機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 29 「父のつくった戦場」

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 『ただのイイヤツだと思っていた。 でも違う。

 ラスティが、あんな風に、俺も、皆も、同じ様に扱えて、タンクにだって乗ってしまうのは

 あの人と同じだからってことだ……!』

 

 

 

 

 

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 遠方に、廃墟となったドームポリスが見えた。

 

 「やっと、此処まで来たか」

 

 遅い朝焼けに照らされながら、

 アークエンジェルの艦橋で、一人それを見やるラスティは、そっと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

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 薄暗い部屋で、地球連合の将校が受話器を取っている。

 

 「ええ、あなたの仰るとおり。 ……情報は諜報担当から、随時受け取っております」

 

 男は、受話器に耳を傾けながらも、モニターに映し出されたデータを確認する。

 

 「分かっておりますとも。 ブルーコスモスの信条は”青き正常なる世界”の為に、ですからな。 そのための”エコ”ですから。 ……ええ、この美しい自然を守る為に、コーディネイター達には大人しくなって貰わねば」

 

 将校は受話器を置く。

 「フフッ……流石は我らがエースの血か。 後はミール・ヌイのマリュー・ラミアスを残すのみ……」

 

 将校はシベリアの勢力図を画面に映し出して眺めた。

 そこには、ザフト・シベリア軍司令部を包囲する形で、大部隊が編成された事を示す図表が映されていた。

 

 

 

 

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 アークエンジェルはバイカル資源基地を、ゼルマンの指揮するユーラシア軍と合流、陥落せしめ、そのまま北東のザフト軍シベリア本部基地のある、ミール・ヌイを目指す事になった。

 

 

 と、その移動の最中のことであった。

 

 「電文で、アラスカから!?」

 待ちわびた知らせを、バルトフェルドはようやく受け取った――地上に降りてから、何の補給も指令も受けられなかった彼にしてみれば、ようやくやって来た天啓にも思えた。

 しかし、その内容はあまりに簡潔で、淡白な物であった。

 

 「貴艦は、ユーラシア連邦軍と共に、ミールヌイ攻撃作戦に加わり、これを突破。我らはユーラシア軍基地、ニェーボに合流し、リマンメガロポリス周辺基地の攻撃にあたる……」

 

 読み上げた内容に、コレだけか、とバルトフェルドは落胆した。

 

 

 「サザーランド少将、なにを考えている……?」

 

 サザーランド少将。 レイ・ユウキと並び、G計画を推進させた一人。

 コーディネイターへの過激な敵対思想を持つ人間ではあったが、リアリストであり、またバルトフェルドの様な前線の人間を徴用するといった、官僚主義の強い地球連合においては、有能な将の一人である。

 が、バルトフェルドには解せなかった。

 

 (確かに、このユーラシア戦線は重要な戦いだ。 だが……)

 ここまで、自分たちを、孤立させて戦わせているのは何故なのか。

 あまり考えたくない想像ばかりが、彼の頭に浮かんでくるのであった。

 

 

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 アークエンジェルのモビルスーツデッキ。

 「最初はそりゃ怖かったさ。 敵の剣がタンクのカメラを潰したときにはな……」

 フレイ相手に、得意げにイザークが語っている。

 

 フレイはその話を、複雑そうな様子で聞いているが、顔にはどこか、情がこもっている。

 「……フレイ?」

 「ううん? ま、良かったわよ無事で」

 「そんなに心配するな、俺は……」

 「……”匹夫(ひっぷ)の勇(ゆう)、一人に敵するものなり”って知ってる?」

 「ん、ん?」

 「東アジアのことわざ。 えと……アイシャ中尉に教えてもらったの。 無闇に戦いを求める愚か者の勇気は、一人の敵を相手にするのが精いっぱいって意味よ」

 「む、むう」

 イザークは思わず唸った。

 確かに、調子に乗りすぎているかもしれない。 だが、彼には嬉しかった。 戦える事が。

 それは――。

 (もう、アスランばかりには任せておけんさ。 俺にもやれることが出来たのだ)

 

 

 と、イザークはイージスの整備をしている筈のアスランの方を見た。

 (……ん?)

 アスランは何やらクルーゼ指導の下、ストレッチをしていた。

 

 

 

 「――先日の戦いで、意識を飛ばさなかったのは流石だがな。 この後の戦い、どうなるかは分からん」

 「ええ……正直、宇宙での生活が長かったから……毎日酷い筋肉痛ですよ」

 「だが、鍛えれば直ぐに慣れる。 コーディネイターは便利でいいな」

 

 かく言うクルーゼは何時の間に筋肉を鍛えているのだろうかと、アスランは思った。

 しかし、この人のことだ、きっと人に見せぬ努力をしているのだろう、と直ぐに思い直した。

 

 「俺もやります」

 「イザーク?」

 腹筋運動を行っているアスランの横へ、イザークが並んだ。

 「……それは結構だ。 では、また最初からやるか、アスラン」

 「はぁっ!?」 

 

 

 

 

 

 

 

 ――それから、1時間後。

 クタクタになって、倒れこむ二人の姿があった。

 クルーゼが、張り合う二人を、とことん勝負させてみたのだ。

 

 (アスランもアスランだな、折れれば良いものを……)

 クルーゼには珍しく。 興が、わいたのだ。

 

 「勝ったぞ……! 一回ッ!!」

 「なんなんだよ……イザーク……ホラもう一回!」

 「くっ……くぅううう!!」

 ただでさえ、日ごろの雑務で疲れているアスランは、息も絶え絶えと言ったところであった。

 イザークが限界を迎えて倒れた。

 

 軍配はアスランに傾いた。

 しかし、

 

 「休んでいるヒマは無いぞ、アスラン。 今日は近接格闘の訓練をしてほしいと言っていただろう」

 「ええっ!?」

 「まあ、君が疲れているなら、いいが……」

 「クルーゼ大尉! それなら自分がッ!」

 倒れた筈のイザークが立ち上がって挙手した。

 

 「いや、なんでイザークが……」

 「私は構わんよ?」

 「そ、それなら、俺だって……!」

 よろよろと、アスランも立ち上がる。

 「……やるか、アスラン! こう見えても俺はコロニー格闘術を」

 二人が、ファィティングポーズをとってにらみ合う。

 

 と、そこへ、珍客が現れた。

 「あらあら? コロニー格闘術ですか?」

 「ちょっと、ダメですよ! ミーアさん!」

 ミーアが、ふらりと、ドックへ現れた。

 ニコルが、それを後ろから追いかけてきていた。

 

 「おいおい……お嬢さん。 此処には我々の秘密兵器があるのだ……お見せするわけにはいきませんな」

 「まあ、申し訳ございません。 この子がアスランに会いたがっていたもので」

 と、ミーアは掌に、ピンクのボールの様なものを取り出した。

 ハロだ。

 「ハロハロ!」

 すると、ニコルのハロも飛び出てきて、ピンクと緑のハロが2体で転がりまわる。

 「ハロハロ!」 

 「ハロォオ!」

 

 

 「ム……」

 クルーゼの周りをコロコロと転がる。

 

 「お二人でにらみ合って、ケンカは良くありませんわ?」

 クルーゼがハロに気を取られている隙に、ミーアは、なぜか構え合っているイザークとアスランに声を掛けた。

 

 「いえ、これは……」 

 子供っぽい所を、ミーアに見られてしまったので、アスランは赤面した。

 「ち、違います、これは組み手を」

 イザークが弁明する。

 

 「まあ! それは良いですわ。 私も父から武道をならっておりますの、今度手合わせしてくださいな」

 「ええ……ええ!?」

 

 

 

 

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 「ミリィは?」

 「大丈夫だとは思うけど。 まだ、少し独りにしてやろうぜ」

 トールとサイが、基地の廊下を歩きながら話している。

 

 先日、バイカル湖の戦いで敗北を喫した彼らは、幾つかの拠点を中継しながら、司令部のあるミール・ヌイまで退却していた。

 「イメリア教官……あの人まで失ってしまうなんて……」

 

 いよいよ以って、敵軍のイージスへの恐怖が、サイ達にも芽生え始めていた。

 自分たちは同等の性能を持つ機体に乗っている筈であるのに、あの異常な戦闘能力。

 

 あの機体のパイロットは果たして本当にナチュラルなのか。

 サイは、その正体を知ってはいた。 知ってはいたが、キラの旧友とは、一体どんな人物なのか。

 ――同じ、コーディネイターといえども、ミリアリアの狙撃を自分は回避できるだろうか。

 

 (キラ……)

 その敵と唯一渡り合ったのが、その敵の友であるキラとは何と言う皮肉なのか。

 

 

 「そういえば。 変な噂があるよな? あのイージス、パイロットはディノ委員長の死んだ筈の息子だって」

 「……まさか、違うよ」

 「……? なんか知ってるの?」

 あまりにきっぱりと否定するサイに、トールは思わず尋ねた。

 「いや、地球軍にもコーディネイターはいるかもしれないけどさ。 そんな流言に巻かれてる場合じゃないでしょ」

 「ま、そりゃわかってるけどさ……」

 「もう直ぐ、地球連合がこの基地目掛けて攻撃してくる筈だ。 でも俺たちも、恐らくはパナマへ侵攻作戦を控えている。 今は、何としてもここを守ろう」

 

 サイは、トールの肩を叩いた。 

 不安をぬぐい、決意を新たにしようとして。

 

 

 「こりゃ、お前たち! そんな辛気臭い顔してんじゃないのよ!」

 と、そんな二人に更に声を掛けてくるものがいた。

 

 「チャンドラさん!」

 「お久しぶりです!」

 基地司令部つきの、ダリダ・ローラハ・チャンドラであった。

 ネオ・ロアノークとも交友があるザフトの隊長クラスの兵士で、今はマリュー・ラミアス直属の部下であった。

 電子戦のスペシャリストで、現在ではナチュラル側でも利用されている、Nジャマー下でも利用可能な短距離センサーなどを開発した技術者でもある。

 

 「君たちは確か、サイ・アビゴル君と、トール・ギス君だよな? ボルジャーノ隊の?」

 「違います」

 「ロアノーク隊くらい覚えてくださいよ」

 

 そして、名前を覚えない事で、有名な人物でもあった。

 

 「いや、ネオまでは覚えてんのよ、ネオまではね! あっはっは!!」

 

 

 

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 「援軍は……望めないという事でしょうか?」 

 「すまんな、ラミアス……私も手を尽くしてみたのだが」

 「いえ、ハルバートン閣下」

 ミール・ヌイの司令室。 

 マリュー・ラミアスが、ジェネシス衛星を介して本国へ連絡を取っていた。

 

 「……しかし、シベリア包囲網を突破されるということは、ザフトの地上侵攻作戦の停止を意味する。地上での資源の供給がストップし、地球の二大勢力が、また連携する事になるのだからな」

 「それだけ、ディノ委員長が、”オペレーション・スピットブレイク”に絶対の自信を持っているということでは?」

 マリューが、かねてから噂されていた大規模作戦の名称を口にした。

 

 ――オペレーション・スピットブレイク。

 スピット、すなわち串とビリヤード用語のブレイクの意味。

 つまり、地球をビリヤードの球に見立て、その地球に串を突き立てて息の根を止めるという意味の作戦である。

 

 (それにしても、地球軍の勢力がここまでとは……まるで此方の動きが読まれているみたい。 ううん……でも、それにしては、何か違和感が)

 「……しかし、スピット・ブレイクは、確かに戦争の早期終結の為のものではあるが、それだけで勝てるというものでもない。 すまんが、ラミアス。 君には何としてもシベリア包囲網は死守してもらいたい」

 

 「ハッ!」

 マリューはザフト式の最敬礼をハルバートンに行った。

 

 (――もしかして、シベリアは用済みなのかもしれない……では、何故、撤退を申し渡されないのか? 盟友のハルバートン副委員長にまでその意を告げないで……)

 

 「私は、できることをするしかないわね」

 

 マリューは行うべき執務を片付けると、司令室を後にした。

 

 

 

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 「――ハルバートンめ、こそこそと嗅ぎまわっている様だな」

 「ええ、ですが、最重要のセキュリティをかけております。 ハルバートン閣下が本気で此方を疑ったとしても、真のスピットブレイクの内容までは伝わらないでしょう」

 「フン……ウズミほどではないにせよ、あの男もプラントの完勝を信じてはいない。 が、この作戦が成功した暁には、最早ナチュラルなぞに、我々止める事など出来んようになる」

 国防委員長室――アズラエルと、パトリックがまたも密談を行っていた。

 「シベリアでは、最後の防衛作戦が敷かれております。 ま、ラミアス司令さんの事です。 それなりの結果は出してくれるでしょう」

 「……フム」

 「あの船と、イージスだけは、何としても落としてもらいたいモノですね」

 「……」

 パトリックが、鋭い視線でアズラエルを見た。

 「おっと、すいません、元はといえば、ボクが大気圏で仕留めていれば済んでいた話です。 閣下のご友人が犠牲になる事もなかったのに……」

 アズラエルが芝居が掛かった口調で言う。

 「――ですが、それでもシュバリエ隊長の尊い犠牲は無駄ではなかった……ご安心ください。 既に事は成しております。 ”計画”に必要なだけのレアメタルは手元へ」

 アズラエルが、手書きの紙媒体の資料を、パトリックに渡した。

 ――現在においても、それが最も情報の流出を防げるものである。

 「フェイズ・シフト装甲に必要な分は確保か……」

 

 パトリックは、口元を押さえた。

 

 事は進んでいる。 自分の思った方向へと。

 そして、世界の運命も、同じ方向へと進んでいるのだ。

 パトリックはそう信じた。

 

 コーディネイターによる創世の歴史が、始まると信じていた。

 

 その為には、何者を犠牲にしても構わない。 そう、何者も。

 

 

 

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 (サイに引き続いてミリアリアも……それだけじゃない、シュバリエ隊長やイメリア教官、ザフトの英雄と呼ばれた人たちが、アスランに……)

 深夜、基地は既に暗闇に包まれている。

 

 キラはこっそり、自室を抜け出し、防寒服を着て、星の見える基地の外壁へと出た。

 ドームポリスと同じく、防雪用のクリスタルミラーが備え付けられてはいるが、気温は僅かに零度を下回っていた。

 

 吐く息が、白い。

 

 キラは、周囲をぐるりと見回した。

 あたりに人はおらず、基地周辺の状況が見渡せた。

 

 広大な施設に、見事な要塞が建造されている。

 これが半年足らずで作られたものだと、誰が思うだろうか。

 

 

 ――基地は、元よりここにあった採掘施設や空港を流用して作られ、プラント誇る短期建築技術を用いてあっという間に建造された。

 宇宙から、ある程度組み立てられた建物を地上に落とし、それをモビルスーツなどを使って建造するというなんとも豪快な方法であった。

 

 この基地の司令である、マリュー・ラミアスのアイデアが多分に採用されているという。

 

 しかし、そんな方法とは裏腹に基地の防衛は堅牢であった。

 ザフトの優秀な頭脳を持つ技術者たちが、Nジャマー降下前に採取したデータを下に、綿密な建造計画を立て、それに合わせて部品を建造しているのである。

 

 設計図どおりに組み立てられた要塞は、地球軍――ナチュラルが十年以上かけて作った基地を上回る防御、迎撃性能を備えていた。

 

 幾重にもわたる防衛網、シベリア鉄道を改造して作られた輸送設備。

 ダイアモンド採掘跡に作られたモビルスーツ発信基地。

 

 しかし、周囲には、既に住民が退去しているものの――鉱山街として栄えた頃の街並みがそのまま残っていた。

 

 仄かに、基地の明かりに街並みが照らされている。

 そして、それに重なる星が美しい。

 オーロラも見える。

 

 

 (アスラン……)

 

 キラは空を見上げた。

 月が見えた。

 

 

 キラは星と、何より月が見たかった。

 あそこにいたときが、一番楽しかったから。

 

 

 

 

 と、

 「――!」

 「そこで何をしている」

 突如、背中から声を掛けられた。

 

 (あっ……!?)

 しまったと、キラは思った。

 

 ザフトは義勇軍である為、一般的な地球の軍隊に比較すると、ある程度の自由が許されている。

 作戦活動の妨げにならない程度の夜間の外出、娯楽施設の利用などが可能であった。

 

 しかし、ここ、ミールヌイ基地に於いてはこの方面の中枢司令部のある施設を含んでいる。

 就寝時間を過ぎてからの自室への外出は、些細なものも含めて処罰の対象となった。

 

 

 しかし、自分が後ろを取られるとは……初めてだ、とキラは振り返る。

 キラはカンがいいほうだと自分では思っていた。

 戦闘でも、訓練でも、敵の気配を察するのが上手かった。

 それゆえに、トールに誘われて、軍律違反に障るような事をしても、ばれる事は無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「ネオの部下だけあるわね。 夜遊びだなんて」

 ――そんな自分を捉えたのは――マリュー・ラミアス司令だった。

 

 

 

 「司令……!?」

 「静かに、いいわよ、見逃しておいてあげる。 それに、ここ、人はこれ以上来ないから、安心しなさい」

 「?」

 「職権乱用なのよ? 誰にも来ないように、司令権限でね」

 

 マリューは傍らから酒瓶を出した。

 

 「えっ……?」

 「司令というのも疲れるものでね。 でも、こんなところじゃないと、飲めないのよ」

 「……あの自室では?」

 マリューの突拍子の無い行動に、思わず呆れてしまったキラは、口から問いを零してしまった。

 「――一人で飲んでも面白くないでしょう? せめて、星を見ようと思って」 

 

 マリューは、星を眺めると、酒を飲み始めた。

 それは、彼女の体の中の何かを洗い流そうとしているような、そんな動作にキラは見えた。

 

 (ロアノーク隊長と親しいと聞いたけど、何故、この人は、ザフトの司令なんてしているのだろう)

 キラはマリューの顔をまじまじと見詰めてしまった。

 

 「なぜ……司令はザフトへ?」

 「え?」

 マリュー・ラミアスが不思議そうな顔をして、キラを見た。

 

 今なら、聞いてもよい気がした――不躾な質問ではある。 しかし、それでもそんな質問をしてしまった。

 キラは聞きたかった。

 一番の友が、敵になっている……。

 目の前にいる女性は、明らかに戦争に向いていないのだ。

 その彼女が戦っている理由を聞けば、”それ”に対する自分なり答えが見つかるような気がしたからだった。 

 

 「ああ、いえ」

 キラが、流石に失礼かと思い、そこを離れようとした。

 「――そうね。 勿論、地球軍の横暴を許せなかったというのはあるわ」

 「あっ……」

 そんな、キラを引き止めるように、マリューは話し始めた。

 

 「でも、一番の理由は、私たちコーディネイターが生まれた意義……私たちは人類という種を前に進める為に生まれてきたと思うの」

 

 遺伝子を改良されて生まれてきた自分たち。

 

 それは、何のためであったか――細かく言えば、コーディネイター個人個人によって違うだろう。 

 だが、その原点は人類のより良き発展の為ではなかったか。

 

 

 たとえ、親の見栄やエゴの為でも。

 何かを為して欲しいという理想の為に生まれてきたとしても。

 子に夢を持たせてあげたいという祈りの結果に生を受けたのだとしても。

 

 そこに共通するのは、発展というものへの希望ではないだろうか。

 

 「戦争というのは大きな、途方も無い破壊だわ。 でも、過去の歴史上、戦争は技術の発展や文化、歴史の構築に貢献してきた部分もあるの」

 それが正しい事とは思わないけど……とマリューは述べた上で、

 「戦いが避けられないなら、せめて、この戦いが終わった後、少しでもそうした発展に寄与する事が出来れば、と思ったのよ」

 

 マリューは、少し哀しそうな顔で、そう述べた。

 

 「ボクも……それは正しい事かと思います。 戦う事が、善とは思わないけど」

 「でも……」  

 と、マリューは、自分の意見を自ら否定するようなそぶりを見せた。

 

 「戦いが生むのは、何度も歴史が繰り返すとおり、死と憎しみなのだわ」

 それは、如何なる戦争が齎す発展をも打ち消す、哀しみなのだ。

 マリューはそう言いたかったのかもしれない。

 

 思えば、コーディネイターというのも、既存の倫理を破壊する事で生まれてきているのだ。

 遺伝子を書き換え、宇宙に出でて、人類という種の夢を実現しようとしている――しかし、そんな自分たちですらも、結局は、破壊と憎悪を増やすことしか出来ないのではないか。

 

 

 そんな、哀しみが、彼女を星の下につれて来ているのだ。

 

 「キラ・ヤマト、貴方は第一世代のコーディネイターだったわね?」

 「ええ……」

 「貴方のご両親は、なにを願って、貴方をコーディネイターにしたのかしらね……」

 

 キラも、星空を仰いだ。

 

 自分は、どのような願いを受けたのか。 

 死んだ両親は、教えてくれては無かった。

 

 

 

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 「スウェン、久しぶりだな」

 「シャムスか! ……その傷は」

 「俺は、たいしたことは無い、カスリ傷だ! ……俺よりミューディーの方が酷かったが、もう直ぐ戦線復帰が出来そうだ」

 「そうか……」

 

 キラとマリューが語らった、翌日。

 

 ミール・ヌイ基地に、リマン・メガロポリス方面から、対アークエンジェルへの攻撃部隊が到着した。

 

 ――ザフトのエースパイロットの一人、”切り裂きエド”を隊長とした、ハレルソン部隊である。

 

 スウェン・カル・バヤンも、その一人であり、シャムスやミューディとはザフトに入る前からの旧知であった。

 

 「木星船団から帰ってきた時、出迎えずに行けず、悪かったな」

 「戦時下だ。 まあ、さびしかったがな」

 「ハハッ……木星はどうだった?」

 「――俺はヘリウムとアンモニアの採取がメインだったな」

 「燃料と窒素化合物の摂取ってわけか。 臭そうな仕事だな?」

 「実際、臭かったぞ」

 「ハハッ、マジかよ」

 

 シャムスは旧友との久しぶりの再会に、笑顔を浮かべた。

 

 「……ガニメデで、エビデンスの兄弟でも見つかるかと思ったが、水だけだったな」

 「その話は後で聞くさ……ところで」

 シャムスは急に表情を改めた。

 「敵の……イージスの話か」

 スウェンも、顔を険しくする。

 「ああ……お前には、直に話しておきたくてな」

 「わかった……ミューディーからも聞きたい、行こう」

 

 二人は、彼女が眠る病室へと足を進めた。

 

 

 

 

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「――ふぅ~、しっかし、シベリアか……折角地球にいるんだから、できりゃ、オヤジたちの故郷の南米の方に行きたかったぜ」

 貨物機から降りた、褐色にドレッドが掛かったロングヘアーの男――エドワード・ハレルソンが大きく背伸びをした。

 

 「そりゃ、良いねぇ。 水着の子猫ちゃんに会えそうだしな」

 「その声は……よう、ネオ!」 

 ネオ・ロアノークがそれを迎える。

 拳と拳をつき合わせて、二人は互いで応える。

 「お久しぶり」

 「地球に降りてきて、基地勤務になったら、また急な転属だろう? 司令の姉ちゃんとはもうヤったか?」

 「この要塞くらい、ガードが固くてさ」

 「ハハッ、そりゃ残念だったな」

  

 

 エドワード・ハレルソン。

 ”切り裂きエド”の異名を持つザフトのエース・パイロット。

 陽気な彼に似合わぬ、その物騒な二つ名は、彼がモビルスーツにおける近接戦闘のスペシャリストであることから付いた。

 

 

 

 物資の不足しがちなザフトでは――圧倒的な物量を持つ、地球軍に、一対多の包囲戦を仕掛けられる事が多々あった。

 

 ザフト側は、モビルスーツという、強力な戦力でそれに対抗したが、やはり、物量の差を覆す事は難しく、

 弾丸が尽き、エネルギーが切れてしまえば、後は数の差で追い込まれる、といった場面が多くあった。

 

 しかし、エドは、そういった戦闘に於いても、ジンのもつ近接戦闘用のサーベルを駆使し、弾丸が尽きて尚、地球軍を圧倒した。

 ――そうした戦闘を経たとき、彼の機体は、敵軍のマシンオイルで、まるで返り血を浴びたように赤く染まっていたという。

 

 それが、彼の異名の由来である。

 

 

 「……イメリアの姐さんや、あのシュバリエのダンナが死んだんだって?」

 「ああ……」

 「信じられんな……」

 

 二人とも、エドにとっては盟友であった。

 イメリアは友に轡を並べた仲間として、モーガンは軍人としての先達として……。

 

 

 その二人は、もう居ないのだ。

 「……アンタと二人なら、敵だって取れるさ」

 「ああ……妙な噂もある敵だ。 一筋縄じゃいかないだろう。 ――だから、ネオ、面白い機体を持ってきたんだ。 コイツで、イージスを仕留めて見せるぜ」

 

 二人はそのまま、モビルスーツデッキへと向かい始めた。

 

 「……ディンといえば、一時期は紫電(ライトニング)の代名詞だったがな」

 「ほう? ディンを使うのか?」

 

 ザフトの誇る、可翔型モビルスーツ、ディン。

 徹底的に軽量化されたボディに、簡易変形機能を持つことで、地球上での飛行を可能としたモビルスーツである。

 初期の降下作戦においては、ネオロアノークが、オペレーション・ウロボロスの幾つかの作戦で使用し、戦果を挙げた。

 それゆえ、ディンの機体は、今でも彼のパーソナルカラーである、紫が、標準的な塗装となっていた。

 

 「今回は、俺用に染めてきた」

 エドは、ニヤリと笑った。

 

 ――モビルスーツ・デッキには真紅に染まった、彼のディンがあった。

 

 

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 「この先の廃棄された”ウッブス”で一時休息、そこからは恐らくシベリア包囲網における、最後の戦いになるだろう」

 ゼルマンが、ハンニバル級戦艦、”バグラチオン”の艦長室で、バルトフェルドとクルーゼを迎えていた。

 周囲には、”ボナパルト”の艦長や、主だった士官たちも集まっている。

 

 

 「ミール・ヌイには、彼奴らの作った”仮設要塞”がある――あなた方のあの船でも、突破は困難でしょう。 だがようやく――此処まで準備することが出来た」

 ゼルマンは二人に敬礼した。

 「感謝しますぞ、バルトフェルド少佐、クルーゼ大尉……これで、これでようやく、あの宇宙のバケモノどもを、このシベリアの地から追い出すことが出来る――」

 

 そのゼルマンの物言いに、バルトフェルドは表情を変えそうになった。

 

 それを成し遂げられたのは、彼の言う”バケモノ”の一人――友達を見捨てられない、真っ直ぐな少年のお陰なのだが。

 

 

 

 

 

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 廃棄されたドーム・ポリス、ウッブスに、身を隠すようにして、ユーラシア連合軍が続々と集結していた。

 

 

 北東にミール・ヌイ要塞を挑み、この廃墟はさながら前線基地となっていた。

 

 

 人が住んでいたウルグスクやガン・ガランと違い、ウッブスは完全な廃墟であった。

 その様子も、ゴーストタウンどころか、最早瓦礫と言った方がいい、酷いモノであった。

 

 

 「ウッブスは、あのゼルマン司令が惨敗した場所でもあるんだ」

 故障したジン・タンクのパーツを寄せ集め、修理するアスランとラスティと、それを手伝うイザーク。

 

 「……なんだか、えらく寂しいところだな」

 イザークが呟いた。

 「そりゃ、そうっしょ……ココ、Nジャマーで、一番最初に万単位の死人、出したところだもん」

 「えっ……?」

 

 

 それきり、ラスティは黙って作業をした。

 今日のラスティはいつに無く寡黙だった。

 

 アスランも、それ以上は深く尋ねずに、作業に没頭した。

 損傷の著しいカナード機は完全に分解し、イザークとラスティの機体にパーツを回す事となった。

 特殊部隊であり、戦闘力が並外れて高いカナードには、別のユーラシアの新兵器が回されるのだという。

 

(ライトニングの部隊のモビルスーツ、バスターもいた……)

 作業しながら、アスランは、先日の戦いを思い出していた。

 (キラ……生きているのか……また、出てきたら戦わなくちゃならないのか……?)

 バスターのみならず、クルーゼの報告から、ロアノーク隊がシベリア戦線に合流しているという事もわかっていた。

 キラ、大気圏に突入し、もし自分と同じく、ストライクが無事だったら――。

 

 

 「――アスランさ、他のユーラシアの連中には気をつけろよ」

 「え?」

 と、修理と考え事に夢中でいたアスランに、ラスティが言った。

 「どういうことだよ」

 「なんでも、だよ? 特にウッブスではネ?」

 

 

 

 

 

 そのラスティの忠告は、直ぐに、アスランやイザークにも分かるところになった。

 ――バグラチオンに出航していたクルーゼに、アスランが呼ばれた時だ。

 

 

 「バケモノが!」

 「――!?」

 

 見知らぬ、ユーラシアの兵士から、塗料の様なものを、投げつけられた。

 防寒の為に着ていたノーマル・スーツの半身を汚すだけでアスランは済んだ。

 

 

 「お前――!」

 イザークが、塗料を投げつけた相手に向かって叫ぶ。

 が、相手は、数多いるユーラシアの兵士に紛れてしまい、見つけることは出来なかった。

 そう、シベリア中から集結した、大勢のユーラシア軍兵士の中に――。

 

 「――!」

 

 思わずその方向を見たときに、アスランは気付く。

 

 兵士達は皆、一様に、アスランを見ていた。

 先ほど塗料を投げつけた兵士と同じ目で。

 

 恐怖、畏怖――。

 

 

 アスランは、居た堪れなくなった。

 

 

 「相手にするな、アスラン」

 イザークがアスランの肩を抑える。

 「いいさ――わかってる」

 そう言いながらも、アスランは震える手を押さえた。

 

 

 

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 アスランは、クルーゼに頼まれた用事をこなし、ジン・タンクの修理を終えると、

 兵士たちから逃れるように、ウッブスの構内に足を踏み入れた。

 

 

 「おい! アスラン! どこへ――!」

 ドームポリスの瓦礫の中へ歩いているアスランを、イザークが追いかける。

 

 

 「おいおい――俺の忠告を聞いてなかった? まぁ、その様子じゃわかってる、かな?」

 ラスティが、そんなアスランに気が付いていたのか、先回りして待ち構えていた。

 

 ラスティはアスランのノーマル・スーツを見やった。

 ノーマルスーツにべったりとした、蒼い塗料が付着している。

 ラスティは布切れで、それを拭いてやった。

 

 ノーマルスーツは宇宙服である。 

 有害な物質や放射性物質も付着しないようになっているのだ。 

 布でふき取れば、塗料も簡単におちた。

 

 「ブラッドブルー……」

 アスランが呟いた。

 「――知ってるんだ?」

 

 

 アスランに蒼い塗料を投げつけたのは、コーディネイターは青い血をしている。

 そういう揶揄である。

 地上をブルーコスモスの色に染める。

 そんな意味もこもっていると言う。

 

 反コーディネイターの人間が、デモの際によく行う行動であった。

 「……アスランさ? 俺前に、なんで、地球軍なのって聞いたよね?」

 「――ああ」

 アスランはうなずいた。

 以前、ラスティは唐突にアスランがどうしてアークエンジェルでパイロットをやっているのか聞いてきた事がある。

 

 

 「……こういう光景を、見てるからなんだよ」

 

 ラスティは、アスランを手招きした。

 

 

 市街地の更に奥――瓦礫の山を避けるようにしてアスランとイザークはラスティを追った。 すると、ドームの天井に大穴が空いた箇所があった。

 

 

 

 

 

 

 

 「――これは!?」

 「ウッ……!?」

 天井の大穴から差し込んだ冷気と雪が積もり、白くなった街。

 そして、それでも隠しきれない、激しい戦火の爪あと、灰で染まった街並み。

 

 さらに――。

 

 

 

 

 (人――?)

 

 

 

 氷の中、雪原の中、乾燥しミイラのようになった、人々の姿だった。

 白骨化しているものもある。 

 しかし、その数は、あまりにも多い――この街で死んだ人々がそのままになっているかのような――視線の先に遺骸が無い所は無かった。

 

 

 「なぜ……死体をこんなに放って置くんだ!?」

 「ムリッしょ? こんな凍土の中さ、全部片付けるなんて」

 ラスティが、ケタケタと笑いながら言った。

 「しかしッ……!」

 イザークが、あまりにむごたらしい様子に叫ぶ。

 

 「ザフトはなんで、こんな事が出来る……!」

 

 イザークの声に、アスランはハッとする。

 その瞬間、アスランの脳裏に様々な光景がフラッシュバックした。

 

 

 

 ココとよく似た光景――ユニウスセブンの残骸だ。

 ミイラの様になってしまったカリダ――キラの母親の死体。 

 

 「ウッ……」

 強い吐き気を覚えて、アスランは地面に蹲る。

 「大丈夫か!? アスラン……」

 「……俺は……」

 

 うずくまるアスラン。

 地面の氷砂を、握り締めて、歯噛みする。

 

 「ザフトはさぁ? まあここでドンパチもしたけど、やったことといえば、核の報復にNジャマーを撃ち込んだダケだったからネ」

 

 

 アスランはキサカの事を思い出していた。 

 彼もきっと、こういう光景を目にしていたから、ザフトを脱走したのだろう。

 

 「直接手を汚してするわけじゃないから、こうもできるんだろうね?」

 (――!)

 

 やったのは、ザフトだ。

 父だ。

 

 

 「例えそうだとしても、この結果が人間のやったことなのか……コーディネイターが」

 イザークが呟く。 

 

 

 ”人間のやること”か――。

 先ほど、アスランに付けられた、『ブラッド・ブルー』。

 

 それは、コーディネイターの人間性の否定である。

 アスランは思い返す、前にも以前、その話をした。

 あれは、初めてモビルスーツで実戦を迎えた日――。

 

 

 (なあヴェイア――どうして機体を赤く塗るんだ?)

 (ボクはね、アレックス――自分の血が赤いってことを証明したいんだ――)

 

 

 

 

 様々な過去の光景の残像が、アスランから力を奪い、立ち上がれなくしていた。

 

 しかし、

 

 「見たか? なあ?」

 「……ラスティ?」

 「見ろよ、見てくれよ」

 

 ラスティはアスランの肩を支えて、無理やり立たせた。

 「お袋が、この街で死んだ。 ……その時もオヤジは来なかった。 お袋の顔は、凍傷で酷いことになってた。 鼻が無くなって、黒くなってて」

 「……え?」

 アスランが、ラスティの顔を見た。

 

 

 「俺はね? お袋を殺したコーディネイター達より、オヤジが憎かった。 オヤジはコーディネイターを憎んでいたけど。 

  結局は、オヤジは軍人で、コーディネイターの女に捨てられて、俺とお袋は”予備”だったんだ……だからあんな船に乗ってまで」

 

 いつも、柔和な笑みを浮かべて、飄々として、捉え所の無いラスティの顔――それが、奇妙な熱気に彩られていく。

 

 「だけど、見たかよ! お袋! オヤジの船が、此処まで! やっと此処まで来たぞ! だけど見ろよ! ハハッ! オヤジのヤツは死んでんだぜ! ざまあ! ざまああみろ!!」

 ラスティは笑った。

 あっけに取られて、アスランとイザークが絶句する。

 

 「……お前も同じだろ? オヤジやお袋がプラントにいるのに、地球軍に味方しているんだろ?」

 「俺は……っ」

 

 

 アスランの脳裏に、遠い日の母の言葉が浮かんだ。

 (貴方のお父様はね、新しい世界を創造する仕事をされているのよ……)

 それが、どんな世界を生むというのだ。

 

 

 「いいよ、アスラン……俺、本当はサ。 戦争で生きられるだけ生きて、それで死ぬつもりだった。 オヤジの予備なんてゴメンだったから。 でもオヤジが死んで、その船が地上に降りてくる事になって――俺は――俺はもう一度――!」

 

 「ラスティ……!」

 

 アスランは、ラスティの手を振り払った。

 

 

 「……俺とは違うってか? アスラン?」 

 さびしげな表情で、ラスティが言った。

 「一緒だ……!」

 「……?」

 アスランの言葉の意味がわからず、ラスティは首を傾げる。

 

 (父上と一緒だ――!!)

 

 アスランは、自分を奮い立たせると、アークエンジェルの方向へ向かって走った。

 

 自分は御免だった。

 死んだ物に巻き込まれて、今あるものに目を向けないのは――。

 

 

 

 

 アスランは理解した。

 ラスティが、いつも飄々としているのは……いつ死んでもいいと思っているからだ。

 

 

 思えば、父も――なのだろうか?  

 母無き世界で、あの人は、パトリック・ディノは、今、どうのような世界を想い描いているのだろうか?

 アスランには理解できなかった。

  

 

 だが、ラスティの言葉を聞いてアスランは思った。

 

 

 

 『アレックス! 何故戦わん!』

 

 自分もまた、あの男――パトリック・ディノの”予備”にされようとしていたのだ。

 ”自らの創造する世界”の”予備”に――。

 

 そして、父も――父もまた―ー。

 

 

 

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 「ラスティ! 貴様! どういうつもりだ!」

 イザークは、ラスティの襟首を掴んで、締め上げた。

 

 「……お前はいいよな? イザーク」

 「……なんだと!?」

 ラスティは、イザークの手を振り払った。

 「あんな風に戦えるアスランが、なんで、あんなに後ろ向きなのさ? そいで何で戦い続けるワケ? 不思議に思わないの?」

 「なっ……!?」

 ラスティもまた、アークエンジェルの方向へと向かって歩き出す。

 

 「――俺は?」

 一人残されたイザークは、呆然と立ち尽くした。

 

 自分は友の事を――友と思っていたアスランの事など、本当は何も理解していなかったのかもしれない。

 

 そして、自分自身のことも。

 アイツが戦っているのは自分達の為で、そうして戦えるのは、コーディネイターとして能力があるのだから、当然だと。

 自分は、コーディネイターでは無いが……自分もいつかそのように戦えるようになりたいと。

 

 だが、しかし、根本が違うのではないか。

 

 ――アスラン自身にも、もしかしたら、自分と同じような戦う理由が――戦わなければならない理由があるのではないか――。

 

 イザークは今の今まで、そのような事を考えもしなかったのだ。

 

 

 

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 時に、宇宙紀元(コズミック・イラ)71年、3月。

 

 少年達の様々な思惑は省みられないまま、

 春の見えない極寒のシベリアで、今、決戦が始まろうとしていた――。 


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