深海感染   作:リュウ@立月己田

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 あれ……、何やらほんわかな展開なんですが。
しかし、そうは問屋が卸さない。すべてのことには理由がある。

 そして鳥海が語りだした話に、天龍は……



第四章 その2

 

「なるほど、そうだったんですね」

 

 天龍が日焼け止めクリームを借りにきていたことを知った鳥海は、納得するように頷いてから買い物袋に手を入れた。

 

「あー、それでだな……。駆逐艦のヤツらには、このことを言わないで欲しいんだけどよ……」

 

「それは、旗艦としての尊厳が損なわれる……と、思ってらっしゃるんですか?」

 

「ま、まぁ、そんなところかな……」

 

 頬を掻きながら恥ずかしそうにする天龍に、不敵な笑みを浮かべる摩耶が視線を送る。いらないことは言うんじゃないと眼力で対抗すると、摩耶はあからさまに視線を逸らしながら、口笛を吹くような振りをした。

 

「天龍さんは駆逐艦の皆さんにあれだけ慕われているんですから、そんなことはあり得ないと思うんですけど……」

 

「い、いやいや、慕われていると言うより……その、なんだ……」

 

「からかわれちまってるもんなー。天龍って」

 

「だ、だから余計なことは言うんじゃねーよっ!」

 

 横槍を刺した摩耶に向かって怒る天龍を見た鳥海は、小さくため息を吐きながら振り返った。

 

「摩耶ちゃん、天龍さんの嫌がるようなことを言っちゃダメでしょ?」

 

「あ、え、い、いや、別にそういうつもりじゃ……」

 

「反省の色が無いのなら、買ってきた物は全部没収ってことで良いですね?」

 

「ちょっ、それはタンマッ!」

 

 怒るような顔をプイッと逸らした鳥海を見て、摩耶は慌てふためいた。

 

「わ、悪かった、あたしが悪かったってっ!」

 

「謝る相手が違うでしょ、摩耶ちゃん?」

 

「うっ……」

 

 ピシャリと鳥海に言われた摩耶は、気まずそうに天龍の方を見た。摩耶は天龍と気軽に話せるからこそ、先程のようなからかい合いもできていたのだが、鳥海に怒られてしまっては、謝らない訳にもいかなかった。

 

「そ、その……すまねぇな、天龍」

 

「あー、いや、別に良いんだけど……よ」

 

 お互いが気まずそうにしているのを見た鳥海は目を閉じた後、軽く両手を叩いてから「はい、これでお終いです」と言って、ニッコリと笑みを浮かべた。

 

「折角天龍さんが遊びにきてくれたんですから、暗いのはここまでにしておきましょう。ちょうどお菓子も買ってきましたから、みんなで楽しく食べなきゃ損ですよね」

 

 そう言った鳥海に摩耶は心の中で「誰のせいで……」と、突っ込みつつ、気づかれないようにジト目を向けようとしたのだが、

 

「えっと……スナック菓子に飲み物はここに置いて、摩耶ちゃんが明日の出撃に持って行くたまご型チョコは、ポシェットの中に入れておきますね」

 

「うわあああっ! こ、声に出して言うんじゃねぇよっ!」

 

 大慌てで鳥海の口を塞ごうとした摩耶だったが、時既に遅く。

 

 どうしたの? ――と、言わんばかりの表情を浮かべた鳥海の後ろで、ニヤニヤと笑みを浮かべていた天龍の視線に顔を逸らすことになってしまった摩耶だった。

 

 

 

 

 

「ところで、少し気になったことがあったのですが……」

 

 小さなテーブルの上に置いたスナック菓子を摘んだ鳥海が、ふと天龍に向かって口を開いた。

 

「気になったこと……?」

 

「ええ、実は買い物から帰ってきたときに雷さんを見かけたのですが、何やら雰囲気がいつもと違うように見えたのです」

 

「雰囲気が違うって、どんなのだったんだ?」

 

 横から口を挟んだ摩耶だったが、天龍も同じ意見だったようでウンウンと頷いた。

 

「いつもの雷さんとは想像がつかないくらい、暗い雰囲気のような感じだったんです」

 

「うーん……それだけだとなんとも言えないけど、姉妹喧嘩でもした後とかじゃないのか?」

 

「あー……確かに、雷と暁ならたまに衝突している時があるし、俺も何度か見たことがあるぜ」

 

 互いに言い合って頷く摩耶と天龍だが、鳥海は二人の意見にフルフルと首を左右に振った。

 

「いえ、それだったらそんなに気にならないと思うのです。私が見た雷さんは、もっと思い詰めていたような……そのくらい、暗い雰囲気だったのです」

 

 真剣に語る鳥海の表情に、摩耶と天龍はゴクリと唾を飲み込む。

 

「さすがに心配になった私は、雷さんの後をばれないようにつけたのです。すると雷さんは、埠頭の方へと向かって歩いて行きました」

 

「埠頭の方へ……?」

 

「はい、埠頭の方です」

 

 しっかりと言い放った鳥海の言葉に、摩耶は不思議そうな表情を浮かべる。

 

「そいつはおかしいな。今日は夜戦演習の予定は一つも無いはずだぜ?」

 

 摩耶の言葉に鳥海は頷き、再び口を開いた。

 

「そうなのです。決して行ってはいけない訳ではありませんが、夜間の海にはあまり近寄らないようにと、司令官からも言われています」

 

「それを守らない夜戦馬鹿も居るけどな……」

 

 ぼそりと呟いた天龍の言葉に苦笑を浮かべる鳥海だが、そのまま言葉を続ける。

 

「その辺りは、司令官も頭を悩ませているみたいですが……。でも、あの雷さんが今までこのような行動を取っていたなどと、聞いたことがありません」

 

「まぁ、確かにあたしも聞いたことは無いけれど、雷だって気分転換をしたくなる時くらいあるんじゃないか?」

 

「それは無いとは言えません。ですから、後をつけたのですが……」

 

 そう言って、鳥海は言葉を詰まらせた。

 

「ん、どうしたんだ鳥海?」

 

「い、いえ……これは私の見間違いだとは思うのですが……」

 

 鳥海は表情を曇らせながら言って良いものかと迷っているようだったが、気になるといった風に見つめてくる摩耶と天龍の視線に負けて、呟くように語り出した。

 

「埠頭の先端で、雷さんは立ち止まりました。近くに物影が無かったので近寄ることができず、遠目でしか確認できなかったのですが……」

 

 言って、鳥海は小さく息を吐いてから、二人の顔を見る。

 

 鳥海の仕草に摩耶と天龍は、引き込まれるように真剣な表情を浮かべていた。

 

「海を見つめる雷さんの瞳が……」

 

 そこまで話して、鳥海はまぶたを閉じた。

 

 まるで怪談話をしているような感じに聞こえた二人は、無意識に落ちつかない表情を浮かべている。

 

 そして、なぜだか背中の辺りがムズ痒いような感じを受けた摩耶が肩を震わせ、天龍の額には大粒の汗が滲みだしていた。

 

 暫く経っても鳥海のまぶたは開かれず、焦り出した摩耶が声をかける。

 

「ひ、瞳が……な、なんだよ……?」

 

「雷さんの……瞳が……」

 

「………………」

 

 ゴクリと唾を飲み込む音が大きく聞こえ、二人は鳥海の顔を注視する。

 

 それでも開かれない鳥海のまぶたに、我慢の限界だと感じた天龍が立ち上がろうとした時――

 

 

 

「真っ赤に光っていたのですっ!

 

 

 

 カッ! ――と、鳥海が勢いよくまぶたを開き、部屋中に響き渡る声を上げた。

 

「………………」

 

「………………」

 

 その瞬間、摩耶と天龍の身体は完璧に固まった。

 

 だが、暫くして摩耶は引きつった顔で乾いた笑い声を上げながら、鳥海に向かってツッコミを入れる。

 

「お、おいおい、なんだよ鳥海。もしかして、買い物を頼んだあたしへの仕返しだったり……するのか?」

 

「いえ、本当に見たことを言っているのですけど……」

 

「あ、あはは……無い無い。さすがにそんな怪談話みたいなことは無いよな、天龍?」

 

 そうは言ったものの、鳥海の言葉に内心ビビりまくってしまった摩耶は、気づかれないようにと天龍に言葉を振ったのだが……

 

「あ、あれ……天龍?」

 

「天龍さん?」

 

 摩耶と鳥海が呼びかけるも、天龍が全く反応をしない。

 

 さすがに心配した摩耶が、俯き気味の天龍の顔を下から覗きこんでみた。

 

「あ……」

 

「ま、摩耶ちゃん?」

 

「あー、うん……なんだ……」

 

 先程とは一変し呆れた表情を浮かべた摩耶が、鳥海の顔を見ながら両手を上げる。

 

「これは完全に……気絶しちゃってるぜ……」

 

「そ、それは……私の計算でも読めなかった展開です……」

 

「ま、まぁ、天龍が怖い話が苦手ってのは、今までに聞いたことがなかったからな……」

 

 そう言った摩耶は、天龍の頭をポンポンと叩いていた。

 

 

 

 結局、天龍が正気を取り戻したのはそれから1時間ほど経った後であり、暗闇が怖くなったという天龍にせがまれて、今晩は一緒に寝ることになった。

 

 その間、摩耶はひたすら天龍をからかい、鳥海は何度もそれを阻止しつつ謝った。しかし、天龍の怯えが治まることは無く、最後摩耶が折れて二人仲良くベッドに入るという状況になってしまった。

 

 そんな光景を鳥海が微笑ましく眺めているのを恥ずかしげにしていた摩耶だったが、次第に眠気が勝り、抱きついてくる天龍の暖かさと相まって、意識はゆっくりとまどろみの中へと落ちていった。

 

 







次回予告

 天龍ちゃん可愛いタイムは終了しました。
さて、それではタイトル通りの展開に移りたいと思います。

 ある日の昼下がり。 
演習を視察していた提督の前に雷の姿が見える。
強さは保ったまま、新型近代化改修の効果は充分に思われた……が。


 深海感染 -ZERO- 第四章 その3

 全ては一つの線で……繋がっている。


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