機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 9 「ザフトの雷神」

 『俺が目を背けたくなってしまったのは、

  もう、戻れない時間があることを自覚してしまったからかもしれない。

  それは、プラントで過ごした時間も、ヘリオポリスで過ごした時間の事も』

 

 

 

 

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 宇宙に浮かぶ小惑星が、突如眩いグリーンに輝いた。

 ――ユーラシア連邦の宇宙基地、アルテミスが、光波防御システムを展開したのである。

 

 「やれやれ、大仰なことだ」

 バルトフェルドがブリッジで呆れたように言った。

 「アルテミス、本艦の受け入れ要請を了承。臨検官を送る、とのことです」

 「オーケイ、ありがとう」

 バルトフェルドはメイラムからの報告を聞くと、キャプテンシートに、どっしりと深く身を寄せた。

 そこへ、アイシャが、飲み物の入ったボトルを持ってきた。

 「ヨウヤク、かしラ?」

 「フム……キリマンジャロかい?」

 「東方美人ヨ」

 ボトルからは紅茶にも似た、東洋茶葉の独特の匂いがした。

 「やれやれ……こんな時くらいは……」

 「コーヒーばかりは体に毒ヨ」

 バルトフェルドは仕方なくお茶を啜った。

 

 アルテミスからレーザー・ガイドビーコンが出される。

 

 アークエンジェルがそのラインに沿って入港準備に入ると、バリアの一部が欠けて、アークエンジェルを迎え入れた。

 

 (何お茶飲んでんですか? こっちは初めてなんでヒヤヒヤですよ)

 ヘリオポリス出航以来、無理やりメーン・パイロットをやらされていたダコスタが、暢気そうなバルトフェルドを恨めしそうに見た。

 「顔で文句があるのがわかるぞ、ダコスタ」

 「信頼してるノ。 ほら、マーチン君のモアルワヨ」

 アイシャはダコスタの横に、お茶のボトルを浮かべた。

 無重力の為、ボトルは宙に浮いた。

 

 ゴゴゴ!

 

 「あいた!」

 ダコスタが操舵を少し誤り、艦を揺らしたため、ボトルが派手に額に当たった。

 

 

 

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 ようやく幾らか気分の落ち着いたアスランは、ロッカールームで着替えを済ませ、仲間達の元に足を向けていた。

 「アスラン、少し良いかね?」

 と、同じくパイロットスーツから着替えたクルーゼが声を掛けてきた。

 「――はい?」

 「耳を?」

 と、クルーゼは言うと、アスランにそっと耳打した。

 「イージスの事だが……君以外動かせないように、起動プログラムをロックして置きたまえ」

 「……?」

 最初、アスランは意味がわからなかった。

 「いいかね?」

 「ハッ……?」

 しかし、クルーゼの言葉はいつも、不思議な力を帯びていた。

 アスランは、何か考えのある事かとも思い、一旦イージスの元へ向かった。

 

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 「これで、ようやく助かるのかね?」

 「地球軍の基地なんだろ?」

 「オーブには帰れるのか……?」

 「折角東部から疎開してきたのに……」

 「スカンジナビアのコロニー方が安全だったのではないですか?」

 

 船室では、避難民が口々にその不安を吐露していた。

 

 「――なんかさ、思ったより、オーブの人間すくねえよな?」

 避難民の出迎えもしたディアッカが言った。

 そうなのだ、ポッドの中にいた人間は、半分以上が地球連合から疎開してきた人間だった。

 「それはな――」

 イザークが言いかけたところで止めた。

 「イザーク!」

 フレイ・アルスターがイザーク達のいる船室に入ってきたからだ。

 「ばかばか! どうしていつも居なくなっちゃうのよ!」

 「わ、悪い……」

 「この船? もう大丈夫なのよね?」

 「ああ――多分は」

 「多分?」

 「まあ、なんとかなるさ――それよりフレイ」

 「あ、アスラン!」

 ニコルが戻って来たアスランを見つけた。

 「アスラン、オツカレ!」

 ハロが跳ねだして、それを出迎える。

 

 「ちょうどいい、食事にしないか? アスラン」

 イザークが言った。

 「あまり、食欲が無いな」

 「ダメですよ、食べなきゃ。 アスラン、何食か抜いてるんじゃないんですか?」

 ニコルの言ったとおりだった。

 体は疲れているはずだが、アスランはここ二日ばかり、殆ど食事をとっていなかった。

 「タベロ! アスラン! タベロ! アスラン!」

 「そうだな、士官食堂の一部が開放されている、行くぞ?」

 何か、話があるのか、イザークは、アスランやフレイを連れ立って、食堂へと向かった。

 

 

 

 

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 先程の戦闘の際、ヴェサリウスは推進部を大きく損傷したため、足止めを余儀なくされていた。

 運悪くしてか、そのタイミングでネオは本国に報告を迫られていた。

 

 「――紫電(ライトニング)が、ジンとパイロットを4名も失うとはな」

 「それほどの敵、という事です。 こちらも連合軍のモビルスーツとは史上初の戦闘をやったんですがね? ――それで補給は?」

 「それは出来ぬ相談という事だ――今から暗号通信で文章を送らせてもらう――」

 

  やむを得ず、ザフト本部と連絡を取っていたネオだったが、そのように言われて、一方的に通信を切られた。

 

 「ン……」

 暗号通信で送られてきたメールは直ぐにプリントアウトされ、ネオに渡される。

 ネオは、届いた文章にさっと目を通して、苦笑する。

 

 目を丸くしているナタルにもその文章を寄越した。

 

 「評議会からの出頭命令ありますか! ……あれをここまで追い詰めておきながら!」

 「まぁ仕方ないさ……あれはガモフを残して、引き続き追わせよう……評議会も今に知る事になるさ」

 とネオは言った、しかし。

 「――気になるとしたら、ディノ国防委員長のご機嫌って所だな」

 「と、仰られますと?」

 「いや、なに、俺もクビが危ういという事さ」

 ネオはまた嘯いた。

 

 

 

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 入港後、艦に臨検官がやってきた。

 アイシャとバルトフェルドが敬礼で出迎える。

 「本艦の要請受領を感謝致します」

 無言で、ブリッジに入室する臨検官。

 と――

 

 「え? なんです――コレ?」

 ダコスタが眼前の状況に呆然としていった。

 

 アークエンジェルは、武装した兵の乗った複数台のランチに囲まれていた。

 

 それだけではない。

 ドックに格納されているモビルアーマー・メビウスも、

 まるで固定砲台のように、砲身だけ起動されて、アークエンジェルを狙っていた。

 「少佐殿!」

 バルトフェルドが臨検官にどういうことか問う。

 「お静かに願おうか? 艦長殿――」

 臨検官はそれを制した。

 

 と、武装した兵士達が、更に中に入ってきた。

 

 銃を突きつけられるクルーたち。

 

 さすがに、後手を組まされるような事はなかったが――友軍を迎え入れるような態度には、とても見えなかった。

 「どういうことか、説明していただきましょうか?」

 「どういうことも何も、保安措置として艦のコントロールと火器管制を封鎖させていただくだけですよ」

 バルトフェルドの質問に恐らく用意していたであろう答えを述べる臨検官。

 「封鎖?……し、しかし、こんなやり方……」

 思わずダコスタが呟く。

 「貴艦には船籍登録もなく、無論、我が軍の識別コードもない。

  状況などから判断して入港は許可しましたが、残念ながら、まだ友軍と認められたわけではありませんのでね」

 「しかし……!」

 「軍事施設です。このくらいのことは、ご理解いただきたいが?」

 「クッ……」

 ダコスタが、臨検官に睨みをきかせる。

 が、

 「ダメヨ、マーチン君?」

 アイシャがそっと耳打ちするように言った。

 「では、士官の方々は私と同行願いましょうか。事情をお伺いします」

 

 バルトフェルドとアイシャは、武装した兵士に連れられ、船から降ろされた。

 

 「よう、クルーゼ大尉もかい?」

 「――ああ、アイマンやエイブス達と整備の最中にな」

 途中で、モビルスーツデッキの方向から、クルーゼも数人の兵士に、半ば拘束されたような状態でやってきた。

 「――と、いうと、デッキは無人かな?」

 「無人ではありませんな、ユーラシアの兵士たちでいっぱいだ――」

 「喋らないでください」

 銃を突きつけられ、黙らされる二人。

 「物騒ネ」

 アイシャは酷く冷たい目で、その兵士を見た。

 兵士は少し居竦んだようだが、臨検官に促されると、

 アイシャからは目をそらして、そのまま士官たちを歩かせた。

 

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「な、何!?」

「そのままだ、動くな!」

 武装した地球軍の兵士が、食堂にも流れ込んできた。

 わけもわからず、アスランたちも銃を突きつけられ、その場に待機させられる。

 

 「おい! なんだってんだよ! いきなり! ふざけるんじゃねぇよっ!」

 思わず、ディアッカが武装した兵士に食って掛かる。

 「うるさいぞ、黒いの!」

 「なっ――!?」

 肌の色で露骨に差別されたディアッカが、激昂しそうになった。

 「よせっ! ディアッカ」

 アスランが、それを取り押さえる。

 「何コレ、なんなの? ここ味方の基地じゃ――」

 不安そうにイザークに擦り寄るフレイ。

 「――大丈夫だ」

 イザークがフレイの肩を抱き、そっと囁いた。

 ――そして少し照れて離した。

 

 

 ……しばらくして、ブリッジクルーのカークウッドたちや、メカニックのミゲルたちも、食堂に集められた。

 名目としては、友軍として識別できないため、一時的に戦力を封印するというものであった。

 「……識別コードがないとはいえ、これは不当では?」

 ダコスタが言った。

 「いんや、コードは関係ないな多分……」

 チーフ・メカニックのマッド・エイブスが言った。

 モビルスーツ・デッキの方向に技術者らしき人影が向かったのを、彼は見ていたのだ。

 「ユーラシアって、大西洋連合と仲、悪いんですか?」

 ニコルが言った。

 「……仲が悪いとか、そういう問題じゃないな」

 イザークが言いかけた。

 「イザーク?」

 イザークが、内情を知っているようなのに驚いて、アスランが思わず聞き返す。

 「こういう状況なのに、連合国はそれぞれ我先にとやろうとしている。だから母が帰ってこれないことにもなる……」

 「……そうなの? おば様、それでイザークと私をヘリオポリスに……?」

 フレイもイザークに問い返した。

 「フン、恐らく、第八艦隊と合流前に、この船の情報を――」

 

 (話はこの事か……)

 イザークの母が、大西洋連合軍の関係者であることを聞いていたアスランは、それで大体の事情を推し測った。

 (クルーゼの大尉の忠告……) 

 ザフトにも内部の派閥争いはあった。父、パトリックなどはその中心にいた人物だ。

 恐らくこれもそんなところだろう、とアスランは思った。

 (いつの間にか戦争をやらされて、こんな事にも巻き込まれている……)

 アスランは、また気分が落ち込むのを感じた。

 

 「いつまでこんな状態なんですかね?」

 ダコスタが、他のクルーに聞いた。

 「分からん。艦長達が戻らなきゃ、何も分からんよ」

 メイラムが途方にくれて言った。

 「友軍相手に暴れるわけにもいかないしなぁ」

 ミゲルが忌々しそうに辺りを見ながら囁く。

 「……あーあ、いろいろあるんだな、地球軍の中でも」

 ディアッカが、大人を見下す風に言う。

 

 (どこも一緒か……)

 

 アスランは、溜め息を止められなかった

 

 

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 「大西洋連邦。極秘の軍事計画か…よもやあんなものが転がり込んでこようとはな」

 アルテミスの司令官、マルコ・モラシムが、アークエンジェルの映像を見ながら言った。

 「ヘリオポリスが噛んでるという噂、本当だったようですね」

 副官らしき男が言った。

 「連中にはゆっくりと滞在していただくことにしよう」

 

 と、ドアをノックする音がした。

 

 「失礼します。不明艦より、士官3名を連れて参りました」

 アークエンジェルを臨検した士官と、バルトフェルド、アイシャ、クルーゼであった。

 「入れっ! ……ようこそアルテミスへ、この度は災難でありましたな」

 「いえいえ、お騒がせして申し訳ございませんな、司令殿」

 「マルコ・モラシム大佐だ。 アンドリュー・バルトフェルド大尉、アイシャ・コウダンテ中尉、それに……ラウ・ル・クルーゼ大尉」

 「ご足労おかけいたします」

 三人は、司令のモラシムの前に一列に並ばされた。

 「君達のIDは調べさせていただいた。 確かに、大西洋連邦のもののようだな」

 モラシムは、三人の顔を見ながら言った。

 「お手間を取らせて、申し訳ありませんな」

 クルーゼが返す。

 「いや、なに……。輝かしき君の名は、私も耳にしているよ。"エンディミオンの白き鷹"殿。グリマルディ戦線には、私も参加していた」

 「――ほう、ではグラディス准将の部隊に?」

 「そうだ。戦局では敗退したが、ジンを5機落とした君の活躍には、我々も随分励まされたものだ」

 

 グリマルディ戦線。

 開戦三ヵ月後に起きた、ザフトと地球軍の月面での覇権を賭けた、大規模な戦闘である。

 そもそもは、ザフトが地球軍の所有する月面基地プトレマイオスを目標に侵攻を開始、

 月の裏側にあるローレンツ・クレーターに橋頭堡となる基地の建設を開始した事が始まりだった。

 その結果、両軍はグリマルディ・クレーターを境界に月を二分し、幾度とない衝突を繰り返した。

 ――このことから月の最前線はグリマルディ戦線と呼ばれた。

 

 クルーゼはその戦いの最終局面、"エンデュミオン・クレーター決戦"と呼ばれる戦いで、特殊な脳波コントロールを用いた兵装、ガンバレルを有した最新鋭モビルアーマー、「メビウス・ゼロ」に搭乗し、

 五機のジンと、一隻の戦艦を撃墜する華々しい戦果を上げたのだ。

 

 これは、ザフトのモビルスーツに惨敗を喫していた地球軍のパイロット達に、大いに勇気を与える事になった。

 

 以後、彼は、決戦の地、エンデュミオンの名を受けて、"エンデュミオンの白き鷹"と呼ばれるようになった――

 

 「ええ……」

 だが、クルーゼは、そのような華々しい戦果を賞賛されたにも関わらず、些か不愉快そうに返した。

 ――もとより、褒めるつもりや世辞で言ったではないのが、横で聞いていたバルトフェルドにもわかった。

 そして、その態度を気にする様子もなく、モラシムは続けた。

 「しかし、その君が、あんな艦と共に現れるとはな?」

 「――特務でありますので、残念ながら、子細を申し上げることはできませんが」

 「なるほどな。だがすぐに補給をというのは難しいぞ」

 やはりか、という様子で、クルーゼが顔の向きを上げた。

 「……ザフトの船も間近で構えているはずですが」

 「フッ、ザフト?」

 

 モラシムは、副官に指図した。

 司令室に備え付けてある大型スクリーンに、アルテミス外部の映像が映し出される。

 そこには――

 「ローラシア級!?」

 アークエンジェルを追跡したうちの一隻、ガモフが映し出されていた。

 「見ての通り、奴等は傘の外をウロウロしているよ。

 先刻からずっとな。まぁ、あんな艦の1隻や2隻、ここではどうということはない。だがこれでは補給を受けても出られまい」

 「ですが、奴等が追っているのはアークエンジェルです。 このまま留まり、アルテミスに被害を出すわけにも参りませんが?」

 バルトフェルドが言った。

 「はは! 被害だと?このアルテミスが? 奴等は何もできんよ。そして、やがて去る。いつものことだ」

 

 光波防御システムがある限りは――と、その後に付け加えられるのであろう。

 「君達も少し休みたまえ。だいぶお疲れの様子だ。部屋を用意させる――奴等が去れば、月本部と連絡の取りようもあるだろう。全てはそれからさ」

 モラシムが迎えの兵士を呼んだ。 再度、銃で武装した兵士が部屋に入ってくる。 

 

 「――アルテミスは、そんなに安全ですかな?」

 部屋から去り際、クルーゼがモラシムに言った。

 「難攻不落の要塞だよ」

 

 ――難攻不落?

 クルーゼはその言葉のマヌケさに、口元をゆがめるばかりだった。

 

 

 

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ガモフのブリッジでは、アルテミス攻略のため、サイたちが集まって先ほどから意見を出し合っていた。

 「あれは、レーザーも実弾も通さない、変わりに向こうからも撃てないけどね」

 サイが、宙域図を指しながら言った。

 「……私のバスターで長距離射撃は?」

 「無理だね、気づかれずに撃つには距離をとらなきゃならない……そうなれば超射程ライフルといえども着弾前に防がれてしまうよ」

 「そう…」

 「膠着を待って、やり過ごす。 愚策ではあるがな」

 そこにガモフの艦長、ホフマンも加わる。

 トールからは陰で"ちょび髭"と呼ばれていた。

 

 本人からしてみれば、若い兵士の多い、ザフトの中で精一杯の威厳を形で示そうとしたことだが、

 その外見が、いかにも地球の古い時代の軍隊を連想させて、当の若者たちの目には滑稽に映ってしまっていた。

 無論、今のような真剣な場面では、そんな素振りは誰も、微塵も見せないのだが。

 

 「あんな前時代の遺物、よもや要塞に転用するとはね」

 「だが防御兵器としては一級だぞ? 重要な拠点でもない為、

  我が軍もこれまで手出しせずに来たが、あの傘を突破する手立ては、今のところない。やっかいなところに入り込まれたな」

 「それこそ核兵器級の破壊力でもないと……かな?」

 

 サイとミリアリアが話している中、何か考えているのか、

 普段なら一番お喋りなトールが、黙り込んでいた。

 

 しばらくすると考えがまとまったのか、トールは顔に笑みを浮かべていた。

 

 「この傘ってヤツはいつも開いちゃいねえんだろ?」

 「ああ…敵がいないときは展開してないけど」

 「……俺の機体、あのブリッツなら何とかなるかもしれない」

 トールは自信を込めて言った。

 「不可能を可能にする男……トール・ケーニヒってな!」

 「……それ、ロアノーク隊長の受け売り」

 ミリアリアは指摘した。

 不可能を可能にする男――。

 ネオが何かにつけて言っているフレーズだったのだった。

 

 

 

 

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 「ザフト艦、ローラシア級、離脱します。イエロー18、マーク20、チャーリー。距離、700。更に遠ざかりつつあります」

 アルテミス管制室のオペレーターの一人が、モラシムに告げた。

 「フ……分かった。引き続き対空監視を怠るなよ」

 

 いったとおりではないか、とモラシムは思った。

 ザフト艦は手出しを出来ず、引くしかないのだ。

 大方援軍を呼んで、包囲でもするつもりなのかもしれない。

 

 しかし、その前に自分たちは大西洋連合の機密を解析し、ユーラシア連邦本国へ送る事が出来る――。

 その後、逃亡の時間も十分あるだろう。

 そうすれば、自分たちユーラシアが今後、地球圏での戦争のイニシアチブを取る可能性が出来るし、何より――個人的な出世にも繋がるのだ。

 

 が、そのようなモラシムの夢想に楔を打ち込むような一報が入ってきた。

 

 「司令……艦の方の調査はある程度までは、順調なのですが、モビルスーツのデータの方が……」

 「なんだと?」

 「艦の方は時間をかければ何とかなりそうなのですが、モビルスーツ側はOSに解析不可能なロックがかけられていて、未だに起動すら出来ないということで……今、技術者全員で解除に全力を挙げているということなんですが」

 「チッ……」

 

 解析に余りに時間を掛けすぎれば、先程の計画は水泡と化すのだ。

 ザフトが援軍を連れてきて、この要塞を完全包囲してしまえば、コチラの物資が尽きて、今度はクルーゼ達の言ったとおりになってしまう。

 

 まだ慌てる事はなかったが、事は早急に進めなければならなかった。

 

 

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 ガモフのモビルスーツデッキでは、トールの搭乗するX-207"ブリッツ"が起動していた。

 

 「ミラージュコロイド、電磁圧チェック、システムオールグリーン。……テストもなしの一発勝負……へへ!」

 

 

 コクピットの中で、トールは緊張と、奇妙な高揚に中てられていた。

 ――キラに聞いた、"ムシャブルイ"というヤツだろう、とトールは思った。

 

 

 「アルテミスとの距離、3500。光波防御帯、展開なし」

 「了解! いっちょやりますか」

 トールは、機体のチェックを終えると、オペレータに合図した。

 

 「大丈夫かしら…トール」

 「うーん派手好きなトールにはぴったりな機能だね…機能自体は究極的に地味だけど」

 

 パイロット・ルームでは、トールのそんな様子を、サイとミリアリアの二人が心配そうに眺めていた。

 

 

 危なっかしいのだ、彼は。

 

 

 「ブリッツ……出るぜ!」

 トールのブリッツは、アルテミスから十分な距離をとって出撃した。

 

 ("トール"と"ブリッツ"か……)

 

 トールは、自身の名前を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 トールは、北欧神話に伝わる、最強の雷神の名前だった。

 

 

 

 トール・ケーニヒのルーツは西ヨーロッパにあった。

 

 

 ユーラシア連合の西方に生まれた彼の両親は、胎児のときに"S型インフルエンザ"の猛威を受けた――そして、その病原克服の為に遺伝子改良を受けた。

 その際、両親のそのまた両親――トールの祖父母の代にあたる人たちは、自身の子供を人造の天才にする誘惑に勝てなかったのだという。

 

 

 そうして生まれたトールの両親は、同じような境遇のお互いと出会い、彼を生んだ――。

 

 

 そのような境遇、ルーツはプラントでは珍しいものではなかった。

 コーディネイターは宇宙に飛び立つための新人類であるという、 ある種の選民思想がその主流となっている傍らで、

 そのようなやむを得ずコーディネイターになってしまったという人々は少なからず存在していた。

 

 彼ら、トールの両親のような、コーディネイターは己の出自を捨てきれず、宇宙よりも地球に置いてきた自分たちのルーツを大事にした。

 彼らは望んで宇宙に出たわけでもなかった。 そして、望まれて宇宙に出たわけでもなかったからだ。

 

 

 それゆえ、息子であるトールに、古めかしい――プラントでは好まれないような、オカルティックと批判されてしまうような神話の神の名を付けた。

 

 が、トールは、そんな自分の名前が好きだった。

 

 未来ばかり向いているプラントの社会の中で、自分は過去とも繋がっているような気がしたから。

 それはコーディネイターの多くが抱える、ルーツ不在という強迫観念から逃れるものを、自分が持っているという無意識の強さだった。 

 

 

 

 (父さんたち……)

 

 ザフトに参加する事については、かなり両親から反対された。

 

 トールの両親のような、地球にルーツを求める、コーディネイター達は、

 どのような迫害に合おうと、自分たちと地球に住む人々との間に、決定的な線引きは好まないようになり、

 この戦争においては、ナチュラルとの融和政策を支持する――いわゆる、穏健派という派閥を形成するようになっていた。 

 

 トールはそんな両親を理解してはいたが、彼自身は2世代目――生まれながらのコーディネイターである自分自身を強く感じていた。

 だから、血のバレンタインで多くの友人を失ったとき、両親の反対を押し切ってザフトに志願したのだ。

 

 

 しかし、トール自身は、自分がナチュラル達に代わる新人類の一人とは思っていなかった。

 

 

 ただ、自分は、強く、この世界を少しでも変えていきたかった。 

 雷神・トールの名前と共に。

 

 

「ミラージュコロイド展開…撒布減損率30%…連続使用は80分が限度か……」

 トールはブリッツの特殊機能、ミラージュコロイド・ステルスを展開した。

 

 ミラージュコロイドは、光や粒子を収束、または分散、偏向できる性質を持ったコロイド状の微粒子である。

 ミラージュ、蜃気楼――この物質はその名のとおり、モノを目に映らせる可視光線を――捻じ曲げることが出きた。

 つまりは――ブリッツは――一瞬陽炎のようなものに包まれたかと思うと宇宙の闇に―――消えるのだ。

 

 

 

 

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 「パイロットと技術者だ!この中に居るだろ!」

 モラシムが、アスランたちがいる食堂に現れた。

 

 そこには既に、避難民含むアークエンジェル乗組員全員が集まっていた。

 

 「――何故俺たちに聞くんです?」

 ミゲルが言った。

 「何?」

 モラシムがミゲルに詰め寄った。

 「艦長たちが言わなかったからですか? それとも聞けなかった?」

 「貴様!」

 モラシムの傍らに控えていた副官が、ミゲルの首を押さえた。

 「よせ……フフ、そうだな諸君らは大西洋連邦でも、極秘の軍事計画に選ばれた、優秀な兵士諸君だったな」

 「イージスをどうしようってんです……!」

 「別にどうもしやしないさ。 ……ただ、せっかく公式発表より先に見せていただける機会に恵まれたんでね? パイロットは?」

 「クルーゼ大尉ですよ! 聞きたい事があるなら大尉に聞いてみては如何です!」

 横暴なモラシムの態度に、ダコスタが吼えた。

 「フン、先ほどの戦闘はこちらでもモニターしていた。ガンバレル付きのゼロ式を扱えるのは、あの妙な男だけだということぐらい、私でも知っているよ」

 すると、モラシムは、

 「女性がパイロットということもないと思うが…この艦は副官も女性ということだしな……」

 ――近くにあった腕を取って軽くひねった。

 

 「やめて! いたぁい! って……僕は男ですよ!!」

 と、腕をつかまれたニコルは怒って腕を振り払った。顔が真っ赤だ。

 

 「なんと……こんな美しい顔の少年が」

 「いますよ!」

 ――自認だったのかと、アスランは思った。

 「なら、こっちなら間違い……ないな」

 「何よ!その間は!……ちょ!痛いったら!」

 今度はフレイの腕が掴まれる。

 「フレイ!……やめろぉお!」

 イザークが怒りのあまりモラシムに掴みかかった。

 「……なんだ小僧が!」

 「うわッ!」

 イザークがモラシムに突き飛ばされた。転がり、派手に食堂の椅子にぶつかるイザーク。

 フレイが急いでイザークに駆け寄る。

 

 「なっ、卑怯な…!」

 流石に、アスランも腹に据えかねた。

 「アスラン――!」

 ミゲルが、アスランの肩を抑えようとした。

 それは、マズイ、と。

 

 アスランも自分がそうすることで、どのような状況になるか分からないではなかった。

 ――だが、流石に許せなかったのだ。

 

 「やめろよ……あれに乗ってるは俺だ!」

 アスランは叫んだ。

 「ふざけるな!お前のような若造に乗りこなせるものではない!」

 モラシムも言う、当然の事だが。

 が、アスランはこう続けてしまった。

 

 「……俺は、コーディネイターだ!それでいいだろ!」

 

 

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銃を突きつけられ、イージスのコクピットに座らされた。

 

「OSのロックを外せば良いんですね」

「ああ、だが、他にも君は出来るのだろう?」

「何が……!」

「例えば…こいつの構造を解析し、同じものを造るとか…逆にこういったモビルスーツに対して有効な兵器を造るとかね」

 

 それはアスランの神経を逆撫でした。

 

「俺は、ただの民間人で学生だ! 軍人でもなければ、軍属でもない! 戦争には参加する理由が無い!」

「そこまで戦いが嫌かね……同胞を裏切って、逃げ出してまで平穏がほしかったのか?」

「……逃げ出した!?」

「そうだろう? 君はコレを動かし、ザフトのモビルスーツと戦うほどの能力を有している――コーディネイターといえど、それほどの力を持つものは希有な筈だ。

 その君が、オーブに居たのは何故だ? 戦争から逃げ出して、自分だけ助かろうとしたのではないか」

「そんな……!?」

「そして、この船に乗った。 どんな理由でかは知らないが、同胞を裏切ったのだ。 ならば……」 

「違う……!」

「違うか? だが考えても見たまえ……この戦争を……プラントにいても、地球にいても、結局は巻き込まれることになるのだ……ならばどちらについたほうが得かをな」

アスランは男を睨んだ。

「……地球軍側に付くコーディネイターというのは貴重だよ。 それに、我々も手段を選んでいられんのだよ。 さあ……ロックを外して貰おうか?」

 

 

 

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 宇宙の闇に溶けたブリッツは、そのまま、アルテミスの外壁まで到着する。

 ミラージュコロイドは、可視光線や赤外線を含む電磁波を遮断した。

 宇宙空間ではほぼ、完璧に近いステルス性を発揮する事が出来るのだ。

 

 

 

 そしてトールは、リフレクターと呼ばれる、アルテミスの外壁に装着された光波防御システムの発生装置を発見した。

 

 (ニンジャ……)

 トールは思った。

 

 

 キラにはよく、ニホンのことを聞いていた。

 キラの両親はニホン生まれだという。キラもその文化に明るかった。

 トールと同様に、キラもどちらかと言えば地球に近いコーディネイターだった。

 彼とは、地球の話も多くした。 かつて地上にあった再構成以前の国家や文化の話も。

 

 (隊長みたいな名前が俺にも欲しい――そうだな、隊長は紫電――シデン――俺は、黒い――そうだな、"オニ"――"ライジン"――)

  

 

 「ブリッツ――雷神トールにはピッタリだぜ!!」

 

 トールはコクピットの中で、叫んだ。

 

 それは潜入作戦の恐怖や緊張を取り払うためか、それとも戦いへの高揚か。

 

 その両方であるのだろう。

 

 トールは、アルテミスのリフレクターをロックすると、もう一度、思い切り叫んだ。

 

「"ザフトの黒い雷神"! トール・ケーニヒ! 行くぜッ!!」

 

 ブリッツがビーム・ライフルを乱射した――

 

 

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 豪華な士官用の応接間に通された後、バルトフェルド達は暇をもてあましていた。

 (予想はしていたが、こうまでとはな……)

 盗聴の可能性を考え、バルトフェルドは押し黙っていた。

 クルーゼもソファーに座ったまま、じっとしている。

 アイシャだけが、豪奢な部屋のインテリアをあちこち見物していた。 

 

 「寝てるのか? クルーゼ」

 じっとしたまま動かないクルーゼに、バルトフェルドが分かっていて言った。

 退屈しのぎである。

 「……艦長こそこういう時に寝ておいたらどうだ? カフェインの採り過ぎで眠れんのだろう?」

 「へいへい……」

 皮肉めいたギャグを、そのまま返された。

 

 (大方、艦の調査が終わるまでは、ここに閉じ込めておくつもりだろうがね、まあ――)

  艦内のコンピューターからは、最重要のデータ――特にモビルスーツ関連についてはロックを掛けてきた。

  そしてイージス本体についても、クルーゼがアスランに細工をさせたと言ってきた。

 (隙を見計らって脱出、しか無いか?)

 ともバルトフェルドは思った。

 

 しかし、ザフトに4機のモビルスーツを奪われた以上、ユーラシアにある程度の情報などくれてやっても構わないか――とも、バルトフェルドは思った。

 ――あの艦とイージスさえ、無事に友軍の元へ届けられるなら。  

 

 やり遂げなければならないのだ――自分は艦長なのだから。

 地球を蹂躙するザフトを――今は討たなければならないのだ。

 

 バルトフェルドは部屋を歩き回るアイシャを見た。

 こういう部屋は、落ち着かないのだろうな、とバルトフェルドは思った。

 

 部屋のインテリアは、軍の高官を迎える事もあるのか、かなり豪華に作られていた。

 現在、アルテミスは、友軍への補給が主な利用方法と聞いている。

 将官たちのレクリエーションに使われる事もあるのかもしれない。

 

 このような部屋は、アイシャに生まれた家を想像させてしまうだろう――。

 

 ――彼女のような娘が今後も生まれるのであれば、俺はザフトを撃つ――。

 

 そう思って、この計画に志願したのは、いつの日だったであろうか?

 まだ一年と、経っていないはずなのに、この数日余りの激戦に、酷く遠く感じてしまっていた。

 

 すると――

 

 「――何かが?」

 

 クルーゼが突然呟いた。

 「どうした? ……うぉっ!?」

 

  ズシィイイン!!

  部屋が、途端に大きく揺れた。

 

 「おっ、おっ!?」

 「この振動ハ?」

 アイシャが転びそうになったバルトフェルドを支えた。

 「敵襲だ!」

 クルーゼが叫ぶ。

 

 

 

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  振動は、アスランたちのいるモビルスーツデッキにも伝わってきた。

 

 「管制室!この振動はなんだ!?」

  基地内用の電話機をとって、モラシムが叫んだ。

 「不明です!周辺に機影なし!」

 「……だがこれは、爆発だぞ! 超長距離からの攻撃かもしれん! 傘を開け、何をしている!?」

 「で、ですが! これは、ぼ、防御エリア内から攻撃されてます! リフレクターが落とされていきます!」

 「な……に……?」

 

 と、モラシムを一際大きい振動が襲った。

 「モビルスーツが出ました!」

 要塞外部を索敵していた兵士の一人が叫んだ。

 「出た!? 出たとはなんだ!」

 「う、宇宙空間に出たんです! 幽霊みたいに! 突然!」

 「も、モビルスーツが、一人でに……!?」

 

 

 ――モラシムが呆然としていると、アスランはその様子を見て、コクピットのハッチを閉めた。

 

 

 「な! コーディネイター! 何をしている!!」

 動き出したイージスにモラシムが叫ぶ。

 『攻撃されてるんだろ! そんな場合か!』

 アスランがイージスのマイクで叫んだ。

 

 アスランは、イージスを発進させて、要塞の外へ出した。

 

 

 「爆発じゃないのか……おい……!」

 避難民たちが揺れを感じて騒ぎ出した。

 「この警報はなんだ!?」

 ダコスタがユーラシアの兵士を問いただす。

 「ん…いや…これは……?」

 「分からねぇのかよ! だったら誰かに聞いて来い!どう考えたって、これは攻撃だ!」

 ミゲルは腰のベルトにスパナがついていた事を思い出して振り上げた。

 「うわっ……ま、待て……!!」

 

 ――そして、もう一度大きく場が揺れた。

 

 「こんなことをしてる場合かよ!」

 事態の重さを感じたミゲルは、強引に武装兵を撥ね退けて、食堂を出た。

 「止まれ!」

 武装兵が、ライフルをミゲルに向ける。

 しかし、

 「――すりゃあああ!!」

 「――うぉ!?」

 イザークが兵士をタックルで跳ね除けた。

 続いて、カークウッドやメイラムが、その兵士を押さえつけた。

 「イザーク!」

 「やられっぱなしではイラつくからな――大丈夫か? フレイ、行くぞ!」

 「う、うん……」

 ……お坊ちゃん然としたイザークの、意外な一面に、フレイは感じるものがあるようだった。

 

 「僕は男ですよぉッー!」

 そして、ニコルも食堂のイスを振り上げて奮戦していた。

 「おい、ニコル帰って来い!」

 ディアッカが言った。

 「お前ら下がれっー!!」

 が、ニコルは止まらなかった。そして、ユーラシアの兵士たちに隙が出来た。

 「今だ!」 

 避難民たちも一斉に、食堂から流れ出した。

 ――その隙に、クルーたちはブリッジに向かう。

 

 

 

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 「叫べ! クルーゼ、アイシャ!」

 応接室のバルトフェルドは、一計案じた。

 明らかにこれは攻撃を受けている為に起きた爆発だった。

 このままではこのアルテミスと心中するハメになりかねない。

 「叫ぶ……?」

 「助けを呼ぶのさ」 

 「……そういうことか」

 クルーゼは、バルトフェルドの真意を理解した。

 「キャー! トメテー! タスケテー!」

 「今ので壁が! 空気が!!」

 アイシャとクルーゼも、叫びだした。

 

 扉をガンガンと叩いて、外に助けを求める。

 

 ――門番が、何事かとドアを開けた。

 チャンスだ。

 

 「いま……」

 「ハァアアイッ!!」

 

 ――バルトフェルドが、当身を門番に喰らわせようとしたところ、

 

 「ハァアアアアアアッ!!」

 「ウボァ!」

 

 ――アイシャの鮮やかなハイキックが、兵士の後頭部を捉えていた。

 気を失い、倒れこむ兵士。

 

 「さ、イマヨ?」

 アイシャはそういって、部屋から出て行った。

 そして、現れた兵士を軒並み拳法のような動きで倒していった。

 

 「……」

 「いい女じゃないか」

 クルーゼが、出番を奪われたバルトフェルドの肩を叩いた。

 

 

 

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 「外の防御に優れている反面、中の防御はザルだな!」

 

 トールはそう呟いた。

 

 事実、そうであった。

 光波防御システムという、無敵の外壁を持つ余り、

 要塞付近・内部での迎撃システムは、殆どアルテミスに用意されていなかった。

 

 アルテミスの内部には、敵の攻撃をまるで想定していなかったであろう艦が、殆ど丸腰の状態で置かれていた。

 

 トールのブリッツは余裕のある限り、それらの艦隊にビーム・ライフルを乱射した。

 

 

 「あの足つきの船は――あそこか!」

 

 要塞のドック奥に、一際目立つ大きな船――アークエンジェルがあった。

 トールのブリッツが向かう矢先、

 「――イージスッ!?」

 

 赤い機影が立ちはだかった。

 イージスである。

 

 「会いたかったぜ! カズイのカタキだ!!」

 ブリッツは、イージスに向けて、一気に跳んだ。

 「――コイツ見ているとなんか、クビがムズムズしてきやがる! 落ちろよ!イージス!」

 トールが、ブリッツの腕を振り上げた。

 「――盾?」

 と、アスランは思った。

 ブリッツの腕には、シールドらしきものが装着されているだけ――と思ったが、

 (ビーム・サーベルが――)

 シールドの先に、ビームサーベルと、ライフルらしきものが装着されているのにアスランは気づいた。

 (盾に武器付き!?)

 

 ――トールのブリッツは、その名前のとおり、電撃戦用の機体であった。

 開発当初は重武装と高機動力を備えた、一撃離脱のモビルスーツを作るプランもあった。

 しかし、ビーム兵器を作る過程で、光線を偏向するミラージュコロイドの研究が進み、

 このミラージュコロイドを用いたステルス・ウェポンを作る事に決まった。

 それが現在のブリッツである。

 しかし、それには問題もあった。

 機体をミーラジュ・コロイドで包む以上、外付けや手持ちの武器は出来る限り減らさなければならない。

 それゆえ、ブリッツの兵装は特殊な形状をしていた。

 盾の中に、全ての武器を内蔵してしまう方法である。

 これならば、武器をコロイドでカバーして、隠してしまう事が出来る。

 

 これは三点のウェポン・プラットフォームを持つ事から、トリケロス、と命名されていた。

 

 その奇妙な兵装は、少なくとも、アスランを一瞬惑わせる事には成功していた。

 

 「チッ!」

  咄嗟にアスランは、シールドでビームサーベルを防ぐ。

 アンチビーム加工されている筈だが、回避が遅れた為、思い切り刃を受けてしまった。

 流石にシールドに、大きな切り傷が付く。

 

 「そらぁーッ!!」

 ブリッツが、ここぞとばかりに、イージスに攻め入る。

 「速い!?」

 アスランのイージスは、ブリッツのビームサーベルを受けるだけで背一杯だった。

 「――こんな場所では!」

 

 イージスも高機動性を有する機体であったが、いかんせん場所が悪かった。

 ――イージスの機動性は、スラスターの加速力による、瞬間的なスピードが特徴であった。

 しかし、要塞内部のような、狭い場所では、その機動性が殺されてしまう。

 アスランは思うように動けなかった。

 寧ろ、速すぎる機体は狭い場所での戦いを困難にしていた。

 

 対して、トールのブリッツは、ミラージュコロイドを用いて、敵の懐に潜り込む事を想定して作られていた。

 直線での動きであればイージスに及ばなかったが、狭い場所を動き回るには――ブリッツのほうが向いていた。

 

 「ザフトの機体になっているなら、これにも……」

  自分と同じコーディネイターが乗っているのだ、とアスランは思った。

 

 なら、これと戦っている俺は――"裏切りモノ"、なのか?

 

 「違う!! ――来るなよ! こんなところにお前らが来るから!」」

 

 アスランは、ブリッツの剣を撥ね除けて、距離をとった。

 

 

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 「艦を出せ! 良い的だ! 我々も脱出するぞ!」

 「モラシム司令がいません!」

 「かまうか! このまま全滅してはならん!」

 ザフトの侵入を知ったアルテミスの副官が艦内放送を使って、要塞内の兵や士官に叫んだ。

 

  慌ててアルテミス中の船が、出港を始める。

 

 

 

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 アルテミスから脱出をし始めた艦船が、続々とアルテミスから宇宙に出て行った。

 そして、それらの幾つかは、対峙しているイージスとブリッツの間を横切っていった。

 「船が逃げ始めたか! あーくそ! イージスが見えねえ! 邪魔だよ!」

 

 視界を妨げる戦艦を避け、イージスを探すブリッツ。

 

 

 ――見つけた!

 と、イージスを確認したトールだったが、それをまたさえぎるように戦艦が――。

  

 「このー!」

 

 トールは、トリケロスに装着された、サーベル、ライフルに続く三つ目の武器――高速運動体貫徹弾「ランサーダート」を目の前の戦艦に放った。

 ミサイルのような――それにしては細長い、槍投げのヤリのような形状をした武器が、発射される。

 

 それは、大型の戦艦の装甲に突き刺さり、突き刺さった装甲の内部で――爆発した。

 

 ズドォオオオン!!

 

 ――トールもデータの上では知っていたが、それは対艦用に考案された、炸裂弾の一種であった。

 

 「うほぉッ!?」 

 

 思った以上の威力があって、要塞の中で戦艦が爆発を始める。

 

 

 

 「アスラン!」

 「ディアッカ!」

 船の爆発に紛れて、ブリッツから隠れたアスランに、ディアッカから通信が入った。

 「無事だったのか?」

 「ああ、艦長さん達も皆無事だ! ここから出るぞ! 戻れ!」

  アスランは、イージスをアークエンジェルへと向けた。

 

 

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 「――イージスはどこだ!? くっそー!!」

 トールは自分の迂闊さを呪った。

 

 「トール!」

 ミリアリア達から通信が入った。

 アルテミスが爆発したのを見て応援に来たのだ。

 「ミリアリア! 要塞の中で艦が爆発した! こっちに来るな! 足つきが逃げる!」

 「え!?」

 「逃げる船を出来るだけ囲うぞ!」

 

 大型戦艦のエンジンが炎上したため、アルテミス自体が崩壊する可能性があった。  

 トールも急いで、内部から脱出した。

 

 トールが要塞のドックから外へ出ると、 

 ミリアリアのバスターと、サイのデュエルが、アルテミスから脱出する艦艇を包囲していた。

 

 しかし、アークエンジェルの姿は捉えられなかった。

 

 アルテミスから発生した瓦礫や、逃げ出した艦が、またも目くらましになったのだ。

 

 一度逃げられてしまえば、アークエンジェルはザフトのナスカ級に匹敵する航行速度を出せると聞いている。

 またも、取り逃がしてしまったのだ。

 

 「見てろよ ……次こそ、"ザフトの雷神"がお前を――」

 

 トールは、爆発、炎上するアルテミスを背に、宇宙の虚空を見詰めた――。


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