機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 7 「ビギニング」

『脆い平和である事は、確かにそうだった。

 だが、それで過ごした時間が終わってしまうことは、やはり、悲しい』

 

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 「う、うわああぁああああ!!」

 ヘリオポリスの大地が割れた。

 

 アスランの眼前には、巨大な暗黒が現れた。

 ――ヘリオポリスに空いた、宇宙への大穴であった。

 

 

 「これ――こんな威力――!」

 『キラ・ヤマト!! 戻れ! 作戦は中断だ! 早く!』

 呆然としているキラの元に、ヴェサリウスのナタルから通信が入った。

 

 猛烈な空気の奔流に飲み込まれながら、アスランのイージスはコロニーの中から宇宙へと放り出されていった。

 

 (アスラン――!?)

 

 

 キラは、ストライクのカメラをイージスの居た方向に向けた。

 

 しかし、そこには、コロニーの残骸を飲み込んでいく闇しか見えなかった。

 

 

 

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 「X-303 イージス、聞こえル!? アスラン・ザラ、応答シテ!」

  

 

 通信機から声――アイシャ中尉の声が聞こえる、とアスランは思った。

 そして、その次に聞こえてきたのは自分の吐息だった。

 

 自分が何処にいるか、何をしていたかを自覚する。

 

 

 ――コロニーが壊れた。 ザフトの攻撃によって。

 自分はモビルスーツに、イージスに乗って――ザフトと戦ったのだ。

 

 我にかえったアスランは、通信機のスイッチを押した。

 「はい……中尉?」

 「大丈夫? 聞こえるのネ? 戻レル……?」

 

 アスランは、機体状況を確認した。

 破損箇所なし――。

 機体の動作に問題は無いようだった。

 

 「ええ……問題なさそうです」

 「コチラの位置……誘導するワ、大丈夫ネ?」

 

 アスランは言われるがまま、機体を動かした。

 

 (ヘリオポリスが……)

 

 アスランは辺りを見回した。

 

 

 ――コロニーは残骸と化していた。

 あそこまで破損してしまったら、修復はできるのだろうか――。

 

 「くそっ! 俺は何をやっているんだ?」

  アスランは頭を抱えた。

 「仲間は守れたかもしれないが――これじゃ」

  この先、どうなってしまうのか――。

 

  しかし、今は何も考えられなかった。

 

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 意気消沈するアスランだったが、アークエンジェルへ向かおうとするイージスに向けて、残骸の中から救難信号が出されているのに気が付く。 

 それは国際救難チャンネルの信号――ヘリオポリスから射出された、シェルターを兼ねた救命ポッドだった。

 

 

 通常ならコロニーからある程度の距離まで射出された後、

 回収しやすい地点で静止動作が入るが、

 このシェルターのみなぜか、射出直後に静止作業が入った模様である。

 

 「あっ……」

 

 アスランは、その救命ポッドを見過ごしても於けず、

 モビルアーマー形態に機体を変えると、そのポッドを掴んで持ち帰った。

 

 

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「民間人の収容終わったソウデス…シカシ、よろしかったのデスカ?」

 

ブリッジに向かう途中、アイシャがバルトフェルドに言った。

 

「この艦が民間人を保護できるような状況でないことくらいわかっているがね。

 そういったことをいちいち議論するのに、時間を取られたくなかったのさ」

 

そう言ってバルトフェルドは茶化した。

 

アイシャはしばらく黙っていたが、バルトフェルドの目を覗くと微笑んで、

「フフ…優しいのネ?」

 

と一言、言った。

 

 

バルトフェルドも、その顔を見て微笑んだ。

 

 

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 ブリッジに着くと、クルーゼ以下の士官、下士官が揃っていた。

 「来たか。 結局アスランが拾ってきた民間人を収容したそうじゃないか?」

 クルーゼが言った。

 「こっちにも原因があるし、あのまま放っておくべきじゃないだろう?」

 「……艦長は君だ。 判断にどうこう言うつもりはないさ。

  問題はこれからどうするかだ……ザフト艦も近くで目を凝らしている事だろうしな」

 

 先ほどからアークエンジェルは動かずにじっと息を潜めている。

 

 敵はザフト軍の新鋭戦艦ナスカ級――ヴェサリウスが1隻。

 そして、機体の奪取に、もう1隻戦艦が使われた形跡があることを、先ほどクルーゼが教えてくれた。

 

 現状、人員も装備も足りておらず、船をまともに動かせる状態ではないため、正面からの戦闘行為など、無謀と言う他無かった。

 

 今しばらくは、壊滅したヘリオポリスの残骸が、相手のレーダーを阻害する熱を出しているため、敵に見つかることはない。

 

 しかし、このまま隠れて居ても、状況は変わらず、いつかは見つかってしまうのは明白である。

 アークエンジェルは早急に対策を考えなければならない状況であった。

 「やれやれ……いっそのこと、投降したほうがいいかね?」

 「……艦長」

 ダコスタがバルトフェルドを睨む。

 冗談が通じん奴だ、とバルトフェルドは思った。見るとクルーゼまで心なしか険しい表情になっていた。

 サングラスで詳しい表情までは良くはわからないが。

 「悪い、冗談だよ……この艦とGは決してザフトに渡さない。 このまま月本部へ最大戦速で突き抜けるか……それか……」

 「“アルテミス”か?」

 クルーゼが言った。

 「アルテミス? ユーラシアの軍事基地ですか? 確かにラグランジュ3から一番近い友軍基地ですが――」

 ダコスタが聞き返した。

 

 

 

 アルテミスは、ユーラシア連合軍の資源補給基地であった。

 CE(コズミック・イラ)に改暦が行われてから、宇宙に植民地、コロニーが置かれるようになって、

 宇宙空間にも”領土”の概念が発生した。

 

 そして、それが故に他国への牽制というモノが必要となった――アルテミスもその時代に出来た古い基地であった。

 

 小惑星の中から資源を豊富に含んだものを見つけ、利用しやすい位置まで持ってきて中身を掘り出す。

 ――そこまではアスラン達が居た、ヘリオポリスと同じであった。

 違うのは、掘りぬいて空洞になった中身を、そのまま要塞と化してしまうのだ。

 それは、小惑星の持つ堅牢さをそのまま転用できる、非常に効率の良い利用方法といえた。

 

 このようなタイプの基地は、いくつも地球圏に存在していた。

 ――が、現在はその殆どが、ザフトに制圧されつつあった。

 アルテミスのような、老朽化して、資源基地としても、要塞としても利用価値がなくなったものを除いては。

 

 

 「今、アルテミスは友軍への補給くらいにしか使われてはないし、ザフトの監視の目も薄い。

  それに、あそこは衛星を移動させたときのレーザー核パルスがまだ生きている。

  ――つまりは光波防御システムが使えるほどの出力が残っている――転がり込むにはいいと思うがね」

 バルトフェルドが言った。

 「あんなものをまだ使っているのか」

 「傘のアルテミス……なんて言ってむしろ、ウリにしてるよ」

 「宇宙で篭城とは、本来は自殺行為だぞ?」

 クルーゼが言った。 それもムリは無かった。  

 

 光波防御システムは所謂ビームのバリアである。

 ビーム兵器やミサイルに対しても絶対に近い防御力を誇る代わりに、

 当然、バリアを出している間は自分たちの攻撃もできないというものだった。

 

 元々は、まだ強度等に不安があったコロニーが、隕石等から身を守る為に考案された古い装置なのだ。

 

 現在は、ほぼ100パーセントに近い、生命維持の循環システムを得ているとはいえ、

 宇宙とは、本来、空気も水も自分たちで作りださねばならぬ空間なのである。

 そんな中で敵の攻撃を凌ぎながら篭城作戦をする、というのはいかにコロニーが発展した時代とは言えど、まさしく自殺行為である。 

 

 また、その強力なバリアを張るには、相応の高い出力が必要であり、

 そのような設備を使うには、そもそも迎撃用の装備を一切持て無いような可能性があった。

 つまり、篭る事は出来ても、外に出ることも、出るための攻撃をすることもできない。

 

 ――本当に何も無い宇宙空間でだ。

 

 そんなものを利用しているユーラシアがどのような組織であるか。

 おのずと、クルーにも不安は募った。

 

 「私は月本部への到着が何より優先すべきことだと思いますが……」

 「ダコスタ曹長の言うことも尤もネ。 デモ、この艦は物資の搬送も完了してないワ、今はアルテミスに向かったほうが得策ネ」

 「……艦長にお任せしよう」

 士官たちの意見は纏まった。

 選択肢はそもそも限られてはいたが。

 「そうなると、途中での追撃が問題ですね……振り切ることは難しいかと」

 「賭けに出るほか無いさ、手も無いわけではない」

 「そうだな……そうと決まれば、デコイを使う、敵軍を誘導させて隙を作るぞ!」

 バルトフェルドが叫んだ。

 「了解、熱源誘導デコイ、射出準備!」

 「発射と同時に、アルテミスへの航路修正の為、メインエンジンの噴射を行う。

  後は艦が発見されるのを防ぐため、慣性航行に移行。第二戦闘配備。艦の制御は最短時間内に留めよ! ……後は運だな」

 

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 脱出することはできたものの、ヘリオポリスが犠牲となってしまいました…。

 普段は陽気で冗談しか言わないバルトフェルド大尉も、心なしか気落ちしている様子です。

 

 そういえば、イージスに乗っていた例の少年……アスランが救命艇を保護してきました。  

 現在艦は避難民を収容できる状態とは言い難く、クルーゼ大尉と艦長の間で

 軽い揉め事があったようです。見るからに相性が悪そうな二人ではありますが…

 アイシャ中尉もいたおかげか、どうやらそれほど波紋は起きなかったようです。

 結局避難民は収容することになりました。

 

 その際、偶然にも彼らの友人が一人乗っていたと聞いて、内心私は助かったような気持ちがしました。

 …コロニーの破壊の原因…突き詰めていれば我々の責任でもあるわけですからね。

 

 フォルダ:マーチン・ダコスタ FILE:航海日誌1

 

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 「まったく……よく艦長も許してくれたもんだぜ」

 ミゲルがアスランに言った。

 

 敵の攻撃があったため、食料も物資も十分に詰め込めなかったのである。

 避難民の受け入れなど、本来できる状況ではなかった。

 (確かに、こんなにすんなり行くとは……バルトフェルド艦長、理解のある人なのだろうか?)

 アスランはそんな風に感じていた。

 

 ヘリオポリスの救命艇と聞いて、イザークたちもデッキに来ていた。

 彼らもまた友人や家族が気になるのだろう。ひょっとすれば乗っているのかもしれないのだから。

 

 一人ずつ救命艇から人が引き出されているとき、見覚えのある顔が現れた。

 

 「……フレイ!」

 

 イザークが驚いて声をあげた。

 

 「え……ウソ、イザーク!!」

 フレイは引き出されてイザークの顔を見るや否や、イザークに向かって抱き着いてきた。

 「馬鹿、フレイ!」

 「バカとは何よ!……私、本当に……怖かったんだから」

  フレイはイザークの胸に顔をうずめ泣いた。

 「オイ…こんなところで泣くな…お、おい!フレイ……!」

 「あなたがいるなら……ここ、ザフトの船じゃないの?」

 「そうだ……ここは地球軍の」

 「でも、よかった……会えて」

 「だから泣くな! フレイ!」

 イザークは周りを気にして言った。

 

 しかし、言いながらもイザークはフレイを抱きとめている。

 

 「……プフ」

 ディアッカはそれを見て軽く笑った。

 顔には出さないが、心の中では微笑というより、本気で笑っているに違いない。

 普段、クールな風をしているイザークが、こんなにも狼狽しているのだ。

 「……」

 たじろぐイザークを見て、アスランも無言で笑った。

 

 その様子に、アスランも少しだけ救われたのだ。

 

 

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 「この船…どこに向かってるんでしょうね」

 船室で待機中、ニコルが言った。

 「一度進路を変えたからな……近くにまだザフトいるんじゃねーの?」

 「ザフトはまだ、この船を追ってるだろうしな」

 「父さん……母さん……大丈夫かな……」

 ニコルが不意にこぼした。

 「大丈夫だって、避難命令全土に出てたから、きっと脱出してんよ」

 そう言ったディアッカも、どこか不安げだ。

 

 「あの、ディアッカのお父さんは今……?」

 ニコルが場の空気を変えるためか、違う話題をディアッカに話し掛けた。

 「親父?ああ、今は地球にいるよ……一人になってるおふくろを思えば、良いのか悪いのかわかんねぇけど、とりあえず無事だ。」

 「――ディアッカの父さんって何やってる人なんだ?」

 アスランもディアッカに尋ねた。

 アスランはニコルの両親とは会ったことがあるが、ディアッカの父には会ったことがない。

 「フリーのジャーナリストやってるよ。最近はなんだか妙なこと調べてるみたいで、

 ほとんど家に帰ってこないんだよな……親父の事だから、ただ女の尻を追っかけまわしてるだけかも」

(父親か……)

 ディアッカの話を聞きながら、アスランは思った。

 アスランはもう、戸籍上でもアスラン・ザラであり、パトリック・ディノの息子ではないのだ。

 

 パトリックが、出国の際、ダミーの戸籍を用意したのだ。

 

 ”アレックス・ディノ”は、大方死んだ事にでもしているのだろう。

 

 オーブに軽く留学できるような身柄ではなかったので、それはちょうど良い措置にも見えたが、

 アスランにとっては父からの勘当の印と感じていた。学費とその後当面の費用も手切れ金のようなものだ。

 そのことは今はプラスに働いていた。

 アスランがディノ国防委員長の息子だと連合軍に知れたら、どうなっていたかわからない。

 

 親子ではないということ。

 アスランは別になんとも思わないと思ってはいたが、なぜかスッキリはしなかった。

 

 

 

 ――と、そこへまたクルーゼが現れた。

 

 「アスラン、機体の整備を頼む……人手が足りないのでな」

 

 ――また、アレに乗って戦わなきゃ行けないのか?

  アスランに先程の戦闘と、コロニー崩壊の様子がフラッシュバックされる。

 

 (だが、俺は仲間を守ると決めた。俺以外にそれはできない――)

 「アスラン……」

 ニコルや他の仲間が、心配そうにアスランを見る。

 「……決めたことだから、良いんだ。俺はできることをやるさ」

 アスランはそれだけ言うと、モビルスーツ・デッキに向かった。

 

 

 

 「ねえ…あれってどう言うことなの? あのアスランって子……?」

 アスランが出ていった後、フレイはイザークに尋ねていた。

 「お前の救命ポッド、モビルスーツに運ばれたって言ってたろ?

 そのモビルスーツを操縦していたのはアスランだ」

 「ええ!? どうして、あの子?」

 「あいつは――コーディネイターだ」

 イザークは少し躊躇いながらも言った。

 「ええ……! それじゃあ……」

 フレイが驚きの声をあげる。

 「でも、アスランはザフトじゃありません、僕らの仲間、友達です」

 ニコルはそうフレイに言った。

 「そう……僕達の仲間……友達……なんですよね」

 

 ――ニコルはそう言うと少し考えこんだ、そして、

 「僕達、これでいいんでしょうか? アスランに守ってもらってばっかりで……」

 ニコルは訴えるように他の仲間に言った。

 

 ずっと気になっていたことだ。

 

 ――できることをやる。 アスランはそう言った。

 

 

 

 ならば、自分たちに、できることは果たして何も無いのか?

 

 

 

 「あいつはいつもそうだ……何もかも、自分一人で出来るような気になって」

 イザークが言う。

 

 「お前ら、珍しく気が合うじゃんか?」

  ディアッカも応える。

  三人は目を合わせると深く頷いて、ブリッジに向かった。

 

 「フレイ、少し待っててくれ、俺たちも、用ができた」

 フレイ・アルスターはイザークに言われるまま一人船室に残って、ベッドに座っていた。

 

 

 

 「アスラン……あの子がイージスの……?」

 

 

 

 

 

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 「こんなにも……脆いとはな……」

 ――ヴェサリウスのブリッジで、崩壊したヘリオポリスを見ながら、ネオが言った。

 「いかがされます? 中立国のコロニーを破壊したとなれば、評議会も……」

 ナタルが言った。

 「……なるほどね、これは確かに、俺のミスかな?」

 

 中立のコロニーを壊してしまった。

 本来であれば、外交的に大きな痛手となる。

 下手をすればオーブや、今までは味方だった陣営も、一気に敵へ回す可能性が出てきてしまう。

 

 しかし、中立と言っておきながら、連合の機体を作っていたオーブへ突きつける証拠も各種ある。

 ――事態は、まだやりようがある、とネオは思った。

 

 「議会への召集があるかもしれません……まだ追うつもりですか?」

 「ここでアレを見逃すわけには行かん、それに、住民のほとんどは退避したハズだ……」

 「ですが」

 「――血のバレンタインに比べれば、どうという事は無いだろ?」

 「アッ……」

 ナタルが黙る。

 

 ネオもそれ以上は何も言わない。今のネオはザフトの軍人であった。

 

 「如何なさいますか? あの足つきの船、ヘリオポリスの崩壊に紛れて、既にこの宙域を……」

 「いや、それはないな。 俺が強行偵察した時、奴らは殆ど撃ち返して来なかった。

  碌に動けないか、弾が無いかのどちらかだ。 多分、じっと息を潜めているんだろう」

 ネオは断定した。

 

 「……宙域図出してくれ……網を張る」

 ネオは、ブリッジのミーティング・ブースへと向かった。

 

 周囲の宙域が表示され、アーク・エンジェルの予想進行ルートが表示されている。

 「網……ということは、あの艦が向かうのアルテミスであると? しかし、そうなった場合、月方向へ離脱されたら……」

 ナタルがそう言いかけたとき、オペレーターから月方面へ高速で移動する熱源を感知したと報告が入った。

 

 月へ一直線に向かう熱源反応――。

 

 ネオも、その報告を眺める。

 

 (俺が、奴だったらどうする……俺がもし奴だったら――)

 

 「やはり、ガモフは月方面に残すべきでは……」

 ナタルが言った。

 ネオは少し思案すると、

 「――いや、今のでいっそう確信した、そいつはデコイだ! あいつらはアルテミスへ向かう。

  ガモフには、軌道面交差のコースを、索敵を密にしながら追尾させる。 ヴェリウスは先回りして待ち構える!」

 「ですが、追撃にしても、迎撃にしても、モビルスーツが無くては――」

 「あるぜ? 連合から奪取しただろ? データは吸出したし、折角の可愛い子ちゃんだ。使ってやろうぜ?」

 「な……アレを?」

 ネオは、ニヤリ、と笑った。

 

 

 「よーし、行くぞ諸君! 針路、アルテミスへ!」

 

 ネオは声を上げて、艦に指示を出した。

 

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 ヴェサリウスの船室。

 キラと同室だったアフメドの荷物がまとめられた。

 死体は確認できなかった……カズイ同様に。

 

 キラは、同室ではあったが、アフメドとあまり話したことはなかった。

 ただ熱心に何かの鉱石を手作業で磨いて加工していたことだけ覚えている。

 

 もっと仲良くしたかった。

 

 (……カズイ、本当に、もう居ないの?)

 どこかで生きている…そんな気がしてならない。

 だが、現実は受け止めなければならないのだろう。

 こういうことが続いていくのが戦争なんだと、キラは今初めて理解した気がする。

 

 「アフメド……カズイ……」

 そして…

 「アレに乗っているのは――アスラン? なら、君は……僕の……敵?」

 

 船室のベッドに寝転びながら、キラは重い気持ちを持て余していた。

 

 

 そこへ、

 「キラ・ヤマト。 ロアノーク隊長がお呼びだ」

 一人の隊員がキラを呼びに来た。

 

 

 

 ――理由はもちろん、先の命令違反だった。

 

 

 

 

 

 「キラ・ヤマト、出頭しました」

 仮面の男――ネオ・ロアノークの部屋。

 

 ネオは自室の机に構えていた。

 

 「よう――話す内容はわかっているな?」

 「……先の戦闘では、申し訳ありませんでした」

 「どういうつもりだ? あんな命令違反。 場合によっては銃殺だぞ?」

 「……」

 「安心しろよ、懲罰を科すつもりはねぇ。

  ただ話は聞いておきたい。お前らしくない行動だったからな……アレが起動した時もお前は傍に居たな?」

 「申し訳ありません。思いもかけぬことがあって、動揺して……。

  あの最後の機体、あれに乗っているのは、恐らく……アスラン・ザラ。 友人だった、コーディネイターです」

 

  意を決して、キラは言った。

 「――何?」

 「まだ、はっきりと決まったワケではありませんが、カズイの乗るジンを撃破したこと、そしてあの動き……」

 

 ネオはしばらく黙って聞いていたが、

 

 「……戦場で再会とはな」

 といって、低いうなり声を上げた。

 「そっか、戦争ってのは皮肉なもんだ。仲の良いダチだったんだろ?」

 ネオは、手を組んで、その上にアゴを置いた。

 その境遇に同情するのか、自身に思い当たることもあるのか、ため息をついた。

 

 

 「……ええ」

  キラは感情を押し殺してはいたが、少し声が震えてしまっていた。

 「どうして、彼が、地球軍に居るのか、モビルスーツに乗っているかはわかりません。でも、恐らく何か理由があって――」

 

 ネオは、しばらくはキラの言うことを無言で聞いていた。

 

 しかし、

 「――前はお前の友達でも、今は俺達の敵だ。撃たなきゃなんねえのはわかるよな?」

 

 と、言いきった。

 

 

 既に2名のパイロットがその敵――イージスの犠牲になっているのである。

 状況を考えても、そのパイロットと戦う事になるキラの命の事を考えても、

 その選択肢以外残っては居なかった。

 

 だが、 キラは続けた。

 「僕は、彼を説得したいんです! ……彼は戦争を嫌ってプラントを出たハズだから、何かわけがあるはずなんです……!

  オーブに居たのに、 地球連合に人質を取られるとかして、たとえば……だから、僕はそれを確かめたいんです!」

 「だが、もし……聞き入られなかったら? 本当にプラントの敵になっていたら?」

 

 そんな、ネオの問いにキラはしばらく黙っていたが、

 

 「――もし彼が本当に地球軍のパイロットだったとしたら……僕が……撃ちます」

 

 と、言った。

 

  キラの脳裏には、血のバレンタインで死んだ両親、友人の顔が浮かんでいた。

 そしてカズイの事も……。

 

 死んだ人間を裏切る事は、彼には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その時、ネオの執務室のドアの前にいた、一つの陰が反応した。

 

 

 先ごろ、ヴェサリウスの僚艦、ガモフから物資の搬入に伴って来た、サイ・アーガイルだった。

 

 

 

 彼は、そっと、部屋の前から離れた。

 (通信したとき、キラの様子がおかしかったのは、カズイが死んだせいだけじゃなかったのか……)

 察するに、よほどの仲の良い友人だったのだろう。

 「でもな、キラ…そいつはカズイを殺した俺達の敵なんだぞ……」

 サイはそっと呟いた。

 

 

 

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 「大型の熱量感知。戦艦のエンジンと思われます! 距離200、イエロー3317、マーク02、チャーリー、進路、0シフト0!」

 アークエンジェルのブリッジ・クルー、メイラムが叫んだ。

 

 「横か!? 同方向へ向かっている? ……つくづく厄介な男だな」

 クルーゼが言った。

 

 アークエンジェルの横を、ネオたちが乗るヴェサリウスが素通りしていった。

 自分たちはエンジンを使っていないため、敵のレーダーや監視に引っかからない状態ではあるが、

 それでも敵が自分たちの真横を通り過ぎていくのは、バルドフェルドにとっては生きた心地がしなかった。 

 

 「気づかれてはいないようだな?」

 「目標、本艦を追い抜きます。艦特定、ナスカ級です」

 「コチラの意図に気づいて、先回りして、頭を抑えるつもりだな」

 「――ローラシア級は?」

 クルーゼの"読み"を聞いて、バルトフェルドが言った。

 もう一隻、ヴェサリウスと共に行動している艦があった筈だからだ。 

 「それが……本艦の後方300に進行する熱源あり!」

 「挟み撃ちされたか……」

 ヴェサリウスの僚艦、ローラシア級戦艦ガモフは、アークエンジェルの真後ろから追尾する形で存在していた。

 

 「このままでは、いずれ後続のローラシア級に追いつかれる。

 逃げようとエンジンを使えば、熱で感知されて、あっという間にあの男のナスカ級が転進してくる、という運びだ」

 「ちッ、さすが紫電(ライトニング)……やってくれるな」

 と、バルトフェルド考え込んでいると、

 

 「……2番のデータと、宙域図、こっちに出してくれ」

 と、クルーゼが言った。

 

 「大尉、何か策が?」

 「……まあ、少しは、やり返さんとな?」

 訝しげに見るバルトフェルドに対して、クルーゼは含みのある笑みを浮かべた。

 その言葉は、バルトフェルドにとっても頼もしいところであったが、

 (どうにも好きになれないな、コイツのこういうところ……)

 とも思わせていた。

 多くを語らず、自分だけで事を運ぼうとする人間を、彼は好まないのだ。

 

 と、その時

 「艦長、民間人が……話をしたいと!」

 「……悪いけど、苦情は後にしてもらえないかと伝えてくれるか?」

 「いえ、それが……ヘリオポリスの学生達が艦の仕事を手伝いたいと!」

 「なんだって?」

 カークウッドは予想もしていなかったことを告げた。

 

 

 

 

 

 『敵影補足、敵影補足、第一戦闘配備、軍籍にあるものは、直ちに全員持ち場に就け!軍籍にあるものは直ちに……』

 アークエンジェルの艦内アナウンスが流れる。

 

 「そんな……俺たちが乗っているのに」

 避難してきた民間人たちが騒ぎ立てる。

 

 『アスラン・ザラはモビルスーツデッキへ。 アスラン・ザラはモビルスーツデッキへ』

 

 その様子を見ながらも、アスランはノーマルスーツに着替えるため、ロッカールームに移動していく。

 

 その時だ。

 

 

 「皆!? ……その格好は?」

 

 アスランは、軍服を着たイザーク達と鉢合わせた。

 「俺達も艦の仕事を手伝うことにした、人手不足らしいしな」

 「ブリッジに上がるなら軍服を着ないと行けないそうです」

 ニコルとイザークが言った。

 「それにしても、連合の軍服はダサいよな…ザフトの赤服だっけ? ああいうデザインにすりゃ良かったのに。」

 「生意気いわないノ」

 ディアッカの軽口をアイシャ中尉がたしなめた。

 

 「……お前ばかりにやらせるのは気分が良くないからな」

 「こんな状況ですから、僕らもできることするんですよ」

 イザークはふてくされるように、ニコルは微笑みながら言った。

 「そう言うこと。じゃあ、俺達行くわ。アスラン…がんばれよ。」

 ディアッカが、アスランの肩を押した。

 

 (みんな……)

 アスランはその背中を見送ると、ロッカールームへ向かった。

 (俺のせいで巻き込んでしまったのか? でも……)

 今まで、こんな気持ちでモビルスーツに乗る事があっただろうか……。

 

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 クルーゼはブリッジからパイロット・ルームへの移動中、

 先ほどの避難民収容の件を思い出していた。

 

 (あの男……バルトフェルド、危ういやもしれん)

  そういった甘さをクルーゼは好きではない、そういった人間は己の正義に酔うロマンチストの偽善者でしかないというのが、クルーゼの持論であった。

 アンドリュー・バルトフェルドが冷静なリアリズムを持っているにもかかわらず、そういった感情に支配されていることにクルーゼは少なからず失望の念と焦燥感を覚える。

 (いざとなれば私が動くほかあるまい……いい戦士ではあるのだが)

 

 そういったことを考えていると、艦内の通路に見慣れない人影を見つけた。

 ……アスランが連れてきた民間人だろうか、と思った。

 

 赤い髪の少女だ。 軍艦が珍しいのかずいぶんと熱心に見ている。

 

 (……? )

 何か、感じるものがあり、声をかけようとした矢先、彼女と目が合った。

 

 ――?

 

 一瞬……妙な感覚を感じた。

 どこかで感じたことのある感覚……ネオとも違う……むしろこの感覚は……。

 

 「あの…どうかしましたか?」

 少女はクルーゼの方を怪訝な顔つきで見ている。

 「いや…何でもない。 お嬢さん、あまり軍艦の中をうろうろしないほうが良い。 もう間もなく戦闘になるだろう」

 

 クルーゼはそういうと、パイロット・ルームに流れた。

 

 

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 「ほう……それがGのパイロット・スーツか?」

 ノーマルスーツに着替えたアスランに、クルーゼが話し掛けてきた。

 「イージスのコクピットに詰まれてたものを見つけて――」

  アスランは白地に青いラインが入ったパイロット用のノーマルスーツに着替えていた。

 「――その格好に着替えたということは、やる気になったのかね? アスラン」

 

 見ると、クルーゼもノーマルスーツに着替えていた。

 

 クルーゼのスーツも、アスランの着ているものと同じく、白を基調としていた。

 しかしクルーゼのスーツはより、白い部分が多く、彼の乗機であるメビウス・ゼロのカラーを連想させた。

 形も一般兵のものと少々異なっているようだった。

 恐らく、エースパイロット用に与えられたか作ったものだろう。

 

 クルーゼはいつものサングラスの変わりに、 ヘルメットをかぶっても邪魔にならないゴーグルのようなものをつけて、やはり目元を覆っていた。

 「この艦を守れるのは貴方と俺だけだと……大尉が言いました。俺は友人を守るために戦うんです」

 そうだ、イザーク達も今できることをしようとしている。

 自分もそうするのだ。とアスランは思った。

 

 「それでいい、戦いたくて戦うものなどそうはいない……戦わなければならないから戦うのだ……自分のために、他人のためにな」

 クルーゼは少しだけ笑みを浮かべた。

 「……作戦を説明するぞ」

 クルーゼはアスランを手招きした。 戦いが始まるのだ。

 

 

 

 ――コクピットについたアスランを、意外な人物が迎えた。

 「俺がオペレーターになった。 以後、モビルスーツ及びモビルアーマーの戦闘管制担当となる。 よろしくな!」

 「よろしくお願いしますデショ?」

 ディアッカが調子よく言った。案の定アイシャ中尉に注意されていた。

 友人たちが戦う……不安ではあった。

 しかし、なぜか心強い。

 

 「アスラン…作戦内容は理解しているな? ……君は艦と自分を守ることだけ考えろ。」

 クルーゼがアスランに念を押してきた。

 

 わかりました、とアスランは返した。

 

 「アスラン…それからあの娘……」

 「ハ?」

 「……イヤ、何でもない。」

 

 クルーゼは何か言いかけたようだが、大した用事ではなかったらしく、それ以上何も言わなかった。

 

 

 

 (……また、お前も来るのかキラ?)

 ……間違いなく来るだろう、わかっていることだ。

 

 

 あの白い機体――アレは恐らく――。

 

 

 

 

 

 クルーゼの純白のメビウス・ゼロが先行して出撃した。

 

 

 ――作戦はこうだ。

 クルーゼのゼロが隠密先行して前面にいる敵の戦艦を撃破、その間、アスランが後方の艦とモビルスーツからアークエンジェルを守る――。

 

 

 「……やるしかないか!」

 アスランは操縦桿を強く握った。

 

 ――カタパルトの準備が整ったとディアッカが告げる。

 

 

 

 「アスラン・ザラ、イージス、出るぞ!」

 

 

 

 イージスが、宇宙へと、飛び立つ。


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