※ちょっとだけグロいかもです。ご注意をば。
天龍は整備室に向かっていた。
龍田が暁たちと同じような状態になっている訳がない。電話を受けた提督の勘違いなのだと。
そして、天龍の目に映ったモノとは……
天龍が通路の絨毯を力強く蹴り、整備室に向かう通路を最短で駆けて行く。しかし、艤装を装着したままの天龍の動きは重く、思った以上に速度が出ないでいた。
そしてそれが災いしたのか、追いかけてきた秘書艦がすぐ後ろにつき、天龍は怪訝そうな顔を浮かべた。秘書艦も同じように艤装をつけてはいるが、慣れと力は一枚上手のようだ。
提督は自分を無理矢理止めるべく秘書艦を差し向けたのだろうと、天龍は考えた。つまり、追いつかれた時点で龍田が居る整備室に向かえなくなる。
しかし、後ろにいる秘書艦は天龍を呼び止めない。気になった天龍はチラ見で後ろの様子を窺ってみるが、秘書艦が声をかけてくる気配は無い。
予想は違ったのかと天龍は考えたが、整備室に向かう障害にならないのだから結果オーライだと、表情を少しだけ和らげた。
秘書艦の方も、提督に天龍と一緒に整備室へ向かえという命令を受けたので止める気は無かったのだが、龍田のことを考えると、どういった言葉をかけて良いのかと迷っていたのだろう。走りながら時折表情を変化させてみるも、天龍に向けて口が開かれることは無かった。
そうして2人は通路を走り、階段を下り、建物を繋ぐ渡り廊下を駆け、整備室の近くまでやってきた。
後は目の前の通路の角を曲がり、広間にある扉を開ければ整備室につく。しかし、妙な気配を感じた天龍は急ブレーキをかけて角の手前で立ち止まった。
「ど、どうしたのですか……?」
天龍と同じように立ち止まった秘書艦が問うと、天龍は顔をしかめながら広間の様子を窺おうと顔をだす。
「チッ……」
視界の先には複数の人影があり、広間を徘徊するようにゆらゆらと揺れ動いている。
「あ、あれは……っ!」
「ああ、多分暁たちと同じ……なんだろうな……」
そう言いながら、天龍は人影を数える。その誰もが見覚えがある艦娘。しかし、明らかに動きはおかしく、身体の至る所が傷を負って出血し、正常な状態には見えなかった。
それに何より不審な点は、どの艦娘もが、鈍く光る赤い目を浮かばせている。
その目を視界に入れた瞬間、天龍の背筋に寒気が走る。海で深海棲艦と対峙するときと同じ緊張感が、身体を震わせると同時に大きく奮い立たせる。
「やるしか……ねえよな」
艤装を動かしながら天龍が呟くと、肩に手を置かれる感触を受けた。
「天龍さん……ここは私に任せて下さい」
「……なんだと?」
「露払いは私がします。その代わり、天龍さんは中に居る龍田さんを……お願いします」
秘書艦はそう言って、天龍の前に出る。
ノートを見れば、龍田が今どのような状態になっているかは予想がつく。
それでも天龍は、龍田を止める為に1人で整備室に向かおうとした。
たとえ、どのような結果が待っていようとも、妹の後始末は姉がつける。
それが天龍の意思ならば――と、秘書艦は応えたのだ。
「そうか……それじゃあ、悪いんだが頼めるか?」
「ええ、もちろんです」
天龍に背を向けたまま秘書艦は頷き、艤装を構えた。
「いざ……出撃しますっ!」
言って、秘書艦は広間に向かって駆け出して行く。
耳をつんざく轟音が響き、狂気と悲鳴が合わさったような声がいくつも上がる。
天龍はそれら一切を視界に入れることなく一直線に整備室の扉に向かい、勢いよく体当たりをして中に入った。
信じられないモノを見た時、人はどうなるだろう。
有り得ないと思ったモノを見た時、人はどうするだろう。
それは、艦娘であっても同じこと。
ただ、ジッと立ち尽くして固まるだけ。
頭の中が真っ白になって、何も考えられないだけ。
天龍の瞳に映った光景は、一言で現わせられるようなモノでは無かった。
整備室の床、壁、天井にまで、赤いペンキのようなモノがベッタリと塗られている。
バケツをひっくり返したように。
勢いよく中身をぶちまけたように。
大量に飛散したそれらが、元からこの色で、こんな模様であったかのように染めている。
それらに混じって、衣服の一部のようなモノがいくつも転がっている。
それらに混じって、艤装の一部のようなモノがいくつも転がっている。
それらに混じって、身体の一部のようなモノがいくつも転がっている。
まさに、これは地獄絵図。
扉一枚を隔てて、生と死の空間を行き来してしまったかのように。
世界が――変わっていた。
そして、天龍の鼻につく鉄錆の臭い。
不快感を際立たせ、心の奥に恐怖と狂気を湧き上がらせる、この臭い。
整備室の中に充満しきったそれが、明らかに異質であると物語る。
天龍の視覚と嗅覚が麻痺し、例外なく身体を固まらせて立ち尽くす――と、思われていた。
「あら~、遅かったのね~……天龍ちゃん」
よく知った声を聞いた瞬間、天龍の身体は金縛りから解放され、顔を上げる。
整備室の中心に位置する場所に、いつもと変わらない顔を浮かべた龍田の姿が見える。
しかし、その身体は返り血で真っ赤に染まり、右手に持っていた薙刀に血がベッタリとついて滴っていた。
「た、龍田……っ」
「どうしたの、天龍ちゃん。そんな怖い顔なんかしちゃっていたら、暁ちゃんたちが怖がっちゃうわよ~?」
「……っ!」
見透かしたような龍田の言葉に天龍は驚き、大きく目を見開いた。
その暁たちを、天龍は撃った。
提督に命ぜられたとは言え、信頼している仲間を撃ち殺した。
例えどんな理由があったとしても、その事実は変わらない。
その気持ちが、天龍の心を鷲掴みにする。
一生残るであろう傷が、胸に深く刻まれる。
だが、そうであっても――
目の前の惨劇を見逃す訳にはいかないと、天龍は龍田を睨みつけながら声を上げる。
「どう……してだ……。どうしてなんだ……」
「ん~、何が~?」
「どうしてこんなことをしたんだ、龍田ぁっ!」
絶叫が、咆哮が、天龍の口から放たれる。
しかし、龍田は全く表情を変えることなく、天龍に向かって言い放った。
「天龍ちゃん、ほら見て~。私ったらこんなに強くなったのよ~」
龍田は満面の笑みを浮かべながら、薙刀を宙に振るう。
「火力もい~っぱい強くなったし、1発でどんな相手でも粉砕できちゃうの~」
14cm単装砲を天井に向け、大きな轟音を鳴らす。
「これで、天龍ちゃんをいじめる奴は、私がぜ~んぶ倒しちゃうんだから~。あはっ……あはは……アハハハハ……ッ!」
大きく口を開け、狂気に満ちた笑い声を整備室内に響かせた。
「なんでだっ! なんでこんなことをしたんだよっ!
ここに居たのは深海棲艦じゃねぇっ! みんな仲間じゃねぇかっ! それなのに、なんで殺したりなんか……したんだよぉっ!」
天龍は目から涙を零しながら、龍田に向かって叫ぶ。
そんな天龍を見た龍田は、『なぜ?』と、言わんばかりの顔を浮かべながら頭を傾げた。
「殺す……殺スコろスコロス……?」
龍田は呟きながら頭をグルグルと回し、何かを思いついたような顔を浮かべた途端に、天龍の方を見た。
「違うよ~、天龍ちゃん。周りにいるみんなは、死んでなんかいないんだよ~」
「な、何を言ってるんだよ龍田……っ! 現にみんなは血みどろになって……倒れているじゃねぇかっ!」
自分がやったことすら分かっていないのかと、天龍は苦悶の表情を浮かべながら龍田に叫んだ。しかし、龍田はそんな天龍を見てクスクスと笑いながら、左手の人差し指を床に倒れている艦娘に向ける。
血の池に沈み、無残な姿となった艦娘の身体が、龍田の指に呼応するかのようにピクリと震えた。
「……なっ!?」
真っ赤な衣服を身に纏い、身体の至る所を破損させ、生気の宿らない顔のまま――艦娘の身体が立ち上がっていく。
まるでそれは、執務室で襲ってきた暁たちと同じ。
整備室前の広間に居た、艦娘たちと同じ。
鈍く光る真っ赤の目を浮かばせながら、天龍の顔を見てニヤァ……と、笑う。
「うふふっ……あははははっ! ねぇ、すごいでしょ、天龍ちゃん。これでみんな、本当の仲間になったの。こうすれば、天龍ちゃんをいじめる奴なんて、誰1人としていなくなっちゃうのよ~」
両手を大きく広げた龍田が、壇上に立った独裁者や宗教家のように声を上げる。
「でも、それだけじゃダメなの。天龍ちゃんも、私たちと同じようにならなきゃダメ……。いっぱい……い~っぱい仲間を増やすために、天龍ちゃんも協力してくれなきゃダメなの……っ!」
そして――真っ赤な目をギョロリと天龍に向けた。
「くっ……」
姿形は龍田なのに――と、天龍は背筋に寒気を感じながら艤装を構える。
「あれ……あれあれアレアレアレ、なんで、ナンデソンナことヲスルノ……? 天龍ちゃンハ……私のノことガ嫌イナノ?」
「龍田……お前は今、病気なんだ。新型近代化改修ってやつのせいで、我を忘れちまっている……。だから治療しないとダメなんだ。早く提督に言って、治してもらえば大丈夫だから……」
そう――龍田に言った天龍だが、心の中では分かっている。
龍田はもう戻れない。
既に手遅れの段階なのだと。
それでも拭いされない気持ちが言葉となって、奇跡が起こることを信じて、天龍は神に祈るような気持で言葉をかけた。
「フウン……」
だが、龍田は興味が無さそうな顔を浮かべ、ため息を吐く。
「ソウカ……ソウナノネ……。天龍チャンハ、提督ニ騙サレテ……」
「た、龍田……頼む、頼むから……っ!」
天龍は強く目を瞑り、願いながら大きな声で呼ぶ。
元の龍田に戻ってくれと。
今、この瞬間だけでも、奇跡が起こってくれと。
「大丈夫ヨ、天龍チャン……。ハジメハチョット痛イケド……スグニ気持チ良クナルカラ……ネ。ウフフ……アハハハハハハハハ……ッ!」
それでも、龍田は変わらない。
いや、変わりきってしまったのだ。
天龍の知らない龍田に。
天龍の知らない、誰かに――
「アヒャヒィハハハハッ! ワタシ、ウズウズシテイルノッ! コエガデナクナルマデノドニクライツイテ、タクサンノチヲナガサセテアゲルッ! ソシテ、ソシテミンナイッショニ……キモチヨクナロウネ、テンリュウ……チャンッ!」
龍田が翔んだ。
右手に持った血塗られた薙刀を振りかざしながら宙を舞う。
赤く光った二つの目を向け、
狂気のまみれた笑みを浮かべながら、
今にも首筋に噛みつこうと口を開き、
真っ赤な涙を流しながら、
天龍へと向かう。
「龍田あああぁっ!」
天龍は大きく声を上げ、迎え撃つべく構えを取る。
間延びした声でからかう、昔の龍田と重ねながら、
涙を流しながら14cm単装砲の照準を額に合わせ、
別れを意味する砲弾を――放った。
次回予告
執務室にいた提督は祈り続けていた。
彼の頭には考えたくない予想が巡り、大きなため息を吐く。
そんな中、一つのノックの音が鳴り響く。
この合図は、生か死か。
惨劇の終焉は……告げられるのか。
深海感染 -ZERO- 第五章 その6
全ては一つの線で……繋がっている。
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