機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 17 「星のはざまで」


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 『あの息が詰まりそうな時間を終えた後、俺は凍った。

 それは、初めての地球だったということだ』

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 イージスが大気圏を降下していく。

 

 アスランは、最後の力を振り絞って、降下点のデータを入力した。

 もう腕が動かなかった、体中が痛むのだ。

 激しい筋肉痛……と、嘔吐を伴うような重たい疲労。

 

 キラと戦っていたときの妙な高揚感が消えたと同時に、今度は苦痛がアスランを襲った。

 

 ――あの感覚は何だったのか?

 キラへの怒りが、あのような力を与えたのだろうか?

 デュエルと戦ったときも……。

 

 (いや……もっと前にもいつか……?)

 

 「キラ……」

 アスランは、自分でキラを攻撃しておきながら、キラが生きているようにと願った。

 (でも――あの人、ユウキ提督を俺は守れなかった――)

 ようやく、自分と同じ目線を持つ人に出会えたというのに。

 

 アスランはシートに倒れこんだ。

 

 

 

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 先の作戦の結果、アルベルトを中心としたザフト特務隊は、第八艦隊に甚大な被害を与えることに成功するも、アークエンジェルを取り逃がし、ガモフを失った。

 

 モビルスーツ部隊は、被害は少ないといえ、優秀なパイロットを数名失った。

 そして、その中には現在生死不明だが、現議長であるウズミ・ナラ・アスハの養子である、キラ・ヤマトも含まれている。

 

 

 「足つき、降下に成功したようです」

 嫌味を込めて、ナタルはアズラエルに報告した。 

 

 しかし、アズラエルは、いつもの通り、

 「……ええ」

 そうですね、と受け流すように返した。

 アズラエルは先ほどの戦闘で得たG兵器のデータを、コンピュータ端末で眺めていた。

 

 まったく気にも留めていない、と言わんばかりだ。  

 「隊長……我々は!」

 「――言いたい事はわかりますよ、艦長さん? ――それなら、ほら、足つきの降下予測地点を見てください」

 アズラエルは先ほど届いた、アークエンジェル降下予測の軌跡を端末の画面に表示させた。

 「これは……」

 アークエンジェルの軌跡はアラスカを過ぎて、ザフトの勢力圏へと向かっていた。

 「大気圏では無防備になるから、アレを攻めるチャンス。  そして万が一取り逃がすことがあっても、我が軍の勢力圏へ落とせれば……」

 アズラエルはナタルの方を向いて言った。

 「……二重の策、ということですか?」

 「”二重”? フフ、それはどうかな……」

 アズラエルは、また、データが表示された画面に目を移した。

 

 

 

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 大気圏を抜けて、大地が見えた。

 アスランはアークエンジェルの誘導に促されるままに、オートで空を滑空した。

 轟々とした大気の渦が、イージスを包む。

 

 雲を抜け、広大な針葉樹林が、彼らを迎えた。

 

 ――そのまま、開けた盆地に、イージスは不時着した。

 

 

 

 

 どれくらい時間がたっただろうか。

 

 呆然としていたアスランは、地球に降り立った事を確認した。

 

 

 時計は、その土地の標準時刻換算で、10時、それにしては随分暗かった。

 

 アスランは、ハッチをあけた――と、

 

 バリバリバリ!

 

 と、猛烈な風と、衝撃がアスランをおそった。

 ノーマルスーツのバイザーを開けていたアスランは、慌ててバイザーを閉じた。

 

 まだ宇宙だったのか!? と、アスランは思った――が、違った。

 

 

 それは地球の冷気だった。

 

 

 

 

 アスランは、ハッチの外を見た。

 夜明けだった。

 

 

 氷が、飛んでいた。

 イージスの周りには、湯気のような――摩擦熱で生じた、水蒸気だろうか?

 それにしては――蒸気というよりは煙――いや、まるで立ち込める炎のようにも見える――厚みのある白い気体が立ち込めた。

 

 

 ――アスランは、ノーマルスーツの手首に装着された時計に、温度計も装着されていたのを思い出し、その外気温を見た。

 マイナス60度ほどだった。

 

 

 

 「ンッー?」

 

 

 朝日が、差した。

 

 

 途端に、辺りは白い光に包まれた。

 

 

 「あっ――……」

 

 

 銀世界だった。

 

 

 アスランにとって初めての地球だった。

 

 

 滔々と降り積もった雪と氷の織り成す、無限の氷河。

 暗闇を差した光が、まるで水晶のような粉塵を一条の剣に変えている。

 アスランは絶句した。

 

 

 その時、彼は忘れていた。

 キラの事も、自分がイージスに乗っていたことも。

 

 

 「……」

 アスランは――泣いていた。

 

 

 

 どうしてかは分からなかった。

 

 ただ、世界の光と、氷の白さに、涙が止まらなかった。

 

 

 そこはシベリア――ユーラシア連邦、旧ウルグスク市跡地。

 

 

 ザフトの一大拠点が存在する、『シベリア包囲網』の、一歩手前だった――。

 

 

 

 

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 「よう、相変わらず元気そうじゃないの」

 「――久しぶりね、ロアノーク隊長」

 

 ネオ・ロアノークが自室で、誰かと通信していた。

 映像もオンラインになっている。

 

 ジェネシス衛星を介したレーザー通信である。

 その回線はほぼ守秘回線となっており、

 コレが日常的に使える人間は、ザフトの極限られた上級将官のみとなっていた。

 

 ネオは勿論のことだったが、相手もまた、そうであった。

 

 「紫電(ライトニング)の噂は、地上でも聞こえているわ――新型機のテストパイロットですって? 大したものじゃないの」

 「噂ってのは嫌なもんだよ。 敵さんにゃ目標にされて、味方には実力以上の結果を求められる――それに、その名前は返上する事になるかもしれん」

 「貴方らしくないわね……それって、アークエンジェルの事かしら?」

 「それがまさか、君の居るところに落っこちるとはねぇ――まぁ、紫電(ライトニング)と、委員長の秘蔵っ子(アズラエル)が落とせなかった船だ……メビウス勲章モノであることは保証するよ、"白銀の魔女"さん?」

 

 「その呼び方はやめて! ――それならまだ"月の兎"の方が好きだわ」

 「ふぅん……まぁ、どちらも君に似合っているよ。 マリュー・ラミアス隊長殿?」

 

 

 ネオはそういうと、画面に向かって手を差し伸べた。

 それは、女性を口説くような仕草で――画面の向こうに居るのは、美しい女性だった。

 

 (いかめ)しいザフトの軍服を着ているものの、はちきれんばかりの女性的なラインがその服を盛り上げ、彼女の美貌を、却って悪い意味で強調させてしまっていた。

 

 マリュー・ラミアス。

 ――ザフトの誇る将の一人であり兵站のスペシャリスト。

 戦争初期、ザフトの深刻な物量不足を補い、”オペレーション・ウロボロス”を成功に導いた一人である。

 

 

 

 

 ――オペーレション・ウロボロスとは、ザフトが地球軍に敗北を喫した、第一次ビクトリア攻防戦の反省から立案された作戦である。

 

 

 第一次ビクトリア攻防戦――それは、C.E.70年3月8日。

 ユニウス・セブン破壊による食糧不足の補充の目的もあり、ザフトは衛星軌道上から地球軍ビクトリア基地の宇宙港並びにマスドライバー施設「ハビリス」に降下作戦を決行。

 

 ――しかし、この戦いの結果は、先に述べたとおりザフトの惜敗に終わった。

 

 この戦いにおいても、ザフトはモビルスーツを主戦力とし、当初は地球軍を圧倒する。

 モビルスーツは、地上でも有効であるという確証を得ることが出来た。

 しかし――地上側での戦力支援が無かったために、結局は、決定的勝因を得ることが出来ないまま、物資が尽きて撤退するという結果となった。

 

 

 そこで、ザフトは、この戦いから得た教訓から、

 《地上での支援戦力を得るための軍事拠点を確保》

 《宇宙港やマスドライバー基地制圧による地球連合軍の封じ込め》

 《核兵器、核分裂エネルギーの供給抑止となるニュートロンジャマーの敷設》

 

 以上の3つの柱からなる赤道封鎖作戦「オペレーション・ウロボロス」を立案する。

 

 CE70年4月1日に発動されたこのNジャマー展開並びに、赤道直下のマスドライバー施設への一斉攻撃作戦は、ザフト側が大勝を収める事になった。

 

 この作戦の結果、ザフトは地球軍の宇宙進出作戦に致命的な打撃を与え――更には、地球に於ける戦力図の基盤を作る事にも成功した。

 

 

 

 ――この作戦において、マリュー・ラミアスは、所謂兵站――補給、通信、兵の移動、軍備の移送、その諸々の指示を担当した。

 彼女は少ない戦力を、巧に分散、集中せしめ、最小限の兵力で、作戦行動に必要な十分な戦力を構築した。

 開戦初期の圧倒的な物量不足をザフトが補えたのは、彼女の手腕によるところが大きい。

 

 ――そして彼女は、その後6月に起きた、月面での"グリマルディ戦線"に於いても、優れた手腕を発揮した。

 

 地球軍が大量破壊兵器を用いたとされる、自爆行為によって、ザフトは月面の主戦力の多くを失い、残存勢力も月からの撤退を余儀なくされた。

 当然、地球軍はそれらの戦力を包囲、殲滅せしめんとした。

 

 しかし――彼女の立案した『月の階段作戦』によって、ザフトは地球軍の追撃を見事に逃れ、最小の犠牲で、月からの撤退を完了した。

 

 その”脱兎”のごとき手腕から、彼女は『月の兎』の異名で呼ばれる事になった――。

 

 

 

 「その君が、今やシベリア方面軍の総司令だものな」

 

 シベリア――ユーラシア連邦の大半を占める、氷河と針葉樹林帯、タイガに覆われた氷の大地――。

 CE改暦以前は、ロシア連邦の領土であり、地下資源の採掘も盛んであったが、未だ多く、未開の地を残していた。

 

 しかし、CE改暦以後、旧来の技術では採掘できなかった、豊富な地下資源の開発が進み、さらにはプラントから齎された宇宙開発の技術を応用した「ドームポリス計画」も立ち上がり、いつの間にか、シベリアは地球における重要な資源基地の様相を帯びる様になった。 

 地球上の主要な地下資源は既に掘りつくされたと考えられていたからだ。

 

 

 ――しかし、現在のシベリアは、ユーラシア連邦とザフトの最前線と化していた。

 と、いうのも、一つの理由はそこに、マリュー・ラミアスが居る事からも分かる。

 

 

 「長期的な作戦展開が必要だからと、採掘基地を任されたけど――」

 「ああ、地球でこれだけ広い前線を維持できているのは君のおかげだろう」

 

 地球全土に広がる、ザフトの地上勢力。

 それらを支えるためには、安定した資源の供給が必要であった。

 その意味からも、ザフトはシベリアを欲した。

 マリュー・ラミアス以上の適任はないと、ネオも思うところであった。

 

 「たしかに、この基地で取れる資源は、ザフトの地球侵攻作戦を支えてくれた――でも、私たちは、長く地球に居るべきではなかったのかもしれないわね」

 

 しかし、当のマリューの含みある言葉に、ネオは顔を顰めた。

 

 「――前線の士気、保ててはいなそうだな?」

 「少なくない数の脱走兵が出ているわ。 ――そのために、上層部は宣伝作戦を利用して、エースパイロットたちをここシベリアに集中させているの」

 「ン? パナマ攻め――オペレーション・スピットブレイクの為じゃないのか?」

 「それもあるけれど――恐らくは、兵士達の士気を保つためよ」

 マリューは言った。

 「月の兎や、紫電と一緒か」

 二人は笑いあった。

 「兎も角、作戦が起きるまでは、”シベリア包囲網”を失うのは得策じゃないわ。

  ――この作戦の成就の為には、ユーラシアと大西洋連合という二大勢力を分断させねばならないしね」

 

 ――ザフトが計画している、地球軍への大規模侵攻作戦。

 そのためには、地球連合の各勢力を物理的に分断せねばならなかった。

 そのひとつで、最たるものが、大西洋連合本部『JOSH-A(ジョシュア)』のあるアラスカと――ユーラシア連邦資源基地『天国(ニューボ)』のあるカムチャッカを遮る様にして作られた、『シベリア包囲網』であった。

 

 ――そして、マリュー・ラミアスは、その任務を全うするべく、シベリアの基地を任されていた。

 「ま、なんにせよ、また君と一緒に戦えるのが楽しみだよ。 ――俺も、士気高揚の為に、一肌脱がせてもらうさ」

 「新型機の開発が間に合えば、ね。 お待ちしているわ」

 

 

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 (――宇宙船の筈だから空調は完璧なのは分かるが、外がアレだと、なんとなく艦内も寒く感じるな)

 バルトフェルドは、ブリッジで状況確認をした後、自室へと戻ってきた。

 

 レイ・ユウキと第八艦隊の数多の犠牲によって、アークエンジェルと、イージスは無事に地球へと降下できた。

 

 「しかし――よりによってシベリア包囲網とはな」

 

 バルトフェルドは、久しぶりにバスタブに湯を張った。

 宇宙では出来なかったことだ。

 

 

 「――アイシャ、バラのエッセンスか」

 先に湯船に浸っていたアイシャに、バルトフェルドが言った。

 

 「エエ、こんな時ダカラコソ――ネ?」

 「そうだな……」

 

 バスタブに、アイシャに身を預けるように自身も湯船に浸かる。

 

 ほんの少しだけ、目を閉じて眠った。

 戦いは、また彼らを直ぐに包もうとしていた。

 

 

 

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 ドックで整備を受けている小型戦闘機を前に、クルーゼとミゲルは話していた。

 

 「マニュアルは見せてもらったが、面白そうな機体だな。 本来はストライク用の支援機か」

 「そうですね、本来はストライクの換装用パーツを運搬する為に設計されたもんですよ」

 「スカイ・グラスパー・ディフェンサーか……私は運び屋か?」

 

 

 ”スカイ・グラスパー”――大空を掌握する者、という意味であるが、その名前にはもう一つ意味があった。

 ”大空で掴むもの” モビルスーツの武装の運搬、運用、併用が目的とされた、地球軍初のモビルスーツ支援専用機であった。

 

 

 本来、小隊の中核を担い、武装を切り分けるストライク・デュエルとの連携を考慮して作られた機体であったが、

 ストライクが敵軍に奪取されたため、急遽イージス用に調整、改修されたのが本機だった。

 

 「大尉だったら、ダイジョーブ、ダイジョーブってね」

 往年のコマーシャルのモノマネをミゲルはした。

 「……」

 「……あら?」

 クルーゼが無表情の為、ミゲルは少し気まずかった。

 「……まあ、一緒に搬入されたイージスの強化パーツも凄いモンですよ。 これが在れば、なんとかアラスカまで、逃げ延びられるかなって……?」

 「ふむ……」

 

 

 スカイ・ディフェンサーで運ぶ、イージス用のパーツも新たに追加された。

 

 

 主に、宇宙空間での戦闘を主眼に置かれたイージスが、大気圏でもその能力を発揮できるように開発されたものであった。

 

 

 

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 「ん……?」

 

 アスランが、目を覚ますと、そこは医務室だった。

 

 イージスから降りた後、アスランは倒れこむようにして此処に運ばれた。

 随分眠ったような気がする。

 「寝てたのか? ――あ?」

 デジタル時計を見ると、夜の20時だった。

 それだけしか眠っていないのかと、アスランは思ったが、時計の脇に表示された日付を見て驚く。

 

 「――2月14日」

 丸一日以上眠っていた事になる。

 しかも、今日は――。

 

 (血のバレンタイン……か)

 昨年の今日、戦争は激化を辿る事になったのだ。

 

 

 「あっ……」

 アスランはベッドの脇を見て驚いた。

 

 ディアッカと、ニコルとイザークが居た。

 三人とも、椅子や空いているベッドにもたれて眠っていた。

 心配で看病してくれていたのかもしれない。

 

 しかし、彼らも疲れきっていたのだろう。

 

 

 アスランもベッドにもう一度身を投げた。

 

 

 (父上……)

 

 

 貴方は、俺を戦う道具としか思っていないようだった。

 だから、貴方の元を離れざるを得なかった。

 

 そして、彼らと出会った。

 

 力ではなく、友人として、俺を受け入れ、拒絶してくれる仲間に――でも――。

 

 

 (俺は……何をしているんだろうな、戦争をして……)

 

 

 疲れは、再びアスランを包んだ。

 アスランは、もう一度瞼を閉じた。

 

 「それにしても、地球か――」

 

 

 ずっと、昔、地球に行きたいと思っていた。

 

 母さんと、一緒に。

 

 母さんと地球へ、父さんと外宇宙へ。

 

 それが、こんな形で……。

 

 

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 アルベルトと、ツィーグラーが、プラント本国へと到着した。

 

 アズラエルから、隊員各自に、しばらくの休暇の指示が出される。

 

 サイ・アーガイルもまた、その一人であった。

 

 (本当なら、アフメドやカズイ、キラも一緒だったのにな……)

 

 サイは、地球に落ちていくストライクを見ていた。

 

 フェイズシフト装甲は、大気圏突入にも耐えられると聞いている。

 しかし保証はない、中の人間がどうなるかは分からないし、 キラのストライクはイージスとの戦闘でずいぶんと傷ついているようだった。

 あのまま耐え切れず大気圏でバラバラとなったのかもしれない。

 地上に激突して、そのまま粉々になったのかもしれない。

 「……無事でいろよ」

 サイは、今はそうとしか言えなかった。

 

 船を出て、基地から出る。

 民間人も使う一般のルートに出ると、私服に着替えたトールとミリアリアが居た。

 「サイも帰るところか?」

 「俺はまず病院に行ってから、実家に帰るよ」

 「ああそっか」

 「……じゃあ、またね、サイ」

 サイはミリアリアとトールと別れ、病院行きの路線へと向かった。

 

 サイは、顔の片側を包帯で覆っていた。

 大した傷ではないが、うっすらと跡が残っている。

 外科手術で簡単に消えるはずだが、サイは傷を消すつもりはなかった。

 

 

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 追悼式典も終り、プラントは落ち着いていた、――表面上は。

 しかし、世界はめまぐるしく動いている。

 

 ウズミ・ナラ・アスハは、レノア・ディノの墓へと向かっていた。

 

 

 もう直ぐ、友パトリックと政権を争うことになる。

 その前に、どうしても、彼女の墓に行きたかったのだ。

 

 

 ――先の追悼式典でも、パトリックは、徹底抗戦を呼びかけた。

 ザフトの元に団結を唱える、シュプレヒコールまで起きて、追悼式典というよりは、決起集会といったような様相だった。

 

 (パトリック……以前はあのような男ではなかった)

 

 

 

 随分昔、アレは、プラントの前身に当たるコロニー、『ミュトス』でまだ学生をしてた頃だ。

 パトリックが、一度だけ、ウズミに身の上話を打ち明けた事がある。

 

 『――親の虚栄心と復讐心、そのエゴによって私は生まれた、虚しいものさ。

  ……しかも私の両親はブルーコスモスに狙われることになると、私をあっさりと捨てた』

 

 ウズミは思った。 

 そういった経緯があるからこそ、彼は自分達の親でもあったナチュラルを捨てることが出来、そして、だからこそ、未来を――遠い外宇宙を目指せたのであろう。

 

 『――希望を背負って生まれ、ここに来たオマエとは違うかもしれないな』

 自嘲気味に、パトリックがそう言った事も、ウズミは思い出していた。

 

 (思えば、パトリックは自己の存在理由に飢えていたのか――今更だが)

 「レノア……」

 ウズミは、彼女の墓地にそっと、花束を置いた。

 亡きパトリックの妻、レノア。

 まっすぐな研究者で、ナチュラルとコーディネイターの溝をある種、超えていた。

 そんな彼女だからこそ、却って、パトリックは惹かれたのだろう。

 

 『ジョージ・グレンの言った調整者の意味、私、分かる気がするの。 宇宙と、地球と、きっとその先に未来があるから、それを調整していくのって、ニュータイプな人類といえないかしら?』

 

 遠い宇宙だけを眺めてきたパトリックにとって、レノアは初めて共に飛べる存在であったのだろう。

 

 「今度の議長選は間違いなくパトリックが選ばれるな……しかし、今の奴は……」

 彼は、レノアの墓にもう一度目をやった。

 「……どうかパトリックを見守ってやってくれ」

 

 ウズミが墓地を出ようとすると、見慣れた車が来た。

 自分が普段、移動で使っているものだった。

 迎えに来いとは言ってない。

 

 

 「お父さま!」

 すると、カガリが車から飛び出してきた、かなり、慌てた様子だ。

 「キラが……キラが!」

 

 

 

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 ラクスが自室に居ると、ノックがした。

 「あら、オルガ。どうされましたの?」

 「ロンド・ミナ・サハク様がお待ちです。 お茶にお招きしたいと」

 「ええ……キラ様にあってから、参りますわ」

 「畏まりました、ラクスさま」

 彼女の付き人件、ボディーガードであるオールバックの少年は、深々と礼をした。

 

 「しかし、ラクス様、よろしいのですか? 彼にあのような待遇をして」

 オルガは、キラ・ヤマトの処遇を言った。

 墜落してきたストライクについては国家間の手続きに従って――無論、オーブとしては秘密裏にデータを簒奪したが――回収したのにも関わらず。

 キラ・ヤマトについては、ラクスが極秘裏に、自分の館にて保護していた。

 父であり、この国の主事であるシーゲルにも、この事実だけは伝えられていない。

 「だって……私のお庭に落ちて来たのですから」

 ラクスはにっこりと笑った。

 「なるほど……失礼いたしました」

 ラクスは、支度をすると、キラの居る部屋に、オルガを連れ立って向かった。

 

 

 

 「ミナ様はよくお話してくださるのに……ギナ様は私がお嫌いなのかしら?」

 「ギナ様は男性ですから」

 「あらら……どういう意味ですか?」

 「ラクス様の美しさに、目を奪われるのです」

 「そうですか? あらら……なら、キラ様は?」

 「メロメロですよ」

 「めろめろ?」

 

 そんな会話をしながら、二人はキラ部屋へと入った。

 

 

 

 

 「あ……」

 「ご機嫌いかがですか?キラ様?」

 包帯に包まれたキラがいた。

 「ラクス……様?」

 

 「――ラクスで大丈夫ですわ、キラ様……キラ様、私に、めろめろですか?」

 「えっ……?」 

 

 キラは虚ろな目で、ぼうっと、ラクスをみつめた。

 

 「うふ?」

 

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 時が、流れようとしていた。

 戦いの陰は、白い大地を包んでいた。

 

 

 ――地上に堕ちたアークエンジェルを、遠方から監視する集団があった。

 彼らはファー付きの分厚いコートを着込んでいる。

 その下には、青や白を基調とした、地球軍の軍服が見えた。

 

 「先日、オーブからリークのあった船で間違い無いね。 アレ、ヘリオポリスで建造された、地球軍の新型強襲機動特装艦、アークエンジェルだ」

 兵士らしき少年が、双眼鏡を見ながら言った。

 「――マッケンジー伍長! ゼルマン少佐から連絡だ!」

 「どったの?」

 「"兎"の配下の"狂犬"が艦を出た! バクゥ5機を連れて、その船へ向かっているぞ!」

 「なるへそ……」

 

 少年――ラスティ・マッケンジーは、口元に笑みを浮かべた。

 「そいじゃ、オヤジの乗るはずだった船――どんなもんか見せてもらおうかね?」

 

 

 


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