機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 36 「ホンコン・シティの交差」

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 『繋がる瞬間を待ち焦がれることは、悪いことではないと思うが。

 そういったものは、何かしら運命が必要なのかもしれない。

 だが、運命の結果どうかなれば、それはそれで物事は決まってしまうかと思えば、なんだということだ』

 

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 「ニホンのアリアケ・ラボを経由して、このホンコンにか……」

 中華風のインテリアが施された部屋で、黒い長髪をした男性が、左手でチェス駒を弄っている。

 豪奢な机の上には、様々な紙媒体の資料が並べられ、何故かその脇にはチェス板が置かれていた。

 

 彼はこの板で遊びながら思案をする時が、一番良い考えが浮かぶのだ。

 

 「たしか、この間のシベリアの戦いでも――カムチャッカ側で強化人間が投入されたと聞いているが」

 今度は右手にもったブランデーを一口舐めると、男性はグラスの中の氷の音を鳴らした。

 

 「ならば……私のこの駒は、どう切ろうか――」

 

 男性は、ふと、左手に持ったチェス駒を眺めた。

 その駒はクイーンだった。

 

 行く先は二つのナイト――。

 

 「チャンスは最大限に生かす、それが私の主義だ……」

 

 

 

 

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 「ニェーボで思った以上に補給が受けられんかった上に、先の戦闘だ。 これからも洋上で付けねらわれるのは間違いないぞ?」

 「――サザーランド少将の考えが読めんな」

 「問題は、物資が足らんと言う事だ――戦力もな。 あのイージスの追加パーツはなかなかのものだったが……ネオ・ロアノークの部隊も気になる」

 「ふむ……」

 

 アークエンジェルのブリッジ。

 クルーゼとバルトフェルドが現状について話しながらブリッジの外を眺めている。

 

 窓からは、華やかに汚れたネオ・ホンコンの街並みが見えた。

 天空高くそびえる摩天楼は、旧暦から変わることの無い世界一の人口密集都市であることの証明である。 

 

 旧暦の頃からの歴史的背景により、雑多な国家、雑多な法、雑多な人種が入り混じる事になった街――それがホンコン・シティだった。

 

 戦争からくる治安の悪化が近年叫ばれているが、メインストリートを外れなければ、子供が一人で歩いても問題の無い街ではある。

 アスランら少年達には、しばらくの休暇をだしてある。

 

 バルトフェルドはホンコンシティの街並みを目を細めて見た。

 

 反吐の出る思いだった。

 虚飾と、欺瞞と偽善の街。

 

 自分たちナチュラルとコーディネイターの織り成す、歪な世の中そのままだ。

 ――アイシャと出会った頃のままである。

 

 「宛てが無いことは無い」

 バルトフェルドが言った。

 「ほう……あの少女かね?」

 と、クルーゼがサングラスの奥から、ちらりと、眼光の強い視線を覗かせた。

 「ハハッ……それもある」

 相変わらずカンの強いクルーゼに思わず苦笑したバルトフェルド。

 

 しかし、彼の思うところは別にあった。

 

 

 

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 「ここでは武器の補給は一切禁止されている」

 艦の検疫と入港許可の為に訪れたホンコン自治政府の役人が言った。

 出された書類にバルトフェルドはサインした。

 「……ちょっとお伺いしたいのですがねぇ?」

 書類を渡しながら、バルトフェルドがたずねる。

 「なにか?」

 「……ゴルディジャーニ商会というのは今、どこに?」

 

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 「本当によろしいのですか? ラクス様」

 「ええ……あなた達も折角のホンコン、楽しんでください」

 三人の側近達が、ラクスの申し出に、嬉しく思いながらも困惑していた。

 

 ――この後、アークエンジェルが寄る寄港地、ホンコン・シティ。

 そこでは、自分の護衛はやめて、各自思い思いに過ごして欲しいと言うのだ。

 

 しかし、ホンコンはある種コーディネイター・ナチュラルに分け隔てないの街であると同時に、どのような敵が潜んでいるか分からない魔都の様相も呈していた。

 だが、ラクスには、そのようなリスクを鑑みても実行したい、ある思惑があったのだ。

 

 「……もう少しで、違和感の正体がつかめそうな気がしますの。 あのお方の」

 

 ラクスは桃色のハロを優しく撫でた。

 

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 「ジュリさん達……こちらで降りるんですか?」

 「さみしい? ニコルくん?」

 「ま、まあ……」

  顔を寄せてくるジュリにニコルはどもった。

 

 ミーアら四人の少女達は、ホンコンでアークエンジェルを降りる事になった。

 ここからは民間の便でオーブまで戻る事になる。

 

 ――少年達は、休暇を得たため、最後に彼女らとホンコンの街を観光する事になった。

 いつもの軍服や作業着とは違い、私服に着替えた少年達が降下口まで降りてきた。

 

 

 「ミゲルさん! 最後に一緒にホンコンを周りましょ!」

 「ア、アサギちゃん……わ、わかったよ! わかった!」

 アサギに腕を引かれて、ミゲルは船を下りていった。

 

 

 

 「アタシ達もいこ? ……マユラはこっちの友達と遊びに行くっていうし」

 「あ、はい」

 ニコルもジュリに腕を引かれて歩き出す、胸を押し付けられて、ニコルは赤面した。

 

 

 

 「アスラン!」

 そして、ミーアがアスランの腕を取った。

 「ずっとお待ちしておりましたのよ、わたくし! 貴方が来てくれるのを。さあ、行きましょう?」

 「え、ええ……」

 密着するミーアに、アスランもまた、鼓動を早くした。

 「……お会いしたときから、アスランの事を、もっと知りたいと思ってましたの? だからこうしてご一緒できるのがうれしいんです」

 しかし、ミーアはそんなアスランの気も知らず、顔を近づけて、アスランの瞳を覗き込んだ。

 思わず、その表情に見惚れてしまいそうになって、アスランは顔を背けた。

 「……でも、この街は詳しくなくて……」

 「アスランが行くところならどこへでも!」

 しかし、ミーアはさらにアスランの顔を見ようと回り込む。

 

 その仕草は、こちらを困らそうと計算して行っているものなのか、無邪気さから来るものなのか、アスランには判断がつかなかった。

 

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 「……昔の家に?」

 アスラン達と同じく休暇を与えられ、フレイを誘ったイザークだったが、フレイは用事があるとそれを断っていた。

 「本当にごめんなさいイザーク。 ほら、ここって以前パパの任地だったでしょう?」

 大西洋連合の高官であったフレイの父、ジョージ・アルスターは、確かにここで公務を務めていたことがあった。

 「どうしても、やらなきゃいけないことがあるの」

 「……そういえば、お前はこの戦争が起きて、宇宙に上がってから、碌に地球に帰ってこれなかったんだな。 気にするな、俺もそれなら行くところが……」

 イザークが、そういいかけたところで、

 「……でも、夕方には戻るわ! だから、食事くらいには……」

 急にフレイが、声を大きくしてイザークに縋った。

 「……どうした?」

 そんなフレイの様子に、イザークはやや驚いた声で言った。

 

 確かに、こんな機会は滅多に無く、自分たちは死と隣り合わせの戦場にいる。

 大切な時間を、逃したくはないだろう。

 

 しかし、今のフレイの声には――例えそうであっても、鬼気迫るものがあったようにイザークは感じていた。

 

 「なんでもないの……なんだか、目を離すと、イザーク居なくなっちゃいそうで……だから……」

 ばかな、とイザークは笑った。

 髪を撫でるように腕を回すと、イザークは正面からフレイを抱いた。

 

 (そういえば、ラスティが死んだところ……モニターするハメになったのか)

 

 先の戦闘の際、彼女は自分の代わりにオペレーターやCICの補助を任されていたのだ。

 イザークはそんなフレイを愛しく思った。

 

 「お前も、アルスターさんが亡くなってから、なかなか自分の事を考える時間がなかっただろう」 

 「うん……エザリアおば様に、全部助けてもらって……なかなか整理って出来なかったから……」

 ハッとして、イザークはフレイの顔を見た。

 「いらないものは、処分して……私、貴方についていくわ」

 「本当に……?」

 「本当よ」

 

 フレイの目に、戸惑いは見えない。

 ――イザークは、先程よりきつく、フレイを体に引き寄せた。

 

 

 

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 ザフトがホンコン自治政府と交渉して借り受けた秘密ドッグ――そこにはロアノーク隊の乗船しているボズゴロフの姿もあった。

 「キラ? 外出しないのか?」

 潜水艦内の狭い食堂でボーっと座っているキラを見たネオは、声を掛けた。

 

 「いえ……そういう気分になれなくって」

 「いかんな、気を切り替えられない兵士は死ぬだけだぞ?」

 ネオは、キラの前の席に座る。

 「……アークエンジェルも此処に停泊している。 よもや、お前の友達に会ってしまうかもな」

 「そんな心配は……」

 「顔はあわせたくないよな……」

 ネオも、何故かため息をついた。

 「いいから出て来い、お前の姉さんに、お土産でも買ってきてやれ」

 「カガリに……?」

 そうか、それもいいかもしれない。

 

 そう思い立ったキラは、席を立ち、ネオに礼を言った後、自室に戻ろうとした。

 

 しかし、ネオは思い出したように、キラに背中から声を掛けた。

 「――そうだ、キラ。 サイ達にも言っておいたんだが、最近、ブルーコスモスとは違った妙な集団がホンコンで見えるようになった」

 「……妙な集団?」

 キラはネオの方に振り返った。

 「ブルーコスモスといえどもホンコンでは好き勝手に出来ない。 ……そいつらは所謂、人狩り(マンハンター)だ」

 「傭兵……ですか?」

 キラも噂には聞いたことがあった。

 

 中立地帯のような場所でザフト・連合、コーディネイター・ナチュラルを問わずに、依頼さえあれば人を消す、殺し屋のような集団がいることを……。

 

 「噂に過ぎんがね、危険な事に巻き込まれないようにな」

 ネオはそういうと手を振った。

 

 

 そういえば、ネオはどこかへ出かけるのだろうかと、キラは思った。

 しかし、あっという間にネオは姿を消していた。

 

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 アークエンジェルと、ボズゴロフが互いにその存在をとぼけるようにしている港――その中にもう一つ、民間船に偽装した連合軍の船舶があった。

 

 ――その中の豪奢な一室に、連合の将官と、科学者の姿があった。 

 

 そういった特殊な状況下で使われる、凡そ公には出来ない事をする為に作られた船であった。

 

 

 

 そして、その中では、やはり公には出来ない内容を、科学者と将官が話していた。

 

 「通常、ミラージュコロイドは磁場によって定着させています。 しかし、それでは定着は不十分で」

 白衣を着た学者が、連合の将官に資料を渡した。

 「ですが、今回、アクタイオン社のバチルスウェポンシステムを使用する事によって、地上でも十分な定着を可能としました」

 「それなんだが……」

 将官が、それに口を挟んだ。

 「理屈は分かったが、その定着も”磁場”でやってるんだろう? NダガーNは従来のシステム、例えばブリッツと何が違うんだね」

 「それを説明するのは難しいのですが……いえ、分かりやすい言葉で言えば、”念力”になります」

 学者は言いにくそうにしながらも、これが適当と思った言葉を選んだ。

 「は? ……念力とは、あの念力かね?」

 「ガンバレル――メビウス・ゼロに使用されている兵装が、脳波コントロールによるセミ・オート操作なのはご存知かと思います」

 「ああ……」

  突然、オカルトめいた説明を始めた学者に顔を顰めた将官であったが、その説明に合点がいったようだった。

 「バチルス・ウェポンシステムは、量子通信並びにミラージュコロイドを媒介にして、ナノマシンを操作する事が出来ます。それを”高度空間認識能力保持者”――」

 と、学者はまたそこまで言いかけて、言葉を選んだ。

 「ジョージ・グレン……の言っていた”ニュータイプ”のセンスを持つ人間が使う事によって、より高度な応用を利かせることが出来るのです」

 ちらり、と学者はその将官を見た。 

 やはりしまったかと、学者は思った。 目の前の将官は反コーディネイター派として知られる人物だったからだ。

 だが、そんな心配とは裏腹に、将官は微笑をたたえていた。

 「かまわんさ。 それを我らが使うのだからな、気味のいい話だ」

 学者の心配を見透かしていた将官は、そういって学者に話を続けるように促した。

 「……つまりは量子通信とコロイドを用いて、このナノマシンを脳波コントロールするのです」

 と、学者は、そのまま話を続けだす。

 「さらにはミラージュ・コロイドは人間の脳波に反応をするということを、証明した実験がありましてね。 不可思議な現象ではありますが、これには兼ねてから仮説のあったX粒子――実証はされておりませんが、この粒子があると仮定すれば、ナノマシンの制御だけでは説明できない、コロイドを完璧に定着させるこの現象にも説明がつきます」

 「そのような、不確定なモノ、兵器として実用に耐えるのかね?」

 「ええ、事実、あのNダガーNのパイロットはそれを行っております。 仮定されるX粒子をイメージ出来るほどの空間認識力保持者――我々はそれをXラウンダーなどと仮称しております。 つまりはそれだけ強い集中力――精神力ともいえますかな、それをもってパイロットが、”肉体”——自身の機体が粒子に包まれるイメージをすることで、地上でのステルスを成功させているのです」

 「あの被験体――”シャニ・アンドラス”はそれほどなのか?」

 「薬物による刷り込みや、機械的な訓練。宇宙放流を行うことでの認識能力の強化。 それからインプラントを埋め込むなどの脳改造もしております。やや精神が不安定ですが、我々の研究の成果として自信を持っております」

 将官は苦笑した。 強化人間(ブーステッドマン)とはよく言ったものだ。

 「彼は、今この街で休暇中か? フフ、そんな非人道的な事をしながら随分と優しいな」

 「あのお方の提案でして……ある程度の人間性と、高い感受性は、不安定ではあるが、より高い能力に繋がると」

 「ハハ……”ソキウス”達を見れば、それも分かる話だな――ご苦労。 あの方にはジャックが感謝していたと伝えてくれ」

 ジャック、と名乗った将官は笑うと、帽子を被りなおした。

 

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 街のメインストリートを抜けて、港の方に向かう少年が一人いた。

 着古したジャンパーに、穴の空いたジーンズ。

 それから大きなヘッドフォンをしている。

 品が良いとは言えない衣服と伸びきった頭髪は、行き場の無いストリート・チルドレンを思わせて、実際彼はこの街に来てから何度も警官に職務質問されて、その度に地球連合軍のIDを見せるハメになった。

 それが何度も続いたため、一回一人の警官の息が止まりかけるまで殴ってしまい、上官にもみ消して貰っていた。

 それでも彼は自分の身形に気を使うようなことはしていなかった。

 そういった概念がすっぽり抜けているし、自分の着たい服を着ないと、落ち着かないのだ。

 そうやって自分と言うものを少しでも主張していかないとバラバラになりそうな危うさを、少年、シャニ・アンドラスは自覚していた。

 

 シャニはあてどなく、街を歩き、適当に小銭をばら撒いてモノを買って食べた。

 正直、賑やか過ぎるこの街は好きになれなかったが、それでも軍の施設よりはマシだと思った。

 

 ホンコンのとある港についたシャニは、海を眺めた。

 「ミョーな感じ……」

 ヘッドフォンから大音量のロック・ミュージックを聴いていたシャニだったが、そこまで来てふと妙な質感を感じて、ヘッドフォンを外した。

 

 途端に、周囲の人間の思念雑念が奔流となって彼の中に流れ込んでくる。

 ――感受性を異常に強化された彼は、人の思念や考えのようなものを感じるセンスがあった。

 だから、人の多い場所では、ヘッドフォンを外す事が出来ない。

 周りの濁流の様な思念が、勝手にシャニの頭の中に入ってきて、まるで蛇がのたうつ様にかき回すのだ。

 その際の、自分の身を削るような他人の意思の感覚、それを――ざらっとした感触――彼はよく、そういった表現をしていた。

 

 だから普段は大音量の音楽でそういった思考をシャットアウトする――自分の世界に閉じこもる事が、一種彼のセーフティーになっていたのだ。

 

 しかし、今は、あえて周囲の人間の雑音を不快に思いながらも、自分が感じた違和感の正体を探した。

 

 そうしながら海を眺めていると、シャニは幾つもの船が港に停泊しているのに気が付いた。

 

 旧世紀の時代からこの沖で漁をしている帆船も幾つかあったが、――この戦争が始まってからたどり着いた難民達の船が幾つも停船している。

 皆、行き場が無く、とりあえず戦争の心配の無いホンコンに押し寄せたのであろう。

 多くの船が、長い航海と戦争の巻き添えを食らって、ボロボロにくたびれていた。

 さながら海上の難民キャンプ、スラム街といったような風景だ。

 中には豪華客船のようなものもあって、そこに居る人々は小さな船の人々よりも清潔な身形をしていたが、浮かべる表情は明日への不安で暗かった。

 

 シャニはその難民達の姿に故郷を垣間見た。

 故郷、自分にとっては何の価値も無い場所。 同じような子供たちと身を寄せ合い、犯罪で命を繋ぎ、享楽に逃げ込むしか希望を見出せない場所……。

 

 難民達の思念や、対照的に後方の歓楽街から流れてくる能天気な人々声は、シャニにそれを強く思わせ、彼は顔を顰めた。

 

 

 気色の悪さに少し身を振わせるシャニだったが、その声の中に、ようやく僅かながらの違和感の正体の様なものを見つける。

 

 「あッ……一つじゃない……二つ、三つ。 ……六つ……七つか……」

 

 何か、予感の様なものを感じる。

 

 「強いのが……違うな……なんか……優しいのが……一つある……」

 

 シャニは、再びヘッドフォンをして、外部との感覚を閉じた。

 そして、最後に感じた、一際違う違和感を目指して、彼は歩き出した。

 

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 時刻は午前。

 適当に街を歩くミーアとアスランだったが、アスランはと言えば歩く速度が彼女を困らせていないか――そんなことばかり考えていた。

 「まあ!」

 港を出ると、きらびやかに整備された市街が整然と並んでいたが、一つ路地を抜けると途端に雑多な街並みが広がっていた。

 ホンコンの街は、その複雑な歴史的経緯と、経済の循環において一つの大きな拠点となっていることから、国家再構築戦争においても、この戦争においても、直接的な戦災を免れていた。

 それゆえ、このような古くからある風景を持続させる事に成功していた。

 

 屋台から、どぎつい料理の香りが流れる。

 (しまったな……)

 折角二人で出かけたのなら、こんな猥雑とした場所を通るのではなかった。

 「こういうところでは、歩きながら食べるんですよね?」  

 しかし、ミーアはアスランの手を取り、屋台の人ごみを駆け出した。

 

 「あ、まってください、こういう屋台は不衛生なところが多いので……そうだ」

 アスランは、屋台の群れを抜けて、少しはなれたところに、トラックでアイス・クリームを売っている店を見つけ出した。

 こういうものならば、そういったリスクは殆どない筈だ。

 

 「どうぞ」

 「あらあら、ピンクちゃんが」

 「テヤンデイ!」

 ミーアは渡されたアイスクリームとハロを見比べた。

 コーンの上に盛られた丸いアイスの山は、ハロにそっくりだった。

 

 

 

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 ディアッカは一人、船を下りた。

 友人たちは一緒に観光する相手がいたし、第一自分はそんな気分にならなかったのだ。

 

 そんなときである、思いがけない人物が連絡を入れてきていた――。

 

 

 「久しぶりだな」

 「オヤジ……」

 ディアッカの父、タッド・エルスマンだった。

 フリーのジャーナリストを職業としており、世界中を飛び回っている。

 今回偶然にもホンコンにおり、アークエンジェルのディアッカに面会を求めてきたのだ。

 

 「元気そうじゃないか、向いてなさそうな事をしている割には」

 「まあ、な、やれるもんだよ」

 

 二人は喫茶店に入っていた。

 香港にもチェーンを出している、オーブに本店を持つなじみの店だった。

 

 カフェテラスで親子でコーヒーをすする姿は親子の感動の再会、というには程遠かった。

 

 この父は仕事が好きなのだ。

 ディアッカは知っていた。 

 多分、母よりも、自分よりも。

 母それを知ってこの男を選んだのだ。

 

 「知らせを聞いたときには驚いたがな、地球軍とは」 

 「こっちだって色々大変だったんだぜ? 子供だけで……」

 「母さんが心配していた、連絡は定期的にしているのか?」

 「そりゃ、まあ、そうだろ」

 

 だが、責任を取って、自分に対しても父親をやっているタッドを、ディアッカは嫌っては居ない。

 

 

 「で? まさか俺の顔を見に来てくれたのか?」 

 「……気になる事があってな」

 「え?」

 「お前の乗っているあの船だ」

 

 タッドは、周りに聞かれても差し支えないように言葉を選んで話し始めた。

 

 「かなり注目を浴びているらしくてな――その挙動で、相手側が大きく動いている」

 「マジかよ……」

 「ああ、お前たちはどうやら、あちらサンの精鋭を幾つも破ってきた。 その上には」

 タッドは、注意深く写真を出した。

 イージスだった。

 「これ……」

 「これに乗っているのが……」

 仕事のときの、父親の顔を見るのは久しぶりだった。

 今のタッドの顔はジャーナリストの顔だった。

 手段を選ばない、情報を勝ち取るためなら何でもする男の顔――。

 その顔が、ディアッカの横を擦り抜けて、耳打ちした。

 「ザフトの最高司令官である、パトリック・ディノの息子、アレックス・ディノという噂がある」

 「……!? ちげーよ! あれに乗っているのはアスランって言う俺の……知ってるだろ?」

 ディアッカは父の言葉を一笑に付した。

 

 だが、あのアスランが、敵軍にそのような噂と動揺を与えている。

 その事実はディアッカをひどく困惑させた。

 

 「その友達の事を、お前はどれだけ知っているんだ?」

 「……?」

 「アスラン・ザラくん……プラント籍であるならば、厳重に出生の情報が管理されているはずだ、コーディネイター達の国家に”子供”として所属してたならばな」

 「どういうことだよ?」

 「彼の個人情報は完璧なのだがな……その割に、関連する情報が出てこないのだよ、月の幼年学校以来、まるで彼は名前だけの存在の様な……」

 「ま、待てよ、親父!」

 ディアッカがタッドの話を遮った。

 「何の話をしているんだ、まさかアスランの事をかぎまわって――」

 「彼の事を調べているわけではないんだ……前に言ったろ? 物事には流れがある、流れを見て必要な事を切り取るのが俺の仕事だ」

 こういう物言いをされると、ディアッカには分からぬ世界になる。

 この父親は、息子にもこういった接し方をする大人だった。

 「……その少年は、もしかしたら、ザフトに関わっていて――何か理由があってプラントを出たのではないか、だからこそ、イージスに乗り続けているのでは」

 「……!?」

 「良い友達のようだが……そしてその様子では何も知らんと見える」

 

 タッドは、困惑する息子の様子から、その大まかな認識を悟った。 

 

 「これから、どうするかはお前の自由だ。 だが、その少年もただの子供ではあるまい。 あの船は危険だ。 降りられるのであれば、降りろ。流れはお前も巻き込んでいる」

 イージスの写真を仕舞いながら、タッドは最後に、少しばかり父親らしい事を言った。

 「……すぐには決められねえよ」

 降りる――今まで考えても居なかったその言葉を反芻した。

 だが、すぐに頭の中に友のことや、今までの戦いのこと、ラスティの事が浮かんで、それは明確な答えとは成らなかった。

 

 「そうか……だが、母さんを哀しませるなよ」

 タッドはそういうとコーヒーを飲み干して立ち上がった。

 「この後、仕事があってな……時間は少しだけだが、メシでも食いにいくか?」

 「……いいさ、時間がつまってんだろ?」

 今更、仲良く再会を喜んだり、別れを惜しんだりする間柄でもない。

 ぶっきらぼうに、ディアッカは言った。

 

 この仕事人間の父親が自分の為に時間を作ろうとしているということが、どういうことなのか。

 それを母親に幼い頃から何度も言われていたが、それを完全に理解する程度まで、ディアッカは大人になっていない。

 「……またな」

 「ああ……そうだ、ディアッカ。 最近この街に、ブルーコスモスの傭兵(マンハンター)が出るらしい。 コーディネイターのみならず、その支援者も襲う連中だ。お前も、その友達も、念の為気をつけることだな」

 「へいへい」

 

 

 そうして、親子は別れた。

 互いに背を向けてから、タッドは一度振り返った。

 

 そのときだけは、タッドは父親の目をしていた。

 

 

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 ニコルとジュリは、二人でホンコンの街並みを歩いて廻った。

 料理店や、カフェ。それから映画館では過去の名作が上映されていて、二人は大いに盛り上がっていた。

 そうして半日過ごすと、ふとニコルは楽器店に立ち寄った。

 

 彼の趣味である。

 

 そこには、シンセサイザーが置かれていた。

 音色をピアノに合わせると、そっと指で撫で始める。

 

 最初少しぎこちなかったが、ニコルのピアノは美しかった。

 

 「すごい……やっていたの?」

 「昔から……だけど、こんなもんです」

 最近練習も出来ませんでしたからね、とニコルは苦笑した。

 

 「学園祭でロックもやりましたよ……そうだ、ミゲルさんのデフ・ロックの曲も多分……」

 この間聞かせてもらった曲からコードを割り出したニコルは、多少アドリブを聞かせてキーボードを弾いた。

 すると、どこからかギターの音色が聞こえてきていた。

 明らかにニコルの音色にあわせている。

 

 「?」

 ジュリが不思議そうにその方向を眺めると、茶色い頭髪の少年がエレキギターを弾いていた。

 「わっ……」

 彼のエレキギターは見事なものだった。

 プロ――それ以上である。

 

 ついつい、そうなると相手に併せて、ニコルは曲を弾いた。

 キーボードとギターソロのアンサンブル――いわゆるバトルになる。

 

 (すごいやこの人……弾いていて気持ちいい、ミュージシャンなのかな?)

 ニコルはつい楽しくなって、キーボードを走らせた。

 と、いつの間にか相手の少年の周りにちょっとした人だかりが出来る様になっていた。

 自分の演奏はたいしたこと無いが、相手の技量ならば当然、といったところだろう。

 

 と……。 

 「トール、ちょっともう!」

 その少年のガールフレンドだろうか、ノリに乗ってギターを弾く彼の手を少女が止めた。

 「目立ちすぎ……」

 少女は、彼を引っ張っていってしまった。

 

 「あっ……」

 取り残されて、ぽつんとしてしまったニコルもまた、シンセのキーボードから手を離した。

 しかし、

 「……いいじゃんか」

 と、そんな、ニコルに話しかける声があった。

 「デスにも合いそうだよ、お前のピアノ」

 「えっ……?」

 

 ニコルが声の方向に振り向くと、オッド・アイの長髪の少年がいた。

 

 

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 フレイと別れたイザークは、ミーアに案内された場所へ向かっていた。

 

 ――自分自身にも出来ることがある。

 無力な自分を、捨て去る為に、イザークは足を勧めていた。

 

 「……俺の求める答えが、此処にあるのか?」

 そう聞いて訪れたのは、古い中国拳法の道場であった。

 入口には、扉こそ付いていないが大仰な門がある。

 

 過去には、ここホンコンのムービー・スターが、アクション俳優となるため修行したという話もあるところだ。

 

 おそるおそる、一歩、足を踏み入れる。

 「イザーク・ジュール君かね?」

 「――っ!?」

 イザークは混乱した。

 門をくぐった、ばかりの自分が、何故か後ろから話しかけられたのだ。

 (何の気配も感じなかった……!?)

 イザークは、声のほうを振り向いた。

 が、何の姿も無い。

 「!?」

 「ハハッ、感性やよしか、確かに」

 「あっ!?」

 イザークは、再び視線を自分の直前へと向けた。

 

 そこには編み笠を目深に被った、拳法着の男性の姿が――。

 「貴方は!?」

 「ワタシか――ワタシは――そうだな、”キング”とでも名乗っておこうか」

 「キング!?」

 「強くなりたいのだろう、少年――コーディネイターにも負けないように」

 「なぜそれを!? いや、そんな事はどうでも良い! 俺を強くしてくれるんですか!?」

 「たわけ!」

 イザークはビクッとした。 

 凄まじい気迫である。

 「強くあるには、何よりも君自身の気骨が求められる。 私が君を強くするのではない。 何より君が君自身を強くするのだ。 付いてこられるなら、今日一日で、それを高めていく方法だけを教えてやろう」

 「高めていく、方法……!」

 「知りたいかね?」

 笠の奥に、強い瞳が見えた――正に、”キング”の名に相応しい、真赤に燃える爆熱の炎――それを覗いたイザークの心臓もまた、轟き、叫んだ。 

 「私に教えを授けてください! なんでもいたします!」

 「うむ……いいだろう、ついてきたまえ」

 

 キングと名乗る男に連れられ、イザークは道場の奥に足を踏み入れた。

 

 

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 「もう! はしゃぎ過ぎよ」

 ミリアリアがぷりぷりと怒りながら、トールを小突いた。

 「……ネオ隊長が言ってたでしょ。 ホンコンには怪しい人間だって沢山居るって!」 

 「まあ、いいじゃん。 あのキーボードの子、可愛かったしさぁ、つい」

 「むぅ……?」

 ミリアリアがジト目でトールを見た。

 「うげ、いや……まあ、でもちょっとくらい、いいだろ……あと、ギターが気に入ったんだ! 地球の木で出来たギターだぜ」

 「ギター……ね」

 ミリアリアにしてみればウッド・チップセラミックスでもナノファイバーでも楽器の音など大差ないように思えるのだが。

 「……お、おれ買ってくるからさ、ちょっと、待ってて!!」

 「買うって!?」

 「ホンコンなら、ビクトリア経由でプラントに送ってもらえるだろ? な!?」

 

 そういうと、トールはミリアリアをそこで待たせて、楽器店の中に入っていってしまった。

 仕方なしにミリアリアは壁にもたれてトールを暫く待つ事にした。

 

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 「降りる……か」

 それもいいかもしれないな、とディアッカも思い始めていた。

 父親について歩き、いろんな世界を見てきた。

 そんな生活を繰り返していたから、オーブでの穏やかな生活は心地よく、楽しかった。

 

 充実していた日々だったようにも、今なら思えてくる。

 

 (こうなってくると、ガクセーでベンキョーしてたってのが良いことのように思えてくるな……)

 

 船を下りて、オーブに帰って、もう一度学生として勉強するのも悪くないと思った。

 友を見捨てて置けない使命感から船に残ったディアッカであったが、その友たちも、自ら戦う意思を見出し、戦争に自主的に参加しているように見えた。

 

 (そうだな……イザーク達がそう思うなら、俺には止められない……オーブに帰って、学生でもやって、女でも……)

 と、ディアッカが思った矢先。

 

 (――ン?)

 目線の先、楽器店だろうか、俯きながら店先に退屈そうに誰かを待つ少女の姿が――。

 

 その姿に、何故か惹かれたディアッカは、声を掛けようとした。

 

 しかし――。

 

 (あの男も――ナンパ――じゃないな?)

 

 自分より先に、少女に近づく人間たちがいた。

 すっぽりとフードを被った少年と、帽子を目深に被った少年。

 ――父親から教わった、”カン”というものが、ディアッカに告げた。

 ”マズイ人種”だと。

 

 「おい!」

 ディアッカが声をあげた。

 

 

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 「目標、補足、データ通り」

 帽子を被った少年が告げた。

 「プラント最高評議会議員の娘、ミリアリア・ハウ」

 フードを被った少年も言った。

 「ザフトのエリートパイロット。 ナチュラルにとって障害、ソキウスナイン、任務了解」

 「捕獲対象、レベルファイブ」

 

 二人の少年が”彼ら間だけに伝わる声”で囁きながら、ミリアリアに近づく――。

 

 

 「おい!」

  

 しかし、少年たちの後ろから、色黒の少年が叫んだ――。

 

 目標の少女――ミリアリアがハッとして顔を上げる。

 

 (えっ……!?)

 ミリアリアは目の前の光景に絶句した。

 自分の顔、目前約30cmというところまで、二人の少年の顔が近づいていたのだ。

 

 しかも、それは兵士である自分に”全く気付かれず”にだ。

 

 ミリアリアは咄嗟に判断した。

 目の前にいる人間は特殊な訓練をした人間だと――そして、それが自分を狙うという事は――。

 

 (マンハンター!!) 

 

 ミリアリアは咄嗟に身構えて、走り出した。

 

 「民間人……事前連絡あり、ディアッカ・エルスマン、ナチュラル、攻撃対象では無いが保留対象」

 「アークエンジェルクルーの為保留事項承諾。 我々の情報を獲得している可能性あり、一時任務を停止する」

 「ソキウス・ナイン保留行動に移る、優先順位を他の目標に変更」

 「ソキウス・テン了解」

 

 「お、おい……!」

 二人の少年は、ディアッカの方を一瞥すると――。

 「えっ……!?」

 まるでオリンピックの短距離選手のような――凄まじいスピードで路地裏に駆け込み、そのまま姿を消した。

 「あっ……!」

 ディアッカは、といえば、声を掛けようとした少女――ミリアリアの事が気になって、彼女の走った方向へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (もう! デートだと思ったから……こんな歩きにくいパンプスなんて履いてくるんじゃ――)

 形にこだわり、歩きづらい靴を履いてきた自分の自覚のなさをミリアリアは呪った。

 

 あれから数百メートルは駆けて、路地裏に逃げこんだ。

 

 しかし訓練を受けた自分にああまで接近できるなんて――途端にこの街が、何か恐ろしいものに見えてきた。

 (でも……)

 あの時、声を掛けてくれた子が居てくれたお陰で助かった。

 あの子は……。

 

 

 「アンタ……無事か?」 

 と、路地の方向から声がした。

 恐る恐る、声の方向を見ると、色黒の少年がいた。

 

 「あなたは……さっきの……」

 「あいつら、ヤバそうだったから、大丈夫?」

 「う、うん、ありがと……」

 見た限り、普通の、民間人の少年であったようだ。

 自分と同じくらいか、少し年上だろう。

 

 少し、ハンサムだとミリアリアは思った、ただ雰囲気から何となくナチュラルな気がした。

 コーディネイター特有の”整然”とした感触が無い。

 

 「なんで……わかったの? マズそうって」

 

 自分ですら、接近に気が付かなかった手際だったのだ。

 恐らく自然に――人の視線を受け付けない、訓練された動きで素早く接近していたはずだ。 

 

 「ちょっと、身内にああいう手合いと仲いいのが居てね、なんて? ところでお宅、一人?」

 「友達と……」

 「へぇ?  ……とりあえず、あいつ等もう居ないみたいだ」

 信用できるのか? とミリアリアは思った。

 もしかしたら、この少年も、先ほどの人間たちとグルであるという可能性も否定できない。

 

 だが……。

 

 「なんか、気になっちゃってね……あんたみたいな可愛い子なら、人攫いみたいな連中も寄って来るよ」

 (ムッ……)

 なんだか、言い方がやらしい。

 自分の顔が良い事を知っていて、相手の喜ぶ言い方を知っている男の言い回しだ。

 

 こういう人間が、ブルーコスモスの過激派とは思えなかった。

 

 だが、助けてくれた事には変わりが無い。

 「あ、ありがと……」

 一応ミリアリアは礼を述べた。

 

 

 「いや……」

 少年は、少し口篭って(計算のようにミリアリアには見えたが)それから、「それなら、お礼に、ちょっと付き合ってくれない?」と言った。

 

 「え……」

 困った。

 だって自分は……。

 

 ミリアリアが返答に困っていたところ。

 

 「――ゴッドサンダークラッシァアアアアッュ!!」 

 

 聞きなれた声が飛び込んできた。

 

 「あべしっ!!!」 

 

 色黒の少年が吹き飛んだ。

 

 「ミリィ! こいつ、ブルーコスモスか!?」

 ――トールだった。

 

 自分が変質者に追われているようだと聞き、慌てて追いかけてきたのだろう。

 トールのドロップキックが少年に炸裂していた。

 「ち、違うのよ、トール」

 「え?」

 ミリアリアは慌てて少年に駆け寄った。

 「あのさ、大丈夫? ごめん……」

 少年――ディアッカは路地裏に積まれていたゴミ袋に突っ込んで、意識を朦朧とさせていた。

 

 

 

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 「ラウかね……ああ、私だ?」

 ギルバート・デュランダルは、室内の凝った形をした受話器を手に取っていた。

 アンティーク趣味の取っ手が非常に細い電話機だ。

 

 ニュートロンジャマーの影響で携帯電話が軒並み使用できなくなると、こういったものが再び好事家達に取引されるようになっていた。

 

 「先に例のレストランで待っていて貰えないか? すぐに向かう」

 

 

 そう言ってデュランダルは、受話器を置いた。

 

 それから数分後、デュランダルの部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

 「ああ、入りたまえ……」

 入ってきたのは――12、3歳くらいの少女であった。

 

 「大佐……わたし……」

 「よく、今日まで我慢したね、これで君はもう一人じゃない」

 「本当?」

 「ああ、私は傍に居て上げられないが、彼は君と同じだから、きっと優しくしてくれる」

 

 デュランダルは、少女の髪を撫でた。

 

 と、また別のノック音が部屋に響いた。

 

 「入りたまえ」

 

 ドアを開けて、一人の男性が入ってきた、長い金髪をしている男性だった。

 

 「――ようやく、見つけたよ」

 「この子が……」

 

 入ってきた男性に紹介するように、デュランダルは少女の背中に手を回し、そっと押してやった。

 

 「フラガ一族の三分家……ルーシェ家の少女だよ」

 「では、この子も施設で……? こんな子が……」

 「フラガの嫡流が”なくなった”今、レヴェリー、バレル、ルーシェ家の家人が何者かに狙われていると言う話も聞く。 互いに家と家で、同士討ちをしているのかもしれん。 マティウスの一族の妨害とも思えんしな……」

 男性は、まだ背の伸びきって無い少女に目線を合わせた。

 「君……名前は?」

 「ステラ・ルーシェ……」

 男性は少女の肩に手を置いた。

 「俺は……今は、”ネオ・ロアノーク”だ……君みたいな子供をもう生ませないために、ザフトに居る」

 

 男性――仮面をつけていないネオは、少女に優しく言った。

 少女は、安心したようにその手に縋った。


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