深海感染   作:リュウ@立月己田

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 霧の中での乱戦が続く艦娘たち。
そして、榛名が窮地に立たされる。


第二章 その2

「危ないっ!」

 

 魚雷が襲いくる潜航跡すら見えない霧の中、潮は慌てながら直感だけで回避行動を取り続けていた。白い泡の横柱が近くを通り過ぎるのを見てから自分の運に胸を撫で下ろし、魚雷が発射されたと思われる場所に向かう。

 

 本来なら、砲撃や雷撃をしながら敵に近づくのが通常の手段である。しかし、潮は先程電探をチェックした際に9時の方向に反応が無かったことを考え、敵の中に潜水艦が含まれているのだと判断した。

 

 案の定、潮や漣に向かってくるのは魚雷ばかりであり、砲弾は一向に飛んでこない。相手が潜水艦ならば、砲撃行っても全く意味が無いどころか、無駄に弾を消費するだけである。

 

 しかし問題は、潮も漣も潜水艦を察知するソナーを所持していない。敵の潜水艦の位置を探るには、襲い来る魚雷の発射位置を調べることと、水面に浮かんでくる水泡を探すしかなかった。

 

「うぅ……っ!」

 

 再び襲い来る魚雷をなんとか避けることができた潮は、旋回しながら発射地点であろうと思われる地点へと移動して爆雷を投下した。

 

「当たって……下さいっ!」

 

 沈み行く爆雷の姿を見ながら動きつづける潮。暫く経つと水中で爆雷が爆発して水柱が上がったが、水面にはそれ以外の反応は無く、命中しなかったのだと思いながらガックリと肩を落とした。

 

「そこなのねっ!」

 

 一方、潮とは正反対に直感で爆雷を投下していた漣が、海面を蹴るようにジャンプしてから大量の爆雷を雨のように真下に投下した。数秒の後、海中に大きな爆発が起こり、大きな水柱が漣の身体を押し上げる。

 

「はにゃあっ!?」

 

「漣ちゃんっ!」

 

 空中でバランスを失いかけた漣だったが、くるりと身体を回転させながら海面に着地した。思った以上の衝撃が身体に襲い掛かり、漣は少し不安な表情を浮かべたが、膝元まで着水したにも関わらず浮力は失っていなかったことを確認し、潮に向かって親指を立てた手を振り上げた。

 

「よ、良かった……って、ひゃあっ!?」

 

 安心したのも束の間、潮のすぐ傍を魚雷が走り抜けるのが見え、慌てて回避行動を取った。まだ潜水艦は多数潜んでいる。全部を沈めない限り安心はできないと、焦る表情を浮かべながら海面を滑り、海面の水疱を探しながら移動をし続ける。

 

 そんな2人の耳に摩耶の叫び声が入ってきたのは、すぐ後のことだった。

 

 

 

 

 

 榛名は焦っていた。

 

 敵の雷撃を受けた右足の艤装は大きく損傷し、移動速度が著しく低下している。しかも運が悪いことに、被弾した衝撃によって通信設備にまで支障をきたしてしまい、仲間と連絡が取れない状況に陥っていた。

 

「早く、みんなと合流しないと……」

 

 足手まといにはなりたくないが、通信手段が失われた状態では旗艦としての役目が行えない。一刻も早く仲間達と合流し、状況を把握しつつ敵艦の撃破をしなければいけないと、榛名が動きだそうとした瞬間だった。

 

「……っ!?」

 

 目の前に広がる真っ白な霧のカーテンに大きな黒い影がぼんやりと浮かぶのが見え、榛名は息を飲んだ。敵はすぐ近くにいる。右足の損傷は酷く、逃げきれるとは思えない。

 

 ならば――ここで立ち向かうのみ。たとえ単身で負傷していたとしても、一対一ならなんとかなる。そう考えた榛名は35.6センチ連装砲を影に向け、先手必勝とばかりに発射した。

 

 砲口から轟音が鳴り響き、衝撃波がビリビリと海面を揺らす。前方の霧に映った影が砲弾によって大きく歪み、霧散する。

 

「外したっ!?」

 

 敵に砲弾が当たれば、着弾音や火花が上がるはず。しかし、そのいずれも榛名には感じることができず、額に汗を浮かばせながら周囲を警戒する。

 

「どこに……いるのです……っ!」

 

 周りには一面の霧が覆い、先ほど見えていた影も見つけることができない。もしかすると、遠く離れている仲間か深海棲艦の姿が何らかの光によって影となり、目の前に現れたのだと勘違いをしてしまったのではないのだろうか……と、考えたその時だった。

 

 ズドンッ!

 

「きゃああっ!?」

 

 右側面から聞こえた砲撃音に反応する間もなく、榛名の身体が大きく揺さぶられた。

 

「くうぅ……っ!」

 

 条件反射のようにその場から離れようとした榛名だったが、右足の損傷が影響し、思うように移動することができない。ならば、威嚇射撃だけでもしなければと思い砲口を向けようとするが、先程の被弾によって右半分の艤装は中破し、殆ど動かすことができなかった。

 

「ククク……」

 

 手負いの榛名を確認したのか、大きな影が再び榛名の近くに浮かび上がり、ゆらりと揺れながら近づいてくる。このままでは沈められてしまう。だけど、仲間を呼ぼうにも通信は使えない。移動もままならず、攻撃能力も半分近くを失ってしまっている。

 

 正に絶体絶命という状況に、榛名は歯を噛み締めながら影を睨む。榛名を信じてくれた提督に勝利を届け、無事に帰る姿を見せるために、ここで沈む訳にはいかない。

 

「榛名は……諦めませんっ!」

 

 速度は出ずとも動けないのではない。全ての艤装が動かないのではない。仲間達は諦めずに戦っている。ならば、旗艦である榛名が先に諦めるなんて、絶対にしてはならないのだ。

 

 榛名は近づいてくる影に砲口を向けるために半身をずらし、構えを取って狙いを定める。

 

 今度は必ず当てるために。

 

 勝利を提督に届けるために。

 

 深く濃い霧が佇む海の上で、榛名の35.6センチ連装砲が唸りを上げた。

 

 

 

 

 

「誰か、榛名の姿を見たやつはいないのかっ!?」

 

 通信を介しつつも大声を叫ぶ摩耶の周りには火柱がいくつも上がり、飛来してくる砲弾の雨は完全に止んでいた。

 

「クソ……ッ、旗艦の榛名どころか漣や潮からの返事もねぇ!」

 

「そんなに焦らないで摩耶ちゃん。それに、1人だけ忘れちゃっている人が居るわよ?」

 

「あぁん?」

 

 衣服と艤装をボロボロにした鳥海が目配せをすると、摩耶の後方から千歳が申し訳なさそうな表情で近づいてきた。

 

「あ、あの……その……」

 

 幾度となく改装を受けた千歳は軽空母として優秀である。しかし、この霧の中では艦載機を飛ばすことはできず、25ミリ連装機銃で必死に戦っていたものの、大した成果を出すことができなかった。

 

 摩耶はそのことを分かっているからこそ気を使って千歳の名前を呼ばなかったのだが、残念ながら逆効果だったと気づき、どうして良いものかとため息を吐いた。

 

「まぁ……なんだ。忘れていた訳じゃないんだけどよ……」

 

「いえ……役立たずだったのは事実ですから……」

 

「いや、だからそうじゃなくてだな……」

 

 良い言葉が思いつかない摩耶は、後頭部を掻きむしりながら困惑する顔で千歳から視線を外す。そんな摩耶をフォローするように、鳥海が声をかけた。

 

「むしろ、この霧の中で無事でいられただけでも凄いですよ。さすがは千歳さんですよね」

 

「そ、そんなことは……、それよりも鳥海さんは大丈夫なんですか!?」

 

「ええ、なんとか中破止まりってところかしら」

 

「だから探照灯を点けるなって言ったんだぜっ!」

 

「でも、こうして敵を撃破することができたじゃない。結果オーライよ、摩耶ちゃん」

 

「むぐ……」

 

 周囲を見渡した鳥海に笑みを浮かべられては、摩耶としては何も言うことができなかった。探照灯の明かりに気づいた敵が鳥海に向かって砲撃することによって摩耶や千歳に大きな被害が出なかったし、発砲時の音と光で敵艦の位置を知れたからこそ、奇襲を退けることができたのだ。

 

「でも……旗艦の榛名に、潮ちゃんや漣ちゃんは……」

 

「そ、そうだっ! まだ3人から返事は返ってきてねえんだっ!」

 

「いえ、3人では無く1人……かしら」

 

「「えっ?」」

 

 鳥海の言葉に驚いた摩耶と千歳が声を上げたのと同じタイミングで、小さな水飛沫を上げる音が聞こえてきた。

 

「す、すみません……お待たせしました……」

 

「お待たせですっ、キタコレ!」

 

 近づいてきた二つの影が右手を振りながら声を上げると、摩耶はホッと胸を撫で下ろした。潮も漣も無傷とまではいかなかったものの、大した損傷は無さそうだった。

 

「ふぅ……良かった。無事だったか……」

 

「ご心配かけて……すみません」

 

「いや、良いってことよ。むしろ、旗艦である榛名から一向に返事が無いってのが問題だな……」

 

「摩耶ちゃんの言う通りね。通信は全然繋がらないし、近くに居る気配もないわ」

 

「この霧が晴れてくれたら、艦載機を飛ばすことができるんですけど……」

 

 大きくため息を吐いた千歳が再び申し訳なさそうな顔を浮かべると、摩耶は気にするなと言わんばかりに右手で頭を鷲掴みにした。

 

「わわっ! ま、摩耶さんっ!?」

 

「あんまりくよくよするんじゃねぇよ。私達はあの常勝提督の第一艦隊なんだぜ?」

 

 千歳を慰めるように頭をわしわしと撫でる摩耶に、鳥海が少し驚いた顔を浮かべる。

 

「あら、摩耶ちゃんが提督を褒めるなんて……珍しいこともあるのね」

 

「……ぐっ」

 

 鋭いツッコミを受けた摩耶の頬が真っ赤に染まり、千歳の頭を撫でていた手が急に止まった。

 

「べ、別に提督のことを褒めた訳じゃねえよっ!」

 

「いたっ、いたたたたっ! 摩耶さん痛いっ!」

 

「あ、お、おっと、わ、悪い悪い……」

 

 悲鳴を上げた千歳に驚いた摩耶は即座に手を退かせ、左手を立てて謝る仕草を見せた。そんな二人の様子を見た潮、漣はクスクスと笑みを浮かべたが、鳥海が口を開いたのに気づいて真剣な表情へと戻した。

 

「潮ちゃんに漣ちゃん。榛名さんの姿を見てないかしら?」

 

「いえ……私達が潜水艦を見つけ出して倒すまでの間、一度も姿は見ていません……」

 

「通信も繋がらないし、どこに居るのか全く分かりませんっ!」

 

「これだけ連絡が取れないとなると……通信設備に不調をきたしているのかもしれないわね……」

 

 鳥海は俯きながら考える仕草をする。決して言葉にはしなかったが、それより悪いことが起こっている可能性があると、この中の誰もが考えていた。

 

 魚雷を被弾し、動きが制限されている可能性が高い。ましてやこの霧の中であれば、すぐ目の前にまで敵が襲ってきても気づかない場合もある。もしそんな状況に榛名が巻き込まれてしまっていたら――それは通信設備が不調をきたしているだけで済むはずが無いだろう。

 

 最悪の事態を考えた鳥海は小さくため息を吐いてから、摩耶の顔を正面から見た。

 

「摩耶ちゃん、提督に通信をお願いしても良いかしら?」

 

「……そう……だな」

 

 旗艦が居ない場合、副艦である摩耶が艦隊の指揮を執ることになっている。だが、摩耶がそれを行うということは、榛名が居なくなったモノとして考えなければいけないため、できる限り避けておきたいと考えていた。

 

 しかし、現在の状況を考えればそれもやむを得ない。仕方ないといった風に大きく息を吐いた摩耶は、元帥に向けて通信を開始する。

 

 耳障りなノイズ音が混じる呼び出し音が鳴り、暫くすると聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。

 

「ガガッ……どうし……た、何か……あった……の……か?」

 

「こちら副艦の摩耶だ。霧の中で敵の奇襲を受けた際、旗艦の榛名を見失っちまった。通信設備が故障したのか、呼び出しに全く応じないんだが……指示を頼む」

 

「……っ、榛名……が……行方……不明なの……かっ!?」

 

「数メートル先も見えない程の霧じゃあ、通信設備がお釈迦になっちまったら探すのも一苦労なんだってくらい理解しろっ!」

 

「……そうか……分かった……。すぐに……榛名を……捜索し……必ず見つけ……だしてくれ……」

 

「言われなくってもそうするけどよ……こんなことになっちまった落とし前はちゃんとつけろよな、クソがっ!」

 

「……すまない……」

 

「……べ、別に今すぐ謝れって意味で言ったんじゃねぇよっ!」

 

 思いかけない提督の謝罪の言葉を聞いた摩耶は一瞬驚いた顔を浮かべたが、すぐに耳を真っ赤にして周りに聞こえるのも躊躇わずに叫び声を上げた。

 

「……頼む……榛名を……見つけ出してくれ……」

 

「………………」

 

 聞こえてくる提督の声が擦れている。これはノイズでは無い。提督が流した涙がマイクに滴るのが、目に取るように分かってしまった。

 

 まるで自分が提督を泣かせてしまったような気がして、摩耶は返事をしないまま通信をブツリと切断した。

 

「摩耶ちゃん……?」

 

「……なんでもねぇよ。すぐに榛名を探すぞ」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「う、潮も頑張りますっ!」

 

「漣に任せてくださいっ!」

 

「艦載機は飛ばせませんけど、私も目視で探してみます!」

 

「ああ。だけど、まだ深海棲艦が居るかもしれない以上、むやみやたらに動き回るんじゃねぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 摩耶の一括を受けた鳥海達は四散するように別れて榛名の捜索を開始する。

 

「ちくしょう……が……」

 

 誰にも聞こえないように呟いた摩耶の声は霧の中へと消え、自らもその中へと身を投じて行った。

 




 未だ見つからない榛名を探す艦娘たち。
はたして榛名はどうなるのか……その後、提督が取った行動は……

 まだまだ序盤、過去編は次話で終わりです。


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