深海感染   作:リュウ@立月己田

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 とある鎮守府の始まり。

 そして、大本営で行われた会議。



 全ては、密かに行われた……


‐ZERO‐
プロローグ~第一章


 ■プロローグ

 

 とある鎮守府の早朝。

 

 朝日が水平線から顔を出し、ウミネコの鳴き声が聞こえてくる。早起きを日課にしている者は眠たい目を擦りながら起床し、大きなあくびをしている時間だろう。

 

 平和そのものといった感じの鎮守府に、海に突き出したコンクリートの造形物がある。ここは船を停泊させるだけでなく、艦娘が海と陸を行き来する場所でもあり、そんな埠頭の先端に、1人の艦娘が立っていた。

 

 金色のカチューシャが朝日できらめくと、長い髪が潮風に揺れ、大きく露出した肩が晒された。赤色の装飾が入った巫女服のような白色の着物。袴を改造したフリル付きの赤いミニスカート。金剛型の特徴である服装に身を包んだ彼女は、たなびく髪を肩で押さえながら、うっすらと白く光る水平線の彼方を見つめて小さなため息を吐いた。

 

「今日は、少し雨が降りそうですね……」

 

 西側の空には灰色の雲の固まりが見える。今朝の新聞に書かれていた天気予報が外れてくれなかったと、彼女は落胆した表情を浮かべている。

 

「悔んでいたって仕方がありません。それよりそろそろ準備をしないと、みんなが目覚める時間ですね」

 

 そう言って両手を空に向けて上げた彼女は、ググッ……と、背伸びをした。身体からはパキポキと音が鳴った後、艤装がきしむ金属音が鳴り響く。

 

 メンテナンスは日々欠かしていないはずなのに……と、彼女は思いながらもストレッチを繰り返し、程なくして両腕を下ろす。余程気持ち良かったのか、伸びを終えた彼女の頬はほんのりと赤く染まり、気分が向上しているように見えた。

 

「今日の予定は、第一、第二艦隊で練度を積むための演習。第三、第四艦隊はいつもと同じように遠征任務ですね」

 

 懐にしまっていた書類を取り出して、彼女は呟きながら執務室の方へと歩き出した。何度も視線を上下させて文章を読み直した後、彼女は深いため息を吐く。それも仕方がないことで、この予定は彼女がこの鎮守府に帰ってきてから数ヶ月の間、変更されたことは1度も無く、同じことの繰り返しなのだ。

 

「飽きた……と、言えば確かにそうですが、いくら進言しても変えるとは思えませんし……」

 

 繰り返される日々を思い、もう一度小さくため息を吐いてから懐に書類をしまう。

 

「ですが、日常に変化はつきものです」

 

 慢心してはいけないと、ある艦娘と同じことを彼女は思ったのだろうか。

 

 彼女の瞳は目の前の風景ではなく、どこか遠くを見ているように感じられた。

 

 

 

 

 

 ■第一章 新型近代化改修

 

 海軍総本部。通称大本営。

 

 その名の通り、海軍の全てを取り仕切る場所であり、エリートが集まる場所でもある。各地域にある鎮守府への指令もここから発せられている。

 

 言わば、海軍の中枢と言えるこの場所の、とある建物の一室で、一部の提督達による極秘の会議が行われていた。

 

 会議室に良くある長机とパイプ椅子。出席している人物等を考えればもう少しマシな物は無かったのかと思えてしまう状況にもかかわらず、彼等は気難しい顔を浮かべながらも文句を言わずに座っていた。

 

 そんな中に、1人の人物がホワイトボードに向かってマジックを走らせながら、つらつらと言葉を紡いでいる。

 

「えー、ですからして……艦娘の練度を上げるには、今まで演習を行うのが一番効率が良いと思われてきました。もちろん、実践に出るのが1番ではありますが、被害を受けて修理をする時間と費用を考えますと、これ以外に方法はありません」

 

 彼の肩章を見る限り、周りの人物たちとは違って階級はそれほど高くはない。

 

 しかし、提督たちと違って、男性には首からぶら下げられたネームプレートがあり、照明が反射して鈍い光を放っていた。

 

 そこには階級ではなく、男性の名前と『深海棲艦戦略部 部長』という文字が書かれている。

 

「ふむ、それは周知の事実だな……。しかし、単純に性能を上げるなら装備の変更でまかなえるだろう?」

 

「はい。ですが、装備の開発は妖精が関わるモノですので、運が悪いと費用ばかりがかさんでしまいます。実際に狙った装備が出るまで開発を行いますと……」

 

 ホワイトボードの前に立っている部長はそう言って、電卓をカタカタと操作してから座っている人物たちに見えるように盤面を向けた。

 

「この通り、平均的な確率で計算いたしましても……必要な資材の数はとんでもないモノになります」

 

「うぅむ……」

 

 室内に多数の重いため息が響き渡り、無言の時間が過ぎていく。

 

「ならば、練度を向上させるために、複数の鎮守府で合同大型演習を行うのはどうですかな? 開発にかかる費用よりも少なくて済むでしょうし、一石二鳥ではないかと……」

 

 沈黙に耐え切れなかった1人の男性が周りに提案したが、誰もが表情を暗くしたまま俯いている。

 

「確かに、それも一つの手ではあると思います。ですが、移動による資材消費に、合同演習による艦隊の一時離脱、演習時の指示を行う間の海域攻略の停止、更に鎮守府を守るための艦隊を考えなければならないとなると、参加をしたがる鎮守府がいくつあるかは……」

 

 彼らの心中を部長が代弁する形で、恐る恐る口を開いた。彼の的確な説明によって、合同演習を行う場合の問題は山積みであるということが明白となり、提案した男性も頭を抱えながら俯いてしまう。

 

「以上のことを考えますと、非常に申し訳ありませんが、その提案は難しいと思われます……」

 

 そう言って、部長は提案した男性に頭を下げた。

 

 これだけの人物の前で悪い報告や説明をしなければならない彼は、普通であれば萎縮し、そのまま黙ってしまってもおかしくはないだろう。しかし彼には切り札といえるべきカードを携えて、この場所に立っていた。

 

「現在の深海棲艦の勢いから予想いたしますと、本土近くの海域まで出現し、多大な被害が出てしまうはそう遠くはないと思われます。従いまして、早急に手を打たなければならないのですが……」

 

「そんなことはとうの昔から分かっている! 今決めなければいけないのは、その対策をどうするかだろうがっ!」

 

 席に座っていた中でも若い方に入る一人の男性が、机に拳を強く叩きつけて叫んだ。

 

 大きな声と音に部長は体をビクリと震わせたが、すぐに姿勢を正して小さな笑みを浮かべる。

 

「何がおかしいっ!?」

 

「い、いえ、そういう訳ではございません。ただ、その対策について、私に一つの提案があるのです」

 

「……提案だと?」

 

 別の席に座っている初老の男性がしゃがれた声でそう言うと、部長はそちらへと向きながら、小さく頭を下げて口を開いた。

 

「はい。私ども深海棲艦戦略部は、この事態を重く受け止め、打開策として『新型近代化改修』を提案させていただきたいと思います」

 

「新型……近代化改修とは、いったい……?」

 

「それについて、説明させていただきます」

 

 部長はそう言って、再び小さな笑みを浮かべてマジックを持ち、ホワイトボードへと向き直った。

 

 キュッ……キュッ……と、マジックが走り、白い盤面に大量の文字が書かれていく。

 

 その文字を見ていた男性達が驚いた表情を浮かべながら、ざわめきはじめる。

 

 しかし部長は気にすることなく書き続け、己が思い描いている全てをホワイトボードに出し切ると、一番重要な部分を大きく円で囲み、男性達へと向き直って大きく口を開けた。

 

「……これが、新型近代化改修です」

 

 部長が言い終えると、部屋の中が静寂に包まれた。席に座っている男性達の多くは大きく目を見開いたままホワイトボードを見つめ、呆気に取られたように固まっている。

 

「こ、こんなことが、できると思っているのかっ!?」

 

 その中の1人は急に声を荒らげると、拳で机を叩きつけた。大きな音に驚いた部長はビクリと身体を震わせるも、すぐに冷静さを取り戻して口を開く。

 

「できなければ、この場で提案いたしません。ですが、難しいことは事実であり、成功するとハッキリに言い切れないのも、また事実なのです」

 

「しかしこれは……前代未聞ですぞ……」

 

「馬鹿な……正気の沙汰ではない……」

 

「だが、成功すれば……」

 

 席に座っている男性達が意見を交わすが一向にまとまらず、部長は時を見計らって一喝するように咳込んだ。

 

「何事にも初めてと言うのはつきものであり、失敗を恐れては前には進めません。これが成功した暁には、今までにない強力な艦娘たちによる艦隊が、完成することは間違いないのです!」

 

 ざわめきがどよめきに変わる中、初老の男性は机の上で両手を組ながら部長の顔をじっと見つめた。

 

 彼は海軍本部の中で一番の古株であり、この中において最大の発言力を持っている。

 

「おぬしは……」

 

 腹に響くような低い声が部屋の中に響き渡ると、騒いでいた男性達が口を紡いで押し黙った。

 

「……成功すると、見込んでいるのか?」

 

 凄まじい眼力が部長を襲う。

 

 口の中に貯まった唾をゴクリと飲み込み、部長はゆっくりと口を開く。

 

「はい。必ずや成功させてご覧にいれます」

 

 キッパリと言い、力強く見つめ返した。

 

「よかろう……進めてみるが良い……」

 




 まずは、ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
艦娘幼稚園からお読み頂いている方々の中には、驚いた方もおられるかもしれませんね。

 以前から告知しておりましたが、艦娘幼稚園とは正反対であるシリアス小説を連載開始致しました。
元々は同人書籍として考えていて作品ですので、1冊の本の分量……約20数話で12万文字前後の予定であります。暫くの間、お付き合い頂けると幸いです。

 また、前書きにも書かせて頂きましたが、今作品にはいくつかの違和感を覚える可能性があります。
最後までお読みいただけますと謎が解けると思われますので、宜しくお願い致します。

 艦娘幼稚園の方も、宜しくお願い致しますね。


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