深海感染   作:リュウ@立月己田

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 雷が新型近代化改修を受けてから1週間が経った。
報告書を読んだ提督は、雷に変化がないことを憂いながらため息を吐く。

 そんなとき、一人の艦娘が執務室にやってきた。


第四章 その1

 

 ■第四章 深海感染

 

 

 

 雷が新型近代化改修を受けてから1週間が経った日の昼過ぎ。

 

 大本営からやってきた四十崎部長は執務室のソファーに座り、秘書艦が作成した雷についての報告書に目を通していた。毎日送られてくるメールと重複する内容はあるものの、できる限り詳細を知っておきたい部長は労力を惜しまずに、一字一句を逃さずに読んでいた。

 

「ふむ、問題は無さそうですね……」

 

 そうして1週間分の報告書を全て読み終えた部長は、右手の指で目尻を軽く揉み解しながら言った。

 

「ありがとうございます。引き続き、メールと報告書で経過をお知らせするということで宜しいですね?」

 

「ええ、それで結構です。どちらも非常に読み易く分かり易い……。貴方は非常に優秀な方ですね」

 

「いいえ、私なんてそんな……」

 

 そう言って、秘書艦は恥ずかしそうに笑みを浮かべた。お世辞とは分かっていたものの、受け答えとして最善であろう態度を取る。そんな秘書艦の反応に部長もまんざらではないようで、満足げな表情を浮かべていた。

 

「……ところで、提督はどちらに?」

 

「本日は知り合いの提督と合同演習の予定が入っておりましたので、外出なさっています。以前より予定しておりましたので、くれぐれも四十崎部長には失礼の無いようにと……」

 

「そうですか。それは仕方がありませんね……」

 

 そう言った部長であるが、内心は胸を撫で下ろしていた。

 

 1週間前は補給という切り札で弱みにつけ込み何とか提督を言い負かせたが、この手を使用したことで鎮守府の運営資材の枯渇という問題が消滅し、無理難題を押しつける手段が無くなってしまったのだ。

 

 初めて提督にあったとき、中将が愚の音も言えない程言い負かされたのを目の辺りにしていた部長は、対等の立場で提督に勝てる筈が無いということを充分に理解している。

 

 もちろん対策を考えてはいるが、提督の機嫌を損なうことは部長に取って不利益でしかなく、雷の経過を知る為にもそのようなことはしたくない。だからこそ、部長にとって提督の不在は思ってもいない幸運だったと言える。

 

「それでは、私はこの書類を持って大本営に戻ります。次回も1週間後にきますので、引き続き宜しくお願い致します」

 

「分かりました」

 

 頭を下げた秘書艦に頷いた部長は、書類をまとめて封筒に入れて封をし、持ってきた鞄の中にしまおうとしたときだった。

 

 

 

 コンコン……

 

 

 

「おや、誰かこられたみたいですね」

 

 扉の方へと視線を向けた部長がそう呟くと、秘書艦はすぐにそちらへと向かって歩いて行く。そして扉を開けるためにノブを握ろうとした瞬間、それを見越していたかのように扉が開いてしまった。

 

「提督ー、ちょっと話があるんだけどよぉ……」

 

「提督は現在外出中です。それにお客様が居られますから、後にして頂けませんか?」

 

「あー……そりゃあ悪いことをしたな。それじゃあ出直すことに……」

 

 秘書艦に言われて事態を把握した天龍は、気まずそうな表情を浮かべる。

 

「いえ、私はもう帰りますので大丈夫ですよ。見送りは結構ですので、話を続けて下さい」

 

「申し訳ありません。それではまた1週間後に」

 

「ええ、宜しくお願い致しますね。秘書艦さん」

 

 小さく頷きながら笑みを浮かべた部長を通す為に、秘書艦は扉を全開にしてからお辞儀をした。扉を開けた天龍も慌てて扉から離れ、同じように頭を下げて見送った。

 

 そうして部長が通路を曲がって見えなくなってから、天龍は大きく息を吐く。

 

「ふぅ……」

 

「安心しているようですが、返事を待たずに扉を開けるなんて失礼ですよ?」

 

「いやぁ……悪い悪い。てっきりいつものようにデスクワークをしている提督だけだと思っていたんだよ」

 

「天龍さんの悪いのはそういうところだと、何度も言っているじゃありませんか」

 

「うっ……そ、そうだったっけな……?」

 

 分が悪いと見るや、天龍は秘書艦から目を逸らして覚えていないという振りをしていた。だがこれはいつものことで、秘書艦は呆れたような顔を浮かべながら何の用だと問いかける。

 

「実は龍田の姿を見ないんだが、提督や秘書艦だったら何か知っているんじゃないかと思ってな……」

 

「………………」

 

 天龍の言葉に一瞬だけ眉をひそめた秘書艦は、提督の机の上にある書類を手に取って、目を通しながら口を開いた。

 

「龍田さんのスケジュールですが、昨日は遠征任務のために第三艦隊の旗艦として出撃しました。帰投後は補給を行ってから大本営へ提出する資料を作成する手伝いをして頂き、その書類を届けるために現在は出かけています」

 

「なるほど……そうだったのか。それじゃあ部屋に戻ってこないのも無理はないかなぁ……」

 

「現在、手が足りないという状況が続いていますから、龍田さんには引き続き手伝って頂く予定です。ですから、もう暫くは会えない可能性がありますのでご了解下さい」

 

「うーん、それじゃあ仕方ない……か」

 

 少し不満げな表情を浮かべた天龍に、秘書艦は問いかける。

 

「もし、なにか伝えることがありましたら聞いておきますが」

 

「いや、それば別に良いや。帰ってきたときに話すことにするよ」

 

「分かりました」

 

 秘書艦の返事を聞いた天龍はきびすを返し、右手を振りながら執務室を出る。

 

 天龍の背を見送った秘書艦は扉を閉めてから大きくため息を吐き、提督の代わりに椅子に座って、書類に目を通しながら判子を押し始めた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「しっかし、困ったよなぁ……。龍田が居ないんじゃあ、どうしろってんだよ……」

 

 執務室から出た天龍は頭の後ろで手を組んで、愚痴をこぼしながら通路を歩いていた。

 

「日焼け止めクリームの置き場所が分からないから、遠征任務を休みます――って訳にもいかないだろうしなぁ」

 

 いつもならば出発前に龍田が塗ってくれるのだが、先に龍田が出撃している等でそれができない場合は、部屋のすぐに分かるところに置いてあるのが普通だった。

 

 しかし、今日に限って龍田は忘れてしまったのか、日焼け止めクリームの準備がなされていなかった。先程秘書艦から聞いたのを考えれば、余りの忙しさに手が回らなかった可能性もあるが、そんな状態であっても龍田が天龍をないがしろにするようなことはしないだろう。

 

「そうは言っても、無い物は無いだけに、どうしようもないんだが……」

 

 もちろん物があれば天龍は一人でもクリームを塗ることができる。だが、肝心の置き場所が分からないのであれば、どれだけ塗ろうと思っても不可能だ。

 

「明日の天気は快晴だし、塗らなかった場合……間違いなく目立っちまうしなぁ」

 

 日焼けした自分の顔を想像した天龍は、これでもかというくらいの大きなため息を吐いた。全体が焼けるのならば問題は無いのだが、艤装を止めるバンド部分はまだしも、顔の部分となれば話は別である。

 

 天龍のトレードマークとも言える左目の眼帯。これをつけたまま日に焼けてしまったとすれば、目立つどころの話では無い。

 

 遠征任務で旗艦をしているときでさえ、駆逐艦たちは天龍のことを構ってきたり、からかってきたりするのだ。それが嫌ということでは無いのだが、からかう部分をわざわざ増やしてやる気持ちになるはずも無い。

 

「仕方ねぇ……誰かに借りられないか、聞いてみるか」

 

 誰かに借りを作るのは好きではないが、このままでは死活問題にかかわってしまうかもしれないと、天龍はもう一度ため息を吐いてから艦娘たちが寝泊まりする部屋がある方へと足を向けた。

 

 

 

 

 

「日焼け止めクリーム?」

 

「ああ、悪いんだが余っていたら、ちょっくら貸してくれねぇかと思ってな」

 

 天龍は誰に頼もうかと迷った末、重巡洋艦の中で仲が良い摩耶に会いにきていた。

 

「そりゃあ……持ってはいるけどよ」

 

 そう言って、摩耶は部屋にある小物入れに手を突っ込んでゴソゴソと中を漁りだした。

 

「しかしなんでまた、あたしに言いにきたんだ?」

 

「いや、まぁ……なんだ、駆逐艦のヤツらには頼めないしなぁ」

 

「いや、そうじゃなくて、天龍には龍田っていう妹が居るだろ? それなのに、なんであたしなのかって聞いてるんだ」

 

「その頼みの龍田が出かけちまってるんだ。何やら、秘書艦の手伝いで大本営まで行ってるんだとよ」

 

「へぇ……そりゃまた、珍しいこともあるんだな……っと」

 

 相槌を打った摩耶は、小物入れの中にあった日焼け止めクリームの容器を見つけて、天龍に投げよこした。

 

「すまねえな……って、これ、中身が全く入って無くねえか?」

 

「あれ、そうなのか?」

 

「い、いや……そうなのかって言われてもだな……」

 

 呆れた表情を浮かべた天龍は、取り敢えず蓋を外してみた。しかし、外見から分かる通り中身は全く入っておらず、容器を力任せに絞りまくっても意味が無いくらい、完全に空っぽだった。

 

「これ以外に持って無いのか?」

 

「うーん……多分無いと思うんだけど……」

 

「なんだか、かなりあやふやに聞こえるんだが」

 

「いやぁ……こういうもんは、大概鳥海に頼んでいるからなぁ……」

 

 気恥ずかしそうにしている摩耶を見た天龍は、頼む相手を間違ってしまったことに気づいた。どうやら摩耶も、こういった物に関しては妹の摩耶に任せてしまっているようだ。

 

「つーことは、鳥海に頼んだ方が手っ取り早いんだよな?」

 

「そうなんだけど、鳥海は今、出掛け中なんだわ」

 

「こんな時間に出掛けているって、夜戦の演習でも行っているのか?」

 

「あー、いや……」

 

 さっき以上に恥ずかしそうな表情を浮かべた摩耶は、天龍から視線を逸らして明後日の方向を見た。

 

「なんだよ……そんなに言い難いことなのか?」

 

「そ、そうじゃないんだけどよ……」

 

 話すべきかどうかを迷うような仕草をした摩耶だったが、天龍が見つめてくる視線に耐えかねて、小さく呟くように話した。

 

「その……なんだ、明日の任務に必要な物を買いに行って貰っているんだ……」

 

「……いや、それが何で、恥ずかしそうなんだ?」

 

「そりゃあ、姉として……分かるだろ?」

 

「全く分かんねぇんだけど」

 

「そ、それはそれでどうかと思うぞ……?」

 

 摩耶の言葉に納得できないような表情で首を左右に振った天龍は、今ここで日焼け止めクリームが手に入らないという残念な思いから大きくため息を吐いた。

 

「うーん……そうすると、他の誰かに頼むしかねぇかなぁ……」

 

「愛宕姉なら持ってるとは思うぜ?」

 

「それは……なんだ、ちょっと借り辛いと言うか……」

 

「ん、なんでだ?」

 

「借りること自体は難しく無いけどよ、愛宕から駆逐艦のヤツらに情報が漏れそうな気がするんだよな……」

 

「いや、だからなんで駆逐艦達に情報が漏れたらダメなんだよ?」

 

「そりゃあ……その、なんだ……」

 

 先程とは完全に立場が逆転しまったかのように、今度は天龍が恥ずかしそうに摩耶から視線を逸らした。

 

「なんだよ、もしかして言い難いことなのか?」

 

「……わざとやっているだろ?」

 

「チェッ、バレたか」

 

 天龍は即座にジト目を向けると、摩耶は苦笑を浮かべながら残念そうに両手を上げた。

 

「しっかし、天龍はてっきり駆逐艦たちが大好きだと思ってたんだけどなー」

 

「べ、別に嫌いだと言っているんじゃ……って、どこの誰があいつらのことを大好きだなんて言ってんだっ!?」

 

「いやいや、傍から見てりゃ、バレバレだぜ?」

 

「ちょっ、ま、マジかっ!? ――って、そんな訳ねーしっ!」

 

「その反応の段階で完全にダメじゃね?」

 

「う、うるさいっ! 変なことを言うんじゃねーよっ!」

 

「ぷっ……くくくっ……」

 

 顔を真っ赤にして怒る天龍の顔を見て、摩耶はお腹を抱えながら笑いだした。

 

「わ、笑うんじゃねぇっ!」

 

「だ、だってよっ、バレているとかそういうレベルじゃ……うぷぷ……」」

 

「だから、笑うんじゃねぇよっ!」

 

 憤怒する天龍を見て、摩耶は更に笑い声を上げる。

 

 さすがにこのままだと笑われっぱなしだと思った天龍は、逃げるように部屋から出ようとしたのだが、

 

「ただいま、摩耶ちゃん……って、お客さんが居たのね」

 

 扉がガチャリと音を鳴らして開き、買い物から帰ってきた鳥海が部屋の中に入ってきた。

 

「あっ、お、おう。ちょっと邪魔していたんだけど、すぐに帰るわ」

 

「あら、そうなんですか? 折角ですから、ゆっくりしていって良いんですよ?」

 

「そうそう。もっとゆっくりしていって良いんだぜー?」

 

「う、うるせえよ馬鹿っ!」

 

「あらあら、何やら大賑わいだったみたいですね」

 

 素直に笑みを浮かべた鳥海と、未だに不敵な笑みを浮かべている摩耶に挟まれた天龍は、居心地が最悪と言わんばかりの顔を浮かべて部屋を出ようとする。

 

「あっ……そうそう、摩耶ちゃん。日焼け止めクリームが切れていたから、ついでに買ってきたわよ?」

 

「おっ、サンキューな鳥海。ちょうど良かったぜ」

 

「ちょうど……良かった?」

 

 摩耶の言葉を聞いた鳥海は不思議そうな表情を浮かべて顔を傾げた。そして、二人の会話を聞いた天龍の手が、ドアノブを持ったところでピタリと止まった。

 

「つーことで、どうするよ、天龍?」

 

「………………」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべているであろう摩耶の顔を想像しながら天龍は大きくため息を吐き、半ば諦めた表情で振り返った。

 

「分かった……俺の負けだ」

 

 その声に摩耶は満足そうな顔を浮かべ、鳥海は頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら二人の顔を交互に見比べていた。

 

 






次回予告

 あれ……、何やらほんわかな展開なんですが。
しかし、そうは問屋が卸さない。すべてのことには理由がある。

 そして鳥海が語りだした話に、天龍は……


 深海感染 -ZERO- 第四章 その2

 全ては一つの線で……繋がっている。


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