『仲間達を巻き込んでしまったのか?
それとも、これも何もかも、 結局は俺たち一人一人が、
自分たちの意思でおこしてしまう事なのか。
わかるはずも無いが、結果、キラと戦う事になってしまうのは事実だった』
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アークエンジェルのブリッジでは、バルトフェルドがタイミングを見計らっていた。
艦の前方にはナスカ級を捉えている。
――まだ、コチラには気づいていない。
「エンジン始動! 同時に特装砲発射し牽制!目標、前方ナスカ級!」
バルトフェルドが叫ぶ。
「陽電子チャンバー正常臨界!」
「ローエングリン、撃てッー!!」
アークエンジェルから特装砲・ローエングリンが放たれる。
陽電子を打ち出す、ほぼ防御不可能な破壊砲――。
敵を警戒させるにも、好都合な武器だった。
「前方より熱源接近!その後方に大型の熱量感知!戦艦です!」
ヴェサリウスのオペレーターが叫んだ。
「回避!」
ナタルが叫ぶ。
「――ふーん、こっちに気づいて慌てて撃ってきたか?」
ネオが、当たるはずの無い砲撃に首を傾げる。
「キラ・ヤマトを出撃させろ! キラ――さっきの言葉信じるぜ?」
これが作戦なのか、それとも本当に苦し紛れの一撃なのか――。
その探りあい。
今、戦いは始まった。
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ヴェサリウスのカタパルトには、キラ・ヤマトの乗るストライクが準備されていた。
ヘリオポリスに出たときとは、装備が違っている。
――X-105ストライクには、用途に応じて装備を換装できるシステムが搭載されていた。
地球連合軍の開発したGAT-シリーズは、モビルスーツの運用試験をするための
実験機としての側面が強く現れていた。
それは、まだ地球軍にとって、モビルスーツは未知の兵器である、ということだろう。
そのため、各機体が、モビルスーツの運用方法、試験しなければならない項目に向けて機体性能を特化させていた。
例として、102デュエルはモビルスーツの汎用性を実験するための機体となっていた。
同様に、103バスターは火器の実装試験や支援攻撃のデータを取るための機体。
そしてストライクは、装備によって、多種多様な戦闘に対応できるか?
というモビルスーツの兵装や適応性のチェック、そして、引いてはあらゆる戦闘に耐え切れる、万能機を作るためのテスト機でもあった。
――モビルスーツという、究極の汎用兵器に、最も適しているコンセプトの一つとも言える。
「ソードストライク? 剣か……」
(コロニーの時みたいな……ことは無いよな……)
キラは、ヘリオポリスで放った砲撃のことを思い出していた。
今思えば、あの凄まじい火力は、もう少しでイージスを焼き尽くしてしまうところだったのだ。
「アスラン……今度こそ」
君を、説得するチャンスを作ってみせる。
キラは、決意を込めて、操縦桿を握った。
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「前方、ナスカ級よりモビルスーツ発進。機影1です! 距離67、後方ローラシア級からはモビルスーツ――3!」
「機種特定……これは……Xナンバー、デュエル、バスター、ブリッツです!」
「なっ!?」
アークエンジェルのブリッジがざわめく。
――先程ヘリオポリスにて奪われた、イージス、ストライク以外の連合の秘密兵器である。
その全てを、使ってきたのである。
「フッ、全部投入してきたか、コイツはキツイな……頼むぞ、クルーゼ大尉」
バルトフェルドは、発進したクルーゼの白い機体を見ながら言った。
「対モビルスーツ戦闘、用意! ミサイル発射管、13番から24番、コリントス装填!」
アイシャがアークエンジェルのミサイルの装填指示を出した。
アークエンジェルは用途に応じて、ミサイルの種別を切り替える事が出来る。
コリントスM114は、滞空防御用の、対MS戦に最も相性が良いものだった。
「さあて、ちゃんとした戦闘、っていったらおかしいけど、アークエンジェルの初陣みたいなものだな……」
バルトフェルドはブリッジを見回した。
「君たちは、マニュアルどおりに操作してくれるだけでありがたい。 コンピューターに任せれば大丈夫だ」
「は、ハイ!」
「……大丈夫です」
緊張する少年たちに、バルトフェルドは声を掛けた。
(後はクルーゼ頼みか……だが、このアークエンジェル、そう簡単に落しはしない)
「さあ、戦争を始めるぞ!」
そして、バルトフェルドは自分にも檄を入れた。
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宇宙空間に流れる、イージス。
その広大な漆黒の空間に身を乗り出すのは久しぶりだった。
「……」
独特の無重力の質感に、アスランはかつての、父との日々を思い出しそうになった。
「う……」
過去の出来事への嫌悪感に胸が焼かれそうになるアスラン。
「今は、アークエンジェルを守る事だけ……!」
アスランは、そんな雑念を、頭から振り払った。
アスランは、アークエンジェルを先行をするように、機体を進めた。
その時である。
「モビルスーツの反応……一機! ……あの白いヤツかッ!?」
前方から接近する反応があった。
イージスのセンサーと識別コンピュータがその相手を告げる。
X-105、キラ・ヤマトの乗るストライクであった……。
「アスラン……アスランなの!?」
敵のモビルスーツから通信が入る。
「オープンチャンネルで……!? こいつ!」
敵軍に向かって、全方位で誰でも聞き取れる短距離通信をしてしまう、その危うさ。
――キラだ。
そういった所に、アスランは、直感的にキラを感じていた。
そんな優しさ、無条件さを持っている少年だったのだ。
「やっぱり……アスラン、どうして! どうしてそんなものに、どうして――君が地球軍に!?」
キラのストライクはビームサーベルを抜いた。
「ええい!」
アスランは已む無く、イージスの両手を挙げてキラのストライクに近づき、組み付いた。
「――アスラン!?」
会話をアークエンジェルに聞かれないようにするためだった。
アスランはイージスの無線を切って、機体を流れる振動を通じて会話する――”お肌のふれあい会話”と呼ばれる方法でキラに話しかけた。
「剣を引けキラ! 俺は地球軍じゃない!」
「ならどうして! 戦争なんか嫌だって、君だって言ってたじゃないか! その君がどうしてモビルスーツに……!?」
「ヘリオポリスで戦争に巻き込まれたんだ――お前こそ何故ザフトに居る? 何故戦争なんかやってるんだ!」
「血のバレンタインで僕の両親が――」
「――え?」
その一言に、アスランは思わずキラに聞き返す。
「だから!」
その時、イージスのレーダーに、更なる反応があった。
「また別のモビルスーツ!? X-102、デュエル!?」
と、いうことは、ザフトの――援軍!
アスランは咄嗟に、キラのストライクから離れた。
「ヴェサリウスからはもうキラが出ている。俺は援護に回る! 二人は"足つき"を!」
――X-102、デュエルのコクピットのサイ・アーガイルが言った。
宇宙を流れる、三つの機体。
ザフトのローラシア級戦艦から出撃した三体の"G"タイプのモビルスーツであった。
ヘリオポリスから奪取後、機体の調整を経て、実戦投入できる段階まで整備されたのだ。
操作系統は若干、ジンとは異なっていたものの、本来はナチュラルの使用を想定されて居たためか、
サイ達にとっても操作性自体は非常に扱いやすく、良好であった。
キラが直ぐに機体を持ち出し、実戦に投入できたように。
数回の実機シミュレーションを経ただけのサイ達が、今まで搭乗してきた機体と変わらず操作できるほどに――。
「ちょっと待てよ? モビルスーツは俺が! このブリッツならあの赤いヤツを――」
同じく奪取した機体であるブリッツに乗ったトールが、サイに文句を言った。
機体の性能を対モビルスーツ戦で試してみたいのだ。
「あたしたちは船をやるの! いいわね、トール」
「ちぇ」
そんなトールを、いつもどおりミリアリアが制した。
彼女も、奪取した機体、X-103バスターに乗っている。
結局、サイのデュエルのみ、先行しているヴェサリウスの方向に機体を向けた。
ミリアリアのバスターと、トールのブリッツはアークエンジェルへと向かう。
(――居た!)
サイが機体を進めると、敵機は直ぐに見つかった。
ソレと組み付く、キラのストライクと一緒に。
(キラのヤツ、動きが悪い。 やはりイージスのパイロット――)
サイは、先程耳にしたキラの話を思い出していた。
(仕損じるわけにはいかない)
サイはデュエルを、イージスとキラのストライクの方向へ、一気に加速させた。
「キラ、仕留めるぞ!」
「サイ!?」
サイは、デュエルのライフルを構えた。
「叩くんだろ! カズイのカタキだぞ!」
「……!」
デュエルのビームライフルから、閃光が放たれる。
それを予測したイージスは、バーニアから大げさな光を放って、宇宙に回転した。
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一方で、ブリッツとバスターの二体が、アークエンジェルに攻撃を仕掛けていた。
「アンチビーム爆雷、発射! 撹乱幕、張っテ!!」
アイシャがミサイルの中に、対ビーム兵器用の特殊弾頭を装填するように指示した。
アンチビーム爆雷は発射されると、他のミサイルに紛れて宇宙に飛び出し、
アークエンジェルを取り巻くように進んで、爆発した。
弾頭からは、火も爆風も現れず、一瞬の輝きが宇宙に散ったのみであった。
そこに、ミリアリア・ハウの駆るバスターが現れる。
「足つきの船!」
そのアークエンジェルの独特な形状を指した名で、彼女は呼んだ。
「これでどう!?」
バスターは、手に持った94mm高エネルギー収束火線ライフルを、アークエンジェルに放った。
ドゥウウ! と、凄まじい光が一直線に、アークエンジェルへ向かった。
――バスターは、ヘリオポリスで開発されていた機体の中でも、高火力、重武装の機体であった。
恐らくは、火力による他の機体への支援や、対艦を想定した砲撃戦、遠距離から敵への狙撃など、
モビルスーツの持てる火砲全般のテスト・その運用に関する実験の為に作られた機体であろうと、ミリアリアは予想していた。
何より、バスターの持つビーム砲が、その想定が間違っていないことを証明していた。
ザフトが所有する、ジンの大型ビーム砲「バルスス」よりも、余程高出力で、精度の高いビームを放てるのだ。
それは、戦艦の艦砲と同等の出力であった。
恐らく、ナスカ級やローラシア級戦艦と同等の火力を、この機体一機で発揮できるであろうとミリアリアは感じていた。
アークエンジェルは、自軍が作り出した超火力に、身を焼かれるのだ。
その皮肉をミリアリアは思ったが、――そうはならなかった。
「ビームが散る!? エム・コロイドかなにか……ビーム撹乱幕?」
バスターの放ったビーム砲は、アークエンジェルに着弾する前に、文字通り霧散した。
一直線に飛んだ光は、束が粒になって、やがて消えていった。
アークエンジェルの射出した、アンチ・ビーム爆雷の効果であった。
ミラージュ・コロイドと呼ばれる、物質をばら撒くのである。
――それは光線、ビームの収束、もしくはその分散・偏向を行える物なのだ。
「当然――対策済か、厄介ね」
「ミリィ! 接近して一気に!」
「ダメ、トール!」
トールのブリッツは、アークエンジェルに接近した。
「速ぇ!」
トールは、ブリッツの運動性能に狂喜した。
ブリッツは、電撃戦闘を想定した特殊戦闘機であった。
多種多様な実験的モジュールを搭載できる他、ある特異な装置も装備している。
――と、同時に、電撃戦闘つまりは奇襲・強襲が行えるように――単純に速いのだ。
「艦長! 高速で接近してくる機体があります! ブリッツです!」
カークウッドがバルトフェルドに叫んだ。
「弾幕! ヘルダートで防御! 同時にイーゲルシュテルン展開!」
すぐさま、バルトフェルドが指示を出す。
アークエンジェルのブリッジの後部にある、16門のミサイル発射艦から、先程の「コリントス」よりも一回り小さいサイズのミサイルが発射される。
――対空防御用のミサイル、ヘルダートであった。
これは敵機を攻撃するためというより、接近してきた戦闘機やモビルスーツ、大型ミサイルなどを迎撃する用途に使用されるものであった。
高速でミサイルがブリッツに向かう。
「!」
ブリッツは、バルカンを放ち、そのミサイルを逆に打ち落とす。
予想外のミサイルの速さに、トールは回避一辺倒になる。
と、そこへ、
ズバババ!!
アークエンジェルが、船体中に搭載したバルカン砲、イーゲルシュテルンを放ってきた。
幾つかの砲門は、ブリッツへ正確に狙いを定めている。
「くそ!」
実体弾に対して無敵に近い防御を誇るフェイズ・シフト装甲を、ブリッツやバスターも持っていた。
しかし、戦艦に搭載されているような大型バルカンを連続で受けては、流石に機体も無事ではすまない。
トールのブリッツは後退を余儀なくされた。
「トール! 無事!?」
「艦艇部から仕掛ける! 援護を!」
「トール!?」
心配するミリアリアを他所に、トールのブリッツは再び前進し、アークエンジェルの艦艇部に回った。
今までトールが戦った地球軍の戦艦は、多くがモビルスーツ開発前の、直線上の砲撃戦闘しか想定されていない設計のものしかなかった。
故に、艦載機の発進カタパルトや、滞空防御網の甘い艦艇部が弱点であることが殆どだった。
――しかし、
「底部イーゲルシュテルン起動! 底部迎撃用ミサイルも射出!」
アークエンジェルはモビルスーツ運用を想定した艦である。 当然、その弱点を克服していた。
「うぉっ!?」
ちょうど、ブリッツが艦艇部に回り込んだところで砲門が開いたため、ブリッツが前と後ろから狙われることになった。
「トール! 迂闊よ!」
と、ミリアリアのバスターは、肩部に搭載された、ミサイル・ランチャーの砲門を開けた。
「――いけっ!」
バスターの肩からミサイルが放たれる、と、宇宙空間でそれは眩い赤熱光を放った。
「フレアか!?」
バルトフェルドが言った。
アークエンジェルの発射したコリントスが、ブリッツより、その光に反応した。
バスターが放ったのは、ミサイルの反応を目的から反らせる、熱を持った誘導弾だった。
「ちぃ!」
ブリッツはその隙に、イーゲルシュテルンの火線から逃れる。
「バスター、良い子!」
いくつもの弾薬、武器を使い分けることができる。
ジンよりも余程対応力がある、とミリアリアは感じていた。
――彼女はバスターの性能を気に入っていた。
「あのバスターのパイロット、器用なのが乗ってるじゃないか――」
それを見ていたバルトフェルドは、自分たちの作り出した兵器を、こうも操ってくるコーディネイター、ザフトという敵に、改めて畏れを抱いた。
しかし、それで怯む様な軍人でも、バルトフェルドは無かった。
「ゴットフリートを使う! 左ロール角30、取り舵20!」
「左ロール角30、取り舵20!」
バルトフェルドの号令に、ダコスタが復唱で返した。
225cm連装高エネルギー収束火線砲――ゴットフリートMk.71
アークエンジェルの主砲であり、大火力を誇るメガ粒子発射砲台である。
モビルスーツに小型かつ強力なビーム砲を持たせられたのである。
それが単純に大型化すれば――威力はおのずと明らかである。
ともすれば、それに相対するモビルスーツのパイロットにも、緊張が走った。
「トール! 引いて!」
「ち!」
しかし、トールは、機体を射程以上に引かせなかった。
(アレだけのサイズ、いくら新型でも直ぐに収束できるかよ!)
トールの思うとおりであった。
ビーム兵器は、発射するまで、その粒子を収束する僅かな時間を要する。
それは、大型で、高火力であればあるほど、収束に長い時間が生まれていた。
アークエンジェルは、ゴットフリートを放った。
――しかし、ブリッツとバスターには当たらない。
強力である反面、艦砲はその火線を読まれやすいのだ。
――しかし、
「今だ! 続けてリニアカノン、バリアント! 両舷――撃てぇ!!」
それを補うように、アークエンジェルの側面に搭載された火砲があった。
110cm単装リニアカノン――バリアントMk.8である。
それは、物体を電磁誘導により加速して撃ち出す、リニアレールカノンの一種だった。
宇宙に物質を押し出すマスドライバーに使われている技術と同様の原理で、弾丸を射出する。
加速された弾丸は、物体を容赦なく破壊し――それに、ビームよりも連射が効いた。
「なっにー!?」
トールは慌ててレバーを倒した。
ドゥウウウ!!
あわやブリッツを掠めるが如く、電磁加速された大砲が背後を通った。
(これは――)
ようやくトールは、ブリッツをアークエンジェルの射程から引かせた。
ミリアリアのバスターがその援護をし、二人は合流する。
「大した装備だ! 取り付けない!」
「――対策がいるわね、データは取れたわ」
「なら、先にモビルスーツの方か! サイは!?」
二人は、サイとキラを探した。 二機は依然、イージスと交戦中であった。
------------------------
「こいつ!戦い慣れている!?」
デュエルのコクピットの中、サイは呟いた。
先程から、アスランのイージスは、サイのデュエルの攻撃を全て回避していた。
「それだけじゃない、あの動く、腰のスラスターが速いんだ!」
――サイは、イージスの変形機構の話を思い出していた。
報告では、イージスはモビル・アーマー形態に変形する機能があるということだった。
その際、機体は大幅にその構造を組み替える。
必然的に、機体の駆動部にはある程度の可変性が生まれることになった。
イージスの腰に付けられた、他のモビルスーツよりも大きく動く可変式スラスター。
――恐らくは変形機能の副産物であろうとサイは推測した。
設計者も恐らく想定していなかったであろう。
アスランという、予想よりも遥かに高い能力を有するパイロットの操縦によって、
イージスもまた、本来考えられていた以上の高機動性を持つに至ったのだった。
「だけどぉーッ!」
サイ・アーガイルもザフトのエリート・パイロットであった。
サイのデュエルが、バルカンを発射する。
バルカンといえども、至近距離で攻撃を受ければ機体はダメージを受ける。
「ッ!」
アスランはイージスを回避させた。
「速いなら! こういう使い方をする!!」
サイのデュエルは、ビームライフルを発射しながら横になぎ払うように撃った。
バシュウウウ!
光線が、宇宙空間を切り裂くように輝いた。
ビーム・ライフルをビームサーベルのようにして使ったのである。
「なんだ!?」
アスランはその予想外の攻撃に一瞬戸惑った、がシールドを構えてそれを防いだ。
本来のように一直線に放つではなく、横に薙ぎ払ってしまったビームでは、モビルスーツを痛めつけるほどの威力にならないのである。
しかし、それが狙いであった。
イージスが盾を使って、止まった瞬間に、接近戦に持ち込む!
「たぁあー!!」
サイのデュエルが、ビームサーベルを引き抜いた。
イージスはそれを、同じくサーベルを展開させてなぎ払う。
「剣が、速い!」
X-102、デュエル。
他の機体のベースとなった最もシンプルな機体である。
他の機体と比べて、特別な武装も、機能も無い。
しかしながら、この機体は、基本性能を底上げすることに特化された調整がなされていた。
何も特筆すべき点が無い反面。
――この機体は他の4機よりも、ずっと動かし易いのだ。
「いいぞ!」
良いモビルスーツだ! とサイは無意識のうちに感じていた。
デュエル、という名前も気に入っていた。
――勇敢なヤツだ。 このモビルスーツなら、カズイの仇も取れる、と。
「チッ! やるッ」
アスランは舌打ちした。
敵のパイロットはかなりの実力者である。
高度に訓練されている上に、高い素質を持ったパイロットなのであろう。
――が、アスランもまた、それを相手に凌いでいた。
実力は伯仲。
しかし、
「サイ!わたしが頭を押さえるわ!」
ミリアリアのバスターがイージスの後方にまわる。
一旦、アークエンジェルから引いたバスターとブリッツが、サイとキラに合流したのである。
――囲まれた!?
四方を、イージスは囲まれる。
-----------------------
「敵、戦艦、距離740に接近! ガモフより入電。本艦においても確認される敵戦力は、モビルスーツ1機のみとのことです」
ヴェサリウスのブリッジ。
接近するアークエンジェルの報告と、キラ達の戦闘の模様が報告される。
「あの、妙ちくりんなモビルアーマーはまだ出られんということか?」
ネオが、誰ともなしに呟いた。
「そう考えてよいのでは?」
ナタルがそれに返す。
「ふむ……」
ネオは、妙な胸騒ぎを感じていた。
「……敵戦艦、距離630に接近!間もなく本艦の有効射程距離圏内に入ります!」
「了解、こちらからも砲撃準備だ」
「モビルスーツが展開中です! 主砲の発射は……」
ヴェサリウスのオペレーターが思わず聞き返す。
「友軍の艦砲に当たるような間抜けは居ない」
ナタルが言った。
「そういうこと」
ネオが茶目をこぼすように言った。
「主砲、発射準備! 照準、敵戦艦!」
ナタルは、それに気づかないフリをして、クルーに指示を飛ばした。
-----------------------
「ふむ……アスランは粘っているようだな」
宇宙空間を独り、潜行しているメビウス・ゼロのコクピットの中、クルーゼは言った。
ラグランジュ3……ヘリオポリスのあった付近の空域には、
宇宙に散った多くの戦艦やモビルスーツの残骸が漂っていた。
クルーゼはその中に身を隠すようにして、ゼロを進めていた。
先程のヘリオポリス破壊の際に生まれたデブリも、既に多分に含まれているようだった。
これらの一部は地球と星々の重力に引かれて、デブリ・ベルトに招かれる事になる。
「まだ、この中に入るわけにはいかんな」
今しばらくは、まだ。
クルーゼはじっと息を潜める。
少しだけ呼吸を止めた。
宇宙の静寂が、クルーゼを包んだ。
クルーゼはその感覚を愛していた。
張り詰めた感触。
何もかも包み込み、何もかもを寄せ付けないような、ただ、そこにあるだけの宇宙の、暗黒の深淵――。
クルーゼにとっては、パイロットをしている、そのときの感覚だけが、生きている証明のような気がしていた。
――とらえた。
やがて、クルーゼは、機体の向こうに、ある感触を掴んでいた――。
-----------------------
「イージス!!」
トールのブリッツが、アスランに迫る。
「チィ!」
が、アスランは変形して、四機の包囲から逃れようとした。
しかし、
「ミサイル!?」
変形したイージスに、バスターのミサイルが、襲い掛かり、包囲からの脱出を阻もうとする。
――モビルアーマーの推力で振り切った矢先、眼前にデュエルが待ち構える。
「くそ!」
やむを得ず、アスランは機体をモビルスーツ形態へと戻し、デュエルの攻撃に備えた。
と、そのときである。
「いっけぇええええ!!」
ブリッツが左手にある武装を使った。
ズバッ! ガキィイーーン!
「しまった!?」
イージスの足に、ショックが走った。
アスランが、状況を確認すると、イージスの足を、巨大な鉤爪のようなものが、鷲掴みにしていた。
――ブリッツの左手に装備された、ワイヤー・クロー・アーム、「グレイプニール」が、イージスの左足を掴んだのである。
北欧神話において、最強の魔物を封印した、魔法の鎖が名前の由来であるそれは、その名のとおり、如何なる機動兵器も捕える強固さを有していた。
「捕まった!?」
アスランはスラスターを吹かせようとした。
しかし、思うように行かない。
「今だ! 行けッ!」
トールが叫んだ。
「キラ! チャンスだっ!」
サイが、キラに言った。
先程から、牽制を行うばかりで、イージスから距離を取るばかりだったキラにだ。
(僕が!? ――アスランを!?)
キラは、ストライクに装備された、巨大な剣を見た。
対艦刀、シュベルトゲベール。
戦艦をも切り裂く、大型ビームサーベルである。
――これならば、あのイージスだって簡単に切ることが出来るだろう。
アスランごと。
(アスランを……)
イージスのコクピットの中で、アスランは、周囲を見回した。
必死に心を押さえつけ、パニックにならない様に状況を把握しようとする。
と、アスランは気づいてしまった。
キラの乗る、ストライクが、剣を構えているのを。
「キラ!?」
――キラはストライクに、剣を持たせると、そして――。
-----------------------
(ッ――!?)
「機関最大! 艦首下げ! 位置角60!」
ネオ・ロアノークが突然に叫んだ。
「ハッ!?」
突然の出来事に、クルーはおろか、副官のナタル・バジルールも呆然としている。
「急げ!」
ネオがもう一度叫ぶ、と、
「これは……本艦底部より接近する熱源、モビルアーマーです!」
ヴェサリウスのオペレーターが叫んだ。
ネオの直感が当たったのだ。
「――遅いさッ!」
そう、クルーゼは感じていた。
クルーゼのメビウス・ゼロは、スラスターに点火すると、全速力でヴェサリウスに接近した。
そして、ガンバレルを展開し、放てるだけの全火力を持って、ヴェサリウスに攻撃した。
「――CIWS作動! 機関最大! 艦首下げ! 位置角60!」
ナタルが、先程のネオの号令を叫んだ。
「間に合わんか!」
ネオが言った。
ブリッジが大きく揺れた。
グォオオオオオオン!!
ヴェサリウスの装甲が、爆発した。
「機関損傷大! 推力低下!」
「第5ナトリウム壁損傷、火災発生!」
「ダメージコントロール、隔壁閉鎖!」
「火災発生!プラズマタンブラーを抑制できません!」
「敵モビルアーマー離脱! 艦長!!」
オペレーターたちが次々に艦の被害を伝えた。
「くっそー! 撃ち落せぇーっ!」
ナタルが絶叫した。
「……離脱する! ガモフに打電!」
ネオが口惜しそうに言った。
「隊長! しかし」
「もうムリだ! ボウズどもを引かせろ!」
ネオは、ナタルに構わず、撤退の指示を出した。
「この前はほとんど相討ちだったがね……今日はわたしの勝ちだな! ネオ……いや」
――ムウ、とクルーゼは言った。
クルーゼのメビウス・ゼロは、散々弾丸を打ち込むと、最後にワイヤー・アンカーを射出して、ヴェサリウスの外壁に突き刺した。
そして、ワイヤーを使った、遠心力で大きく機体をぐるり、と転回させると、そのままヴェサリウスに背を向けて、離脱していった。
(クルーゼ……!)
ネオはただ、ヴェサリウスのブリッジで、奥歯をかみ締めるだけだった……。
「クルーゼ大尉より入電、作戦成功、これより帰投する!」
おお、とアークエンジェルのブリッジに歓声あがった。
「機を逃さず、前方ナスカ級を討つ! ローエングリン、1番2番、斉射用意! イージスは!?」
「コースからは外れてます!」
「よーし! ブチかませ!」
バルトフェルドが叫んだ。
「陽電子バンクチェンバー臨界! 電位安定しました!発射口、開放!」
「ローエングリン、撃てぇーっ!!」
アークエンジェルの前方――ネオたちが、"足"と形容している部分から、大型の砲が放たれた。
コロニー内で、鉱山からの脱出にも使った、陽電子特装砲である。
主砲でなく、特装砲と呼ばれているのは、主砲と呼ぶには取り回しが悪く、放たれる包囲が前方に限られている為であるのと、もう一つ。
――主砲として使うには、余りに威力が強すぎるのだ。
――陽電子がぶつかった物体は対消滅する。 防ぐ術はない。
「熱源接近! 方位、ゼロ・ゼロ、ゼロ! 着弾まで3秒!」
ヴェサリウスのブリッジでは――その砲撃が、確実に当たる、というアナウンスがされた。
「右舷スラスター最大! 躱しなさいよっ!」
――ネオが叫んだ、叫ぶ他なかった。
ローエングリンは、ヴェサリウスの右舷を貫いた。
ヴェサリウスの右側が、スプーンで抉られたアイスクリームのように、その形を失った。
猛烈な爆発がヴェサリウスに起こり、ブリッジは振動に襲われた。
「ぬぉおおお!!」
ネオはナタルにしがみついた。
「――!」
胸と腰を鷲掴みにされたが、気にしている余裕はナタルにもなかった。
-----------------------
シュッ!!
「あっ!?」
トールが、何か見えた、と思ったとき、既に砲撃は始まっていた。
――ブリッツの死角から、クルーゼのガンバレルの砲が放たれたのである。
ズゥウウウン!!
メビウス・ゼロの攻撃は、正確にブリッツの手元に命中した。
「ロックが!?」
と、トールが思った瞬間、イージスの足からグレイプニールは外れていた。
――今だ!
アスランは思い切り、レバーを倒した。
「ヴェサリウスが被弾!?」
と、サイは機体に通信が入ったのを見た。
――自分たちがイージスと戦っている間に、ネオの乗るヴェサリウスが被弾していたのだ。
と、キラ達の目にも、ヴェサリウスから放たれた花火のような閃光弾が――撤退信号だ。
「ウソ、やられたの!? 撤退!?」
ミリアリアが驚きの声を上げた。
「……クルーゼ大尉!」
「作戦は成功だ、アスラン!」
アスランの元に通信が入る。
ヴェサリウスを撃ったクルーゼが、全速力で反転してきたのだ。
機を逃さぬように、アスランはイージスを変形させた。
「アスラン!?」
キラのストライクは、剣を持つ手を緩めた。
――それを見た、サイが、デュエルを動かす。
「――なんでさ! 此処まできて!」
デュエルが、イージスを追った。
しかし、イージスは、ある程度デュエルから距離をとると、反転してきた。
そして――。
「サイ! 離れて! あの武器だ!」
「!?」
キラが、映像で見た、イージスの強力な火砲――スキュラである。
「チィッ!」
サイは、機体をイージスから離した。
イージスの放ったスキュラの光線が、避けた筈のデュエルの装甲を焦がした。
「サイ、引こう! これ以上はモビルスーツのパワーが持たない!」
「……ああ、わかったよ!」
サイはその声を聞くと、口惜しそうに言った。
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――戦闘が終わり、敵は引いていった。
アークエンジェルは、メビウス・ゼロと、イージスを収容した。
アスランは、イージスをカタパルトにつけ、ドックの定位置に運んだ。
「――あ」
途端に、体の力が抜けた。
コクピットのハッチが開く。
「よう! すげえじゃんか、アスラン!」
ミゲル・アイマンが彼を迎えた。
「……」
しかし、アスランは答える事が出来なかった。
(――キラ)
キラだったのだ。
あそこにいたのは、キラだったのだ。
途中からは無我夢中だったが、あそこにいたのは、キラだった――。
「降りろよ、なんだ? ションベンでも漏らしたか?」
理由がわからず、ミゲルは困惑した。
――アスランは、小さな嗚咽を吐いた。
「――アスラン?」
と、メビウス・ゼロから降りてきたクルーゼが、イージスのハッチまでやってきた。
「大尉! アスランが降りてこないんスよ」
「アスラン、無事かね?」
クルーゼは、コクピットの中に身を乗り出した。
アスランは、クルーゼの方を見た。
クルーゼは既に、ヘルメットを取り、バイザーからサングラスに付け替えていた。
そのクルーゼの顔が、間近にあった。
「よくやったな、アスラン。 艦は無事だ」
ほんの少しだけ、クルーゼの目元が透けた気がした。
クルーゼはアスランの手を引いて、コクピットの中から外へ連れ出した。
すると、
「アスラン! アスラン、ゲンキカ?」
今度は、ハロがアスランを迎えた。
「アスラーン!!」
自分を呼ぶ声がして、アスランは、その方向へ振り向いた。
ニコルだった。 イザークもいた。 ディアッカも。
――アスランの胸を、急に得体の知れない感情が襲った。
それは、友への想いでも、キラへの想いでもなかった。
何もかもが綯交ぜになった、堪えきれない感情だった。
アスランは、ヘルメットを取らなかった。 泣き顔を見られたくはなかった。
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「畜生! もうちょっとで落とせたのに!」
トールが、ガモフの控え室で、心底悔しそうな声を上げていた。
「敵の作戦勝ちね……」
ミリアリアは、ドリンクを飲みながら言った。
トールは、ミリアリアの飲んでいるボトルに手を伸ばした。
ミリアリアは、そのまま渡した。
「甘く見すぎたな。 そういえば、サイは? キラも――」
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――パイロット用のロッカールームでは、キラがサイに詰め寄られていた。
体を押されて、ロッカーに強く押し付けられるキラ。
「……どういうつもりだよ、あれ、カズイの仇だろ?」
少し、涙ぐんだ、強い怒気を持った声で、サイは言った。
「サイ?」
「そうだよな、友達が敵になったなんて、俺も想像もできないよ。でもさ!」
「サイ!? 僕は! 僕は……」
「悪い……」
サイは、キラから手を離した。
声はまだ、震えていた。
「……今こういうこと言うのは、卑怯になるのかもしれないけど、俺は、お前のこと信じてるからな……」
サイはそう言うと、キラを残してロッカールームから出て行った。
「サイ……」
僕は、どうすればよかったんだろう。
アスランを、討てば良かったのだろうか――友達を――?
キラは、そのまま立ち尽くした――。