暁と響が焦りながら電を探している少し前。
電は2人の予想通り、嘘をついて独房へと向かっていた。
悲壮な声で助けを懇願する雷。
電は我慢できずに、独房の扉を開ける……
電がトイレに行くと言って部屋から出た時に遡る。
暁と響が心配した通り、電が向かっているのは明らかに違う方向だった。
「それでも……電は……」
通路を歩く電の足は、雷を閉じ込めている独房の方へと向いていた。
響の言うことは分かっている。だけど、雷が心配でたまらずに、いてもたっても居られない思いで嘘までついてしまった。
後悔の気持が無い訳ではないが、それ以上に雷の様子が気になってしまう。演習場で変貌してしまったのは何かの間違いで、ちゃんと話し合えばいつもの雷に戻ってくれるのだと電は信じ込んでいた。
その考え自体が希望的思考であることにも気づかず、電は独房がある地下への階段を下りていく。
響や暁と同じように、多分大丈夫だという思いが電の身体を動かしてしまう。
そして、ついに雷が居るであろう独房の扉の前にやってきた。
「………………」
扉には横向きのノブがあり、その上部には回転式の鍵がある。外部からは簡単に開けることができるが、内部からは開けられないように鍵穴が無いタイプのモノだった。
更に上へと視線を向けると、そこには長方形の窓があり、頑丈な鉄格子がはまっていた。電の身長だとかろうじて背伸びをすれば、なんとか独房の中を覗きこめる高さだった。
雷の様子を見るため、電は息をのみながら窓の部分に顔を近づけようとする。
独房の中は薄暗く、照明がチカチカと点滅を繰り返しているのが見える。
そして、電の顔が鉄格子のすぐ傍に近寄ったとき、視界に二つの真っ赤なモノが映り込んだ。
「……っ!?」
唐突過ぎて驚いた電は大きく目を見開きながら、咄嗟に扉から飛び退くように離れる。
今のは一体何だったのか。心臓が高鳴りを上げ警告音として響き渡る雷の耳に、擦れるような音が聞こえてきた。
「誰……誰なの……?」
「あ……」
独房の中には雷しか居ないはず。ならば、さっきの赤い二つのモノは雷に関係するのだろうか。
しかし、雷にそんなモノは無かったし、ただの見間違いだったかもしれない。
電は顔を左右にプルプルと振り、恐る恐る扉越しに問いかけた。
「い、雷ちゃん……なのです?」
「その声は……電……?」
「そ、そうなのです。電なのですっ!」
叫ぶように声を上げた電は、急いで扉の近づき鉄格子の窓に顔を近づけた。
電の視界に映ったのは、独房の中で辛そうな表情を浮かべ、今にも泣き出しそうな雷の姿があった。
赤く光る二つのモノは見えない。やはり、さっきのは見間違いだったのだと胸を撫で下ろしつつ声をかける。
「ど、どこか痛いところでもあるのですかっ!?」
「う、うん……そうなの。凄く……身体中が、痛い……痛い……」
「し、しっかりするのですっ! 今すぐ誰かを呼んできますから……」
「ダメ……ダメなの……。それじゃあ、間に合わないの……」
「あ、諦めちゃダメなのですっ!」
そう言って、電は急いで助けを呼びに行こうと扉から離れようとする。
「ま、待って……」
「で、でも……っ!」
「おね……が……い、お願いだから……」
悲壮な声で訴える雷に、電の足が止まった。
今やらなければいけないのは助けを呼びに行くことなのに、まるで金縛りにあったように電の身体は動かない。
「扉を……開けて……」
「そ、それは……ダメなのです……」
「お願い……外に出なくて良いの……。電が……電が中に入ってきて……手を、繋いでくれたら……それで、楽に……なる……か……ら……」
「い、雷ちゃん……」
ボロボロと泣き崩れる雷の姿を見た電は、心が砕けてしまいそうなるくらいに悲しくなり、釣られるように涙を滲ませた。
「おね……が、い……。助けて……痛いの……、助け……て、よぉ……」
両手で顔を覆い、膝を床につける雷の姿に電はいてもたっても居られなくなる。
そして、身体を縛っていた金縛りが急に解けたように感じられた時――
電の右手が、扉の鍵をカチャリと回していた。
「雷ちゃん……っ!」
扉の鍵を開けてしまった時点で、電を縛る枷は無くなっていた。
独房の中に入った電は、苦しむように膝をついた雷に駆け寄って声をかけた。
「しっかりしてなのですっ! どこが……どこが痛いのですか……っ!?」
「あた……ま……が、割れる……ように、い……痛い……の……っ」
「や、やっぱり誰かを呼びに行った方が良いのですっ!」
「だ、ダメ……お願い、擦って……くれれ……ば、楽に……なるから……」
「こ、こう……ですか……?」
電は優しく気遣うように雷の後頭部に手を添えて、痛みがどこかへ飛んでいくように願いながら擦り続けた。
「う……うぅぅ……」
「だ、大丈夫なのですっ!?」
「う、うん……もう少し、もう少しだけ……お願い……」
「わ、分かったのです……っ!」
必死になりながら雷の頭を擦り、何度も優しい声をかけて励まし続けた。
そして暫くすると、息苦しそうに呼吸をしていた雷の様子が落ち着き出し、電の表情が少しだけ和らいだ。
「少しは……マシになったのですか?」
「う……うん……」
俯いたままの雷の表情は見えないけれど、声に少し気力が沸いている気がする。このまま擦って声をかけ続ければ、普段の雷に戻ってくれる――と、思い始めた時だった。
「ねぇ……電……」
雷は身動き一つしないまま、そのままの状態で電に話しかけた。
「ど、どうしたのですか……?」
「あの……ね、いくつか……聞きたいことがあるの……」
「聞きたい……こと……?」
痛みで辛いはずなのに――と、考えるも、できる限り雷の希望に添いたいと思った電はコクリと頷いた。
「電は……司令官のことが好き?」
「は、はわわっ! い、いきなり何を聞いてくるのですかっ!?」
「真面目な話なの……。お願いだから……答えて」
「そ、それは……」
「ハッキリ答えて」
「そ、その……司令官さんは電だけじゃなくて、みんなのことを大切にしてくれますから……」
「御託なんかどうでも良いの。ちゃんと、ハッキリ、しっかりと答えて」
「い、雷……ちゃん……?」
聞かれた内容よりも、あまりにも冷たく問い詰めるような声に驚いた表情を浮かべた電は、擦る手を止めてしまった。
「ど、どうして雷ちゃんは、そんな言い方をするのですか……?」
「………………」
問いかけた電の声に反応は無く、俯いたまま動かない雷が気になり、顔を覗きこもうとした瞬間だった。
「……ひっ!?」
まるで錆びついた機械人形のように、ギギギ……と、首を電の方に向けた雷の目が、怪しく真っ赤な光を帯びて睨みつけていた。
「い、い、い……雷ちゃんっ!?」
扉の窓から独房内を覗きこんだ時に見えた真っ赤な二つの光が、雷の目であったことに気づいた電は、あまりの驚きで尻餅をついた。
「そう……か。そうなの……ね……」
擦れるように、だけど重く響く雷の声が、電の耳に聞こえてくる。
まるで、地獄から亡者が這い出そうとするかのような声に電の身体がガタガタと震え、雷から少しでも離れようと床を這った。
「電は……司令官が好きなんだ……。ふふ……うふふ……そう、そうなのね……」
音を立てずに立ち上がった雷は、電を見下ろしながらニタリ……と、笑みを浮かべる。大きく見開いた目は真っ赤で、瞳孔が開ききっているように見えた。
「私と……私と同じ……。そう……そうよね、姉妹だもんね……」
「べ、別に……電は司令官のことを好きでは……」
「うふ、うふふふ……大丈夫。電が司令官を好きだったとしても、別に問題は無いのよ……。私も電も……司令官が大好きな……だけ……。ただ、それだけ……だもんね……」
雷の身体が揺れ動きながら、ヒタリ……ヒタリと、一歩ずつ電の方へと近づいてくる。
その動きがまるで映画で出てくるゾンビのように見え、電は立ち上がろうと床の上をもがき続けた。
しかし、完全に腰が抜けてしまった電の身体は上手く立つことができず、床を這うようにして部屋の隅へと追いやられてしまう。
「どう……して、逃げるの……かしら?」
「だ、だって……雷ちゃんが……雷ちゃんが……っ!」
「どうして……どう……して……なの……。ど……どドドどドどううウウウうししシてててテテ?」
「ひいぃぃぃっ!」
回路が故障し、途端に暴走する機械のような動きと声を上げながら、身体中の関節をガクガクと動かす雷の姿があまりにも恐ろしく、電は大粒の涙を流しながら悲鳴を上げた。
「あは、あはハハはハははっ、アははハはハハあはハアはははハッ。ドウして、どうシて逃げるノぉ……?
電ハ、私のこトヲ……助けテくれルんじゃ……ナかっタの……?」」
「電は……電……は……っ!」
雷を助けたい。そう言おうとしたのに、電は言葉にできなかった。
豹変した雷の姿があまりにも恐ろしく感じた電は、これ以上近寄らないでくれと懇願するように激しく顔を左右に振った。
「そう……ソうなノ……ね……」
「……え?」
雷は急にピタリと動きを止め、激しく叫ぶような声から背筋が凍りついてしまうのではないかと思える声へと変化させる。
「助けテくれルと言っテイたのニ……嘘だッタんダ……」
「そ、それは……ち、ちが……」
「嘘デしョ?」
「う、嘘じゃ……」
「ジャあ、助けテくれル?」
「も、もちろん……」
「良カった……ちょうド、お願イしタいこトがアッたの……」
「い、電は雷ちゃんを……」
元に戻したい。
電は一度目を閉じて意思を固め、ハッキリと雷に伝える為に目と口を同時に開いた時……
電の視界から、雷の姿が消えた。
「……えっ!?」
左右に顔を向けるも雷の姿は無く、
けれども、荒い息遣いが……後方から微かに聞こえてきた。
「……っ!」
電は後ろを見ようとするが、とてつもない力が頭にかかって振り向くことができない。
そして、耳元に小さな声が聞こえた瞬間――
電の意識が、プッツリと切断された。
「ソれジゃあ、いタだき……まス」
次回予告
暁と響は電を心配しながら通路を走っていた。
そして独房の扉が開いているのを目撃し、慌てて中に駆け込んでいく。
その目に映るモノとは……
深海感染 -ZERO- 第四章 その6
全ては一つの線で……繋がっている。
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