機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 21 「月下の狂犬」

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『今戦っている敵はエースパイロットなのだという。

 月下の狂犬という異名を持つ、モーガン・シュバリエ。

 聞いた名前の気がするが、覚えてないという事は、忘れたがっているということにしておこう』

 

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 モーガンの母船、レセップス級地上戦艦 寒冷地改修型『バルテルミ』。

  

 ――その隊長室。

 

 部下の女性隊員が、補給されたモビルスーツの資料を持って訪れたところ、

 モーガン・シュバリエは、宇宙でのイージスの戦闘を録画した映像を見ていた。

 

 「失礼します――これは、イージスという機体の戦闘の様子ですか?」

 「ああ、作戦前にもう一度確認しておきたくてな――しかし、凄まじい」

イージスの鬼神の如き戦いぶりが其処には映し出されていた。

 サイ・アーガイルが負傷した際の戦闘の映像であった。

 

 「ホルクロフト。 俺は以前にも一度だけ、こんな戦い方を見た覚えがある」

 「え?」

 「まだ、ザフトが軍隊の体を成してなかった頃だ」

 とモーガンは語り始めた。

 

 「連合のモビルアーマー部隊と、出来たばかりのモビルスーツ部隊がカチ合わせたことがある」

 「――公式発表より以前にモビルスーツ戦闘が行われていたという……あの戦闘ですか?」

 「ああ、そのとき俺は教官兼、指揮官でな? あの時も酷かった。 敵は、あの第八艦隊の一部隊でな。 艦3隻とモビルアーマー20機超を要する大部隊だったが、こちらは10機のプロトタイプのジンとローラシア級と輸送艦一隻ずつで――結局生き残ったのはズタボロのローラシア級とジン二機だけだった」

 「しかし、その戦いは確か、隊長の采配のお陰で敵軍を一機も漏らさず殲滅できたとか……そのためモビルスーツの機密は漏れることなく、その後の作戦を遂行できた……と聞いておりますが」

 「フン……俺は何もしていないさ。 やったのはその二機。 グゥド・ヴェイアと、アレックス・ディノの乗った機体だった。 二名とも今は死んでるがね」

 

 グゥド・ヴェイア。

 開戦初期のザフトを支えたエースパイロットで、血染めの英雄と呼ばれた伝説の兵士である。

 赤くペイントされた機体に乗り、多くの戦果を挙げた。

 ザフト・レッドの制服が、アカデミーの優秀者と、特務隊に送られるようになったのは、彼の栄誉を称えてのことだった。 

 

 そしてもう一人、アレックス・ディノ。

 パトリック・ディノの息子――テロで死んだと聞いたが、生きていれば、優秀な兵士となっていただろう、とモーガンは思っていた。

 

 「SEED論……遺伝子を残そうとする生命の覚醒。 ジョージ・グレンが熱心だったニュータイプ論にもう一度火が付いていた頃だった。

 ディノ委員長は、そういった戦場で異常なほどの覚醒状態を保てる兵士たちを”種子を持つもの(ハイヤーシード)”と呼んでいた」

 「まさか、相手はナチュラルですよ? あの、イージスに乗っているパイロットがそうだと?」

 部下がいった。

 

 「いや……。 ただ、そういう敵が相手となる、と思うようにしているのさ。 でなければ、俺は只の負け犬だよ」

 

 

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 「イージス・プラス計画?」

 「他の4機が盗まれちまったからな、急遽組み直された、イージスの強化プランだ」

 

 ドックでミゲルが、アスランに武装の説明をしている。

 「A型、B型、C型の用途に応じた武装を使い分ける。 それぞれの部品を組み合わせて利用もできるし、やろうと思えば全部乗っけられるぞ。

  ――まぁ、そいつぁ大気圏内じゃ重すぎるがな。今回はクルーゼ大尉の指示でC型の特殊兵装を装備している」

 アスランはイージスを見た。

 イージスの頭頂部にある、鶏冠の部分に、追加パーツが装着され、額のブレードアンテナも、縦に二本新しく取り付けられている。

 肩の部分にも追加装甲のようなものが施され、背中にも大気圏内用のブースタが取り付けられている。

 しかし――。

 「見たところ、アンテナの形が変わっているところ意外は、普通の装備のようだが……」

 「んふー。 ところがどっこい……ま、説明するからコクピットに上れよ」

 「ああ……」 

 「クルーゼ大尉のスカイ・ディフェンサーもようやく調整が済んだからさ……連携してやることになるんだけど」

 アスランとミゲルはコクピットから下げられたリフトに登った。

 

 

 

 

 

 「――がんばるねぇ、彼」

 その様子をドックの隅から見ていたラスティが言った。

 「アスラン、まだ体調が戻ってないのに」

 ニコルが心配そうに言った。

 「……なんどか話してるんだけど、時々ボーっとしてるし。 アイツ、その内ストレスでおかしくなっちまうよ?」

 「ええ……僕たち全員、アスランには頼りっぱなしで」

 

 アスランは、働きづめだった。

 モビルスーツの整備に、調整。 ジン・タンクの改造。

 彼の技術者としての技能がそれだけ素晴らしいということでもあるが。

 

 「……イザーク、彼女貸してあげれば?」

 「な!? 貴様!」

 「ん、まあマジメな話さ。 そーいうのも必要かもって事」

 「な……ンム」

 イザークが黙り込んだ。

 「――ア、悪い悪い! ……ま、今は俺たちも出来る事やって、セーゼー、手伝ってあげましょ?」

 ラスティはジン・タンクの方へと向かった。

 「……待てよ! 操縦の続きを教えろ!」

 

 イザークもラスティと一緒に向かった。

 

 

 「イザークまで……僕も、しっかりしなきゃ――」

 仲間達が、どんどん戦争へとのめりこんでいってしまう。

 ニコルは、そんな彼らを見つめるしか出来なかった。

 でも、見つめ続けていなければならない。 そんな使命感みたいなものも感じていた。

 

 

 ニコルがそんな事を思っていると、ディアッカがドックまでやってきて、皆に呼びかけた。

 「おい! ユーラシアからデータ通信があったぜ! 何日か前のプラントで流れた映像らしい」

 「え……?」

 作業中だったアスランもその声の方向に思わず振りむいた。

 

 

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  ディアッカが、艦内放送用のモニターをつける。

 アスランやミゲルらメカニックも、作業の手を止めて、モニター前に集まった。

 「この間の追悼式典の映像らしいぜ」

 ――そこには、ディアッカの言ったとおり、血のバレンタイン犠牲者への追悼式典の映像が流れていた。

 

 (父上……!?)

 アスランは目を丸くした。

 モニターの中には、彼の父――パトリック・ディノが映し出されていた。

 

 

 アプリリウスの慰霊碑の前に作られた演壇に、パトリックは登った。

 

 マイクを前に、鋭い目をして、軽く息を吸ってから、彼は弁を始めた。

 

 

 『――あの痛ましい悲劇から、1年の時が経過しました。

  しかし、事態は解決は愚か、ますます戦火は広がる一方です。

 

  あの日、連合の卑劣な核の炎によって、プラントの一つが破壊され、

  多くの尊い生命が失われました。

 

  それ以来、我らは一丸となって、連合の暴挙に抵抗して参りました。

  されど、可能な限り平和的な解決を! 母なる地球に住む彼らを、我らが祖として思うがこそ!』

 

 

 

 「――ずいぶんと、上から目線だな」

 その映像は艦内放送で艦全体に流されていた。

 ブリッジで、その演説を見ていたバルトフェルドが思わず漏らす。

 「ええ……」

 ダコスタもうなずいた。

 

 我らが祖と思う――それは、自分たちとは異なる”種類”として思う。

 人間がサルを原人と呼んで区別するかの如くである。   

 ダコスタは、その演説から透けてみえるパトリックの思想に嫌悪の表情を浮かべた。

 

 

 

 『にもかかわらず! 地球連合は未だに我らを虐げ! 暴圧しようとしている!

  しかし、我らは決して屈してはならないのです!

  それはザフトがあるということです! 地球連合の横暴を決して許してはならない!』

 

 「ザフトがあるって……」

 やる気マンマンだな、とミゲルは思った。

 

 「コペニルクスや世界樹の事は棚に上げるか……精々思いあがるがいいさ……」

 スカイ・ディフェンサーのメンテナンスをしながら、クルーゼはパトリックの演説を冷笑した。

 

 

 

 『もともとは、地球連合が浅ましくも、貪欲に我らの技術を求め、資源を欲し! プラントから不当に搾取せしめんとした事に起因があります!

  かかる仕打ちをなんと言うでしょうか!? それは、植民地からの搾取! 収奪に他ならない!!

  プラントは地球の植民地として作られたのではない! 我らコーディネイターが未来への! ――いえ、人類全体が新世界を創造する為に作られた基地であったはず!』

 

 

 「これが……敵……?」

 イザークは、その演説を見て呟いた。

 

 アスランは、それを聞いて視線を落とした。

 アスランの肩が、自然と震える。

 

 

 

 『しかし、地球連合は贖罪せぬばかりか、食料の自給自足の禁止など、一方的な束縛を強いてきました!

  そもそも地球連合に属する国家は何の為に在るのかっ!? コズミック・イラとなってからも、

  互いの権力闘争に興じ! 日に日に資源を枯渇させ! 一方で徒に人口を増大させ! 

  我らにその肩代わりをさせようするその厚顔無恥な存在は、もはや単に重荷であるだけの圧制者でしかない!!』

 

 「――これ、追悼式典ですよね?」

 「戦意を煽動しているようにしかみえねえ――決起の演説だぜ、こりゃ?」

 過激なパトリックの演説に、ニコルやディアッカも眉を潜める。

 

 

 

 『しかし、彼らがその様な愚行に出ているのは何故か! 

  我らが恐ろしいからです! 我らに取って代わられるのが怖いからです!

  故に、地球連合は我らをあらゆる方法で縛りつけようとしている!

  宇宙の片隅においやって、支配しようとしている!

  ――我々とて、戦いたくて戦っているのではない!

  しかし! 鎖と隷属の対価で購われるほど、命は尊く、平和は甘美なものでしょうか!?

  否ッ! この宇宙に生きる生命の尊厳に掛けて、断じてそうではない!

  他の人々がどの道を選ぶのかは分かりません! 

  しかし! 私について言えば、私は自由を求める! そして正義を求める!

  然らずんば死を! 

  故に、私は、この宇宙に生きる、未来と、歴史と、生命と、自由と正義に、この身を捧げる所存です!

  わが身、我が死――ザフトの為に!』

 

 どっと、会場が沸いた。

 

 

 「おっ……!?」

 余りの迫力に、イザークが息をのんだ。

 

 

 

 

 ――パトリックがそう思うか思わざるかは分からなかったが、見事な戦意の鼓舞であった。

 熱狂が、追悼式典を包んだ――。

 

 

 

 ”ザフトの為に!” ”ザフトの為に!”

 

 シュプレヒコールが、ザフト側関係者から相次いで行われる。

 それを見た最高評議会議長、ウズミ・ナラ・アスハが顔をしかめている。

 

 

 「プラント――今こんななの?」

 「この場面だけ見るなら、地球の軍事政権と変わらんな」

  ラスティとイザークがいった。

 

 

 (父上……!!)

 アスランは画面から目を背け、ドックから出て行った。

 

 「え、アスラン!? ……どうしたんだろ」

 ニコルがアスランの背を目で追った。

 「元はアイツもプラントの人間だ……面白いことではないだろう」

 イザークが言った。

 

 しかし、ニコルにはそれだけではない、何かがあるような気がして、釈然としていなかった。

 

 ラスティもそんなアスランの様子を、ちらりと目で追っていた。

 

 

 

 

 「あっ……」

 と、ニコルは、再度画面に目を落とした。

 ダークグリーンのスーツを着た、カガリ・ユラ・アスハが登壇したからだ。

 

 

 『まずは、皆さんと一緒に――犠牲者の方に心からの哀悼の意を送りたいと思います』

 カガリは、そっとささやくような声で言った。

 パトリックとは対照的である。

 

 『別れは……悲しい事です、故に――』 

 カガリは、祈るように、犠牲者への、戦没者への想いを黙祷した。

 

 ――シュプレヒコールで沸いていた、会場の熱が、そこで一旦冷める。

 

 「……やるじゃん、あの姫様」

 「そうですね……」 

 ディアッカの言葉に、ニコルがうなずいた。

 

 パトリック・ディノの顔が画面に映し出された。

 

……表情から、その全てを伺う事はできないが、

 パトリックの顔には、政敵の娘に対する敵愾心が何処となくあふれているようにニコルには見えた。

 

 

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 「父上……!」

 誰もいないところまで来ると、アスランは壁を殴った。

 「まだ、戦おうと……言うんですか! あなたは!」

 

 言いようの無い怒りと失望が、アスランを包んだ。

 「なんで、そんなに戦いたいんですか……俺は!」 

 

 

 

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 旧暦の時代に、食い尽くされた、資源の泉。

 

 モーガン・シュバリエはアークエンジェルを待ち伏せる為に、そこに陣取っていた。

 

 「鉱山の穴がモビルスーツを隠してくれる……ザウートは雪の中に隠せ」

 「ハッ!」

 

 部下たちが、手際よく待ち伏せの為の準備を進めていく。

 「シュバリエ隊長! ラミアス司令からの補給です!」

 と、部下の一人が補給品のリストを持ってきた。

 「ほう……これは……間に合わせてくれたのか、マリュー・ラミアス」

 

 モーガンは、補給物資を届けてくれた艦に足を進めた。

 

 「――隊長専用にカスタマイズされた機体です」

 「うむ……」

 

 そこにあったのは、強化されたバクゥだった。

 モーガンのアイディアを取り入れ、細かい調整と改造がなされている。

 

 「専用機なんてのは、不合理だと思っていたがな……アレだけの敵相手では、こういうのも必要だろう」

  

 モーガン側の戦力は、バクゥ5機。 ザウート4機。 ジンが4機とグゥルが2機。ホバートラック2台、陸上戦艦 1。

 十分にアークエンジェルを仕留められる戦力であるとモーガンは思った。

 

 「さて、狂犬(マッド・ドッグ)部隊の諸君……あのお御足に喰らい付くぞ!」

 

 モーガンは吼えた。

 

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 パイロット用のロッカールームに、アスランとクルーゼは詰めていた。

 ノーマルスーツに着替えながら、クルーゼはアスランに話し始めた。

 

 「もう間もなく、敵が待ち伏せていると推測されるポイントに付く。 作戦を説明するぞ」

 「はい!」

 「……どうした? いつになくやる気だな」

 妙に返事が早く、声に力が篭っている。

 そんなアスランの様子に、クルーゼが訝しげに言った。

 「いえ、そういうわけでは?」

 「……? 無理をするなとも言えんが、平静は保つようにな」

 

 アスランの肩をクルーゼが叩いた。

 少しばかり、鬱陶しげにアスランはクルーゼの顔を見る。

 「――大尉は、何故戦うんですか?」

 アスランは、前にも聞いた質問をクルーゼにした。

 「突然だな? 前にも話したと思うがね?」

 「イザークも……ラスティも、みんな戦う理由がある、亡くなったレイ・ユウキ提督も」

 「――それで、私の戦う理由を聞けば、君が戦う理由も――”口実”も見つかるのかね?」

 「!? それは――」

 アスランは、クルーゼの思わぬ言葉に絶句した。

 

 「君は疲れているようだが……それだけではないな」

 「え……?」

 「君は、疲れ果てている。 だが、それでも戦場に立っている。 最初は私も艦長と同じ、友人への責任感からと思っていたがね」 

 「俺は、ただ……!」

 「私には、君は戦う理由を求めているように見える――しかし、その理由が自分でもわからんのではないか?」

 「……」

 「……君は何者だ? アスラン・ザラ?」

 今度はクルーゼが、アスランに以前も聞いた質問をした。

 

 「大尉……」 

 

 なんども、逃げたくなった。

 立ち上がれなくなるほどに。

 それでも、本当に戦いを拒否することは無かった。

 なぜか?

 アスラン自身にもそれは分からなかった。

 

 

 

 

 だが――今は……おぼろげながらアスランはその理由が見えた気がした。

 

 

 

 

 (父上……!)

 

 

 ずっと、彼は父の呪縛から逃れられていないのだ。

 アスランは、俯いて、ぐっと拳を握った。

 「……今は、コレまで通り、友人を守る為に戦い給え」

 その様子を見てか、クルーゼがアスランにそっと諭した。

 

 大尉、とアスランが顔を上げてクルーゼの顔を見た。

 

 

 彼は余計な詮索をしない。

 アスランの目の前には、到底伺い知れない、サングラスに隠れた彼の瞳があるだけだった。

 

 

 

 「――では、いいかな? 敵の狙いは恐らく……」

 クルーゼは、そのまま作戦の説明を始めた。

 「はい――」

 アスランも、パイロットスーツを身に着けながら、その説明に耳を傾けた。

 

 

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 「アスラン? 調子はどう?」

 イージスのコクピットに座ると、ラスティが声を掛けてきた。

 「クルーゼ大尉の指示通りコッチも動くからさ……面倒見てね、イージスで」

 「ああ……任せてくれ」

 「およ?」

 アスランの強い返事に、ラスティが、素っ頓狂な声を上げた。

 「どうかしたか?」

 「いんや……まあ、気をつけてね」

 

 

 

 ガン・ガランからポリツェフドームに至る途中、針葉樹林の森(タイガ)がプツリと切れる。

 鉱山開発された地区にアークエンジェルは突入した。

 

 「イージス・プラスのC型装備は司令官型装備(Commander)だ。イージスの持つ指揮官機としての能力を更に発展させている。 やり方はもう大丈夫か?」

 出撃前のアスランに、ミゲルが無線で聞いてきた。

 「わかっている」

 「システム展開中はOSに負担が掛かりすぎるから、動作が重くなる可能性がある。 下手したらイージスの動きが止まるから、くれぐれも注意してくれ」

 

 

 

 

 「――アスラン、この先に待ち伏せするポイントがあるとすればどこか分かるかね?」

 と、今度はクルーゼから通信が入った。

 「鉱山のあったところですか?」

 「ああ、あの穴にモビルスーツを隠すのが、有効な戦法といえるからな」

 「その敵の、裏を掻くということですか?」 

 「艦長のアイディアだ。 ザフトはスタンド・アローンのモビルスーツ戦闘に長けている――が、それは各個戦力の集まりに過ぎん。 C型装備のレーダーと、スカイ・ディフェンサーでB型装備――筒をこちらがやる。 目は頼んだぞ」

 「筒と目ということは……狙撃ですか? ビームで!?」

 「B型のスマート・ガンと――君ならできるさ?」

 クルーゼはそういうと、通信を切ってしまった。 

 

 アスランは、その言葉を聞いて、もう一度レーダーや装備の準備を始める。

 

 

 (ミラージュ・コロイド・モーショントラッカーOK・ヒートシーカー準備、スーパー・アクティブ・ソナー準備……システム、クルーゼ大尉のスカイディフェンサーにチェック、B型をリ・ドッキングする際には一部レーダーは解除……)

 

 ――地球軍が作り出した、イージスの装備はかなりのものであった。

 

 (――コレをナチュラルが……か、なら、本当は振り回されているのはザフトなのか……?)

 

 と、チェックを終えたアスランの元に、仲間達から次々と通信が入る。 

 ここ最近、元気のなかったアスランを心配しての事だった。

 

 「アスラン、此処をくぐりぬけられたらキャラオケだぜ!」

 「アイマン軍曹……了解です」

 「アスラン! こっちもお前の”目”からの情報は全部モニターする、クルーゼ大尉にもバッチリ渡すから、安心してくれよ」

 「ディアッカ……頼む」

 「あのよ、ポリツェフに付いたらなんか上手いメシでも食いにいこうぜ――あとは女の子でもアサりにさ」

 「え?」

 アスランが聞き返した。

 「たまにはさ? ……今日のお前、なんか気張ってるぜ?」

 「そんなことはないさ……」

 アスランは、モニターのディアッカからまた目をそらした。

 彼は人間関係に淡白に見えて、こういうところに敏感なのだ。

 「……それじゃ付き合えよ?」

 「ああ――」

 

 アスランは、息を吸った。

 

 

 「イージス、発進準備完了、どうぞ!」

 

 

 

 「アスラン・ザラ――出るッ!!」

 イージスが、月下に舞う。

 

 

 

 

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 冬のシベリアの日暮れは早く、あっという間に太陽が隠れる。

 

 

 月の明かりがおぼろげに、アークエンジェルを照らしていた。

 

 

 

 

 その輝く月に導かれるように、”巣穴”から、狼たち――いや、狂犬たちが顔を出した。

 

 

 

 

 

 「ザウート隊、準備――」

 モーガンが無線で指示を送る。

 

 

 

 と――。

 

 

 「いや、イージス! ――単機で降りてきた?」

 

 モーガンが構えた。

 

 イージスが、アークエンジェルから出撃し、地上に降下する。

 

 

 

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 十キロほど、アスランのイージスが先行し、アークエンジェルはゆっくりとその後ろを追った。

 ――轟々とした、アークエンジェルの飛行音が鳴り響いていたが、辺りは静まり返っているようにアスランには見えた。

 

 

 アスランは、バーニアを噴射し、そっと地上に降り立つ。

 時間を掛けて調整したおかげで、以前のようにバランスを崩す事は無い。

 

 

 ――イージスが地上に降り立つ、その様子を、モーガン・シュバリエも見ていた。

 バクゥの機体自体は、イージスの周りに数十はある、廃坑の穴倉に隠れているが、

 地上で同じく雪原の中に隠れているホバートラックのカメラが、イージスを見張っていた。

 (やはり、か――)

 

 イージスがしっかりとした動作で大地に降り立つのを見て、モーガンは前回しとめられなかったのは痛手と思わざるをえない。

 だが、しかし、それも対等の立場になったに過ぎない、とモーガンは思った。

 

 (装備が違っているな――)

 前回とは異なり、大気圏内用のブースターらしきものを取り付けているほか、ブレードアンテナの形状も変わっている。

 局地専用に換装してきたのだろうか?

 (――先にヤツだけ出てきたのは、予想通り――だが――)

 

 臭うのだ。

 

 恐らく敵は、奇襲を警戒し、先に索敵の意味も兼ねてモビルスーツか偵察機を出してくる。

 そこまでは、読めていた。 問題はその後。

 (ここで――仕掛けるか――いや)

 「隊長!」

 部下が通信してきた。

 「待て、慌てるな、作戦通り、足つきとモビルスーツを引き離してから、ザウート隊のいるエリアに足つきを運ぶのが役目だ」

 「ハッ!」

 「引き際は各自の判断に任せる。 深追いはするな、連絡を密に――あと、俺が退けといったら退けよ?」

 

 

 

 モーガンの作戦は、先にバクゥ隊をもって哨戒に当たるモビルスーツを攻撃。

 ――敵戦艦が退却した場合はこれをザウート――TFA-2/ザウート、ザフトで使われている砲撃専用機が待ち構えているエリアに追い込む。

 というものであった。

 

 敵戦艦がモビルスーツを援護した場合は、今度がこちらが退却する風を装って、同エリアに誘い込む。

 万が一、先の戦いのように予期せぬ敵の援軍、ないし装備があった場合は――。

 

 (――敵が、進路上、この先のポリツェフに向かう他無いのは分かっている。 最悪の場合は、廃鉱山の中に掘られた鉄道網を使って先回りする)

 と、なればこの作戦の要は進退のタイミングをどう計るか――ということだ。

 

 (何度も場数を踏ませたホルクロフトは大丈夫として、ヒヨっ子も多い――幸いアカデミーでみっちり訓練をつんだ連中だが――あとは俺次第か)

 

 こういうとき、ザフトの体制というのが少しばかり邪魔になるとモーガンは感じた。

 

 

 

 ザフトは個々の能力が総じて高いため、基本的には階級が無い。

 それぞれの知識レベルと判断力の高さから、指揮系統がある程度分散していても、問題が無いため、柔軟な戦術が取れるのだ。

 初期のザフトが義勇兵(ミリシャ)然としていながら、地球軍に早期から対応できたのは、そのような型に囚われない思考ができたからだ。

 

 しかしながら、軍隊というものは、命令を集団で遂行し、戦果につなげるものである。

 

 

 昔から、よく言われている言葉を、モーガンをこの戦争の最中何度も思い出した。

 

 

 

 『兵は働かない無能に限る、ただ命令を遂行するから。

  将は働かない有能に限る、楽をする為の最低限の努めはして後は兵に任せるから。

  参謀は働く有能に限る、作戦の準備を最善の状態まで行うから。

  そして、働く無能は迷惑だから軍隊に入れてはいけない』

 

 しかし――

 

 『一見すると、働く有能は参謀意外も務まるから、働く有能だけ軍隊に迎えれば良いように思える。

  しかし、働く有能は兵にすると将の言う事以上に動き、将にすると兵に任せず失敗する。

  働く無能と化してしまうのだ。 だから、働かないものを有効に活用するのが戦略である』

 

 ――ザフトの事ではないかと、思ったくらいだ。

 

 (思えば、ザフトは”軍隊”として見れば、効率的な面のみ優先してきたが、実際は強いのか弱いのか分からんところがあるな――)

 

 モーガンが、そう思えるのは、青年期以降の人生の全てをプラントの自警団――今で言うザフトの設立までに費やしてきたからである。

 

 

 

 

 

 モーガンは、既に壮年とも言える年に差し掛かっていた。

 

 まだ、出来上がってから半世紀も経ってないプラント――コーディネイター社会の中では、年長者の部類に入る世代であろう。

 彼は、地球出身の第一世代のコーディネイターで、ザフトに入隊する前も、地球で軍人をしていた。

 

 モーガンの両親は、息子をただ健康で優秀な人間にしたいと思って、遺伝子操作を行った。

 その両親は、彼が成人する前に病気で無くなった。

 

 そんなワケで、彼は手っ取り早く収入を得る為に、地球でも、その頭脳や肉体を活かして職業軍人をやっていた。

 若かった彼は、見る見るうちに地球軍でも頭角を現して、人類初の宇宙艦隊の設立にも深く関わった。

 

 ――しかし、彼は、地球軍に居られなくなった。

 理由は簡単だった。

 コーディネイターだったからだ。

 

 

 地球軍は彼を追い出しておきながら、いざ戦争が始まって彼がザフトに加わると

 ”飼い主に噛み付いた犬”と彼を罵った。

 

 彼にしてみれば、ザフトも地球軍も生きる手段でしかなかった。

 戦いの中に身を置く事は、彼の生を実感する事であったし、時代が求めることでもあった。

 

 彼は、軍隊というものに、自分の人生を重ねていた。

 勿論、コーディネイターとしてのアイデンティティや、ザフトという政治理念への共感は強くある。

 しかし――。 

 

 (結局、俺は負け犬になりたくないだけだ――軍隊をやるだけしか出来なかった人生で――それが生きがいというものだ)

 

 コーディネイターという歴史が始まって、最初の世代とも言える彼は、一種そういった同年の仲間に比べて、

 自身の境遇や人生に、ある種の引け目を感じていた。

 宇宙に出る選ばれた新人類であるはずのコーディネイターであるにも関わらず――彼は戦争や軍隊というものでしか生きてこられなかった。

 

 だからこそ、パトリック・ディノ達と一緒に、ザフトという組織を一から作り上げてきたのは彼にとっての生きがいとも呼べた。

 

 それが、彼の年齢や功績と反比例して、前線に立たせている動機でもあった。

 ――ザフトの上層に入るには、地球の軍隊にいた期間が長すぎる、というのもあったが。

 

 

 

 『前線に出るのは構わないが死ぬんじゃないぞ? 君は貴重なのだ――』

 

 

 

 開戦時にパトリック・ディノから言われた事をなぜかモーガンは思い出していた。

 

 

 

 

 しかし、今は勝つ事だけを考える。

 自軍の弱点、利点をモーガンは計算しつつ、イージスの様子を再度伺った。

 

 

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 (それにしても、イージス、何をしている――)

 イージスは、この前とは違い、バーニアで飛び跳ねることはせず、ゆっくりと歩を進めている。

 そして――

 

 「……?」

 

 イージスは突然、立ち止まると膝を付いた。

 そして、地面に掌を付いた。

 

 「――!?」

 モーガンは何かと思ったが、イージスはと言えば、その後微動だにせず、地面に屈んでいる。 と、その掌にあたる部分には、追加で装着されたと思われる、スパイクのようなものが付いていた。

 

 

ポーン、と機体に振動のようなモノを感じて、モーガンが咄嗟に仲間に叫ぶ。

 「!? 各員 動くな! ソナーだ!」

 「えっ!?」

 「ソナーですか!?」

 

 超音波を発し、その反射で物体の有無を確認する。

 海中探査に用いられるものだが、それと同様の装置を地上に突き刺すことで、音紋索敵用のアクティブソナーとなる。

 イージスに詰まれたものは、予め登録しておいた敵兵器のエンジンや駆動音を識別・分析する機能があった。

 

 「――クルーゼ大尉! 周囲にモビルスーツ5! 座標、機種、解析――大尉とアークエンジェルに送ります!」

 「了解、地下のモビルスーツの詳細な位置はアークエンジェルの解析を待つとして、周囲にトラックも2台か――そちらから行く!」 

 

 と、今度はクルーゼの機体――スカイ・ディフェンサーがアークエンジェルから飛び立った。

 

 「戦闘機!?」

 「見たことないタイプのようです!」

 

 偵察用に地上に出ていたホバー・トラックのパイロットが言った。

 そして――

 

 クルーゼは、アークエンジェルから飛びたつや否や、上空で、ザフトのホバークラフトに向けて大きく旋回した。

 そして、狙いを定めると、ビーム砲を発射した。

 

 シュバッ!

 大気圏内にも関わらず、クルーゼの狙いは正確だった。

 

 「イージスのビームライフルより出力が弱い筈なのに!」

 アスランは感嘆した。

 クルーゼは地上で放つビームの誤差も計算に入れて、射撃を命中させていた。

 

 バババッ!

 

 2台のホバートラックはビームの直撃を受けて次々に爆発した。

 

 と、モーガンたちが見ていた地上の映像もパタリ、と消える。

 「地上のカメラが止まった? トラックがやられたか!?」

 「た、隊長!」

 「……俺が地上に出る! お前たちは待機しろ! 位置が割れている可能性がある」

 「ハッ!」

 モーガンは、廃坑の穴から、専用のバクゥを出した。

 

 

 

 「ゼルマンから貰ったデータ、ここの地質ならば、仕留めることもできる――」 

 ホバー・トラックを仕留めたクルーゼは、再度上空で大きく旋回した。

 次の狙いはモビルスーツである。

 

 

 と、今度は地上に飛びだしたモーガンのバクゥが、アスランのイージスへと向かった。

 「――隊長機か!」

 ソナーを使う為に屈んでいたイージスは、すぐさま立ち上がり、咄嗟に後方に跳ねた。

 と、同時にモーガンも跳ねた。

 

 (噛み付いてくる!?) 

 バクゥの足が、雪原を跳ね飛ばして跳躍した。

 その動作は四足動物型とはいえ、あまりにも生物的で、アスランが”獣に噛み付かれる”という錯覚を覚えるほどだった。

 

 「ちぃ!」

 アスランはシールドを構えて――ビームサーベルを回避した。

 「ヘァアーッ!!」

 すれ違いざまにイージスもサーベルを振り上げる。

 

 「っ!?」

 すんでのところで、モーガンのバクゥも回避する。

 

 バクゥはイージスを飛び越えて着地すると、そのまま雪原を疾走して、イージスから距離をとった。

 イージスは格闘用のクローを展開すると、盾を構えながらジリジリとモーガンのバクゥに近づいた。

 

 モーガンのバクゥも、ビームサーベルの刃を短く展開すると、ゆっくりと、うかがうようにイージスの周りを迂回した。

 

 さながら、その光景は、獅子とそれを狩る部族の戦いのようにも見えた。 

 

 (――そうだ、こっちへ来い! ――戦闘機は――迂回しているな、こちらの母艦の砲撃でも警戒しているのか)

 

 ――モーガンのバクゥは引いた。 待ち伏せ地点までおびき寄せるつもりなのだ。

 

 「ジンを出せ! 足つきをケツから叩く! おびき寄せるぞ――来い イージス!」

 「逃げるか!?」

 

 

 モーガンが指示したとおり、イージスの後方を進むアークエンジェルの元には、雪原の中に隠れていた寒冷地仕様のジンが2機、グゥルという支援飛行機に乗って、現れた。

 

 「艦長! ジンが二機、後方に!」

 イザークが、バルトフェルドに敵機の反応があることを告げた。

 グゥルと呼ばれる飛行支援機に乗ったジンは、ライフルを構えて、アークエンジェルの後方にぴったりとついていた。

 「ドダイに乗っているのか! クルーゼ、戻れるか?」

 バルトフェルドは飛行するジンの迎撃の為に、クルーゼを無線で呼ぶ。

 『ああ艦長、こちらでも把握している――だが、この配置――艦長、恐らくは二段構えの待ち伏せだ。アークエンジェルは前進してもらえるか』

 「――なるほどな! 了解した!」

 

 

 

 モーガンのバクゥは、イージスを徐々に目標地点までおびき寄せる事に成功していた。

 (来るか、イージス! ――だが、なんだ、戦闘機がまだコッチにいる?)

 モーガンは、クルーゼのスカイ・ディフェンサーの様子を訝しんだ。

 バクゥがアークエンジェルの後方についているのに、そちらに戻る気配が無いのである。

 (足つきもこちらに向かっている――上手く行き過ぎているか? それにあのジンモドキは――積んでないのか?)

 

 「トゥェエーー!!」

 アスランが、イージスのシールドに新しく詰まれた武装に手を掛けた。

 「ヌッ!?」

 モーガンが警戒して跳ねた。

 

 トゥルルル!!

 「ビーム……ブーメランか!?」

 

 データで見たことある装備だ。

 X-105ストライクに積まれているのと同じタイプの武器――ビームブーメラン「マイダスメッサー」である。

 「こしゃくな! ぬおっ!?」

 ビシュウッ!

 バクゥがその攻撃を避けた瞬間を狙って、イージスが更にビームライフルを撃ってきた。  

 「やるっ! 上手い――が!」

 ――次の攻撃をモーガンのバクゥは読んでいた。

 ビームブーメランは牽制、ビームライフルでその隙を突く――と見せかけて、そこまでが牽制!

 

 「後ろからやる気かッー!!」

 

 ――投擲された、ビームブーメランは、弧を描いてモーガンのバクゥの背後へ向かってきていた。

 モーガンは真上にジャンプした。

 ――素通りしたブーメランは、その先にいたイージスの方へ向かう。

 

 自滅!

 

 と、モーガンは考えたが、そうはならなかった。

 イージスに接近すると、ブーメランのビームの刃は自動で消えて、イージスの手元に吸い寄せられるように戻った。

 

 「そうだろうな――!」

 そのような扱い辛い兵器を敵が作るはずもなかった。

 

 「チィッ、あのバクゥッ……!」

 巧にこちらの攻撃を避ける敵に、アスランが舌打ちした。

 エースパイロットと聞いては居たが。

 こちらの思惑が筒抜けである。

 

 

--------------------------

 

 

 「アークエンジェル側の解析完了――データ受信、敵はまだ動いていない――そろそろ、仕留めるとするか」

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーは、敵の位置データを受け取ると、旋回をやめて地上へと急降下した。

 

 クルーゼのスカイディフェンサーは、その機体の全長よりも長い、ビーム砲を装備していた。

 ――イージス・プラス計画で作られた、ビーム・スマートガンだ。

 本来はイージスプラスのB型装備に含まれている。

 B型は――砲撃仕様( Blast-TYPE)である。

 

 

 

 「フッ……狂犬の部隊か――が、地を這う犬も、空に舞う鷹には敵うまい?」

 

 

 スカイ・ディフェンサーはその装備を運搬、そして――併用できるようになっていた。

 

 

 「――そこだッ!」

 イージスから送られた、スーパー・アクティブ・ソナーのデータを元に、クルーゼは砲を放った。

 

 

 バッシュウウゥウウウウウ!!

 

 ビーム・スマートガンから、ストライクのアグニ、イージスのスキュラに匹敵するほどの火砲が放たれる。

 

 「っ!? 熱源!?」

 穴の中にいるバクゥのパイロットは叫んだ。

 「地面の上から――!?」

 

 ドカァアアッ!!

 

 クルーゼのビームが、”地表を貫き”、地下にもぐっていたバクゥを撃破した。

 「――仕留めた! アスラン!」

 「了解!」

 

 

 「戦闘機があんな砲を!? それに、やはり位置が割れている――バクゥ隊、シベ鉄を使って退避しろ!! 早く!」

 モーガンは、部下のバクゥの撃墜を知ると、残りのバクゥに退避命令を出した。

 「で、ですが!! 隊長一人にイージスを任せるなど!」

 「バカが! 退けといったらすぐ退けといったろうが!」

 

 ――このしばしの躊躇いが、残りのバクゥの運命を決めてしまった。

 

 「させんよ」

 クルーゼは、バクゥの逃亡を把握すると、急いで残りの機体へと向かった。

 

 

 「あ……うわっー!?」

 ドゥウウウ!

 廃坑の穴倉に隠れていたバクゥ達が、次々と、地面の上から狙撃され、撃破されていく。

 

 

 

 「隊長! バクゥが……! こいつら!」

 「ホルクロフト! 貴様は無事か! 貴様だけでもバルテルミと合流しろ!」

 「ハッ……!」

 (ええい――地上のNジャマー対策、ここで、この戦闘でか――)

 モーガンは歯噛みした。

 しかし、それで尚、諦めることは彼はしない。

 戦いとはそういうものだ。

 (が――ホルクロフトは逃げおおせた。 間もなく、バルテルミとザウート隊と合流。まだ足つきは仕留められる――)

 

 

 「アスラン――ソナーのデータからすれば前方20キロの地点にザウートだ! 恐らく敵の地上艦もあるだろう――例の作戦で行くぞ」

 「了解です」

 アスランは、敵の誘いに乗る風にして、バクゥを追い続けた。

 

 

 モーガンのバクゥは、背面にミサイルを背負っていた。

 ズババババ!!

 ミサイルを出来る限り発射し、イージスに向けて放った。

 

 「そんなモノ! ――しまった!? そういうことか!?」

 アスランは、敵の狙いに、気づいてシールドを構え、ブースターを吹かせた。

 しかし、少し遅かった。 

 アスランの視界は、ミサイルの爆煙と雪埃でさえぎられてしまった。

 

 最初から攻撃ではなく、視界を奪う事が目的だったのだ。

 

 「――いただいたぁああ!」

 

 ――モーガンのバクゥが、イージスに一気に飛び掛る。

 煙幕は自分の視界も潰してしまうが、モーガンは敵の位置を経験から予測、把握しすることが出来た。

 このような、大胆な戦術が、彼が”狂犬”と呼ばれたる所以でもある。

 戦士として、兵士として、四半世紀以上を軍人として、前線で戦ってきた、ただ独りのコーディネイターとしての経験がなせる技であった――。

 

 「大丈夫だ――C型なら見える!」

 しかし、イージスに積まれたC型装備は、索敵能力も向上されていた。

 「ヘァアアッー!」

 煙の中、バクゥの接近を、イージスは察知する。

 

 ――並のパイロットでは、把握しても動く事が出来ないだろう。

 アスランには、それが出来た。

 

 ザゥアアッ!!

 

 「なぁっ!?」

 アスランのビームサーベルが、モーガンのバクゥの前足を切り裂いた。

 「こ、こんな動きが……やはり、只者ではない敵だ!?」

 ――退く!!

 頭の中の理屈を飛ばして、モーガンは反射的に機体を引かせた。

 「逃げた!」

 アスランは、イージスをジャンプさせるようにバーニアを噴かせて、イージスを宙に飛ばした。

 

 煙幕の中から抜けて、モーガンを追跡する。

 

 

 

 (来い――コッチだ――!)

 

 

 モーガンが、ザウート隊と母艦、バルテルミが待機する地点まで段々と近づいていく。

 

 そして、イージスも。

 

 そして、また――

 

 「こちらアークエンジェル! ジンのヤツはしぶとい! クルーゼまだか!?」

  アークエンジェルも、サブ・フライトシステムである”グゥル”に乗った二機のジンに追われるようにして、その方向に近づいていた。

 

 (――やれる!!)

 

 

 後僅かで、バルテルミの有効射程圏内である。

 モーガンが勝機を感じた――。

 

 

 

 しかし、

 「アスラン、止まれ、この距離なら十分だろう――B型装備、パージする」

 「了解!」

 イージスは急に歩みを止めた。

 「ソナーで確認できた地点にレーザーポインターを打ち込む! 母艦も恐らく出てくる。 そちらは外すなよ」

 「分かりました」

 

 クルーゼのスカイ・ディフェンサーはビーム・スマートガンと諸々のパーツをパージした。

 アスランのイージスが地上でそれをキャッチする。

 

 「砲撃管制(Blast Control)モードに切り替え。 長距離射撃準備!」

 

 

 

 

 ――一方、モーガンの頭上を追い越して戦闘機が飛んでいく、クルーゼのスカイ・ディフェンサーである。 

 

 「バルテルミの位置がバレるか!? だが、あのビームがあったとしても、戦闘機程度――ザウート隊、出ろ! 撃ち落せっ!!」

 「出てきたか――なら」

 クルーゼが、姿を現し始めたザウート隊に向けてミサイルを放つ。

 ザウートはそれを難なく撃ち落した。

 しかし、ニ、三発、あさっての方向に向けて撃ったミサイルがあった。

 

 

 ――それはミサイルではなかった。

 敵軍の情報をイージスのC型装備の元へ届けるレーザー・ポインターだった。

 レーザーポインターは、先ほどアスランが使用したスーパー・アクティブ・ソナーと同様のものが搭載されていた。

 

 

 「――クルーゼ大尉のレーザーポインターから情報転送開始。 距離確認――ビームスマートガン、ブラストモード……このビームライフル、スキュラと同じ威力で狙撃が出来るのか……!?」

 アスランがコクピットのコンソールに表示された数値を見て驚く。

 

 ビーム・スマートガンは、メガ・ビームランチャーに狙撃用のレドームを取り付けた武装であった。

 

 ストライクのランチャーストライクに匹敵する火力と、条件さえ揃えばバスター以上の精密射撃が可能であった。

 

 地上でスキュラが使えないイージスの火力を補填する為に考案された装備である。

 

 ――スマート・ガンの砲身部が、エネルギー・チャージを始めた。

 そして、ビームの収束が始まる。

 

 「母艦から――撃つッ!!」

 数秒のチャージ・タイムを終えて、イージスのビーム・スマートガンが閃光を発した。

 

 

 ズブュウウウウウウウ!!

 

 収束された粒子の光線が一直線に光った。

 

 

 「なんだ!?」

 「――当艦に、長距離からビーム兵器!?」

 「宇宙空間じゃ無いんだぞ!? そんなバカな――グァわああアッ!?」

 

 バルテルミの艦橋に、ビームは命中した。

 艦橋に大穴が空き、爆発と、火の手が上がる。

 

 「――爆発でノイズが――エネルギーも再チャージか、流石にそこまで便利なモノじゃないか」 

 連射は不可能なようだった。

 アスランはすぐさま二射目のチャージに取り掛かった。

 

 

 「バルテルミが被弾!? くそッ!」

 『シュバリエ隊長! ど、どうすれば――!』

 「落ち着け! バルテルミは一時退避しろ! ザウート隊は一時坑道に――むっ!?」

 『うわああああああ』

 

 再度、モーガンのバクゥからもビームの光が見えた。

 今度はザウート隊が待機している方向に向かった。

 

 『――カノーネ1、カノーネ2大破!』 

 「なっ!? ザウートが!?」

 『敵の戦闘機が接近! カノーネ4被弾!! 大破!』

 

 敵に作戦が読まれていたのだ。

 ――初段の待ち伏せは恐らく予想はされていたが、二段構えでの待ち伏せが読まれてしまうとは……。

 「致し方あるまい! 貴様ら、俺がもう一度イージスに突貫する!」

 こうあっては、目標の変更が必要であった。

 

 アークエンジェルまでは、撃墜は不可能であろう。

 ならば、あのイージスだけでもと。

 『隊長! ガンナー1、ガンナー2、坑道から出て援護します』 

 『カノーネ3! まだ動けます! ザウートですがブースタを使えば! 隊長に追いつけます』

 

 「――貴様ら! まだ負けんぞ! たかが一機のモビルスーツ!! マッド・ドッグ隊が終わってたまるか!」  

 

 モーガンのバクゥはイージスから随分離れていたが、反転。

 イージスに向けて再び走り出した。

 

 足が一本切り落とされているため、無限軌道(キャタピラ)に切り替える。

 『隊長! ――あのイージスという機体、恐ろしい性能を持っています。 全員で一気にかかりましょう』

 「フ――ああ、久しぶりにゾクゾクしているぞ。 イージスだけじゃない、あの戦闘機乗りも大した物だ――」

 『カノーネ3はブースタでこちらに来い! ガンナー1とガンナー2は援護!!』

 

 

 

 

 ガンナー1とガンナー2と呼ばれた2機のジンは、寒冷地仕様に改修されたジンにスナイパー・ライフルを備えていた。

 

 

 その二機が、ブースタを使って加速しようとするザウートを援護した。

 ザウートを狙い撃たんとするクルーゼのスカイ・ディフェンサーを迎撃するのである。

 

 「チッ! ザウートを援護している……と、あれば、狙いを切り替えたか?」

 クルーゼが予感したとおりだった。

 

 

 (足つきはもう落とせん――イージスだけでも落とす――となれば)

モーガンはそう判断すると、すぐさま部下に連絡した。

 

 「バード1、バード2! 足つきの前方に回りこめるか!?」

 モーガンが、グゥルに乗ってアークエンジェルを追い回しているジンに連絡した。

 『シュバリエ隊長!? まさか、足止めしろって!』

 『あんなデカブツを! 追い出すとはワケがちがいますよ!』

 ジンのパイロットたちが任務に難色を示す。

 足止めするということは、敵艦の火砲の前面に出て、それを避けながら敵を牽制しなければならないということである。

 

 「――作戦変更だ! イージスだけでも潰す!」

 既に、頼みの綱であったザウートとバルテルミはやられていた。

 戦艦を撃破するまでの火力は最早、無い。

 

 だが……。

 

 (あれだけの高出力なビーム砲、モビルスーツや戦闘機が撃つとなれば、エネルギーの問題がある筈……間もなく、エネルギーが切れるとすれば――あのような敵、そこを撃ち逃さば、もうチャンスは無い!!)

 

 「――あの赤いモビルスーツだけは撃たねば! 狂犬(マッド・ドッグ)部隊は負け犬だ!」

 『隊長……! わかりました! やって見せます!』

 『文字通りの”足止め”でしょうかね? あの美脚へし折ってやる!』

 

 

------------------------

 

 

 「バクゥが――二機!?」

 アスランのイージスの元に、モーガンと――その部下、ミューディー・ホルクロフトの乗るバクゥが向かってきた。  

 

 「チッ! C装備停止! パージする!」

 

 アスランは針葉樹林の中に一旦、身を隠すとイージスにまとわり付いていた各種のレーダー解析装備を切り離した。 

 

 ――この装備は貴重品なのである。 予備が多く積み込まれたビーム・ライフルなどの装備のように使い捨てるわけにはいかなかった。

 

 アスランは針葉樹林の中から身を出すと――全速力でかけてきたミューディーのバクゥと鉢合わせた。

 

 「こいつぅうう!」

 

 ミューディーのバクゥが跳ねた。

 (――パワーも残り少ない、アークエンジェルと合流しなくては――)

 アスランはバーニアを噴かして、ビーム・ライフルは使わないようにバルカンでバクゥを牽制しつつ退いた。

 

-------------------------

 

 アスランが合流しようと目論んでいたアークエンジェルであったが、ジンが必死の足止めを行っていた。

 「あんなゲタ付きのジンくらい落とせ! ――クルーゼとアスランが敵戦艦を追い払った! もう撃ち落しても構わんぞ」

 イーゲルシュテルンが集中的にジンに向けて放たれる。

 「艦長! ジン・タンクが出る! 邪魔な連中、さっさとおとさにゃ、こんどはアスランがやられちゃうよ?」

 ラスティが通信でバルトフェルドに言う。

 「分かってる! マッケンジー伍長は出撃! 地上からジンを狙え!」

 

----------------------

 

 

 「うおおおおおお!」

 「――ザウート!? この速さで!?」

 一方、ブースタを使って加速したザウートが、一気にアスランの近くまで接近してきた。

 ザウートの大砲が、アスランのイージスを狙った。

 「チッ!」

 直撃すれば、イージスといえどもダメージは避けられないであろう、強烈な火砲が飛んでくる。

 

 「お前の相手はアタシだっ!」

 そして、それに呼応するかのようにミューディーのバクゥが牙を剥いてくる。

 

 さらに――

 

 「こんどこそぉッ!」

 モーガンのバクゥも更に迫る。

 

 

 (マズイか――?)

 敵の必死の反撃にアスランにも焦りが生まれ始める。

 

 

 バッ!!

 

 

 ミューディーのバクゥが跳ねた。

 その陰から、ザウートの火砲がイージスを狙う。

 更に――その二機の後方からは、モーガンのバクゥが三枚目の刃として向かってくる。

 

 ――ッ!?

 

 

 イージスが、盾を構えた。

 

 

 そのとき

 

 『アレックス!』

 

 (こんなときに? なんだ? 俺は何を思い出して――?)

 

 ――ふと、父の声が聞こえた気がした。

 

--------------------------

 

 ――そうだ、こんなこと、前にもあった。

 

 キラと戦ったとき、デュエルと戦ったとき――そして、初めてモビルスーツで人を殺したとき。

 

 

 ――父を、初めて恨んだとき。

 

 

 

 絶叫の記憶がアスランの脳裏に蘇った。

 

--------------------------

 

 

「――ッ!?」

 

 ビクッっとアスランの体が震えた。

 

 同時に――痛みが、アスランの体に走った――そうだ、戦わなくては――!

 

 痛みは、明確な思考となってアスランにフィードバックした。

 父が、父が強いたのだ。

 ……今、思い出した。 

 

 (敵――俺の――敵!)

 

 感覚が、鋭敏になっていく、アスランは感じた、あの時の力だ。

 あの時の力が、熱が自分を支配していく。

 

 アスランの中の、何かが弾けた。

 

--------------------------

 

 ――アスランは、ザウートの火砲を冷静にシールドで受けた。

 「防いだ!?」

 と、同時に、飛び掛ってくるミューディーのバクゥに向けてシールドの先端を向けた。

 「しまった!?」

 ミューディーが叫ぶが遅かった。

 イージスのシールドの先端は格闘用のスパイクのような突起が付いており、接近時には補助武器になった。

 

 グァアアアン!!

 

 イージスの首を刈ろうと、ビーム・サーベルを展開していたミューディーのバクゥだったが、喉仏に当たる部分に、クローをつきたてられ、百舌のはやにえのような格好で、串刺しになる。

 「ッ――!」

 と、アスランはミューディーのバクゥをそのまま盾にした。

 「ホルクロフト!?」

 仲間ごと切るわけにいかず、モーガンのバクゥはやむを得ずサーベルを展開せずに、三本の足で器用にバランスを取ってイージスから離れた。 

 

 「!!」

 ――アスランは、ミューディーのバクゥをうち捨てた。

 と、アスランはすぐさまバーニアを噴かせて跳んだ。 

 

 「あっ!?」

 

 ――ザウートのパイロットが気づいたときには遅かった。

 動きの遅い砲戦用の機体で避けられるはずもなく、イージスのサーベルによってザウートは両断されていた。

 

 「カノーネ3がやられたッ!? クソ! うごけぇ!」

 ミューディーは必死に操縦桿を動かした。

 かろうじて操縦系統は生きていたらしく、ミューディーのバクゥがゆっくり立ち上がろうとする。

 だが、

 「――!」

 奇妙な覚醒状態にある、アスランのイージスがそれを見逃すはずもなかった。

 バッ!

 アスランはシールドに装備されたビーム・ブーメラン、マイダス・メッサーを投げた。

 

 ズババババッ!

 

 バクゥの4本の脚部が弧を描くブーメランの軌道で、切断された。

 「ああ?! こんな! こんなぁあああ!!」

 雪原に倒れこむバクゥ。

 

 (! ――やらせるか! 部下を! これ以上!)

 モーガンのバクゥは、今度こそミューディーを救うべく、またも駆ける。

 

 しかし、イージスは間隙を与えず、先ほどミューディーの機体を串刺しにしたシールドの先端を、再度彼女のバクゥに向けた。

 

 バシュウ!!

 

 今度はブーメランではなく、シールド先端の突起が飛んだ。

 

 突起はスパイクになっているほか、ワイヤーが付いており、ウインチ・クローともなっている。

 ストライクやブリッツのワイヤー・クローを参考にした武装であった。

 重力下での戦闘においては、高所でぶら下がったり、モノを引っ張ったりするのに使用できるようになっていた。

 

 ギュルウゥウウン!!

 

 ワイヤーはミューディーのバクゥの首に絡まってクローが胴体に突き刺さった。

 「こんなの! こんなの! イヤァアアア!」

 ミューディーは機体が動かないパニックと恐怖で泣き叫んだ。

 

 「ゥェエエエエエエイ!!」

 アスランのイージスは、そのまま彼女のバクゥを力任せに振り回した。

 

 ブゥウウウウン!!

 

 

 「ヌゥッ!?」

 こちらに向かってきていた、モーガンのバクゥめがけて、まるでハンマーか何かのように振付けられる。

 (こっちの味方の機体を――なんてことしやがる!?)

 モーガンは、バクゥの姿勢を出来る限り低くして、それを避けた。

 が、

 

 メギメギギイイ!

 

 激しく金属のぶつかる音がした。

 アスランにぶつけられたミューディーのバクゥのボディが、モーガンのバクゥの背面のバックパックを滅茶苦茶に潰していた。

 

 

 ――が、かろうじてモーガンは直撃を避けた。

 

 「――貴様ァッ!!」

 「ッ!?」

  バクゥが跳んだ。

 

 アスランはワイヤーを絡めている為に、動作の邪魔になっているシールドを切り離した。

 ――ビームサーベルを二刀流で展開する。

 

 

 バババババ!!

 

 バクゥとイージスが組み合い、ビーム・サーベル同士が干渉し、激しくスパークした。

 

 「ぁああああああ!!」

 

 モーガンのバクゥは、イージスに覆いかぶさるようになっていた。

 アスランが、それを振り払おうと、イージスの膝蹴りをバクゥの腹に当たる部分に放った。

 

 グァアアアアン!!

 

 衝撃でモーガンのコクピットが揺れた。

 「ぐぅぬううう!」

 が、モーガンは凄まじい振動に耐えて――喰らい付いた。

 「ぐぉおおおおおお!!」

 バクゥがブースタ、キャタピラを使って、イージスに強引にのしかかる、イージスはそのままバクゥにマウント・ポジションを取られて、仰向けに倒される――。

 「終わりだ!」

 モーガンのバクゥには、チューバーから発せられる二本の横薙ぎ用ビームサーベルの他に、もう一つ武器があった。

 「!?」

 ――モーガンのバクゥの口元には、縦にもう二本、小型のビームサーベルが装着されていた。

 

 ブゥウン!!

 

 それは光の刃を発すると、まるで、サーベルタイガーの”犬歯”のような形になった。

 

 文字通り、敵に喰らい付く為の武装であった。

 

 「――チィイイイ!!」

 

 だが、アスランは冷静であった――。

 イージスは、思い切り足を振り上げた。

 

 ブァアアア!!

 

 「――あっ!?」

 モーガンが叫んだ。

 

 ――柔道で言う、巴投げのような格好になって、バクゥはそのまま振り払われた。

 

 「ぐぁあ! ――ぬぅああああああ!!」

 足を一本無くしているモーガンのバクゥは、受身が取れず、雪原で派手に転げまわった。

 

 グガガガガガガア!!

 凄まじい轟音を響かせながら、バクゥはのた打ち回り、やがて動きを止めた。

 

 

 

------------------------

 

 

 ――あたりが吹雪いてきた。

 月が、赤いイージスの機体を照らしている。

 ふと、モニターを眺めるアスランの目に、月の光が一際強くなった気がした。

 

 違った。

 イージスの機体色が変わったのだ。

 赤ではなく、白味のかかった灰色に。

 

 

 それが、月の光を赤より強く反射していたのだ。

 

 

 

 「切れたか! パワーがッ!」

 「――何ッ!?」

 

 

 グググ……。 

 

 アレだけ派手に格闘戦で痛めつけられて――なお、モーガンのバクゥは立ち上がろうとしていた。

 

 モーガンの居るコクピットの中は、惨い有様になっていた。

 先ほどからピー、ピーッと、殆ど全てのアラートが鳴り響いていた。

 機体は限界を迎えており、あちこち軋む音がコクピットの中まで聞こえてくるようであった。

 

 モーガン自身も――体中、骨折しているようであった。

 血も吐いていた。 さっきの凄まじい振動で内臓をぐちゃぐちゃにかき回してしまったらしい。

 

 が、モーガンは立っていた。

 

 「――こ、こいつ……もう、やめろ! もうやめるんだぁ!」

 

 

 アスランは――思わずイージスを退かせていた。

 その様子に、モーガンはほくそえむ。

 

 ――怯えている!

 

 「フッ――フッハハハハ! もう武器も! 逃げるだけのエネルギーも残ってまい!!」

 

 モーガンのバクゥは動いた。 動いてくれた。

 手負いの狂犬は、金属の皮膚の隙間から、血のような重油を撒き散らし、イージスへ駆けた。

 

 「クッ!?」

 アスランのイージスは、格闘用のクローを展開した。

 

 「それでは、バクゥを仕留められん!」

 

 今度こそは、と、モーガンは頭部に備えた”犬歯(ビームサーベル)”を再度展開させ、イージス目掛けて勢いよく跳躍する。

 

 

 ”グゥオオオオオ!!”

 

 それは、痛んだ機体が上げた駆動音に過ぎなかった。

 が、まるで手負いの犬が発した必死の咆哮にも聞こえた。

 

 

 

 「勝ったぞ!」

 

 

 モーガンは勝利を確信した。

 

 

 しかし――。

 

 

 「――!?」

 

 ズガアアアッ!!

 

 ビームの牙で、イージスの喉笛を貫いた――と、モーガンは信じた。 しかし、機体を貫かれていたのは、自分の方だった。

 

 「ガハッ!!」

 イージスが、格闘用のクローで――バクゥのボディを貫いていた。

 ――バクゥの突進力を利用しているため、深く、クローがボディに突き刺さっている。

 「カ、カウンターか……?」

 

 まさか、狙っていたのか――分かっていたのか。

 

 モーガンは、脱力した。

 勝てない、この敵は、自分の戦いの更に上をいってしまう。

 

 (こんな――戦い方――化け物め――)

 完全なる、敗北だった。

 

--------------------------

 

 

 「なんで――なぜそうまでして戦う!!」

  ――父のように!!

 アスランは、激昂した。

 

 

 

 「……?」

 刃を通して、イージスと接触しているため、

 アスランの嗚咽がモーガンの耳にも伝わった。

 

 

 

 「なぜ……そうまでして戦う!」

 

 

 この声は、とモーガンは思った。

 「――アレックス・ディノ……?」

 ――それが、嘗ての教え子の声に聞こえて、思わず、呟いた。

 

 

 

 「えっ……!?」 

 

 アスランもまた、その声にはっとする。

 父上?――とアスランは思ったが、それは父の声ではなかった。

 だが、しかし、それは確かに自分の本名を呼ぶ声、どこかで聞いたような――?

 

 

 ――刹那。

 

 

 バチバチバチ!!

 限界を迎えたバクゥのボディに火花が走る。

 あちこちの電気系統がショートしているのだ。

 

 

 「――あっ!?」

 アスランがバクゥから離れる。

 

 

 カカッ!! ドォオオオオオオ!

 

 

 ――バクゥの機体に残っていた燃料や推進剤、弾薬にそれが引火し、轟音を上げて爆発した。

 

 

 「あっ……ああ……」

 

 アスランは、呆然としてコクピットのシートにもたれた。

 

 

 

--------------------

 

 

 ――クルーゼのスカイ・ディフェンサーが狙撃用の寒冷地仕様のジンを撃破。

 アークエンジェルとラスティのジン・タンクがグゥルとそれに乗るジンを撃破したのはそれとほぼ同時刻だった。

 

 

 

 アークエンジェルは、敵の母艦、”バルテルミ”が完全に撤退したのを見計らって進軍。

 その後、イージスとスカイ・ディフェンサーを回収した。

 

 

 イージスの近くには、爆発し、コクピット諸共焼け爛れたバクゥ一機と、四肢を切断され、コクピットが蛻の殻となったもう一機のバクゥの残骸があるのみだった。

 

 

 

 

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 ――コズミック・イラ71年 2月22日

 

 ザフト創立からの功労者にして、月、地上において数々の武功を上げたザフトの英雄――月下の狂犬 モーガン・シュバエリエ、戦死。

 その報は、旧知であったパトリック・ディノにも直ぐ知られることになった。

 

 そして、その英雄を打ち倒した敵軍の新兵器、イージス。

 

 その脅威と名前は、戦慄として、ザフトの兵士達の間に瞬く間に広まっていった。

 

 そして、それには――奇妙な噂も付随して回った。

 ――モーガン・シュバエリエの狂犬部隊のパイロット、唯一の生き残りであるミューディー・ホルクロフトが聞いたモーガン、最期の言葉。

 

 

 敵の兵器、イージスのパイロットは、死んだ筈の――ディノ国防委員長の息子、「アレックス・ディノ」だという噂である――。


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