深海感染   作:リュウ@立月己田

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 天龍ちゃん可愛いタイムは終了しました。
さて、それではタイトル通りの展開に移りたいと思います。

 ある日の昼下がり。 
演習を視察していた提督の前に雷の姿が見える。
強さは保ったまま、新型近代化改修の効果は充分に思われた……が。


第四章 その3

 

 それから更に数日が経った、ある日の昼下がり。

 

 提督は朝から溜まった書類をなんとか片付け終え、軽い昼食を食堂で取ってから演習場へとやってきた。

 

 本来ならば、演習内容をチェックする役目は秘書艦か艦隊の旗艦なのだが、デスクワークに疲れた提督は気分転換を兼ねて様子を見にきていたのだ。

 

「うむ……頑張っているようだな……」

 

 埠頭から海面を駆ける艦娘の姿を見ながら、提督は笑みを浮かべて頷く。少し前の提督ならば資材をどうするかで頭がいっぱいであり、このように笑みを零すことも殆ど無かっただろう。

 

 これも全ては秘書艦と雷のおかげであると感謝をしながら、その1人が演習を行っている姿を注視する。

 

「ってー!」

 

 雷の掛け声と共に艤装の12.7cm連装砲が爆音を鳴らし、砲弾が発射された。もちろん演習場での訓練なので模擬弾ではあるが、的に当たったときの大きな金属音が耳に届く瞬間は、ゾクリとするモノがあった。

 

 笑みを浮かべた雷は満足すること無く、海上を素早く駆けながら構えを取る。

 

 前方に見えるのは2つ的。手前の的に照準を合わせながら海面を滑る雷は、移動速度や慣性の法則を直感で理解しながら砲弾を放つ。

 

「次っ!」

 

 狙った的に砲弾が命中するよりも早く次の標的へと振り向いた雷は、魚雷発射管の照準を合わせて全弾を発射した。

 

「ん……?」

 

 その様子を見ていた提督は、妙な違和感を覚えた。以前の演習では魚雷を1本しか発射しなかったにもかかわらず、見事に的中させてみんなを驚かせた。しかしそれは本来の演習で行うようなことでは無く、命中精度を高める訓練として考えれば今の雷の方が正しいはずなのだ。

 

 そんなことは考えなくても分かるのに、提督にはそれが不安でたまらなくなってしまう。新型近代化改修を受け入れてから、提督の心配症は日に日に酷くなっているようだった。

 

 しかし、そんな心配をよそに演習の結果は大成功といった感じで、発射した魚雷は見事に的へと突き刺さり、雷は満足そうな顔を浮かべている。

 

 全ては自分の杞憂である――と、提督は小さくため息を吐きながら、視線を地面へと向けたときだった。

 

「どうしたのかしら、司令官?」

 

 悩みこむような提督の姿に気づいた雷は、埠頭の傍へとやってきた。

 

「あ……いや、ちょっと……な」

 

 目と鼻の先まで近づいてきた雷に声をかけられるまで気づかなかった提督は、少し焦りながら言葉を濁す。

 

「………………」

 

 そんな提督の様子を見た雷は、急に不機嫌な表情を浮かべて口を開いた。

 

「どうしたの……って、聞いているんだけど?」

 

「い、雷……?」

 

 急変した雷を見た提督は、驚きのあまり身体を固まらせてしまった。しかし雷は気にすること無く海面から埠頭へと上がり、濡れた艤装を手で拭いながら提督の目と鼻の先に立ち尽くした。

 

「なぜ答えないの? もしかして提督は、雷のことなんてどうでもいいって思っているの?」

 

「い、いや……そんなことは無いのだが……」

 

「じゃあなんで雷の言葉に答えてくれないの? 提督は雷のことが嫌いになってしまったのっ!?」

 

「そ、そうじゃない。ただ、少し……」

 

「少しってなにっ!? なんなのよ、司令官っ!」

 

「お、落ち着くんだ雷っ。なぜそんなに興奮して……」

 

「興奮して何が悪いのっ! 雷は司令官の為に強くなったのに、司令官が見てくれないなら意味が無いじゃないっ! どれだけ雷が頑張って遠征をこなしても、どれだけの敵を沈めても、司令官の役に立てないなら生きている意味なんか無くなっちゃうじゃないっ!」

 

「……なっ!?」

 

 雷は提督を見上げながら大きな声で叫んだ。その瞳の眼光は鋭く、提督の身体を金縛りにしてしまう程に強いモノだった。

 

「どうしてよ……どうして司令官は雷を見てくれないの……っ! これ程までに司令官のことを思っているのに……感謝してもしきれないくらいなのに……好きで好きでたまらないのに……っ!」

 

「い、雷っ! 落ちつけ、落ち着くんだっ!」

 

 背筋にゾクゾクと寒気が襲い、提督は雷に向かって悲鳴のような声を上げた。恐怖に縛られたかのように提督は身体を動かすことができず、ガチガチと震えながら歯を鳴らしていた。

 

「い、雷ちゃんっ、何をしているのですっ!?」

 

「………………」

 

 雷と同じように演習を行っていた電が叫び声に気づき、慌てて埠頭へと急ぎながら声を上げる。

 

「電っ! い、雷が……雷の様子が……っ!」

 

 情けないと思うよりも恐怖に負けてしまった提督は、電に救いを求める声を上げた。その言葉に更に表情を険しくさせた雷は、大きく目を見開いて電が居る後ろへと振り返った。

 

「そう……か、そう……なのね……」

 

「雷……ちゃん……?」

 

「司令官は……雷じゃ……ナくて……」

 

「……っ!?」

 

 埠頭に上がった電が雷の顔を見た瞬間、あまりの恐怖に身が凍えるように固まり、声にならない声を唇から漏らした。

 

「そう……ヨね……。指令カんは……雷なんカよ……り……」

 

「い、雷……ちゃん……っ!?」

 

 ゆらり……ゆらり……と、近づいてくる雷の様子があまりにも異質で、異様で、異色で、信じられない光景に、電は身体中からあらゆる水分を流し出してしまうかのような感覚に陥りながら、悲鳴を上げようとした。

 

「雷っ!」

 

 それよりも早く、まるで側面から身体を掻っ攫うかのように、白いモノが雷の身体に纏わりつく。

 

「しっかりするんだ、雷っ!」

 

「どうしてこんなことをするのっ!? いったい雷に何があったって言うのよっ!」

 

 2人を助ける為に駆けつけた響は雷の身体を押さえつけ、その隙をついて艤装を取り外しにかかった暁が必至の声を上げる。

 

 呆気にとられた提督だが、すぐに状況を理解して周りに居る艦娘たちに助けを呼ぶ。

 

「離してっ、離してよぉ……っ!」

 

「興奮しちゃダメだっ、落ちつくんだよ雷っ!」

 

「私は……興奮なンか、してないんだからっ!」

 

「う……くぅっ!」

 

 暴れようとする雷を押さえつける響の顔が赤く染まり、その力の強さを大きく物語った。身体の大きさはさほど変わらないはずなのに、どこからこれ程の力が湧いてくるのかと思いながらも、響は必死で耐えてみせた。

 

「……っ、外れたわっ!」

 

 暁が声を上げると、雷の身体から艤装がゴトリと地面に落ちる。後はなんとか雷を落ち着かせようと、暁も響と同じように雷の身体を押さえつけにかかった。

 

「どうして……っ、どうしてみんなは雷の邪魔ばっかりするのよっ!」

 

 もがき苦しみながら叫ぶ雷だったが、2人に押さえつけられては思い通りに動くことができず、提督の助けに駆け寄った艦娘たちが加わって、完全に拘束された。

 

「どうして……どうしてなのよ……提督ぅ……」

 

 だがそれでも雷は声を上げ、何度も何度も提督を呼び続けていた。

 

 そんな雷を目の当たりにした提督は、自らの選択が間違っていたのかという思いと共に、後悔の念に悩まされることになる。

 

 ほんの一瞬だけ映し出された、雷の瞳の色に気づかぬまま――

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 騒然と化した演習場であったが、暁達の活躍によって変貌してしまった雷を拘束することができ、すぐに提督の命によって独房へと運ばれた。

 

 提督としては苦渋の選択であったものの、未だ暴れようとする雷をそのままにしては置けず、暁達も仕方なく従った。

 

 だが、独房に入れられた雷の変貌は更に激しくなり、扉を手足で何度も叩き、大声で叫び続けた。

 

 暁や響、電たちが扉の外から声をかけても会話にならず、このままでは3人の精神が参ってしまうかもしれないと、提督は独房付近への立ち入りを一時的に禁止とした。

 

 そして、提督はすぐに執務室へと戻り、いの一番に電話の受話器を取って大本営に居る四十崎部長に連絡を取った。

 

「どういうことですかっ!」

 

「ど、どういうことと言われましても……」

 

 自分自身の後悔を含めた怒りをぶつけるように叫んだ提督の声は非常に激しく、電話口で受けていたにもかかわらず部長の身は竦みあがってしまい、しどろもどろになりながら言葉を返していた。

 

「雷の様子が明らかにおかしいのですっ! あんなことになるのなら、新型近代化改修を受けるのでは無かった! いったいどうしてくれるんですかっ!?」

 

 そんな反応にイラついた提督は、不安によって溜まっていた鬱憤を晴らすがごとく捲し立てるように叫び続け、電話越しの部長にぶつけまくる。

 

「わ、分かりましたっ、分かりましたから、少し落ち着いてくださいっ!

 雷についてどのような変化があったのか、どういった変貌をしてしまったのかを詳しく教えて頂かなくては、答えようがありませんっ!」

 

 さすがの部長も言われっぱなしでは埒が明かないと思ったのか、叫ぶ提督に大声で返した。

 

 売り言葉に買い言葉となって更に提督の怒りが増幅してしまいそうになるものの、雷が心配であるという思いで叫ぼうとする口をなんとか阻止し、提督は大きく息を吐いて頭を落ちつかせた。

 

「すみません……気が動転しておりました」

 

「い、いえ、私も強く言い返してしまいました。宜しければ、ご説明をお願いできますでしょうか?」

 

「……はい。つい先程、雷が演習を終えた辺りで急におかしな行動を取りました。

 いきなり興奮し始めたと思った瞬間に叫びだし、自分の思い通りにならないと見るや、辺り構わず暴れ出したのです」

 

「つ、つまりそれは……凶暴化した……と?」

 

「そうであるとは断言できません。叫んだと思ったらいきなり静かになったり、また暴れ出そうとしたりと……情緒不安定のように見えました」

 

「ふ、ふむ……それは……」

 

 電話越しに呟く部長の声と共に、カタカタとキーボードを打つような音が聞こえてきた。おそらく部長はメモを取るためにタイピングをしているのだろうと思った提督は、少しゆっくり目に言葉を続けた。

 

「なんとか演習場に居た艦娘たちによって雷を拘束することができ、現在は独房に収容しています。その間も雷は叫んだり暴れたりを繰り返しており、落ちつく気配はありません」

 

「わ、分かりました。私も今すぐそちらに向かい、雷の様子を窺いたいと思います。その間、決して雷を外に出すようなことはしないで下さい」

 

「ええ、分かっています。できるだけ早く、こちらにきて下さい」

 

 怒りを抑えながらそう言った提督は、大きなため息を吐いて受話器を置く。こんな事態になってしまったことを悔みながら両手で頭を抱え、これからどうするべきかを考えた。

 

「雷が新型近代化改修を受けることになったのは僕のせいだ……。だけど、今そんなことを悔んでいたって何も始まらない……」

 

 執務室の中をうろうろと歩きまわりながら、提督はひたすら思考を駆け廻らせる。

 

「問題は、雷がどうして変貌したのかだ。それが新型近代化改修の副作用であると決めつけることは容易いが、絶対にそうとは言い切れないかもしれない。

 もしかすると、それ以外の何かが関係している可能性が無いとは言えないだろうし、記憶を整理する必要があるな……」

 

 ぶつぶつと呟いた提督はおもむろに顔を上げ、執務室の中を見回した。しかし意中の相手はおらず、もう一度深くため息を吐く。

 

「こんな時に限って秘書艦が出掛けているとは運が無い……。だが、命を出したのは僕なんだから、自業自得だな……」

 

 言って、提督は俯きながら目を閉じる。

 

 元気良く笑う雷の顔と、頼りになる秘書艦の笑顔が頭の中に浮かんできた提督は、祈るような気持で自分の胸元に手を当てた。

 

 

 

 自らの衣服の下にある、一つの誓いに触れるように――

 

 





次回予告

 雷の変貌に驚く提督。
そして残された第六駆逐隊の3人も、悲しげな表情を浮かべながら部屋で待機をしていた。

 独房から聞こえてくる雷の声。
我慢できずに部屋を出ようとする電に、暁と響は説得をするのだが……


 深海感染 -ZERO- 第四章 その4

 全ては一つの線で……繋がっている。


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