深海感染   作:リュウ@立月己田

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 提督が居る執務室がノックされたときに戻る。
部屋に入ってきた艦娘に驚く提督と秘書艦。
そして、ある言葉によって更なる焦りを生むことになる……


第五章 その2

 執務室に響いた扉をノックする音に提督が答えると、ゆっくりと扉が開かれた。

 

「提督、失礼するぜ」

 

 そう言って入ってきたのは、天龍だった。天龍の背には艤装が装着されており、提督と秘書艦はギョッとした表情を浮かべた。

 

 ついさっき雷がこの場所で暴れたばかりであり、身をもってそれを経験した提督は額に汗を浮かべた。

 

 もしかすると天龍も雷と同じように変貌し、攻撃してくるのではないのだろうか。

 

 何より恐ろしいのは、艤装が装着されている点だ。もしここで天龍の14cm単装砲や7.7mm機銃が発射されれば、とてもじゃないが無事で居られるとは思えない。

 

 提督は天龍に、なぜ艤装を装着しているのかを問うべきかどうか迷ったが、答えが出るよりも早く秘書艦が口を開いた。

 

「天龍さん、なぜ貴方は艤装を装着したまま執務室にきているのですか?」

 

「ん……あ、あぁ、悪い悪い。ちょっと考えごとをしていたせいで、取り外すのをすっかり忘れていたぜ」

 

 頭を掻きながらあっけらかんに答えた天龍を見て、秘書艦は呆れた表情でため息を吐き、提督はホッと胸を撫で下ろした。

 

「前々から言っていますけど、もう少し日々の態度について改めてくれないと困るのですが」

 

「そ、それは分かっているんだけどよぉ……」

 

 気まずいと言わんばかりに秘書艦から目を逸らす天龍に、提督は質問を投げかけた。

 

「ところで、どうして天龍はここにきたんだ?」

 

 提督の質問の意味は二つある。一つは単純にここにきた理由だが、もう一つは雷の騒動に気づいたかどうかであった。

 

 隠すつもりは無いけれど、できればもう少し情報を整理してから話したい。せめて大本営から四十崎部長と話をしてからが、ベストだと思っていた。

 

「えっと、まずは遠征の報告書を渡しておくぜ」

 

「あ、あぁ、そうか。ご苦労様だったな、天龍」

 

 そういえば天龍は遠征に出かけていたのだと、提督は思い返しながら報告書を受け取った。

 

「いや、それについてはいつものことだからな。大した問題も起きなかったし、資材もそこそこゲットできたぜ」

 

 そう言いながら顔の前でパタパタと手を振る天龍の顔は、すこしばかり自慢げに見える。

 

 どうやら雷の件できた訳ではなさそうだし、遠征から帰ってすぐに報告にきたというのなら、艤装を取り外すのを忘れていたというのも、天龍らしいかもしれない。

 

 秘書艦も天龍の言葉を聞いて、呆れた表情から真面目な顔へと変わっていた。

 

 だが、続けて放たれた天龍の言葉に、提督と秘書艦の表情は一変する。

 

「ところで、もう一つ用事があるんだけどさ。前に秘書艦から聞いたんだけど、龍田がまだ用事とやらから帰ってきてないみたいなんだよ。いくらなんでも遅いと思うんだけど、提督なら何か知ってるんじゃねーかなと思ってさぁ……」

 

「龍田が……帰ってきていない?」

 

「うん、そうなんだよな。秘書艦は、大本営への用事がなんとやらって言ってたはずなんだが……」

 

「な、なんなんだそれは。僕には初耳なんだけど……」

 

 頭を傾げながら呟いた提督は、天龍から秘書艦へと視線を移した。すると秘書艦は小さくため息を吐くような態度を取ってから、口を開いた。

 

「ええ、天龍さんの言う通り、龍田さんには私の用事を手伝ってもらっています。遠征任務での軽巡枠に余裕がありましたし、龍田さんの能力ならば問題ないと思われましたので、大本営の四十崎部長に送らなければいけない書類を運んでもらっていました。

 ただ、確かに天龍さんがおっしゃる通り、帰りが少し遅いようにも思えますが……」

 

「そうか。まぁ、初耳だったとはいえ、秘書艦がそう言うなら問題はなさそうだが、帰りが遅いというのは気になるな……」

 

「龍田のことだから心配はいらないと思うんだけど、数日前から全く会えていないから、さすがに気になっちまってさぁ……」

 

「確かに入れ違いにしては変に思えますが、もう一つ気になることがありますね」

 

「ん、それはいったい……?」

 

 何のことだろうと思った提督と天龍は、秘書艦の顔を見ながら頭を傾げる。

 

「いえ、これはまぁ……それぞれの性格等ではあるんですけど……」

 

 少し恥ずかしげな表情を見せた秘書艦は、ごほんと咳を吐いてから天龍を見た。

 

「天龍さんって、かなりの妹思いなんですねぇ……と、思いまして……」

 

「なっ!」

 

「あ、あぁ……そういうことか……」

 

 真っ赤な顔で驚いた天龍が大きな声を上げ、少し呆れたような表情で提督が頷いた。

 

「ちょ、ちょっと待てよ2人ともっ! お、俺は別に龍田が可愛いとか、最近会えてなくて寂しいとか、一人で眠るのは怖いとか、そういうことを言っているんじゃないんだぜっ!?」

 

「………………」

 

「………………」

 

 慌てふためきながら反論するように喋った天龍だったが、2人はジト目を浮かべてため息を吐く。

 

「な、ななっ、何で黙ってるんだよっ!?」

 

「いや……その、だな……」

 

「今、天龍さんがおっしゃった言葉を、録音して聞かせてあげたかったですね……」

 

「……え?」

 

 声を詰まらせた天龍は、秘書艦の言葉を理解しようと頭の中で自分が言ったことを思い返し、突如頭の上から蒸気が吹き出さんばかりに、顔一面を真っ赤に染めた。

 

「い、いやいやいやっ! 違う、違うんだって!」

 

「はぁ……何が違うのでしょうか……?」

 

「だ、だから、俺は別に龍田のことを心配しているとかそういうのじゃ……」

 

「ですが、今はこうして提督に龍田さんのことを聞きにいらっしゃってますよね?」

 

「そ、それはあれだっ! 遠征の報告書のついでにちょっと気になったから言っただけであってだな……」

 

「それにしては結構お話をなさっていましたけれど……」

 

 赤面しっぱなしの天龍の弁解をすべて潰すかのように、秘書艦がツッコミを入れているのを見ていた提督は、さすがにこのままでは可哀相だと口を開いた。

 

「まぁまぁ、それくらいで勘弁してやってくれ。

 天龍の言うことも分からないでもないし、帰りが遅いというのも気にはなるからな」

 

「提督がそうおっしゃるのなら……」

 

「い、いや、だから俺は別に……」

 

 残念そうな顔を浮かべる秘書艦を横目に、肩の力を落とした天龍は大きくため息を吐いた。

 

「とにかく……だ。

 現在、龍田は大本営へ書類を届けに行っているということで間違いはないんだな?」

 

「……はい、本日の予定はそうなっております」

 

「問題は、帰ってくるのが遅いのではないかということだが、四十崎部長に連絡を取るには……難しそうだな」

 

「そうですね。多分今頃はこちらに向かっている途中でしょうし……」

 

「携帯電話の番号などは聞いていないのか?」

 

「それは……残念ながら聞いていません。連絡はすべてメールで行っておりましたので……」

 

「そうか。なら、他に龍田の情報を得ようとするのなら……」

 

「それなんですが、少し天龍さんに聞きたいことがあります」

 

「……へ、俺に?」

 

「はい、そうです。

 天龍さんは遠征から帰ってきて、そのままここにきたんでしょうか?」

 

「いや、一度自室には戻ったんだけど、龍田の姿が見えなかったんでこっちにきたんだけど……」

 

「それじゃあ、他の場所は探していないということですよね?」

 

「ま、まぁ……そうなるな」

 

 なるほど……と、頷いた秘書艦は、ぽんっと手を叩いた。

 

「あくまでこれは私の予想ですが、龍田さんは大本営から帰ってきて、食堂に向かったということは考えられませんか?」

 

「……ふむ、確かに時間を考えれば有り得ない話ではないな」

 

 報告よりも先に食堂に向かうというのは些か問題のような気もするが、腹が減ってはなんとやらとも言えるだろうと、提督は頷いた。

 

「出かけた時間から考えますと、龍田さんがこちらに帰ってきていてもおかしくない時間ですし、ひとまずは鎮守府内を探してみるのはどうでしょうか?」

 

「そ、そうだな。それじゃあ俺は早速龍田を探しに行ってくるぜっ!」

 

「お、おいっ、天龍っ!」

 

「それじゃあ後で報告にくるからよっ!」

 

 そう言って天龍は勢いよく扉を開け、執務室から出て行った。

 

「………………」

 

「……逃げましたね」

 

「まぁ、誰かさんに弄られていたからなぁ……」

 

「はて、誰のことでしょう?」

 

 私は何も知りませんよ? と、言いたげに笑った秘書艦を見て、提督は再度ため息を吐いた。

 

「とりあえず、私も龍田さんを探してみます」

 

「ふむ、そうだな。四十崎部長がここに着くにはまだ時間があるし、そうしてくれると助かる」

 

 雷のことは心配ではあるけれど、二重の鍵をかけたのでまず大丈夫だろう。ジッと見張っているのがベストだろうが、それをすると雷が騒ぎ立てる可能性も高いだろうし、気を張り詰めた状態を保ち続けろというのはあまりにも酷だろうと提督は考え、秘書艦の言う通りにするようにと返事をした。

 

「それでは少しの間ここを離れますが、提督は休憩をなさって下さいね」

 

「いや、それは……」

 

 ――と、そこまで言いかけて提督は言葉を詰まらせる。

 

 秘書艦が心配そうに見つめてくるのが目に映り、提督は仕方なく頷いた。

 

 そうして、微笑を浮かべた秘書艦は部屋を出る。

 

 見事に心労を見抜かれてしまったことを悔やみつつも提督は椅子にもたれかかり、天井を見上げながら大きく息を吐いた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 鎮守府へと向かう為に通らなければいけない崖路がある。

 

 片方は切り立った山。もう片方は海へと落ちる崖。

 

 道は大型車でも通れる二車線ほどの広さがあり、海側にはガードレールが整備されている。

 

 鎮守府へと向かう道なのだから、それなりに整備されているのは当たり前なのではあるが、夜の間に通る車の数は少なく、道路灯は無い。

 

 その為、夜のドライブというのはいささか不釣り合いなこの場所ではあるが、急カーブがいくつかあるこの道は、ドリフトテクニックを競おうとする若者達による恰好のステージとして使用されることもある。

 

 しかし、それとは明らかに違う黒塗りの車が、夜の時間にかなりの速度を出して走っていた。

 

「なぜ私がこんな時間に出向かねばならんのだ……」

 

 後部座席に座って眠そうな目を擦りながら、大本営の中将がブツブツと文句を垂れている。その様子をバックミラーでチラチラと眺めながら、四十崎部長が運転手席に座っていた。

 

 部長の顔は焦りにまみれ、大粒の汗が吹き出している。中将の苦言と、新型近代化改修を受けた雷が変貌した報告を受けて、気が気でない様子だった。

 

「多少の問題が起こったからと言って、わざわざ私が行く必要があるとは思えんのだが……なぁっ!」

 

 不機嫌な顔で中将が運転席を足蹴りし、ビックリした部長がハンドル操作を誤りかけて車がふらついた。

 

「や、止めて下さい中将っ! 運転している時にそんなことをされては、非常に危険ですっ!」

 

「チッ……」

 

 大きく舌打ちをした中将だったが、さすがに危険な目には遭いたくなかったのか、足蹴りを続けようとはしなかった。その代わり、中将の攻撃は部長への言葉攻めへと変わっていく。

 

「そもそも、新型近代化改修という不明瞭な手を使おうとするからいかんのだっ!」

 

「で、ですが、これは大本営の方針で決まったことでありますから……」

 

「貴様があの会議で持ちださなければ、こんな問題なんぞ起こらなかったのだろうがっ!」

 

「し、しかし……」

 

 この前の雷の変化に誰よりも喜んでいたのは中将であった。

 

 ――そう、部長は言おうとしたが、これは火に油を注いでしまう行為であると考えて、慌てて口を閉ざした。

 

「ともあれ、このような問題が起こるなら、今後一切私は関知しないからなっ!」

 

「わ、分かりました……」

 

 唇を噛みしめて我慢する部長であったが、ここで中将に歯向かってしまえば新型近代化改修の研究は閉ざされてしまうだろう。今は黙って耐え、機嫌が治まったところで上手く言葉で持ち上げればチャンスはまだあるはずだと、独りで頷いた時だった。

 

「……ん?」

 

 車のライトで照らされた崖側の道に、落石注意と書かれた看板が見えた。何度かこの道を使っている部長は見覚えがある看板だったのだが、何となく嫌な予感がして崖の上へと視線を向けた。

 

 しかし、月明かりも薄く道路灯も無いこの場所では殆ど何も見えず、道路の方へと視線を戻した瞬間だった。

 

「うわっ!?」

 

 ライトの先に大きな岩が道路の半分近くを塞いでいるのに気づいた部長は、慌ててブレーキを踏みながらハンドルを回転させた。

 

「な、何だあっ!?」

 

 速度が出ていた為にタイヤはスリップを起こし、車体は完全にスピン状態で進んで行く。そしてそのまま車は岩へと向かい、左側面に衝突してしまった。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 車が激しい衝撃によって大きく揺さぶられ、後部座席に座っていた中将の身体が反動で側部に叩きつけられて気絶する。

 

 部長はシートベルトとエアバッグのおかげで衝撃を和らげることができ、なんとか意識を保っていた。

 

 しかし、身体中に痛みが走り、大きく損傷した車体のせいで上手くシートベルトが外せず、身動きすることができない。

 

「……っ!?」

 

 更に運が悪いことに刺激のある臭いが鼻につき、それがガソリンであることに気づく。

 

 焦る部長の手は大きく震え、心境がどんどんと悪化する。

 

 早く車から脱出しなくては、爆発を起こしてしまうかもしれない。

 

 部長は後ろで伸びている中将には目もくれず、なんとかシートベルトを外そうと必死になっていた。

 

「早く……早くしないと……っ!」

 

 漏れだしたガソリンに引火すれば、爆発によって確実に死んでしまう。

 

 早くなんとかしなければと思った部長は、あることを思い出して胸ポケットに手を突っ込んだ。

 

「こ、これだ……っ!」

 

 手に取りだしたのはペーパーナイフだった。部長は仕事上で書類を扱うことが多く、よく使用する物を胸ポケットに忍ばせていたのだ。

 

「これで切れさえすれば……っ!」

 

 部長は必死になって刃の部分をシートベルトに擦りつけて切ろうとする。紙を切る為の道具なので簡単には切れなかったものの、徐々に削れていく様子を見た部長の顔が、少しずつ歓喜へと変わり始めていた。

 

「よ、よし……このまま、このまま……っ!」

 

 半狂乱のように笑いながらペーパーナイフを動かし続け、もう少しで切り終える――と、思った瞬間、部長の耳に低く響くような音が入ってきた。

 

「……え?」

 

 驚いた顔を浮かべた部長は、音が聞こえてきたフロントガラスの方を見る。

 

 そこには、目前に迫った大きな岩。

 

 車がぶつかったモノと同じくらいの大きな岩が、もの凄い速度で切り立った山の斜面を転がり落ち、

 

「う、うわあああああぁぁぁっ!?」

 

 部長と中将が乗っていた車ごと、ガードレールを突き破って海の方へと落ちて行く。

 

 暗闇に響く大きな音が暫く続き、やがて二つの水音が聞こえた時には静けさへと変わる。

 

 その様子を、山の頂上から見下ろす人影が居た。

 

 暗闇の中で独り佇みながら、赤く光る二つの目を海へと向ける。

 

「フフ……誰にも邪魔はさせない……。あはっ……あはははハハ…………ッ!」

 

 大きく開かれた口から、人のモノとは思えないような笑い声が夜空に響き、消えて行く。

 

「後ハ……最後の仕上ゲ……」

 

 そう言って、人影は踵を返して歩きだす。

 

 

 

 鎮守府がある、方向へと――

 




次回予告

 頼みの綱であった四十崎部長は海底へと落ちていった。
しかし、そのことを提督は知るべくもなく、ただひたすら待ち続ける。

 そんな折、またしても執務室の扉にノックの音が響き渡った。


 深海感染 -ZERO- 第五章 その3

 全ては一つの線で……繋がっている。


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