深海感染   作:リュウ@立月己田

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※今話は少しだけ過激なシーンがあるかもです。
 とはいえ、以前とまではいきませんがご注意ください。


 頼みの綱であった四十崎部長は海底へと落ちていった。
しかし、そのことを提督は知るべくもなく、ただひたすら待ち続ける。

 そんな折、またしても執務室の扉にノックの音が響き渡った。



第五章 その3

 

 壁時計の秒針が刻む音を聞きながら、提督は両腕を組んでジッと椅子に座っていた。

 

 大本営から四十崎部長を待っている身なので、眠ってしまうと具合が悪いと判断した提督は、布団には入らずに身体を休めていた。しかし、頭の中は後悔でまみれ、精神的には休めていなかった。

 

「ふぅ……」

 

 時折こうやって大きなため息を吐く以外、提督は黙りきったままであった。どうやっても、最終的には雷と電のことばかりを考えてしまうのだ。

 

 これでは心は疲れる一方だ。それは分かっている提督であったが、理解していても忘れられよう筈はずも無い。

 

 いや、忘れてはいけないのだ――と、再度提督はため息を吐く。

 

 すると、それと同時に扉がノックされる音が響いた。

 

「入って良いよ」

 

 提督の返事を待って、扉がゆっくりと開かれる。入ってきたのは、少し疲れた表情を浮かべた天龍だった。

 

「ただいまー、提督」

 

「お疲れ様、天龍。龍田は見つかったのか?」

 

 提督の問いかけに天龍は両手の平を上に向けながら、首を左右に振った。

 

「秘書艦が言うように食堂の方を探してみたんだが、飯を食ってたやつらや厨房に居る鳳翔さんは見ていないって言ってたんだ。それで、間宮さんのとこにも行ってみたけどよぉ……」

 

「その感じだと、誰も龍田の姿を見ていないってことか?」

 

「ああ、その通りなんだ。それどころか、殆どがここ数日の間、龍田を見た記憶がないって言ってたし、俺と全く同じなんだよな……」

 

「……ん? それって、鳳翔さんも同じように言っていたのか?」

 

「そうだよ。真っ先に聞いたのが鳳翔さんだから、間違いないぜ」

 

 天龍はそう言って、ため息を吐いた。

 

 それは変だな……と、提督は顎元に手を当てて考える。遠征から帰ってきたほとんどの艦娘は、補給を済ませてから食堂に行くのが多い。一部の艦娘はそうでなかったり、入渠を済ませてからという場合もあるが、1日のうちで食堂に行かない者はいないだろう。

 

 秘書艦から与えられた任務があまりにも忙しく、食事を取れなかったというのならば有り得ない話では無い。しかし、それならば龍田だけではなく、別の艦娘と任務を割り振るくらいのことを秘書艦はするはずだ。

 

 つまり、龍田が食堂に暫くの間行っていないのは、何かしらの問題があったからではないのだろうか。それがいったい何なのかは分からないが、雷と電の件が起こったことを考えると無関係ではない気がする――と、提督が不安げな表情を浮かべた。

 

「お、おいおい……そんな顔をしないでくれよ……」

 

「え、あっ、す、すまない……。少し考えごとをしていたんだが……」

 

「まぁ、提督が考え込むのはいつものことだけど、あんまり自分を追い込むのはどうかと思うぜ?」

 

「……あぁ、分かっているつもりなんだがな……」

 

 そう言って天龍に小さく頷いた提督だったが、ふとあることに気づいてジト目を向ける。

 

「おい、天龍……」

 

「ん、どうしたんだ、提督?」

 

「お前……まだ艤装をつけたまんまだぞ……」

 

「あっ、あーあー、そう言えばそうだったな」

 

 まったく悪びれる様子もなくそう言った天龍は、自分の背中の方へと視線を向けつつも手を振っていた。

 

「よくもまぁ、それで動き回れるよな……」

 

「考えごとをしていると、あんまり気にならないんだよ。そりゃあ、重たいことに変わりは無いけど、慣れている方が色々と便利だしなー」

 

 提督は呆れつつも、もしかするとこれが天龍のトレーニング方法なのかもしれないと思いかけたが、よく考えてみれば普段艤装をつけたまま動き回っているところを見たことが無い。やはり龍田のことが気になっていて艤装を取り外すのを忘れていたのか、外す手間を省いてでも探したかったのだろう。

 

 天龍らしいと言えばそうなのだが、鎮守府内――しかも、執務室や各艦娘達の休む部屋がある建物内で艤装をつけていると、事故でも起きようものなら目も当てられない。提督は天龍に、ひとまず龍田の捜索を中断させて艤装を外してこいと言おうとしたとき、妙な物音が耳に入ってきた。

 

 

 

 カリカリ……カリカリ……

 

 

 

「ん……、何だこの音?」

 

 同じく物音に気づいた天龍が、音の出所へと顔を向ける。

 

 それは、執務室に出入りする大きめの木製の扉。

 

 その扉を、爪で掻きむしるような――そんな感じの音がする。

 

「こんな時間に、駆逐艦どもが悪戯でもしにきてんのか?」

 

 呆れたように小さく息を吐いた天龍は、扉の方に足を向けた瞬間だった。

 

 

 

 バターーーンッ!

 

 

 

「うおっ!?」

 

 急に勢い良く開かれた扉に驚いた天龍は、咄嗟に提督の机近くまで後ずさりながら焦った顔を浮かべる。

 

 そして、すぐに怒った顔へと変えながら、反射的に扉を開けた人物に向かって怒り声を上げた。

 

「こらっ、てめーらっ! こんな風に扉を開けたら危ねえじゃねぇかっ!」

 

 秘書艦が聞いていたら呆れた顔をするんだろうなぁ……と、思った提督であったが、その表情はすぐに別のモノへと変わってしまう。

 

 天龍の声に反応することも無く、入口の前に佇みながらジッとこちらの様子を窺っている3人の駆逐艦。

 

 その3人の様子を見た瞬間、天龍は驚きの声を上げた。

 

「なっ……!?」

 

 響の長い髪の毛が赤に染まっている。

 

 暁の衣服の生地が赤に染まっている。

 

 3人の綺麗な肌が赤に染まっている。

 

 そして――

 

 死んだと思われていた電が、片腕を無くした状態で立っている。

 

「お、おいっ、大丈夫なのかっ!?」

 

 その様子に驚いた天龍は、急いで3人へと駆け寄ろうとする。

 

「ま、待つんだ天龍っ!」

 

「え……?」

 

 しかし、即座に危険な臭いを察知した提督は天龍を呼び止めた。

 

 そして、その瞬間――

 

 3人の顔がゆっくりと前を向き、

 

 真っ赤に光る瞳を天龍と提督に向けた。

 

「……っ!?」

 

 その瞬間、提督の身体が金縛りにあったように硬直する。

 

 雷と同じ目。

 

 暁、響、電の3人が、同じ目を浮かべてここに居る。

 

 よく見れば彼女らの身体は所々が欠損し、大量の出血が見て取れる。

 

 どう考えても、動き回れる筈がない。

 

 まるでこれはゾンビ映画か何かだと思いついてしまう光景に、提督は身体を大きく震わせた。

 

「お、おいおい、いったいこれはどういうことなんだっ!?」

 

 一方で、経験豊富な天龍は提督のように身体を固まらせることは無く、3人に向かって艤装を構えながら声を上げた。

 

「これじゃあまるで……深海棲艦じゃねえかっ!」

 

 その言葉を聞いて、提督はハッと顔を上げた。

 

 鈍く光る赤い目。

 

 実際には見たことが無いが、資料等で知る知識から天龍の言う通りであると直感する。

 

「し、しかし……仮にそうであっても……」

 

 なぜそんなことが起きてしまったのか。

 

 それを問おうとする前に、3人はゆらり……と、身体を揺らしながら天龍や提督に向かって歩き出した。

 

「司令……官……。ごきゲん……ヨう……、あハ、アはハハハ……ッ!」

 

「……っ、それ以上動くんじゃねえっ!」

 

 両手を上げて向かってくる暁に、天龍が照準を合わせる。

 

「ヤあ、司……令官……。作戦……命……令ヲ、聞キに……きたヨ……?」

 

「頼む……こっちにくるんじゃねえっ!」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた響に、天龍が叫ぶ。

 

「なノです。ナノでスなノですナノデすナノデスナノデスナノデス……ッ」

 

「ち、ちくしょう……っ!」

 

 ゾンビのように足を引きずりながら向かってくる電に、目を閉じた天龍は――

 

 3発の砲弾を、発射した。

 

 

 

 

 

「い、いイぃ……痛イ……ジャなイ……」

 

「ヘェ……ソンなことヲ、すルンだネ……」

 

「酷イ……ノでス……」

 

 撃たれた片膝をつきながら、笑みを浮かべる暁が天龍を見る。

 

 撃たれた太ももを一瞥した響が、見下すような目を天龍に向ける。

 

 両足が欠損した電が、這いずりながら天龍に言う。

 

「な、なんなんだよ……お前らはぁっ!」

 

 信じられないといった表情を浮かべる天龍は、震える手を3人に向けながら照準を合わせる。

 

 動きを止める為に足を撃った。

 

 本来ならば、衣服が衝撃を吸収して破損する筈だ。

 

 なのに、3人の衣服は効果を見せず、砲弾は直接肉へとめり込んだ。

 

 その結果、暁の膝は欠損してぐにゃりと曲がり、響の太ももからは大量の血が噴き出し、電の足首は粉々に吹き飛んだ。

 

 それでもなお、3人は悲鳴すら上げずに向かってくる。

 

 こんなことが有り得るのか。

 

 こんなことが起こり得るのか。

 

 自分の撃った砲弾によって仲間が傷つき、なおも向かってくる光景に、天龍の背中に冷たいモノが走る。

 

 しかし、このままではヤバいと頭の中で警報が鳴る。

 

 本能が、この3人を生かしておいては危険だと告げている。

 

「テん……龍、コンナことをシて、許サなイ……許サナインダカラ……」

 

 暁が言葉とは裏腹にしか見えない、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「シ令……カん……、ヒび……キと、イッ緒ニ……」

 

 響が大きく口を開けて、提督に近づこうとする。

 

「タスけテ……アげルノ……デ……ス……」

 

 左腕だけで這いずる電が、赤い目を鈍く光らせる。

 

「や……やめろ……、これ以上くるんじゃ……ねぇっ!」

 

 天龍の声に3人は制止することは無く、徐々に近づいてくる姿に提督は目を瞑る。

 

 拳をちから一杯に握り締め、額に大粒の汗を大量に浮かばせながら、震える口を開く。

 

「すまない……」

 

 提督の、重く、苦しい謝罪の言葉が天龍の耳に届き、一瞬だけ目を閉じる。

 

 そして、続けて聞こえてきた声と共に――

 

 

 

「撃って……くれ……」

 

 

 

 天龍は瞳に涙を浮かばせながら、3人の額に向けて砲弾を発射した。

 





 さて、そろそろ終わりも近付いてきたところでちょっとした補足です。
深海感染-ZERO-において、いくつもの謎があります。それらは最終話で語られますが、宜しければ最終話を読む前にもう一度今までのことを振り返ってみることをお勧めいたします。

 全ての謎が分かってしまった方がおられましたら……感想ではなくメッセージでお願い致します。(ネタバレ防止の為)


次回予告

 悲しみに染まる2人の顔。
しかし、こんな状況になっても、まだ全ては終わらない。
いや、むしろ悪化していく一方である。


 深海感染 -ZERO- 第五章 その4

 全ては一つの線で……繋がっている。


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