悲しみに染まる2人の顔。
しかし、こんな状況になっても、まだ全ては終わらない。
いや、むしろ悪化していく一方である。
「……どういう、ことなんだ」
天龍は執務室に倒れた暁、響、電の身体を見ながら、提督に呟いた。指示をされたとはいえ、自分の放った砲弾で3人を殺めてしまったという気持ちが、天龍の拳を大きく震わせていた。
そして提督もまた、自らの罪の重さを受け止められずに身体を震わせていた。雷の変貌だけではなく、暁、響、電までこのような状態になってしまったことに苦しみながら、天龍の顔を見る。
ここまできてしまった以上、天龍に説明をしない訳にはいかない。
しかし、この考えは建前であり、提督の本音は誰かに聞いて欲しいという気持ちがあったのだろう。
それは懺悔のように――ゆっくりと口を開こうとした、瞬間だった。
ズウゥゥゥンッ……
「「……っ!?」」
建物全体が大きく揺れるような地響きに、提督と天龍が焦り出す。
「な、なんなんだ、今のは……?」
辺りをきょろきょろ見回した天龍だったが、執務室の中に変化は見当たらない。もしかすると地震が起こったのだろうか――と、ため息を吐こうとしたときだった。
ピリリリリッ、ピリリリリッ……
机の上にある電話の内線呼び出し音が鳴ったことに気づいた提督は、先程の音と地響きに関連しているのではないかと嫌な予感がしつつも受話器を取った。
「執務室の提督だ。どうしたん……」
「き、緊急連絡ですっ! 至急、至急整備室に応援を寄こして下さいっ!」
提督の応答を聞き終える前に、受話器の向こうから慌てふためく声が聞こえてきた。
「い、いったい何があったんだ!?」
「整備室内で複数の艦娘が発砲を……っ!」
「な、なんだってっ!?」
驚きの表情を浮かべながら叫ぶ提督を見て、天龍の表情も険しくなる。
「なぜだ、なぜそんなことになっているっ!」
「わ、分かりませんっ! しかし、軽巡の龍田が、龍田がいきなり……や、やばい、こっちに……うわあああっ!」
ブツッ……プー……プー……
「もしもし、もしもしっ!」
提督は受話器に向かって大声を上げるが返事はなく、定期的に流れる電子音だけが響いている。
「な、なぜ……なぜこんなことが次々に……」
持っていた受話器を手から落とし、うなだれるように椅子へと座り込む提督に、天龍が声をかけた。
「お、おい提督っ。いったいなにがあったって言うんだ!?」
「整備室の方で……艦娘たちが発砲を繰り返していると……」
「はあっ!?」
予想外の言葉に驚きの表情を隠せない天龍だったが、悪い時には悪いことが重なってしまうようで、再び執務室の扉が大きな音を立てて開かれた。
「……っ!」
慌てて身構えた天龍だったが、部屋に入ってきたのが秘書艦であると気づいてホッと胸を撫で下ろした。
「はしたない行動をお許し……っ!?」
秘書艦は大きな音を立てて扉を開けたことを謝ろうとしたが、暁たちが倒れている状況を見て言葉を詰まらせて、提督の顔を見た。
「………………」
提督は悲壮な表情で無言のまま首を左右に振り、雷の変貌を知っていた秘書艦は即座に察知する。
そして秘書艦は3人に向かって目を閉じて小さく頭を下げてから、提督に向き直って1冊のノートを差し出した。
「て、提督……こんな物が……」
「いや、今はそれどころでは無いんだ。整備室の方で艦娘たちが発砲し、大変なことになっていると連絡があった」
「そ、それはもしや……龍田さんが絡んでいるのでは……っ!?」
「な、なぜそれを……っ!」
秘書艦の言葉に驚いた提督だったが、天龍も同じように大きく目を見開いた。
「ちょっ、ちょっと待て! どうしてそこで龍田の名前が出てくるんだっ!?」
「先程の内線で、龍田の名前を知らされたんだが……」
「なっ!?」
「私が見つけたこのノートも、それに関係していると思われます」
そう言った秘書艦は提督に差し出していたノートを開き、提督と驚いたままの天龍に聞こえるように音読し始めた。
『天龍ちゃんと遠征の際、私のミスで危ない目にあわせてしまった。
天龍ちゃんは気にするなと言ってくれたけど、私が弱いからいけないんだ。
もっと強くならなければいけないから、空いた時間に演習をいっぱいしようと思う』
秘書艦が読むノートの内容を聞いた天龍は、表情を一変させて唇を噛んだ。龍田が書いた文章と過去の記憶を思い返しながら、なぜだと言わんばかりに拳を握る。
『雷ちゃんが新型近代化改修というのを受けて、もの凄く強くなっていた。
これがあれば、私も強くなれるかもしれない。
私も同じようにと、四十崎部長にお願いして試験に参加することにした』
そして、四十崎部長の名を聞いた瞬間に、提督は驚きながら口を開く。
「なっ、ちょっと待て! 僕はそんなこと、何も聞いていないぞっ!?」
「私もこれを見て驚きました……。どうやら秘密裏に行われていたようで、全く気づかずに……申し訳ありません……」
神妙な顔で謝る秘書艦に提督は怒りをどこにぶつけて良いか分からず、仕方なく言葉を飲み込んだ。
『新型近代化改修の効果がみるみるうちに現れた。
身体が軽くなって、とっても気持ちが良かった。
演習を試してみたら、以前の私とは見違えるくらいの出来栄えに興奮しちゃって、なかなか眠れなかった』
その内容は、雷と同じようだと想像ができる。
『出撃も遠征も、何をやっても上手くいく。あまりにも調子が良過ぎるから、周りのみんなも少し不審がっていた。
試験のことは黙っておくようにと言われていたから、少し手を抜いてみたら良い感じだったので、上手く誤魔化せそう』
しかし、同じであればある程、後に起こってしまう結末が予想でき、
『なんだか最近、身体が熱い気がする。風邪をひいたみたいだけれど、天龍ちゃんを心配させたくないから黙っていることにした』
『身体の動きは凄く良いのに、頭がズキズキする。秘書艦の命令で近々大本営までお使いに行くことになったので、四十崎部長に身体を見て貰った方が良いのかもしれない』
『頭が割れるように痛い……。でも、天龍ちゃんを心配させたくない……。
夜中に喉がもの凄く渇いて、水を飲んでも全然ダメ……』
『痛い……痛い痛い痛いいたいいタいイタイ……。身体中ガ、モの凄ク痛イ。
このマまジャダメ……。何カ、食べナイと……喉ガ……』
龍田の変化が頭の中に浮かび、得も知れぬ気持が胸に渦巻いていく。
「こ、ここで……終わっています……」
言って、秘書艦はノートを閉じた。読んでいた秘書艦も、聞いていた提督や天龍も、信じられないといった表情を浮かべながら、額に汗を浮かばせる。
「や、やはり……新型近代化改修のせいなのか……っ!」
提督は自らの罪に対する怒りをぶつけるように、机を思いっきり握り拳で叩いた。
「な、なんなんだよ……これはっ! 龍田はいったいどうなっちまったって言うんだよっ!」
「それは……分かりません……。ですが、提督が内線を受け、龍田さんの名前が出た以上……」
「あ、有り得ねぇ! そんなことがあってたまるかよっ!」
「でも、このノートを見る限り……」
そう言って秘書艦がノートを渡そうとすると、天龍は右手で叩いて大きな口を開けた。
「うるせえっ! 俺は……俺は信じねぇっ! 龍田が変になっちまったなんて、俺は信じねえぞっ!」
啖呵を切った天龍は踵を返して走り出した。
「ま、待つんだ天龍っ!」
「提督はそこで待ってろっ! 俺が……俺が整備室に行って、龍田の様子を見てきてやるっ!」
天龍は提督の声に振り返らずに返事をし、執務室から飛び出していく。
「くそっ! なんで……なんでこんなことばかりが起きるんだっ!」
再度机を叩いた提督だったが、すぐに気を取り直して秘書艦を見る。
「頼む。天龍と一緒に整備室の方へ向かってくれ。そして龍田を……」
「……了解しました」
秘書艦は提督の目を見てコクリと頷き、天龍の後を追って駆け出した。
その姿を見ながら、天龍が変貌した暁達を見た瞬間に叫んだ言葉を思い出す。
『これじゃあまるで……深海棲艦じゃねえかっ!』
提督は、直に深海棲艦を見たことは無い。
だけど、天龍が言ったのが正しいとするのなら、
変貌した暁達を見た瞬間に襲ってきた恐怖は、間違いないのかもしれない。
人では太刀打ちできない相手である深海棲艦。
それが、まさか艦娘の身体に宿ってしまうなんて。
それが、海に出ずとも出会ってしまうなんて。
そして、これが新型近代化改修のせいであるのなら、
自分はなんて馬鹿なことをしてしまったのだろうと、再び後悔する。
願わくは――いや、頼むから、
これ以上、被害が広がらないように。
そして、二度とこんな悲劇が起きぬようにと、提督は床に倒れた暁たちを見ながら強く願った。
次回予告
天龍は整備室に向かっていた。
龍田が暁たちと同じような状態になっている訳がない。電話を受けた提督の勘違いなのだと。
そして、天龍の目に映ったモノとは……
深海感染 -ZERO- 第五章 その5
全ては一つの線で……繋がっている。
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