機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 33 「哀は、シベリアから」

 『生きるという事を決めたが、 それが……それが……』

 

 

 

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 「こっちは動かんか! ……アスラン! 後退しろ! 間もなくゼルマンの隊も来る! 味方の砲撃にやられるぞ!」

 クルーゼが、不時着したスカイディフェンサーから通信でアスランに叫んだ。

 

 「後退しろって言ったって……」

 

 グゥルに乗った三体のモビルスーツ。

 

 眼前には、恐らく最強クラスの敵であろう、キラのストライク。

 後方には、ブリッツとデュエル――。

 

 

 それは、絶体絶命の状況に思われた。

 

 「ならば、アスラン……空港エリア付近の市街地に抜けろ!」

 「え?」

 「あそこならユーラシアも砲を撃たん!」

 「一体なぜ……それより大尉はどうするんです!」

 「なんとか脱出する! 急げアスラン!」

 

 

 アスランは、機体の状態をすばやく確認した。

 C(Commander)型装備の全般と、A(Air)型装備の一部が機体にはついている。

 B(Blaster)型装備はクルーゼのスカイ・ディフェンサーにほぼ装着されてしまっていた。

 

 

 「クッ!」

 アスランは、ストライクにビームを撃って牽制、地面を蹴ると、A型の強化ブースターを点火した。

 変形する為に必要なウイングパーツが、スカイ・ディフェンサーに持っていかれた為、飛行機形態にはなれなかった。

 しかし、地上用の強化ブースターは残っているため、空中を滑空するくらいの事は出来そうだった。

 

 「逃すか!」

 サイがビームライフルを放つ。

 「グゥ!?」

 イージスの右足をを僅かにビームが掠めた。

 

 ジュッ!

 装甲を焼くが直撃は何とか避ける。

 

 「そりゃああああ!!」

 だが、その一瞬、アスランの動揺を見計らって、トールがブリッツの”グレイプニール”を射出した。 

 右足を庇うようにして、留守になった左足を、ブリッツに掴まれる。

 

 「うああああああ!!」

 

 ブースターを噴かしていたため、ワイヤーはピンと伸びて、イージスが引っ張られる。

 ブリッツ側も、イージスに引きずられそうになるが、それを、”グゥル”のスラスターも使って、全力で逆噴射を行う。

 

 やがてそれが、イージスのブースターの勢いを消して、アスランは地面に叩きつけられるように落ちた。

 

 「今だ!」

 「ッ……!」

 キラとサイは、機体を逃げようとするイージスに近づける。

 アスランは挟み撃ちになる格好だ。

 

 「――クソッ!」

 あわや囲まれる、という状況であったが、アスランはイージスを仰向けにさせると、

 

 腹部の装甲を”プル・アップ”させて、スキュラを露出させた。

 

 「あれは!?」 

 キラが叫ぶと同時に派手な粒子の光線が、闇の中に輝いた。

 

 ズビュウウウウウ!

 

 それは丁度、イージスの直上に来ていたキラのグゥルを巻き込んだ。

 

 「なっ!?」

 グゥルのエンジンが爆発する直前に、キラのエールストライクは飛び上がって、巻き添えを回避する。

 

 ――ストライクが引いたことを確認したアスランはそのまま、デュエルとブリッツを薙ぎ払うように、更に夜空に一本の線を引いた。

 

 「ウワッ!?」

 思わず、サイとトールは、シールドを構える。

 

 ……二機が、シールドを元に戻したとき。

 

 イージスは、スキュラでグレイプニールのワイヤーを焼き切って、市街地へ向けて滑空していた。

 

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 大脱出(エクソダス)作戦も大詰めを迎えた。

 シベリア包囲網の崩壊は始まり、東側へのルートも確保されようとしていた。

 

 

 だが……それは、作戦の真の目的では無かった。

 

 

 「マスドライバーが見つからない!? バカな!? 空港に建造されているのではなかったか?」

 「いえ、予想されている箇所には、シャトルの打ち上げ滑走路は作られておりましたが……」

 「……資源打ち上げ用のマスドライバーの奪取こそ、我らの真の目的だぞ……! この要塞にあるのは間違いない筈だ!」

 

 バグラチオンのブリッジ。

 ゼルマンが部下に叫んだ。

 

 ――わざわざ、空港を外して砲撃を行ったにも関わらず、目的の施設は確認できなかったというのだ。

 

 (――宇宙への大脱出(エクソダス)、それこそが我らユーラシアの目的だ)

 開戦して間もなく、オペレーション・ウロボロスによって、ジブラルタルのマスドライバー施設を奪われたユーラシア軍は、宇宙から撤退せざるをえなくなった。

 それに対して、マスドライバーを保有する大西洋連合は、未だ月面に基地を抱えて、ザフトに抵抗していた。

 

 地上においては、大西洋連合と互角の権威を見せていたユーラシアであったが、ザフトは宇宙にいるのである。

 ――必然的に、この戦争における地球軍のイニシアチブは、大西洋連合が握ることになった。

 

 ユーラシア連邦としては何としてもマスドライバーの奪還を行い、大西洋連合に対抗せねばならなかった。

 

 だが、ジブラルタルは奪われたユーラシアの面目上、自身の手で取り返さなければならなかった。

 

 

 だが、このミールヌイ要塞についてはどうか?

 

 

 

 シベリア包囲網の瓦解と、噂されるザフトの大規模作戦に備える作戦であれば、大西洋連合も力を貸さざるを得ない筈――。

 

 

 資源の不足などの様々な事情を挟みながらも、ユーラシアがシベリアの奪取を急いだのは、そのような内情が理由であった。

 

 全ては、ユーラシア連邦の自国の利益の為であった。

 

 

 

 

 「――探し出せ! あんな大きなものを……一体どこに?」

 ゼルマンは、スピアヘッド隊を全て出すように命じた。

 基地の攻撃ではない、マスドライバーの確保の為だった。

 

 

 

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 「勝敗は決しました! 残存部隊は地下の坑道を通じて、”スリンガトロン”まで集合を!」

 マリュー・ラミアスは、要塞に残る全ての戦力に命令した。

 「敵に壊されちゃ、一環の終わりですからね」

 チャンドラがうなずく。

 

 「みんな――私のような頼りない司令官に、ここまで付いてきてくれて、ありがとう。」 

 マリューは、直属の部下である督戦隊の面々に礼をした。

 

 「この敗戦の責任は私にあるわ。多くの部下も殺してしまった。 ――ザフトの英雄たちも大勢……私はその責を果たすべく、ここに残って、皆の脱出を支援します」

 マリューは言った。

 

 しかし、

 

 「……何を仰るやら」

 トノムラが言った。

 督戦隊の面々は、笑っている。

 「貴方が死んでどうなさるのです? それこそ此処で死んでいったザフトの兵達が浮かばれませんよ」

 ロメロが言う。

 「貴女は明日の戦局にまだ必要な人だ、それに考えても見てよ? 俺たちが送った資源の量! ザフトはまだまだ戦えるって!」

 チャンドラが砕けた風に言った。

 

 「貴方達……」

 「大丈夫、俺たちだって、死ぬつもりはありませんよ」

 「ラミアス司令には、ムリにでも行って頂きます!」

 

 督戦隊は、マリューに最敬礼した。

 

 

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 ミール・ヌイにぽっかりと――まるで、地獄の入口のように開いたダイヤモンド採掘跡は、旧暦に計測された折には直径1,250メートル、深さ525メートルという巨大さであった。

 

 マリューラミアスは、その内部に要塞を作っていた。

 その為、現在その大穴は、更に巨大な闇をシベリアの土地に覗かせていた。

 そして、その穴――内側、内壁の部分に、今、レールのようなものがせり出していた。

 レールは、底部の中心から、徐々に外側、高所に広がるようにして配置されている。

 ”スリンガトロン”と呼ばれる、リニアレールを用いた、マスドライバー施設であった。

 この長大な円形のレールは、ハンマー投げのように、中心から外に広がる遠心力を加えた加速で、超重量の物資の打ち上げをも可能としていた。 

 そこに、大気圏離脱用のシャトルや物資専用の打ち上げ艇が準備されていた。

 

 「モビルスーツなんて置いていくんだよ! 大事なのは人だ!」

 シャトルには続々と、脱出してきた兵士達が乗り込んでいる。

 

 

 「離脱する事がわかれば、敵もこの施設を狙ってくるでしょう」

 「俺たちは残って、この”アルトロン”を死守しますから」

 「チャンドラ、スリンガトロンだよ」

 「どっちでもいーの!」

 三人は、マリューを離脱艦に見送った。

 

 「……で、お前まで残っていいの?」

 「勿・論! 僕も司令の為なら死ねます!」

 「おっ! よく言った!」

 

 クロトも敬礼して、督戦隊の面々と共に、基地の最終防衛任務についた――。

 

 

 (……でも、勿体無いよな。 あんなにオッパイ大きくて優しい姉ちゃん。 でも、まあ、隊長には逆らえないしね……)

 今の上司も悪くない。 色々あるが、憎んではいない。

 だが、次に、誰かの部下になるなら、あんな人がいいと、クロトはぼんやりと考えていた。 

 

 

 

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 「チッ!? 」

 ビームが、イージスをかすめる。

 グゥルに乗るブリッツとデュエル、そしてエールで空を滑空するストライク――三体のガンダムに追われたイージスは、クルーゼの指示通り、市街地の中へと降りた。

 

 

 「――どこへ行った! Nジャマーの影響が強くてわからない!」

 トールが、忌々しげに言った。

 すっかり夜を迎えた廃墟は、モビルスーツをも包み込んでしまっていた。

 

 「俺があぶりだす! トールとキラは出てきた所を狙ってくれ」

 「了解!」

 「わかった!」

 トールはグゥルを着陸させると、地上に降り立った。

 キラも倣って地面に着地する。

 

 

 サイは、グゥルに乗ったまま、市街地の大きな建物が目立つ何箇所かを、リニアガンとミサイルで砲撃した。

 

 

 ズガガガガ!!

 

 「――チッ!」 

 イージスはしゃがみこみ、建物の陰に隠れるようにした。

 18メートル大のイージスが隠れこめる場所は、市街地の中にはそれほど多くない。

 

 「キラ! イージスを見つけたら、俺の居るところまで誘い込め!」

 「トール?」

 「静止状態にこの暗闇なら、地上でも何とか姿を誤魔化せる! ミラージュをコロイドをオーバーフローさせてステルス状態を維持させるんだ」

 「……わかった、確実に仕留めよう……」

 

 ――上手くすれば、イージスを無力化できるかもしれない。

 

 と、キラは一瞬考えて、頭を振った。

 そんな気持ちでは、自分の命を縮めるだろう。

 相手はあのアスランなのだ。

 

 

 (でも、アスラン……僕を……)

 殺しにくる、だろうか?

 

 「ミラージュコロイド! 精製限界値を維持! オーバーフロー!!」

 

 ブリッツは、磁場を用いて機体表面をミラージュコロイドで覆い、その姿を光学的に屈折化。

 機器的にも、視覚的にも、ほぼ完全なステルス状態となる。

 

 しかし、地上では大気の流れ、磁場の乱れ、様々な障害が、ブリッツの表面に纏ったミラージュコロイドを散らしてしまう。

 

 トールのブリッツは、限界量のミラージュコロイドを吐き出し、強引に磁場定着できない部分のカモフラージュを補っていた。

 「――このデカい建物の中に隠れる。 二十分しか持たない、早めに頼むぜ、バッテリーが上がっちまう」 

 「……わかった!」

 キラは頷いた。

 

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 一方アスランもまた、レーダーの利かない、一対三の戦闘に、生きた心地がしなかった。

 

 必死で息を潜め、自身の機体についている装備に、何か状況を打破するものが無いか探した。

 

 「C型装備の――MCMT(ミラージュコロイド・モーショントラッカー)が使えるか……機体の動作が重くなるが、一か八か……!」

 だが……。

 (この条件で使用するなら、グレネード発射機構を使って、煙幕を貼る必要がある。 結果的に自分のコッチの位置を知らせる事になる、チャンスは一度……)

 

 だが、やるしかない、あの三体を相手にまともに戦うなど……流石にムリだ。

 

 

 

 

 サイのデュエルの空爆によって、無人の市街地は、幾つかのポイントを残して平地になっていた。

 街全体を破壊すれば、逆に爆風や粉塵がカモフラージュになって、逃げられてしまう。

 

 隠れられる場所にある程度を目星をつけて、ピンポイントに破壊していく作戦を、サイはとっていた。

 こうすれば、上手くいけば敵を炙り出すことが出来、どちらにせよ徐々に敵を追い詰めていく事ができた。 

 

 しかし、敵であるイージスは、自分から姿を現した。

  

 「ン!? ミサイル!?」

 

 熱源反応があった。

 

 しかし、それは、自分達の居る方向とは僅かにずれた箇所へと飛んだ。

 

 ボシュ!!

 

 と、それは着弾と同時に激しい、霧のような煙を吐き出して、あたりを包んだ。

 「煙幕か!? (さか)しい!」

 

 だが、サイは落ち着いていた。

 (大丈夫だ、隠れられるポイントは、既に限られている)

 サイはグゥルを移動させると、煙の影響が出来るだけ少ない方向へと回った。

 「サイ!!」

 「大丈夫だ、キラ――今の煙幕弾の発射位置から、イージスの位置を予測する!」

 

 ――ピッ!

 サイのデュエルが、その位置を割り出す。

 

 「よし! 2時方向、距離12! キラ!」

 「ッ!!」 

 サイとキラの機体が、その方向に、同時にビームライフルを向けた。

 

 ――だが。

 

 

 ビュウウッ!!

 

 

 

 「なぁッ!?」

 ――その方向から、逆にビームが飛んできた。

 

 ビームは、煙やビルなどの障害物を真っ直ぐ貫いて、正確に、ストライクとデュエルのいる位置に――。

 

 

 バァァアアンッ!

 

 「しまった!?」

 「っ!?」

 ビームは、ストライクのビームライフルと、デュエルの左脚に命中した。

 

 「うわああああああ!!」

 サイは、バランスを崩し、グゥルから落下した。

 バーニアを噴かして、受身を取るが、片足の無い状態で、廃墟となった市街地にうずくまった。

 

 キラは、ライフルの爆発に巻き込まれながらも、後方へと退いた。

 「サイ!?」

 「くそっ! イージスには、こっちが見えてたのか!?」

 「ソナーやセンサーが使える可能性があるって聞いた、もしかしたら!」

 

 キラはイージスの攻撃を警戒して、後ろに跳ねた。

 

 

 ビシュウ!! 

 再度ビームが飛んでくる。

 

 「ええいッ」 

 ビームライフルを失ったキラは、下がるしかなかった。

 

 

 

 「チクショウ……!」

 移動手段をなくしたサイは、やむを得ず、這い蹲るようにして、僅かながらに射線を確保した。

 そしてビームが飛んできた方向に、ライフルに装着されていたグレネードを、放った。

 

 せめて、イージスだけでも、炙りださねばと考えたのだ。

 

 

 「チィッ!」

 アスランにはそれが見えた。

 シールドを構え、廃墟から飛び出すイージス。

 

 

 

 「いた!」

 

 空中に飛び上がったイージスを見て、ライフルを撃つサイ。

 しかし、機体の挙動が制限された今の状態では、イージスには当たらない。

 

 「キラ! サイ! コッチに誘き寄せられるか!!」

 と、そこにブリッツに乗るトールから通信が入った。

 「待ち伏せしたブリッツで奇襲する! こっちへ!」

 

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 「この動き、やはりキラだ……! 」

 イージスは、先ほどから姿の見えないブリッツに注意しながらも、今度はキラのエールストライクを追った。

 「足さえ当てれば――」

 先ほどのデュエルのように、無力化できるだろう。

 

 甘いだろうか――? だが。

 (無事だったキラを撃つのか? ライフルを奪えたなら――?)

 

 デュエルからも、時折放たれる援護射撃を回避しながら、アスランは徐々にキラを追い立てていく。

 

 ――と。

 

 

 大きな教会のホールの様な所を背にして、キラのストライクが立ちつくしていた。

 「キラ……」

 イージスは、ライフルの照準を合せ、そして――。

 

 

 

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(来た!)

 トールは、チャンスが来た事を悟った。

 

 トールのブリッツは、キラの背後にあるホールの中に隠れていた。

 ステルス状態となっている自分に、イージスは気が付かない筈だ。

 

 隠れ蓑を散らす、風の抵抗をせめて受けないようにして――まさに、トールの好むニンジャのように。

 

 

 「行くぜイージスッ! 黒い雷神、トール・ケーニヒがお前をっ……!」

 

 トールが、引き金を引いた。

 

 

 バシュウウウウウ!!

 

 

 「ぇっ……?」

 

 

 

 

 バアアアアアン!!

 なぜか、ブリッツの右肩がビームに射抜かれていた。

 

 

 

 ドアアン!!

 

 「うわあああっ!」

 キラが背にしたホールの中で、軽い爆発が起きた――陽炎の様な靄が散って、その中からブリッツの姿が露になった。

 

 

 

 煙を肩からもうもうと出しながら、倒れこむブリッツ。

 

 

 「トールッ!?」

 「……なんで見えてんだよッ!?」

 

 イージスは、ライフルの射線を、最初からストライクではなく、ブリッツのコクピットに向けていた。

 

 

 ――ミラージュ・コロイド・モーション・トラッカー。

 

 ミラージュコロイドを周囲に散布し、そこで起こるコロイドの動きから周囲にある物体の形状、距離をまず測定し、それらイージスの指揮官用センサー、コンピューターで分析することで敵の動きを察知するという仕組みである。

 

 コロイドが散ってしまうまでの極短時間の間ではあるが、あらゆるレーダーを阻害するNジャマー影響下でも、高精度に敵の動き察知する事が出来るという代物だった。

 最初にイージスが発射した煙幕は、ミラージュコロイドをばら撒く為のものであったのだ。

 

 

 ミラージュコロイドの流れを分析する機構であるが故に、副次的に、敵がミラージュコロイドステルスを用いた場合、そのステルスを無効化してしまうという利点もあった。

 

 

 ただし、起動中は、イージスのコンピューターのリソースを大きく割いてしまうため動作が重くなり、格闘戦などへの対応が困難になるというデメリットもあった。

 そのため、ブリッツにビームが当たった事を確認したアスランは、すぐさまMCMTのスイッチを切った。

 

 

 ――しかし、アスランには一つ予想外のことがあった。

 

 (ビームが反れた?)

 

 アスランは――ブリッツのコクピットを狙っていたのだ。

 だが、ビームは僅かながらにズレて、ブリッツの肩に命中した。

 

 「ミーラジュコロイドの影響で、ビームが曲がったのか?」

 基本的には、ブリッツのミラージュコロイドは、アンチビーム爆雷としてばら撒くものと同じものである。

 ブリッツが身に纏っていた濃すぎるミラージュ・コロイドが、ビームを僅かに偏向させて、パイロットを助けたのであろう。

 

 

 

 

 (……アスラン!)

 

 ――煙を上げるブリッツを見ながら、キラは自分の鼓動が早くなるのを感じていた。

 血の流れが、感じられる、沸騰しそうなほどの高い体温の感覚と、感覚の肥大化。

 

 

 

 

 ――キラの中の、何かが弾けた。

 

 

 ブワアアアッ!!

 

 

 キラは、エール・ストライカーのブースターを全開にして、アスランに迫った。

 ビームサーベルを抜刀、切りかかる。

 「キラッ!?」

 アスランもビームサーベルを展開させて、それを受ける。

 

 ババババ!!

 

 二本のビームがふれあい、激しくスパークする。

 

 「トールッ! 逃げて!」

 

 ストライクとイージスは、激しい剣戟を交わしながら、空中を乱舞するように、飛行、格闘した。

 

 

 

 キラのストライクは、これ以上自分達が傷つけられないように、イージスを離れた場所へ追いやっているように、トールには見えた。

 

 「……くそ! クソォ!!」

 

 トールのブリッツはミーラジュコロイド展開中に攻撃を受けてしまったため、ダメージが甚大であった。

 ステルス展開中は、エネルギーの都合から、フェイズ・シフト装甲を展開出来ないため、肩の爆発のダメージが広範囲に及んだのだ。

 「この俺が……策に溺れたのかよっ!」

 

 モビルスーツの性能を当てにしすぎた報いだった。

 「すまねぇ……ミリィ!」

 

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 アークエンジェルは、予定通りミール・ヌイ要塞を、ABCイージスを追う形で侵攻。

 その超火力で、戦車大隊を支援しながら、ぐんぐん歩を進め、要塞目前にまで迫っていた。

 

 「ゴットフリート撃てェーッ!!」

 バルトフェルドの号令に合せてビームが打たれる。

 ズビュゥウウー!!

 そして、未だ残っていたフェイズシフト最後の一端を破壊する。

 

 

 

 ――アークエンジェルの要塞到達で、戦況は決定的な物になった。

 

 

 「クソッ! このままではバルテルミが持たんか!」

 徐々に後退しながら、アークエンジェルを迎撃していた、シャムス、ミューディー、スウェンの三人も、その母艦バルテルミと共に徐々に追い詰められていく。

 

 

 「ミューディー、シャムス! 司令部から撤退命令だ!」

 「なにぃ!? ……くそ! 結局俺は……」

 

 ――シャムスはバド・ザウートの弾丸を既に撃ちつくしていた。

 ミューディーのバクゥも、背中の砲を撃ちつくし、牙――頭部のビームサーベルまでもが、破壊されていた。

 スウェンのディン・レイヴンも、最早翼折れ、刃折れ矢尽きるといった有様だった。

 

 「撤退命令の中身は……バルテルミは、このまま後退。 要塞外周部を回って北方を突破、北極艦隊の用意した撤退船と合流する」

 「北部に突破だと!?」

 「なんで! リマン・メガロポリスの軍勢と合流すれば東部から……まさか!?」

 「リマンの前線基地は全て落ちた……ナチュラルに……地球軍によってな」

 

 三人の少年達は、沈黙した。

 彼らの牙も、弾丸も、翼も、儚く奪われていた。

 

 敬愛していた人間の仇も討てず、彼らは生きる為に逃げねばならなかった。

 「……要塞の人員は、出来る限りの希少資源を持ってマスドライバーで宇宙へ離脱する。 北方側は当然、敵軍が待ち構えているだろう。それを突破できる戦力は俺たちだけだ……行くぞ」

 

 やむを得ず、バルテルミが、アークエンジェルに進路をあけ渡す形で、退いた。

 

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 「ゼルマン大佐! ラウ・ル・クルーゼ大尉からの電文をキャッチしました。 敵要塞本部は――採掘跡の奥です。 しかも大穴にマスドライバーを発見したとの事!」

 「ありがたい、大尉! よし……目標を大穴に! マスドライバーは傷つけるな! 歩兵による突入で敵施設を占拠するのだ!」

  

 ゼルマンの命令は、すぐさま全軍に届けられた。

 戦車達は要塞の外壁内部に侵入すると、すぐさまあたりを蹂躙した。

 

 ミールヌイの大穴に向けて、ユーラシアの全戦力が終結しつつあった――。

 

 

 

 

 ――大穴の底、離脱艇の準備が進む中、バスターを失っていたミリアリアは後方支援として、オペレータの任務についていた。

 

 

 「ロアノーク隊長!」

 

 大穴に、ネオのジン・ハイマニューバが帰還してきた。

 ライフルを失っており、機体に幾つかの被弾跡がある。

 「ミリアリア! 離脱の準備はどうか! バスターは!?」

 「既に輸送機で空港から北方に抜ける準備をしてます!」 

 「そうか! 敵に返すにはまだ惜しいからな! 俺は機体に補給をする間、状況確認の為、司令部に行く! お前たちも気をつけてな」

 基地の底部についたネオのジンは機体への補給を急がせた。

 

 「補給? ロアノーク隊長は……まだ出撃されるのですか!?」

 「今度は撤退の支援だ。 ……マリューは?」

 「ギリギリまで司令室で指示を出すとの事です!」

 「はぁっ……全くあの人は……!」

 

 ネオは、ジンから降りると、司令部へと向かった。

 

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 「――ほう……レアメタルの採掘状況か……」

 クルーゼは、蛻の殻となった要塞のある施設に侵入すると、残っていたコンピュータ端末からデータ・ベースにアクセスした。

 ――カナードと、デュランダルから受け取ったディスクも使用して、ハッキングを行う。

 「フッ……ここでも使えたか、さすが図書館司書(ライブラリアン)の技術だな……」

 

 と、クルーゼはあるものに気付く、特定のレアメタルが、プラント本国に大量に送られているのを。

 

 「やはり、人類は向かうべくして向かうのかね……終わりの日へと」

 

 そして、更にあるデータにも気が付く。

 「ほう……あの男の部隊のデータかね」

 端末に映し出されたのは、ロアノーク隊の情報であった。

 

 そして、一人の少年のデータに目が留まった。

 「これが、キラ・ヤマト? 彼が、アスランの……?」

 そのデータを見た瞬間、クルーゼは口元を大きくゆがめた。

 

 「クククッ……ハハハ、皮肉なものだな……そうか……」 

 クルーゼは、手に入れた情報に満足したのか、端末の電源を切って、施設から出ようとする。

 が、足元に転がるザフト兵の遺体を見て、ふと立ち止まる。

 

 「先に、準備しておくか……」

  もはや、その表情は、何の感情も見せていない。

 

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 ドオオオン!!

 「きゃあっ!」

 

 大穴内部――ミリアリアがオペレーターとして配置についていた司令部の一室が揺れた。

 

 「今の爆発!? 基地内部まで敵が!?」

 

 ミリアリアは身に着けていたインカムを置いてあたりを見回す。

 「白兵! 白兵戦用意! 敵に入口を発見された!」

 「白兵……!」

 

 生身での銃撃戦になるということだった。

 ミリアリアは、拳銃を握った。

 

  

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 「……マリューさん? 敵の侵攻速度が速い、いよいよ、ここも落ちそうだ」

 

 ミールヌイの司令室。

 チャンドラ、ロメロ、ジャッキーの三人の姿はなく、マリューだけが残っていた。

 

 マリューは崩壊しつつある基地の様子を、司令室にある、おびただしいモニターから見ていた。

 殆どの中継局は破壊されているが、基地内部を映したカメラは未だ生きていた。

 

 (ッ……)

 そこには、地球軍と白兵戦になって、頭に銃撃を受け、脳漿を散らす少年の姿。ミリアリアの様な少女といえる年齢の女性兵士が、炎に焼かれていく姿も映っていた。

 若い人々の軍隊である、ザフトの惨状は、戦いの惨さをより強調するかのようだった。

 

 と、マリューは、そのモニターの中の一つを見た。

 図書室だ。

 

 数名の兵士が地球軍に包囲され、そこに逃げ込んだ。

 地球軍はザフト兵達に、容赦なく軽機関銃を乱射した。

 

 一人の少年が、机に山積みになっていた白いレポート用紙を胸にを抱え込む――。

 

 やがて、部屋になだれ込んできた地球軍の兵士達が、それを押さえつけて、背中から彼を何度も撃った。

 レポート用紙が、真赤に染まっていく。そこに書かれている内容を塗りつぶして……。

 

 

 「……行くわ、ネオ。 ねえ、今回の戦い……」

 「――本国の動きも怪しいし、恐らく内通者も居る。 敵の動きが良すぎるからな?」

 

 マリューは視線を落とした。

 

 「全部分かっていた事だわ。 私はやるべき事をやった……恐らくはオペレーション・スピットブレイクの為に。 でも思うのよ……私たちは、地球に降りて戦う以外にもっと目を向けなくてはならないことがあった――そんな気がするのよネオ」

 「……そうかもな、だが今は、生き延びる事だ。 行こう!」

 

 マリューはネオに促され、司令室を後にした。

 

と……。

 

 「あれは……”月の兎”マリュー・ラミアスか!」

 「何!?」

 地球軍の兵士が、既に要塞内部に侵入していた。

 

 「――チッ、地下の侵入路までバレてたのか! マリュー! 逃げろ!」

 ネオは、拳銃を構えると、敵兵に向けて放った。

 「ネオ……!」

 「君に死なれたくない! 行けっ!」

 ――マリューは、ネオの身を案じながらも、離脱艇へ向けて走った。

 

 

 ネオは必死で足止めをしたが、当初ニ、三人だった兵士が、指揮官であるマリューがいると聞きつけてか、

 「……おいおい!」

 ――十人近い兵士が、なだれ込んできた。

 「グレネード!!」

 「ちょま……!」

 流石に不味いか!? ……ネオに悪寒が走った。

 敵兵が手榴弾を使おうとしたのである。

 

 ――そのとき。

   

 バンッバンバンバン!!

 「うわあああ!」

 地球軍の兵士達が、次々に倒れた。

 

 「ミリアリアかっ!?」

 

 物陰から飛び出たミリアリアが、拳銃を乱射したのだ。

 ミリアリアの弾丸は、正確に敵兵の顔面を射抜いていた。

 「隊長! 銃っ!」

 ミリアリアは、弾丸を撃ちつくした拳銃を投げ捨てて、腰のホルスターから別の銃を取り出した。

 「っ!!」

 ネオは、その意図を理解して、自分持っていた拳銃を彼女に向かって投げた。

 ミリアリアはそれをキャッチすると、転がりながら、敵兵に対して更に、いわゆる二挺拳銃で弾丸を放った。

 

 バババババ!!

 

 

 弾丸が次々と敵兵に吸い込まれていき、俄かに辺りが静かになった。

 

 

 ネオの元に駆け寄るミリアリア。

 「さっすがぁ……バスターでも白兵でも、”ダブルハンド”か」

 「でも――モビルスーツの時よりも、酷い気分です」

 辺りに立ち込める”におい”に顔を少ししかめるミリアリア。

 「かもな……助かったよ。 さあ、俺たちも脱出しよう」

 ネオとミリアリアは連れ立って、大穴底部のメカドックへと向かった。

 

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 「余計な敵は構うな! マスドライバー施設の占拠が先だ!」

 ゼルマンはバグラチオンのブリッジで指示を飛ばす。

 「もう間もなく、敵施設も落ちる……ようやく、報われる。 これで私も、もう一度宇宙へあがって、あのバケモノどもと戦える……!」

 

 ユーラシアの軍隊は、既に完全にミール・ヌイ要塞を包囲していた。

 

 敵戦力の殆どは沈黙。

 一部が、 当初マスドライバー施設があると予想していた空港エリアから脱出を開始した――。

 急な目標変更の為、空港エリアが手薄になったからである。

 

 その隙を突いた敵輸送機が、他の部隊との合流に向けて飛んだのだ。

 が、ゼルマンたちユーラシア軍にとって、今更そんなことはどうでも良かった。

 悲願であるマスドライバー占拠。

 それさえ叶えば――。

 

 「司令! 敵基地深部へ潜入した部隊より入電! 敵司令官マリュー・ラミアス! 多数の兵と共に大気圏離脱用の船で脱出しようとしているとのことです」

 と、そこへ、部下からの報告が届いた。

 

 「チッ……兎め、流石に逃げ足だけは速い。 宇宙にバケモノどもを決して帰してやるな……あの女だけはシベリアの肥料にしてやろう」

 ゼルマンは満足げに言った。

 

 

 

------------------------  

 

 

 「まあ、ユーラシアに渡すくらいなら……ってね」

 

 この基地に、クロトが赴任する前から、数名の工作員が着々と準備していた。

 

 味方に対してザフトは甘い。

 互いにコーディネイターであるという、人種的な束縛に頼るが故の弱さは、いつの時代も一緒であった。

 嘗ての皮膚色や神の名を信じて派閥を作っていた人間達の組織が、容易く内部崩壊していた事を、コーディネイターだって知っているはずだ。

 しかしながら、よもや”自分達がおなじ”であるとは露にも思わないのであろう。

 

 クロトは準備を終えると、急いでその場を離れた。

 

 

 

------------------------  

 

 

 マリューと大勢の離脱兵を乗せた艦艇は、発進位置についていた。

 

 そして、間もなく離陸の時を迎えようとしていた。

 

 

 「まだ、終わるわけではないのね、全てはここから……」

 と、マリューは離脱艇のシートに座りながら呟いた。

 

 

 そして、加速が開始する。

 ――その先に何があるかも知らず。

 

 

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 市街地を、アスランのイージスと、キラのストライクが滑空していた。

 「……ッ!?」

 ストライクの姿が見えなくなり、アスランは大きなビルに背を寄せて辺りの様子を伺った。

 

 ――と。

 

 グワアアアン!

 「あッ!?」

 キラのストライクが、背後のビルを破壊して現れた。

 

 ズバアアア!!

 「キラ!?」

 イージスは背中のテール・スタビライザーをビーム・サーベルで破壊されて、軽い爆発が起きた。

 ドゥッ!

 「ぐわあっ……まだ!」

 そのままイージスは前のめりに倒れそうになったが、アスランは転がるようにしてバランスをとって、直ぐに体勢を整えた。

 

 バッ!

 キラのストライクが、スラスターを噴かして飛んだ。  少し屈むような体勢をとっていたイージスの頭上を通り越して、ジャンプする――。

 「後ろをとられた!?」

 しかし、アスランは、脚のビームサーベルを展開させると、回し蹴りの要領で、背部に攻撃した。

 「ヘェアーッ!」 

 「クッ!」

 後ろを取るのを失敗したキラは、小さくうめき声を上げると、シールドを構えて刃を受けた。

 

 グワアアン!

 空中でイージスの蹴りを受けるハメになってしまい、吹き飛ばされるストライク。

 イージスはその隙を逃がさず、ライフルを向ける、だが――。

 「なっ!?」

 キラのストライクは、地面には落下せず、ブースターを噴かせてそのまま空中で一回転――ぐるり、とバク転をすると、今度は水泳の競技者が、体をロールさせてフォームを変える様に――空中をバレルロールして体勢を整えた。

 

 ――キラのストライクそのまま流れるように大地を滑空、シールドを投げ捨てて――ビームサーベルを両手に構えた。

 

 (こんな動き……!?)

 

 既に、イージスの目前には、ストライクのビームサーベルの刃が迫っていた。

 

 ――人間業ではない。

 

 ズバァァア!!

 「ああっ!?」

 ――ビームライフルと、シールドを持った左腕、そして右足の太股にあたる部分が切り裂かれる。

 

 アスランはそれでも、なんとかジャンプして、キラのストライクから距離を取ろうとする――が。

 

 ブゥウン!!

 

 「――ンッ!?」

 刹那。

 

 勝負あった――と、言わんばかりに、イージスの喉元――コクピットの直上にビームサーベルの刃が突きつけられた。

 

 ――脚を切られてしまった為に、動けなかったのだ。

 

 沈黙があたりを包む。

 ブーン、というビームの粒子が大気を焦がし、振動する音だけが響いた。

  

 「アスラン……!」

 「キラ……」

 

 今一度、二人は突きつけられていた。

 

 ――戦う事に対する答えを。

 

--------------------------

 

 ずっと一緒だった。

 兄弟のように、二人はただ、気が合った。 

 また会えたら良いと思っていた、それだけだったのに。

 

 

 キラの背後、市街地のエリアから少し離れた要塞の建物が、爆発を起こしているのが、アスランには見えた。

 そして、さらにその後、空には月が――。

 

 あそこから、どうしてこんなところに来てしまったのだろう。

 

 

 それぞれが、取り返しの付かないところまで来てしまったのだろうか。

 今のキラには――アスランを討つ明確な理由が出来てしまっていた。

 

 ジジッ!

 

 喉元に突きつけられたビームサーベルが、更に近づけられ少しイージスの装甲を焼いた。

 「クッ……!」

 やむを得ず、アスランは――。

 

 ガンッ!

 

 「!?」

 

 イージスが腹部の装甲を捲り上げ(プルアップし)て、スキュラを露出させた。

 キラが、サーベルを動かすなら、巻き添えにビームを放つという意思表示である。

 

 地球に落ちてから、アスランは様々なものを見てきた。

 戦いに傷ついた人、それを助けようとする人、それでも戦おうとする人……。

 

 その根源に父がいる。 

 自分はそれから逃げていたのだ。

 だから、今度こそ、その返答を出さねばならなかった。

 

 しかし、アスランは……。

 

 (キラ……!)

 

 

 引き金を引けない。

 それは、アスランに残った最後の未練だった。

 これを撃てば、自分は、もう戻れなくなる。

 アスラン・ザラとしても、アレックス・ディノとしても――。

 

 キラ・ヤマトを永遠に失うのだ――父と引き換えに。

 

 (そんなことが……)

 

 

 ”長い瞬間”が、アスランに続く。

 

 

 だが――。

 

 「ああっ!?」

 

 ピーっと、アスランのコクピットに、イージスのパワーダウンを示すブザーが鳴り響いた。

 先ほどの空中戦での消費分に加えて、スキュラを多用したためにエネルギー残量が極端に低下していたのだ。

 

 「――!」

 

 迷いの消えないアスランに対して、キラは、砲を突きつけられた事で、躊躇がなくなっていた。

 

 (アスラン……)

 

 キラは、レバーを握る。

 イージスのコクピットは、あとほんの少しの操作で、完全に焼き尽くされる。

 

 

 「――アスラァッン!」

 

 しかし、ストライクとイージス、二機の均衡は、突然打ち破られた。

 

 

 「ラスティ!?」

 ラスティの乗る、ジン・タンクが現れたのだ。

 「……敵の援軍!?」

 

 クルーゼからの救難信号を聞いて、アークエンジェル隊が増援に駆けつけていた。

 ラスティのジン・タンクがストライクをレールガンで狙う。

 「――クッ!!」

 キラはイージスから離れる様に跳んだ。

 

 「あれが、ストライクっての! いいねえ、俺も乗りたいなぁ!」

 

 ラスティが砲を連射し、ストライクを牽制する。

 

 「戸惑ってんなよ! 死ぬつもりかよ! アスラン!」

 ラスティは、アスランに通信を送ってきた。

 「……ラスティ?」

 「……俺は、お前に死んで欲しくない」

 イージスを庇いたてるように、ジン・タンクが聳え立つ。

 

 

 

 そして、ラスティは、バズーカをストライクに放つ。

 

  バッ!

 

 「網!?」

 ラスティが放ったのは、先ごろバクゥを撃破したときにも利用した、モビルスーツ用の捕縛ネット弾であった。

 バズーカの弾が弾けて、中からネットが放出される。

 コロニー構築にも使用されるメタポリマー・ストリングスを使った網である。

 コレに捕まれば、例えストライクでも容易に脱出はできなくなる。

 

 

 「こんな武器に!」

 ストライクは、サーベルで網を切り裂こうするが、意外に強度があり、ビームサーベルでも切り裂くのに少しばかり時間が掛かった。

 「クッ」

 

 

 

 そこへ、新たな陰が現れ、ストライクを追撃する。

 「無事かアスラン!!」

 「……」

 一機は、イザークのジン・タンク。

 そしてもう一機はイージスやストライクとまた異なったゴーグルの様な顔の意匠に、細身のグレーのボディ。

 カナード・パルスのシュライクであった。

 

 (なんだ!? この敵……ストライクと言ったが……この感じは!?)

 カナードは、ビームナイフを構えながらも、敵のパイロットから感じる奇妙なプレッシャーに不快感を感じていた。

 (えっ……?)

 キラは、シュライクの姿を見た――と、同時にキラにもまた言い知れぬ不快感が込み上げてきた。

 

 (エンデュミオンの鷹とは……別の感じ? でも、僕は、この敵のことも知っている……!?)

 

 以前、メビウス・ゼロと戦場ですれ違ったとき、キラは敵のパイロット……クルーゼに奇妙な感触を受けたことを思い出していた。

 

 だが、それと同様にして、全く異質――不快感としか言いようのないものが、二人を襲った。

 

 それは、ほんの刹那。

 一瞬とも呼べない時間に起きた、キラとカナード、二人の共感であった。 

 

 

 

 

 「不快なんだよ! 死ねェッ!!」

 ビーム・マシンガンを乱射して、ストライクの脚を狙うカナード。 地上における戦いでは、モビルスーツは土台たる脚を失えば、殆どの戦闘能力を失うからだ。

 

 ババババッ!

 ストライクの脚にビーム・マシンガンが命中するが、すぐさま致命傷とはならない。

 シュライクの持っていたビーム・マシンガン、”ザスタバ・スティグマト”は連射が効くが、出力が低く、フェイズ・シフト装甲を破壊するにはある程度の命中が必要だった。

 「クソッ!!」

 

 キラはそれ以上攻撃を受けまいとして、必死に避けようとする。

 だが、それにはネットが邪魔だ。

 

 

 「終わりだな! ストライク!!」

 イザークもまた、ストライクに向けて砲を必死で放つ。

 フェイズ・シフト装甲とて、リニアガンを全く無効に出来るわけではないのだ。

 

 「……キラッ!」

 アスランが、呻いた。

 

 

 その場の誰もがストライクの最期を確信していた。

 

 ――キラ以外は。

 

 

 

 

 「……こんなことでっ!」

 キラは、冷静だった。

 ストライクのカメラと、キラの目線は、イージスとその中のアスランを真っ直ぐ見据えていた。

 体の中の何かが弾けた感覚、それに任せて、キラはストライクを屈ませた、そして――。

 

 カッ!!

 

 「アスラアンッ!!」

 

 ブゥウオウ!

 

 キラのストライクは、エールストライカーを、出力全開にした状態のまま分離させた。

 

 バババババ!!

 エールストライカーは、ストライクの体に絡みついたネットを巻き取るようにして――大型の質量弾として、イージスに向けて発射された――。

 

 

 「あっ……!?」

 「いくらイージスでも、フェイズ・シフトの切れた状態なら、エールに残った推進剤の爆発に――耐え切れない!」

 キラは、エールストライクをそのまま大型のミサイルに見立てて、イージスにぶつけようとしたのだ。

 

 ――高速で、真っ直ぐイージスに向かうエールストライク。

 

 

 

 激しい爆発が、そして起こった。

 

--------------------

 

 

 アスランは見た。

 無線越しに、潰れかけたコクピットの中、ラスティが微笑む姿を。

 

 

 

 「言ったろ……俺は……アスランを……」

 

 エールストライカーの直撃を、ラスティのジン・タンクが受けていた。

 

 

 「ラスティ……!」

 「嫌だ! オヤジになんて、絶対会いたくない……ッ!!」

 

 画面が、真赤に染まる。

 

 その声は、無線を通して聞こえたものだったのだろうか。

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 「あッ!?」

 イザークが、叫んだ。

 

 ――ドォオオッン!

 

 ラスティのジン・タンクが、轟音を上げて爆発した。

 

 

 「あっ……ああっ……!」

 茫然自失となりかけるイザーク。

 

 「イザーク!!」

 しかし、フレイの呼びかける声に、イザークは我にかえった。

 

 「ッ! アスラン!?」

 イザークは爆発の後方を見た。

 アスランのイージスは無事だった。

 

 「――ストラィクッ!!」  

 

 イザークは激昂した。

 ――ジン・タンクを真っ直ぐ、キラのストライクに向けて走らせる。

 「野郎!」

 カナードのシュライクもまた、ビームナイフを手にとってストライクへと駆ける。

 

 

 「っ! 失敗か――!」

 キラは、イージスが残っている事を確認すると、接近するジン・タンクとシュライクに気が付いた。

 そして、

 バアッ!

 

 ストライクは、腰に備え付けられた、二本のモビルスーツ用のナイフ、アーマーシュナイダーを手に取ると、一本をジン・タンクに投げつけた。

 

 ズバァッ!

 「なにぃぃ!?」

 アーマーシュナイダーは、ジン・タンクのキャタピラー部分のコネクタに突き刺さり、ジン・タンクの脚を潰した。

 軽く爆発が起きて、イザークのジン・タンクが動きを止める。

 

 「くそぉーっ! クソクソクソーっ!!」

 目に涙を浮かべながら、イザークがレバーを滅茶苦茶に動かす、それでも機体は動かなかった。

 

 

 

 

 「――ッ!」

 残る最後の一機、カナードのシュライクと、キラのストライクが対峙した。

 

 勝負は一瞬だった。

 

 ズバアアッ!

 

 「!?」

 カナードのシュライクは、ストライクのアーマーシュナイダーにビームナイフを持つ手首を切り取られていた。

 

 そして、アーマーシュナイダーの刃は、そのままコクピットに向かう。

 「クッ!」

 それを避けようと、カナードのシュライクは肩をストライクにぶつけた。

 

 ガガッ!

 

 「チィッ!!」

 だがしかし、キラのストライクも、腕を伸ばし、アーマーシュナイダーの刃はシュライクの喉元に届いていた。

 

 グワアアーンッ!

 

 派手なスパークを起こして、カナードのシュライクは行動を止めた。

 コンピューターがやられたのだ。

 

 「バカな……マシンの性能差があるとは言え……この俺がこうまで!?」

 特殊部隊として、百戦錬磨を誇っていた、自分が手も足も出なかった。

 カナードは、ストライクのパイロット――キラに戦慄すら感じてしまっていた。

 「なんなんだ……アイツは!!」

 

 

 「足つきが来る……!」

 敵戦力を悉く無力化したキラだったが、レーダーにアークエンジェルの反応があるのを見ると、止むを得ず機体を下げた。

 「アスラン……!」

 灰色になって、動きを止めているイージスを一瞬見やると、キラは口惜しげに機体を撤退させていった。

 

 (体が……)

 

 異常な覚醒状態から、キラは冷めつつあった。

 体全体に、痺れるような痛みと、凄まじい倦怠感。

 それと必死に戦いながら、キラは退却を続けた。

 

 

 

 

--------------------

 

 

 「ラスティ……」

 イージスの中、アスランはうめき声をあげた。

 

 『そりゃ、お互いさまっしょ?』

 アスランは、ラスティの事を思い返していた。

 

 『いや、コーディネイターも、意外と頭が固いんだなって』

 『アスランってさ、父親の事苦手だろ?』

 

 ラスティは、自分と同じだったのだ。

 

 『……お前も同じだろ? オヤジやお袋がプラントにいるのに、地球軍に味方しているんだろ?」』

 『俺は、お前に死んで欲しくない』

 

 ――もう一人の自分だった。

 そして、自分の代わりに――死んでいった。

 

 「討たれるのは、俺の……俺のはずだった! 俺が……あいつを討つのを躊躇った俺の甘さが……お前を殺した!」

 アスランはイージスの中、号泣した。

 「何が生きるだ、戦うだ、バカヤロウ!!」

 アスランは、自分で自分をなじった。

 そうせざるには居られなかった。

 

 自分自身が許せなかった。

 

 

--------------------

 

 

 「よう、キラー・トマト!! 無事か!」

 「その呼び方……チャンドラさん?」

 キラが、ミール・ヌイの司令本部がある大穴に近づいたところ、通信が入った。

 チャンドラからだった。

 「――悪い、司令部はもうダメだ。 空港の方に回ってくれるか?」

 「隊長たちは!?」

 「アルマーク隊の皆なら、回収は済んだ! ネオとハウだけが此処に残ってる」

 「ミリアリアと隊長が!?」

 「司令のシャトルを守ってくれてる! 敵さん、マスドライバーが相当欲しいみたいでな」

 

 チャンドラは基地内部に敵兵が侵入してきている事を告げた。

 

 と、

 ババババッ!!

  

 通信機の向こう、チャンドラの側から銃声が聞こえてきた。

 恐らく、間近で白兵戦が行われているのだろう。

 生身の戦いが。

 

 

 「――皆さんは!?」

 「俺たちは督戦隊だからな……俺たちが残らなきゃ、誰が残ってくれるって言うのよ?」

 

 

 

 マリュー督戦隊の面々は、既に敵に占拠された総合司令室から出て、マスドライバーの管制室に臨時司令部を作っていた。

 現在の最重要作戦は、マリュー・ラミアスや味方の兵を出来る限り一兵でも多く宇宙に返す事であった。

 

 まさに、此処はその水際である。

 

 「よし! ジェネシス衛星との通信が回復した――これでシャトルの発進準備、整いました!」

 ジャッキー・トノムラが叫ぶ。 残る通信網を短時間で纏め上げて、撤退に必要な情報を最低限整える。

 

 「シャトルが飛ぶまでは、俺達がしっかり指揮しますから――残る火器は本部の防衛に使うな! 撤退部隊の支援に!」

 ロメロ・パルもまた、要塞にまだ残っている砲台を使って、要塞外へと撤退する部隊の援護射撃を行っていた。

 

 と、焦げ臭い臭いが、彼らに届いた。

 

 「あーあ……とうとうここにも火の手が上がったか」

 パルがぼやいた。

 「まあ、マスドライバーとその管制さえ残ってりゃなんでもいいんだろ?」

 トノムラも答える。

 「そういや、あの赤毛の……クワトロくんは?」

 チャンドラが二人に聞いた。

 先程から姿が見えないのだ。

 「クロトだろ……通信網の復旧に行ってくれたよ。 ……やられてなきゃいいけどな」

 「ああいう若い奴が残ってくれないとね?」

 「オレらだってまだ若いんだけど……」

 

 ドオォオオオン!!

 

 彼らの居る管制室が、またも揺れた。

 階上で、グレネードが使われたらしかった。

 三人はふと、手を止めて、互いの顔を見合わせた。

 

 「ナチュラルだったら俺らの年なんて、まだ若造の部類だろ? ……なんか戦争が始まってから老けた感じがするよ」

 パルが言った。 

 「やっぱり、司令のオッパイ、死ぬ前に揉んでみたかった」

 チャンドラが言った。

 「だな」

 「うん」

 他の二人も頷いた。

 「まあ、プラントの為になるなら、本望だけどね……! さ、司令を見送ろうぜ」

 三人は、お互い笑いあって作業に戻った。

 

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 「ミリィ! 援護を!」

 「ハイッ!」

 ミリアリアは特務隊仕様の、カーキ・グリーンのジンに乗って空に舞うネオのジン・ハイマニューバを援護した。

 次から次へ、航空部隊が押し寄せ、戦車隊が大穴の周りを占拠しようとする。

 脱出用のシャトルを狙い撃とうというのだろう。

 

 「やらせはせんよ!」

 ネオはオーバーガンを地上に向けて放つと、並み居る戦車隊を薙ぎ払うように一掃した。

 

 

 

 

 ――そして、とうとうその時がやってくる。

 

 マリュー達の乗る脱出艇の、発進準備が整った。

 

 

 

 「3、2、1……」

 督戦隊の面々が、カウントを取りつつ、管制室で満足げに微笑みながら、それを見送った。

 彼らに、逃げる時間は無いだろう。

 

 しかし、多くの若い兵士達と、明日の戦局を担う司令官を残せるのだ。

 ザフトの義勇兵(ミリシャ)としてこれ以上の事は無いだろう。 

 

 

 

 そして、船は加速を始めた――。

 

 

 

 

 

 ――ドドドドド!!

 

 

 

 

 「!?」

 が、マリューは突然の轟音にシートから身を乗り出した。

 

 

 

 「なんだ!?」

 その上空、ジン・ハイマニューバに乗り込んだネオは目を疑った。

 

 

 大穴の内壁の一部が、突然崩れたのだ。

 「バカなっ! 何故崩れた!?」

 

 と、マスドライバーのレールを支える支柱の部分が、次々と瓦解を始める。

 

 グォオオオオン!!

 

 轟音を上げて、レールのシャフトは曲がり、マスドライバーは崩壊を始める――。 

 

 しかし、脱出艇は既に加速を始めており、このままでは、多くの兵士とマリューを載せたまま――。

 「くそおっ!!」

 わけもわからないまま、ネオは脱出艇へ機体を向けた。

 

 

 

 「どうしたの!?」

 マリューは自分の座席から、警告も無視して、走って操縦席へと向かった。

 「司令!? 危険です! シートについて!」

 パイロットに言われ、マリューは、船の加速が始まっていることを確認すると、コクピットの脇に備えられた非常席に腰掛けてベルトを締めた。

 「マスドライバーが崩壊を――加速が――止められない!」

 パイロットが悲鳴の様な声を上げた。

 「行って!! このままでは生き埋めになる――」

 

 マリューはコクピットから見える範囲の状況を見て叫んだ。

 外壁は大きく崩れ、スリンガトロン――マスドライバーの崩壊どころか、この地下基地すら飲み込む、地崩れが起きようとしていた。

 

 

 パイロットは、やむを得ず脱出艇の加速を続けた。

 

 

 ガウウウウアアアアアン!!

 遠心力を使って加速しているのだ。

 この歪んだレールを使っていれば、あらぬ方向に吹き飛ばされるので無いか――。

 

 「う、うううぅ!」

 パイロットも、マリューも生きた心地がしなかった。

 

 

 

 カアッ!!

 

 しかし、シャトルは何とか加速をはじめる。

 

 

 だが――。

 「前方! レールが崩れてます!」

 恐るべき事が起きていた、ちょうど大穴から空へと射出される部分――発射口に当たる部分のレールが、瓦解に巻き込まれて崩れ落ちようとしたのだ。

 このまま突っ込めば――。

 「うわあああああ! もうダメダアアア!!」

 パイロットが、絶叫する。

 

 (ここまでなの……ネオ……ムウ!!) 

 マリューは、祈るように胸元を押さえた。

 彼女のお守りが、そこにあるのだ。

 

-----------------------------

 

 

 

 ――ガキンッ!!

 「うおおおおおおお!!」

 

 

 

 と、マリューの耳に、ネオの声が聞こえた気がした。

 

 

 ――脱出艇は、無事、空を飛んでいた。

 

 

 

 

 (――あっ!?)

 

 マリューは、後方に遠ざかっていくマスドライバーのレールをみた。

 崩壊するマスドライバーのレールを支えるモビルスーツ。

 

 ――ネオの白いジン・ハイマニューバであった。

 ブースターを最大出力にしてレールを持ち上げ、脱出艇の発射を助けたのだ。

 

 

 「へっ……へへっ……やっぱ俺って、不可能を可能に……」

 我ながら崩壊するマスドライバーを持ち上げるなど、無茶をしたものだ。

 と、ネオが思ったのも束の間。

   

 ババババッ!!

 

 「うおぉわ!!」

 ムリをしすぎた機体に限界が来たのか――ジン・ハイマニューバは煙を上げて穴底に落下していきそうになった。

 

 「隊長!」

 グゥルにのったミリアリアのジンがそれを拾い上げた。

 「格好よかったです……その」

 「ヘヘッ、そう? 惚れちゃいけないぜ?」

 「いえその、オジサン趣味は無いモノで……好きな人も居ますし」

 「マジメか……へこむな……」

 

 ネオは苦笑しながら、空を見上げる。  

 マリュー・ラミアスの乗る船は宇宙へと向かって加速していった。

 

 

--------------------

 

 「バカな!? マスドライバーが!!」

 「崩壊していきます!! こ、これでは……」

 一方、バグラチオンのゼルマンは、マスドライバー崩壊の報告を聞いて、絶句していた。

 

 「バ、ばかな……マリュー・ラミアスめ、血迷ったか……」

 

 これでは、この作戦に何の意味も無いではないか。

 

 マスドライバーは貴重な施設である。

 恐らく、ザフト側も相当なコストをかけてあの”スリンガトロン”を建造した筈なのだ。

 

 それを敵に奪われまいと破壊するなど――考えもしない事であった。

 

 「北極艦隊も、リマンも残っているのだ……こんな……こんな……」

 

 ゼルマンには、敵の、マリュー・ラミアスの意図が全く読めなかった。

 当然ではあった。

 この破壊は、マリュー・ラミアスが行ったものではなかったのだから。

 

 だが……。

 「ゼ、ゼルマン大佐、マスドライバーから、脱出艇が……!」

 

 「許さぬ……あの女を逃すな! バグラチオンを前に出せ! シュライクに”バリアントライフル”を持たせろ!! なんとしても脱出艇を撃ち落せ!」

 ゼルマンは絶叫した。

 

 マリュー・ラミアスが、コーディネイターが自分を嘲笑っている様にしか思えなかったのだ。

 

 

 

-----------------------

 

 

 「隊長!!」

 「敵艦の上か!?」

 グゥルに乗って撤退を始めたネオとミリアリアであったが、ニ十数キロ離れた箇所に、バグラチオンの姿を見かけた。

 そして――。

 

 「狙撃する気か!? マリューの船を!」

 直ぐに、その意図に気が付く。

 

 

 

 自身の身長より高い、長大なリニア・レール・カノンを構えたシュライクが、バグラチオンの艦橋に着座している。

 狙撃体勢に入っており、狙いは、当然、マリュー・ラミアスの脱出艇である。

 マス・ドライバーを経て射出されたため、当然相当な速度にはなっているが、それを狙える代物であった。

 

 

 「――くっそ! あんなものを用意して!」

 「マズいですよ! あれじゃ」

 「間に合わんかっ!?」

 敵の位置まで、かなり距離がある。

 このままでは……とネオが思ったところに、

 「隊長、まだ機体、持ちますか!?」

 「ミリアリア? 何を!?」

 「オーバーガンを私に貸して、全速力で抱えて飛んでください!」

 「……なんとぉ!」

 

  思わぬ申し出であった、がやるしかない。

 

 「行くぞ!」

 ネオのジンは、ミリアリアのジンを抱え、グールを蹴って飛んだ。

 

 

 ――そして、全速力で加速した。

 

 グォオオオオオオ!!

 

 凄まじい重力がミリアリアを襲った。

 

 

 「うっ……あああああ!」

 

 苦痛がミリアリアを襲った。

 ネオですら肉体が悲鳴を上げる加速であるのだ。

 少女であるミリアリアは、気を失っても当然な負荷が掛かっている。

 「ミリアリア、大丈夫かっ!?」

 「ダイジョブ……です!」

 が、ミリアリアは耐えた。 彼女もまたザフトなのだ。

 

 「隊長!」

 

 バッ!

 ミリアリアの合図を聞いて、ネオは加速を止めた。

 

 「この距離でいけるというのか!?」

 「――いけますっ!」

 

 今度は外さない。

 

 ミリアリアは、オーバーガンの引き金を引いた。

 

 

 

 

 ――ビュウウウウウ!!

 

 

 レール・カノンの発射態勢に入っていたシュライクに、ビームが迫る。

 

 

 「熱源接近!」

 「どこからだ!?」

 迂闊にバグラチオンを前に出して狙撃コースを確保したため、シュライクはおろか、艦全体が丸見えとなっていた。

 と、なればミリアリアにとっては距離以外、狙撃を阻む要素は何一つ無かった。

 

 

 「艦ごと……いっけぇええええ!!」

 「あ、あんな距離から……!? う、うおおおおおおおお!!」

 

 ミリアリアの放ったオーバーガンのビームが、シュライク、そしてバグラチオンのブリッジを撃ち抜いていた。

 しかし、流石の巨体を誇るバグラチオンであった為、爆発はブリッジとその周辺だけに留まった。

 

 だが、その爆発はゼルマンの肉体を粉微塵に変えていた。

 

 

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 ――ミール・ヌイ要塞を巡る戦いは、終わりを告げた。

 

 凡そ四個師団の戦力を投入したユーラシア連合軍は要塞を占拠。

 しかし、秘密裏に確保を目標としていたマスドライバー施設”スリンガトロン”は敵側の自爆によって破壊。

 要塞自体も、圧倒的な包囲攻撃によって瓦礫と化し、既に無意味な拠点となっていた。

 八割近い戦力を犠牲にしたユーラシア軍にとっては、戦果は鉱山の奪還に留まるという、割の合わない結果になっていた。

 

 要塞攻略までの二日間あまりで、連合側の死者は数万に上った。

 その中には、司令官に任命されたゼルマン大佐も含まれていた。

 

 ザフト側も、死者はほぼ同数と推測されていた。

 

 どちらにせよ、夥しい遺骸だけが、シベリアの地に残されたのだった。

 

 しかし、 このシベリア戦線において、

 月下の狂犬、モーガン・シュバリエ。

 乱れ桜、レナ・イメリア。

 切り裂きエド、エドワード・ハレルソン。

 ザフトのエース三名が討ち取られたという事実。

 そして、オペレーション・ウロボロス以降、苦渋を舐めさせられていた地球軍が、ザフトに正面からの作戦で打撃を与える事に成功したという事実は、大いに地球軍を勇気付けることになった。

 

 これ以降、地上に於ける地球軍の反抗作戦は活発となっていく。

 

 

 しかし、各方面のザフト軍もまた、まだ不気味な沈黙を保っていた。

 結局は、この戦いも、地球を取り巻く陰謀が光と影をあらわしたに過ぎなかった。

 全てはこれから、また流転していくのだ。

 

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 「さすが、ラミアスさん。 アレだけの戦力差でありながら――要塞は落とされたものの、敵の戦力を十分削ってくれました」

 国防委員長室。

 アズラエルが、パトリックに向けて報告書を読み上げている。

 「途中で……マスドライバーが壊れるアクシデントもありましたが、まあ、結果は上々です」

 「しくじった……か」

 「ハハ……これは手厳しい」

 

 全ては予定されていた通りであった。

 

 「まあ、よい……ハルバートンの手勢など、後でどうにもなる。 ……これで、漸く真のオペレーション・スピットブレイクの準備は整ったか」

 「ええ……いざとなれば……ユーラシアが一番の障害になりますからね?」

 「ナチュラルたちは、今頃、戦勝に沸いて戦力を散らしているだろうからな……」

 「役目を終えたシベリア一つ……安いものです」

 

 アズラエルは、一枚の資料をパトリックに渡した。

 

 シベリアが”役目を終えた”とされる事を証明するものだった。

 

 そこには、ザフトで使われているジェネシス衛星――その形を変えた、”ある物”の姿が描かれていた。

 「我らの創世の光(ジェネシス)と、共にね……」

 

 

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 「ええ……そうです、あの船は十分に役目を果たしてくれました。 囮としてね……」

 大西洋連合の将校が、受話器を取っている。

 「フフッ……まだ今しばらく……奴らの目を欺いてくれるでしょう」

 

 

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 「ええ。 無事に全ては終わりました。 マスドライバーは逃しましたが……」

 バグラチオンと共に並ぶハンニバル級、ボナパルト――その一室。

 

 「ええ、タリア・グラディス中将は無事です。 ですが、この戦勝があれば、わがユーラシア連邦も大西洋連合に……」

 

 金髪の女性が誰かに向かって電話をかけている。

 電話の先は――ユーラシア連邦大統領だった。

 

 「ええ、それでは、大統領……あとはお任せください」

 

 ユーラシアの政府高官、アイリーン・カナーバであった。

 

 

 電話を終えて、残務処理に入ろうとするカナーバの元に、陰が現れた。

 

 「誰!?」

 

 アイリーンは咄嗟に銃を構えた。

 まだ、ここは戦場なのである。

 

 「――久しぶりだね、アイリーン。 今はレヴェリーじゃなくて、カナーバだったかな?」

 「……貴方は……?」

 

 そこに居たのは、パイロットスーツを着て、サングラスを架けた男。

 

 そして、彼はおもむろにサングラスを取った。

 

 「そんな……貴方は……! アル……!? 嘘よ! アル・ダ・フラガは死んで……!」

 

 カナーバは絶句した、目の前にいた人物は、既にこの世に居ない筈の人間であったからだ。

 

 

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 「ありがとよ……短い付き合いだったけど、お前のおかげで、マリューを助けられた」

 

 ネオはジン・ハイマニューバのコクピットから這い出した。

 ネオの陸戦型ジン・ハイマニューバは、バーニアが焼きついて、機体のフレームにも限界が来ていた。

 

 しばしの間ではあったが、愛着がわいてきた頃であった。

 「心から感謝してるぜ……! お前と別れるのは忍びないけど、じゃあな……俺の愛機よ……安らかに眠れ」

 

 ネオは、空港にジンを置き去りにしてヴァルハウ級の輸送機に乗り込んだ。

 一旦はジェーン・ヒューストンの指揮する北極艦隊と合流する事になる。

 

 

 

 

 離れゆく、シベリアの地、基地は逃げようとする兵士を一兵も逃さぬという、容赦の無い、最後の包括攻撃で燃え上がった。 

 ネオのジンは炎の中崩れていった。

 

 ネオは、輸送機の中に設けられた居室に向かうと、座席に座っている部隊の面々の顔を眺めた。

 

 

 皆、様々なものを、あそこに置いてきた様な顔をしていた。

 

 

 

 透き通ったバイカル湖の氷、ダイヤモンドダスト――そして、死臭と灰と――。

 彼らにとっては、様々な意味で鮮烈な体験だったに違いないだろう。

 

 戦いはまだ続くのだ。

 生き延びて、生き延びて、そして血反吐を吐く日々がまだ、続く。

 

 (若い頃から、戦場とか……戦争なんかに浮かされちまうと……あとの人生、きついぜ……)

 

 泥のように眠るトールそれを優しく肩で支えるミリアリア。

 悲しげな表情で、窓の外を眺めるサイ。

 

 そして――。

 

 (アスラン、僕は……)

 沈痛な面持ちで、窓から虚空を見詰めるキラの姿があった。

 

 

 「なあ、キラ……木星探査SASのディスク、貸してくれよ」

 ネオはキラの隣に腰掛け、話しかけた。

 「置いてきちゃいました……」

 「……そっか」

 

 キラがあそこに本当に置いてきたのはなんなのか。

 

 イージスとストライクの戦闘があった事を聞いたネオは、キラの眼差しの先を思った。

 

 

 

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「ラスティ……」

 

 アークエンジェルに回収されたイージスのコクピットの中。

 

 アスランは一人呟いた。

 

 「俺は父上に会わなきゃいけないんだな……」

 彼の死が、教えてくれた。

 「もう誰も、死なせない……だから、キラ……お前が戦うと言うのなら」

 

 敵となるのであれば、戦わなければならないのであれば――俺はキラも討つ。

 

 アスランはその決意を固めていた。

 

 

 

 

 ――それが忌み嫌っていた父と同じ業だとは、その時のアスランは気が付かなかった。  

 


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