機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 8 「友と、戦場で」

『仲間達を巻き込んでしまったのか? 

 それとも、これも何もかも、 結局は俺たち一人一人が、

 自分たちの意思でおこしてしまう事なのか。

 わかるはずも無いが、結果、キラと戦う事になってしまうのは事実だった』

 

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 アークエンジェルのブリッジでは、バルトフェルドがタイミングを見計らっていた。

 艦の前方にはナスカ級を捉えている。

 

 ――まだ、コチラには気づいていない。

 

 「エンジン始動! 同時に特装砲発射し牽制!目標、前方ナスカ級!」

  バルトフェルドが叫ぶ。

 「陽電子チャンバー正常臨界!」

 「ローエングリン、撃てッー!!」

 

 

 アークエンジェルから特装砲・ローエングリンが放たれる。

 陽電子を打ち出す、ほぼ防御不可能な破壊砲――。

 

 敵を警戒させるにも、好都合な武器だった。

 

 

 

 

 

 「前方より熱源接近!その後方に大型の熱量感知!戦艦です!」

 ヴェサリウスのオペレーターが叫んだ。

 

 「回避!」

 ナタルが叫ぶ。

 「――ふーん、こっちに気づいて慌てて撃ってきたか?」

 ネオが、当たるはずの無い砲撃に首を傾げる。

 

 「キラ・ヤマトを出撃させろ! キラ――さっきの言葉信じるぜ?」

 

 これが作戦なのか、それとも本当に苦し紛れの一撃なのか――。

 その探りあい。 

 今、戦いは始まった。

 

 

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 ヴェサリウスのカタパルトには、キラ・ヤマトの乗るストライクが準備されていた。

 

 ヘリオポリスに出たときとは、装備が違っている。

 

 ――X-105ストライクには、用途に応じて装備を換装できるシステムが搭載されていた。

 

 地球連合軍の開発したGAT-シリーズは、モビルスーツの運用試験をするための

 実験機としての側面が強く現れていた。

 それは、まだ地球軍にとって、モビルスーツは未知の兵器である、ということだろう。

 

 そのため、各機体が、モビルスーツの運用方法、試験しなければならない項目に向けて機体性能を特化させていた。

 例として、102デュエルはモビルスーツの汎用性を実験するための機体となっていた。

 同様に、103バスターは火器の実装試験や支援攻撃のデータを取るための機体。

 

 そしてストライクは、装備によって、多種多様な戦闘に対応できるか?

 というモビルスーツの兵装や適応性のチェック、そして、引いてはあらゆる戦闘に耐え切れる、万能機を作るためのテスト機でもあった。

 ――モビルスーツという、究極の汎用兵器に、最も適しているコンセプトの一つとも言える。

 

 「ソードストライク? 剣か……」

 

 (コロニーの時みたいな……ことは無いよな……)

 キラは、ヘリオポリスで放った砲撃のことを思い出していた。

 今思えば、あの凄まじい火力は、もう少しでイージスを焼き尽くしてしまうところだったのだ。

 

 「アスラン……今度こそ」

 君を、説得するチャンスを作ってみせる。

 キラは、決意を込めて、操縦桿を握った。

 

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 「前方、ナスカ級よりモビルスーツ発進。機影1です! 距離67、後方ローラシア級からはモビルスーツ――3!」

 「機種特定……これは……Xナンバー、デュエル、バスター、ブリッツです!」

 「なっ!?」

 アークエンジェルのブリッジがざわめく。

 

 ――先程ヘリオポリスにて奪われた、イージス、ストライク以外の連合の秘密兵器である。

 その全てを、使ってきたのである。

 

 「フッ、全部投入してきたか、コイツはキツイな……頼むぞ、クルーゼ大尉」

 バルトフェルドは、発進したクルーゼの白い機体を見ながら言った。

 

 「対モビルスーツ戦闘、用意! ミサイル発射管、13番から24番、コリントス装填!」

 アイシャがアークエンジェルのミサイルの装填指示を出した。

 アークエンジェルは用途に応じて、ミサイルの種別を切り替える事が出来る。

 

 コリントスM114は、滞空防御用の、対MS戦に最も相性が良いものだった。

 

 「さあて、ちゃんとした戦闘、っていったらおかしいけど、アークエンジェルの初陣みたいなものだな……」

 バルトフェルドはブリッジを見回した。

 「君たちは、マニュアルどおりに操作してくれるだけでありがたい。 コンピューターに任せれば大丈夫だ」

 「は、ハイ!」

 「……大丈夫です」

 緊張する少年たちに、バルトフェルドは声を掛けた。

 (後はクルーゼ頼みか……だが、このアークエンジェル、そう簡単に落しはしない)

 

 「さあ、戦争を始めるぞ!」

 そして、バルトフェルドは自分にも檄を入れた。

 

 

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 宇宙空間に流れる、イージス。

 その広大な漆黒の空間に身を乗り出すのは久しぶりだった。

 「……」

 独特の無重力の質感に、アスランはかつての、父との日々を思い出しそうになった。

 「う……」

 過去の出来事への嫌悪感に胸が焼かれそうになるアスラン。

 「今は、アークエンジェルを守る事だけ……!」

 アスランは、そんな雑念を、頭から振り払った。

 

 

 アスランは、アークエンジェルを先行をするように、機体を進めた。

 その時である。

 

 

 

 「モビルスーツの反応……一機! ……あの白いヤツかッ!?」

 

 

 

 前方から接近する反応があった。

 イージスのセンサーと識別コンピュータがその相手を告げる。 

 X-105、キラ・ヤマトの乗るストライクであった……。

 

 「アスラン……アスランなの!?」

 敵のモビルスーツから通信が入る。

 

 「オープンチャンネルで……!? こいつ!」 

 敵軍に向かって、全方位で誰でも聞き取れる短距離通信をしてしまう、その危うさ。

 ――キラだ。

 そういった所に、アスランは、直感的にキラを感じていた。

 そんな優しさ、無条件さを持っている少年だったのだ。

 「やっぱり……アスラン、どうして! どうしてそんなものに、どうして――君が地球軍に!?」

 キラのストライクはビームサーベルを抜いた。

 「ええい!」

 アスランは已む無く、イージスの両手を挙げてキラのストライクに近づき、組み付いた。

 「――アスラン!?」

 会話をアークエンジェルに聞かれないようにするためだった。

 アスランはイージスの無線を切って、機体を流れる振動を通じて会話する――”お肌のふれあい会話”と呼ばれる方法でキラに話しかけた。

 「剣を引けキラ! 俺は地球軍じゃない!」

 「ならどうして! 戦争なんか嫌だって、君だって言ってたじゃないか! その君がどうしてモビルスーツに……!?」

 「ヘリオポリスで戦争に巻き込まれたんだ――お前こそ何故ザフトに居る? 何故戦争なんかやってるんだ!」

 

 「血のバレンタインで僕の両親が――」

 

 「――え?」

 その一言に、アスランは思わずキラに聞き返す。

 「だから!」

 

 その時、イージスのレーダーに、更なる反応があった。

 「また別のモビルスーツ!? X-102、デュエル!?」

 と、いうことは、ザフトの――援軍!

 

  アスランは咄嗟に、キラのストライクから離れた。

 

 

 

 

 

 「ヴェサリウスからはもうキラが出ている。俺は援護に回る! 二人は"足つき"を!」

 ――X-102、デュエルのコクピットのサイ・アーガイルが言った。

 

 宇宙を流れる、三つの機体。

 ザフトのローラシア級戦艦から出撃した三体の"G"タイプのモビルスーツであった。

 

 ヘリオポリスから奪取後、機体の調整を経て、実戦投入できる段階まで整備されたのだ。

 

 操作系統は若干、ジンとは異なっていたものの、本来はナチュラルの使用を想定されて居たためか、

 サイ達にとっても操作性自体は非常に扱いやすく、良好であった。

 

 キラが直ぐに機体を持ち出し、実戦に投入できたように。

 数回の実機シミュレーションを経ただけのサイ達が、今まで搭乗してきた機体と変わらず操作できるほどに――。

 

 「ちょっと待てよ? モビルスーツは俺が! このブリッツならあの赤いヤツを――」

同じく奪取した機体であるブリッツに乗ったトールが、サイに文句を言った。

 機体の性能を対モビルスーツ戦で試してみたいのだ。 

 「あたしたちは船をやるの! いいわね、トール」

 「ちぇ」 

 そんなトールを、いつもどおりミリアリアが制した。

 彼女も、奪取した機体、X-103バスターに乗っている。

 

 

 結局、サイのデュエルのみ、先行しているヴェサリウスの方向に機体を向けた。

 ミリアリアのバスターと、トールのブリッツはアークエンジェルへと向かう。 

 

 

 

 (――居た!)

 サイが機体を進めると、敵機は直ぐに見つかった。

 ソレと組み付く、キラのストライクと一緒に。

 

 (キラのヤツ、動きが悪い。 やはりイージスのパイロット――)

 

 サイは、先程耳にしたキラの話を思い出していた。

 (仕損じるわけにはいかない)

 

 サイはデュエルを、イージスとキラのストライクの方向へ、一気に加速させた。

 「キラ、仕留めるぞ!」

 「サイ!?」

 

 サイは、デュエルのライフルを構えた。

 「叩くんだろ! カズイのカタキだぞ!」

 「……!」

 デュエルのビームライフルから、閃光が放たれる。

 それを予測したイージスは、バーニアから大げさな光を放って、宇宙に回転した。

 

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  一方で、ブリッツとバスターの二体が、アークエンジェルに攻撃を仕掛けていた。

 

 「アンチビーム爆雷、発射! 撹乱幕、張っテ!!」

 アイシャがミサイルの中に、対ビーム兵器用の特殊弾頭を装填するように指示した。

 アンチビーム爆雷は発射されると、他のミサイルに紛れて宇宙に飛び出し、

 アークエンジェルを取り巻くように進んで、爆発した。

 弾頭からは、火も爆風も現れず、一瞬の輝きが宇宙に散ったのみであった。

 

 そこに、ミリアリア・ハウの駆るバスターが現れる。

 「足つきの船!」

 そのアークエンジェルの独特な形状を指した名で、彼女は呼んだ。

 「これでどう!?」

 バスターは、手に持った94mm高エネルギー収束火線ライフルを、アークエンジェルに放った。

 

 ドゥウウ! と、凄まじい光が一直線に、アークエンジェルへ向かった。

 

 ――バスターは、ヘリオポリスで開発されていた機体の中でも、高火力、重武装の機体であった。

 恐らくは、火力による他の機体への支援や、対艦を想定した砲撃戦、遠距離から敵への狙撃など、

 モビルスーツの持てる火砲全般のテスト・その運用に関する実験の為に作られた機体であろうと、ミリアリアは予想していた。

 

 何より、バスターの持つビーム砲が、その想定が間違っていないことを証明していた。

 

 ザフトが所有する、ジンの大型ビーム砲「バルスス」よりも、余程高出力で、精度の高いビームを放てるのだ。

 

 それは、戦艦の艦砲と同等の出力であった。

 恐らく、ナスカ級やローラシア級戦艦と同等の火力を、この機体一機で発揮できるであろうとミリアリアは感じていた。

 

 アークエンジェルは、自軍が作り出した超火力に、身を焼かれるのだ。 

 その皮肉をミリアリアは思ったが、――そうはならなかった。

 

 「ビームが散る!? エム・コロイドかなにか……ビーム撹乱幕?」

 

 バスターの放ったビーム砲は、アークエンジェルに着弾する前に、文字通り霧散した。

 一直線に飛んだ光は、束が粒になって、やがて消えていった。

 アークエンジェルの射出した、アンチ・ビーム爆雷の効果であった。

 

 ミラージュ・コロイドと呼ばれる、物質をばら撒くのである。

 ――それは光線、ビームの収束、もしくはその分散・偏向を行える物なのだ。

 

 「当然――対策済か、厄介ね」

 「ミリィ! 接近して一気に!」

 「ダメ、トール!」

 

 トールのブリッツは、アークエンジェルに接近した。

 

 「速ぇ!」

 トールは、ブリッツの運動性能に狂喜した。

 ブリッツは、電撃戦闘を想定した特殊戦闘機であった。

 多種多様な実験的モジュールを搭載できる他、ある特異な装置も装備している。

 ――と、同時に、電撃戦闘つまりは奇襲・強襲が行えるように――単純に速いのだ。

 

 「艦長! 高速で接近してくる機体があります! ブリッツです!」

 カークウッドがバルトフェルドに叫んだ。

 「弾幕! ヘルダートで防御! 同時にイーゲルシュテルン展開!」

 すぐさま、バルトフェルドが指示を出す。

 

 アークエンジェルのブリッジの後部にある、16門のミサイル発射艦から、先程の「コリントス」よりも一回り小さいサイズのミサイルが発射される。

 ――対空防御用のミサイル、ヘルダートであった。

 これは敵機を攻撃するためというより、接近してきた戦闘機やモビルスーツ、大型ミサイルなどを迎撃する用途に使用されるものであった。

 

 高速でミサイルがブリッツに向かう。

 「!」

 ブリッツは、バルカンを放ち、そのミサイルを逆に打ち落とす。

 予想外のミサイルの速さに、トールは回避一辺倒になる。

 

 と、そこへ、

 

 ズバババ!!

 

 アークエンジェルが、船体中に搭載したバルカン砲、イーゲルシュテルンを放ってきた。

 幾つかの砲門は、ブリッツへ正確に狙いを定めている。

 

 「くそ!」

 実体弾に対して無敵に近い防御を誇るフェイズ・シフト装甲を、ブリッツやバスターも持っていた。

 しかし、戦艦に搭載されているような大型バルカンを連続で受けては、流石に機体も無事ではすまない。

 トールのブリッツは後退を余儀なくされた。

 

 「トール! 無事!?」

 「艦艇部から仕掛ける! 援護を!」

 「トール!?」

 

 心配するミリアリアを他所に、トールのブリッツは再び前進し、アークエンジェルの艦艇部に回った。

 

 今までトールが戦った地球軍の戦艦は、多くがモビルスーツ開発前の、直線上の砲撃戦闘しか想定されていない設計のものしかなかった。

 故に、艦載機の発進カタパルトや、滞空防御網の甘い艦艇部が弱点であることが殆どだった。

 

 ――しかし、

 「底部イーゲルシュテルン起動! 底部迎撃用ミサイルも射出!」

 アークエンジェルはモビルスーツ運用を想定した艦である。 当然、その弱点を克服していた。

 「うぉっ!?」

 ちょうど、ブリッツが艦艇部に回り込んだところで砲門が開いたため、ブリッツが前と後ろから狙われることになった。

 「トール! 迂闊よ!」

 と、ミリアリアのバスターは、肩部に搭載された、ミサイル・ランチャーの砲門を開けた。

 「――いけっ!」 

 バスターの肩からミサイルが放たれる、と、宇宙空間でそれは眩い赤熱光を放った。

 

 

 「フレアか!?」

 バルトフェルドが言った。

 アークエンジェルの発射したコリントスが、ブリッツより、その光に反応した。

 バスターが放ったのは、ミサイルの反応を目的から反らせる、熱を持った誘導弾だった。

 

 「ちぃ!」

 ブリッツはその隙に、イーゲルシュテルンの火線から逃れる。

 「バスター、良い子!」

 いくつもの弾薬、武器を使い分けることができる。

 ジンよりも余程対応力がある、とミリアリアは感じていた。

 ――彼女はバスターの性能を気に入っていた。

 

 

 「あのバスターのパイロット、器用なのが乗ってるじゃないか――」

 それを見ていたバルトフェルドは、自分たちの作り出した兵器を、こうも操ってくるコーディネイター、ザフトという敵に、改めて畏れを抱いた。

 

 しかし、それで怯む様な軍人でも、バルトフェルドは無かった。

 

 「ゴットフリートを使う! 左ロール角30、取り舵20!」

 「左ロール角30、取り舵20!」

 バルトフェルドの号令に、ダコスタが復唱で返した。

 

 

 225cm連装高エネルギー収束火線砲――ゴットフリートMk.71

 アークエンジェルの主砲であり、大火力を誇るメガ粒子発射砲台である。

 モビルスーツに小型かつ強力なビーム砲を持たせられたのである。

 それが単純に大型化すれば――威力はおのずと明らかである。

 

 ともすれば、それに相対するモビルスーツのパイロットにも、緊張が走った。

 

 「トール! 引いて!」

 「ち!」

 しかし、トールは、機体を射程以上に引かせなかった。

 

 (アレだけのサイズ、いくら新型でも直ぐに収束できるかよ!)

 トールの思うとおりであった。

 

 ビーム兵器は、発射するまで、その粒子を収束する僅かな時間を要する。

 それは、大型で、高火力であればあるほど、収束に長い時間が生まれていた。

 

 アークエンジェルは、ゴットフリートを放った。

 ――しかし、ブリッツとバスターには当たらない。

 

 

 強力である反面、艦砲はその火線を読まれやすいのだ。

 

 

 ――しかし、

 「今だ! 続けてリニアカノン、バリアント! 両舷――撃てぇ!!」

 それを補うように、アークエンジェルの側面に搭載された火砲があった。

 

 110cm単装リニアカノン――バリアントMk.8である。

 それは、物体を電磁誘導により加速して撃ち出す、リニアレールカノンの一種だった。

  宇宙に物質を押し出すマスドライバーに使われている技術と同様の原理で、弾丸を射出する。

 

 加速された弾丸は、物体を容赦なく破壊し――それに、ビームよりも連射が効いた。

 

 「なっにー!?」

 トールは慌ててレバーを倒した。

 

 ドゥウウウ!!

 

 あわやブリッツを掠めるが如く、電磁加速された大砲が背後を通った。

 (これは――)

 

 ようやくトールは、ブリッツをアークエンジェルの射程から引かせた。

 

 ミリアリアのバスターがその援護をし、二人は合流する。

  

 「大した装備だ! 取り付けない!」

 「――対策がいるわね、データは取れたわ」

 「なら、先にモビルスーツの方か! サイは!?」

 

二人は、サイとキラを探した。 二機は依然、イージスと交戦中であった。

 

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 「こいつ!戦い慣れている!?」

 デュエルのコクピットの中、サイは呟いた。

 先程から、アスランのイージスは、サイのデュエルの攻撃を全て回避していた。

 

 「それだけじゃない、あの動く、腰のスラスターが速いんだ!」

 

 ――サイは、イージスの変形機構の話を思い出していた。

 報告では、イージスはモビル・アーマー形態に変形する機能があるということだった。

 その際、機体は大幅にその構造を組み替える。

 

 必然的に、機体の駆動部にはある程度の可変性が生まれることになった。

 

 イージスの腰に付けられた、他のモビルスーツよりも大きく動く可変式スラスター。

 ――恐らくは変形機能の副産物であろうとサイは推測した。

 

 設計者も恐らく想定していなかったであろう。

 アスランという、予想よりも遥かに高い能力を有するパイロットの操縦によって、

 イージスもまた、本来考えられていた以上の高機動性を持つに至ったのだった。

 

 「だけどぉーッ!」

 サイ・アーガイルもザフトのエリート・パイロットであった。

 

 サイのデュエルが、バルカンを発射する。

 バルカンといえども、至近距離で攻撃を受ければ機体はダメージを受ける。 

 「ッ!」

 アスランはイージスを回避させた。

 「速いなら! こういう使い方をする!!」

 サイのデュエルは、ビームライフルを発射しながら横になぎ払うように撃った。

 

 バシュウウウ! 

 

 光線が、宇宙空間を切り裂くように輝いた。

 

 ビーム・ライフルをビームサーベルのようにして使ったのである。

 

 「なんだ!?」

 アスランはその予想外の攻撃に一瞬戸惑った、がシールドを構えてそれを防いだ。

 本来のように一直線に放つではなく、横に薙ぎ払ってしまったビームでは、モビルスーツを痛めつけるほどの威力にならないのである。

 しかし、それが狙いであった。

 イージスが盾を使って、止まった瞬間に、接近戦に持ち込む!

 「たぁあー!!」

 サイのデュエルが、ビームサーベルを引き抜いた。

 

 イージスはそれを、同じくサーベルを展開させてなぎ払う。

 「剣が、速い!」

 

 X-102、デュエル。

 他の機体のベースとなった最もシンプルな機体である。

 他の機体と比べて、特別な武装も、機能も無い。

 しかしながら、この機体は、基本性能を底上げすることに特化された調整がなされていた。

 何も特筆すべき点が無い反面。

 ――この機体は他の4機よりも、ずっと動かし易いのだ。

 

 「いいぞ!」

 良いモビルスーツだ! とサイは無意識のうちに感じていた。

 デュエル、という名前も気に入っていた。

 ――勇敢なヤツだ。 このモビルスーツなら、カズイの仇も取れる、と。

 

 「チッ! やるッ」

 アスランは舌打ちした。

 敵のパイロットはかなりの実力者である。

 高度に訓練されている上に、高い素質を持ったパイロットなのであろう。

 ――が、アスランもまた、それを相手に凌いでいた。

 

 実力は伯仲。

 

 しかし、

 「サイ!わたしが頭を押さえるわ!」

 ミリアリアのバスターがイージスの後方にまわる。

 一旦、アークエンジェルから引いたバスターとブリッツが、サイとキラに合流したのである。

 

 ――囲まれた!?

 

 四方を、イージスは囲まれる。

 

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 「敵、戦艦、距離740に接近! ガモフより入電。本艦においても確認される敵戦力は、モビルスーツ1機のみとのことです」

 ヴェサリウスのブリッジ。

 接近するアークエンジェルの報告と、キラ達の戦闘の模様が報告される。

 

 「あの、妙ちくりんなモビルアーマーはまだ出られんということか?」

 ネオが、誰ともなしに呟いた。

 「そう考えてよいのでは?」

 ナタルがそれに返す。

 「ふむ……」

 ネオは、妙な胸騒ぎを感じていた。

 

 「……敵戦艦、距離630に接近!間もなく本艦の有効射程距離圏内に入ります!」

 「了解、こちらからも砲撃準備だ」

 「モビルスーツが展開中です! 主砲の発射は……」

 ヴェサリウスのオペレーターが思わず聞き返す。

 「友軍の艦砲に当たるような間抜けは居ない」

 ナタルが言った。

 「そういうこと」

 ネオが茶目をこぼすように言った。

 「主砲、発射準備! 照準、敵戦艦!」

 ナタルは、それに気づかないフリをして、クルーに指示を飛ばした。

 

 

 

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 「ふむ……アスランは粘っているようだな」

 宇宙空間を独り、潜行しているメビウス・ゼロのコクピットの中、クルーゼは言った。

 

 ラグランジュ3……ヘリオポリスのあった付近の空域には、

 宇宙に散った多くの戦艦やモビルスーツの残骸が漂っていた。

 クルーゼはその中に身を隠すようにして、ゼロを進めていた。

 先程のヘリオポリス破壊の際に生まれたデブリも、既に多分に含まれているようだった。

 

 これらの一部は地球と星々の重力に引かれて、デブリ・ベルトに招かれる事になる。

 

 「まだ、この中に入るわけにはいかんな」

 

 今しばらくは、まだ。

 

 クルーゼはじっと息を潜める。

 少しだけ呼吸を止めた。

 

 

 宇宙の静寂が、クルーゼを包んだ。

 

 クルーゼはその感覚を愛していた。

 

 張り詰めた感触。

 何もかも包み込み、何もかもを寄せ付けないような、ただ、そこにあるだけの宇宙の、暗黒の深淵――。

 

 クルーゼにとっては、パイロットをしている、そのときの感覚だけが、生きている証明のような気がしていた。

 

 ――とらえた。

 

 やがて、クルーゼは、機体の向こうに、ある感触を掴んでいた――。

 

 

 

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 「イージス!!」

 トールのブリッツが、アスランに迫る。

 「チィ!」

 が、アスランは変形して、四機の包囲から逃れようとした。

 しかし、

 「ミサイル!?」

 

 変形したイージスに、バスターのミサイルが、襲い掛かり、包囲からの脱出を阻もうとする。

 ――モビルアーマーの推力で振り切った矢先、眼前にデュエルが待ち構える。

 

 「くそ!」

 やむを得ず、アスランは機体をモビルスーツ形態へと戻し、デュエルの攻撃に備えた。

 

 と、そのときである。

 

 「いっけぇええええ!!」

 ブリッツが左手にある武装を使った。

 

  ズバッ! ガキィイーーン!

 

 「しまった!?」

 イージスの足に、ショックが走った。

 アスランが、状況を確認すると、イージスの足を、巨大な鉤爪のようなものが、鷲掴みにしていた。

 

 ――ブリッツの左手に装備された、ワイヤー・クロー・アーム、「グレイプニール」が、イージスの左足を掴んだのである。

 

 北欧神話において、最強の魔物を封印した、魔法の鎖が名前の由来であるそれは、その名のとおり、如何なる機動兵器も捕える強固さを有していた。

 

 「捕まった!?」

 アスランはスラスターを吹かせようとした。

 しかし、思うように行かない。

 

 

 「今だ! 行けッ!」

 トールが叫んだ。

 「キラ! チャンスだっ!」

 サイが、キラに言った。

 

 先程から、牽制を行うばかりで、イージスから距離を取るばかりだったキラにだ。

 

 (僕が!? ――アスランを!?)

 

 キラは、ストライクに装備された、巨大な剣を見た。

 対艦刀、シュベルトゲベール。

 戦艦をも切り裂く、大型ビームサーベルである。

 ――これならば、あのイージスだって簡単に切ることが出来るだろう。

 

 アスランごと。

 

 (アスランを……)

 

 

 イージスのコクピットの中で、アスランは、周囲を見回した。

 必死に心を押さえつけ、パニックにならない様に状況を把握しようとする。

 と、アスランは気づいてしまった。

 

 キラの乗る、ストライクが、剣を構えているのを。

 

 「キラ!?」

 

 

 ――キラはストライクに、剣を持たせると、そして――。

 

 

 

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 (ッ――!?)

 

 「機関最大! 艦首下げ! 位置角60!」

 ネオ・ロアノークが突然に叫んだ。

 

 「ハッ!?」

 突然の出来事に、クルーはおろか、副官のナタル・バジルールも呆然としている。

 

 「急げ!」

 ネオがもう一度叫ぶ、と、

 「これは……本艦底部より接近する熱源、モビルアーマーです!」

 ヴェサリウスのオペレーターが叫んだ。

 ネオの直感が当たったのだ。

 

 

 「――遅いさッ!」

 そう、クルーゼは感じていた。

 クルーゼのメビウス・ゼロは、スラスターに点火すると、全速力でヴェサリウスに接近した。

 そして、ガンバレルを展開し、放てるだけの全火力を持って、ヴェサリウスに攻撃した。

 

 

 

 

 「――CIWS作動! 機関最大! 艦首下げ! 位置角60!」

  ナタルが、先程のネオの号令を叫んだ。

 「間に合わんか!」

 ネオが言った。

 

 ブリッジが大きく揺れた。

 

 グォオオオオオオン!!

 

 ヴェサリウスの装甲が、爆発した。

 「機関損傷大! 推力低下!」

 「第5ナトリウム壁損傷、火災発生!」

 「ダメージコントロール、隔壁閉鎖!」

 「火災発生!プラズマタンブラーを抑制できません!」

 「敵モビルアーマー離脱! 艦長!!」

 オペレーターたちが次々に艦の被害を伝えた。

 「くっそー! 撃ち落せぇーっ!」

 ナタルが絶叫した。

 

 「……離脱する! ガモフに打電!」

 ネオが口惜しそうに言った。

 「隊長! しかし」

 「もうムリだ! ボウズどもを引かせろ!」

 ネオは、ナタルに構わず、撤退の指示を出した。

 

 

 「この前はほとんど相討ちだったがね……今日はわたしの勝ちだな! ネオ……いや」

 

 ――ムウ、とクルーゼは言った。

 

 クルーゼのメビウス・ゼロは、散々弾丸を打ち込むと、最後にワイヤー・アンカーを射出して、ヴェサリウスの外壁に突き刺した。

 そして、ワイヤーを使った、遠心力で大きく機体をぐるり、と転回させると、そのままヴェサリウスに背を向けて、離脱していった。

 

 (クルーゼ……!)

 ネオはただ、ヴェサリウスのブリッジで、奥歯をかみ締めるだけだった……。

 

 

 

 

 「クルーゼ大尉より入電、作戦成功、これより帰投する!」

 おお、とアークエンジェルのブリッジに歓声あがった。

 

 「機を逃さず、前方ナスカ級を討つ! ローエングリン、1番2番、斉射用意! イージスは!?」

 「コースからは外れてます!」

 「よーし! ブチかませ!」

 バルトフェルドが叫んだ。

 

 「陽電子バンクチェンバー臨界! 電位安定しました!発射口、開放!」

 

 「ローエングリン、撃てぇーっ!!」

 

 

 

 アークエンジェルの前方――ネオたちが、"足"と形容している部分から、大型の砲が放たれた。

 コロニー内で、鉱山からの脱出にも使った、陽電子特装砲である。

 主砲でなく、特装砲と呼ばれているのは、主砲と呼ぶには取り回しが悪く、放たれる包囲が前方に限られている為であるのと、もう一つ。

 ――主砲として使うには、余りに威力が強すぎるのだ。

 

 

 ――陽電子がぶつかった物体は対消滅する。 防ぐ術はない。

 

 

 「熱源接近! 方位、ゼロ・ゼロ、ゼロ! 着弾まで3秒!」

 ヴェサリウスのブリッジでは――その砲撃が、確実に当たる、というアナウンスがされた。

 「右舷スラスター最大! 躱しなさいよっ!」

 ――ネオが叫んだ、叫ぶ他なかった。

 

 ローエングリンは、ヴェサリウスの右舷を貫いた。

 ヴェサリウスの右側が、スプーンで抉られたアイスクリームのように、その形を失った。

 猛烈な爆発がヴェサリウスに起こり、ブリッジは振動に襲われた。

 「ぬぉおおお!!」

 ネオはナタルにしがみついた。

 「――!」

 胸と腰を鷲掴みにされたが、気にしている余裕はナタルにもなかった。

  

 

 

 

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 シュッ!!

 

 「あっ!?」

 

 トールが、何か見えた、と思ったとき、既に砲撃は始まっていた。

 ――ブリッツの死角から、クルーゼのガンバレルの砲が放たれたのである。

 

 ズゥウウウン!!

 

 メビウス・ゼロの攻撃は、正確にブリッツの手元に命中した。

 

 「ロックが!?」

 

 と、トールが思った瞬間、イージスの足からグレイプニールは外れていた。

 

 ――今だ!

 

 アスランは思い切り、レバーを倒した。

 

 

 「ヴェサリウスが被弾!?」

 と、サイは機体に通信が入ったのを見た。

 ――自分たちがイージスと戦っている間に、ネオの乗るヴェサリウスが被弾していたのだ。

 

 と、キラ達の目にも、ヴェサリウスから放たれた花火のような閃光弾が――撤退信号だ。

 「ウソ、やられたの!? 撤退!?」

 ミリアリアが驚きの声を上げた。

 

 

 

 「……クルーゼ大尉!」

 「作戦は成功だ、アスラン!」

 アスランの元に通信が入る。

 ヴェサリウスを撃ったクルーゼが、全速力で反転してきたのだ。

 

 機を逃さぬように、アスランはイージスを変形させた。

 

 「アスラン!?」

 キラのストライクは、剣を持つ手を緩めた。

 ――それを見た、サイが、デュエルを動かす。

 「――なんでさ! 此処まできて!」

 デュエルが、イージスを追った。

 

 しかし、イージスは、ある程度デュエルから距離をとると、反転してきた。

 そして――。

 

 「サイ! 離れて! あの武器だ!」

 「!?」

 キラが、映像で見た、イージスの強力な火砲――スキュラである。

 

 「チィッ!」

 サイは、機体をイージスから離した。

 イージスの放ったスキュラの光線が、避けた筈のデュエルの装甲を焦がした。

 

 「サイ、引こう! これ以上はモビルスーツのパワーが持たない!」

 

 

 「……ああ、わかったよ!」

 サイはその声を聞くと、口惜しそうに言った。

 

 

 

 

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 ――戦闘が終わり、敵は引いていった。

 

 アークエンジェルは、メビウス・ゼロと、イージスを収容した。

 アスランは、イージスをカタパルトにつけ、ドックの定位置に運んだ。

 

 「――あ」

 途端に、体の力が抜けた。

 

 コクピットのハッチが開く。

 

 「よう! すげえじゃんか、アスラン!」

 ミゲル・アイマンが彼を迎えた。

 「……」

 しかし、アスランは答える事が出来なかった。

 

 (――キラ)

 

 キラだったのだ。

 あそこにいたのは、キラだったのだ。

 

 途中からは無我夢中だったが、あそこにいたのは、キラだった――。

 

 「降りろよ、なんだ? ションベンでも漏らしたか?」

 理由がわからず、ミゲルは困惑した。

 

 ――アスランは、小さな嗚咽を吐いた。

 

 「――アスラン?」

 と、メビウス・ゼロから降りてきたクルーゼが、イージスのハッチまでやってきた。

 「大尉! アスランが降りてこないんスよ」

 「アスラン、無事かね?」

 クルーゼは、コクピットの中に身を乗り出した。

 

  アスランは、クルーゼの方を見た。

 

 クルーゼは既に、ヘルメットを取り、バイザーからサングラスに付け替えていた。

 そのクルーゼの顔が、間近にあった。

 

 「よくやったな、アスラン。 艦は無事だ」

 ほんの少しだけ、クルーゼの目元が透けた気がした。

 

 クルーゼはアスランの手を引いて、コクピットの中から外へ連れ出した。

 

 すると、

 

 「アスラン! アスラン、ゲンキカ?」

 今度は、ハロがアスランを迎えた。

 

 「アスラーン!!」

 自分を呼ぶ声がして、アスランは、その方向へ振り向いた。

 

 ニコルだった。 イザークもいた。 ディアッカも。

 

 

 

 ――アスランの胸を、急に得体の知れない感情が襲った。

 

 

 それは、友への想いでも、キラへの想いでもなかった。

 何もかもが綯交ぜになった、堪えきれない感情だった。

 

 

 

 

 アスランは、ヘルメットを取らなかった。 泣き顔を見られたくはなかった。

 

 

 

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 「畜生! もうちょっとで落とせたのに!」

 トールが、ガモフの控え室で、心底悔しそうな声を上げていた。

 「敵の作戦勝ちね……」

 ミリアリアは、ドリンクを飲みながら言った。

 トールは、ミリアリアの飲んでいるボトルに手を伸ばした。

 ミリアリアは、そのまま渡した。

 

 「甘く見すぎたな。 そういえば、サイは? キラも――」

 

 

 

 

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 ――パイロット用のロッカールームでは、キラがサイに詰め寄られていた。

 体を押されて、ロッカーに強く押し付けられるキラ。

 

 「……どういうつもりだよ、あれ、カズイの仇だろ?」

 少し、涙ぐんだ、強い怒気を持った声で、サイは言った。

 「サイ?」

 「そうだよな、友達が敵になったなんて、俺も想像もできないよ。でもさ!」

 「サイ!? 僕は! 僕は……」

 「悪い……」

 サイは、キラから手を離した。

 

 声はまだ、震えていた。 

 「……今こういうこと言うのは、卑怯になるのかもしれないけど、俺は、お前のこと信じてるからな……」

 サイはそう言うと、キラを残してロッカールームから出て行った。

 

 「サイ……」

 

 僕は、どうすればよかったんだろう。

 

 アスランを、討てば良かったのだろうか――友達を――?

 

 

 

 キラは、そのまま立ち尽くした――。


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