機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 31 「ジ・エッジ」

『俺はどこかで、許しを得たかったのかもしれない。 

 そして、俺にはやらなければならないことがあった』

 

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 「開戦から、そっちはずっと北極。 コッチは宇宙に地球に大忙し。 ……話をする暇も無かったな」

 『ずるい男……』

 

 部下が苦笑いする中、エドワード・ハレルソンはディン本体からケーブルを延ばして、軍用の通信機器にオンラインしていた。

 

 通信の相手は、ジェーン・ヒューストン。 かつての恋人だ。

 

 咎めようとするスウェンを、別の部下が止めた。

 恐らく、エドにとって、大切な時間だから。

 

 

 『返事、聞きたくなかったんでしょ?』

 「――そうかもな。 でも、俺はモビルスーツで飛びたかった」

 『……今なら、聞いてくれる?』

 「今度は、北極まで、俺の翼で迎えに行くよ……君はまさしく、俺のエンジェルだ」

 『ッ……どうして今頃! 私は!』

 と、突然ジェーンとの通信が途絶えた。

 彼女が切った、というよりは、切れた、といった感じだ。

 

 「フッ……残念、時間切れか。 じゃ、定刻には少し早いが、行こうか」

 そして、エドの機体――AMF-103C ディン・カトラスは、コードを乱暴に引きちぎるようにして、飛び立った。

 

 アークエンジェルを待ち伏せするポイントを目指して。

 

 

 

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 ザフトのミールヌイ司令部では、地球軍の作戦開始と共に、あわただしく情報が飛び交っていた。

 

 そんな中、早速地球軍に先手を打たれた事を告げる知らせが入った。

 

 「ラミアス司令! 北極艦隊と、リマン・メガロポリスのバジルール司令との通信が途絶えました!」

 トノムラが、マリューに叫んだ。

 「なんですって!? 事前の最終状況は?」

 「詳細は不明ですが、カムチャッカ北部の通信基地にモビルスーツらしき機影を発見……との事です、それ以降は恐らく、施設が破壊されて状況不明!」

 

 「司令! ミールヌイ周辺の外部施設との連絡、情報回線も一方的に遮断されていきます!」

 チャンドラも叫んだ。

 「……こちらの通信網が解析されているというの!?」

 「7から13番までのオンライン遮断! これではジェネシス衛星との通信も維持できません」

 「――偵察部隊より、通信が遮断する前に入電あり、敵大型戦艦と航空部隊! 要塞南東部、Β地点より進軍を確認! この侵攻ルートは……通信施設と発電施設をピンポイントに狙っているとしか思えません!」

 

 「なるほど……しっかり下調べは済んでいるって事ね」

 

 しかし、マリューにとってはこの程度の事は、予想の範囲内であった。

 

 「遮断された要塞周辺の地域にはEWACジンを派遣! 早急に通信網を復旧して!」

 マリューは、破壊された通信網をリカバリーするべく、通信機能が強化されたジン、専用車両の派遣を命じた。

 

 

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 南東部、ゼルマンの指揮する部隊では戦闘車両と戦車隊が数百キロ離れたミール・ヌイ基地を目指して進軍していた。

 

 「――雪原や凍土の中に隠れているかもしれん……注意せよ」

 

 と右手に巨大な川が見え始めた。 小さな滝が幾つも連なっている、イリヤク川である。――そこに。

 

 グワアアアン!!

 

 半分凍っていた川を打ち砕いて、モビルスーツが現れた。

 ザフトの水陸両用型モビルスーツ、ゾノであった。

 

 縦に流れる戦車隊を横から攻撃すると、鉤爪をふるって、戦車を潰し始めた。

 小回りが聞かず、蹂躙されていく戦車たち――。

 

 「思ったとおりか、厄介だな。 だが――」

 

 と、後方に控えていたバグラチオンのハッチから、”モビルスーツ”が発進した。

 

 

 

 「なっ!? ナチュラルのモビルスーツ!? あんなのデータに無いぞ!?」

 スマートなシルエットに、ビームマシンガンとビームナイフを装備したグレーの機体――。

 

 「速いっ!? わ、わあああ!?」

 その機体は、ゾノの懐に潜り込むと、ビームナイフをコクピット突き立てた。

  

 動きを止めるゾノ。

 戦車の中から、身を乗り出して歓声をあげる兵士達。

 

 「”ハイペリオン”の怪物、”シュライク”か――アレで未完成とは、わがユーラシア連邦とアクタイオン社もなかなかやる――」

 ゼルマンは誰ともなしに呟いた。

 それは、ユーラシア連邦と軍事企業アクタイオン社で進められていたモビルスーツ開発計画――”ハイペリオン・プロジェクト”の試作機、”シュライク”であった。

 

 

 

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 「おいおい……どこにこんなに戦車を隠してたんだよ」

 アークエンジェルのブリッジ。

 機体管制を担当しているディアッカは呆れたように言った。

 

 無理も無かった。

 今までイージスとクルーゼのゼロやスカイディフェンサーで急場を凌いでいたというのに、今や自分の周りには一個大隊――凡そ40機近くのの戦車がいるのだ。

 

 そしてアークエンジェルよりやや上空の高度には、地球連合軍で広く採用されている”F-7D スピアヘッド 多目的制空戦闘機”が、コレもまた数十機の編隊を組んで飛んでいた。

 

 (トンでもねえ物量だな、どんな手段でもとるってことか?)

 

 成り行き上、味方する事になった地球軍ではあったが、この形振り構わぬ戦争のやり方というものに、ディアッカは薄ら寒さを感じていた。

 

 

 

 

 「……来るぞ」

 アークエンジェルの周りをスカイ・ディフェンサーで哨戒していたクルーゼが、甲板でイージスを待機させていたアスランに通信で告げた。

 「ッ!?」

 敵の機影はまだアスランにはまだ見えなかったが、アスランはこうしたクルーゼのカンの様なモノを信頼し始めていた。

 

 アスランはイージスのビームライフルに狙撃用のレドームを装着した。

 

 センサーの強化された”イージス・プラス”の機能と連動させる事で、精密な射撃を可能としている。

 

 (それと……新しい機能か、でもこんな機能、使い道はあるのか?)

 アスランは、コンソールを操作して、FCS(火器管制システム)の画面を開いた。

 イージスの胸元――そこに、新しく取り付けられた”プルアップ”の機能。

 腹部の装甲を、シャツを(プルアップ)くるようにして、フレームを露出させるという機能だった。

 

 なぜ、そのような機能が必要になるかといえばイージスには、本体のフレームに組み込まれた、モビルスーツ形態では使えない武装があるからであろう。 

 

 

 アスランがそんな事を考えていると、先ほどのクルーゼのカンが、アークエンジェルのブリッジからの報告で証明された。

 

 

 「艦長! ――敵モビルスーツ接近! 光学センサーで確認――AMF-101ディンです!!」

 

 

 「迎撃開始! プレゼントを積んだスピアヘッドをやらせるなよ!」

 バルトフェルドが号令を発した。

 

 

 

 

 

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 ミール・ヌイ要塞に到る前にも、防衛網は幾重にも用意されていた。

 

 30~40Mの、氷雪を纏った針葉樹林は、モビルスーツを一時的に隠す事も出来る。

 永久凍土に包まれた大地は、宇宙から落とされた設置式のトーチカをカモフラージュすることも出来た。

 

 そしてそれら拠点からの苛烈な攻撃が、進軍中の地球軍を容赦なく襲った。

 

 ――見えない敵からの狙撃に、雪原を行く戦車が次々と撃破されていく。

 「どこからだ!」

 「何も無い地平なのに!」

 Nジャマーで、あらゆる索敵機器が妨害された戦場では、目だけが便りである。

 巧妙に隠された敵砲台を敵弾の斜線から目視で発見せねばならなかった。

 

 

 「――まるで旧暦のフィランド軍のようだな」

 ゼルマンがぼそり、と呟いた。

 かの軍は、ミサイルがまだ普及する前の歩兵同士の戦争において、雪原からの奇襲で無敵を誇っていたのだ。

 「そういえば、ザフトにも”白い悪魔”ってのがいるんでしたっけ?」

 「大昔の名スナイパーにも付けられた異名だな、やれやれ……」

 

 戦争は、Nジャマーによって、逆行させられてしまった。

 

 「まあ、だが、違う点もある。 その頃の戦車に暖房は付いていない」

 ゼルマンは嘯いた。

 

  

 

 「くそっ! どれだけいやるんだ!」

 遠方から寒冷地仕様のジンで地球軍の迎撃にあたっていたザフト兵が漏らした。

 撃っても撃っても後方から沸いてくる敵に、ジンのライフルの弾丸が尽きようとしていたのだ。

 

 やがて……。

 

 「見つかったか!?」

 スピアヘッドの編隊が、自分目掛けて降りてくる。

 「舐めるな! カトンボ如き!」

 

 ジンは狙撃用の大型ライフルを投げ捨て、マシンガンに持ち替えて放った。

 

 だが、戦闘機――スピアヘッドの編隊は、その攻撃を予想していたのか、散開し、ジンのパイロットの視点を混乱をさせた。

 

 (なんだあの、オレンジの機体!?)

 と、ジンのパイロットが、編隊の中に、一際派手なカラーリングをした機体を見つけた。

 

 思わず、パイロットがそこに目を奪われる――と、それをスピアヘッド側も察知したのか、そのオレンジの機体は翻るように高度をとり――共に飛行していた編隊と、ミサイルを放ち、それがジンの全身を炎上させた。

 「しまった!?」 

 そしてオレンジの機体は上空から急降下すると、燃えているジンのコクピットに、トドメを差すようにミサイルを放った。

 「うわああっ……!」

 

 絶命する、ジンのパイロット。

  

 

 ――一方、移動砲台たる、モビルスーツを失った事で、付近に潜伏していたトーチカ班達は撤退を始めた。

 牽制と、陽動を担当していたモビルスーツを失っては、場所を察知されて狙い撃ちをされるだけである。

 

 と――。

 

 「撤退する兵士も皆殺しだ――誘導焼夷弾を使え」

 ゼルマンは、逃げ出した兵達を焼き殺すように命じた。

 

 あたり一体を焼け野原にする焼夷弾が戦闘機から放たれ、逃げ惑うコーディネイター達はその身を灰に変えられてしまった。

 

 「あのオレンジのスピアヘッドは、”黄昏の魔弾”ハイネ・ヴェステンフルスか」

 「ええ、思い上がったコーディネイター達に思い知らせてやりましょう。 地球軍にまだ兵有りということをね」 

 「ふむ……」

 部下の言葉に満足そうにゼルマンはうなずいた。

 

 

 

 

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「くそ! 近づけない! 足つきめ!」

 「あれだけ大きな的なのに……うぉ!?」

 3個小隊のディンが接近してきたが、アスランの狙撃に、一機が爆散する。

 

 「くそ! 大気圏内なんだぞ! あんな精密な射撃!! ――うわあッ!?」

 撃破された僚機に気を取られていたディンもまた、クルーゼのスカイ・ディフェンサーのビーム砲に射抜かれていた。

 

 「アスラン、腕を上げたな!」

 「――ッ!」

 アスランは無言で、ライフルを撃ち続けた。

 

 

 

 「ディンが九機か――やれやれ、普段だったら脅威だが、この状況ではな」

 バルトフェルドが言った。

 

 普段は、アークエンジェルとイージスとスカイディフェンサーしかいない状況で敵を迎撃するが、今回は周囲に大量のタンクが居る。

 

 無論、空を舞うディンに砲撃を当てられるタンクなど居はしないが、アークエンジェルへの接近を牽制する事くらいは出来る。

 

 結果的に、普段は敵への攻撃、追撃、防御、牽制、索敵と多種多様な対応を臨機応変にとらなければいけないアスランやクルーゼの負担を劇的に減らす事が出来た。

 そのため、アスランは敵への狙撃に専念する事ができた。

 

 

 

 

 

 「……アスラン、調子よさそうだけど?」

 飛行するアークエンジェルの下で、イザークとラスティもまた、ジン・タンクを走らせてた。

 その後ろに、ユーラシアの戦車部隊が付いている格好だ。

 「……ラスティ、貴様」

 先刻の事を思い出し、その真意をラスティに問おうとするイザーク。

 「イザリンも、あの調子で頼むよ?」

 「ッ!」

 しかし、ラスティは答えることも無く、煽るような一言をイザークに言った。

 

 そして、ラスティは機体を加速させた。

 前方に、敵機が見えたからだ。

 

 「バクゥ!?」

 「イザーク、ビームサーベルに気をつけてね! バッサリ持ってかれるよ!」

 

 前方からは、雪を散らして駆けてくる巨犬、バクゥの姿。

 「イザーク! バクゥが来たわ、気をつけて!」

 無線からは自分を案ずるフレイの声が聞こえた。

 「――俺にだって戦う理由があるなら、無理を通してみせる!」

 イザークは、ラスティに倣って、機体を前進させた。

 「イザーク!?」

 「ぬあああ!!」

 リニアガン・タンクよりは、ジン・タンクの方が接近戦をこなせる筈であった。

 イザークは、友軍機を守るため、味方の砲撃に巻き込まれないギリギリの所まで、機体を加速させた。

 

 「いくよ!」

 ラスティのジン・タンクがバズーカを放つ。

 バクゥはそれを難なく回避しようとする。

 だが――。

 

 バッ!

 

 「ネット?!」

 

 バズーカの弾丸は、着弾直前に弾けて、巨大なネットが広がった。

 「イーザリン!」

 「ちっ! そんな気遣い――だが、……いただくぞッ!」

 

 ネットに絡まったバクゥを、イザークのタンクが狙う。

 

 ドドドド!!

 

 レールガンとミサイルが放たれ、バクゥに命中する。

 「わ、わああああ!!」

 バクゥが、爆発する――イザークが、敵機を撃墜したのだ。

 

 「や、やった……! やったぞ!」

 初めての、撃墜であった。

 奇妙な高揚と感動が、イザークを包む。

 「油断しないで! まだ何機かいる!」

 ――が、そんな呆けたイザークに、ラスティが怒鳴った。

 

 「ッ……わかっている!」

 イザークは、我にかえると操縦桿を握る手を改めた。

 

 

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 「司令! 第二防衛ライン突破されました!」

 「――こんな短時間で? 予想より2時間速い!」

 「敵軍の数は凡そ――四個師団!」

 「大型戦艦を含めてそんな数……よく集めたわね。 ナタルやジェーンとの連絡は!?」

 「不・明! 通信、いまだ復旧できません!」

 トノムラ、チャンドラ、クロトの三人が、司令室で次々に報告を上げていた。

 

 「進軍スピードも速いですが、予想よりも敵に被害が出せてません」

 「動きが良いわね。 総司令官はタリア・グラディスかしら? ……敵軍にも複数のモビルスーツがいるということだけど」

 「ええ、こりゃまずいかも……」

 ロメロ・パルが要塞を中心とした防衛ラインの図を表示した。

 予想される敵の数と、進行方向を記した地図が映し出された。

 

 味方は青、敵は赤で表示される。

 画面は赤で埋め尽くされていた。

 

 「――アークエンジェル隊に部隊を裂きすぎた? いえ、それでも、アークエンジェル隊に損害は出せていない……」

 「間もなく、ロアノーク隊とハレルソン隊が出撃します」

 「こうなれば、彼らに任せるしかないか……」

 

 

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 「――早いじゃないか!」

 エドワード・ハレルソンは、司令部からの連絡を受け取って、声を上げた。

 

 雪原に、真赤なディンが幌を被って隠されている。

 旧世代的な、ケーブル車から伸ばされた受話器を置いたエドは、ディンのコクピットに戻った。

 

 「さって……スウェン。 友達から、例のイージスの話、直で聞いたんだって?」

 「ああ……」

 部下のスウェン・カル・バヤンにエドは通信した。

 「シャムスやミューディーの話では、イージスの最も恐ろしい能力は……格闘戦における戦闘能力だ」

 「ヒューッ!!」

 エドは口笛を吹き、大げさ声を上げた。

 「ってことは、俺と同じか?」

 「エド――いや、隊長、まさかその敵に接近戦を仕掛けるつもりか?」

 「ああ、その通りだ」

 「何故敵の術中に入る!? たとえお前――隊長がイージスと同じく、モビルスーツ格闘戦のエキスパートだとしても、敢えて敵の土俵に入ることはあるまい。 それに、ヤツに敗れたエース達も皆、接近戦でトドメを……」

 「そこだよ、スウェン」

 エドは、頭を振った。

 「そうせざるをえないのさ。 俺より前にヤツとやった、モーガンの旦那やイメリアの事を思い出してみろ」

 「……」

 二人とも、モビルスーツ戦においては、エドに全く劣らない戦闘技術を持っていた。

 その二人が、シャムスやミューディーですら見抜いた、格闘戦に特化した敵の力を見抜けないはずは無かった。

 

 「と、いうことは、遠距離から仕留められる相手じゃないってことさ。ヤツにはフェイズ・シフト装甲もあるしな」

 「ッ……」

 スウェンは押し黙った。

 

 「デュエルにストライクとか……”ガンダム”っていうんだっけか?」

 エドが、スウェンに聞いた。

 「確か、そういう呼び方もある」

 OSの頭文字を繋げてそう呼ぶらしい、とスウェンは答えた。

 「俺が乗るなら……そうだな、”ナイト”ってのはどうだ? ”ナイトガンダム”。 馬鹿でかい剣とかランスとか持ってさ、”切り裂きエド”にはピッタリだろ?」

 こんな状況でも余裕を崩さないエドに、スウェンは呆れたようにそうだな、とだけ言った。

 「まっ……こいつでも……十分やれるがな」

 エドは、機体を立ち上げた。

 

 「剣での戦いに、俺は負けんさ――だからこの機体を用意したんだ」

 

 エドの機体には、腰に二本のビーム剣が用意されていた。

 真紅に塗られたディン・レイヴン――通常のディンよりもパワーと飛行能力が向上され、更にミラージュ・コロイド技術を応用し、ステルス性も高められている。 その上に、さらに”切り裂きエド”の為の調整がなされ、彼はそれに”ディン・カトラス”という名前を付けていた。 

 

 そして、更なる秘策も、エドたちは用意していた。

 

 「安心しろって――命を粗末にするつもりは無いさ。 各員、モビルスーツを起動! ――グゥル・イフリートにも火を点けろ、離脱するタイミングを誤るなよ!!」

 エドは、機体を今度は宙に浮かせた。

 

 

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 アークエンジェルは、予定通りに敵の拠点を幾つも突破していた。

 

 やがて、敵の機影も見えなくなり、空白の地帯を通過するようになった。

 要塞はまだ、ぼんやりとも見えない。

 

 

 アスランは、機体を落ち着かせると、甲板に設置されたモビルスーツ用の電源ソケットからケーブルを引き出し、イージスの腰に突き刺した。

 

 イージスのバッテリーが充電されていく。

 

 クルーゼも先ほど一度ドックに戻り、バッテリーや燃料の補給を行っていた。

 

 「――アスラン、大丈夫か?」

 ディアッカが、アスランに声を掛ける。

 「ああ……」

 「イージスのバスケット、空けてみな?」

 「えっ……」

 

 アスランはコクピット脇にある、バスケットをあけた。

 「これは……」

 「チャーハンは、流石に食えねえだろうからオムスビだ」

 「オーブの料理か……ありがとう」

 「焼きミソが入っている、疲労に効くぜ? 喉に詰まらせんなよ」

 アスランはバイザーをあけて一つオムスビを食べた。

 かなり味が濃く、しょっぱかったが、確かに疲れた体にはうまかった。

 

 クルーゼもまた、食事を摂っていた。

 クルーゼの場合はチューブで吸う流動食だ。

 カフェイン入りのクリームソースチャウダーである。

 

 「アスラン、水を飲みすぎるなよ、トイレに行きたくなるぞ」

 クルーゼがアスランも弁当を食べている事に気づいて言った。

 当然、食事を摂れば、水も飲むだろうということだ。

 「えっ?」

 発言の意味がわからず、アスランは声を上げた。

 「戦闘中は漏らせばいいが、哨戒中に気が散るのは命取りだ」

 「ああ……」

 

 戦闘機乗りとしてのキャリアもある、クルーゼならではのアドバイスだった。

 

 

 「――ッ! 何か来る」

 と、クルーゼが呟いた。

 「!」

 アスランは弁当をバスケットに仕舞うと、イージスを直ぐに準備させた。

 

 しかし、イージスの高感度センサーには反応が無い。

 クルーゼのカンが外れたのか? だが……。

 

 

 「――艦長! 高速で接近する敵影、数6!」

 メイラムが、バルトフェルドに叫んだ。

 「何!? このスピード、戦闘機!? いや、まさかミサイルか?!」

 

 モビルスーツでは、ありえない接近速度である。

 だが、その実体は、どちらでもなかった。

 

 「いえ――これは、モビルスーツ用の輸送機、グゥルです! 大型のブースターが装着されている機種の模様!!」

 「――突っ込んでくるのか!? スピアヘッドは散開して後退! 戦車隊には支援砲撃を要請しろ!!」

 

 

 

 

 「ヒャッホオオオオオオオ!! 目を回すなよ! スウェン!!」

 「グッ……!」

 凄まじい、重力の荷重に耐えながらも、6機のディンは必死でモビルスーツ輸送用の高速戦闘用SFS(サブ・フライト・システム)――”グゥル・イフリート”にしがみついた。

 

 

 

 

 「特攻でもするつもりか!? 撃ち落すぞ! アスラン!」

 「――グッ!」

 

 アスランは、狙撃用のライフルを構えた。

 

 (速過ぎる――!?)

 全部は撃ち落せない、アスランは直感で悟った。

 

 

 「ええい!」

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーは、接近する六機のグゥルのうち、一機をロックすると、ビームとミサイルを放った。

 

 

 「迎撃!」

 バルトフェルドもCICに命じる。

 アークエンジェルからゴッドフリートと滞空迎撃用ミサイル・ヘルダートが発射された。

 

 だが、

 「間に合わんさ! いっけえええ!!」

 エドワード・ハレルソンのディン・カトラスは、グゥルからパッと機体を離した。

 

 ――そして、スウェンら、他のハレルソン隊の乗る、機体もそれに倣った。

 

 

 「特攻ではない、SFSだけ、ぶつける気か!?」 

 「させるかー!!」

 ビームと、突っ込んでくるグゥルとが、交差する。

 

 

 「あ、あああああ!?」

 しかし、その内、他の機体より更に速く、突っ込んでくるグゥルが一機あった。

 しかも、そのグゥルは、背にまだディンを乗せている。

 

 ――コクピットを襲う、激しいGに、タイミングを逃して機体を離脱させ損ねたパイロットがいたのだ。

 「バカッ!?」

 エドが叫ぶが遅かった。

 

 

 「あッ!?」

 ――そのディンとグゥルは、減速せずに、アークエンジェルの真横をそのまま通り過ぎて――空中分解した。

 恐らく、グゥルのエンジンが限界を超えた加速に、オーバーヒートしたのだろう。

 

 

 ――だが。

 

 ドォアアアアア!!

 

 ただ、機体が爆発とは思えない、激しい閃光が、アークエンジェル後方に発生した。

 

 (機体の爆発だけじゃない、ありったけの爆薬を積んで――!?)

 それを見たアスランが、アークエンジェルの危機、という事に気が付く、

 

 「ッ!!」

 クルーゼもまた、とっさに反応して、突っ込んでくるグゥルの内二機をビームで落とす。

 

 ドォオオオン!!

 

 こちらも激しい爆発を起こしたが、アークエンジェルに直撃はしなかった。

 

 「ええい!」

 アスランもまた、ギリギリで2機を撃ち落す。

 

 ――此方も激しい爆発を起こした。

 

 「――あと一つ!!」

 アスランは、目を爆炎と閃光に奪われながらも、もう一機を狙おうとする。

 だが、

 (やっぱり、間に合わないか!?)

 グゥル・イフリートはもう――アークエンジェルにぶつかる寸前であった。 

 

 「ええい!」

 アスランは、咄嗟に決断した。

 

 アークエンジェルの甲板を蹴って、空中に飛び出したのである。

 そして、シールドを構え――。

 

 

 ドォオオオオオオオン!

 

 「うぉおおおおお!」

 突っ込んでくるグゥルに、体当たりした。

 

 

 

 「――お!?」

 エドは、よもや仕留めたかと期待する――だが。

 

 イージスは、空中を舞っていた。

 シールドだけが、バラバラに砕けて、破片となって地面へ落下していった。

 

 「ハハッ!! そりゃ、そうか!」

 そんなに楽な仕事ではないのは、エドには覚悟の上だった。

 

 

 

 「スウェン! 予定通りだ、お友達の出番だぜ!」

 「ああ――あいつらならやってくれる!」

 「――それじゃあ行くぜ! ヤタガラス戦法だ!」

 

 

 

 

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 「艦長! 敵艦補足!!」

 「なにっ!?」

 一難去ったアークエンジェルの下に、更なる敵の知らせが届いた。

 「――これは、レセップス級寒冷地改修艦、”バルテルミ”です!」

 「月下の狂犬の船か!?」 

 

 以前、アスランがイージスで狙撃した、モーガン・シュバリエの母船であった。

 そして――。

 「更に前方、機影10! ザウートです! あの編成から、バイカル湖の生き残りと推測されます!」

 

 「――ザフトの英雄の亡霊たちか!」

 

 今まで、アスランが倒して来た、英雄の遺志を継ぐ者たち――憎悪と、覚悟を持った――戦場で最も恐ろしい手合いが、そこには待ち構えていた。

 

 

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 「イメリア隊長の残した機体で、目標を破壊するッ!」

 「シュバリエ隊長が言ってた――いいナチュラルは死んだナチュラルって――」

 

 アークエンジェルの前方、陸上戦艦バルテルミからは、モーガンが使用していたものと同じタイプの強化されたバクゥ――バクゥ・スタークが発進していた。

 パイロットは、彼の一番の部下であった、ミューディー・ホルクロフトである。

 

 

 そして、それを取り巻くように配置したザウートを指揮する一際大きな大砲を背負った機体――イメリアの使っていたバド・ザウートの同系機に搭乗しているのは、彼女の弟子とも言えたシャムス・コーザであった。 

 

 「出来ればイージスをこの手で倒したかったが――スウェンとハレルソン隊長にそれは任せる」

 「わかってる、私たちは地上のタンク部隊を止めればいいんでしょう?」

 「ああ、みんなミューディーと宜しくやりたがってるぜ!」

 

 

 ザフトの地上部隊が、攻撃を開始した――。

 

 

 

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 「いよいよ敵も本気か! イザーク! ラスティ! 頼むぞ!」

 アークエンジェルのブリッジ、バルトフェルドが叫ぶ。

 「あいよ!」

 「了解しましたッ!」

 

 「……カナード特尉、そちらの準備もどうか?」

 バルトフェルドは、ドックに居る”特務部隊X”の面々にも通信を飛ばした。

 

 モビルスーツは、地上においても高い戦力を誇るが、一個だけ明確な欠点があった。

 それは、”長時間の移動速度”が、遅い事である。

 瞬間的なスピードは、宇宙船の技術を応用したブースターなどで持つことは出来たが、地上での基本的な移動は、足である。 

 それは、如何なる地形をも走破する万能の移動手段ではあるものの――燃費も悪く、速度自体は、戦車に劣った。

 

 そのため、カナード達は、戦闘あるまでドックで待機していた。

 「シュライクの準備は出来ている」

 「百舌(シュライク)か……妙な名前のモビルスーツだね」

 「由来は知らん」

 「クッ……そ、そうかい」

 相変わらず無愛想なカナードに苦笑して、バルトフェルドは通信を切った。

 

 

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アークエンジェルから飛び降りたイージスは、そのままディンとの空中戦を強いられていた。

 

 強化スラスターが取り付けられた、イージスプラスA型装備がそれを可能にしていた。

 

 (そろそろか――)

 

 ダッ!!

 

 しかし、長時間、モビルスーツのまま空を飛ぶ能力までは無い。

 スラスターがオーバーヒートしてしまうし、一度に噴出できる燃料の量は決まっていた。

 

 そのためアスランは、時折、アークエンジェルの甲板や外壁に取り付いて、ブースターの冷却と推進剤の循環をしながら空中戦を繰り広げていた。 

 

 (シールドを壊してしまったから、モビルアーマーになれない――)

 イージスが大気圏内で、戦闘機のようなモビルアーマーに変形するには、シールドが必要だった。

 計算された角度が生む、空力制御が、イージスの飛行を可能にしていたのであった。

 

 シールドが機首に取り付けられない今の状態では、変形しても上手く方向転換がとれない、逆にあらぬ方向に飛んで行って、危機に陥ってしまうだろう。 

 

 

 「おちろっ!」

 アークエンジェルの外壁を蹴って、再び空に舞ったアスランが、ディンめがけてビーム・ライフルを放った。

 「うわっ!?」

 ディンのうち一機が、ビームに貫かれて爆発する。

 

 「アスラン! 地上で待ち伏せに合ったようだ! 早くコイツらを始末して支援に向かうぞ!」

 クルーゼも、スカイ・ディフェンサーでアスランを援護する。

 

 

 

 「イージス、やはりかなり出来るようだ、空中戦もこなせるとはな、だがっ! 迂闊!」

 エドは、イージスの瞬間の隙を捉えて、ライフルを放った。

 「……そんなもの!」

 だが、アスランは、そのまま射線に真っ向から突っ込んできた。

 「わざとか!?」

 

 カアン!!

 

 ライフルを肩と腕の装甲で受け流して、イージスは真っ直ぐエドのディン・カトラスに向かってきた。

 

 「噂の装甲か! ディンのライフルでは仕留められんか! ――スウェン! これ以上こちらの損害が出ないうちに、例の作戦でやる!」

 「ああ! 長期戦はこちらが不利だ!」

 

 ハレルソン隊のディンたちは、背中に、左手を回した。

 

 「――?」 

 アスランは一瞬、敵が何をしているのか、判断できなかった。

 だが、次の瞬間、ディンたちは、腕に見覚えのある武器を装備していた。

 「アレは、ブリッツの――!?」

 左腕に装備されている、鉤爪”グレイプニール”にそれはよく似ていた。

 モビルスーツを掴んだら最後、滅多なことでは離さない捕縛用の兵器。

 おそらく、ブリッツのモノを解析して作ったものであろう。

 それは、オリジナルとは少しばかり形を変えていて、どれかというとのその形は、爪と言うよりは、カラスの嘴に似ていた。

 

 「”クロウビル”を使うぞ!」

 アスランを取り囲むようにして、三機のデインが接近した。 

 そして、

 

 スパンッ!!

 

 スパンッスパンッ!!

 

 皆一様に、腕に装着したワイヤークローアーム”クロウビル”を射出した。

 

 「っ!?」

 アスランはそれを避けようとしたが、

 「しまった!?」

 見慣れぬ武装に、動きが読めず、足が掴まれてしまう。

 

 「もう一度だ!」

 スパッ! スパンッ!!

 

 再度、外した二機が、クロウビルを射出する。

 今度はイージスの両の腕を捉えて、アスランは捕縛されてしまった。

 

 「う、うわああああああ!?」

 「三本の爪、ヤタガラス戦法だ!」

 「!?」

 

 ディンが三体がかりで、イージスを引っ張った。

 懸命にバーニアを噴かして離れようとするイージスであったが、三対一では流石に振り切れなかった。

 

 「くそっ!」

 「やらせん!」

 捕縛されたイージスを助けようとするクルーゼ、しかし、それをスウェンのディン・レイヴンが遮る。

 「チィッ!」

 

 

 「よし、スウェン、いいぜ! それじゃ――ご愁傷さまだが、イージスのパイロット、焼け死んでもらうぞ!」

 「なんだっ!?」

 ディンのコクピットの中、三人のパイロットが、スイッチを押した。

 

 「塵芥になれ! イージスのパイロット!!」

 

 ビビビビビビビイ!!!

 

 

 

 「あっ!?」

 アスランの目の前が真っ白になった。

 

 

 

 

 バアアアン!!

 イージスの機体が発光する。

 

 「うわああああああああああ!!」 

 ワイヤークローを通じて、超高圧電流が流されたのだ。

 

 

 シュウウウン、とイージスの機体が灰色に染まっていく――。

 

 

 「やった……!」

 

 エドのカトラスを含む、三体の機体が、地上に降りていく。

 

 

 「アスラン……!?」

 クルーゼが、その様子に絶句する。 

 

 

 「やりました、隊長!」

 「ふむ……」

 

 灰色に変わり、動かなくなったイージスを見下ろす三体のディン。

 

 

 

 

 

 

 「イージスをやったのか!?」 

 アークエンジェルや戦車部隊と砲戦を繰り広げていたシャムスが叫んだ。

 

 「アスラン!?」

 イザークが、イージスが落ちたのとの知らせを聞き、絶句する。

 

 

 「アスラン……! 嘘っしょ!? アスラン……!?」

 ラスティもまた、機体を後退させ、呆然とする。

 

 

 

 

 

 

 「隊長、この機体を捕獲します!」

 エドの部下が、ワイヤーを張りなおして、イージスを持ち帰ろうした。

 「いや待て、破壊する」

 が、エドはそれを制した。

 この敵は、幾つものを友軍を倒してきた宿敵なのだ。

 今此処で、破壊しておかねばならない気がしたのだ。

 「ですが……この機体、持ち帰って分析すれば……」

 

 確かに、それが最も自軍の為になるだろう。

 唯一取り逃した、この機体を持ち帰れば、あるいは……だが……。

 

 

 

 

 

 「アスラン! 死んじゃうのかよ! アスラン!!」

 ラスティが、通信機を通じてアスランに叫んだ。

 「ラ、ラスティ……?」

 イザークや、ディアッカにも、その声が入る。

 

 「嘘でしょ? お前が、降りてきたから、俺はもう一度生きる気にもなってきたんだよ! アスラン! アスラン!!」

 ラスティの声は続く――。

 と――。

 

 

 「……さっきの嘴みたいなやつのせいか」

 声が、聞こえた、アスランの……。

 

 

 

 「アスラン!」

 「無事だったか!?」

 「パイロット及び回路保護の為、全エネルギーの80パーセントを放出……これじゃ動けない、フェイズ・シフト装甲解除……再起動」

 

 

 「待て! アスラン、今行く!!」

 「ラスティ、俺も!!」

 二体の、ジン・タンクがアスランが落下した地点に、加速する。

 

 

 

-----------------------

 

 電流は、アスランの体を一瞬貫いた。

 しかし、イージスの優秀な設計は、コクピットを完全な感電から守っていた。

 

 が、アスランはショックの瞬間、死を覚悟した。

 

 ――死。

 

 それが、アスランがずっと遠ざけていた記憶を強く呼び覚ませていた。

 

 

 あれは、ザフトが形になったばかりの頃。

 プロタイプのジンを載せた船が、連合の第八艦隊の末端と遭遇したときだ。

 

 アスランは、死を覚悟した。

 コクピットの直ぐ近くに攻撃を受けて。

 そのときだ、戦友とも呼べた、グゥド・ヴェイアと共に、敵軍を全滅させた。

 

 

 

 

 しかし、アスランが、強く死を感じたのはその後だ。

 

 

 それから暫く経って、ヴェイアが脱走した。

 アスランは、父に命じられ、それを追撃にする任務についた。

 

 「――俺はお前の代わりに、パトリック・ディノにモルモットにされたんだよ!」 

 戦闘の最中、ヴェイアは言った。

 

 「”SEED”を試すために、俺を何度も死線に送り込んでな!」

 それを必死で否定したのを覚えている。

 

 温厚な少年であった筈のヴェイアは、そのときはまるで残忍な殺人鬼の様に変貌していた。

 

 「SEEDが現れるってのはなぁ! もう人間がダメになるってことなんだ……ダメになるってのは、遺伝子弄くられてってことなんだよ!」

 

 「人間って種族が滅びる寸前まで行って目覚める力なんだよ! つまりコーディネイターってのはそうだってことだ! 何が人類の進化だよ! ハハハハ!!」

 

 「テメェも一緒だ! 子供も残せないような弄られ過ぎたコーディネイターも! ――戦うために作られた俺も! だから――!」

 

 

 

 激しいモビルスーツ戦の末、二人は白兵戦になった。

 

 生身での――。  

 

 

  

 

 

 「アレックス! 何故戦わん!? ヤツはナチュラルのスパイだったのだ! 殺せ! あそこにいるナチュラルごと――」

 

 

 そして、アスランは父に、命じられるままに。

 

 

 「……ギャアアアァアアア!!」

 

 

 

 

 

-----------------------

 

 

 

 

 そして、アスランの体が、弾けた。

 

 

 

 

 「――トゥォオオオオッ!」

 OSが再起動すると同時に、イージスを持ち帰ろうと接近してきたディンのコクピットを仰向けに寝転びながら、キックの要領で――脚部ビーム・サーベルで貫いた。

 

 「わぁっ!?」 

 声にならない叫びを上げて、ディンのパイロットが絶命する。

 

 そのまま、勢いで、イージスが起き上がる。

 

 

 「なっ!? パイロットも機体も生きてたか!」

 エドのディン・カトラスがイージスから咄嗟に離れる。

 

 アスランのイージスは、ビーム・サーベルを振るっていた。

 それはディン・カトラス装甲を僅かに掠めていた。

 

 「ハ、ハレルソン隊長! わ、わあああ!」

 「落ち着け! ――ッ!?」

 と、イージスが、体に取り付いていた”クロウビル”のワイヤーを逆に引っ張った。

 「チィ!」

 エドは咄嗟に武装を振りほどいたが、部下のディンは、自分で張ったワイヤーに逆に引っ張られていった。

 

 「うぉおおおおお!!」

 ディンの機体は軽く、パワーも一対一ならイージスと比べられないほどに非力だ。

 ディンはそのままなすすべなく引き寄せられ、そのまま吸い寄せられるように、イージスのサーベルへと――。

 

 

 ズアアアアン!!

 

 またも、一体、コクピットを貫かれて、ディンが動かなくなった。

 

 

 

 「……くそ、やはりこうなったか、だが――」

 最後の一体になった、エドのディン・カトラスが、イージスと対峙する。

 

 エドのディンは、腰のホルスターに装着されたビームソードを抜いた。

 それはビームの刀身がやや短めの曲刀――ビーム・カトラスであった。

 

 

 「相手になるぜ、イージス。 俺は剣捌きだけなら、イメリアよりすごいぞ?」

  

 

 (――強い)

 真紅のディンに、アスランはヴェイアを思い出していた。

 

 そして、アスランは――

 「俺は戦わなきゃならいのか、生きる為に――」

 「!?」 

 指向性通信で、敵パイロットに、語りかけた。

 アスランは平常では無かった。その振り切れた精神が起こした行動であろう。

 「サイコなヤツだな――おれはそうだぜ?」

 「俺は、それなら……父上に会わなきゃ」

 「? ……まさか本当に噂通り……?」

 「……」

 「まあ、いいさ……それじゃ、勝負と――いこうか!!」

 

 ディンが跳ねた。

 手にはビームカトラスを携えて――アスランもまた、クローバイスビームサーベルを展開した。 

 

 「ゼエエエイ!」

 「ヘアアアアッーー!!」

 

 空中からはディンが、地上ではイージスが待ち構え、二体の機体が交差する。

 「なッ!?」

 アスランが絶句した、すれ違い様に、アスランは胸の装甲と、アンテナを切り裂かれていた。

 もう少しで、コクピットに届くところであった。

 そして、エドは。

 「スラスターが!?」

 

 背中の羽――ディンの最大の武器とも言うべき、スラスターを切り裂かれてしまっていた。

 

 

 

 「あのアスランが押されているのか!?」

 クルーゼが、地上の戦いの様子に気が付く。

 そして、接近戦で無敗を誇っていたイージスが、手傷を負った事に驚愕する。

 

 

 

 「チィッ! イージス奴! まだ動けたか!」

 「シャムス! 仕留めなきゃ!」

 また、エドとアスランの戦闘に気付いた、シャムスとミューディーも、機体を援護に向かわせた。

 

 「させるか!」

 「アスランッ!!」

 

 それを、イザークとラスティが砲撃で牽制する。

 

 「クッ!」

 「ザコがああああ!!」

 ジン・タンクに、シャムスのバド・ザウートとミューディーのスターク・バクゥが向かう――。

 

 「うわあああ! 俺とて! 俺とて!!」

 必死で、照準をあわせ、二機を攻撃するイザーク。

 

 しかし、

 「ただのナチュラルに!!」

 「やられるものかっ!」

 シャムスとミューディーは、仮にもザフトのエリート兵士であった。

 この間まで民間人で戦闘経験もなかったイザークと、モビルスーツ未満でしかないジン・タンクに倒せる敵ではなかった。

 

 「イザークは下がれ! あいつ等は俺が!」

 「くそっ! くそっ! くそっ!!」

 

 ラスティも砲撃を放つが、当たる気配すらない。

 

 そして――。

 

 「落ちろオオオ!!」

 

 バド・ザウートの射程が、とうとう二人に及ぶ。

 

 

 

 ――しかし。

 

 

 「また、会ったな?」

 アークエンジェルから、影が飛んだ。

 カナードの”シュライク”であった。

 

 

 「くううう!?」

 軽快な動きで、バド・ザウートの懐に入る。

 「フッ!」

 バド・ザウートのコクピットに、ビーム・ナイフが突き立てられようとする――。

 

 (やられる!?)

 咄嗟に、シャムスは武装の緊急排出(パージ)のボタンを押した。

 

 バアアン! と、蕾が花開くように、バド・ザウートの装甲と武装が、その身から剥がされ、痩身の本体のみが、その場に残った。

 

 その挙動に阻まれて、”シュライク”のビームダガーの刃は、シャムスに刺さることは無かった。

 

 「……チッ! あの時と同じか! 装甲をパージしただと!」

 以前、イメリアに同じ戦法で機体に手傷を負わされたのを思い出し、カナードは舌打ちした。

 

 

 「くそ! こんなに早期に素体を晒してしまうなんて!!」

 武装を使い尽くす前に装備外すハメになってしまった事をシャムスは後悔した。

 「シャムス!」

 「……わかっている! ……フォーメーションS32で行くぞ!」

 だが、悔やんでいる暇は無い。 

 ミューディーのバクゥに援護されながら、シャムスのバド・ザウートは双剣を構えた。

 

 「ハッ!」

 迫り来る2体のモビルスーツにカナードは動じることなく、ビーム・ナイフを構えた。

 

 

---------------------

 

 「スウェン……頃合を見て、離脱しろ」

 イージスから間合いを取りながら、エドは言った。

 

 「!? バカな、まだ作戦は終わっていないのだよ! ロアノーク隊も後続から……」

 「間に合わんさ……それに、俺としたことが――元シャトル乗りだってのによ、羽を切られちまった!」

 「――だが、足つきさえ落とせば!」

 「落としたところで、後続の戦車隊からは、逃げられないだろ? まあ、安心しろ――イージスだけは落とすさ、スウェン、命を無駄にするな」

 

 

 ブゥウンと、ビーム粒子の振動音が響いた。

 二本のビームカトラスを揺らして、エドのディンが構えをとった。

 

 

 「じゃあ……おぼっちゃん? ”切り裂きエド”の最期の戦いだ。 ぜいぜい楽しませてくれよ?」

 敵からの指向性通信が、アスランの耳に届いた。

 「……ッ」

 返す言葉が見つからず、アスランは無言を通した。

 

 「……おいおい、こう見えても、好きだった女に再会を誓って、戦いに来たんだ。 頼むぜ?」

 「女……?」

 「そうだよ! そういうワケ!」

 

 エドに誘導されるようにして、イージスもまた、二本のビーム・サーベルを構えた。

 

 二機が、対峙した。

 (ミーア……)

 アスランの心にも、今は確かに光るものがあった。

 

 ――二機が同時に動いた。

 

 「トゥオオオオ!」

 

 アスランの二本の剣が、エドに振りかかった。

 「――ヒュウウウウ!」

 それを、エドが二本のビームカトラスで受け止める。

 ビーム同士の干渉が、激しいスパークとなって発光する。

 飛び散ったビームの粒子が、エドのディンの装甲を焦がした。

 

 剣と剣が交わる膠着状態――と思われたが、

 「貰った!!」

 アスランが動いた。 爪先のビームサーベルを展開し、両足を薙ぎ払うように切り裂いた。

 

 ズバアアアア!!

 「なにぃいい!」

 エドのディンは、その瞬間体を支える軸を無くし、ビームサーベルの反動に吹き飛ばされる――だが、

 「まだまだぁあああ!!」

 エドのディンは上半身だけで飛んだ――足を切られた分、機体が軽くなって、破損したスラスターでも飛べたのだ。

 「ブースター出力最大ッ!!」

 

 

 空中に飛んだ、ディン・カトラスは、翼状のスラスターを大きく広げ、そのまま地面に向けて加速、鳥が獲物を狙うように、イージスに飛び掛った――。

 「ああ!?」

 アスランはその異様に思わず怯んだ。

 「はああああ!!」

 ディンが、イージスに組み付き、アスランのイージスは仰向けに組み伏せられる。

 

 「――戦いには負けたが、剣の勝負には勝ったぜ! イージスッ!!」

 「グゥ!?」

 

 そのままディンは、ビームカトラスを突き立てようとする。

 目前に迫るカトラスの刃――しかし、アスランは冷静だった、一度死を覚悟した事が、アスランに更なる覚醒を生んでいた。

 ――アスランの脳裏に、イージスのあらゆる情報が駆け巡る。

 そして、

 

 (!? 腹の装甲が、弾けた!? 何を!?)

 と、刃をコクピットに突き立とうとしたとき、エドの目には、腹部装甲を捲くる様にしてパージするイージスの動きが見えた。

 そして、その装甲に隠されていたフレームの中には――。

 

 (ビーム砲――スキュラとかいう――!?)

 

 

 そう、おもった次の瞬間、エドの全身は、スキュラの光に焼き尽くされていた。

 

 

 

 

-----------------------------

 

 

 ビュウウウウウウ!!

 

 イージスの腹部から放たれた光線が、ディンを貫いていた。

 

 

 ――モビルスーツ形態でも、スキュラを使えるようにする補助兵器、プルアップユニット――。 

 

 スキュラは本来、機体回路を組み替えたモビルアーマー形態での使用が前提であるため、出力は通常の70パーセントが限度である。

 またフレームを露出することになるため、機体の中心部を丸裸にする、諸刃の刃であった。

 

 しかしながら、至近距離で放てば如何なる敵を倒すのに十分な威力となるであろう。

 たった今、エドのディン・カトラスを倒したように――。

 

  

  「エド!?」

 スウェンがその様子を見ていた。

 「剣の勝負に拘るからだ……!」

 コクピットの画面を叩く、が、彼はハレルソン隊の副官なのである――生き残りは最早自分のみだったが。

 スウェンは止むをえず、クルーゼのスカイ・ディフェンサーを牽制しながら、自身のディンを退かせた。

 

 「ミューディー! シャムス! ロアノーク隊と合流する! 一時撤退だ!」

 「そんなっ!?」

 「”切り裂きエド”まで敗れたというのか!?」

 そして、カナードのシュライク、イザークとラスティのジンタンク交戦中だったシャムスとミューディーにも撤退の連絡を送る。

 

 「ここまで来て……なんとかならないの!」 

 「――退くぞ! ミューディー!」

 「えっ!?」

 

 シャムスが、退却を口にした。

 それに驚くミューディー。

 普段ならば、シャムスこそ、よほど敗色が濃厚にならない限り、撤退しようとしないのに……。

 「イメリア教官が言ってた……戦いは、常にこの一戦で決まるのではないと思えって……」

 「――! わかった……」

 

 その言葉に、シャムスの覚悟を感じたイメリアは、バクゥを退かせた。

 「シャムス、乗って!」

 「クッ!」

 装甲を脱いで細身になったバド・ザウートは、ミューディーのバクゥの背に乗った。

 彼らの後続についていたバクゥやザウートは、撤退命令を聞くと、緊急離脱用のブースターや、母艦であるバルテルミに乗り込んで退却を始めた。

 

 

 

-----------------

 

 

 アスランのイージスは、雪原に倒れたままになっていた。

 アスランは、生きていた。

 

 「まだ、生きてるのか……俺」

 

 

 「アスラン……!」

 と、アスランの耳に、通信機を通してラスティの心配する声が届いた。

 

 「……ラスティ、俺は……」

 「え?」

 アスランは、ラスティだけに、指向性通信を送った。

 

 

 「戦争に、巻き込まれそうになったんだ。 父上に言われて。 だけど、嫌だった。 それは、父上が……父上が……」

 

 敵は撤退した。

 アークエンジェルはイージスを一旦改修する為に高度を下げてきた。

 

 アスランは、ハッチを開けた。

 シベリアの寒風が、コクピットの中にすぐさま入り込んでくる。

 

 「生きるしかないじゃないか……」

 

  アスランは風に一人、泣いていた。

 ノーマルスーツ越しのはずなのに、身を切り裂く風が、ただ痛かった。

 

 アスランは、耐えるしかなかった。

 

 


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