機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 35 「蒼海のイージス」

 『慣れていくのが自分で分かったが、それを意識的に自覚してしまうと戻れない気もした。

  どうでも良いところではあるが、生身で海にもぐるよりも先にモビルスーツで海に入ることになってしまったのが、残念だ』

 

 

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 東アジア連邦の勢力圏である、ニホン海の洋上に出たアスラン達は、デッキに出ることを許可され、少し肌寒さを感じながらも、潮の香りを楽しんだ。

 

 「ここから西はチャイナがあって、東にはニホンがあるんです、前に一度キュシューへ旅行へ行った事があるんですよ」

 ニコルはアスランの隣で、このあたりの地理についてあれこれ説明している。

 「ニホンか……」

 「アスランも行った事あります? ……あっ、地球は初めてでしたね」

 「……昔の友達の親がそこの生まれらしくてさ、色々聞いたな」

 「そうなんですか! ……ホンコンではまた、少し休暇が貰えるそうですよ、楽しみだなぁ」

 

 ――その友達とは、ストライクのパイロットのことだろうか?

 と、思ったニコルは話を必死にそらそうとした。

 

 その友達がラスティを殺したのだから。

 

 

 

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 「うっす! キラさんちーっす!」

 「ヤマトさん! おはようございます!」

 「あっ……うん、おはよう」

 

 水色と、ライトグリーンの掛かった頭髪をした二人組み――アウルとスティングの二人にふかぶかとした挨拶をされたキラは、思わず顔を引きつらせた。

 

 「あの二人は……?」

 キラはそっとミリアリアに耳打ちした。

 「ネオ隊長が連れてきた雑用よ」

 「赤服だけど……」

 「色々在ったらしくてね? でも、あの二人生意気なのよ? そんなのに敬意払われてて、凄いじゃない」

 ミリアリアは笑って言った。

 

 

 イージスをあと一歩まで追い詰めたキラは、味方にも名実ともにエースとして認められつつあった。

 

 「ところで……この船、というか足つきはどこに向かってるんだろう」

 キラはぽつりと呟いた。

 「多分ですけどね! キラさん!」

 「うわっ」

 その言葉を聞きつけたアウルが、いつの間にか背後に廻って言った。

 

 「この先に俺のお母さんの故郷――コリア半島があるんですが、そことニホンのキュシュー……ツシマっていう島もあるんですがね。 その間を抜けると、東シナ海っていう海があるんです、そこをさらに越えると……」

 「カオシュンか、ホンコンか……」

 キラは察した。

 

 カオシュンとは台湾の付近にある、マスドライバー施設のある連合軍の基地だ。

 現在はザフトが接収しているが、先のシベリア陥落を受け、現在はマスドライバーの使用も中止され、東アジア連邦とのにらみ合いを続けている。

 

 

 そしてもう一つは、ザフト・連合入り混じった中立地帯になっているホンコンである。

 

 宇宙紀元(コズミック・イラ)への改暦の原因となった国家再構築戦争以後、その歴史的な状況から、あらゆるグレーゾーンが許されるようになった、混沌とした独立都市であった。

 

 「まあ、オレらの追ってる”海坊主”が仕掛けるとしたら、そこ、東シナ海じゃないっすかね」

 

 

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 「ふん……”足付き”め、左側のエンジンに被弾した痕跡がある、どうやらニェーボではろくな補給が受けられんかったようだな、ともなれば――」

 ――ジェラード・ガルシアは、母艦クストーまで帰ってきた偵察用ドローンに録画された映像を見てほくそえんだ。

 

 クストーは先程から、アークエンジェルの遥か後方を隠密潜行していた。

 

 

 

 クストー――ボズゴロフ級潜水艦は、円筒形の本体を中心に、艦の前方に大きく突き出たドライチューブを4本備えており、

 1本につき2機、計8機の水中用モビルスーツを搭載可能な大型潜水艦である。

 大型化した影響で、本来の潜水艦の用途である隠密性は薄れたものの、Nジャマーを元とした各種レーダーが阻害されている現在の戦場では問題が無かった。

 そして発見されたとしても、先の水中専用モビルスーツデッキに加えて上部にもモビルスーツ用3基、VTOL機用に4基の垂直リニアカタパルトを装備している。

 潜水艦としてよりは、母艦としての機能が重視された船であった。

 

 当初、地上に拠点を持たないザフトは、この潜水艦をなんと、宇宙から幾つも降下する事によって、即席の拠点を作る事に成功したのだった。

 連結する事で、基地的な運用を取る事も出来る。

 

 

 ガルシアが単艦で、アークエンジェルを落とそうとしているのも、このように潤沢な戦力を常備できるからであった。

 

 ――ガルシアはその経歴から、後方に追いやられて久しく、部隊の損耗は殆どと言っていいほど、無い。

 寧ろ実戦の時を今か今かと待ちわびていたくらいであろう。

 

 

 「――彼奴らとて海上での戦闘はなれておるまい。 フフ……この不死身のガルシアが東シナ海に沈めてやろう……バルサム!」

 ガルシアは部下を呼んだ。 

 

 「へいへい、グーンで出ろって言うんでしょう? 相手は手負いだし、楽勝でさぁ」 

 背が高く、目つきの悪い部下のバルサム・アーレンドがガルシアの召集に答えながら言った。

 彼もまた、ジェラード・ガルシアと共に宇宙から半ば左遷される形で、地球に降ろされた一人であった。

 

 ――なぜかガルシアの部隊には、紆余曲折あって、ザフトの食み出し者となっている人材が集っていた。

 実績はそれなりに有りながら、肝心な場面で大失態を演じて、それでも尚食い下がるガルシアは、そういった落ちこぼれ達――本来は、選ばれた人間であるコーディネイターには変わり無いのだが――の受け皿と機能していたからであろう。

 

 「へっ……この蒼雷(サンダーインパルス)のバルサムにお任せくださいよ」

 「……お、おおっ、さ、さすが、ワシの部隊のエースだな」

 自身にもそういった面が多分にあるのを棚に上げて、やたらと自信過剰な部下に、ガルシアは少しばかり辟易した。

 自分でつけたその異名は、明らかに紫電(ライトニング)のネオ・ロアノークに対抗してつけたものであったからだ。

 

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 「クストーが動いたか?」

 「ええ、そうみたいです」

 ネオは、ブリッジの一席でデータ分析をしているキラの画面を横から覗き込んだ。

 

 キラはパイロットとしてだけでなく、情報分析やコンピューター制御においても、ザフト随一と呼べる能力を持った優秀なハッカーであった。

 

 各種ソナーやセンサーから得た情報をあっという間に分析して見せたキラは、画面にあるデータを映して、ネオに見せた。

 「これ、見てください」

 ネオは、それを食い入るように見ると、

 「おおっ! これは……」

 と、驚きの声を上げた。

 「どう思います?」

 そんなネオに、キラが意見を求めた。

 すると、

 

 

 「なるほど……わからん!」

 と言った。

 

 「た、隊長……?」

 きょとんとした顔しているキラに、ネオは「わかりやすく説明してくれ」と言った。

 この隊長は、変なところでこういった本気か冗談か判らないような抜けた面があった。

 「えっとですね……これが、クストーだとすると、この波がアークエンジェルなわけです。 と、なるとやはりガルシア隊は、東シナ海上で攻撃を仕掛けるつもりかと……」

 キラは、ソナーで解析されて図表化された音紋の波を、一つ一つ指差して説明しながら言った。

 「なるほど……と、なると、”海坊主”への対処で足つきの進路がわかるな。 このボズゴロフで先回りして、網を張れるってワケだ」

 「……え、ええ、そうなります」

 

 ――ソナーの図表やシステムの事については判らないのに、そういうことは直ぐに判っちゃうんだ。

 と、キラはネオの洞察に感じ入った。

 

 ネオはその情報の意味を知っただけで、次に何をするべきか即座に判断した。

 こういった判断力と言うか、理解力というところは、キラも叶わない。

 ネオは、物事の本質の様なモノを誤解無く理解する事が出来るようだった。

 

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 甲板に一人、アスランは日の光を浴びていた。

 現在はニホン海の南端に差し掛かっており、赤道に段々と近づいているからか、上着を脱いでも、寒さを感じない程度に気温が上がってきていた。

 ブリッジに野営用のシートを引いて、アスランは寝転んだ。

 

 

 海に出てからはや二日、最初は目新しかった光景も、やがてはただの代わり映えの無い風景になってしまった。

 

 だが――風は別だった。

 時折アスランの体を拭きぬける潮風は、やはりプラントでは味わえないものだった。

 

 (こういうところに住んでいるナチュラルが……宇宙まで来てプラントと戦争をするのか)

 

 それは、アスランの素直な感想であった。

 だが、そう思った自分自身を自覚すると、やはり自分は宇宙生まれのコーディネイターであるのだと再確認された。

 (宇宙は過酷だから――俺たちみたいなコーディネイターが生まれて、宇宙に追いやられたのか? それを認めたくないから父上は戦争を?)

 

 ラスティがいなくなってからと言うもの、アスランは嫌でも自分の戦う理由について目を向けさせられた。 

 

 (俺が戦ってしまっているのは、父上から目を背けていたからだ)

 ――俺は止めたかったのだ。 父を。

 

 父から逃げた事と、もう一つ――パトリック・ディノの息子と言う責務――コーディネイターであると言う事から逃げ出した負い目。

 

 その二つが、アスランを責め立てていた。

 

 (ラスティ、お前は偉いよ。 死んだ父親からも逃げなかったもんな……でも、死んでしまったら……)

 

 アスランは、自分を包む、風の陽気にうとうととした。

 

 ――と、その眼前に陰が現れた。

 

 「……ミーア?」 

 潮風に吹かれる髪を押さえながら、ミーアが寝そべるアスランに微笑んだ。

 よろしいですか?とミーアは寝そべるアスランの横に腰掛けた。

 

 「あの、明るい方は……?」

 「ラスティですか? 彼は元々ユーラシアの軍人だから、あちらに残って……」

 「そうですか……アスラン、嘘はお上手ではありませんのね」

 「……」

 アスランの言葉を少し遮るように、ミーアは言った。

 アスランは、言葉に窮した。

 「貴女は、何でもわかってしまうのですね」

 空とミーアを交互に見上げながら、アスランは苦笑した。

 「だって、アスラン、悲しそうなお顔ですもの……」

 「――!」

 

 アスランは息を飲んだ。

 

 「でも、あの人は、きっと信じて戦うものがあったのでしょう?」

 

 胸の震えが止まらないアスランを他所に、ミーアはそのように続けた。

 

 「どうでしょう――」

 アスランは言葉を濁した。 だが、アスランにはわかっていた。

 ラスティは、父親の呪縛に立ち向かったのだ。

 

 自分が父親の予備として、”血筋”の為に生きることを良しとせず――いや、本当は生き延びて、最期まで生き延びる事で、”父親の為には死んでやらない”自分になろうとしていた、今はそう思えるのだ。

 

 

 父が見た夢を子供に押し付けようとする。

 

 それはまるで何かに似ていた――それは自分と、自分たち――コーディネイターそのままではないか。

 

 

 

 やっぱり、自分とラスティはよく似ていたのだった。

 瞼を閉じれば、ラスティの顔が浮かぶ。

 

 (いいよ、アスラン……俺、本当はサ。 戦争で生きられるだけ生きて、それで死ぬつもりだった。 オヤジの予備なんてゴメンだったから)

 

 (でもオヤジが死んで、その船が地上に降りてくる事になって――お前が、降りてきたから、俺はもう一度生きる気にもなってきたんだよ)

 

 (言ったろ……俺は……アスランを……殺したくないってさ)

 

 

 

 「……じゃあ、おまえはいいのかよ、死んでしまって……死んでしまったら、なんにもならないじゃないか……」

 

 

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 「航路良しか……いやしかし、海の上のアークエンジェルと言うのも冴えるものだな」

 キャプテンシートで、ブルーマウンテンを飲みながら、バルトフェルドが言った。

 

 真っ青な海の上に、白い船体をしたアークエンジェルの姿は、前時代の豪華客船を連想させる壮麗さだった。

 

 「水の抵抗というのは、宇宙船乗りには妙なものですが……水面との反発力で、飛ぶより速度が出せますからね」

 ダコスタも手馴れたもので、水上をボートのように滑るアークエンジェルをなんら問題なく操舵していた。

 「ですが……大丈夫ですか? 海の上なんて……逃げ場無いですよ」

 ダコスタが不安そうにバルトフェルドに聞いた。

 「……Nジャマーの影響は海上にも及んでいる。 と、なれば見つかる心配が一番少ないのは海の上だ」 

 

 バルトフェルドはコーヒーを飲み干した。

 「まあ、こっちに間者(スパイ)でもいなきゃ、そうそう見つからないよ」

 と、言うとバルトフェルドはコーヒーのお代わりを入れようとした。

 

 

 「艦長! 七時の方向――何かがぴったりとくっ付いているようです!」

 ところが、イザークがニェーボで新しく取り付けた海中探索用のソナーを見ながら言った。

 

 

 「ム、むう………漁船……じゃないよなぁ」

 「この反応は海中を進んできています!」

 アークエンジェルはかなりの速度で海上を滑空していた。

 それに追いついて、海中を進んでくるとなれば――。

 「潜水艦でも無いとなれば――魚雷か……!」

 

 バルトフェルドはカップを適当に置くと、キャプテンシートに身を戻した。

 「総員! 第一種戦闘配置! ダコスタ、浮上しろ! アイシャ!」

 「了解! ヘルダートと底部イーゲルンシュテルン起動! 魚雷の3番と4番は照準マニュアルでワタシに!」

 

 バルトフェルドとアイシャは状況を察すると、すぐさま戦闘準備を始めた。

 

 「遅いぞ! ダコスタ! まだあがらんか!」

 「大丈夫です!」

 アークエンジェルは、レビテイターの出力を上げると、海面から徐々に上昇をした。

 

 「い、いるんですかね? スパイ……?」

 「さあ、な? それにしてもツイている敵だな……」 

 安全かと思いきや、予想以上に早くやって来た敵の来襲に、ダコスタとバルトフェルドは苦笑した。

 

 「来ました! 魚雷とミサイルです! 第二波、第三波も来ます! 第四波、第五波も! 恐らくは敵潜水艦がいるものと思われます」

 「迎撃しつつ上昇を続ける! イージスは、支給された”プラスD型”は使えるのか?」

 「いけるってよ!」

 ディアッカがバルトフェルドの言葉に、モビルスーツ・ドックの返事そのままを叫んだ。

 

 

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 「へっ。 しかし蒼雷(サンダーインパルス)と呼ばれた俺が、こんなイカみたいなモビルスーツに乗るハメになるなんて」

 「まあ、そういうな、ナチュラルの技術者の設計ではあるが、ザフト初の完全水陸両用モビルスーツだ」

 モビルスーツ――グーン。

 それは、特殊すぎる用途の故か、他のザフト製モビルスーツと大きく異なったシルエットをしていた。

 水中を高速で進むためのイカの様な尖った頭頂部と、 ジンに比べて広いモノアイ・ブースを持ったカメラ。

 そして水圧に対抗するためか、全体的にずんぐりむっくりとした、どこか愛嬌のある姿。

 

 一説には、海の無いプラントでの開発は難航したため、親プラント国家のナチュラルの技術者のアイデアが多分に採用された結果であるとされていた。

 

 「ま、格好つきませんが、信頼はしてますよ――バルサム・アーレンド、グーン出ます!」

 

 ドライチューブの中に、グーンは進む。

 チューブの中に注水がなされ、水圧が徐々に加わっていく――。 

 ハッチが開き、グーンは水中を魚雷の群れと共に発進した。

 

 

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 「イージスプラス(depth)型か――他のABC型装備との併用は不可――よくこんなものまで」

 「泳げはしないが、十分いけるはずだぜ! 頼むぞ、アスラン!」

 ミゲルが、無線で、コクピット内のアスランに声を掛ける。

 「――気張るなよ?」

 「ああ――アスラン・ザラ、イージス・プラスD型、出る!」

 

 イージスはカタパルトに進むと、蒼海に向けて発進した。

 「仲間が死んだばっかりだってのに――あいつも――」

 

 自分が整備した機体に乗って、海に飛び込んでいく少年。

 そう年は変わらないものの、自分より年下の人間が苦しむのを分かっていながら、ミゲルは送り出す事しか出来なかった。

 

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 「キャビーティング魚雷装填、ハッシャ!」

 アークエンジェルのブリッジでは、CIC席に座ったアイシャが火器管制を取っていた。

 数種類の魚雷を使い分けて、アークエンジェルを狙う魚雷を迎撃していく。

 すると、その中に奇妙な陰が混じっている事に気が付く。

 「――魚雷ジャナイ!」

 アイシャがブリッジに報告を上げた。

 「これは……音紋照合! 恐らくはモビルスーツです!」

 「水中用のモビルスーツ!?」

 イザークからの報告にバルトフェルドが声を上げた。

 「アスラン・ザラ! 水中での迎撃は船ではなく、モビルスーツが相手になるぞ! 注意しろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 「――うお!」

 魚雷の群れに混ざっていたバルサムのグーンだったが、先を行く魚雷が次々と誘爆させられているのに気が付いた。

 「ケッ、あの船、ナチュラルの宇宙船だってのに、やりやがるな」

 こうなれば、自身でさっさと始末するしかない、と思ったバルサムは、部下のグーン数体を引き連れて、速度を上げた。

 

 が――。

 

 ピピッー!!

 

 「うぉおお!?」

 途端、バルサムのコクピットに、警告が走る。

 敵の攻撃が直撃すると言う警告音である。

 「――ばかな!?」

 ナチュラルに手動で狙われて、しかもそれが確実に命中する――ということである。

 バルサムのグーンは咄嗟に身構えた。

 

 グォオオオン!!

 魚雷が命中し、バルサムのグーンに震動が走る。

 

 だが……。

 

 「ハ、さすがグーンだ、なんともないぜ!」

 

 耐圧性能に長けたグーンは、装甲もジンなどの陸戦・宇宙用のモノと比較して強固にされていた。

 元々、海岸から沿岸部基地への強襲用に開発がスタートされたものである。

 ある程度敵の攻撃を受けてでも、進軍せねばならない状況下での利用を想定されていた。

 魚雷の一発程度なら沈まないのである。

 

 

 「敵にも腕のいいのがいるらしいな。 だが、このグーンならやれるぞ! セナ、プロスト、シューマッハ! 蒼雷(サンダーインパルス)分隊の力を見せてやろうぜ」

 

 部下たちを先導するように、バルサムはアークエンジェルに向けて突撃した。

 

 

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 「これは……海上からも接近する機体あり! ザフトの大気圏内用モビルスーツ、ディンと思われます!」

 「ちっ、盛りだくさんだな……」

 バルトフェルドが舌打ちする。

 「このまま派手にドンパチやっていたら他の敵にも気付かれる可能性があるか……」

 「針路はいかが為さいますか?」

 ダコスタが聞いてきた。

 今までは敵に察知されないように、なるべく海の真ん中を進んできたが、見つかってしまったのであれば、陸地に寄せて進んだほうが良いのではないかと言う提案である。

 「……敵にルートを知られるのは避けたがったが、こうなれば仕方ないか。 迎撃しながらホンコンに直行する! あの海域の近くなら、ザフトも戦いづらいだろう」

 バルトフェルドはそう決断すると、戦いながら針路を目的地であるホンコンへと真っ直ぐ向けた。

 

 

 

 

 アークエンジェルを三体のディンと、四体のグーンが囲む。 ボズゴロフ級の搭載能力を活かした、モビルスーツ部隊としては大編成の攻撃である。

 

 

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーはイージス・プラスのB型装備を身につけて、ディンを迎撃した。

 

 ズバアッ!

 「うおぉっ!?」

 

 早速、ディンのうち一機にビームを命中させる。

 まだ落ちては居ないが、武器を持つ腕を吹き飛ばして、敵の戦闘能力を無力化させることができた。

 しかし――。

 

 「!?」

 上空から敵のミサイルも飛んできていた。

 その大きさから、敵の母艦から放たれたものであろう。

 

 Nジャマー下では、本来長距離の誘導ミサイルは使用できないはずである。

 ならば――恐らくはこのディンが、レーザーか何かを使用する事によって、このアークエンジェルの詳細な座標を、母艦に教えているのだろう。

 「チッ、敵は見えるだけではないか――海の下にもいるな。 アスラン、いけるか――?」

 

 

 

 

 

 「へっ、上がディンに気を取られている間に、俺らが真下からアークエンジェルを叩く、楽な作戦だぜ」

 バルサムは、あっという間にアークエンジェルの直下にたどり着いていた。

 

 先ほどから魚雷の攻撃が絶え間なく続いているが、母艦であるクストーも敵に対して波状攻撃をしかけているのだ。

 そうそう易々とやられはしなかった。

 

 「しかし……バルサム分隊長!」

 「……なんだ!」

 そうした有利な状況にも関わらず、部下のセナが不安そうに通信を送ってきた。

 「イージスが居ないと言うのです、ディン隊の報告では……」

 「なんだって?」

 「イージスの姿が甲板にも空にも見えないと……うゎぁ!」

 

 ズガ! ザザッー!

 と、突然ノイズが通信に走り、セナの機体との交信が途絶えた。

 

 「お、おいセナ! どうした何が!」

 叫ぶとそのとき、

 

 「うわあああああああ!」

 今度はプロストが悲鳴を上げた。

 「!?」

 バルサムが、その方向を見たとき。

 

 ――手が、海中の闇から、”巨大な手”が迫ってきていた。

 

 

 (プロストの機体が喰われてー!?)

 それは何か、異形の怪物に、グーンが食べられているように見えた。

 

 

 プロストのグーンは、握り締められて、爪を立てられ、そして――。

 

 ギュウオオオオオン!!

 

 (あの威力は――フォノン・メーザー砲!?)

 掌から発せられた、フォノンメーザー砲によって、プロストのグーンは、バラバラに粉砕された。

 

 「モビルアーマーだとっ!? あっ! イージスかぁ!?」

 バルサムが叫んだとおりだった。

 

 海中から襲ってきた巨大な手――それはモビルアーマー形態のイージスであった。

 

 ――イージスプラスD型。

 

 イージスのモビルアーマー形態を、水中でも使用できる様に改修するパーツであった。

 

 

 

 「うおおおおお!」

 イージスは、スキュラ――正確には、水中では分散してしまう、スキュラのビーム・エネルギーを音量子に組み替えて放つ、「スキュラ・フォノン・メーザー砲」を放った。

ミラージュコロイドがエネルギーを組み替える際に発する残滓が、本来不可視のはずのフォノン・メーザーに僅かながらビームの様な光の屈折を与えていた。

 

 カッ!!

 

 「わああーっ!?」

 バルサムのグーンは、スキュラの威力に、腕部を一気に持っていかれた。

 

 

 「スキュラって、こういうことなのか?」

 アスランが思わず呟いた。

 

 ――武器の名前となっている、スキュラとは、半身は美しい女性で、下半身は魚で、腹部からは6つの頭でできた帯の様な体をしている怪物の名前である。

 イザークが、こういった事に詳しく、以前聞いたことがあった。

 ――恐らくは、変形する前のイージスの姿が、流麗な女性的なフォルムをしているのに対して、変形したイージスは、正に、このスキュラの名前を連想させる異形だから、メイン武装にその名前をつけたのだろう、と。

 

 イージスは海中において、まさにその魔物(スキュラ)を体現していた。

 

 

 「ぐ、グーンの装甲が一撃で……こんなのがあるだなんて聞いてない! シューマッハ! 逃げるぞ!」

 バルサムが、最後まで残った部下に撤退を告げた。

 

 「分隊長殿、しかし……! ディン隊がまだ……!」

 「いいから撤退だ! 俺たちがこのザマでは、どうにもならんぞ!」

 

 

----------------------------

 

 

 ――海上のディン部隊は、突然の撤退命令にパニックとなっていた。

 「なんだと!?」

 「バルサムがしくじった!?」

 

 クストーからのミサイルの照準を合せていたディンたちであったが、肝心の攻撃部隊が撤退とあっては、自分たちも逃げるほか無かった。

 長距離ミサイルはあくまで足を止めるための手段であって、豊富な迎撃武装と装甲を持つ、アークエンジェルをしとめ切れるほどの攻撃力はないのだ。 

 

 「――貰った!」

 相対するクルーゼの側には、ディンの動きが止まった理由は分からなかったが、そんな敵を捨て置くほど、彼は無能では無かった。

 

 ビーム・スマートガンの一閃を、空中のディンに向かって放った。

 

 「うわああーっ!」

 断末魔の声を上げて、ディンのパイロット達が、ビームの粒子に飲まれていった。

 

 

 「アスラン! 水中の敵を仕留めたようだな!」

 ディンを撃退したクルーゼが、アスランに通信で言った。

 「はい! ですが、二機取り逃がしました……!」

 「良い、艦は無事だ。 深追いはするな。 ――しかし、アスラン、手馴れてきたものだな」

 

 新型装備を易々と使いこなし、なれない水中での戦闘で、敵を撃破して見せたアスラン。

 「モビルスーツで格闘するならまだしも、D型のモビルアーマーなら、宇宙と殆ど同じ感覚で操作できますから……」 

 そうは言うアスランだったが、確かに、彼は戦士として手馴れてきていた。

 

 最初は、敵を撃つ感覚に戸惑いがあったが、今では、何にも感じていない。

 アスランは、それを自覚するところでもあった。

 

 

 (俺は、まだ死ぬわけには行かない……)

 今ははっきりと、そう感じるアスランだった。

  

 

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「な、なんだと……!? あれだけの戦力を使って仕留め切れなかったのか!? それどころか……モビルスーツ五機を……!?」

 

 一方、クストーのブリッジでは、ガルシアが戦況を見て呆然としていた。

 

 「く、くそ……こ、こんな筈では……! バルサム、お前! 何が楽勝だ!!」 

 「あ、あんな水中で動ける機体があるとは聞いてなかったんですぁ! ムリでしょ!!」

 「このばか者がぁ! ……グゥウ、だが、まだ終わらんぞ、この”不死身のガルシア”は諦めんのだ! まだチャンスはある筈……!」

 

 薄ら笑いを浮かべるバルサムを突き飛ばして、ガルシアはソナーを睨んだ。

 

 アークエンジェルは、ホンコンへと遠ざかっていく。

 

 「ぐっ……だが良い、ホンコンの海域ギリギリで待ち構え――今度はワシがゾノで出る!」

 

 

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 「海坊主、散々だったみたいだな」

 ネオは、先の戦闘の記録を見ながら言った。

 

 ネオ達の乗るボズゴロフは、一足先にアークエンジェルの針路を読み取って、ホンコンへと先回りしていた。

 

 「――ホンコンか――足つきの情報を集めるのにも、部下に休暇を取らせるにも丁度良い。 俺もたまにはエビでも食いたいしな?」 

 ネオは、仮面の下に僅かに見える口元を緩めていった。

 が、次の瞬間には引き締めていた。

 

 (ホンコンなら、あの男ともコンタクトが取れるかもしれん、一度会っておくか――ギルバート・デュランダルに……)

 

 

 

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 「――この隠居親父を引っ張り出して、何を見せようと言うのだ、娘よ」

 霧深い、ホンコンの港――。

 

 本来、軍艦が寄航するエリアは、港の端と端に置かれるなどして、民間船や民間人からはその全貌が見れないような配置となっている。

 

 しかし、彼は――連合軍の軍艦が見える岬に一人立っていた。

 

 眼前には白い巨体、アークエンジェルの姿があった。

 彼はシーゲル・クライン。

 

 ヘリオポリス崩壊事件の責任を取って政界から身を引いた、嘗てのオーブの首相。

 そしてミーア――ラクスの父、その人であった。

 

 

 

  


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