機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 20 「穏やかな時を」

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 『ラスティ・マッケンジーとアイツは言った。

 イザークとも知り合いらしいが、シホって誰なんだ?

 そんなこと、気にしている場合でないのかもしれないが』

 

 

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 いつからだろう。 一人と気がついたのは。

 

 いつからだろう、一人じゃないと思えるようになったのは。

 

 アスランと出会ってからだ。

 

 

 早くに、周りを理解できるようになった。

 自分がどう振舞えば、周りがどう思うか理解できた。

 

 だから、他人の求めるように振舞ってきた。

 

 

 でも、彼は、彼だけは……。

 

 

 僕が振舞いたいように。振舞わせてくれた。

 

 

 

 

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 「……キラ様?」

 夜のクライン邸。 キラを匿っている部屋に、ラクスは訪れていた。

 暗闇の中、一人、キラは震えていた。

 

 「ラクス・クライン? なんともありません……ごめんなさい」

 「キラ様……」

 涙の跡が、彼の目元には残っていた。

 ラクスはそれを心配そうに見詰める。

 「……泣かないって決めたのに」

 「なぜ?」

 

 ラクスは、キラにたずねた。

 「僕が泣いても……泣いていても何も変わらないから」

 「人を思って涙を流せるなら、泣いてもいいのですよ?」

 「僕は……」

 

 

 戻りたくない。

 戻れば、また……”敵”と戦わねばならない。

 

 「悲しい夢を見たのですね?」

 「――姉が、姉と言える人が、泣いてもいいって言ってくれたんです。 その前は、僕の友達が」

 「そう?」

 「昔から、一人だったから、僕は……でも、アスランが居てくれたから……」

 「一人じゃなくなったんですね」

 「両親とも……彼がいなければ……」

 ラクスは、そっとキラを抱いた。

 

 「わたくしと、同じですわね……」

 

 え?と、キラは顔を上げた。

 

 「分かってしまうのでしょう? お父様や、お母様の事」

 「――うん。 子供でいたかったのに……」

 「わたくしもです。 ”他人”がいなければ、自分を理解してくれる”他人”と出会わなければ――私たちは孤独も同じです」

 

 キラは、ラクスの瞳を見詰めた。

 

 「君は……誰?」

 「私は、ラクス・クラインですわ? キラ・ヤマト」

 

 ラクスは、無言で、キラを抱き続けた。

 「……僕は戻らなくちゃ」

 「どうして?」

 「友達が居るんです。 まだ」

 「……また、一人になるかもしれませんよ」

 「そうだとしても……一人じゃない事を教えてくれた友達と戦う事になったとしても」

 

 ラクスは、もう一度強くキラを抱いた。

 「なら、泣いてください、キラ。 貴方は泣いてもいいのですよ? その、心のままに……」 

 

 

 

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 「キラ・ヤマト君か……ウズミの養子になっているとはな」

 「お父様も是非、一度お会いになってください、きっと気に入ってもらえますわ」

 「ラクス、今度は何を考えているんだ?」

 「初めてのボーイフレンドの紹介をしたいだけですわ」

 「……まったく」

 

 ラクスの父、オーブの首相であるシーゲル・クラインは苦笑した。

 

 「ユーラシアとの交渉は、許可しよう。 しかし、あそこは今、あのアークエンジェルが降りてきている。 変な気は起こさぬようにな?」

 「うふふ」

 「言っても無駄か」

 ラクスは父に紅茶を淹れて渡した。

 「――大西洋連合に技術を売った人間がいて、私たちに黙ってあの五機を完成させた人間がいます」

 「アストレイ・シリーズを処理できたのは幸運だったがな。 しかし、サハクをも欺くとは……」

 「連合……それからザフト。 このオーブにも通じているものがいる。 ならば、わたくし自ら動くほかございませんわ」

 「ラクスよ」 

 ラクスの言葉を遮って、シーゲルが言った。

 「私はお前に、出来る事なら、只の娘でいてもらいたいのだがな」 

 お茶をすすってから、ラクスのほうを見る。

 

 しかし、ラクスは静かに微笑んで茶を飲むだけだった。

 

 

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 「アスラン・ザラの状態、マズいかもしれんな」

 「……アノコ、マッスグ過ぎるワ。 張り詰めた糸ミタイ。 強そゥに見エて……」

 「プツリ、と切れるか?」

 

 艦長室で、アイシャとバルトフェルドが、アスランについて話している。

 

 ――先回の出撃前。

 バルトフェルドの一撃がなければ、立ち上がる事もまま成らなかったアスラン。

 彼の精神状態が悪化の一途を辿っていることは、容易に見て取れた。

 

 「迂闊だったよ。 何故彼が此処に戻ってきたか考えるべきだった。

  自分が頑張って艦を守らなきゃならない。そう思い詰めて、追い込んでしまったのだろうな自分を」

 「……デモ、彼ガイナケレバ、大気圏デこの船は沈んデいたワ」

 「パイロットとしてあまりにも優秀だったからねぇ。 兵士として一番大事な、精神面の構えが無い事をもっと気にするべきだった」

 「アンディ……」

 

 アイシャがバルトフェルドの肩に手を置いた。

 

 「……何か、彼をケアする方法は無いものかな」

 バルトフェルドは、アイシャに目をやった。

 心配そうなアイシャの瞳が見える。

 

 

 そして、その下に、豊満な肢体が――。

 

 「ソウネ……心当たりナラ、アルケド?」

 

 その視線に気づいてか、アイシャが言った。

 

 「いや――ソレは、ちょっと。 ダメかな?」

 「アラソウ?」

 

 悪戯げにアイシャは言った。

 

 バルトフェルドはもう一度アイシャの言わんとしていることを考えたが、やはりそれは却下した。

 

 「まあ、ポリツェフまで着ければ、しばしの休暇だ。 ――少しは気が晴れるといいが……」

 

 

 

 

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 ガン・ガランから南下すると、ポリツェフというドーム・ポリスがあった。

 ここは、かろうじてその機能を残しているドームポリスの一つであった。

 かつて旧歴の時代に炭田や油田の開発によって栄え、ユーラシア連邦内の資源生産の数十パーセントを今も尚担っている地域であった。

 また、このドームは大規模な水力発電施設と、旧暦の頃に作り上げた循環型火力発電所を残していたため、現在も変わらず文明の利器が利用できる数少ない都市となっていた。

 

 

 ザフトとの戦争が始まった際、ここは真っ先に狙われることになったが、

 エイプリル・フールクライシスによって多数の凍死者を出したシベリアにおいては、

 この都市の喪失は、周辺――それどころか、シベリア一帯のライフラインの、完全な遮断を意味していた。

 

 人道的観点から、この都市はユーラシア・ザフト双方によって非・戦闘区域に定められ、

 ザフト、連合双方も武器を持ち込まず、戦闘行為を行わないという協定が組まれた。

 

 

 「――ポリツェフのドームポリスはさ、夏はパカーってふたが開くんだぜ?  20度近くまで気温が上がるんだ」

 「へぇ……今は?」

 「マイナス15度でございます。 まぁ、ドームの中は10度くらいまで保温されるし。快適だけどね」  

 ラスティがアスランに言った。

 

 ユーラシア連邦の兵士たちが、休暇に使うこともあった。

 古くから交易がさかんな街でもある。ザフトの兵士たちもそ知らぬ顔をして、潜り込む事もあるという。

 

 命のやり取りをしているとはいえ、それは隣人を直ぐに刺し殺すような状況とは異なる。

 憎悪の対象と互いがなることはあっても、生活と言う命の営みの前では、それを看過する事も容易くなるのが人間だった。 

 

 

 

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 「――まさか本当にバクゥを二機も補給してもらえるとはな? 残りがザウートなのは仕方ないさ、こちらも使いようはある」

 「……悪いわね。 でも、"月下の狂犬"の見たてがそうであれば、こちらもしのご言ってられないわ」

 マリュー・ラミアスは、モーガン・シュバリエからのオンライン回線を執務室で受けていた。

 

 「……例のパナマ攻めが近いんだろう? 大丈夫なのか」

 「だからこそ、よ? あの足つきの船は、ユーラシアとも接近したんでしょう?」

 「ああ……敵は恐らく、補給も兼ねてポリツェフドームに向かうだろう」

 「そうでしょうね、ガン・ガランから直進してくるとは思えないし」

 「……こちらはその前に、仕留めてみせるさ」

 「任せるわ。 なんとしても、鉱山地区への接近を防いでちょうだい」

 

 

 

 ――ザフトの前線は、思った以上に疲弊していた。

 少ない国力を薄く、薄く広げた結果。

 補いきれない消耗が、ザフトという軍隊を覆っていた。

 

 

 だからこそ、ザフトはシベリアを占拠し、マスドライバーを落とすという時間稼ぎを主とした手段に出たのである。

 

 モーガン・シュバリエを元とするエースパイロットとモビルスーツの性能。

 その圧倒的な攻撃力を前に連合を威圧、速攻で制圧する作戦によって、敵に畏怖を与え、牽制する。

 その隙に敵の陣容を崩し、短期決戦に持ちこまんとするのが、ザフトの当初の戦略であった。

 

 しかしながら、現在、戦況は不気味な膠着状態にあった。

 

 ――ザフト、上層部による大規模作戦の強行。

 それが原因である事はマリュー・ラミアスも悟っていた。

 

 恐らく、プラント――いや、ザフトはこの戦いの勝利を決定的な物にしたいのだ。

 

 連合に痛みを与えるだけでなく、ただ我々コーディネイターの勝利を得るためだけでなく。

 戦後、完全なる優位を、それも恒久的に、ナチュラルに対して得るためだけの決定的な勝利が――。

 

 

 そのために、自国の国力の乏しさを理解していながらも、ザフトは広大な戦線を維持し続けていた。

 

 「分かっているさ。 今、俺たちの状況が予想以上に危ういってのはな」

 「ええ……ありがとう、モーガン。 今度飲みましょう? まだ先だけど、ネオもじきに降りてくるわ」

 「……んん? まぁ、いいがね。 あんたも好きだな」

 「あなただって、嫌いじゃないでしょう?」

 「おいおい、司令殿に散々つき合わされたからだよ。 俺はビールしか飲まんぞ? ウォッカはゴメンだ。 ありゃ脳に悪い」

 「なら美味しいエールを見つけたの。 今度ポリツェフでね?」

 「……やれやれ、ネオの奴も大変だな」

 モーガンは苦笑した。

 

 

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 「――ポリツェフまでのルートの間に、いくつもの廃坑を通る、私ならそこに待ち伏せるな」

 クルーゼがブリッジでバルトフェルドに言った。

 「相手、あの月下の狂犬らしいな」

 「先刻の戦闘データと、ゼルマンからの情報提供では、そう見て間違いないだろう」

 

 月下の狂犬、モーガン・シュバリエ。

 ザフトの喧伝している、エース・パイロットの一人である。

 四足歩行型モビルスーツバクゥを駆り、ユーロ戦線からシベリア戦線でユーラシア軍を徹底的に叩いた、屈指の軍略家でもある。

 バルトフェルドや、クルーゼは、月面のグリマルディ戦線で彼の指揮する部隊と戦ったことがある。

 その時はモーガンは指揮官であった。

 戦法に変わったところはないが、非常に先を読むのが上手い。

 パイロットとしても一流で、攻め時、そして引き際を必ず逃さない男だった。

 強敵、ということである。

 

 「今、敵に攻め込まれたとして、アスラン・ザラは戦えるかな?」

 「――今の彼を戦わせるのは得策ではないが、止むをえまい」

 「ふぅむ……」

 

 それに対抗しうる戦力を持っているのは――あの紫電(ライトニング)の隊をも退けたイージス……そして、そのパイロット、アスラン・ザラだけだった。

 

 「そう案ずるな艦長。 策が無いわけではない。 ゼルマンに頼んで、助けを得ている」

 「あの――タンクかい?」

 「ああ……それとな」

 クルーゼは、第八艦隊から渡されていた、モビルスーツの武装についての書類と――この土地の地図を手渡した。 幾分か年季の入ったものだった。

 

 

 

 

 ドックでは、急ピッチでイージスの整備が行われていた。

 ガン・ガランで手に入れたザフト製の部品も利用したため、思った以上にスムーズに作業は進んだ。

 

 そして……。

 

 「ヒュー! こいつは凄いぜ」

 ラスティが、改修されたジン・タンクのコクピットを見て歓声をあげた。

 「一般的なナチュラルの反応にあわせて、照準の動作をオートメーションにした。 マニピュレーターもかなり使いやすくなっているから、物を運ぶ動作も楽なはずだ」

 「これなら、楽チンだぜ! さっすがー!」

 「それから火器管制もザフト製のものを流用できるようにしてある。 さっきの戦いで拾ったバクゥのランチャーをつなげてある」

 

 ラスティと二台のジン・タンクは、アークエンジェルに持ち込まれていた。

 かつては上官であったクルーゼが、ゼルマンに支援としてもちかけたのだ。

 

 ――あんな実験用の兵器でよければ。

 

 とゼルマンは許可してくれた。

 

 

 実際のところ、ジン・タンクは確かに戦力として有効ではあったものの、

 それがザフトのモビルスーツに対抗できる武装かと言えば、そうでは無かった。

 あくまで、これは、ザフトへのささやかな反抗の意思が成せた、悪あがきにしか過ぎなかった。

 

 イージスによって三機のバクゥを撃破したことに比べれば、残り一機の撃墜は、運が良かったに過ぎない。

 貴重な戦力ではあったが、今後の作戦において、最新鋭兵器のアークエンジェルとイージスが加勢してくれる事に比較すれば、

 そもそもユーラシア側には比べようも無いことだった。

 

 

 「ところで、ラスティ、もう一機のパイロットは?」

 「――いねーよ?」

 「え?」

 「死んじまった」

 「――それじゃ、どうして」

 「ウチの人員は裂けないけどね。 アスランのお陰で、この操作性なら、ある程度機械に――作業用モビルが動かせる程度の人間なら、動かせるってさ」

 「まさか……」

 

 ――残りの一機は、少し離れた場所に置かれていて、実機シミュレーションの最中だった。

 アスランは、遠目にそのコクピットを覗いた。 

 イザークがいた。 ディアッカとニコルもその様子を見ていた。

 

 「あ……!」

 「オーブの工科大の学生だったんでしょ? それに、お前のずっと近くにいたんだ……いけるよ。 やらせてあげれば?」

 「なんで……!」

 「なんでってー。 わかるでしょ? イザークの様子見てれば」

 「でも、アイツまで死んだら、俺はアイツの――」

 「ばーか、お前のためでもあるよ?」

 「……え?」

 「わかるっしょ?」

 「――ああ」

 アスランは、止めに入ろうとした自分を制した。

 

 

 「おたく、どうして地球軍なの?」

 「俺は、地球軍じゃない……」

 「あー、メンゴ。 成り行きとは言えさ。 コーディネイターとナチュラルが敵対してる戦争で、アスランにはそういうの無いのってこと」

 「俺は……」

 「俺も」

 「えっ?」

 アスランはラスティを見た。

 「俺は別に、コーディネイターだからどうこうって気持ちはないさ。ただ、戦争で攻撃されるから、あと他にもオウチのジジョーとかあるから戦わなきゃならないだけで」

 「家の事情か……」

 「ん? おたくんところも、オウチが色々あんの?」

 ラスティは笑った。

 「コーディネイターも色々あるんだな?」

 ラスティは、ドックに置かれた冷蔵庫から、ドリンクを出した。 スポーツドリンクに近い栄養補給の出来る飲み物だった。

 アスランにもそれを手渡す。

 

 「コーディネイターだって同じさ。 皆と……」

 「俺たちより、ずっといろんなことが出来るのに? 生まれ付き」

 「練習したり、勉強したり、訓練したりすればな。コーディネイターだからって、赤ん坊の頃から何でも出来るわけじゃない、努力するんだ。 下手したらナチュラルの何倍も……」

 

 

 コーディネイターは、生まれたときから、将来を嘱望されている。

 いや、ナチュラルの子であってもそうであるのだ。

 なお更、コーディネイターは生まれたときから実るべくして作られた畑であり、そうなる事を義務付けられていた。

 

 生まれたその瞬間から、彼らは絶え間ない努力を強いられている場合が殆どであった。

 

 

 アスランもまたそうであった。

 彼の生みの親、パトリック・ディノは、何かにつけてアスランが特別であると説いた。

 ”種子を持つもの” コーディネイターの中でも、更に選ばれた存在であると――。

 

 

 アスランにとっては、そんな父の思いは重荷でしかなかったのだったが。

 

 「ま、そりゃそうだよな……ろくでもない事情がなけりゃ、戦いなんかさ……」

 ラスティはドリンクを飲んでいった。

 アスランも倣ってドリンクを飲み干した。

 

 (ユウキ提督――……)

 

 アスランは、レイ・ユウキを思い出していた。

 

 もっと話がしたかった。

 

 あの人は何故、戦っていたのだろう?

 コーディネイターであるのに、何故、同胞を殺すための兵器である、イージスなんかを作ったのだろう。

 

 だが、アスランは思った。

 

 

 自分と同じく、彼も理由が出来てしまっただけなのでは無いか。

 

 (なら、父も……?)

 アスランは、パトリック・ディノの事も思った。 

 

 

 

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 窓から、明るい光が差し込んでいる。

 大きな書架がところ狭しに並べられていた。恐らくどこかの図書館なのだろう。

 机の真ん中に、寄り添うようにして、若い男女が座っている。

 「……だから、俺は、ジョージ=グレンが“ニュータイプ”と呼んだそれは、 コーディネイターが創造する新しい歴史そのものだと思う」

 「新しい歴史?」

 若い女性は食い入るように、青年の書いた論文に見入っている。

 「ああ……人類はお互い責めぎあう段階から一歩先のステップへと移行する時期へときているんだ」

 「へえ……?」

 「いつか、人類はコーディネイターが先駆者となって、国境や人種、古い慣習やわだかまりを捨てる。

 その時こそ人類はその争いに満ちた黒い歴史から開放され、外宇宙という新しい世界へと飛び立つんだ。

 そして新たな時を刻む……だから、その礎となるために俺は歴史構造学をやっているんだ……なあレノア、君はどう思う?」

 

 女性は、青年の顔を見ると笑顔でうなずいた。

 

「ええ……きっとあなた言う通りよ、パトリック……」

 

 

 

 

 

 

 

 ずいぶんと昔のことを夢に見ていたようだ。

 と、パトリックは思った。

 

 感傷など、とうの昔に振り切ったはずだったのだが。

 

  自室で仮眠を取っていたパトリックは、目を覚ますと、情報端末に電源を入れた。

 

 アズラエルから、イージスとアークエンジェルに関する情報が届いていた。

 

 (アレックス……)

 

 と、パトリックは、記憶から消そうとした名前を思い出してしまった。

 

 (いや、今は考えるまい。我々には時間がないのだ。 ナチュラルは滅ぼさなければならない……われらの世界、未来の為に)

 

 そのためには、障害となる者は誰であろうと倒す。 たとえ、それが長年の友であっても――血を分けた者であってもだ。

 

 

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 ――議事堂控え室。

 連合のG兵器――イージスの驚異的な戦闘能力を映した映像を、パトリックは見ていた。

 「そんなものを見せてまだ駄目押しをしようと言うのか」

 そこに、ウズミが現れる。

 「……私は正確な情報を提示したいだけですよ」

 映像を見続けながら、パトリックは言った。

 「正確にお前の選んだ情報をか? パトリック、お前の提出案件、オペレーション・スピットブレイクは、本日可決されるだろう。世論も傾いている。もはや止める術はない」

 「……我々は総意で動いているのです? それを忘れないでいただきたいな?」

 「戦火が広がればその分憎しみは増すぞ。旧歴の禍根すら、半世紀掛かってもまだ消えんのだ! それで、どこまで行こうと言うのだ!?」

 「その考えが古いというのです。 我らの歴史は……我等コーディネイターはもはや別の、新しい種です。ナチュラルと同じ道を歩む事はありえません」

 「早くも道に行き詰まった我等の、どこが新しい種かね? 婚姻統制を敷いてみても、第三世代の出生率は下がる一方なのだぞ? 我らの未来は……!」

 「これまでとて決して平坦な道のりではなかったのだ……今度もまた、必ず乗り越えられる。我等が叡知を結集すれば」

 

 「パトリック!! 命は生まれいづるものだ!作り出すものではない!」 

 ウズミは叫んだ。

 「そんな概念、価値観こそがもはや時代遅れと知られよ! 人は進む、常により良き明日を求めてな」

 そこで初めてパトリックはウズミの方を向いた。

 

 「これは総意なのです、アスハ議長閣下。我等はもう、今持つ力を捨て、進化の道をナチュラルへ逆戻りすることなどできんのですよ」

 

 開場の時間が近づいていた。

 パトリックは、ウズミの方を見ずに、議場へと向かった。

 

 「レノア……あの男が、あんな事を言うようになってしまった。 あれでは――エースよ……我々は進化したのではない」

 

 誰もいなくなった控え室で、ウズミは一人呟いた。

 

 

 

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 アズラエルは執務室で電話受けていた。

「――気になるかい? 旧友の事は? ええ……それじゃ、あとは任せたよ?」

 

 

 ――アズラエルが電話を切ると、直ぐに次のベルが鳴った。

 

 「これはディノ委員長閣下。このお時間ではまだ評議会の最中では?」

 電話の主は、パトリック・ディノだった。

 『――スピットブレイクの件は通った。まだ2、3あるが。終わったら、夜にでも君と細かい話がしたい。どうかね?』

 「ええ、こちらも下準備は整いました。お伺い致します」

 『フ……我らが本気になれば、地球なんぞ……だな?』

 

 用件を伝え終えると、パトリックは電話を切った。

 「フ……下準備が整った、か」

 

 

 アズラエルは微笑むと、一枚のディスクを胸元から取り出した。

「だめだよ、ディノ委員長、地球には優しくしないと、それはエコ(E・C・O)だよ? エコ」

 

 

 

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 「付き合ってくれて、ありがとう?」

 「ん……いいさ」

 プラント本国で休暇を与えられたミリアリアとサイは、戦場で亡くなった戦友たちの家々に挨拶に回っていた。

 「ロアノーク隊長、全部先回りしてたね」

 「そういうとこ、私、好きだな」

 「そういえば、トールは?」

 「――ライブだって」

 ミリアリアは苦笑した。

 「ま、それはそれで、アイツにしか出来ない事だしね」

 

 トールは、プラントでは、一定数の評価を集めるミュージシャンだった。

 

 「そういうのって、時々凄く勇気付けられるよ」

 「そうね……わたしも」

 「そういうところ、好きなんでしょ?」

 「――え!?」

 「……気がついてないと、思ってた?」

 

 今度はサイが苦笑した。

 二人は互いが親密な関係であるのが、周知の事実であるのに、本気で気づいていなかったのだ。

 

 「でも、私とトールじゃ」

 「お似合いだと思うよ」

 「ううん……ダメなの――」

 「……検査、受けたの?」

 「うん……無理みたい」

 

 

 プラントでは、出生率の低下から婚姻統制が敷かれていた。

 

 ――子供のできないカップルは、婚姻が認められないのである。

 

 それどころか、プラントでは、予め遺伝的に子をなせるカップルを合理的に検査して見つけ、年少のうちから婚約を結ぶのが一般的であった。

 

 旧暦に生まれた、自由恋愛を尊ぶ風潮は、コズミック・イラでも変わらず残っていたが、プラントにおいては、

 婚姻は生命を育む行為であり、同時に、目的と意思を伴った、社会的生産であった。

 自分たちが生まれてくる理由を予めもったのがコーディネイターという人々であった。

 それならば、生み出す子供たちに、目的を与えようとするのも、彼らのアイデンティティを思えば自然と成せる事であった。

 

 「サイがうらやましいかな? 好きな人と婚約できたんだもの」

 「でも、ミリィ、婚姻できなくたって、好きにすればいい。愛ってそういう……!」

 

 「だめだよ――ケーニヒの家とハウの家、絶やすのって、ダメなことだよ。これからプラントをずっと続けていこうって言ってるのに」

 

 互いに、プラントの勃興に関わった家の血筋である。

 

 

 これから、トールとミリアリアは、プラントの未来を築く柱にならねばならなかった。

 

 だから、婚姻のできない恋愛をいつまでも続けていくわけには行かないのを、二人は理解していた。

 

 「でもさ……」

 「いいの――でも、そうだな。 お互い子供は別の人と作って――とか、いいかな?」

 「……それって、ナチュラル的だな」

 

 今度は二人揃って苦笑した。

 

 明日があるとも知れぬ戦場。

 昨日友が死に、今日は別の友が行方知れずになり、明日はわが身かもしれない。

 

 それでも、彼らは未来を見詰めていかねばならなかった。

 

 

 

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 「ポリツェフはまだ学校があってさ! 女子学生とか時々慰安で来てくれてさー」

 「おお!」

 「な、キャラオケいったらサ……イケたらナンパしてみよーぜ? ニコル、お前はどんな子が好きなの?」

 「ぼ、僕は……その、女性的な人かな……」

 「巨乳か!」

 「な、なんでそうなるんですか!」

 「ディアッカは?」

 「うーん、刺激的な子かな」

 「巨乳か!」

 「ビンゴ!」

 

 ラスティはアッという間に、少年たちに打ち解けた。

 

 ソレを遠目に大人たちが見ている。

 「いいねー若いって」

 バルトフェルドがいった。

 「ああ……いいな」

 クルーゼが呟いた。

 「……!?」

 とても珍しいものを見たような顔で、バルトフェルドがクルーゼを見た。

 「フン……」

 と、クルーゼはそ知らぬ顔でどこかに行ってしまった。

 

 

 

 

 「……?」

 クルーゼが、アークエンジェルの廊下を歩いていると、赤い髪の少女に出会った。フレイだ。

 「あっ……」

 「何を眺めているのかね」

 フレイはじっと、外の景色を――遠方をじっと見ているようだった。

 「外の景色を……その、コレくらいしか気晴らしがないから」

 「……そうか。 また、戦闘になるかもしれんが。もう直ぐ安全な街に着く。暫くは休めるだろう。君もイザークと外出するといい」

 「……ありがとう、ございます」

 フレイはいった。

 そして、

 「――あの、イザークが、あのモビルスーツに乗るって」

 と、続けた。

 「ああ……操縦技術や戦闘について色々聞かれているよ。 君は、止めないのか?」

 「私が言って、止まる人じゃないから――あの、彼をお願い! ……お願いします」

 「フム……」

 お辞儀をするフレイをクルーゼは見た。

 そして、こくり、とうなずいた。

 

 フレイもクルーゼを見た。

 「あの……ありがとう」

 そして、改めて、礼を言った。

 

 

 

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 「お世話になりました」

 「ええ、キラ様。 またお会いできる事を祈っておりますわ」

 「――僕も」

 

 ラクスとキラは握手を交わした。

 

 「キラ様、お車のご用意が出来ました。 お話はお分かりですね?」

 オルガが、キラを招いて、メモを手渡した。

 

 「え、ええ……」

 「貴方はオーブ軍に保護されるまで、近くの無人島に漂流していた……ラクス様のお名前はくれぐれも出されぬように」

 「コレだけのご好意を頂いたのですから……」 

 「うふふ」

 ラクスが微笑む。

 

 「貴方と、そのお友達が、いつか平和に手を取り合える日がきますように」

 「今度は……あなたと……いえ」

 「……? どうかなさいました?」

 キラは顔を曇らせた。

 「いえ、その友達ともそういった約束をして、戦場で会う事になったので……」

 「まだ、わかりませんわ?」

 「ラクス……」

 「約束してください、キラ? ――またわたくしに会いに来てくださいね」

 「必ず……」

 

 

 赤いザフトの軍服を着たキラは、車に乗り込んだ。

 

 

 「世界は巡る――キラとも、運命が導くなら、また会えるでしょう」

 

 

 

 

 そのときを待ちわびて、ラクス・クラインは時間を進めるのだった。


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