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『ヘリオポリスで出会った彼女は、美しかった。
美しいものが嫌いな人間なんていないから
俺は、つい見とれてしまった』
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「君は……あのとき、ゼミに居た……」
「ええ。 オーブからここに参りましたの」
「オーブから?」
アスランは、もう一度目の前の少女を見た。
改めて見ると――一見したときには気が付かなかったが、少女がいかに美しいか分かる。
「わたし、オーブのNPOに所属しておりますの。 カトウ教授にはそれでお世話になっておりまして――アスラン・ザラ、あなたは、どうしてこちらに?」
オーブの学生だったのでは――? と少女が聞いてきた。
「名前? どうして……」
「恩人のお名前を忘れませんわ」
少女はそういって微笑んだ。 先ほどの毅然とした態度とは違い、見るものを魅了し、気持ちを柔らかにする笑顔だった。
(そういえば、名前を名乗っていたか……)
シェルターに押し込むとき、名前を名乗ったような気もする。
しかし……なんというべきか。
「俺は……その……ヘリオポリスをあの後避難して、地球に……今は……観光かな?」
説明に窮し、アスランは咄嗟に出鱈目を言った。
「まあ、そうでしたの? 貴方がご無事で何よりです。 ずっと気になっておりましたのよ」
少女は笑顔で言った。
――信じたのだろうか? こんな戦時下で……。
「ここはキレイな街ですものね」
だが、少女は全く疑う様子もなく、笑っているばかりだった。
「あの時は、大変だったね……でも、驚きだな、こんな偶然」
「――運命でしょうか?」
「え……?」
思わぬ言葉を聞き、アスランは、少女の顔を見た。
「私は――」
と、少女は自分の胸に手を置いた。
「……ミーア。 ミーア・キャンベルと申します。 自己紹介が遅れまして」
「いえ……俺は、アスラン・ザラ……改めてよろしく」
アスランはミーアを見た。
吸い込まれそうな瞳と、花弁の様な唇が、仄かな街灯に照らされて、透明な反射を持って浮かびあがった。
「どうかなさいました?」
「いえ……綺麗なので……あっ」
何を言っているのか……とアスランは自分自身思った。
「まあ、ありがとうございます」
ミーアは賛辞をそのまま受け取ってしまった。
それが全く嫌味にならないのだ。
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「名はその存在を示すものだ。ならばもし、それが偽りだったとしたら……それはその存在そのものも偽り、ということになるのかな?」
図書館の近くにあるホテルの一室に、ラウ・ル・クルーゼは居た。
目の前には黒い長髪の男性と――先ほどクルーゼに銃を突きつけた少年が居た。
「いいや、人と言うのは偽りきれるものではない。 偽り続ければそれが真実となり、やがては追いつかれるというものだ、ギル……」
「かもしれないな。 事実こうして、君と私が、まるで”運命”のように再会できている。 人とは物事を偽り切れるものではないと思える」
男性――ギルバート・デュランダルはラムを一口飲みながら言った。
(……怪しいものだな。 お前の様な男が、偶然ユーラシアに居るなど、事が上手すぎる)
クルーゼはグラスに口をつけず。 サングラスをしたままギルバードを睨んだ。
「カナード君。 ご苦労だった。 下がってくれたまえ」
「……」
デュランダルは少年を下がらせた。
ここまでクルーゼを案内してきた、長髪の目つきの悪い少年は、何も言わず部屋を後にした。
「彼は……ライブラリアンかね?」
「厳密に言うと違うな。 まあ、大体察しているんじゃないか」
「GARMの被験体か――どこまで知っているんだ? ギル?」
「ラウ……私たちは共犯者じゃないか」
氷の音を鳴らして、デュランダルはグラスを空けた。
「車の事なら、カナードに送らせるさ、君も飲みたまえよ」
「……」
クルーゼもまた無言でグラスを舐めた。
「私にとっても、人を偽るというのは、辛いものだ。 だが、戦後の事を考えなくてはならん。 人の犯した過ち、というものは、いつかは粛清せねばならない」
「――そんな権利が、君にあるのか?」
「権利は無いが、義務はあるな」
「……確かに。 だが、よく言えたものだな」
クルーゼはグラスを飲み干した。
再度、デュランダルが酒をこさえようとする。
「――私には酔っている時間が”死ぬほど”惜しい、それを知って勧めているのか? 相変わらず嫌な男だ」
クルーゼが言った。
「秘密を分かち合いながらのむ酒だ。 おいしかったろう?」
「言っても無駄か……」
クルーゼはグラスを突き出した。
デュランダルが、氷を入れて、オン・ザ・ロックの用意をした。
「――本当は然るべき時になってから渡すつもりだったがね、折角こうして会えたんだ、約束の情報は用意させてもらったよ」
デュランダルは、グラスと一緒に光ディスクをクルーゼに差し出した。
(よく言う男だ……)
クルーゼは懐にそれを仕舞った。
「ギル……君は邪魔者を始末したいだけだろう? 私が何を偽り、どう生きようと、全ての者は生まれ、やがて死んでいく。ただそれだけのことだ」
「だから何を望もうが、願おうが無意味だと?」
「……いやそうではない。ただそれが我等の愛しきこの世界、そして人という生き物だということさ」
「君とてそうして生きているのだ――それに意味を見出してね。 会えてうれしかったよ、ラウ。 次は予定通りホンコンで会おう」
「――”予定”か」
デュランダルはベルを鳴らした。
あの目つきの悪い少年――カナードが入ってきた。
「車が用意してある」
ぶっきらぼうに、カナードはクルーゼに言った。
クルーゼは、立ち上がる。
「ご馳走になった。 いい酒だな」
「ラ・マニーだ、秘密に良く似合う。 ……また共に飲めるのを楽しみにしているよ」
「――”また”か、人の嫌な事を何度も言う」
クルーゼは笑みを浮かべて立ち去った。
「妙なヤツだ……」
外に出る為のコートを用意しながら、カナードはデュランダルに言った。
「似過ぎたもの同士は憎み合うということか……」
ギルバード・デュランダルは杯を再度乾かした。
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アスランは、ミーアをつれて、仲間たちの居るキャラオケボックスまで戻ってきた。
丁度、宴も終わりの時刻だったのか、彼らもゾロゾロと店から出てきた。
「――ああッ! アスラン、おまえ!」
「キャラオケ抜け出したと思ったら、ちゃっかり別の女の子と!!」
ラスティとディアッカがアスランに詰め寄った。
「いや、違うんだ……これは!」
アスランが説明に困っていると、ミーアも、ディアッカたちと一緒にいた少女たちの方を見て驚いていた。
「えっ!? なんで……ラク……?」
「まあ――”みんな”どうしたんですの?」
「……ああ! あの、”ミーア”じつはね……」
「この人たちが一緒に遊ばないかって言ってきたから……」
「アスラン――その子って」
ニコルが、ミーアの方をちらりと見て言った。
「ああ、彼女は、ミーア・キャンベル。 オーブのNPOに所属している子で、カトー教授が研究してた効率太陽電池を――」
「こちらに届けにきましたの! それ以外にも、エイプリフールクライシスでお困りの地域を回っておりますのよ」
ニコルとアスランの会話を聞いて、ミーアは笑顔で言った。
「え? じゃあ、マユラちゃんやアサギちゃんも、そういう活動してるってワケ?」
「そ、そうなのよ!」
「明日はここから少し離れた、電気が全く無い集落の所にいくのよ」
「だから、仕事っていってたんだ?」
ディアッカが納得した様子でいった。
(なんか……変わった子みたいですね)
(ああ……)
アスランとニコルは小声で喋った。
……と、ニコルの頬に、キスマークが4つ付いているのを、アスランは見つけた。
「どうしたんだそのホッペ?」
「ええっ!? あの……」
ニコルが急にしどろもどろになる。
すると、彼の持っているハロが、
「アスラン! ニコル ガ!」
「ん?」
「ニコル ガ ヤラレター!」
電子音声で意味の分からない事を言い出した。
「やられてない!」
「やられたって?」
アスランがハロに聞き返す。
「オーサマゲーム! デ チューサレタ!」
「えっ……」
「ハ、ハロぉ!」
「ディアッカ ト ラスティ ト メガネ ニ スカートハカサレタァ」
「う、うう……」
「た、大変だったんだな……」
「ハロォ」
アスランが、顔を引きつらせた。
一方ラスティはそれを聞いてニヤ付いている。
なんとなく、どういう会だったかが察しが付いた。
――すると、ミーアがハロに気が付く。
「まあ! かわいい! この子は?」
「えっ……ああ、ハロです。 これは俺が作ったものですが……元々は市販品で……子供の頃、流行りませんでしたか?」
「わたくし、離島の田舎の生まれでしたから……」
ミーアは言った。
「ハロ?」
「あらあら」
「ハロォ」
「まぁまぁ!」
ミーアは、ハロをいたく気に入った様子で、そのまま構い続けた。
――そのままアスランたちは、彼女たちが宿泊するホテルまで送っていく事になった。
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「――でも、すごい偶然! ミゲルさんと会えるなんて! 私、まだ信じられません!」
アサギがミゲルの手を取っていった。
「う、うん……俺も楽しかったよ」
それは男女というよりは、ファンとアーティストの関係そのものだった。
故郷の町が、ザフトのお陰で消えて――弟と母も行方が知れなくなって。
それどころでは無くなってしまったのだが。
だが、ミゲルは、また戦争が終わって落ち着いたら、バンドでもやってみるものかと思った。
「ニコル君? また機会があったら遊ぼう? オーブに帰ったら連絡頂戴!」
「あ、ジュリさん……」
「付き合うとかじゃなくて、ニコル君かわいいんだもん、ね、遊ぼうね?」
「は、はぁ……それなら、そのいいですよ?」
メモを貰ったニコルは、笑顔で、自分の連絡先を書いた紙も渡した。
――ラスティはそうした二組の方を羨ましそうに見ていた。
「――しょうがないなぁ」
「およ?」
ラスティの手にも、マユラからメモが渡される。
そこには彼女のメール・アドレスが記載されていた。
「返事は気長に待ちなさいよね? こう見えても、アタシメール友達は多いの?」
「おー! ありがとう! こんどまたユーラシアに来るときは教えてね?」
「まあ、気が向いたらね」
「僕はもう、とっくに君にメロメロだから?」
「はぁっー……諦め悪いのね?」
「んふ?」
「アスラン、今日は、会えてうれしかった。 ――また貴方とはお会いできるような気がしますわ」
「ええ……なんだか俺も、そんな気がします」
ミーアは、アスランの手を取った。
そして。
「あっ……」
ミーアはアスランの頬に、そっと口付けした。
敬愛の印である。
オーブでも、地域によっては、珍しい事ではない。
「……」
「では、”また”アスラン」
ミーアは手を振り、去っていった。
「ミーア……そういう名前なのか? そうなのか……? また会えるのか……?」
アスランは自分の頬を撫でた。
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「お、おい……」
「え?」
「あ?」
「どうしたんですか?」
ディアッカが一人だけ震えている。
「なんで……俺だけ余ったみたいになってんだ……」
「いや……そういわれても」
アスランは悲しそうにしているディアッカにかける言葉が見つからなかった。
(ディアッカって、肝心なときに残念ですよね……)
オシャレで、料理上手で、話も面白い、いつもは結構モテる。
だが、何故か女性と深い縁が無いディアッカを、ニコルは不思議に思うのだった。
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「ありがとう、イザーク、今日は私の行きたいところばっかり」
「お陰でクタクタだ」
「もぅ……そんなこと言ってる」
フレイとイザークは、車でアークエンジェルへの帰路に着いていた。
イザークは今日一日、フレイを喜ばせる為に、彼女の行きたいところに全て付き合ってやっていた。
食事、観光、それから買い物。
奔放な彼女に振り回されたといってよい。
「――つまんなかった?」
「そうは言ってない」
――道路の信号が赤になった。
停車させて、信号を待つ間、しばらく、無言になる。
「私は楽しかったな――」
「そうか?」
「また、戦いになるでしょ? 私、今日のこと忘れないかも」
「大げさな、戦争が終わったらこんな時間くらい、いくらでも……」
イザークがそう言おうとしたとき、
――!?
フレイがイザークに口付けていた。
「……!」
イザークは絶句した。
フレイの顔から伝わる体温を強く感じた。
……歩道を渡る、通行人が見ている気がした。
やがて、信号が変わった。
後方から盛大にクラクションが鳴った。
「――ば、ばか!!」
イザークはフレイを慌てて引き離すと、ハンドルを握ってアクセルを踏んだ。
――エンストした。
さらにクラクションが後方から鳴り響いた。
イザークは何とか自分を落ち着かせると、車を発進させた。
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キラ達は、カーペンタリアを出発した後 ――ボスゴロフ級潜水艦からセント・ローレス島付近でヴァルファウ級輸送艦に乗り換える。
そこからは吹雪のシベリアの空を飛ぶ。
「――ごめん、僕のせいで、その傷……」
隣のシートに座っているサイに、キラは詫びた。
サイは、キラに鋭い視線を投げかけた。
キラが視線を下げると、サイは、その視線を追いかけるようにして
「彼女にもらった品が台無しだよ」
と、ケースの中に入ったバラバラの色眼鏡を見せた。
「あっ……」
「でも、コレが守ってくれたんだ」
「サイ……」
キラは顔を上げた。
「生きててくれてうれしいよ。 ――俺はこんどこそ、イージスのヤツを倒さなきゃならない」
「僕も……例え友達が乗っていたとしても、僕は……」
辛くとも、大事な友人だとしても、僕は一人ではない。
「ムリはするなよ……キラ……」
仲間の為に、帰る場所の為に。
キラはそう思って、新たな戦いへ思いを馳せた。
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「よう、マリューさん? 元気にしてた」
「久しぶりね。 ネオ・ロアノーク」
数十時間のフライトの後、シベリア軍総司令部のあるミール・ヌイにて、ネオはマリューと再会を果たしていた。
「しかし凄いね……この基地、図書室に研究室。軍用とは思えないスポーツジム。 ……バーとかはないわけ?」
「ここは、学び盛りの若い兵が多いから、このくらいは必要かと思ってね」
「……やれやれ」
「そう言わないで頂戴、私たちコーディネイターにとっては、大学っていうのは、心の”ふるさと”なのよ」
マリューはそう言って笑った。
プラントに住む、コーディネイターの殆どは、高度な学識を有している。
――持てる能力を活かすことを義務とする彼らにとってそれは当然のことであった。
ザフトは義勇軍である。
その殆どの兵たちは、平時は別の仕事についている。 職業軍人は一人も居ないのだ。
そして、ナチュラルの基準からは驚くべき事に、彼らプラントの人間は、半数以上が何かしらの研究者であった。
「俺は――学問より、もっと別のことが知りたいな」
ネオは、司令室に他の誰もいないのをいいことに、マリューにぐい、と近づいた。
「もう……やめてください? セクハラです」
「……君が傍に居ないと大変だったよ」
「――雑務の処理が?」
マリューは芝居の掛かったネオの態度に噴出した。
「もう、そういう事言わないの?」
……茶化すマリューに口を尖らせるネオだったが、
「また、会えてうれしいわ。 ネオ?」
素直に、マリューは再会を喜んでくれていた。
「俺もさ、マリュー」
――それを聞くと、ネオは、自惚れて、体をマリューに引き寄せた。
「……もう! そういう冗談は辞めて!」
「いいじゃないの……」
ネオはそのまま顔を近づけていき……。
「……相変わらずね、ネオ!」
「うげっ!」
後ろから厳しい口調で声を掛けられた。
――夢中になって気が付かなかったが、司令室に来客があったのだ。
声の主を察して、恐る恐るネオは振り返る。 やはり、思ったとおりの人物であった。
「……ありゃ、これはイメリアの姉さん、お元気でしたぁ?」
「貴方ほどじゃないけどね」
そこに居たのはザフト、シベリア方面軍、地上侵攻部隊隊長、レナ・イメリアだった。
ザフトの誇る、女性パイロットにして、”鬼教官”と噂される女傑である。
敵や味方からは、”乱れ桜”の異名で知られていた。
――ネオはその女性への癖の悪さを、彼女に良く咎められていた為、彼女の事を密かに苦手としていたのであった。
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「イメリア教官! お久しぶりです!」
「あらミリィ! 久しぶりね。 貴方の話は聞いているわ」
基地のロビー。
レナ・イメリアに飛びつくように、ミリアリアが挨拶した。
二人はザフトのアカデミーで、教官とその教え子という間柄であった。
「それから、サイ・アーガイル……その顔、兵士らしくなってしまって……ケーニヒは相変わらずね」
「ちょっとぉ教官! 俺だって活躍してるんですよ! ”ザフトの黒い雷神”って言えば俺のことなんですから!」
「そういうところが相変わらずって言っているの……そんなの聞いた事ないわよ」
「そんなぁ……」
がっくり肩を落とすトール。
「――それに比べれば、キラ・ヤマト……貴方の話はよく聞いてるわ、味方には”キラの五艘とび”――敵には”ザフトの白い悪魔”って」
「え……あの、いや……無我夢中でやっただけです」
「なんだよそれ! 白い悪魔って! キラァ!」
トールがキラに、”パクったな!”と詰め寄った。
「全く、ネオも大変ね」
「……にぎやかな部隊だこと」
「あっ……」
ロアノーク隊の面々が姿勢を正した。
ロビーに、司令官であるマリュー・ラミアスが現れたからだ。
「シベリア方面軍、司令官のマリュー・ラミアスです。 ロアノーク特務部隊の諸君、以降貴官らは我々の指揮下に入ります!」
「ハッ!」
ロアノーク隊は、マリューの敬礼に返礼した。
「ふふ……歓迎するわ。 早速だけれど、貴官らはこの後、南西のバイカル基地の防衛に向かっていただきます」
マリューが早くも辞令を出してきた。
「えっ……」
すると、トールが顔をしかめた。
「先ほどカーペンタリアから到着したストライクと、宇宙から降下されたブリッツはまだ修理が完了しておりません」
そうなのだ。 大気圏上での、第八艦隊との戦闘で、酷く機体を傷めたブリッツは、その特殊な機体構造も手伝って、修理が完了していなかった。
イージスとの激闘の末、大気圏に落ちて、オーブから返却されたばかりのストライクは言わずもがな、である。
「そのため、両機はこのままこのミール・ヌイ作戦司令本部にて修理を継続。キラ・ヤマトとトール・ケーニヒには別の機体を宛がわせてもらいます」
「ハッ!」
「了解しました!」
キラとトールは敬礼した。
(マジかよ……今更ブリッツ以外か……)
トールが少々不安に煽られて、肩を震わせる。
(大丈夫よ、トール、私がついててあげる)
ミリアリアが小声でトールに言った。
(じゃあさ、バスター貸してよ)
トールも小声で、ミリアリアに返した。
(ダーメ。 あの子は貸せないわよ)
(えー……だめか)
トールはため息をついた。
(――もし、アスランが此処に来ているとしたらストライク無しで……勝てるのかな? ――いや)
勝てる筈がない――どうすればと、キラは何度思考を巡らせた。
どうすればいいのか? ――出来れば、戦いたくない、なんて言っていられないだろう。
その思考のループはキラの表情を険しくさせていた。
「大丈夫さ、キラ。 俺とデュエルでしとめて見せるさ」
サイが、そんなキラに言った。
「サイ……」
「俺だって、キラにトモダチを殺して欲しくない」
サイは、アイウェアを掛け直した。
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ザフト軍、バイカル資源基地。
「――チェッ! また虫だ!」
その隊員用の寄宿舎で、年若い隊員が忌々しげに舌打ちした。
彼らはこの間、アカデミーを卒業して直ぐに、補充要因としてシベリアに送られてきた人間であった。
「イラつくなよ、アウル?」
ベッドに寝転んだ、同室の隊員が言った。
「イラつきもするさ! こんな寒いだけの土地送られて、やることと言ったらジンを磨くだけだ! 俺はナチュラルを踏み潰しに来たってのにさ!」
「確かに、専用の機体まで貰ってこうとは、うまく乗せられたってことか?」
二人は昨年、共に志願をし、その優秀さから半年で全ての過程をパスし、赤いザフトレッドの制服を与えられて、晴れて一兵卒として、
このシベリアに派遣されてきた。
二人にしてみれば、最初こそ最前線に送られるという事実に、ムシャブルイを止められなかったが、
連日の退屈な待機任務に加えて、慣れない地球の不便な生活が、早くも二人を倦厭させていた。
「スティング! おまえも手伝えよ!」
アウルは部屋の中、虫を必死に追った。
その様子にスティングはため息をつく。
「時間の無駄だな――また図書室でも行くか」
と、スティングが立ち上がろうとしたとき、部屋のドアが開いた。
「シャムス先輩!」
「よう、久しぶりだな。 降りてきたってのは聞いていたんだが――挨拶に来るのが遅くなっちまったな」
彼らのアカデミーの先輩に当たる、浅黒い肌をした伊達眼鏡の少年――シャムス・コーザが入ってきた。
「同期のミューディーがやられた……今治療を受けてる」
二人にコーヒーを勧めながら、シャムスが言った。
「マッド・ドッグ隊でしたっけ?」
「あの、噂の足つきの船にやられた……」
そうだ、とシャムスは言った。
「月下の狂犬がやられったってんでしょ? 一体ザフト、どうしちまったのかね?」
「――お陰で、最近のナチュラルどもは図に乗るばかりだ。 あの様な思い上がり、許しちゃおけない。 だが! マリュー司令もイメリア隊長も重い腰を上げない!」
「アハ、司令って胸だけじゃなくて、腰も重たいんだ!」
「茶化すなよアウル」
スティングがアウルを小突いた。
「――ってのも、上から、例の大規模作戦をやるって言われているかららしいが、そうだとしても、こんなの許しておいていいのか、ってことだ?」
「……へぇ?」
若い二人は、シャムスの話に食いついてきた。
「そこで一つ面白い話を聞いた。 ここから北西にあるナチュラルの集落に――最近地球連合軍らしき集団が訪れている」
「そこって……」
「確か、ザフトから逃げ出した脱走兵たちが逃げ込んでいると噂の……」
そうだ、とシャムスは頷いた。
「おかしいと思わないか? あの噂の船が下りてきた、このタイミングで……もしかしたら、地球軍がまた何か企んでいるのかもしれない。
なのにモーガン・シュバリエ隊長が死んで、基地の司令官連中は益々臆病になるばかりだ……だから、俺たち、若いヤツだけで、やろうっていうんだ」
「……へぇ、おもしろそうじゃん、先輩?」
「猿に還ろうとする愚か者達をか……」
アウルとスティング、二人の新兵は初めての戦いの予感に、心を震わせているようだった。
「脱走兵は基地の連中への見せしめにしたっていい! ザフトは義勇軍だが、脱走は死刑だ――要は簡単な話だぜ。 うまくいけば、あの足つきの船の情報も手に入るかもしれない」
「そいつはいいね! とっとと手柄立てて、虫の居ない清潔なプラントに帰りたいよ!」
と、アウルは漸く壁に虫の姿を見つけた。
ドン!
「ハハハ!」
勢い良く、壁に手を突いた。
彼の手の中には、みるも無残に四肢を潰された虫がいた。
アウルにとっては、ナチュラルも、そこまで堕ちた同胞も、掌のぬめりと同じものでしかなかった。
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「少し、芝居が過ぎましたかしら……」
「えっ?」
淡いピンク色をしたランジェリーを纏っただけのミーア――ラクスが、ベッドに寝そべって言った。
衣服を出来るだけ纏わず眠るほうが好きな彼女にとっては、側近たちと外泊した時だけに許される、大きな贅沢である。
その品の無さを知っているが故に。
「あのアスランっていう子と何かあったんです?」
側近の少女たちも同じような格好になっている。
ジュリは淡いパープル、マユラはオレンジ、アサギは名前の通りのグリーンの掛かった浅葱色のランジェリーを着ていた。
「いいえ……予定が早まっただけですわ」
「……ラクス様、楽しそう」
(アスラン・ザラ――ヘリオポリス在住の留学生。 現在は志願兵として大西洋連合軍に外国人隊員として所属――か、この様な縁、会ってみたいと思ったけれど――)
何か、何かが、ラクスに引っかかる。
だらしなく寝そべるラクスに、少女たちが集まる。
三人は菓子と茶を持っている。
――このような興をラクスたちが時折開くようになったのも、元はといえば、家族同然に過ごしていたマユラ・アサギ・ジュリたちの輪に、ラクスが加わったのが始まりであった。
彼女たちにとっては、子供の頃からの習慣の延長に過ぎなかったが、ラクスが戯れに加わったことで、この自由な会は、少女たちにとって特別なものに変化した。
ラクス・クラインとはそういう少女であった。
美しいから、だけではないだろう。
確かに、ラクスのその肢体が眩いから、肌を見ることで、自分自身も美しくなれると思える――という動機も、少女たちの中にはあった。
「――こうして、貴女たちとおしゃべりするのも久しぶり」
だが真実、ラクスはシャーマンであった。
現実に非現実を持ち込む才能の様なものを持っていた。
なんの意味も無い。 戯れのパジャマパーティーは少女たちにとっては神聖なものになっていた。
夜はまだ浅く、お茶会は長引きそうだった。
「――明日は、ようやくウズミ・ナラ・アスハとコンタクトを取れますわ……」
ただし、菓子と共に消えていくのは、世を動かしかねない、神託のような言葉だった。