に現れた魚雷の航跡はみるみるうちに消え去り、酸素魚雷の特性による視認のし難さによってイ級は近づいてくる魚雷に気づかず、身体に大きな穴を開けて爆発炎上した。

 

「やったわっ!」

 

 勝ち名乗りを上げるように雷が叫び、電も「ふぅ……」と、息を吐きながら肩の力を抜く。

 

 敵は全てやっつけた。これで後は鎮守府に戻れば任務は終了だと、気が抜けた瞬間だった。

 

「雷、電! まだだっ!」

 

「「……え?」」

 

 響の声に顔を上げた雷と電は、何事かと周りを見た。

 

 炎上し、海底へと沈んでいく駆逐イ級。

 

 黒煙を上げながら同じように沈み行く軽巡ホ級。

 

 そして、もう一隻の黒煙を上げていた駆逐イ級の姿が……目の前から消えていた。

 

「危ないっ、避けてっ!」

 

 暁の叫び声が耳に響き、電が9時の方向へと顔を向ける。

 

 そこには、消えたと思っていた駆逐イ級の大きな口がガバァ……と、開いて迫っていた。

 

「……ひっ!?」

 

 鮫のように噛み付こうとする大きな口。その中にある砲身が鈍く光り、軋むような重く低い金属音が聞こえてきた。

 

 どう考えても避けられない。

 

 砲弾の直撃は免れない。

 

 油断してしまった結果、電の運命は沈んでいく道へと足を踏み入れた。

 

 そんな考えが電の頭の中に浮かんだ瞬間、右の脇腹の辺りに大きな衝撃が走った。

 

「……っ!?」

 

 電が大きく見開いた目で、自分が居た場所を見る。

 

 そこには電を助けようと体当たりをした雷の姿があり、

 

 そして、駆逐イ級の口が最大まで開かれていた。

 

「雷……ちゃんっ!」

 

 電が叫ぶ。

 

 なぜなのかと、大きく叫ぶ。

 

 自分の身を呈してまで、なぜ電を助けたのかと叫び……

 

 思わず目を閉じてしまった。

 

 





次回予告

 雷が電をかばう。
どう考えても無事では済まされない状況。
しかし、妙な違和感に気づいた電はゆっくりと目を開けた。


 深海感染 -ZERO- 第三章 その2

 全ては一つの線で……繋がっている。


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