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『志願したかそうでないかの差はあるものの
戦争に巻き込まれてしまった事は一緒だった。
キサカさんの目は、戦士の目だった。
だが、俺は、嫌だ』
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「独房入りだけ? それはどういうことだ!?」
ユーラシア軍を追撃する作戦を終えて、基地に帰還したばかりのイメリアを前にして、ネオが叫んだ。
「彼らのやった事は確かに問題だわ。 だけれど、脱走者を放置し続けていたマリュー・ラミアスのやり方には私も疑問があった」
「しかし! あいつらのやったことは!」
「……あなたこそ、核を撃たれて何故そのように聖人君子のような事が言えるかしら」
「……」
ネオは一瞬押し黙るが、
「ならばあの二名の新兵はこちらに預からせてもらいたい」
といった。
「なんですって?」
レナ・イメリアは思わず聞き返した。
「シャムス・コーザは君の直属の部下でもある。 だが、あの新兵たちの教育はこちらでやらせていただきたいと言っている!」
ネオは机を叩いた。
司令室の重厚な机が震える。
「……まあいいわ、元よりあの二人は、貴方の部隊に任せるつもりだった。 けれど、貴方まで地球かぶれになっているとはね?」
「俺はザフトだ」
「――止めましょう。 この話はコレが片付いてからにするわ」
レナ・イメリアは司令室のモニターをつけた。
そこには、シベリアをこちらに向かって進むアークエンジェルの姿が遠方から映し出されていた。
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――司令室を退した後、ネオは部下のミリアリアと供に独房にいた。
「貴様ら二人は、独房入りを終えたら、我がロアノーク隊の雑用になってもらう」
ネオが、独房に入ったアウルとスティングに言った。
「雑用!?」
「俺たちはパイロットで……!」
格子付きの原始的なドアにかじりつく二人の少年。
しかしネオは全く取り合わない。
「……今のおまえ達に力を持つ資格は無い!」
「ッ……!」
それきり二人はおとなしくなった。
「じゃ、ごめんね、ここで数日おとなしくしてて?」
ミリアリアは独房をロックした。
「ね、ねえ……せめてさ、雑用じゃなくて技術班とかさ……ネオ! お姉さ~ん!」
「ミリアリアよ!」
アウルの泣き付くような声に、ミリアリアは気の毒そうに手を振った。
「チッ……おとなしくしてるか」
スティングは独房のベッドに座り込んだ。
「ちょうどいい。 ムカつきが取れねぇ……モビルスーツは暫くゴメンだ」
「……そりゃ、そうだけどさ?」
アウルもへたり込む。
そうして静寂が二人を包んでしまうと、またあの戦闘の嫌悪感が戻ってきた。
「イメリアのヤツ……」
まさかシャムス・コーザの肩を持つとは思わなかった。
「……イメリア教官、教え子を幾人も討たれてますから、それにユニウス・セブンではご家族も」
ミリアリアがネオに言う。
「ああ……」
それは、分かっている。
だが……。
(……憎しみで一度傾いちまうと、人間ってヤツはどんどん自分のやってることが分からなくなっちまう)
少なくとも、今までは捕虜への暴行や、脱走兵が潜んでいたとしても、民間人の集落を襲う事を許すようなことはしなかった筈だ。
元は理知的で、模範的なザフトであった彼女ですらそうなのだ。
この戦争は、どこへ向かうのであろうか。
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パトリックはいよいよ一ヶ月前に迫った議長選の準備に追われていた。
しかし、彼はザフトのトップである国防委員会の委員長でもある。
――目まぐるしく寄越される地球の前線からの報告に目を通し、必要に応じて指示も出した。
「――エドワード・ハレルソンも、足つき討伐隊に回すので?」
「ああ、そうしてくれ、私の権限を使ってくれてもかまわん」
「ええ、畏まりました」
アズラエルが、パトリック・ディノから命令を受けて、
指令書をシベリア方面軍に発信させた。
また一つ、ネオ・ロアノーク隊に続いて、別の部隊をアークエンジェル隊討伐に回したのだ。
戦力の不足に悩む現在のザフトに於いて、一つの艦にこれだけの戦力を割くことは、異例といっていい。
「流石に閣下もあの船が捨て置けなくなったので?」
「フン……オペレーション・スピットブレイクを前に、無闇に士気を下げられるワケにもいかん。 ……それに、あの船を狙うパフォーマンスをすれば、囮にもなる」
「成る程……囮……ね」
アズラエルはそうして含み笑いをした。
国防委員会の建物から出たパトリックは、執務の為アプリリウスの議事堂に向かう。
「……ン?」
護衛を引きつれ、ホールに入ったところで、エビデンス・ゼロワンの前に、一人の少女が立っている事に気が付く。
カガリ・ユラ・アスハだった。
「……珍しいですな、こんな所にお一人で」
思うところがあったのか、パトリックはカガリに声を掛けた。
「これは、ディノ委員長閣下、待ち合わせがございまして」
「ああ……婚約者をお待ちですかな?」
「ええ、まだ少し時間がありましたので」
カガリは会釈した。
「……この化石を見ると、私たちプラントの本来の意思を思い出せる気がして」
「意思?」
「――ええ、プラント、ひいてはコーディネイターの」
小娘が何を言うか――とパトリックは思ったが、カガリの言う事は正しかった。
全てはこの未知の発見への感情が引き起こした出来事なのかもしれない。
希望、好奇心、不安、恐怖――。
だが、それだけではなかった。
「地球を捨て去れ、と、この化石は私に言っているような気がします」
カガリを一瞥してから、パトリックは言った。
「……地球を?」
その発言に、カガリが食いつく。
「巣立つ時が来ているのです。 地球にしがみつき、無闇に人工を増やして、汚染して……あまつさえ、残った資源を奪い合う、愚かなナチュラルの作った歴史を清算せばならない。……今ナチュラルはその業を、宇宙に持ち出して我らに尻拭いさせようとしている、言語道断というもの」
「――それが、ザフトの仕事であると?」
カガリは、表情を固くしていった。
「かもしれませんな……ご納得いただけませんかな?」
「……いえ、わからない話ではない……でも、それは優しくありませんね」
カガリは少し気分を悪くしたのか、声にトゲがあった。
「私は、少しの間、地球連合の船に保護された事がありました。 ……連合の方々も、皆優しかった。 互いに理解というものが出来る気がしました」
その言葉に、パトリックが眉を動かした。
「オーブが作ったあの船での事ですか? あんなものを作るナチュラルが優しい等とは思えませんな? あの船とその艦載機は……」
既に幾人もの、ザフトの兵士の命を奪っているのだ、とパトリックは言おうとした。
しかし、
「アスランは……」
とカガリが言いかけたのを聞いて、パトリックは言葉を止めた。
「……いえ、あの兵器のパイロットとも私は会いました。 彼もまた優しい普通の方でした。 きっと何か理由があって戦っているのでしょう」
「……」
パトリックはカガリに会釈すると、その場を離れた。
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「イイ髪ネ……」
アークエンジェルの、アイシャの士官室。
そこに備え付けられた浴槽に、フレイとアイシャが入っていた。
フレイの髪が痛んでいるのを見かねて、アイシャがトリートメントをしてあげていた。
クルーの中でも数少ない女性でありながら、あまり会話した事が無い二人であったが、髪を気にしていたフレイは、軍艦の中に於いても全く美貌を損なわないアイシャに声を掛けられ、つい応じてしまったのだ。
「――これ、市販してるヤツなんですか?」
「ンッンー、違うワ。 ワタシノ、テヅクリヨ?」
「凄い……艶々になってる」
「仕事ダタカラ」
彼女の髪を拭きながらアイシャは言った。
「仕事……美容師さんとか?」
「そんなトコネー」
アイシャは上機嫌で応えた。
「女ノコがキレイになるトコ、好きよ。 好きな人ガ居ると、キレイニナルの。 ソウデナイノは全部嘘」
「嘘……?」
「ソーヨ? 好きな人ガデキテ、キレイニなるノハ本当のキレイ。 今の貴方、本当にカワイイワヨ?」
「……ありがとうございます」
フレイは自分で自分の髪を撫でながら言った。
「デモ。男は、女の嘘の方がスキ」
「えッ……?」
「タブンヨ?」
アイシャは悪戯げに笑った。
「イザークはキット余所見シないから、アンマリソワソワシチャダメヨ?」
「も、もう! 中尉!」
あまりからかわないで、とフレイは言った。
と、言うのも、昨日から新しい乗員がアークエンジェルに増えたのだ。
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アークエンジェルのブリッジでは、またもクルーゼとバルトフェルドが頭を抱えていた。
「また避難民を保護するハメになったのか」
「NPOとしてこちらに来たが、先のザフトの襲撃で車は焼きだされ、同行してきた別のグループとは連絡が付かないらしい」
「やれやれ……自己責任だろうが」
「――そうは思うんだがね、なんせオーブ国民だからな」
「……なるほど」
クルーゼがため息をついた。
「無下にはできないよねぇ」
バルトフェルドはコーヒーを啜った。
「それだけかね?」
クルーゼがふと呟いた。
「ん?」
バルトフェルドが目を点にした。
クルーゼはそれだけで理解した。
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アークエンジェルの船室で、ダコスタが少女たちに書面を渡していた。
「――先ほども言いましたが、この船は安全とは言いがたい状態にあります……しかし、大西洋連合はオーブと戦地での民間人の保護を約束していますし、この船はオーブ洋上や香港を通過する予定でもありますので……」
保護された民間人への各種事項を説明しているのだ。
「わかってますよ!」
「本当に感謝してますよ! お兄さん!」
ジュリとマユラがダコスタの腕をとって感謝を述べる。
「マ、マーチン・ダコスタ曹長です!」
「曹長さん! ありがとう!」
気づけば、彼女らの胸元に手が当たっている。
「……」
ダコスタは歳若い少女たちの行動に、顔を赤くして押し黙った。
「で、では自分は失礼します!」
(なあ、ダコスタさんって童貞?)
(お、俺が知るはずないだろ)
ディアッカの耳打ちに、アスランも顔を赤くした。
「フフ、マユラちゃんとゴドーコー出来るなんて夢見たい」
ラスティが、マユラの手を取ろうとするが、跳ね除けられた。
「……そ、良かったわね」
あくまで、そっけない。
「……あ、あの行動は制限されるかと思いますが、何か不自由があれば仰って下さい……」
アスランが、おずおずとミーアに聞いた。
「まあ、アスラン! ありがとう! 助けていただいた上に、そんな心遣いまで」
ミーアは、そんなアスランの手を取る。
「あっ……」
アスランは、それだけで何もいえなくなってしまうのだ。
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その、数十分前のことである。
艦長室にミーア――ラクスが通され、バルトフェルドに何やら書面を渡していた。
「――これは」
バルトフェルドが言葉に詰まる。
「はい!」
笑顔でラクスは答えた。
「よもや、オーブの姫君とは……」
「悪い、お話ではないかと思いますが」
「ふむ……」
バルトフェルドが書類の隅から隅へと目を通す。
そこに書かれていたのはヘリオポリス崩壊事件に対するオーブの調査書類であった。
そして、オーブの一部氏族によって執り行われた大西洋連合との裏取引に関する内容についても。
「サハク家をも出し抜いてあの五機を作り上げたのだから大したものです」
サハク家――オーブの有力氏族であり、かの国の軍事に強い影響力を持つ家系とバルトフェルドも知っていた。
「……申し訳ないが、私も単なる士官の一人にすぎなくてねぇ。 ここまでの詳しい事情は知らなかったんだ。 それで? そちらの頼みは?」
「まあ! お願いを聞いてくださいますの?」
「ここまでオーブが情報を握っているとは、恐れ入った。 アラスカのサザーランド少将が聞いたら、すぐにでも会見のテーブルを用意するかと」
ラクスが、静かにほほ笑む。
「では、わたくしを一先ずホンコンまで運んでいただけますか?」
「ホンコンまで……? その間、この船をじっくり見学したいとそういうことですかな?」
「ええ! このお船、とっても素敵で、気に入ってしまいましたの!」
愛くるしく、天真爛漫、といったような笑顔。 まるで菓子を目の前にした少女のように朗らかにラクスは言った。
(レイ・ユウキ提督の言った通り……オーブには食えない王様とお姫様がいる……か)
バルトフェルドは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
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世界で最高の透度を誇るバイカル湖は、コズミック・イラにおいてもその美しさを保っていた。
冬の盛りである今、湖面は凍りついており、あまりに深く、そして透き通った湖は、青の光のみ通し、その湖面に出来た氷はエメラルドの様なプリズムを発していた。
ようやく見せた太陽が、氷を美しく輝かせ、あたり一面が光に包まれた。
「――地球ってヤツはこうなんだ」
サイ・アーガイルはアイウェアの位置を直した。
そうしなければ、目を悪くしそうだったからだ。
水深1,741m。 世界中の淡水を足せばその二割が自分の足元に凍っているのだという。
「……いけないな、俺まで地球に被れちゃいそうだ」
サイは頭を振った。
この星は美しすぎる。 生命を産み育んだ惑星なのだから当然なのだが。
人を殺す冷気も。熱さも。凍土もマグマも、天変地異も疫病も。
それすらを乗り越えて宇宙まで進出した改良された人類――その自分がたかだか”H2O”に感動しているのだ。
なにやらそれが、滑稽にも、自然にも思えたサイは、腕の時計を見やると、デュエルのコクピットへと戻った。
「キラ、ジンの調子はどうだ?」
サイは無線でキラに聞いた。
修理中のストライクの代わりに、彼の元にはアカデミーを卒業した際に支給されたパーソナル・タイプのジンが宛がわれていた。
『うん、久しぶりだけど悪くないよ――でも、なんで色が変えられちゃったんだろ?』
「青、好きだったの?」
キラのジンは、以前は青を基調としたカラーだったのだが、現在は白をベースとしたカラーに塗り替えられていた。
『ううん……まあ、昔スキだったTV番組のキャラクターのカラーだったんだ。 ”木星探査SAS”サイも昔みてたでしょ?』
「……ゴメン、覚えてない」
確か、ナチュラルの子供が見るような特撮番組だ。
『ええ!? 面白かったんだけどな……』
「いやさ、そんなつもりじゃなかったんだけど」
サイは口ごもった。
「――プロパガンダのつもりなんじゃないかな? ザフトの白い悪魔って」
やめてよ、とキラは言った。 あまり、その名前を気に入っては居ないらしい。
大仰な二つ名――それは自身が多くの人間を殺した事の証明でもある――キラの場合は、その名前がついたのが、友人との死闘が元であるのだからなお更だ。
「それか、青ってブルーコスモスを連想させるし」
それに、白はこのシベリアじゃ迷彩になるよ、とサイはフォローのつもりで言った。
まあ……とキラは呟いて、ジンの状態をチェックした。
間もなく、作戦が始まるのだ。
バイカル湖の南方に、ユーラシア連邦の施設をそのまま接収する形で、ザフトの資源開発基地は建設されていた。
アークエンジェルと、北部のユーラシア連邦軍が動きを見せたことで、近々攻撃の可能性アリ、と、基地司令官レナ・イメリアは頻繁に偵察と防衛隊を繰り出していた。
つい先日まで、北方ではレナ・イメリア自らが指揮していた部隊と、ユーラシアの不穏な動きをする部隊が、追いつ抜かれずの攻防を繰り広げていたのだ。
敵は、確実に何かを企んでいた。
バイカル資源基地に到着したロアノーク隊も、早速その任務に当たる事になったのだ。
「俺たちはイメリア教官が追いかけていた北方の不明部隊を警戒する事になる」
「――だけど、アークエンジェルは西から来るんでしょ? 基地の防衛は大丈夫なのかな」
「……イージスの事が気になるのか?」
サイの一言にキラは黙った。
(まぁ、だから、隊長はキラと俺について来い、って言ったのかもな)
「大丈夫さ、南方にはイメリア隊長もいるし――問題ないさ」
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アークエンジェルの元に、地球軍の輸送機2台が到着した。
その内一機から、ジン・タンクの姿が現れる。
「アレは……!?」
荷物搬入の手伝いをしていたイザークがそれを見て声を上げる。
「ああ、アレがタンク最後の一台。 ユーラシアの誇るテストパイロット部隊、『特務部隊X』が使ってる。 今回はその特務隊がゾーエンってワケ」
ラスティが言った。
クルーゼと共に、搬入機体をチェックしていたアスランだったが、ふとコクピットハッチが開いたのを見た。
その中には日焼けした肌をした、黒い長髪をした少年の姿があった。
(……?)
その少年が、こちらを強く睨んだような気がした。
その視線をアスランは覗き込んだが、既に少年は別のほうを向いて、なにやら機器搬入の指示を、同行してきた隊員にし始めた。
「彼なら……アテに出来そうだな」
クルーゼが呟いた。
「知ってるんですか?」
アスランは尋ねたが、クルーゼは「いや」とだけ言って、自分のスカイ・ディフェンサーの元へ向かった。
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ブリッジでも、作戦開始前の準備・確認に全クルーが追われていた。
「艦長! ゼルマン司令からの伝令! 本日ヒトヨンマルマルに作戦開始、アークエンジェルは西方から南南東に進み、バイカル資源基地を攻撃されたし!」
「……応援はあの特殊部隊だけか」
「いえ、我ら秘策用意せり! 貴艦の攻撃と併せて我が隊も動く、大天使と虎の健闘を祈る、とのことです!」
メイラムがバルトフェルドに告げた。
(秘策ね……)
バルトフェルドはコーヒーをすすると、引き続き、増援部隊との連絡を確認した。
『こちらカナード・パルス特尉だ。 コレより我々特務部隊Xは貴艦の指揮下にはいる』
「アンドリュー・バルトフェルドだ。 よろしく頼む」
モニターには増援のジン・タンクのパイロットが映し出され、バルトフェルドに挨拶した。
バルトフェルドはそれに答え、いつもの軍人としては気さくな態度で応えるが、カナードは無言無表情で敬礼で返すのみだった。
(生意気な)
かなり年若く見える士官にそのような態度を取られたので、バルトフェルドも些かムッとした。
「アークエンジェルが先行する――後詰は任せるよ」
バルトフェルドはそういうと通信を切った。
クルーゼの様な無愛想な手合いはこれ以上ゴメンだと、彼は思った。
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作戦開始の刻限となり、アークエンジェルは指定された地点への移動を開始した。
ユーラシア側の先遣隊とそこで合流し、バイカル湖基地への攻撃を仕掛ける事になる。
「虎の艦長さん! 輸送機からだぜ」
ディアッカがバルトフェルドに通信を繋いだ。
キャプテン・シートに備え付けられた受話器を取る。
『こちら、特務部隊Xのグラスコーだ。 もう間もなく敵の監視空域に入ると思われる、こちらはジン・タンクを発進させる』
ブリッジのモニターにも、輸送機の艦長の顔が映し出された。
「了解だ。 こちらもスカイ・ディフェンサーを発進させる――」
と、バルトフェルドが言ったところで――
「!?」
バルトフェルドは思わず耳に痛みを覚えて受話器を放した。
ピーーガガガー!!
「っ!?」
酷いノイズ音が――通信が乱れたのか、とバルトフェルドは思った。
もしや敵に察知、妨害されたのか、とバルトフェルドは懸念したが、その予想が外れている事を、直ぐに思い知る事になった。
カッ! と瞬間、ブリッジ全体が激しい光に照らされた。
――それは、モニターから発せられた光であった。
直ぐにシェードが調整されて、光は収まったものの、その後に残されたのは砂嵐の様なノイズであった。
――何があった!?
バルトフェルドは、その一連の状況から、直ぐに事態を察知する――戦いの経験が、彼に告げる。
「状況知らせろッ!」
バルトフェルドが吼えた。
「輸送艦――撃沈しました!」
「撃沈!? 敵は――!?」
「不明です! ですがこれは――恐らく――!!」
と、カークウッドが告げようとした時――。
「ハッチ開けるな!! 閉じろォッ!」
”何か”を理解して、バルトフェルドは絶叫した。
――アークエンジェルのカタパルトには、クルーゼのスカイ・ディフェンサーがスタンバイしていた。
『――!? 発進できん!』
クルーゼもまた――こちらはカンであるが――”何か”を察知して、そう叫んでいた。
「えっ?」とアスランも何事かと思った次の瞬間。
ズオオオン!!
「!?」
――アークエンジェルが、揺れた。
「――モビルスーツカタパルト付近! 被弾!!」
「これは! 敵の長距離射撃! ビームです!!」
「ダメージコントロール確認! エンジン部にも被弾あり!」
ブリッジではカークウッドとメイラムが悲鳴の様な声で報告を上げていた。
「高度を下げろ! 敵に狙われているぞ!!」
バルトフェルドが叫ぶまでも無く、ビーム砲を直撃したアークエンジェルは、黒煙を上げて、地上に降りた。
――バルトフェルドは、すぐに敵の正体を察知していた。
「……バスターか! あの連中も降りていたのか!」
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30から40メートルまで育った落葉松の樹林の中、GAT-X103――バスターが身を隠して居た。
その付近には、エイプリフール以降、廃棄された市街地もあり、今度はそちらに姿を隠す。
その手には――二基のランチャーを接続させた”超高インパルス長射程狙撃ライフル”が握られている。
パイロットのミリアリアは唇を舐めた。
『ナイス! ミリィ!』
トールが、雪原に隠した長距離ケーブルを通じて、わざわざ賛辞を送ってきた。
(バカッ。 観測手がはしゃいでどうすんのよ)
ミリアリアはそんなトールに呆れながらも、自分の中に張りすぎていた力が抜けていくのを感じた。
(――イメリア教官に任されたのだもの。 ここは突破させないわ――アークエンジェル)
ミリアリアは、再度トール達観測手から送られるデータや映像と、自身の望遠スコープに集中した。
「――大丈夫よ、トール。 こんなのもの、撃って当てればそれでいいのよ」
バスターの銃口が、冷酷にアークエンジェルを狙う――。