機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 22 「運命の出会い」

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 『名前を呼ばれたとき、俺は自分が何故戦っているのか考えてしまった。

  俺は戦う父を倒したかったのか?

  そしてあのバクゥのパイロット、知っていた人なのだろうか』

 

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 ――CE70年 6月4日

 

 ラグランジュ2付近――ナスカ級戦艦"ノーベル"

 

 エンデュミオン・クレーター攻防戦終了後――。

 ザフト軍はその多くを敵の自爆攻撃に巻き込まれ、残存勢力は散り散りになっていた。

 

 しかし――。

 

 「ようやく残存部隊が纏まったか――まさか、ここまで上手く逃げおおせるとはな」

 モーガン・シュバリエは、撤退した先の艦長に礼を述べた。

 

 彼女のお陰で、脱出は速やかに行われ、犠牲も最小限に済んでいた。

 

 その艦長であるマリュー・ラミアスが、モーガンの差し出した手に応えて握手した。

 「マスドライバーを使った投擲攻撃――それこそが脱出の手段とは、地球軍も思うまいさ」

 「見事に見逃してくれました。 兵達が無事で何よりです」

 

 マスドライバーとは、電磁力を用いて、物体を周回軌道外まで押し出す装置である。

 物資の輸送、大型の宇宙船の発進。それから質量弾を用いた攻撃にも利用できる。

 

 Nジャマーによって、長距離弾道弾が使用できなくなった現在の戦場では、

 特に、月面や衛星基地での戦闘において、隕石やミサイルなどをマスドライバーで投擲し攻撃するのは良くある事であった。

 

 

 ――マリュー・ラミアスは、その中に紛れて、物資や人員を月から脱出させた。

 

 「あんたみたいな若いのが居ると心強い」

 「光栄ですわ、ザフトの英雄にそう言って頂けるとは」

 「よせよ――結局はこの戦は敗退だ。 たとえ敵の自爆だとしてもな。 ……それと敬語はよしてくれ、同じ将官だろ?」 

 「ええ……ですけど」

 相手はザフト勃興の祖でもあり、年も随分と上だった。

 やはり、マリューにとっては”目上”の存在となる。 

 すると、マリューが対応に困るのを察してか、

 「そうだ、食事でも行かんか? アンタとは軍略の話がしたいな」

 とモーガンが言った。

 口説かれているのか? とはマリューは思わなかった。

 「――そうですわね、でも、それならお酒でもご一緒しません?」

 その提案にモーガンは意外そうな顔をした。

 「ん? 酒か? 珍しいな……まあいいだろう」

 地球での生活が長いモーガンには嗜む程度の飲酒の習慣があったが、プラントでは非生産的な行為として、敬遠される風潮があった。

 ――宇宙空間では依然、酒造が難しく、酒類が高級品である、ということもあったが。

 マリューにしてみれば考えがあった。

 酒は人との距離をいとも簡単に縮めてくれるからだ。

 

 そこへ、

 「ちょっと待った」

 と、もう一人脱出艇に乗り込んでいたザフトの将官が現れた。

 「マリューさん? こんな怪しいおっさんの誘いに乗っちゃダメでしょう?」

 「ロアノーク……貴様?」

 ネオ・ロアノークだった。 先のグリマルディ戦線ではモーガンの指揮下、紫のシグーを駆って数十機のモビルアーマーと、三隻の艦を撃破した。

 「怪しいとは挨拶だな、貴様のお面の方が余程怪しいぞ? 取ったらどうだ?」

 「やだな、前にも言ったでしょう? コン中凄いよ? 脳みそ飛び出てんだから」

 負傷を隠すために、彼は奇妙なマスクを普段からしている――という話だった。

 「嘘ばっかり?」

 マリューが嗜めるようにネオに言った。 

 「――冗談だよ。ま、酷い怪我だから、マリューさんのような美女には見せたくないんだ。 飲みに行くなら俺も連れてってよ?」

 「どうします?」

 「……フ、それも悪くないか、お前の話も面白そうだ」

 

 ――そうして、モーガンとマリューとネオは、時折、連れ立って飲むようになった。

 

 激化する戦闘の中で、彼らは確かに戦友であった。

 

 

 

 

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 「シュバリエ隊長が……そう……」

 司令室で、モーガン戦死の報を、マリュー・ラミアスは沈痛な面持ちで聞いた。

 「貴方は最期まで前線で戦う事に拘って――」

 「司令、国防委員会から連絡が来ております」

 「分かったわ、繋いで頂戴――」

 

 しかし、マリューには感傷に浸る時間も与えられなかった。

 

 マリューは国防委員会からの電話を取る間にも次の手を考えていた。

 それから、モーガンの葬儀のことも。

 彼の葬儀すら、今は前線の兵士の戦意高揚に使わなければならなかった。

 

 それが、マリューには辛かったが、彼女は司令官なのだ。

 

 

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 国防委員会の執務室。

 アズラエルが、二人の高官に、モーガン・シュバリエ戦死の報を読み上げた。

 「……残念です。あの月下の狂犬が連合軍のモビルスーツの前に倒れたとは」

 アズラエルは、大げさに悲嘆を込めた声で言った。

 「パトリック、私にはまだ信じられんよ。今にもあいつが顔を出すんじゃないかと」

 ――国防委員会のメンバーでもある、デュエイン・ハルバートンが言った。

 彼もまた、パトリック、モーガンと共に、ザフトを立ち上げたメンバーの一人であった。

 「……過去を思いやっても戦いには勝てんよ? ハルバートン」

 しかし、感傷に浸るハルバートンに対して、パトリック背を向けて冷たく言った。

 「だが、パトリック! 彼の死は重たいぞ! モーガンが前線に立つことで、兵士達の士気も、地球での戦線も維持できていたのだ!

  逆に言えば、彼ほどの人物に前線に立ってもらわなば、これまでのザフトは戦力を保てていなかったという事だ……」

 「何を言う。 確かに我々は、一人の英雄を失った。 だが、それだけだ! 何も変わってはいない!

  我らの戦況は未だ有利だ! 傲慢なナチュラルを打ち崩す日は近い! 一人の将を失っただけで、我らの戦いは何も変わらん」

 

 「何も変わらんだと!? パトリック! モーガンが死んだんだぞ! 私たちの……モーガン・シュバリエが……」

 

 ハルバートンは、パトリックに叫んだ。

 アズラエルは、声に驚いたのか、思わず顔を伏せた。

 

 

 

 「……モーガン・シュバリエには、”友人”として哀悼の意を表する。 だが、我らは止まれんのだ……ハルバートン」

 パトリックは、そっと返した。 

 ハルバートンは、それを聞くと、拳を握り締めて、無言で部屋から退出した。

 

 「……しかし、予想以上ですね。 あの足つきの力は」

 アズラエルは、ハルバートンが部屋から出るのを見て言った。

 「……モーガンが敗れたとて――たかが一機のモビルスーツと戦艦など、大局に影響はない」

 「ええ、ですが、私も不安なのです。 妙な噂が兵達の間に広まっています。

  そういうものが、何かしら、我らの計画に影を落とさないかと」

 「噂……?」

 顔を背けたまま、パトリックはアズラエルに尋ねた。

 「いえ、少々言いづらいことなのですが――根も葉もないデマゴーグと言えど、

 その――イージスのパイロットが、アレックス・ディノという名前だという、噂です」

 「――!? くだらんな」

 「申し訳ございません……こんな妄言は、連合か……何者かが意図的に流した可能性もあります。

  ですが、戦争は生の感情がするもの。 精神的な不安というものは侮れません。 ――早急に手は打ったほうが良いかと」

 「……シベリアの戦線については、既に考えてある」

 「――失礼しました。 では、私もコレで――」

 

 顔を伏せていた、アズラエルもまた部屋を出た。

 

 (アレックス……?)

 

 ――暫く、パトリックはその場で立ち尽くしていた。

 

 

 

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 「フフフ……アハハハハ!!」

 部屋から出て暫く歩いたところで、アズラエルは声に出して笑った。

 

 

 ずっと笑いを堪えていたのだ。

 

 

 「――あーあ、こんな風になるんだ。 フフ、まだまだ楽しくしないとね?」

 アズラエルは、ことも愉快げに言った。

 

 

 

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 「モーガン・シュバリエを倒した……か」

 ブリッジで、バルトフェルドがポツリ、と呟いた。

 「君も私も、月のグリマルディ戦線では散々彼に苦しめられたからな、コレで意趣返しができた、という事かな?」

 それにクルーゼが乗っかる。

 

 バルトフェルドは、コーヒーを口にし、クルーゼはゼリー状のドリンクを飲んでいた。

 

 「ふぅむ……だが、どうもそんな気分がしないんだよね。 アスラン・ザラのお陰で倒せたようなものだからな」

 「だがなかなかどうして――艦長の作戦、見事に決まってたじゃないか」

 「どうかねぇ? 機体の性能に頼った策だよ? 事がうまく進んだのは、君の洞察力の高さが何より成功の要因だ」

 

 「……フッ」

 「ハハッ……」

 

 二人の間に珍しく穏やかな空気が流れる。

 戦いに勝利した安堵が、それを齎していたのかもしれない。

 

 「ところで――アスランが戦う気になったようだが?」 

 とクルーゼが、話題を変えた。

 「ああ、なんか、やる気みたいだね――でも、余計に危なっかしい気がするな」

 しかし、バルトフェルドは、クルーゼの話に頷かず、コーヒーを飲みながら顔を顰めた。

 「いい兆候と思うがな? ああして、戦う意味を見つけて戦士になるのだ」

 「おいおい、戦士なんて碌なものじゃないよ。 あんな若さで、死んだほうがマシ、だなんて思って欲しくない」

 

――二人の間を沈黙が支配した。

 

 「……この状況で、まだ、そんなことを言っているのかね?」

 暫くして、クルーゼが呆れるように言った。

 「――当然だろ? 彼の境遇を考えてみろ?」

 そして、バルトフェルドがそれを嘲るように返した。

 

 ――そして、二人はそのまま口を噤んだ。 その後、一切、言葉を交わさなかった。

 

 

 (や、やっぱり……きまずい……)

 そして、ダコスタは、また一人ブリッジの重苦しい雰囲気に胃を傷めていた。

 

 

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 『ボクは、グゥド・ヴェイア、よろしくアレックス?』

 

 『貴様らの教官をする事になったモーガン・シュバリエだ、パトリックの息子か? 手加減はせんぞ?』

 

 『アレックス! 何故戦わん!? ヤツはナチュラルのスパイだったのだ! 殺せ! あそこにいるナチュラルごと――』

 

 『SEEDが現れるってのはなぁ! もう人間がダメになるってことなんだ……ダメになるってのは、遺伝子弄くられてってことなんだよ!』

 『テメェも一緒だ! 子供も残せないような弄られ過ぎたコーディネイターも! 戦うために作られた俺も! だから――!』 

 

 『……ギャアアアァアアア!!』

 

 

 

 

 「――アッ!?」

 アスランは、夢の中で聞いた絶叫に目を覚ました。

 (夢……?)

 夢の内容は良く、思い出せない、……しかし、嫌な汗をかいた。

 

 アスランは、シャワーを浴びに、部屋を出た。

 

 

 

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 「――このバカッ! 連絡もしないで! 一人で暢気に無人島でキャンプしてたと!?」

 「む、無茶を言わないでよ!」

 「わ、私がどれだけ……心配したか! 心配したんだよ、キラ……!」

 

 うわーん、と画面の向こうでカガリは泣き出してしまった。

 通信機の前のキラは、ほとほと困り果ててしまった。

 

 ザフトのカーペンタリア基地に無事たどり着いたキラは、ジェネシス衛星を使ったレーザー通信で、プラント本国と連絡を取った。

 「――ごめん、カガリ。 だから、こうして特別衛星まで許可を貰って、連絡しようと思って」

 「当たり前だろ!」

 「ご、ごめん……」

 「カガリ……あまり、キラを困らせるな」

 「ウズミさん……?」

 

 画面の向こうに、養父、ウズミ・ナラ・アスハが現れた。

 「元気そうだな」

 「――ご心配を、おかけしました」

 「いや、キラが無事でいてくれたのが何よりだ」

 「ありがとう……ございます」

 「……また、戦いがお前を連れて行ってしまうだろう。 だが、こうして泣き喚いて心配する”家族”もいる……命を粗末にすることだけはするな」

 「……はい」

 

 

 キラは、”家族”に応えた。

 

 

  

特別通信室から出ると、キラは思わぬ人物から声を掛けられた。

 

 

 

 「――よう」

 

 「えっ……?」

 「無事でよかった――!」

 「元気そうだな! キラ!」

 サイ、ミリアリア、トールだった。

 

 

 そして――。

 

 「聞いたぞ、キラ? 先の低軌道会戦の戦果。 ”キラの五艘飛び”って――随分有名になってるぜ?」

 「……ロアノーク隊長! みんな、どうして!?」

 ネオ・ロアノークだった。

 

 「二日前に降りてきたところさ――一時的に譲渡していた指揮権が戻ってきて、こいつらと一緒にな。

  ――ナタルは元々が軌道艦隊所属だし、なーんか、アチラさんに気に入られて連れて来られなかったがね」

 「ああ……では、ロアノーク隊は、これからは地球での作戦行動に?」

 「……足つきが落ちたシベリアがマズいらしい……明後日にはもう応援に向かう予定だ」

 「――! アークエンジェルが?」

 「そう! だから、キラが基地に戻ったっていうから、みんなで慌てて会いに来ちゃった」

 ミリアリアが笑って言った。

 「――モーガン・シュバリエ隊長、知ってるだろ? ……戦死された。 イージスにやられてな」

 「えっ……!?」

 「俺も、テストを急ピッチで切り上げさせられてね」

 

 キラは、友の顔を思い出す。

 アスラン――。

 

 「俺たちはその応援に行く。 だが、キラ。 お前はまだ体を休めていても構わん――後日、また連絡に――」

 と、ネオは言いかけたところで

 「いきます」 

 キラが、即答した。

 「……おい」

 ネオは力を込めた声で言った。

 

 いいのか?

 

 ということだろう。 キラは、大気圏で、友が乗るイージスを仕損じていた。

 「ボクが――あの船を逃してしまったんです、だから――」

 

 両親の仇、友の仇。

 そして、今も尚、戦いは続いている。

 (泣くのは止めた……ううん、多分泣いたっていい。 でも、ボクは……ボク以外の誰かが泣くのはイヤだ)

 

 あの少女。 ラクスは許してくれた。

 それでも、今自分は戦いをやめてはならない。

 

 サイが、こちらを思いつめた目で見ていた。

 その顔には傷がある。

 (サイ……)

 だが、その目は、今はキラに戦いを強いてはいない。

 ただ、彼を信じてくれていた。

 

 しかし、キラはその目を強く見返した。

 ――大丈夫だよ、サイ。 ボクは戦う、と。

 

 

 「ボクとストライクも連れて行ってください!」

 

 

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――アークエンジェルがポリツェフに到着する三日前。

 

 

 ザフトの輸送艦に偽装した飛行船で、ラクスと側近のアサギは国境を越えていた。

 ――下方には、中国大陸が広がっている。

 東アジア共和国を超えて、間もなく、ユーラシア連邦の西方――東欧地区に入る予定であった。

 激戦が続く、黒海周辺を飛ぶのを避けるため、随分と遠回りせねばならなかった。

 

 しかし、まだ少女と呼べる二人には、その長旅も苦ではないようであった。

 

 「ニュートロン・ジャマーのお陰で、大気汚染がまた進んだようですね」

 「古い産業廃棄物から化石燃料の代わりになるものを、無理やり取り出して使っているようです」

 やっと、汚染が清浄化されて、太古の清々たる山河がよみがえりつつあった東アジアは、この戦争でまた急激に汚染されつつあった。

 

 先ほどから荒れ果てた大地と、薄く靄が掛かったような下界を、ラクスはただ眺めていた。

 その様子は何処と無く浮世離れしていて、天女か何かが、世を憂いているようにも――もしくは、気まぐれな女神が、この世の乱れる様を、娯楽のように――高みの見物をしているようにも見えるだろう。

 

 その様子を、アサギはじっと眺めていた。 ラクスの横顔は美しかった。

 彼女の父親、シーゲル・クラインはナチュラルだった。

 にも、関わらず、このような美貌を持つというのは、まさしく、天与のものかと、アサギは自分とラクスを比べてしまうのだ。

 アサギ自身も、愛嬌のある瞳と、癖はあるが美しい金髪をしていて、十分美しい少女であったが――その視線には、羨望と崇拝が感じられた。

 

 幼少からアサギ――そして残りの側近であるマユラとジュリも、彼女の身の回りの世話をし、警護をし、彼女の公の仕事も手伝った。

 彼女たちにとってラクスは友人であり、姉妹であり、そして――絶対的な魅力を持つ、君主であった。

 

 「あらら? いかがなさいましたか?」

 アサギの視線に気づき、ラクスは窓からアサギの方に振り返った。

 小首をかしげて、アサギの目を覗き込む。

 ハッ、としてアサギは息をのんだ。

 同性にも関わらず、そうした無垢なラクスの振る舞いには、背筋に痺れを走らせる愛くるしさがあった。 

 揺れるラクスの睫毛に、アサギはしばし、目を奪われた。

 「ああ、いえっ……」

 アサギはそんな自分の視線をごまかすように、ラクスに以前から依頼されていた仕事の進捗を伝え始めた。

 「先日ご依頼いただきました、件のデータですが……アメノミハシラ経由で、月の”フルモンテ”に渡しておきました」

 「ありがとう、アサギ。 ……計画の進捗はどうですか?」

 「モデルワンへのフィードバックは問題なく……アカツキ計画もこれで実現の目処が立ちました」

 「まあまあ、それでは”アマツ”は如何ですの?」

 「そちらはサハク家の方々が取り計らっております。 いざとなればどちらの陣営にもつける様に、イズモ級の手配も、ジュリを通じてサハク家の方と準備しております」

 「イズモとクサナギはサハクの方々に差し上げるとして――ツクヨミはクライン家に回してくださいますの?」

 「ええ……ジュリが上手くやってくれてるはずです」

 「――後は、アクタイオン社の方と、ユーラシアとお話を済ませるだけかしら?」

 「マユラと、ユーラシアにパイプのあるオルガさんが……でも、あの人信用できるんです?」

 「優秀な人材には間違いはございませんわ」

 

 ――普段のおっとりとした印象からは想像できない早さで物事を即断していくラクス。

 毎度の事ながら、アサギはどちらが、この主君が自ら望む姿なのか、と思うところであった。

 「――アサギ、少し休みましょう。モスクワからはシベリア鉄道でポリツェフに移動になりますわ」

 「はい、ラクス様――」

 

 

 まもなく、輸送艦はザフトの制空圏内に入ろうとしていた、その中に、世界を傾けかねない、可能性を秘めて――。

 

 

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 「っしゃあああ!! キャラオケだぁあああ!」

 ミゲル・アイマン軍曹が車に乗り込むなり声を上げた。

 「テ、テンション高いな。 ミゲル……」

 「当たり前だろ? お前ら、お兄さんが、真のキャラオケってもんを教えてやるぜ?」

 ミゲルは歯をむき出してサムズアップした。

 「……その前にどッかで飯くおーぜ」

 「ああーそうですね……此処のところ軍隊食ばっかりですし」

 「ちょっといい店でも行こうぜ――あの二人はデートだろうし――シャクじゃん?」

 ディアッカとラスティが、二人で車に乗り込むイザークとフレイをジト目で見ながら言った。

 

 「おーおー僻むな僻むな! それじゃあオナゴでも釣ってからキャラオケにシャレ込もうじゃないの?」

 「だな! な! アスラン!」

 「え? いや……俺は……?」 

 「な! アスラン!」

 「な!?」

 「……あ、ああ、そうかもな……」

ラスティとディアッカの妙な気迫に押されて、アスランは思わず頷いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ――ポリツェフのドームポリス。

 守衛に連合軍のIDカードを見せ、滞在時間を言い渡される。

 48時間だ。

 ――実際にはアークエンジェルに必要物資が積み込まれる時間まで、ということになるので、そこまで時間一杯遊べるわけではないが。 

 アスラン達にとっては、本当に久しぶりの外出だった。

 

 

  軍用の無骨なジープ車なのが残念だったが、平和な街中をドライブするというのは、ただそれだけで、アスランの心を落ち着かせた。

 (――平和か)

 少し前まで、こうだったのにな……とアスランはまた振り返りそうになった。

 が、それを考えるのを必死に止めた。

 「あ、ヤーパン通りですって、ニホンのカナザワとオダワラとアオバクって街の町並みを再現しているらしいですよ」

 ニコルがドームポリスの入口で貰ったガイドブック片手に笑顔で言った。

   

 今は友人達と束の間の休息を楽しむべきだと、アスランは思った。

 

 

 「折角シベリアまで来たんだし、ボルシチでも食っていくか?」

 「あ、そーそー。 この先のメダイユって店が美味しいよ、ちょーっと値が貼るけど」

 ミゲルがラスティの指を差すほうにハンドルを切った。

 「貰った給料なんて、この先等分使い道ないし、いこうぜ」

 「物資はどこも足りてないけど、食料はこの土地で取れるものが、まだ結構あるからね、多分なかなかイケるよ」

 男だけのむさ苦しいジープは、ラスティのオススメのシベリア料理店へと向かった。

 

 

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 一方、アスランたちを見送ったアークエンジェルは、非武装地帯ギリギリに設営されたユーラシアの宿営地に停泊していた。

 日常生活に必要な物資の補給と、ゼルマンたちからの連絡待ちである。

 

 「ここなら、まあ、攻撃される心配も無いがね、クルーゼもアスランもいないとなると、流石に落ち着かんな」

 バルトフェルドが、キャプテンシートにもたれて言った。

 「あーあ、自分も出かけたいな……」

 「心配するな、交代で出してやるよ」

 「どーも……んー!」

 ブリッジでダコスタは大きく伸びをした。

 「ボクも買い物くらい行こうかと思ったけど、この辺は豆が不味くてねえ」

 バルトフェルドもダコスタに倣ってキャプテンシートで伸びをした。

 「豆?」

 「まあ、この気候では紅茶派が多いのも仕方ないか」

 「――ああ、その豆ですか……」

 

 この人は、どこでもこの調子なのだ。 

 「しっかし、若者たちはいいが、クルーゼのヤツは何処で何しているのかね?」

 「え? ――ああ、そういえば、想像もつかないですね、わざわざ外出許可を得て、どこにいったのでしょうか」

 

 私生活というものが凡そ感じられないクルーゼの行き先に、二人はあれこれを思案をめぐらせた。

 しかし、見当も付かなかった。

 

 

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  ポリツェフ公営図書館――連合軍のIDでその建物の中にクルーゼ入ると、地下の重要資料の部屋に入った。

 重厚な書物や、公的文書のリスト、コンピューター・サーバーや端末が並んでいる、薄暗い部屋をクルーゼは通った。

 どの書物にも禁貸出の文字が書かれている。

 

 と、クルーゼは意外な人物とあった。

 「――? 君は……イザークとデートじゃなかったのか?」

 フレイ・アルスターが、なぜかそこに居た。

 「えっ!? ああ、いえ、こういうところ、なかなか来れないから、イザークが」

 「……そうなのか? 君たちカップルというのも、妙なものだ」

 「イザーク、勉強熱心だから」

 「こういうときは、そういったものを忘れるべきだと思うがね」

 「あの――大尉さんはどうして……」

 「私も調べものだよ。 あと、人に会いにね」

 

 では、とクルーゼは手を振ると、そのまま書架の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

 ――懐かしいものだ、とクルーゼは思った。

 あの男は、本当に儀式ばったものが好きだった。

 忌むべき、自身の半身――。

 

 

 途中、妙に凝った配置にされている書架の群れで立ち止まると、クルーゼは後ろを振り返った。

 

 先ほどから、自分の後をずっとつけている影があった。

 ――クルーゼ自身が呼びつけて、挑発したものであったが。

 

 「――こんなところに降り立つのも何かの縁だと思ってね?」

 「……チッ、面倒臭え、凝ったマネしやがって!」

 

 「ほう? この場所まで来てもらった意味が分かるとは――ただのギルの使いかと思ったが――”図書館の司書(ライブラリアン)”か?」

 「? ――貴様――!」

 目の前には、銃を構えた、黒い長髪の少年がいた。

 歳はアスランと同じ頃……酷く荒んだ鋭い目をしているのがクルーゼには好ましく見えた。

 

 

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 ――レストラン・メダイユの店内は人気店だけあってそれなりに込み合っていた。

  公用語も通じたが、この地方の言葉も覚えたらしいラスティが皆の分も注文した。

 

 「――ラスティってこの辺の人なのか?」

 「んー違うよ? 母親がブリテンの生まれ。 子供のころは大西洋連合育ち。 親がリコンしてから母親と一緒に西ユーロにずーっと居てさ」

 「離婚……」

 「色々あったのよ、軍人のカケーだしさ」

 注文をすませそんな会話をしていると、前菜が運ばれてきた。 モシャモシャとサラダを頬張りながら、ディアッカは店内を一望した。

 

 「――観光客でもいねーかな」

 「観光客ですか?」

 ニコルが聞き返した。

 「いるわけねえだろ? 非武装地帯とは言え、最前線の目と鼻の先だぞ?」

 ミゲルが言った。

 街は平和を保っているが、それが薄氷の上にあるものだということは、アスランたちも忘れてはいなかった。

 「……ま、そりゃそっか。 でも、オーブではさ、リゾートに来た女の子とかが狙い目なんだよね」

 ディアッカが言う。

 「なんでよ?」

 「旅行先ってのは開放感があるもんだろ? ひと夏のナンチャラってやつ?」

 「なーるへそ?」

 その発想は無かった――と、ラスティもレストランの中を見渡した。

 

 「あの、料理来ましたけど……」

 アスランたちの目の前に、ローストした鮭と、シベリア・コートレティ(カツレツ)と、この地方のペリヌイ(水餃子)が運ばれてきた。 

 「食おう食おう」  

 「いねーかなーどこぞにいい女」

 

 と……。

 

 「ジュリはなに食べるのー?」

 「あたし、お肉がいいかな」

 「……また太るぞ?」

 

 

 (おい、アスラン!) 

 ラスティがアスランを小突いた。

 (――ゆっくり食えよ? 今来た女子三人組)

 「え?」

 ディアッカが小声で言った。

 (……よくね?)

 

 アスランがディアッカの差すほうを見た。

 そこには、同い年くらいの少女達が三人で食事していた。

 (まぁ……)

 (入口で――狙い打つぜ!)

 (……あ、ああ)

 

 男だらけのテーブルで、見知らぬ後から来た女性の食事ペースに合わせて食べるのは、なかなか困難を伴う作業だったが、

 ラスティとディアッカは優雅なそぶりで見事にこなしていた。

 アスランはといえば、久しぶりの開放感から食が進み、ゆっくり食べているつもりだったが先に食べ終えてしまった。

 ミゲルは仕方ないので、シャルロットを注文し、ニコルは紅茶をおかわりした。

 

 

 「アノ子達、立ったな――」

 「ンフフ、俺たちも出ようか――」

 「流石だな、中々の上玉じゃないか――」

 

 ミゲルとディアッカラスティとが徐ろに立ち上がる。

 先ほどの女子達も席を立ったのだ。

 

 

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 (――恐らくだけど、フツー飯を食ったら次どこにする~キャッキャウフフーってガイドブックを広げる)

 女子達は、ラスティらの目論見の通り、店の前でガイドブックを広げた。

 

 (――観光客みたいだな、行けるぜ)

 ディアッカが小声でラスティに告げた。

 (ま、そこで道でも聞けば、後は……ね)

 

 ラスティは微笑を浮かべた。

 

 「……んじゃ、まあ、俺が行って来るよん、見てな!!」

 ラスティは意気揚々と言った。

 

 

 

 

 そこへ、

 「――ねね、ちょっといい?」

 ラスティが声を掛けた。

 「え?」

 

 

 女子達の一人、赤毛の少女がラスティの方を見る。

 (チャラい――ないわ――)

 めがねの少女が赤毛の少女に視線を送る。

 (この人、さっきのお店の中にいた気がする)

 金髪の少女が、二人に視線を送る。

 (――ナンパよ、ナンパ)

 

 「ごめんなさい。あたし達、待ち合わせがあるの?」

 「――えっ!? でもさ……俺ちょっと」

 「大事な待ち合わせなの」

 

 (え、俺が――俺がふられ――ウァッ!!)

 

 

 

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 「バカッ! なにやってんだよ!」

 「全然袖にもされてねーぞ!」

 「も、もう辞めましょうよ、フツーにキャラオケいきましょうよ」

 「臆病者は黙っていろよ!」

 「ひどい!」

 「ンッフフ、それならこのディアッカ・エルスマンに任せな! 俺に惚れ伏せ女ども!」

 

 

 

 

 

 「――あのさ、観光?」

 今度はディアッカが声を掛けた。

 「え?」

 

 赤毛の少女がディアッカの方を見る。

 (またナンパ――あ、でも今度はオシャレ――)

 

 めがねの少女が赤毛の少女に視線を送る。

 (――でも、やっぱりないわーなんか、目がやらしい)

 

 金髪の少女が、二人に視線を送る。

 (――軽そう。 コイツ、女に刺されるタイプだわ)

 

 「悪いんだけどさ? 仕事で来てるの」

 「え!? ……いや、そういわずに」

 

 

 「う・ざ・いんだけど」

 

 

 (ヒ……ヒヒ……非グゥレイトォオオオオオ――!!)

 

 

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 「だめじゃねーか!」

 「やっぱりこう、ナンパってばれてますよ、アレ。 それにアノ子達、本当に待ち合わせしてるみたいですよ?」

 「あのさ、辞めた方がいいんじゃ」

 「うるせえ! 例えそうだとしてもこの引き下がれるかよ!」

 「最終兵器だ――行けっ! ニコル!」

 「――ハァっ!? なんでボクが――!?」

 

 

 

 

 

 「――あ、あの……」

 今度は――なぜかニコルが声を掛けた。

 「え……また? ……って」

 

 赤毛の少女が、もじもじとしているニコル方を見る。

 (女の子? ――え、男の娘!?)

 

 めがねの少女が赤毛の少女に視線を送る。

 (――か、かわいい……かわいい!)

 

 金髪の少女が、二人に視線を送る。

 (――え、やだ。 ど、どうする!? どうする!?)

 

 ――三人は、ひそひそと何かを話し合った。

 

 「き、君、なにかあたし達に用?」

 「あ!? ……あ、あの、ヤーパン通りにいきたいんですけど、ボク、道がわかんないなーって」

 

 

 (――ど、どうする? 待ち合わせ?)

 (……ちょっと位なら大丈夫じゃない? )

 (むしろ、この子、姫様に……)

 (ラクス様の好みとは違わない?)

 (――いや、あたし好きだなぁ)

 (ジュリって守備範囲広いよね……)

 (うん、やっぱり好きだなぁ)

 (まぁ、ジュリもこう言っているし――)

 

 

 

 「……あの?」

 「……案内してあげる♪」

 がしっと、腕をとられるニコル。

 「いこっか?」

 「え!?」

 有無を言わさず、連れ出される。

 「ね、名前は?」

 「え? あ、ニコルですけど……」

 「ニコルくんね? じゃ、行こう!」

 「ちょ!? え! ちょ!? 待ってぇ!?」

 

 

-------------------------

 

 

 「あいつ! 上手くやりやがって!」

 「……そんなことより、なんだか無理やり連れて行かれているように見えるのだが」 

 「や、ヤバイ! う、上手く行き過ぎた! このままだとニコルが拉致られるぞ!」

 「あ! タクシー停めたぞ! マジでやばい! 走れ!」

 

 

 残りの男性陣は全速力で駆けた。

 

 

 「待て! 待ってくれ!」

 「……?」

 ニコルを捕まえている女子達は止まり、タクシーを先に譲った。

 

 「わ、悪い、そいつは俺たちの連れで……」

 アスランは女子達に理由を説明しようとした。

 

 「んー?」

 

 訝しげに少女達がアスランを見る。

 「え、えーと……」

 アスランが言葉に詰まる。

 すると……。

 「悪いね! お嬢さんたち。 実はこいつら、君たちを遊びに誘いたかったらしくてさ」

 年長者のミゲルが前に出て理由を話した。

 「そいつも、俺たちの連れなんだ。 ――気に入ってくれたなら悪いが、全員一緒じゃ、マズイかな」

 

 ミゲルは物腰を柔らかくして、女子達に話しかけた。

 (ミゲル……)

 2つか3つくらいしか違わないはずだが、こういう場面では、ミゲルは、アスランにはずっと大人に見えた。

 

 

 と、

 「あれ……もしかして、ミゲル・アイマンさんですか!?」

 三人のうち、金髪の少女が声をあげた。

 「ん? 俺を知ってるの?」

 「きゃ!? 本物!? ”デフロック”初期メンバーのミゲルさんですよね!?」

 「あ、なに!? デフロックのファン!? うれしいなーこんなところで! 俺なんか覚えてくれてたんだ」

 「勿論ですよ! 今だってライブのアンコールはミゲルさんが作った曲ばっかりですよ!! サ、サインしてくれませんか!?」

 

 そこに居た他の人間はあっけにとられた。

 

 

 

-----------------------

 

 

 「あらら? ジュリ達から?」

 ホテルに着いたラクスの元に、フロントから伝言があると伝えられた。

 「――アサギは無事にジュリたちと合流……まぁ、そのまま観光? あの子たちが珍しい」 

 ラクスは伝言を受け取ると、部屋に荷物を置いた。

 

 

 (――いい殿方とでも会えたのかしら? それなら、わたくしも……久しぶりに一人で羽を伸ばしましょうか)

 

  ポリツェフドームは、美しい街並みを残しているドーム・ポリスであった。

  一人で見て回るだけでも、それなりに落ち着いた時間を過ごせるだろう。

 

 合流してともに街並みを回ることも考えたが、それはあの娘たちにとって半ば仕事のような時間になってしまうだろう。

 たまには彼女らにも休養が必要と思っていたところだ。 彼女たちとは後で落ち合う事にして、ラクスはフロントに帰る時間を伝えると、ホテルを後にした。

 

 

-----------------------

 

 「ニコル君! 一緒に歌おう!」

 「は、はい!」

 ――青髪の眼鏡の少女――ジュリはニコルを連れ出すと、幽霊が出てくるアニメの唄を歌いだした。

 

 

 ポリツェフのキャラオケ・ボックスに、アスランたち一行は居た。

 

 金髪の娘――アサギはミゲルが軍に入る前にやっていたバンドのファンらしく、アサギは熱心にミゲルの話を聴いていた。

  

 ディアッカとラスティは赤い髪の少女――マユラに相手にされていなかったが、それでも女子と騒げるのがうれしいらしかった。

 

 会はそれなりに華やかになり、盛り上がっている。

 

 「よっしゃ! お前ら風を起こすぞ!!」

 

 ミゲルはそういうとジャケットの前を肌蹴て歌いだした。

 

 ――ミゲルの唄は見事なものだった。

 「ぎゃああああああ、ミゲル狂愛!」

 「何語よそれ」

 はしゃぐアサギにマユラが呆れた。

 

 「――で、アスラン!!」

 「あ、ああ」

 「なんでオマエはさっきから歌わないんだよ!」

 「え、あの……」

  

 アスランは先程から目録を眺めているだけで、全く歌おうとしていなかった。

 

 「そうだよん! アスラン! 歌おうぜ! 元はといえばオマエと親睦を深める為に来たんじゃないか」

 「アスラン! すっきりするぞ? 声を出すときは出さないと」

 「アスラン!」

 

 アスランは、唄や音楽が苦手ではなかった。

 寧ろ好きだった。 だが人前で歌うのはどうしても好きになれないのである。

 それに、アスランはこれといってポピュラー・ミュージックに興味がなく、何か歌え、と言われても、ピンとくる歌がなかった。

 仕方なく――。

 

 「……じゃ、じゃあ、ヴェートヴェンの第九を」

 「――合唱曲!?」

 全員が突拍子も無い選曲に肝を抜かれた。

 「何人編成だよアレ!」

 「――そういう問題じゃないと思いますけど」

 「まぁ、メインは四部合唱だし、いけないこともないか」

 「そういう問題でもないと思いますけど……」

 

 

 「……いや、もちろん。 独唱用の曲で」

 アスランが言った。

 「いえ、そういう問題なのでしょうか……」

 ニコルは突っ込むのを止めた。

 

 

-------------------------------------

 

 

 「――ゼルマン司令、首尾は如何です?」

 ようやく、アークエンジェルはゼルマンと再び連絡が取れた。

 アークエンジェルの通信パネルには、ゼルマンの顔が映し出され、 バルトフェルドが作戦の進捗と、ユーラシア本部側に大西洋連合から連絡がなかったを聞いていた。

 

 Nジャマー影響下の地上では、中継器や光ファイバー回線を用いたレーザー通信が主だった交信方法であった。

 遠距離での通信を取るのはほぼ不可能に近い。短距離であれば、辛うじて電波や通信機も使えるが、

 現在は携帯電話も利用できないのが当たり前だった。

 TV受信も、現在はほぼケーブル・テレビに切り替わっている有様だった。

 

 「ポリツェフまで無事にたどり着けたようですな――残念ながら、大西洋連合から連絡はまだありませんな」

 「……それは流石に妙な。 シベリアに落ちたことは、アラスカも察知している筈ですがね」

 バルトフェルドは首を傾げる。

 「うむ……敵に気取られないようにする為かはわからんが、確かにニェーボ経由で伝令の一つでもあっても良いかと思いますが」

 「仕方ありません。 こうなった以上は、先ずはあなた方との作戦の遂行を優先しましょう」

 「ふむ……」

 画面の向こうのゼルマンは頷いた。

 

 「敵の包囲網は幾重にも構成されておりますが、主だった基地は三点――そこから東に行ったバイカル湖の付近にある資源精製基地――」 

 ゼルマンはシベリアの地図を指しながら言った。

 「そしてもう一つ――敵の総本山とも言える司令部のあるミール・ヌイ、以前はダイアモンドの一大採掘所でしたが、現在はレアメタルが算出されるようになりましてな」

 「”ミール・ヌイ(平和)”か……確か大穴の開いている土地でしたな?」

 「左様。そして最後に、以前はシベリア鉄道の収束地点であったリマン・メガロポリス――カムチャッカのニェーボを迎え撃つ形でシベリアの東端に位置しています」

 「――ふぅむ、なかなか厄介な――勝算はあるので?」

 三箇所に主だった基地が点在している――そして、それぞれに堅牢な守りがある。

 ザフト軍のゲリラ戦法に、翻弄され、広大なシベリアの大地に散り散りになっているユーラシア軍には、集合すら困難に見えた。

 「子細は申し上げられませんが、一つ作戦がありましてな」

 「……ほう?」

 「そこで一つご相談がある」

 「あまり、いい話の予感がしませんなぁ」

 バルトフェルドは苦笑した。

 先刻、敵軍の英雄に勝利した自分たちではあるが、あのように上手く事が運び続けるとは限らないのだ。

 

 「――ポリツェフで補給を終えられた後、アークエンジェルは東部のバイカル基地への攻撃を依頼したい」

 「こちらから攻めろと?」

 「……無論増援も送りましょう。 攻め落とす、までは行かなくても良い。 敵をそちらにひきつけて欲しいのです。あの月下の狂犬を破った今、敵軍は貴艦の動向に目を光らせているはず」

 「やれやれ……囮に最適か……いえ、お引き受けしましょう。 私がそちらの司令官でもそうするでしょうしね」

 「ハハ、心強い事だ。 ――噂になっておりますぞ? 狂犬を倒した、虎の艦長が居ると」

 「トラァ?」

 突拍子も無い事を言い出したゼルマンに、バルトフェルドは首をかしげた。

 「ここシベリアには、野犬の他に、実は虎も多く居る。 シベリアに蔓延っていた月下の狂犬を倒した貴公は差し詰め、地上の虎、というわけだ」

 「なんともはや……」

 「鷹と虎――それに神の盾(イージス)の載っている大天使(アークエンジェル)とは、無敵の艦でありましょう」

 流石に、バルトフェルドは苦笑した。

 「――あの、シベリアを蹂躙するザフトどもをこれ以上野放しにはできません。 なんとしても大脱出(エクソダス)の遂行をいたしましょう」

 「ええ……ま、それなら”虎”もお手伝いしましょう?」

 お世辞を鵜呑みにするほどバルトフェルドは愚かではなかったが、バルトフェルドはそう返して、ゼルマン達の――ユーラシアの強がりのようなものへ返したのだった。

 

 

-----------------------------

 

 アスランの歌は中々に聞かせるモノだったが、やはり盛り上がりには欠けた……。

 アスランは歌い終わった後、まるでモビルスーツに乗った後のことのように疲れてしまって、

 キャラオケ・ルームの椅子にどっと倒れこんだ。

 「アスラン、クラシック好きなんですか?」

 すっかり経たりきったアスランに、フォローも兼ねてニコルが聞いてきた。

 「……父親がそういう音楽しか聴かなくてね」

 「へぇ……」

 「母はアイドルとか好きだったんだけど、俺がそういうのに興味もつと、父がいい顔しなくてさ」

 

 と、アスランはそこで自分が何を言っているのか気が付いた。

 

 ――父の事。

 

 しまった。

 つい気持ちが緩んでしまった。

 久々の外出、仲間との楽しい時間――それが彼の心を思っている以上に開かせてしまったのだろう。

 

 ……両親のこと、己の出自の事は、どんな些細な事でも、身の危険に繋がる。

 そう思って、プラントを出るとき、どんなことも極力喋らないと決めたではないか。

 と、アスランは思い直していた。

 それきりアスランは口を噤んだ。

 「……まあ、そんなところだよ」

 本当は、父や母の事を思い返すと、気が滅入るから――という自分の心情的な問題があったことも、最近アスランは気が付いてきていた。 

 「アスランってさ、父親の事苦手だろ?」

 ――突然、そんなことをラスティが言い出してきた。

 「えっ!?」

 ビックリして、アスランは声を上げた。

 「……いや、なんとなく、俺も苦手だからさ」

 ラスティは笑った。

 

 「ご、ごめん……ちょっと、トイレ、歌ったら何か気持ち悪く」

 父の事を思い出したり、人前で歌うというニガテな行為をした為か、アスランの頭を奇妙な頭痛が襲ってきた。

 「ちょっ、どんだけ歌うのニガテなのよ?」

 「……そ、外の風に少し当たってきてもいいか?」

 アスランはそのままキャラオケ・ルームを出ようとした。

 「ムリに歌わせちまったかな? ワリィなアスラン……ま、苦しけりゃ車に戻ってろよ」

 「ああ……すまない。 ミゲルのキャラオケ、楽しかったよ」

 ミゲルはそう言うアスランの肩を押した。 

 

 こうして参加してくれたアスランにも、後ろできょとん、としている少女たちにも、

 つまらない思いをさせないために、ミゲルやラスティはそっとアスランを外に出してやった。

 

 「それじゃ! 次は誰が入れる?」

 「んじゃ、アタシー! 折角、ユーラシアに来たんだから、カリンカ歌っちゃいまーす!」

 

 ディアッカが、適当に場を盛り上げ、マユラがマイクを取った。

 マユラはとても愛らしい声で歌い始めた。

 

 

----------------------------

 

 

 

 いつの間にか、辺りは暗くなっていた。

 シベリアは日が落ちるのが早いのである。

 

 寒くはなかった。 ドームポリスなので温度が一定に保たれているのだ。

 

 気分治しにアスランはブラブラと街を歩き始めた。

 

 ポリツェフは西ヨーロッパの街並みを再現しており、どれかといえばこの地方の建築様式や、ユーラシア連邦本部のあるモスクワよりも、パリの街並みに近かった。

  

 すると、市場のような処に出た。

 まだまだ店を仕舞う様子は無く、夕食の支度をする主婦や、休暇中の兵士らしき人々が食材や日用品を買い求めていた。

 アスランも興がわいたのか、覗いていく事にした。

 

 「――鮭か?」

 珍しいものが幾つもあった。

 蜂蜜――樹液の様なモノを瓶詰めにしたもの、多種多様なジャム、干した鮭、何故か木彫りのクマをみやげ物においているところ――。

 

 

 アスランは、そういったものを眺めては、地球に居る事の不思議さを思った。

 また、家族の事を思い出してしまうが、仕方なかった。

 ずっと言っていたのだ。母と地球に行きたいと、地球の自然を、文化を、見て回りたいと。

 

 

 だが、今のアスランの気持ちは軽かった。

 初めて過ごす異国の地の夕暮れは、思う以上に彼の心を軽くしていた。

 

 

 

 しかし、そんな彼の気持ちは、一気に暗転する事になる。

 ――とある店の一角で、騒ぎが起きていた。

 「おい! てめぇ!」

 「や、やめろよ! 非武装地域だろ!」

 「るせぇ! こんなふざけた物出しやがって!」

 「ま、間違えただけだろ! アースダラーでよければ――」

 アスランがその騒ぎを覗き込むと――店主の手には、ザフトの軍票が握られていた。

 掴まれている男は、ザフトの兵士で、うっかり支払いに軍票を出してしまい、店主の神経を逆なでしてしまったようだ。

 「見逃してやれよ、ザフトが本気出したら! このドーム・ポリスなんて」

 「料金、払ってくれるんってんだろ?」

 周りの人間が、その男を必死に止めるが、店主は聞き耳を持たなかった。

 「――コイツらのせいでウルグスクはダメになって、俺はこんな所でその日暮らしをするハメになったんだぞ! 

  それなのコイツは舐め腐って、こんなところまでノコノコ遊びにきてやがる! こんな屈辱があるか――」

 

 この街には、ザフト兵も時折休暇に来ているのが周知の事実であったが、

 店主はいざ目前に、その相手がハッキリと現れてしまったが為に、溜まっていた感情が爆発し、歯止めが利かないようであった。

 彼は拳を振り上げて、ザフトの兵士らしき人間を殴ろうとする。

 しかし、

 「調子に乗るな! ナチュラルのサルが!」

 ザフトの兵士は、その手を取り、逆に店主を投げ飛ばした。

 「ぎゃぁあああ!」

 店主は市場の石畳に叩きつけられた。

 そして、うーんと唸り声を上げると、そのまま動かなくなってしまった。

 

 「おい! 大丈夫か!」

 「い、いくら、なんでも……」

 「ひどい……」

 

 すると、今度は投げ飛ばした側の兵士が、周りの人間から避難の視線を浴びる事になった。

 

 「あ……」

 兵士が後ずさりをするが、もう遅かった。

 「サル呼ばわりしたぞ! あの男!」

 「逃がすな! 血祭りにしろ!」

 

 ――そして、周りの人間たちは一斉にザフト兵士を追い立てた。

 手当たり次第に物を投げる者、ザフトの兵士を捕まえて殴ろうとするもの。

 

 

 市場は狂騒に駆られた。

 

 「――ひ、ひぃいっ……!」

 兵士が悲鳴を上げた。

 流石に、多勢に無勢であった。

 兵士は地べたに倒され、無茶苦茶に蹴り飛ばされ、踏まれ、棒の様なモノで殴りつけられた。

 

 

 「……こんな――!」

 アスランは、どうするべきか迷った。

 だが、あの兵士――同じコーディネイターの男――このままでは死んでしまうのではないか――。

 

 いいのか? そんなことが許されて――だが、今自分が名乗り上げれば、自分もまたあの男と同じようになるのではないか?

 

 様々な思考がアスランの頭をよぎった。

 だが、それでもアスランは叫ぼうとした。

 

 

 

 「やめっ――!」

 

 「おやめなさい!!」

 

 アスランとは、別の声が大きく響いた。

 振り返ると、帽子を被り、深い紫のセーターを着た少女が居た。

 先ほど投げ飛ばされた店主を介抱している。

 

 ――店主は意識を失っていたが、死んではいないようだった。

 

 

 「おやめなさい。 その方一人、殺めてなんになるというのです」

 

 帽子の奥に、桃色の髪を結わえた少女――彼女はまるで、気品に満ちた女王のような声で、民衆を制していた。

 

 「な、なんだあんた――」

 「じゃ、邪魔するなぁああ!」

 

 一瞬、少女の声に止まった民衆であったが、一度暴徒と化した人間たちである。

 あろう事か、少女に向けて物を投げつけるものまで現れた。

 

 ――石が少女の顔に向けて飛ぶ。

 「あっ!?」

 ぶつかる――っとアスランは思ったが、少女は、素手でそれをキャッチしていた。

 

 「俗物……」

 

 少女が小さな声で、何かを呟くと、石を投げつけた方を見て睨む。

 

 ――少女のあまりの迫力に民衆は引いた。

 

 少女がまるでモーセのように、民衆を二つに割って道を作る。

 地面にうずくまるボロボロのザフト兵に駆け寄った。

 「しっかりなさって?」

 「うっ……ああっ……」

 「立てますか?」

 「あっ……」

 

 と、街の向こうから、このザフト兵の仲間だろうか――こちらを伺う男が二人ほど居た――。

 

 「お行きなさい?」 

 「――は、はい」

 「ただし――軍に戻ってもお忘れなきよう。 貴方もまた、このような憎しみに巻かれているのだと」

 

 少女は、最後に強い視線で、ザフト兵の目を見た。

 ……ザフト兵は、無言で、仲間らしき男たちの下へ逃げていった。

 

 

 

 

 

 

 「お、おい! このガキ――どういうつもりだ――」

 「このアマもコーディネイターじゃ!」 

 「やれ――ヤッチまえ――!」

 今度はその矛先が少女に向かう、

 

 すると――少女が、何かに気が付く。

 「ブルーコスモス……?」

 

 ――拳銃を持った男が、少女に迫っていた。

 咄嗟に、少女が身を翻す。

 

 バァアン!!

 

 銃声が市場に鳴り響く。

 

 「ひぇええ!?」

 市場が今度は混乱に包まれた。

 流石に、銃を使おうというものは暴徒の中には居なかった筈だ。

 全く別種類の暴力に、民衆はパニックに陥る。

 

 (アレって、聞いた事がある、コーディネイターを狩る、過激派団体――)

 アスランは、咄嗟にそれが、ブルーコスモスだと分かった。

 

 ブルーコスモス――それは自然保護団体に端を発し、遺伝子改良を全面的に否定する一種の思想・イデオロギーを持つ集団、主義者達の事である。

 特定の団体ではなく、そういった主義・思想を持つ人々たちが次第に勢力として集まり、そういった人々の総称として呼ばれる事になった。

 

  反コーディネイターの思想が高まる地球に於いては、現在、最も勢いのある圧力団体でもあった――。 

 

 「恥を知らないのですね……全て殺してしまえばよいと思っている……」

 

 しかし、少女は全く動作ず、どうするべきか思案していた。

 ――動いたのは、アスランの方が早かった。

 

 「君! こっちだ!」

 アスランは、少女の手を取った。

 「!? あなた――わたくしは!」

 「あいつら――話のわかる人間じゃない!」

 

 アスランは、無理やり少女の手を取って、一目散に市中へと逃げた。

 

 

 

 

------------------------

 

 

 アスランは、少女の手を握ったまま、ポリツェフを駆け回り、あの場から逃げ去った。

 一瞬の事だ。

 アスランの姿形まで覚えられては居ないだろう。

 

 

 もう、大丈夫な筈だ。

 

 一先ず、アスランは仲間達の居るところまで向かう事にした。

 理由を話して、一先ず安全なところまで匿ってもらおう。

 万が一、少女を狙うような者が居たとしても、地球軍のジープならば、あの過激派たちも襲ってこないはずだった。

 

 「ありがとうございます」

 「いや……」

 「もう、大丈夫ですわ。 ごめんなさい、貴方まで巻き込んでしまうところでしたわ」

 少女はアスランに礼をした。

 「――いえ、俺のことは。 君こそ、凄いな。 あの状況であのコーディネイターを助けてしまうなんて……」

 「いえ、あなたこそ……止めようと為さいましたね?」

 少女は、アスランの方を見た。 

 「あらあら? まあ! 前にもこのような事をあった気がしたのですよ……」

 ふと、少女は帽子を取った。

 「君は……!」

 

 アスランは少女の顔を見て驚愕した。

 

 ――彼女はあのヘリポリスで見た顔。

 「貴方は素晴らしい方ですわ、正義を為そうとし、そして……二度も私を助けてくださいました」

 カトー教授の研究室に居た、あの少女であった。

 

 

 

 「――ありがとう、このご恩も、生涯忘れませんわ」

 

 それは、運命の――少なくとも、彼女にとってはそうだった。


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