機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 30 「決戦前夜」

 『何故、ラスティが俺にあのような光景を見せようとしたのか。

  何を思って俺に接していたのか、今ならわかる。

  アイツもまた、俺と同じで、俺もまた、父と同じなのかもしれない』

 

 

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 「ジェレミー艦長のことか……?」

 ブリッジで、イザークに訪ねられたバルトフェルドは、コーヒーを口に含むと、言葉を濁した。

 

 

 マクスウェル家は、大西洋連合において有名な軍人の家系だ。

 その分家であるハーネンフース家や、資産家としても有名なフラガ一族。

 そして何より、イザークのジュール家と並ぶ名門である。

 

 「正直、シベリアに降りるまでマッケンジー伍長……ジェレミー艦長にもう一人ご子息が居たなんて話は聞いた事が無かったな。 ハーネンフース家の姪御さんがいらっしゃる話は伺っていたがね」

 「そうですか……」

 イザークは、先刻の出来事を思い返す。

 

 彼がアークエンジェルとアスランに近づいたのは、偏に父親の怨念を母親に会わせる為だった――のかもしれない。

 

 そうであれば、自分とは真逆だった。

 自分はこの船に託された母の意志を守る為に戦っているのに。

 

 ラスティは――。

 

 

 「軍人としては、優秀な人物だったよ。 そうだな、だが……」

 「だが?」

 

 バルトフェルドが、続けようとした言葉を止めた為、イザークが聞き質す。

 「いや……その、家庭の事までは知らんな、とね?」

 しかし、バルトフェルドは話をはぐらかすような事を言った。

 イザークはそのようなバルトフェルドを訝しみながらも、それ以上問いただす事はできず、口を噤んだ。

 

 

 

 (マクスウェル艦長も、確か夏娃(ハーワー)プログラムに参加していたか……そうなれば、息子(ラスティ)と反りが合わないのも、戦争が始まってから他のご子息の話が無いのも、サザーランド派としてこのG計画に参加するのも納得がいくことだ……)

 

 バルトフェルドは、イザークからの質問には答えなかったが、一人飲み込んだ言葉については、そんな風に考えていたのだった。

 

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 ラスティがイングランドに来てから、八つ目の春を迎えた時だった。

 唐突に、父親から手紙が届いた。

 

 「お前の母親と共に、もう一度関係を直したい」

 

 その一言であった。

 

 沸々と憎悪が沸きながらも、ラスティは母親に従った。

 彼女はまだ、父親を愛していたからだ。

 

 医者として、母親として、父親のやろうとしたこと――ラスティを意地でもコーディネイターにしなかったことを選びながらも、それでも母はジェレミーを愛していた。

 そんな母親が、ラスティには理解できなかった。

 「いつか、お父様は認めてくださるわ」

 母は口々にそんな事を言っていた。

 

 そして、ようやく、父は認めざるを得なくなった。

 

 

 ――プラントとの緊張が高まり、”あの男の息子達”は、全員死ぬか、”敵側についた”のだ。

 

 

 だから、ラスティにお呼びが掛かったのだ。

 ――予備として。

 

 母は、父を愛していたし、優秀な医者だった。

 それでも、父は、母より結局は、自分の一族の血を、”出来る限り望む形”で残す事だけを選んだのだ。 

 

  

 

 会うことは結局叶わなかった。

 開戦とその直後に、Nジャマーが降下。

 偶然、父親と会う約束をしていた、軍事施設のあるミール・ヌイでラスティ達は立ち往生することになった。

 

 ラスティの母親は医師として、戦火に巻き込まれた人々を懸命に救護したが、彼女もまた――。

 

 

 

 

 ラスティは、今でも覚えている。

 

 それでも、父に会おうとした母の為、何とか父と連絡を取ろうとした事を。

 その母を見捨てて、オーブのコロニーに渡り、新造戦艦の建造に携わろうとする父の姿を知った事を。

 そして、あろう事か、自分に――。

 

 「今すぐ、そこを離れてアラスカに来い。 ジブラルタルにザフトが降下する前なら、まだ間に合う」

 それだけ告げて、父が通信を切った事を。

 

 

 

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 「アスランなら、わかってくれると思ったのになぁ」

 ジン・タンクのコクピットに篭りながら、ラスティはぼんやりとそんな事を呟いた。

 

 (アイツも、多分、オヤジが居ないか、居ても居ないのと一緒なんだろう)

 ラスティはそう確信するに至った。

 

 最初は何故、コーディネイターのクセに自分達に味方するのか不思議だった。

 友達の為? それだけじゃないだろう。

 彼は、オーブの国民ではなく、プラントからの留学生だと聞く。

 

 相手側に両親や血を分けた兄弟が居るなら、そこまで戦おうとするだろうか?

 ”同胞”と呼べるものは少なからず居るだろうに。

 

 (仲のいい友達と敵ドーシになっちゃったって聞いたけど……)

 

 彼は自分でも、きちんとは理解していないのだろう。

 そこまでしても、自分が戦場に立つのは、相応の理由があることを。

 

 「死んじゃうよ? ……アスラン。 俺は死んでもいい、と思ってたから、ここまで生き延びれたんだしねぇ」

 

 

 ラスティは、アスランを殺したくなかった。

 

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 「つらそうなお顔ですわね?」

 「え?」

 

 ミーアの部屋に食事を持ってきた――というのは口実で、ミーアの顔を見に来たアスランは、開口一番彼女にそういわれた。

 「参ったな……」

 アスランは照れくさそうに、顔をずらした。

 先刻受けたショックの余韻が、目元に残っているのだろう。

 

 「ニコニコ笑って戦争は……出来ませんよ」

 

 と、言ってから、アスランは後悔した。

 心を見透かされた事に対して、彼女に皮肉めいた事を言ってしまったのに気が付いたからだ。

 「ああ、いや……」

 アスランは、慌てて訂正しようとした。

 何をしているのだ。 自分は、こんな事を言うために来たというのではないのに。

 自分はただ……。

 

 

 「あっ……」

 と、ミーアがアスランの目元を指で拭いた。

 

 彼女の目が、文字通り、自分の目前にある。

 吐息までが、伝わってくる。

 

 「お忘れにならないでくださいね」

 私が、いることを、とミーアは言った。

 ――辛いなら、自分が慰めるから、と彼女は言いたいのだ。

 

 「貴女は何でも、お見通しなんですね……」

 アスランは苦笑した。

 

 アスランはそのままミーアの指に涙を乗せた。

 

 

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 カナード・パルスは、刻限通りに現れた相手を見ると、ほんの僅かに、こめかみを動かした。 

 「――お前が?」

 現れた”相手”に確認を取ると、”相手”は無言でディスクを差し出した。

 

 (……クソッ)

 自身の中に揺れるものを感じたカナードは、懸命に顔にそれを出さないように勤めた。

 

 

 その三十分後である、ラウ・ル・クルーゼが、彼の前に現れ、今度は彼がクルーゼにディスクを渡した。

 

 

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 ミール・ヌイ基地の図書室の中、緑の軍服を着た少年達が無言で本を読んでいる。

 時折、文章をノートに書いては、強すぎる呼吸をした。

 「……こんなことをやってなんになるって言うんだ、今更――」

 「おい……」

 

 ふと、そのうちの一人が、嗚咽を漏らし始めた。

 

 間もなく、この基地の最終防衛作戦が開始される。

 自分達は不退転の士として、これから、戦わねばならないのだ。

 その前に、戦争の為おざなりになっていた、自身の研究に一区切りをつけるため――”自分が亡き後”せめて誰かが研究を引き継いでくれるように、彼らは皆一様に論文の作成に当たっていたのだ。

 

 ザフト兵――いや、プラントに住む、コーディネイター達は、その半分以上が、何かしらの専門分野を持つ、研究家としてのキャリアを持っている。

 そんな若い、彼らなりに考えた、”ザフト兵”では無い、自分たちのコーディネイターとして――いや、人間としての有意義な、”最後の時間”であった。

 

 

 ――今までは自分達が負ける事など考えても居なかった。

 だが、ザフト創立の祖の一人である、英雄モーガン・シュバリエが死に、次いでレナ・イメリア迄もが、地球軍に敗れ去った。

 

 そこで彼らは始めて自分達が、死と隣り合わせである事に気が付いた。

 無敵のモビルスーツに乗っていた筈の自分達が、実際は鉄で出来た棺桶に乗っている事に――。

 

 「あの、イージスはバケモノだ。 あんなのと戦って、死んでしまったら、何にも成らないじゃないか、何にも――」

 知性の高さが、人格の高さに比例することは時にあるが、知性の高さが、それ即ち精神の強さに直結するとは限らない。

 精神の強さは、挫折や危機を知る事で鍛えられるからだ。

 

 その上で言えば、彼らは挫折や危機を知らなかった。

 明晰な頭脳と感性が、その感情がどのような不都合を生むかをわかっていても、それをコントロールする術までは生まなかった。

 

 「もうダメだ――こんなところ逃げた方が――!」

 少年兵の一人が、パニックになろうとする。

 

 「バカヤロウ! 諦めるな」

 と、それを一喝して、黒い軍服を着た大柄な人物が現れた。

 コーディネイターとしては恰幅のいい彼は――ロメロ・パル。

 マリュー・ラミアス直属の部下の一人である。

 

 ザフトの中では、火器管制のスペシャリストで、この基地ではマリューの補佐に当たっている。

 そして、彼は――

 

 「逃げようものなら、俺たち、マリュー督戦隊が、後ろから撃っちまうぞ?」

 「あっ……」

 もう一人、背後から黒服の人物が現れる。

 ジャッキー・トノムラ、彼もまた、マリュー直属の部下であった。

 

 彼らに、チャンドラを加えた三名が、自称”マリュー督戦隊”である。

 

 督戦隊とは、軍隊において、自軍部隊を監視し、命令無しに敵前逃亡、或いは降伏する様な行動を採れば、後方から攻撃や警告を加え、強制的に戦闘を続行させる任務を持った部隊のことである。

 ――近代戦闘に於いては兵士の士気を上げる為の最後の手段であり、司令官が「死守」と命じれば、兵達が文字通り死ぬまで戦うまで、それを継続させるのが任務である。

 

 

 ――が、彼らに於いては、あくまで自称である。

 士気の低下しがちな最戦線において、彼らの尊敬する”司令の為なら死ねる!”の合言葉の元に、年若い兵達を監督する任務に当たっていた。

 

 

 「一つ言っておく! お前たちは死なない!」

 ロメロが言った。

 「マリュー司令を信じろ! あの人は絶望的とも言える月の撤退作戦を成功させた! 今度も、必ずお前たちを助けてくれる!」

 「……!」

 「だから、諸君らも、どうか諦めず、司令に力を貸して欲しい!」

 兵達が、顔を見合わせた。

 が、徐々に希望がその顔にさしてくる。

 

 そうだ、まだ自分達にはマリュー・ラミアス司令が居るではないか。

 それに、目の前にいる ”マリュー督戦隊”の面々も、歴戦の猛者であり、スペシャリストの集団である。

 

 まだ戦いは決まったわけではないのだ。

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 先刻ハルバートンに告げられた、これ以上の増援は遅れないという通告。

 ――送られてきたのは、パトリック・ディノが直々に寄越した、エドワード・ハレルソンの部隊。

 

 そして、画面の前にいる、アカデミー時代の後輩だった。

 

 「久しぶりね、ナタル?」

 『ええ……貴女の噂はかねがね聞いております。 マリュー・ラミアス』

 

 ザフトの前身機関であり、まだ政治結社・自警団であった”黄道同盟”――その最初期のアカデミー出身者である二人の関係は、旧知の間柄でありながらギクシャクとしていた。

 昔から、反りが合わないのだ。

 性格が、そして、軍人となったときの理想が……。

 

 「――リマンメガロポリス側に貴女が居てくれるなら、大変心強いわ」

 

 

 元々、ネオの部下であったナタルだったが、現在はアズラエルにその手腕を買われて、本国の国防委員会付けになっている。

 しかし、今回、そのアズラエルと、パトリック・ディノ国防委員長直々の命令で、ここシベリア包囲網の防衛作戦に参加させられていた。

 

 ここから数千キロも離れてはいるが、ユーラシア大陸の東端部の”リマン・メガポリス前哨基地”で、カムチャッカ半島にある、敵の基地からの攻撃を迎撃する任務に就く。

 

 

 『及ばずながら、お手伝いさせていただきます』

 ナタルはマリュー・ラミアスの方が、少しばかり先輩で、また軍功も立てていた為、マリューに敬語を持ってあたる。

 しかし……。

 『月面の様なこと、また上手くいくとは限りません。 後方からの支援、敵軍の分断。 必ずや、やり遂げてご覧にいれます」』 挑発的とも取れる態度で、マリューに言うナタル。

 その様子に、ため息をこぼしそうになるマリュー。

 

 「……ジェーンに宜しくね。 北極艦隊との合同作戦になると思うから……」

 

 前面には地球軍。  背面には、この恐ろしい後輩が居る。

 「フフッ……」

 『――なにか?』

 突然噴出したマリューに対し、眉間に皺を寄せるナタル。

 

 しかしながら、マリューは、彼女が嫌いではなかった。

 彼女ほど、優秀な指揮官を、他に知らなかったから。

 

 (ナタルと、北極艦隊の白鯨ジェーン・ヒューストン。 背後の守りは完璧か……後は、一芝居うつしかないわね)

 

 そして、マリューは決意した。

 

 と……

 

 「敬・礼! 本日付で作戦本部補佐に配属されましたクロト・ブエルです! よろしくお願いします!」

 司令室に入ってくる少年が居た。 ナタルからも聞いていたが、アズラエルがもう一人援軍として送ってきた、彼直属の部下である。

 「ああ……貴方が。 ナタルからも聞いているわ。 大変優秀だとか」

 『落ち着きが無く、非常に変わっては居ますが、情報解析については優秀です』 

 「恐・縮!」

 オレンジ色の髪にザフトレッドの制服を着たクロト・ブエルは敬礼した。

 「こちらこそよろしく頼むわ。 人手不足の上に、危険な作戦となる今回の防衛に参加してくれて、大変感謝するわ」

 少し目線の低いクロトにあわせて、マリューは返礼した。

 

 (うわー……おっぱいデカッ……)

 それに対してクロトは顔を赤らめるばかりだった。

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 次こそ、アスランと戦う事になるだろう。

 キラは、自室で、決意を新たにしていた。

 

 ――ストライクの修理は既に完了していた。

 

 バスターを欠いてしまったものの、此方にはブリッツ、デュエル、そして自身のストライクを加えた三機の”ガンダム”がいる。

 そして、エドワード・ハレルソンの精鋭部隊。

 

 「アスラン、ボクは……」

 両親の仇を、とらねばならない。

 戦争を終わらせなければいけない。

 だから……たとえ、アスランが敵として立ちふさがってきたとしても、負ける訳には行かない。

 

 と、キラが思いつめているところに、

 

 「キーラ?」

 「……トール!?」 

 トール・ケーニヒが現れた。

 「何、怖い顔してんだよ」

 「……ミリアリアが、イージスにやられたって言うから」

 「……ま、それは許せねえよな」

 キラはトールの方を見た。 怒りと憎しみで、顔が歪んでいる。

 ……だが、

 「だけどさ、そんなに怖い顔してるなよ? なんかキラ、此処のところ暗いぜ? 無理も無いけどさ」

 直ぐに、元の明るい彼の表情に戻った。

 

 「……大丈夫だよ」

 キラは笑った。

 彼のこの明るさに、助けられた事が幾度あるだろうか。

 

 「あと、ホラこれ、本国から。 ――お姉さんからだぜ? なぁなぁ、何!?」

 と、トールは、キラに、小包を渡した。

 (カガリから……?)

 キラは小包を開けた。

 と、中には、映像ディスクが数枚はいっていた。

 

 「へぇービデオレターかなぁ? なぁなぁ、カガリさんが映ってるんだろ? 差し支えなきゃ見せてくれよ?」

 「いや……それはちょっと」

 軍の検閲が入るから、多分”素”を出している事は無いとは思うが……。

 

 それでも、自分に送られたカガリの映像を他人と見るのは気が引けた。

 彼女の本当の姿を知っているが故に……。

 

 

 「――それと、あ! これは……!」

 もう一つは実家で録画しておいた、特撮SFドラマ、”劇場版:木星探査SAS”のダビングビデオだった。

 

 「……こんなの見てるの?」

 「い、いいじゃない! 面白いよ!」

 

 ささやかな、”姉”の心遣いを感じるキラだった。

 

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 サイは自室でキーボードを叩いていた。

 

 「元気かな? こちらもなんとか、無事でやってるよ。 君から貰ったアイウェア、壊れてしまったけど、まだ大事に持っている。

  君の想いが僕らを守ってくれるんじゃないかって思ってる」

 それは、親しい人へのメールのようであった。

 

 

 「ミリアリアは幸い怪我は無かった。 君には、君のやるべき事を頑張って欲しい」

 メールを送信した。 彼女に、自分の想いも届くように。

 

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 「こちらの防衛網は完璧だけどさ、あの数は厄介だよ、ラミアス司令殿?」

 ネオ・ロアノークは、作戦会議室でマリューに言った。

 「ええ、如何にこのミール・ヌイ要塞が堅牢を誇っていたとして、アレだけの数のリニアガンに囲まれれば、ひとたまりもないでしょうね」

 マリュー・ラミアスは素直に認めた。

 

 敵軍が新造陸上戦艦と共に用意した戦車の数は此方の予想を大きく超える数であった。

 此方も多数のモビルスーツで迎撃に当たるが、それを上回る数で、敵軍からの飽和攻撃を受けてしまえば、要塞はその機能を発揮する前に容易く突破されてしまうだろう。

 『では、どうするというのです?』

 ナタルが、そのようなマリューの態度に眉を潜める。

 「降・伏!? 白旗でも揚げますか?」

 同席を許されたクロトも思わず、そんなことを言った。

 「その前にちょっと、やってみたい事があるの――こう見えても、私、材質工学をやっていてね――ギリギリで間に合ったものがあるのよ」

 

 と、マリューは、要塞の設備の最も外周にある、対機甲兵器用の防御壁の部分の図を、会議室の大画面モニターに表示させた。

 「――これは!?」

 「ここで取れたレアメタルを加工してもらって、先日降ろしたのよ」

 

 要塞をぐるりと囲む、文字通りの第一関門――そこには――。

 

 「これはもう、盾で防ぐしかないわね」

 

 マリューの秘策は、皆を納得させるものであった。

 

 『――時間が稼げるというのであれば、北極艦隊もやりようがあるわ』

 と、モニターに、表示される顔があった。

 金髪藍眼の美女――白鯨と称される、ザフト北極艦隊の若き美貌の提督、ジェーン・ヒューストンであった。

 

 彼女は、シベリア包囲網最後の壁とも言うべき、北極圏に布陣しているザフトの潜水艦隊の司令官である。

 平時は宇宙に海を作るというテラフォーミング技術を研究していた縁で、今やザフト随一の水中・海上戦闘のエキスパートであった。 

 

 

 「よお、久しぶり!」

 『エド……』

 エドワード・ハレルソンが、ジェーンに顔が見えるように、カメラにウインクした。

 その仕草が、自然と二人の仲を匂わせた。

 『ゴホン!』

 同じく、モニター越しに会議に参加していたナタルが咳払いする。

 ――通常の軍隊では絶対に見られないが、義勇軍のザフトでは、ごく稀にこういった光景も見られた。

 「おっと、失礼。 ま、なんにせよ背中は任せるぜ。 ラミアス司令にヒューストン提督?」

 エドは、目の前にあるキーボードを操作し、会議室の画面に、自身の指揮するモビルスーツ隊の縮図を表示させた。

 

 「それじゃ、俺たちは足つきに奇襲、かく乱をかける。 そして、狙いは勿論――」

 「敵軍最強の戦力――イージスね」

 マリューが、エドに向けて言った。 エドは頷く。

 「あいつさえ抑えれば、あんたの秘密兵器でどうにかなりそうだしな」

 エドは、白い歯をむき出しにして笑った。

 

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 「……しかし、ラミアス司令? あんたも気になっているんだろ?」

 会議後、司令室で茶を振舞われていたエドが、マリューに言った。

 「どう意味かしら?」

 「ディノ委員長が、俺の隊を寄越したってことさ。 それ以外は偵察機の一台も寄越さないのに」

 「……そうね」

 

 ――アークエンジェル討伐を名目とした、エドワード・ハレルソンの派遣。

 それがあるにも関わらず、基地防衛戦力の増員自体は殆ど見込めず、僅かながらの人員の補給のみ。

 それだけ、ザフトが逼迫しているということだろうか?

 (表立って部隊を動かせない理由でもあるということかしら……)

 

 「ま、だがしかし、ディノ委員長にも考えがあってのことさ。 どちらかといえば穏健派のアンタの所に、最強の手駒のネオと俺を寄越したんだからな?」

 「……自分で言うかしら?」

 「ハハッ! でも、そうだろ?」

 エドはからりとした笑顔を浮かべた。 マリューはこの男と話していると、雲が掛かったような戦況も、晴れていくような心持がした。

 

 「逆に言えば――あのアークエンジェルやイージスはそれでも仕留めたいってことだ。 案外、妙な噂も本当かもしれないな?」

 「ディノ委員長の息子か……」

 

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 ユーラシア連邦軍は、シベリアと、ジブラルタル基地周辺の南ヨーロッパの二点で、戦いを強いられていた。

 そんな中、膠着状態にある南ヨーロッパ前線にて、ユーラシア軍は賭けに出た。

 

 戦乱の中枢である、ジブラルタル基地に大規模な陽動攻撃を行った後、必要最低限の戦力を残し、モスクワまで本隊は後退。

 シベリア方面軍と申し合わせて建造されていた”ボナパルト”に人員と武装と資源を載せ、シベリア戦線側に大移動したのだ。

 

 そして、シベリア方面軍側でも、ユーロ側の援軍と合流すべく、アークエンジェルを囮にする形でこれに連動。

 ”バグラチオン”を中心とした大脱出軍を構成するに到った。

 

 

 全ては、兼ねてから用意されていた周到な計画であった。

 が、それでも、ユーラシア連邦軍にとっては背水の策であった。

 

 ――実行の後押しをしたのは、やはり大西洋連合の最新鋭秘密兵器である、アークエンジェルの降下が絶妙のタイミングであったからだろう。

 アークエンジェルの降下があったからこそ、機械化混成大隊長ゼルマン少佐を中心とした部隊は、必死の工作活動に成功し、二隻の大型陸上戦艦と基地を包囲するに足りる戦車を用意するに到ったのだ。

 

 そしてとうとうユーラシア連邦は、ここに終結した機動四個師団相当の戦力をミール・ヌイ攻略に投入。

 ――カムチャッカ半島に駆けつけた大西洋連合の援軍と友に、シベリア包囲網のザフト軍を逆に包囲する事に成功した。

 

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 「ゼルマン少佐……いや、大佐どのか」

 クルーゼが、敬礼をしながら、バグラチオンの艦長室に入った。

 「おお、これはクルーゼ大尉……なに、人が居ないもので、司令官をこのままやる事になって」

 嘗て、一時的に部下であったが故か、若輩のクルーゼに、ゼルマンは敬語で話す。

 クルーゼにはそうして、人をひきつける……人を魅了する性質、のようなものがあった。

 生まれながらの気品のような物が、自然と人に敬意を払わせるのだろう。

 

 「宇宙艦隊所属だった貴方が、よもやシベリアとは……最初は私も驚いたものです」

 「いや何、ユーラシア宇宙艦隊は、出来たばかりのところを、この戦争でほぼ壊滅させられてしまった――。 おかげで転属もスムーズでしたよ」

 「ふぅむ……」

 苦笑するゼルマンに、クルーゼも微笑を浮かべた。

 

 クルーゼは、作戦の承認に必要な書類を、ゼルマンに手渡した。

 「しかし、ゼルマン大佐。 貴方はボナパルトのグラディス中将から直々に作戦指揮を命じられたのだ。 その采配、頼りにしております」

 そして、本来の指揮官の名前を口にした。

 「――あの勝利の女神に認められるとは、光栄ですよ」

 モーガン・シュバリエによって、分断され、モスクワまで後退させられていたシベリア方面軍本隊――その司令官であった、タリア・グラディスは、前線でただ一人、抵抗とバグラチオンの建造を実行していたゼルマンを高く評価していた。

 そのため、ゼルマンは今日まで独断で大隊――残存したシベリア方面軍の司令官としての実権を与えられていた。

 

 そして、それがこの大脱出作戦の最終局面に於いて、正式なものとなったのだ。

 

 

 「バグラチオンには、グラディス中将の他にも、政府からアイリーン・カナーバ補佐官も来ております」

 「……そうだろうな。 現状では、このような大規模作戦。 委任状が間に合うまい」

 「ええ」

 本来、作戦とは、軍司令部において立案、決行される――しかしながら、そのコントロールは、民意――即ち、その代表である政府にゆだねられている。

 しかし、ニュートロン・ジャマーの影響から、通信が阻害された現在においては――その作戦決定許可の是非を現場で即断するために、政府の役人達が前線まで同行することもあった。

 実際には、この緊急時である。 役人達は目付け役というよりも、書類を書くだけのオブザーバーになりがちではあった。

 

 

 

 

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 「あっ……」

 ラスティは、アークエンジェルで宛がわれた部屋に向かう途中、マユラに出会った。

 「マユラちゃんも災難だね。 こんな船に乗り合わせちゃったなんて」

 「……オーブの民間人も乗っているんだもん。 怖くは無いわよ」

 「フフ……あのピンクの子のボディ・ガードだもんね?」

 「……!?」

 「俺さ、こう見えても、ソダチがいいから?」

 

 ラスティは、マユラがただの民間人で無いのに、なんとなく気が付いていた。

 幼い頃は、自分の近辺にも彼女らの様な存在が付いていたから。

 ブルーコスモスに、コーディネイターである疑惑をかけられて……と、いうのも、父親のジェレミーがある計画に参加していたからなのだが。

 

 そういったところも、ラスティが父を嫌悪する一因になっていた。

 

 「……ダイジョーブだよ。 俺も居るしね……じゃ、また後でね?」

 「あ……」

 

 ラスティは、そういうと手を振って、作戦開始前の、最後の休息へと向かった。

 

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 要塞攻略作戦まで、既に丸一日を切っていた。

 アークエンジェルは、ユーラシアの機甲大隊1つを僚軍として、基地の南方に陣取った。

 

 シベリアの早すぎる日暮れを迎えると、アークエンジェルは闇の中、野営地の明かりに照らされ、ぼうっと、白い巨体を浮かばせていた。

 

 その中では、クルーたちが、各部署で作戦前の最終確認に追われていた。

 

 

 「さて……作戦を説明する、とはいっても話は単純。 一番火力の高いアークエンジェルが、敵のモビルスーツ発射口のある基地南部から進軍する。 それ以外の部隊は周囲を囲うようにして大砲をぶっ放す。 まあ、そんなところだ」

 バルトフェルドが、ミーティング・ルームのスクリーンを前にして図表を指しながら言った。

 その前方には椅子が並べられ、アスランを含むパイロットや、ブリッジ・クルーたちが並んで座っていた。

 

 「基地の砲台、トーチカに関しては航空部隊が攻撃する予定だ。 その際厄介なのが、敵の飛行モビルスーツ・ディンだな。航空戦力を先ず狙ってくるだろうから、これをクルーゼのスカイ・ディフェンサーとアスランのイージスA型装備で甲板上から迎撃。 それ以外のトーチカ含む地上戦力は、アークエンジェルの火力と戦車部隊で撃破する」

 「ですが、それでは近づく前にアークエンジェルが狙い撃ちにはされませんか? それに航空戦力だって、敵要塞には恐ろしい数の砲台があります。 あれでは近づくことすら……」

 ダコスタが、挙手して質問した。

 

 「何のために基地を囲んだと思っている。 レールガン・キャノンで攻め行って、先ず外壁部の砲台を無力化する」

 「いえ、ですが、それが、まず問題です。 戦車で接近砲撃では、敵のモビルスーツの攻撃で、犠牲がいくら出るか……」

 「……承知の上、だそうだ」

 

 心配性なダコスタの質問に、バルトフェルドが冷淡な一言で返した。

 「……」

 ダコスタは意味を理解して押し黙った。

 軍隊とはそういうところである。

 

  

 「アークエンジェル侵攻上の敵地上戦力には、マッケンジー伍長と、イザークが当たってもらう事になる。 航空部隊の攻撃が成功すれば、それに乗じてアスランのイージスと、クルーゼのスカイ・ディフェンサーで一気に攻め入る。あとは例の特務部隊Xのカナード・パルス特尉が、アークエンジェルの援護に当たってくれるそうだ。 そして今回の作戦は長時間に及ぶ可能性がある――各員、今まで以上の戦いになることを覚悟しておいてくれ」

 

 「ハッ!!」

 バルトフェルドが敬礼し、皆が返した。

 

 (……ザフトに居た頃は、敬礼なんて何も思わずやっていたが……)

 アスランは、未だにその空気に抵抗があり、やりそびれてしまった――が。

 「ハッ!!」

 (イザーク……)

 隣に居たイザークは、少しばかり大きすぎる声を出しながら、返礼をしていた。

 

 

 

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 ミーティング後。

 アークエンジェルの外、吹雪の中ノーマルスーツを着たアスランは、作戦開始前のイージスの起動テストを行っていた。 

 

 

 「……アスラン」

 作業中、後ろから肩を叩かれた、防寒服を着た、バルトフェルドだ。

 金属製のタンブラーを持っている。

 アスランはそれを受け取ると蓋を開けた。

 中身はコーヒーだった。

 「君に、また苦労をかけるな」 

 「ありがとう……ございます」

 コーヒーをすすると、少しばかり、喉に焼けるような感じがあった。

 

 「ジンジャーとウォッカが入っている。 この辺の防寒対策さ、体があったまるぞ」

 「えっ! 作戦開始の24時間前を切ってますよ、少量でもアルコールは……!」

 「クルーゼみたいなことを言うな? ……まあパイロットはそうか……そのくらい大丈夫だよ」

 バルトフェルドもコーヒーを飲みながら笑った。

 

 「……何を言っている」

 「ブッ」

 後ろから、件のクルーゼが幽霊のように現れて、バルトフェルドは思わずコーヒーを噴出した。

 「いや、何、アスランにコーヒーをな?」

 「ム……?」

 クルーゼはアスランの方を見た。 アスランは微苦笑した。

 「まあ、アスランが死んだら、君のせいだな」

 クルーゼはそう言って微笑すると、バルトフェルドの肩を叩いて、今度はジン・タンクの起動テストをしているイザークの方へ行ってしまった。

 

 「嫌なヤツだな……」

 バルトフェルドが言った。

 「そうですか?」

 アスランは笑った。

 

 サングラスの下に隠れた、クルーゼの目元も、笑っている気がした。

 

 

 

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 敵軍の動きを察知した、ザフト側も、防衛配置の確認に余念がなかった。

 既に連合軍の動向を察知し、各砲座やトーチカに兵士達を配置する準備をしている。

 

 それらの進捗を一つ一つ確認しながら、マリュー・ラミアスは司令室で執務に当たっていた。

 

 「リマン・メガロポリスにナタルが着いたそうね」

 自席で書類をみながら、マリューがジャッキー・トノムラに聞いた。

 「ええ、バジルール隊長なら、司令官としても見事に戦ってくれるでしょう」

 

 「この戦いの勝敗は、ユーラシア側の死力を尽くした攻撃を、一度でいい――防ぎきれるかに掛かっているわ」

 

 ザフトは逼迫していた。 増援は今後見込めない。

 要塞自体の備えは万全ではあった。 ――しかし、”今ある以上”の戦力の増加はありえないのだ。

 

 「だけど、私たちにはオペレーション・スピットブレイクがある――ユーラシア連邦もそこまで余力があるとは到底思えない」

 つまり、戦いは。この敵軍の初回総攻撃が、それ即ち”決戦”ということになる。

 「敵が此方に目を向けてくれたお陰でジブラルタル基地もほぼ無傷。 ジェーンの北極艦隊とナタルの居るリマン・メガロポリスもまだ戦力としては十全。 敵側にもオペレーション・スピットブレイクの噂くらいは流れているでしょうから、長期戦を持ち込んでくることは先ず無い筈……」

 マリューラミアスは、椅子から立ち上がる――と、それに呼応するようにジャッキー・トノムラ――と同席していたダリダ・ローラハ・チャンドラⅡ世とロメロ・パルが、敬礼をした。

 

 「この戦いに、ミール・ヌイ要塞の全防衛戦力を投入します!」

 

 

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 基地の食堂でキラは一人食事を摂っていた。

 「よ、キラ、隣良いか?」

 と、そこに声を掛けるものが――ネオ・ロアノークだ。

 「隊長……」

 「ここんところ、お前と話す機会も無かったからな」

 ネオは、トレイに山盛りのサラダや、ローストビーフにシチュー、それからクルミの入ったライ麦パンを続々と頬張った。

 「――なんだよ、お前。 ヨーグルトとスープっだけって」

 ネオのトレイと比較して、キラのトレイには少量の料理しか盛られていなかった。

 「隊長こそ、そんなに食べるんですか?」 

 キラは少しばかり呆れる様に言った。

 「俺達はこれから戦いに行くんだぜ?食っとかなきゃ、力でないでしょ」

 それは正論の様に思えたが、どうにもそんな気持ちにはなれなかった。

 「ん? そいつは……」

 と、ネオはキラの持っていた手荷物に目がいった。

 

 「木星探査SAS……この間TVで放送されたヤツじゃないの!」

 先ほど、カガリから届けられた、木星探査SASの映像ディスクである。

 「ご存知なんですか?」

 意外だった、ネオがこんな特撮番組に興味があったとは……。

 「ご存知も何も、一期は俺がガキの頃にやってたのよ? お前らは新版だろ?」

 

 確かに言われて見れば、キラの好きな木星探査SASは長寿番組であり、ロング・シリーズとなっている番組だ。

 

 木星探査SASは 宇宙を冒険する『スペシャル・エイリアン・サーチャー』が木星圏で謎の古代文明の遺跡と出会うというスペクタクル・ロマンである。

 子供向けの単純な内容ながら、ジョージ・グレンのエビデンス・01の発見をベースにした哲学的なSF描写は、老若男女問わない、熱狂的なファンを生んでいる。

 

 キラが見ていたのは、リニューアル版の方であり、それより10年程前にネオ位の青年が子供の頃見ていたであろう初代のバージョンも存在していた。

 

 「……でも一期って地球だけの放送ですよね?」

 「ン……まあ、その頃は居たのよ、地球に」

 「いいな~コーディネイターに差別的な内容があるとかで再放送やソフト化も無いし、僕、新版の方ですけど、ライバルのイワン・イワノフが好きなんですよ」

 「お! マジかよ! 俺も好きだぜ? イワンの役者、1期で主役のシェルド・フォーリーやってたってのが又燃えるよなぁ」

 「イワノフ節とか言って」

 「俺もよくマネしたりなんかしちゃったりして」 

 「……今のイワノフ少佐のモノネマです?」

 「イワノフは俺の心の師よ? 最初はシェルド・フォーリーやニール・ザムなんかもイワノフを敵視してたんだけど、段々尊敬するようになっていくのがいいよなぁ~」

 「ええ……」

 

 キラは、笑った。

 

 ――そういえば、アスランも呆れながら、一緒に見てくれたっけ。

 アスランとも、こんな話をしたのを覚えている。

 もっとも彼は、SF描写や役者の演技に納得がいかない、みたいな感想ばかり出てきたけど……。

 

 「帰ってきたら、貸してくれよ?」 

 「え?」

 「俺、忙しくて見てないのよ」

 「ええ、是非」

 ネオは、ミートボールが入ったを皿を一つ、キラのトレイに寄越した。

 

 キラはそれを受け取ると、口にミートボールを運んだ。

 

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 夜が明けた。

 春が近くなってきたシベリア北部は、現地時間の昼前には日が差していた。

 夏になれば、極北に位置するこの土地は、逆に日の暮れない土地になるという。 

 

 キラは既に、ストライクの中に居た。

 

 「キラ、元気にしていますか? シベリアには、連合軍のあの新型戦艦が降りているとか――」

 キラの手元の小型端末からは、カガリのビデオレターが流されている。

 「貴方も、お友達も……ご無事でおりますように……」

 祈るような所作を、画面の中のカガリは行っていた。

 

 友達というのが、サイ達だけでなく、アスランを指しているという事は、言われなくてもキラにはわかった。

 

 

 (アスラン……!)

 それでも、キラは、行かねばならなかった。

 

 

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 見渡す地平に、戦車が縦列隊形をとっている。

 アークエンジェルの甲板にスタンバイしたアスランは、イージスの中からそれを眺めていた。

 軍隊というものを倦厭するアスランにとっても、その様は壮観であった。

 

 

 

 「作戦開始――」

 ゼルマンが、バグラチオンのブリッジで告げた。

 

 

 

 「アークエンジェル、発進!!」

 バルトフェルドもキャプテンシートから号令を発した。

 

 

 ザフト・シベリア方面軍 ミールヌイ要塞基地への攻撃が、今開始された。

 

 

 

 

 

 

 そして、同時刻――。

 

 

 

 

 「マリュー・ラミアスがミール・ヌイを死守出来たら、次は此方の番だ。 追撃の兵はリマンから出す。 ――そのためにはなんとか勝てたでは話にならん! 敵軍は余力を残して勝利せねばならん! 各自、ニェーボから来る敵を早期迎撃に当たれ!」

 

 ナタル・バジルールが、リマン・メガロポリス前線基地で指揮を飛ばしていた。

 

 そのときである。

 

 「何? なんだと――反応が消えた!? 反応が消えたとはなんだ!? モビルスーツがっ!?」

 司令部付きのオペレーターが一人、大声を上げている。

 「どうしたというのだ、作戦は今――」

 ナタルが、オペレーターに何事かと問いただす。

 

 すると――。

 

 「ぜ、前衛部隊が、やられたのとのことです……あっという間に……敵の――モビルスーツに!」

 「――なんだと!?」 

 

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 カムチャッカ半島、北部から、ユーラシア大陸に繋がる箇所に、ザフトの前線基地があった。

 そこは最早、見る影も無い。

 基地に居た兵達は虐殺され、施設は破壊され、モビルスーツたちは黒煙を上げて残骸へと代わっていた。

 

 近くには、オレンジ色のカラーをした”ストライク”によく似た機体が数機。

 

 そして、その中心には、ダーク・グリーンのカラーに塗られた”ブリッツ”によく似た機体が一機。

 「先行量産型の”陸戦型ダガー”は上々の仕上がりか。 ――そっちはどうかな? ”NダガーN”は?」

 「……悪くないよ」

 「フフッ、そうか。 まあ、盛大に行こうじゃないか? 君たち、第81独立機動軍(ファントムペイン)の初陣だ」

 

 遠く離れた、ニェーボの司令室。

 そこからオンラインネットワークを通じて、大西洋連合の将校が”ブリッツ”に似た機体――”NダガーN”のパイロットに話しかけていた。 

 

 

 「なあ、シャニ・アンドラス少尉?」

 

 

 

  ”NダガーN”のコクピット中――シャニと呼ばれたオッドアイの不気味な少年は、虚ろな目をして、口をあけたり閉じたりした。


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