機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 15 「決意」

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『無我夢中でやったことで褒められるのは複雑だ。

 でも、もう間もなくそんなことも終わる。

 終わると思いたい』

 

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 アルベルトのデッキでは、カガリがプラントへの帰路に付こうとしていた。

 プラントから追いついた迎えのナスカ級に、ランチで移動するところである。

 デッキにはその送別の為、ナタルやアズラエル、キラらも見送りに来ていた。

 

 「例え戦場でも貴方に会えて嬉しかった、キラ」

 「ええ、ボクもです……”姉様”」

 それを聞いて、カガリは口元に微かな笑みを浮かべる。

 ――対してキラの顔には多少引きつった様子があった。

 カガリに、言わされているのだ。

 

 「御身柄は、ノイマンが責任を持ってお送りするとのことです」

 「――アズラエル隊長、アルベルトは、追悼式典には戻られますの?」

 「さぁ? それは分かりませんが?」

 飄々とした様子で、アズラエルは言った。

 式典のことなど、すっかり忘れていたという風である。

 カガリは、アズラエルの目を見据える。

 「戦果も重要なことでしょうが、犠牲になる者のこともどうか、お忘れ無きよう」

 「ですねぇ? 肝に銘じましょう」

 アズラエルは肩をすくめた。

 ――その言葉が届いたかは甚だ疑わしい。

 「何と戦わねばならないのか……戦争は難しいわね」

 と、カガリは今度はキラの方を見た。

 「ええ……」

 キラはそっと、頷いた。

 (――頑張れよ、キラ)

 そんなキラに、カガリは口の動きだけでそっと励ましの言葉を伝えた。

 しかし、その言葉が虚しいものであるのを知ってか、カガリはそっと目伏せると、ランチへ乗り込んだ。

 キラも、その言葉を解してはいたものの、返答を思いつかずにいた。

 

 

 「何と戦わねば……ねぇ?」

 アズラエルが、キラの後ろに立って言う。

 「はは、簡単な事です、自分たちの害になる敵と戦えばいい。とてもシンプルじゃないですか」

 「……」

 

 キラは何も言わず、アズラエルを一瞥した。

 その視線には、明らかに嫌悪が篭っていた。

 そんなキラを気にせず、アズラエルは続けた。

 「――ガモフから、先程連絡が入りました。 サイ・アーガイル君が、負傷したそうです」

 「え――!?」

 キラが目を見開いて驚く。

 「イージスに、やられて、あわや失明するところだったとか」

 「あ……!?」

 

 「君が、あの時、敵を撃っていれば、ねぇ?」

 アズラエルはそれだけ伝えると、口元に笑みを浮かべて、去っていった。

 残されたキラは、デッキで、ただ震えていた。

 

 (俺は、お前の事信じているからな)

あの時の、サイの顔が、キラの脳裏に浮かぶ。

 「サイ……カガリ……!」

 嗚咽に近い声が、キラの口から溢れた。

 

 

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 「180度回頭。減速。更に20%、相対速度合わせ!」

 「了解! 180度回頭。相対速度合わせ!」

 ダコスタがバルトフェルドの号令に復唱する。

 

 「いいんですか? 旗艦の横っ面なんかに止めて」

 ダコスタが不安げに言った。

 艦隊の旗艦――メネラウスはいわば城砦の中心部であり、言うなれば王のいる玉座の間がある場所だ。

 極秘のG計画のメンバーに選ばれたダコスタではあるが、少し前までは只の下士官に過ぎなかったのである。

 自分の操舵でそのような大それた事をするのは、流石に気後れした。

 

 そんな様子のダコスタを、バルトフェルドは一笑した。

 メーン・パイロットという大任を任され、連戦を乗り越え……随分成長した様子に見えたが、この部下のこういったところは変わらないのだ。

 

 「――レイ・ユウキ提督が、艦をよく御覧になりたいんだとさ。

  後ほど、ご自分でこっちに来るとさ。あの御大将こそ、この計画の一番の推進者だったからな」

 

 レイ・ユウキ――地球軍の准将である。

 かなり、若く見えるが、歴戦の将校であり、アークエンジェルを元としたG計画の発起者であった。

 

 バルトフェルドとは長い付き合いである。

 

 

 

 アスランは、アークエンジェルの窓から見える。

 第八艦隊の様相を眺めた。

 真隣に位置する大型戦艦には、第八艦隊のシンボルマークである、八つの星が描かれていた。

 

 (――?)

 と、アスランはそのマークに見覚えがある気がした。

 

 

『ヴェイア――アレックス――地球連合の艦隊だ――撃たれる前に撃て――』

 『モビルアーマーの数が思った以上に多い――ダメか!?』

 『アレックス――!!』

 

 (ウッ……)

 断片的に、過去の戦闘の情景がフラッシュバックされる。

 凄惨で、過酷な戦闘であったことは覚えている。

 アレは、モビルスーツで初の実戦をした時の――そのときに戦った部隊なのか?

 

 よく思い出せない、あの時の戦闘は無我夢中で、記憶が飛んでいる。

 そういえば、この間も戦闘のことも、そうだ。

 俺はあのときどうして――。

 

 「アスラン!」

 「あ……」

 頭を抱えていた、アスランの元へ、ニコルが現れた。

 「やっと、これで降りられるんですね、ボクたち……」

 「……ああ」

 

 (もう止そう……もう戦う必要は無い……そんな事を考える必要もなくなるんだ)

 

 

 アスランは先程までの思考を振り払って、考えるのをやめる事にした。

 

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 「お久しぶりです、提督」

 「アンドリュー! 無事でなによりだ! 先ほども戦闘中と聞いて、肝を揉んだよ」

 アークエンジェルに着艦、したランチから、精悍な将校が降りてきた。

 レイ・ユウキ准将である。

 「それに、アイシャも無事だったか……それにクルーゼ大尉……君がいて良かった」

 「いえ、さしてお役にも立てず」

 一人一人、艦の士官、下士官達と握手を交していくユウキ。

 一通り、握手を終えたところで、デッキの一角に目を留める。

 「彼らが……ヘリオポリスの学生達か」

 ユウキは、アスラン達の前に立つと、一人一人に礼を言った。

 「君らのおかげで艦を守ることが出来た……感謝する。」

 そして、イザークの前に立つと、

 「イザーク……大変だったな」

 と言った。

 「いえ、自分は……」

 「エザリアのことは、大変残念に思う。 君の母上は友人でもあった。 惜しい人を亡くしたものだ」

 「……母は最期まで地球の事を考えておりました」  

 「そうか……」

 ユウキは、イザークに手を差し出した。握手で応える、イザーク。

 「エザリアも、君の成長を喜んだことだろう――そして」

 ユウキは、アスランの方を見た。

 「君が、イージスを操ったという少年か――君は……」

 

 と、ユウキが言いかけたところで、共に随伴してきた仕官が、彼に時間が余り無い事を告げた。

 「そうだな、まだザフトの追跡もある……また後で時間が取れるといいな」

 ユウキは、アスランに手を差し出した。

 「あ……」

 アスランは、そのまま握手を交した。

 「じゃあ、また」

 気さくな笑みを浮かべて、レイ・ユウキは去っていった。 

 

 (ああいう人が……地球軍の、提督?)

 プラントにいた頃、地球軍は卑劣で、野蛮だと、何度も父から聞かされた。

 

 もう少し、軍隊らしい人間が現れるのかと思っていた。

 しかし、あのレイ・ユウキという将校からは、少しの嫌悪感も感じなかった。

 

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 「つまらないな……」

 何ともなしに、自室でアズラエルは呟いた。

 「ボクが木星まで行けたのは、君のお陰でもあるのに……まさか、ねぇ?」

 アズラエルは、先程ナタルから渡された第八艦隊についてのファイルを眺めた。

 「やめてよね――ナチュラルの君が――」

 

 

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 レイ・ユウキと面会を終えた後、アスランはクルーゼにメビウス・ゼロの修理を手伝わされた。

 「直りそうかね、アスラン?」

 「ええ、でも大尉、合流したのに何故……?」

 もう第八艦隊と合流したのだ。

 これだけの戦力相手では、ザフトも攻撃を仕掛けてこないのではないか――とアスランは思った。

 「戦場では不備があるよりは無いほうがいい、生き延びる事が出来るかもしれない」

 「それはそうかもしれないですけど……」

 アスランはゼロの部品交換不可能な部分を手作業で修理した。

 「まあもうすぐ、こんな事もせずに済むようになりますから……かまいませんが……」

 「……アスラン」

 「はい?」

 自分が生意気を言ったので、クルーゼが気を悪くしたのか――とアスランは思った。

 しかし、

 「君には世話になった、礼を言う」

 クルーゼの口から出てきたのは意外な言葉だった。

 「艦を守ることが出来たのは、他でもない、君のおかげだ……感謝する」

 クルーゼは、軽く礼をした。

 

 「俺は……俺のやるべき事をやっただけです。 仲間を守る為に……」

 

 アスランは、最初にクルーゼから言われた事を、そのまま返した。 

 

 「そうか、なら君の戦う理由もなくなるな。 正直を言えば、君のようなパイロットにはいて欲しいものだがね」

 

 戦う理由がなくなる?

 その言葉に、アスランは違和感を覚えた。

 

 (キラは? イザークは? 父は……)

 

 「――俺は、本当にこのまま降りていいんでしょうか、大尉? ……戦争はまだ続くのに、戦える俺が」

 アスランはクルーゼに思わず聞いた。

 

 「君の力は確かに魅力的だが、君がいれば勝てるという物ではない。

  己惚れるな……己の戦う理由の見えない者が戦場にいても、ただ死ぬだけだ」

 アスランはその言葉に黙った。

 

 すると、

 「クルーゼ大尉!」

 突然アスランの背後から声がした。 アスランが振り向くと、其処には大柄の軍人の姿があった。

 「アデス……!」

 クルーゼが声をあげた。どうやら、知り合いの様だ。

 しかし、クルーゼは、突如何か思い出したように、

 「いえ、お久しぶりです、アデス大佐」

 と、口調と態度を改めて言い直した。

 「止めてください! 軍務の上ではそういうわけには行きませんが……私にとってクルーゼ大尉は今でも尊敬する隊長です」

 「そうは言ってもな……今では、君の方が上官だろアデス?」

 クルーゼは、アデスの首元の階級章を見ながら言った。

 「確かに、階級は私のほうが上になってしまいましたが……軍人としては貴方のほうが上だと、今でも思っております」

 「教えたはずだ……軍人は如何なる場合も規律を護らねば生き残れないと」

 「ハッ……そのとおりです!」

 アデスはクルーゼに敬礼をした。

 「……やはり、わかっていないようだな、アデス」

 クルーゼは苦笑した。

 「懐かしいものです、グリマルディ前線のとき、あの時はユーラシアとの複合軍で、ゼルマン艦長とクルーゼ隊長が居て、実戦経験の少ない私は、ずいぶん心強かった物です」

 「なに、君の働きはすばらしかった。 今の地位がそれを証明している」

 「いえ、私のようなものより……本来なら隊長のほうが……!」

 「士官学校を主席で卒業した君と、私のようなパイロット上がりでは昇格の早さが違って当然だ……もっと自信を持ち給え、アデス」

 ……戦友か、とアスランは思った。  

 こんなクルーゼ大尉は初めてだ、とも。

 

 以前はアスランにクルーゼは言った。

 何故パイロットをやるか? それは生きている心地がするからだと。

 

 恐らく、彼の居場所はこの戦場なのだろう。

 

 

 なら、自分の生きる場所は――生きている場所は何処なのだろうか――。

 

 (いや――少なくとも戦場じゃない――俺のいる場所は――)

 と、アスランの思い返す場所は、レノアと、キラと、幼い自分のいる、月面の農場だった。

 それから、ヘリオポリス――。

 

 それらは失われた場所だった。

 アスランは哀しかった。

 

 地球に降りれば、新たな居場所は見つかるのだろうか?

 生きているという実感を得ることは、果たしてできるのだろうか、と。

 アスランは思い悩むばかりだった。

 

 

 

 そしてふと――。

 

 『アレックス、お前と私で――新しいザフトを、歴史を作るのだ――』

 

 父の傍らに居た時を思い返した。

 

 その場所だけは、ありえない――。

 

 アスランは、(かぶり)を振った。

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 「除隊許可証?」

 バルトフェルドから渡された書類に、ディアッカは首を傾げた。

 艦の仕事を手伝ったりはしたが、軍に志願した覚えは一切無い。

 にも関わらず、”除隊許可”とはどういうことなのか?

 それに、この書類に書かれている日付は、ヘリオポリスにザフトが来た以前の日付では無いか。

 「例え非常事態でも、民間人が戦闘行為を行えば、それは犯罪となるんだよ」

 バルトフェルドが言った。

 「ええー!」

 とニコルが声を上げる。

 「それを回避するための措置として、日付を遡り、君達をあの日以前に、入隊した志願兵って事にしたんだよ。 まぁ、君らの好意は非常に在り難かったからね……こっちも相応のムチャをしたのさ」

 「はぁ……」 

 ニコルが平然と言ってのけるバルトフェルドにため息をついた。

 「――本当に、ありがとう。 今俺が生きてるのは君らのお陰だよ」

 バルトフェルドは少年達に礼をした。

 「いえ……」

 

 色々な事があった。

 銃口も向けられたし、死ぬ思いもした。

 墓荒らしのような真似もさせられたし、友達が傷つくのを間近で見る羽目になった。 

 でも―― 

 「ボクたち、何も知らなかったから――」

 知る事になった。

 そして、自分達も結果的にバルトフェルドたちに守って貰っていたのだ。

 「――アスラン・ザラは?」

 「ああ……クルーゼ大尉に呼び出されて……」

 「そうか、彼にも渡しておいてくれるか……俺も最後に、挨拶しようとは思っているが……」

 バルトフェルドは、近くにいたイザークにアスランの分の除隊許可証を渡した。

 

 と……

 「……バルトフェルド大尉! お願いがあります!」

 イザークがそれを受け取りながら言った。

 ん?と呟いて、バルトフェルドがイザークを見た。

 「俺を……私を、地球連合軍に入れてください! 志願したいんです!」

 「ええ!?」

 「イザーク!?」

 

 突然のイザークの発言に、ニコルとディアッカも驚いた。

 

 

 「ふざけた気持ちで言ってるのではありません。 母が討たれてから……私は考えました」

 「復讐かね? ――君の母上は君を戦争には……」

 「違います!」

 イザークは叫んだ。

 「確かに、母は、私を戦争に巻き込まんとして、中立のオーブへ留学させました。

  自分も――母が討たれるまでは正直、何とも思っていませんでした。戦争はその内に終わる。

  しかし、母が討たれ、艦隊と合流して、地球に降りられると聞いた時、自分は違和感を感じました。

  ――これでもう安心か! これでもう元通りなのか? ……そんなことはない!」

 「イザーク……」

 ニコルが呆然として、それを聞いた。

 「世界は依然として戦争のままだ……母は、戦争を終わらそうと必死で働いていたのに!

  本当の平和が……戦うことによってしか得られないなら! 俺はもう、安全な場所でそれを待っている事など、したくは無い!

  自分も……母の遺志を継いで戦いたいと! ……自分の力など……なんの役にも立たないのかもしれませんがッ!」

 

   イザークは、バルトフェルドに訴えた。

 

  「私も、同じ気持ちです――」

  「フレイ!?」

  「私の父も、コーディネイターとの諍いで――テロで死にました

   ――でも、私も、それでも! 何も出来ないと思い込んで、知らないフリをして、ずっと目を背けて来たんです!

   でも、お父様に続いて、おば様までなくして、私も思いました。 このまま、同じような悲しい事が繰り返されていいのかって。

   だから私も、イザークと一緒に……!」

  フレイは、寄りそうようにして、イザークに駆け寄った。

 

  「おい、イザーク!」

  ディアッカが、本当にいいのか、とイザークの肩を掴んだ。

  「ディアッカ、ニコル、お前たちは気にしないで船を降りてくれ」

  「え……」

  「お前達はオーブの人間だ。 これ以上この戦争に参加する事も無いさ」

  「だけどよ……」

  「お前達から、アスランに渡してくれ――」

 

  イザークは、二枚のうち、一枚の除隊許可証をディアッカに渡した。

  そして、もう一枚を、バルトフェルドに返上した。

 

  「相当な覚悟があるようだな――男がそう決めたのであれば、拒む理由は無い。 だが、よく覚えておきたまえ……憎しみに囚われた戦争は殺戮しか生まないのだ」

  「俺は――コーディネイター自体を憎むことはありません」

  イザークはバルトフェルドを睨む様な目で見た。

  

 その脳裏には、きっとアスラン・ザラの姿があるのだろうと、バルトフェルドは思った。

 

 

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 アークエンジェルのモビルスーツデッキに、メネラオスから次々と補給物資が詰め込まれていた。

 その中には、イージス用の武器らしきものもあった。

 「イージスプラスユニット?……それにスカイ・グラスパーの改修型!? 殆ど大気圏用じゃねーか!」

 ミゲルが納入書を見て驚く。

 「地球に降りるのか……」

 マッドが面倒くさそうに頭を掻いた。

 

 

 「――戦闘機か、あの男が好きそうだな」

 クルーゼは、運び込まれた、スカイ・グラスパー改修機――スカイ・ディフェンサーと呼ばれる、大気圏内用の小型戦闘機を見て呟いた。

 どちらかといえば、クルーゼは宇宙を舞うほうが好きだった。

 しかし、久しぶりの地球――その戦いもまた、彼に何かを予感させていた。

 

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 「降りるとなったら、名残惜しいのかね?」

 「まさか……え?」

 デッキで一人、イージスを眺めていたアスランの元に、一人の将校が訪れた。

 レイ・ユウキだった。

 「アスラン・ザラ君だな? 報告書で見ているんでね――しかし、ザフトのモビルスーツに、せめて対抗せんと造ったものだというのに。コーディネイターが使うと、こうもなってしまうんだな」

 「さあ……」

 アスランは、突然の連合の将校の来訪に、言葉に窮した。

 しかし、レイ・ユウキ准将は、そのまま気さくに言葉を続けた。

 「君は、プラント出身だそうだが?」

 「……はい」

 「……もし、よければ、どうしてプラントを出たのか教えてくれないか?」

 「え……」

 レイ・ユウキはアスランを見た。

 (この人――?)

 アスランは直感で感じた事を、呟こうとした。

 しかし、

 「閣下!メネラオスから、至急お戻りいただきたいと!」

 「やれやれ……君達とゆっくり話す間もないか」

 迎えの兵士が、ユウキを呼んだ。

 「何にせよ、早く終わらせたいものだな、こんな戦争は……アークエンジェルとイージスを守ってもらって感謝しているよ。 良い時代が来るまで、死ぬな!」

 「……あの! アークエンジェルは……これから?」

 「アークエンジェルはこのまま地球に降りる。ヤツらはまた戦場だ!」

 「――俺は」

 「君が何を悩むのかは分かる。君の力は必要かもしれん……軍にはな。でも、恐らく君は、何か願いがあってプラントを出たのだろう?」

 「でも……出来るだけの力があるなら……!」

 やらねばならないのではないか――逃げては、いけないのではないか。

 アスランはそう言おうとした。

 しかし、

 「――出来る力があれば、やらねば成らないのかね? そうして自分を傷つけて……いつか、周りも傷つけるぞ?」 

 「え……?」

 「覚悟の無いモノに、戦争は出来んさ。 ――まあ、それでも君は私のように成らん事だな」

 「あ――!?」

 

 

 

 貴方は――と、アスランは言おうとしたが、ユウキは、そのままデッキから飛び立ち、メネラオス行きのランチへと向かってしまった。

 

 

 

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 ナスカ級戦艦、アルベルトのブリッジで、ナタルは声を荒げていた。

 

 「バカな! 攻める!? あの戦力相手では此方も只ではすみません! 第一、足つきは大気圏に突入を!」

 「――確かに、このタイミングで戦闘を仕掛けたという事実は古今例がありません。 

  ですが、あの船が大気圏突入の為に全神経を集中している無防備な今の状態こそ、アレを仕留める最大のチャンスとは思いませんか?」

 アズラエルは宙域図を広げて、作戦を説明し始めた。

 

 現在、自軍の戦力はナスカ級であるアルベルトが1隻。

 先程合流したガモフと、本国からの増援であるツィーグラーを足して、ローラシア級が2隻。

 モビルスーツは、ジンが補給分も合わせて11機、そして――ブリッツ、バスター、ストライクの3機。

 

 対して、敵軍はネルソン級10、ドレイク級20、そしてアガメムノン級と呼ばれる大型の旗艦、メネラオス。

 そしてモビルアーマーが40機以上と推測。

 ――モビル・スーツの優位性は開戦以来の戦果で十分証明されていた。

 戦力比も、地球軍のモビルアーマーと比較すればジンとの差は1:3。

 ソレに加えて地球軍から奪取したあの驚異的な性能を持つモビルスーツもある――。

 しかし、それでもこれだけの数を相手にするには、相応の犠牲を覚悟して、のことであった。

 地球軍がさらなる兵器を隠し持っている可能性だってある。

 

 「状況はこちらの不利です! いかにモビルスーツが敵軍に対して優位な戦力であろうと――」

 「無理を無理と言うことくらい誰にでも出来ますよ。それでもやり遂げるのが優秀な人物。 軍隊でなくても……ビジネスの世界でもそうでしょう?」

 「なっ……!?」

 「……例えです。 貴方ってもしかして、確実に勝てる戦しかしないタイプ?」

 「ッ!」

 「それもいいですけどねぇ。 ここって時には頑張らないとザフトは勝者にはなれませんよ? 頑張って下さいよ、虎穴に入らずんば虎児を得ずってね」

 アズラエルは、ブリッジの画面を最大望遠にして、第八艦隊を眺める。

 

 (レイ・ユウキ――か、邪魔なヤツだったけど……ここらで退場してもらおうか)

 アズラエルは、メネラオスに乗っている人物の事を思うと――口元を歪めた。

 しかし、目は、どこかつまらなそうだった。

 

 

  「そうだ、それに――あのストライク? やってくれると思いますよ――今の彼なら」

 

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  「アスラン――」

  キラは、ストライクのコクピットに、篭っていた。

  「ボクは君を――撃つ――討たなきゃ」

  敵意と悲しみを目に潜めて。

 

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 避難民が、シャトルに乗り込む準備を始める。

 ――アスランも船室から僅かな荷物を持ってその列に並び始めた。

 しかし、いくら探しても、ニコルやディアッカの姿が見えない。

 「――アスラン!」

 「探した……まだ、その服なのか?」

 「アスラン……僕達……」

 

 ニコルは、アスランに除隊許可証を渡した。

 そして……。

 

 

 「残る!? 残るって、アークエンジェルに!?」

 ディアッカとニコルは、アークエンジェルに残る旨をアスランに告げた。

 

 「イザークが残るってよ……アイツだけおいていくなんて、出来ないしな」

 ディアッカも、この戦争に対してずっと感じていたことがあった。

 それは、父と地上を旅していた時に学んだ経験からも来ていた。

 一種の使命感であった。

 ――アスランと、イザークと。

 二人の友人を通してみた、この戦争の本質である。

 イザークは、やるべき事をやる為に戦おうとし、

 アスランは、出来る事をする為にコレまで戦ってきた。

 なら自分は――。 

 「――とりあえず、今は降りられねえよ」

 

 「何かあっても、ザフトには、入らないでくださいね……」

 ニコルにも、そうした考えがあった。

 今まで平和な世界に存在していた。

 でも、身近にこのような戦乱があった。

 それに巻き込まれてしまった。

 

 もう、戻れないような気がした。

 ――それは、自分自身のことでもあったが、イザークやアスランのこと。

 「アスラン、ボクがイザークを見てますから、アスランは、元の場所に戻ってください」

 ニコルは、自分が、彼らを元の場所に帰らせなければ成らないと感じていた。

 

 イザークは戦争に近すぎた。 アスランは戦争に深く引きずられすぎた。

 それならば、ニコルは、自分は――平和な世界に居た身として、それを引き止めるべきなのではないだろうか。

 変わりに自分が、戦争に埋没していく事で――。

 

 「それじゃ……」

 「おい!」

 

 二人は、書類を渡すと、アークエンジェルのブリッジの方へ流れていった。

 

 

 

 「俺は――」

 

 『逃げおくれたのさ、イザークが飛び出したんだよ、アスランが外にいるって、お前を追って』

 『そこまで戦いが嫌かね……同胞を裏切って、逃げ出してまで平穏がほしかったのか? 』

 『なんでだよ!? なんでキラの友達が!! なんで、こんなとこに、地球軍にいるんだよ!?』

 

 『アレックス! 何故戦わん!』

 

 

 (くそっ!)

 アスランは、その場で立ち尽くした。

 

 ――シャトルに乗り込むランチの、発進を継げるアナウンスが聞こえた。

 アスランは、決めねばならなかった――。


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