深海感染   作:リュウ@立月己田

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 仕事が長引いて更新遅れました。申し訳ありません。


 雷を何とか抑えることができた。
だがしかし、すべてはまだ終わりではなく始まりに過ぎなかった。

 電の変わり果てた姿を前に、暁と響が独房に立つ。
後悔にまみれた響は叫び、暁が止めようとする……


第五章 その1

 

 ■第五章 感染拡大

 

 

 

 雷が提督の元にきてひと騒動を起こした後、執務室には息苦しさを感じる重い空気が漂っていた。

 

 部屋の中には、いつもの定位置である椅子に座った提督と、つい先程部屋に戻ってきた秘書艦が居た。

 

「雷の身柄を再度地下にある独房に移しておきました。扉には二重に鍵を掛けましたので、まず大丈夫かと思います」

 

「あぁ、ありがとう……」

 

 秘書艦の報告に頷いた提督だが、表情は暗く、明らかに疲労していると見てとれた。

 

「ところで、響達の様子は……?」

 

「響は雷が入っていた独房に居ます。気絶していた暁を介抱し、その後は……」

 

 秘書艦はそう言って、提督から視線を逸らして言葉を詰まらせる。

 

「そう……か……」

 

 その表情を見た提督は、最後の望みを打ち破られてしまったかのように、大きくため息を吐く。

 

「提督……」

 

 秘書艦の声に提督は無言で俯いたまま動かない。頭の中は雷と電に対する謝罪と後悔の念で一杯で、心に余裕が感じられない。

 

「お願いです、提督。そんなに自分を追い込まないで下さい……」

 

 悲しげな表情で話す秘書艦に、提督はゆっくりと視線を向けた。

 

「いいや……今回のことは、全て僕のせいだ。僕が四十崎部長の提案に乗らなければ、こんなことにはならなかったんだ……」

 

「そ、それは違いますっ! そもそも、大本営が補充を削減しなければこんなことにはなりませんでしたっ! それに私が……私があの時、提督にお願いしなければ……っ」

 

「だが、最後に決めたのはこの僕だ。あの時、首を縦にさえ振らなければ。資材不足であろうとも、なんとかしてやり繰りする方法を思いついていれば。最初から大本営の命令に……背いていなければ……」

 

 懺悔のように話す提督の目から、一筋の涙が机の上に零れ落ちる。

 

「それでも……それでも、貴方は……」

 

 そう――言おうとした秘書艦の耳に、コンコン……と、扉がノックされる音が聞こえてきた。

 

 こんな時間に誰が……と、考えるが、雷の騒動で大きな音や声が鳴り響いたのだから、不審に思った者が様子を見にきたと考えればおかしくはないだろう。

 

 それに、どのみち今回のことは鎮守府に居るみんなに知らせなければならない。隠し通せるレベルでは無いし、そもそも隠してはいけない失敗なのだ。

 

 提督は涙で濡れた目を袖で拭き、両肘を机についたまま返事をする。

 

「……入って良いよ」

 

 その言葉に反応するように、扉はゆっくりと開かれた。

 

 

 

 

 

 その頃――

 

 最初に雷が閉じ込められていた独房に、響は戻っていた。

 

 気絶していた暁を起こし、変わり果てた姿になってしまった電の身体を、そのまま放置しておく訳にはいかないからだ。

 

 薄暗い独房の中で動き回れるようにと、響は独房に戻ってくる途中で寝泊まりしている部屋に戻り、懐中電灯を持ってきた。

 

 正直に言えば、独房の中を詳しく見たいとは思わない。できるものなら、他の艦娘に変わって欲しいくらいなのだが……

 

「……電」

 

 それでも……いや、そうであっても、電に最後の別れを言わなければならない。

 

 過去の記憶では、電の姿を見れないまま報せを聞いた。雷も、暁も、離れ離れのまま居なくなった。

 

 あの時と比べたら、どれほど良いことだろう。

 

 言葉と書類で告げられるより、どれほど良いことだろう。

 

 目の前には、冷たく動かない電の身体がある。

 

 あれほど欲した願いなのに、なぜ嬉しくないのだろう。

 

 姉妹の最後を、別れの言葉をかけられるはずなのに、どうして嬉しくないのだろう。

 

「響……」

 

 じっと電の身体を見つめていた響に、声がかけられる。

 

 気絶から立ち直った暁が泣きそうな顔で、響の名を呼んでいた。

 

「どう……して……」

 

 響は暁の呼ぶ声に反応せず、電の身体を見ながら小さく何度も呟いていた。

 

「どうして……こんなことに……」

 

 雷が新型近代化改修を受け、電を殺すような事態を誰が予想できただろうか。

 

 提督がこの結果を知っていたのなら、間違いなく防いだ筈だ。

 

 周りのみんなも分かっていたのなら、間違いなく止めた筈だ。

 

 これは予想できなかったこと。分かりえなかったこと。起こったからこそ理解できたこと。

 

 つまり、偶然が重なってしまった事故みたいなモノ。

 

 運が悪かったとしか、思えるはずが――

 

「ある訳がないじゃないか……っ!」

 

「ひ、響……っ!?」

 

「電が死んだんだっ! こんなに無残に、変わり果てた姿でっ! しかもそれが、姉妹である雷がやったことなんだよっ! そんな……そんな仕打ちがあって良いはずがないだろうっ!?」

 

 響の手に握られた懐中電灯の光によって、おびただしい量の真っ赤な池にうつ伏せになって倒れている電の身体が照らされた。

 

「どうして……どうしてこんなことにならなければいけないんだっ!? 響はただ、今度こそみんなと一緒に長い時間を過ごしていきたいと思っていたのに……っ!」

 

 電の姿は――衣服も、肌も真っ赤に染まり、左腕が肩の部分からごっそりと無くなっている。

 

「こんな最後だなんて……あんまりじゃないか……っ! これじゃあ……これじゃあよっぽど……前の方が……。いや……こんなことになるのなら、響は目覚め無かった方が……」

 

「響っ!」

 

 

 

 パシンッ!

 

 

 

 暁は自暴自棄になって叫ぶ響の腕を思いっきり引っぱり、自分の方に顔を向かせてから、頬に左手でビンタをした。

 

 突然の衝撃に何が起こったのかが分からないといった顔を浮かべた響は、茫然としたまま暁の顔を見る。

 

「どうして……そんなことが言えるの……?」

 

「……え?」

 

「響の辛さは分かっている……。でも今言ったことが現実になったら、ここで過ごしてきた日々は全て無かったことになるのよっ!?」

 

「そ、それ……は……」

 

「初めてここにきたとき、暁は響に会えて本当に嬉しかった! 電がきたときも、雷がギリギリの状態で助かったときも、本当に、本当に本当に嬉しかったっ!」

 

 暁は大粒の涙をボロボロと流しながら、響に叫び続けていた。

 

「姉妹が揃って、みんなで遠征に行って、出撃して、入渠して、ご飯を食べて、一緒に眠って……。それが全部、意味がなかったってことなのっ!?」

 

「ち、違う……。そんなことは……絶対に無い……っ」

 

「そうでしょっ! ならどうして、響はそんなことを言ったのっ!? 目覚めなければ良かっただなんて、どうしてそんなことが言えるのよっ!」

 

 響の目が真っ赤になりながら、大粒の涙があふれ出す。

 

「こんなことになってしまったのは今でも信じられない。だけど、ここで目を背けたら、何もかもが無駄になっちゃうのよっ!」

 

「でも……それでも、響は……」

 

「悲しいのは暁も一緒なのっ! だけど、泣いて、目を背けて、無かったことにしてしまったら、死んでしまった電はどうなるのよっ!」

 

「……っ!」

 

「暁達が今できるのは、電と別れをして、きちんと埋葬してあげることなのっ! 雷を元に戻して、3人でお墓に謝りに行くんでしょうっ!?」

 

「……そう……だ。そうなんだ……」

 

 響は暁の目をしっかりと見つめ、コクリと頷いた。

 

「響は……忘れちゃいけないんだ。電のことを、忘れちゃ……ダメなんだ」

 

「もちろん、暁も忘れたりなんかしないわ……」

 

 2人は泣きながら微笑を浮かべ、お互いに頷き合う。

 

 やらなければいけないことは決まった。もう迷うことは無い。もう迷ったりしない――と、響は帽子のつばを持って位置を直す。

 

 そして、電の身体を埋葬する為に、懐中電灯の光を向けたときだった。

 

「……え?」

 

 響の声が独房内に響いた。

 

 いったいどうしたのかと、暁が響の顔を見る。その顔は驚いたまま固まっているといった風に見え、響の視線の先へと暁が顔を向ける。

 

「……ええっ!?」

 

 それを見た瞬間、暁は響と同じように声を上げた。

 

 2人が目にしたモノは、電の右腕。

 

 真っ赤な池の中心に浮かぶ、電の右手。

 

 死んだと思っていた電の身体が――動いている。

 

「電っ!」

 

 驚いた暁はすぐに電の身体に駆け寄り、真っ赤な池に自らの衣服が汚れてしまうのもためらわずに膝をつく。

 

「大丈夫!? 大丈夫なの、電っ!」

 

 暁の言葉に反応するように電の身体が少しずつ動き、片方しかない右腕を使って立ち上がろうとした。

 

「待って! 暁が支えてあげるからっ!」

 

 暁が電の右脇の下に頭を潜り込ませ、身体をしっかりと支えながら立ち上がった。

 

 そして、妙な違和感が暁を襲う。

 

「……?」

 

 茫然と立ち尽くす響の目が、電の顔を見ていた。

 

 電の身体を支えていた暁が、自らの身体に触れる異様なまでの冷たさに身体を震わせる。

 

「い、電……?」

 

 震える口で電の名を呼ぶ響。

 

 その声に反応するように、電の顔がゆっくりと上がる。

 

「……っ!?」

 

 響は、目に映ったモノが信じられなくて、大きく息を飲む。

 

 そして、頭より先に本能が口を動かして――叫んだ。

 

「暁、早く電から離れるんだっ!」

 

「……えっ?」

 

 その瞬間、電の目が鈍く光る。

 

 

 

 雷と同じ、真っ赤な目を――

 





次回予告

 提督が居る執務室がノックされたときに戻る。
部屋に入ってきた艦娘に驚く提督と秘書艦。
そして、ある言葉によって更なる焦りを生むことになる……


 深海感染 -ZERO- 第五章 その2

 全ては一つの線で……繋がっている。


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