雷の変貌に驚く提督。
そして残された第六駆逐隊の3人も、悲しげな表情を浮かべながら部屋で待機をしていた。
独房から聞こえてくる雷の声。
我慢できずに部屋を出ようとする電に、暁と響は説得をするのだが……
提督が大本営に連絡を取っている頃。
独房がある地下から階段を上がり、そこからほど近い場所にある第六駆逐艦の4人が寝泊まりしている部屋に、暁と響、電が悲しげな表情を浮かべながら、椅子やベッドに腰掛けていた。
「どうして……どうしてこんなことになってしまったのですか……?」
目に涙を溜めた電は暁や響にでは無く、自分自身に問いかけるように呟いていた。その言葉に他の2人は答えることができず、暗い表情のまま無言で目を閉じた。
「あんなに元気で明るかった雷ちゃんが……どうして……」
電の頬を伝う涙がぽたぽたと床に落ち、鼻を啜る音が部屋に響き渡った。
そして少しの間を置いた後、遠くの方から微かに聞こえる音に電が身体を震わせる。
「開けてよぉっ! 早くここから出してよぉっ!」
「……っ!」
雷の叫び声と一緒に響くような音が聞こえてくる。独房の出入り口である鋼鉄製の分厚い扉を力任せに叩きつける音が、柱や壁を伝って電達の耳に入ってきているのだ。
「だ、ダメなのです……っ、これ以上は……止めて欲しいのですっ!」
我慢ができないといった風な表情を浮かべた電は、外に出ようとベッドから立ち上がろうとする。しかし、それを阻止するために、響が電に向かって声をかけた。
「電……言わなくても分かっているだろうけれど、今は独房に行っちゃいけないんだ……」
「でも……でも……」
「行けば電だけじゃなく、雷も苦しむことになる。それに、提督もだ。今の雷はとてもじゃないけど正気じゃないし、普通に喋ることすら難しい。暫くの間は提督の言う通り離れていて、冷静になるまで我慢しなければいけないんだよ」
「それでも……あんなに辛そうな声を上げている雷ちゃんを……放ってはおけないのです……」
「だからこそ、響達が我慢しなくちゃいけないんだ。もし、雷に会いに行って更に暴れでもしたら、二度と独房から出られなくなるかもしれないんだよ?」
「そ、それは……」
「響の言う通りよ。雷のことが心配なのは分かるけど、今は我慢しなくちゃいけないの。一人前のレディだからじゃなく、雷のことを思って行動しなければならないわ」
そう言った暁の目は真っ赤に充血し、電と同じかそれ以上に我慢しているのが一目で見て取れた。
自分達も辛い。けれど、それ以上に雷は辛いはず。
だからこそ自分達が我慢しなければいけないのだと、暁と響は電に言い聞かせるように語ったのだ。
「雷……ちゃん……」
響と暁が言うことは提督の意に沿っていて、他の誰が聞いても正しいのかもしれない。
しかし電の耳には、二人の言葉が雷を見捨てたのではないかという風にも取れてしまい、愕然とした表情を浮かべながら大きく肩を落とし、ベッドに崩れ落ちるように座り込んだ。
そんな電の姿を見て、響と暁は小さく息を吐く。
できれば電の考えと同じように、雷の傍へすぐにでも向かいたい。
優しい言葉を投げかけて、落ちつくように言ってあげたい。
そして、いつもの元気で明るい雷に戻って欲しい。
その思いは涙となり、拳を震わせ、部屋の空気を重たいモノへと変えた。
3人が3人とも、無言で座ったまま。
もしここで誰かが気が利いた言葉をかけられたり、気分転換になるような会話をすることができたのならば、もう少しマシだったのかもしれない。
しかし、3人の心と身体は鎖で繋がれたみたいに重く、口を開くことさえためらうくらいであった。
それから暫くの時間が過ぎた頃。
雷もさすがに独房内で暴れっぱなしというのは疲れたのか、叫ぶ声や大きな音は聞こえなくなっていた。3人の気持ちも少し落ち着きを取り戻し、幾分かマシの表情を浮かべているように感じられる。
窓の外に見える景色は夕焼けから漆黒の闇へと染まり、鎮守府内にある外灯に明かりが灯る。そろそろ腹部から食料を求める音が鳴り響こうとする時間に差し掛かった時、電の口から一つの言葉が紡がれた。
「トイレに……行ってくるのです……」
そう言ってベッドから立ち上がる電を見た響は、どうするべきかと考える。
生理現象を咎める気は無い。しかし、雷のことを気がかりにしている電を1人にして大丈夫なのかという気持ちがある。
とは言え、電を見張るために後をつけたりするのはさすがにやり過ぎだろうし、場合によっては気分を損ねてしまうかもしれない。
雷に続いて電まで失いたくない。過去の記憶に縛られるかのような思考が響の頭の中に浮かび、小さく息を吐いてから立ち上がった。
「電……分かってはいるだろうけれど……」
「電は、トイレに行くだけなのです……」
虚ろな目を浮かべた電が視線を扉に向けて答えるを見て、響はそれ以上なにも言わずに小さく頷いた。
電も馬鹿じゃない。ちゃんと分かってくれているはずだ。
部屋から出ていく電を見送って、響は再び椅子へと座る。
そんな響の自分勝手とも取れてしまう思いが、電の行動を見過ごしてしまった。
そして暁もまた響と同じように考えてしまい、部屋から出て行こうとする電を止めることができなかった。
姉妹を思う気持ちが正常な判断を咎めているのか、もしくはなんらかの力が働いているのか……それは、誰にも分からなかった。
「………………」
時計の針の音がカチカチと響く。
電がトイレに向かうと言って部屋を出てから10分が経ち、響の額にうっすらと汗が滲んでいた。
まさか電は嘘をついて、雷のいる独房に向かったのではないのだろうか。
しかし、本当にトイレに行っている可能性も充分にある。いや、そもそも電を信じられないなんて、姉としてどうかしているだろう。
心配が心配を呼び、そして思考が様々に入り乱れながら響の頭を悩ませる。いったいどれが正しいのかが分からなくなり、響は大きくため息を吐こうとした。
「……ちょっと、遅いわよね」
響の一つの考えを代弁するかのように暁が呟いた。
「う、うん……そうだね。トイレにしては少し遅いかもしれない……」
「もしかして電は、雷のところへ……」
「……そ、それは」
考えたくない。だが、その可能性も捨てきれない。
だが一方で電に嫌われたくないという気持ちが響を苦しめ、椅子から立ち上がろうとする気持ちを押さえつけていた。
「一度……様子を見に行きましょう」
「え……で、でも……」
「何を怖がっているの? 暁達もトイレに行きたくなった……それで良いじゃない」
「あっ……そ、そうだね」
どうしてそんな簡単なことが思いつかなかったのかという風に、響は声を上げながら頷いた。
そして、それと同時に後悔の気持で胸が痛む。
だがそれは暁も同じであり、ついさっき思いついた方法を言っただけなのだ。
二人は立ち上がって部屋を出て、走りたい気持ちを抑えながらトイレに向かう通路を歩いて行った。
「いない……」
部屋から一番近いトイレに来た暁と響は急いで中を調べたが、内部に電の姿は無く、大きく息を吐きながら肩を落としていた。
「やっぱり、雷のところに……」
「そ、そうと決まった訳じゃないわ。偶然ここで誰かと会って、一緒にどこかへ行ったかもしれないじゃない」
「そ、それだったら次はどこを探せば良いのかなんて分からないんじゃ……」
「それは……そうなんだけど……」
響の指摘を受けて難しそうな顔を浮かべた暁は、自分の予想を踏まえた上で電がどこに行ったかを考える。偶然出会った艦娘と話をして、気遣ってくれた相手が電を部屋に呼んだのかもしれないし、もしかすると一緒に食堂に行ったかもしれない。
普段であれば姉妹で一緒に行動することが多いのだが、雷の変貌によって電の心が傷つき、いつもとは違う行動をしたっておかしくは無いはずだ。
しかし、冷静になって考えてみれば心配する部分が完全に逸れてしまっていることに気づく。
今、最もダメだと思われるのは、電が雷の居る独房に行ったかどうかなのである。
つまり、トイレに電が居るかどうかを調べにこなくても、真っ先に独房の方へと行けば良かったのだ。
「……っ!」
完全に失敗してしまったと悟った暁が焦った表情をしながら顔を上げ、響も同じように勘づいた。
電の為にと思った行動が裏目に出てしまった。だけど、これは杞憂かもしれないし、最初に考えた通りどこか別のところに居る可能性だってある。
そうであれば何も問題は無いけれど、もし、心配していることが起きていたのなら……
そう思った瞬間、二人の足は自然に駆けだし、独房がある地下に降りる階段へと向いていた。
次回予告
暁と響が焦りながら電を探している少し前。
電は2人の予想通り、嘘をついて独房へと向かっていた。
悲壮な声で助けを懇願する雷。
電は我慢できずに、独房の扉を開ける……
深海感染 -ZERO- 第四章 その5
全ては一つの線で……繋がっている。
感想、評価が非常に励みになっています!
お気軽に宜しくお願いしますっ!
最新情報はツイッターで随時更新してます。
たまに執筆中のネタ情報が飛び出るかもっ?
書籍情報もちらほらと?
「@ryukaikurama」
是非フォロー宜しくです。