PHASE 34 「北海を発して」
『もう迷わないと決めた事で、俺は戦う意思が出来た。
まず決める、そしてやり通す。 それが何かをなすときの唯一の方法。
それは彼女から後で聞いたことだった』
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と、いうのも立て続けに部隊の指揮を混乱させる事件がおきたからだ。
「ゼルマンが死んだか……そうか」
アークエンジェルのブリッジで、バルトフェルドから勧められたコーヒーを口に入れて、クルーゼが一息ついた。
普段、コーヒーを勧めても決して口に入れないクルーゼが、素直にカップを受け入れたのに、バルトフェルドは珍しいな、と思いつつも話を続けた。
「敵軍の脱出艇を狙撃するよう、艦を進めたところ、逆にカウンタースナイプされたそうだ」
「ふむ……いい軍人だったのだがな……」
と、クルーゼは感傷に浸る様子を見せた。
が、直ぐに「ところで、先程から、ユーラシア側が慌しくなっているようだが……」とバルトフェルドに聞いてきた。
「それがな……ユーラシアのオブザーバーが暗殺されたらしい」
「……暗殺だと?」
クルーゼは思わずカップを落としそうになった。
「ああ、殺されたカナーバ補佐官の傍らには、ザフト兵が自害していたとか。 恐らくはグラディス中将に報復を考えて……結果カナーバ補佐官の方を……とね。 しかし妙な点も多い……」
バルトフェルドもまた、戦いに勝ったというのに浮かない顔をしていた。
政府高官の暗殺という不可解な事件。
マスドライバーの崩壊に伴い、自分たちがゼルマンに囮として利用されていたらしい事がわかったこと。
――そして、ラスティという少年の死。
自分たちが、おぞましい世界に居るのが、厭でも自覚された。
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ドックからは、特務部隊Xが撤退していった。
カナード・パルスは挨拶も無く去っていった。
ただ、一言――。
イージスから降りてきたアスランに、
「あのストライクのパイロットは何者だ?」
と聞いてきた。
アスランは、ネオ・ロアノーク率いる特務隊に所属しているらしいという一般的な情報だけ伝えた。
無論、自分のかつて友人であるなどとは言わずに……。
そして、アークエンジェルのドックには、アスランのイージスと、クルーゼのスカイ・ディフェンサーだけが残された。
作戦が終わって二日が経った。
事態の収拾は完了し、アークエンジェルはシベリアからカムチャッカへと発つ事になった。
まだ、アスランは、ラスティが消えたショックからは、完全に立ち直っては居ない。
けれど、それでも立ちあがらなければならない事は自覚していた。
それから日々、イージスの整備に勤しみ、また戦いへ赴く準備をする。
心配するミゲルをよそに、アスランは淡々と仕事をこなした。
「……結局俺は無力か」
そんな中、イザークが、ドッグで少しばかり疲労にうなだれたアスランに話しかけてきた。
「……言えばいいだろ、無力なのは俺だ……ラスティは俺が殺したって、ストライクにトドメをさせなかった俺が……」
が、そんなイザークにアスランは突き返すように言った。
「そうではない!」
イザークはアスランの胸倉を掴んで言う。
「俺は……憎い! ザフトが……何より、無力な自分が憎い!」
「……俺は、お前の母さんも、ラスティも死なせた」
「――違う、お前は!」
イザークは、アスランを突き飛ばした。
「何故何も言わん! ……何故そうまでして戦える!?」
「……イザーク?」
アスランには、イザークの言わんとしている意味がわからなかった。
それを見て更に、イザークは憤った。
自分には力が無い。
――自分は目の前の友の助けにもならないのかと。
アスランの側からしてみれば、イザークの気持ちは理解できなかったが、それでもアスランにはイザークに伝えたい事があった。
「大丈夫だ……イザーク。 俺はもう誰も死なせない」
「……ッ!」
アスランは強い瞳で、イザークを見た。
(俺はコイツと違うのか……? コーディネイターとナチュラルだから? いや……違う、やはり俺が……俺という人間自体が……無力……!)
気位の高いイザークが、初めて明確に自覚した劣等感だった。
イザークは、アスランに背を向けてドッグを出た。
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これによってザフトの戦力は、大幅に後退して、西ヨーロッパのジブラルタル、黒海のディオキア、そしてユーラシア大陸の東端、リマン・メガロポリスのみを残し、シベリア戦線は新しい方向へと進んだ。
そして、今、アークエンジェルはミール・ヌイで受けた傷を直す為に、各地球連合国が各国合同で建設した基地、
その途中、アークエンジェルはシベリアから離れる前に、ある儀式を行った。
――戦没者への別れである。
「……
離れ行くシベリアの地に、バルトフェルドは敬礼をした。
それに倣って、クルーは全員、礼を行う。
アスランたちは、艦橋に上がって、花輪を投げた。
北極に近い東シベリアの地は、ようやく昼の時刻を回ったころで、日が差してきた。
遅い夜明けの光に照らされて、花が大地に散っていく。
「イイヤツだったよな……」
「……ああ」
ディアッカがイザークに言った。
「そうですね……もっと、遊びたかったな……」
ニコルもそれに対して呟いた。
「アスラン、またキャラオケ付き合えよ……」
「ええ……」
ミゲルが、アスランの肩を叩いた。
アスランは、この土地に――地球に初めて降りたときのことを、ラスティに出会ったときを思った。
今はもう、涙を流してはいない。
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マユラは、ラスティの姿が見えなくなってからというもの、アークエンジェルが寄港地に寄ってオンラインになるたびに、ラスティに何通かメールを送っていた。
しかし、いつまでも返事は無かった。
「失礼しちゃうわね……」
それが、何を意味するか、マユラにもわからないではない。
だが、彼を――嘘でも自分に好意を告げてきた男の子の事を想うならば――。
「……今度ユーラシアに来る事があったら、どっか一緒に行ってあげるわ……じゃあね、バイバイ――返事、まってるわよ?」
――ユーラシアには、一見軽そうだが、ちょっと素敵な男の子がいた。
そうマユラは記憶に留めることにした。
と、マユラは端末に、新しいメールが届いているのを見つけた。
「あ……ゲーマーの」
少し前に、ひょんな事から知り合った男の子からのメールだった。
いつもは気が向いたときだけ返信するのだが……。
「……ま、ね」
直ぐに返事を書いて――端末がオンラインになったら自動で返信するように仕向けた。
返事をもらえるのは、嬉しい事なのだと、マユラは思ったからだった。
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『拝啓、MRさま
早速のお返事、ありがとうございます!
僕は仕事で多少のミスがあって、大目玉を食らってしまったところです。
何事もゲームのように上手くは行かないものですね。
そういえば、僕は今度ホンコン・シティに行く事になりました。
そこからはまた――宇宙に行く事になりそうです。
いつか君のいるオーブにも行きたいです!
また、ゲームをしましょう!』
車に揺られながら、クロトはメールを打っていた。
「……堅すぎるかな?」
クロトが、書いたメールを、隣の席にいる少年に見せた。
「堅い……あいつに見せれば?」
オッドアイの少年がボソ……っと呟いた。
「え、やっぱり? なあ、女ってどうしたら?」
クロトは後部座席から、前方の運転席に手を伸ばした。
運転手にメールの内容を見せようとする。
「うっぜーよ! おまえら!」
運転してんの! と運転席に座る少年が言った。
しかし、
「まあ……でも女性っていうのは、真心が大事だからな。 ……抽象的な話じゃなくて、何かこう、具体的なデートコースとか、してあげられる事とか書けば、進展するんじゃねえの? この人、アタシの為にこんな事を……みたいな」
律儀にも彼は答えてくれた。
「なるほどぉ!」
クロトは目を輝かせて、メールを手直しし始めた。
「――ったく」
運転席のオールバックの若者は、ため息をついた。
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「随分苦戦したみたいですね?」
ザフト軍リマン・メガロポリス基地の一室。
ジェネシス衛星を介して、アズラエルとナタルが通信で話していた。
「……面目ありません。 全ては私の責任です。 ミール・ヌイ基地は陥落し、貴方の直属の部下であるクロト・ブエルも
ナタルは悔しさを堪えながらも、素直にアズラエルに失態を報告した。
「いえいえ……貴方でなければ、ニェーボの勢力はシベリアを覆って、さらなる犠牲が生まれたことでしょう」
アズラエルは、あからさまに自分の寛容さを誇示するようなセリフを言った。
(くそッ……!)
それはナタルにとってこの上ない屈辱であった。
「……しかしながら、戦いはこれからです。 オペレーション・スピットブレイク。 貴方にも働いてもらわねば」
「ハッ……!」
だが、ナタルは悔しさを必死に堪えて、アズラエルに敬礼した。
戦いはまだ続く、そしてこの男は、この戦いを牽引する一人なのだ。
自分は、それに従う義務があった。
それを通す事が彼女の誇りであった。
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――プラントとの緊張が高まる中で、旧プラント理事国3国合同軍を母体とした、人類史上初の世界規模の安全保障組織である地球連合軍が発足した。
そして、プラントとの戦争を想定した、その象徴たる、国家間を跨いだ安全保障……防衛の前線たる基地の建造が必要となった。
その基地の建造計画こそが「ヘブンズ・ベース計画」であった。
カムチャッカ半島に建造された
「随分痛んでいるな……」
アークエンジェルを浅瀬に作られた港に入港させながら、ダコスタは呟いた。
「……ここも先の戦いで攻撃目標にされたからねえ。 まあ、だがさすがヘブンズ・ベースの一つだ。 よく耐えたよ」
バルトフェルドが言った。
「これでようやく一息つけますかね……」
ダコスタが言った。
「――そうもいかん気がするなぁ」
バルトフェルドは呟いた。「えっ?」と、ダコスタは思わず聞き返した。
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ニェーボのドックで、修理と補給を受けるアークエンジェルであったが、その内容にバルトフェルドは嘆息した。
「い、イージスの戦闘データはこちらでも頂くが、この基地ではユーラシアの目もある。 貴官らにはやはりアラスカの本部を目指してもらって……」
「だが、増員は無し、……イージスの追加パーツと、スカイ・ディフェンサー一台を予備にやるから、なんとか頑張れと?」
バルトフェルドよりも年若い将官が、その問いに対して、窮していた。
「いや……だから、つまり……」
「アーサー・トライン准将? ……この補給でアラスカまでというのは……」
「い、いや。 ともかく、今伝えたとおりだ! 我々も先の作戦で消耗が激しいのだ。 す、すまないがな……」
いかにも頼りなさげな若年将官のセリフに、バルトフェルドは怒鳴りそうになった。
こいつはコネか何かで――恐らくは本部のイエスマンになるべくこの基地に指し仕向けられたアラスカ子飼いの指揮官なのだろう。
(――ニェーボを守りきったんだから無能ではないのだろうが……)
しかしながら、この補給の顛末で、バルトフェルドは何となく、本部の意向が読めた気がした。
「我々に囮になれと?」
「ぬっ……!?」
「だから、余計な人員や物資を渡すわけにも、護衛艦をつけるわけにもいかないと……」
「き、貴様……!」
流石の将官も表情に怒りを浮かべる。
が、バルトフェルドは鋭い視線だけでそれを”一喝”した。
「ムムゥッ……!」
「准将殿、それでは確かに承りました……それでは我々はこれより南下し――太平洋を経由してアラスカ基地を目指します。 ご協力、感謝いたします」
――船の客の事は言わないほうがいいだろうとバルトフェルドは考えた。
この様子では何をされるか、何を言われるかわかったものではない。
(ま、受け取った情報はあの娘等を降ろしてから、サザーランド少将に渡せばいいだろう。 ホンコンまでは、なんとしても無事に辿りつかなくちゃな……しかし、ホンコンか……嫌な街だ)
バルトフェルドは、傍らに立つアイシャをみた。
「?」
アイシャは、何もかもを見透かした目で、バルトフェルドを見るだけだった。
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『シベリアでの事、ご苦労だったな……』
「ハッ」
ニェーボの一室。
バルトフェルドとアイシャは並んで画面に敬礼をしていた。
画面の向こうには、アラスカ本部にいる、G計画最高責任者の一人、サザーランド少将が映されていた。
敬礼するバルトフェルドに対して「楽にして、かけてくれ」と目配せをする。
バルトフェルドはそれを見て着座した。
『ヘリオポリス以来の諸君らの働きには感謝の言葉もない……さて、トライン君から聞いたかもしれんが、諸君はそこニェーボで仮修理を受けて、我らの居るアラスカまで来てもらう事になる」
「……一つお尋ねしたい事が」
「ん、なんだね?」
バルトフェルドは、話の腰を折ることにはなるが――本題に移る前に、一つどうしても聞きたかった質問をした。
「オーブの学生達が、未だ、わが艦には乗っております。 それらをニェーボで降ろすわけには……」
ずっと気がかりだったアスランたちの事である。
成り行き上、地上での戦いにもつき合わせてしまったが、ラスティの死が、彼らをこれまで以上に追い詰めているのをバルトフェルドは理解していた。
だが、
「すでに彼らは実戦も経験し、立派な軍人になっている。 機密事項もあるから難しいな……第一、彼らは地球降下前に正式に志願している筈だ」
と、サザーランドは否定の意を表してきた。
「ええ、ですが、彼らはシベリアの戦いでの疲労がピークに達しております、これ以上は……」
しかし、尚食い下がるバルトフェルド。
普段従順に従う部下の様子に、サザーランドも何やら思うところのある素振りをする。
「ふむ……なら、そうだな……あのイージスのパイロット。 彼以外、ということならば何とかなるかもしれんが……」
その回答にバルトフェルドは口を塞いだ。
……アスランだけを残すなど、出来るはずが無い。
そんな事、当の本人達が、納得するわけがないのだ。
「わが軍で最も重要な機密を知ったのだ。 それも敵性国家の留学生がな……しかしながら、ジュール家のご子息も居て、彼はその友人だという。 彼はその為に戦っているのだろう? この忌むべき戦争の中で、その美しい友情、善意の協力については、本当に感動しているのだ。 この程度の補給で申し訳は無いが、今後も彼らに出来る限りの事はしよう――アラスカについた暁には、取るべき方法もあるだろう」
サザーランドは、諭すような口調で言った。
バルトフェルドはその言葉を意外に思った。
サザーランド少将といえば、対コーディネイター・プラント路線を推し進めている事でで有名な人物であったからだ。
(しかし、レイ・ユウキ提督を自身の片腕にしたということもあるか……)
だが、バルトフェルドはどうにもサザーランドの言葉を手放しで受け取ることが出来なかった。
今はただ、アラスカを目指す事しか出来ない。
その事がだけが、ただはっきりとしている事実であった。
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「エドの事……すまなかったな」
「やめて頂戴……彼は軍人であることを選んだ……それだけよ」
北極艦隊旗艦、ボスゴロフ級”メルヴィル”の艦長室。
ネオと、艦隊提督であり、”白鯨”の異名を持つ、ジェーン・ヒューストンが話していた。
「回収した機体はリマン・メガロポリスに運んで修理させるわ。」
「そうしてくれるか?」
先の戦いで、ブリッツ・デュエル・バスター・ストライクの四機は何れもダメージを受けていた。
今はまだ、この四機は貴重な戦力であり、代替の利かない物資であった。
特に、イージスに対抗するには。
「でも……貴方達はどうするの?」
「坊主達は、少し休ませてやりたいな……だが、足つきがデータを持ってアラスカに入るのは、なんとしても阻止せねばならん」
「それなら……既に極東方面の部隊が動いているわ」
「動向を、既に掴んでいるのか?」
「……足つきはニェーボを出たそうよ。 スパイがその情報を掴んだみたい」
「単艦でか……? 妙だな」
「でも、それをノコノコ追っている部隊があるの」
「……?」
ネオは首を傾げた。
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「グリマルディ戦線の失態から、海に潜らされて来たが、ようやくチャンスが巡ってきたようだな……」
ジェーンの乗ると同じ、ボスゴロフ級戦艦”クストー”の艦長室。
一人の剃髪の男性が、嫌らしい笑みを浮かべていた。
「フン……
男性は艦長室のモニターに、アークエンジェルやイージスの情報を表示させる。
「――フハハハハ! この命、もう一度プラントに賭ける事ができる! されど――この”不死身のガルシア”がな!」
男性――ザフト軍極東方面戦術偵察潜水部隊指揮官、ジェラード・ガルシアは、一人艦長室で高笑いをした。
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「……ガルシア? ああ……サイクロプスに艦隊突っ込ませて左遷された”海坊主”か……」
ネオは、ジェーンに言われた男の名をようやく思い出した。
月面のグリマルディ戦線において、地球軍の不穏な動きを察知し、脱出を始めた部隊が多い中、一人功を焦り、全軍を突撃させ、まんまと地球軍の自爆攻撃に引っかかって艦隊をほぼ全滅させた男――それでいながら自身はなぜか生き延びて未だ前線にたっている――自称”不死身の男”ジェラード・ガルシアであった。
「恐らくだけど、足つきは囮よ。 ……無視するわけにもいかないけど」
面倒な話である。
ミール・ヌイが落ちた事と、来るべきオペレーション・スピットブレイクで、自軍が混乱しているというのに、単身功を稼ごうと勝手に動いているのである。
だが、ネオはその話を聞いて意外にも、
「ふぅむ……まあ、だが丁度いいか」
とうなずいた。
「え?」とジェーンはネオにどういう意味かと尋ねる。
「つまり、アークエンジェルはコッソリ逃げる、海坊主がそれをガッツリ追う。 で、俺たちは”それ”をコッソリ追う」
「そうやって……二重の監視でアークエンジェルの動向を探ろうってワケね?」
「そういうこと」
「……まさか、味方をダシにして、漁夫の利を得ようというのではないでしょうね」
「そこまでしないよ、件のガルシアさんじゃあるまいし」
ネオは笑って言った。
「……まあ、貴方なら信用してもいいかしらね」
ジェーンは頷く。
「――ありがとよ、それじゃすまないが、ボスゴロフ級一隻を預けてもらえるか?」
「……わかったわ。 丁度、ネームドシップが空いてる。 それから、本部から新型の試作機と補充要員も来ているの……海上での戦いになるし、それごと、貴方に預けるわ」
ジェーンは澄んだブルーの目でネオを見た。
「ありがとう……エドの仇は、無念は必ず晴らすさ」
「……よろしくね」
ネオとジェーンは握手を交わした。
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ニェーボから、アークエンジェルが出航してから、オホーツク海を抜けていた。
「海か、本当に地平が見えない……」
アスランは窓の外から見える水平線に感動した。
「アスランは、海初めてなんですか?」
「ああ、プラントの水場も凄かったが、やっぱり”
「ですよね?」
ニコルは笑いながら言った。
「もう直ぐ、ニホン海に出るそうですよ。 そうなれば少し暖かくなるそうです。デッキに出られたらいいですね」
――ニコルはそうしてアスランに話しかけていた。
それが、彼のことを案じてなのを、端から見ていたディアッカは気が付いていた。
しかしアスランはニコルの不安を他所に、どこか振り切れた様子だ。
(ラスティがああなっちまって……覚悟が出来たってことかよ?)
ディアッカはそんなアスランを複雑な顔で見る。
(イザークも、タンクに乗っちまって……)
友達を見捨てられないのは、ディアッカも本当だった。
だが、ディアッカの心には、陰が浮かんでいた。
戦争に巻きこまれていく――そしてそれは当初の目論見とは違った――全く自分たちの意思が及ばない何かに巻かれていく感覚――。
(冗談じゃねえよ……)
ディアッカの心もまた、ラスティの死によって、他の少年達とは又違う形で磨り減っていたのだ。
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イザークは、一人、黙々とシャドーボクシングに打ち込んでいた。
訓練室で、迷いを振り払うかのように……。
「あらら?」
そこへ、ミーアが現れた。
「貴方は、イザークさまですわね?」
「……!? 貴女か……また、こんなところをうろついて……」
イザークはそれに驚きながらも、 軍艦の中を勝手に歩き回るミーアを嗜めようとした。
「このお船、素敵なもので……でも訓練中でしたのね。 お邪魔をしました」
「ええ、本当に」
イザークは突き放したように言った。
しかし、ミーアは悪びれる様子無く、笑顔でその場に居座る。
そして、一言――
「……頑張るのは大切な事です。 でも、貴方はアスランとは違います」
と、言った。
「っ!?」
その一言に目を見開くイザーク。
「いくら貴方が対抗しようと、アスランはアスランですわ。 貴方はアスランにはなれません。 アスランは――」
「――何がわかる!」
イザークは、思わず激昂し、ミーアの肩を掴もうとした。
だが、
フワッ……。
「あっ!?」
ミーアが、イザークの手に自分の手を軽く添えただけで、イザークの体が倒れた。
「なに……が……?」
何が起きたかわからず、混乱するイザーク。
「前にお話しましたように、父に武道の手ほどきを受けておりますのよ?」
微笑みながら、ラクスは言った。
「――人には出来る事と出来ない事があります。ですが、人は自身の運命すら変えることも出来る」
「……?」
「女の私が、貴方をこう出来たように……」
イザークは起き上がった。
「俺も、まだ……?」
「貴方次第、ですわ? ――貴方は見所がありそう。 父に、紹介したいですわ」
ラクスは優しく微笑んだ。
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ニュートロンジャマーの影響下での運用を目的に建造された、大型潜水母艦・ボスゴロフ級、その一番艦である”ボスゴロフ”――。
北極艦隊からこの艦を受領したネオは、早速新たに部下となったクルーと顔合わせをしていた。
「――エドモンド・デュクロか、D.S.S.Dから木星船団とは……大した経歴だが、どうしてザフトに?」
目の前に居る自分よりも少しばかり年上の厳しい男性に、ネオは尋ねた。
D.S.S.Dとは国際的な宇宙開発機構で、コーディネイターやナチュラル、国籍なども問われない純粋な学術的探求を目指す組織であり、木星船団は……アズラエルも参加していた、現在はコーディネイターの中でもトップエリートしか在籍でない組織である。
彼の見た目は荒々しい、軍人を絵に描いたような人物であったが、その内面からは迸る知性が感じられた。
ネオの質問にエドモンドは、暫く考え込むと、
「いえ、なに……」と言い出して、
「上手く言えませんが、”上”を向いてばかりいたもので……今、”下”を見ることを忘れては、上を目指す事、それ自体を無くしてしまいそうな気がしましてね」
と述べた。
――ネオにとっては分かる話ではあった。
マリューとは方向が多少異なるが……本質的には同じタイプの思想を持つ相手だと、ネオは感じていた。
「偏に、プラントの国防の為にか……その力、アテにさせていただくよ」
その言葉に、エドモンドは敬礼で返した。
「――では、早速ですが、本国から届いた機体を紹介させていただきますよ」
「あんたも開発に参加したんだってね?」
「ええ、地球の海中は全くのシミュレーター環境下で作りだしたものですから、多少の不安はありましたが……よい出来です」
ボスゴロフ級のモビルスーツデッキに、ネオとエドモンドは脚を運んだ。
そこにはネオの新しい愛機の姿があった。
「ほう……」
面白い機体だ、とネオは感嘆の声を漏らした。
「本国でUMF-4Aグーン、ならびにUMF-5ゾノに代わる新しい水陸両用機として開発されている試作型モビルスーツです。 このたび性能実証の為に実戦投入されました――UMF/PSO-1 ”アッシュ”です」
エドモンドが紹介した”アッシュ”は、細身の体に丸い胴体を持ち、首は無く、そこから手と脚だけが底から生えたような、どこか蛙の様な両生類を思わせるシルエットだった。
エドモンドの機体は赤と臙脂色にペイントされており、
ネオの機体は試作機である事を示す、イエローとオレンジのカラーでペイントされていた。
「ロアノーク隊長の機体は第一号機の為、特別上等なパーツが使われております」
ネオはその異様なモビルスーツに、クーックックと、堪え笑いをした。
元来、モビルスーツというものが、嫌いではない性質なのだ。
「……これはなかなか、乗りこなし甲斐がありそうだぜ」
ネオは満足そうに言った。
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クルーゼは、自室のベッドに蹲っていた。
今日は、妙に体が痛むのだ。
「グッ……ハァッ……!」
ピルケースから乱暴に薬を取り出し、水で飲み干す。
「ガッ……」
吐き気を堪えて、呼吸を落ち着かせていた。
しかし、苦しみながらも、クルーゼはなぜか笑っていた。
先ほどから、数日前のある出来事が思い出されて、笑いが止まらなかったのだ。
(嘘よ! アル・ダ・フラガは死んで……!)
「フ……ハハハ!」
クルーゼは、声を上げて笑う。
ただし、毛布を被り、今の無様な姿を誰にも見られないようにして……。
「一族の遺産……元レヴェリー家直流のアイリーン・カナーバですらその行方を知らなかった、か……」
シーツを握り締め、必死に痛みを堪える。
やがて、薬が効いてきたのか、その痛みは徐々に治まってきた。
「すまんな、アイリーン。 だが君の叔父上がいけないのだよ……ふふふ、ははははは!」
痛みが完全に引くと、クルーゼはもう一度声を上げて笑った。
その声は乾いていた。
空虚で、まるで洞穴から風が流れてくるようだった。
――復讐は、まだ始まったばかり。
とクルーゼは思い、ふと鏡を見る。
今日はサングラスをつけていない。
クルーゼはそっと、目尻の皺を指で撫でた。