機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 13 「カガリ、吼える」

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『願えば願うほど、思えば思うほど、

 事態は悪いほうへ向かうような気がした。

 結局のところ、出来ることなど何もなかったのかも知れない。 

 ……それでも!』

 

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 ブリッジに重苦しい空気が流れている。

 

 「か、艦長、後方にナスカ級、依然健在、……どうしましょうか?」

 「……え?」

 細い目で、ダコスタを見るバルトフェルド。

 「い、いえ……失礼しました……」

 「……そうだねえ、体勢、立て直さなきゃな」

 バルトフェルドは苛立ちを抑え切れない自分を感じていた。

 

 勝てる戦では無かったとは思う。

 だが、やり様はあったのではないか?

 

 いや、そうだ。 

 クルーゼのいう通り、あのモラシムのやった通り、最初からあのカガリ・ユラ・アスハを人質に使うべきだったのかもしれない。

 

 「大天使っていうより、疫病神かね? この船……?」

 

 思わず、らしくないことを呟くバルトフェルドだった。

 

 

 

 

 アークエンジェルのモビルスーツデッキでは、急ピッチでメビウス・ゼロの修理が行われていた。

 「急いでくれよ。これで、終わった訳では無いからな」

 クルーゼは、ミゲルやマッド・エイブスにそう言いながら、バイザーを器用に取り外してサングラスにあっという間に付け替える。

 ――素顔が見えるかもしれない、と覗き込んでいたミゲルは、その早業に驚いた。

 「分かってますよ! しかし、クルーゼ大尉をあそこまでやるなんてね……」

 「只者では無いな、あのシグーのパイロット……」

 クルーゼは、メビウス・ゼロの修理の様子を眺めながら、水の入ったボトルを片手に、何かの錠剤を飲み干した。

 

 (……よもや、裏が押さえられているということはあるまい?)

 

 ……クルーゼが、思案していると、そこへ

 「どういうことですか!」

 と、アスラン・ザラが憤りながら詰めかかって来た。

 

 「どうもこうも、聞いた通りだ? あの嫌味な男に危機を救われたという事だ」 

 「危機を救われたって……!? あの女を人質にとって脅して、そうやって逃げるのが、地球軍て軍隊なんですか!?」

 

 ――クルーゼは無言で、アスランを見詰めた。

 「ン……!」

 瞳が見えないはずなのに、強い眼光のようなものを感じてアスランが黙る。

 「このような事態になったのも、我々の力が足りないからだ」

 「……ッ」

 「君にも私にも、この艦の、今の状況をどうこう言う資格は無いさ」

 クルーゼはそう言うと、アスランの肩に手を置いて、モビルスーツデッキを後にした。

 

 

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 アークエンジェルの後方では、手出しが出来ないまま、追跡を続けるナスカ級戦艦”アルベルト”の姿があった。

 

 そのブリッジでは、隊長であるアズラエルに、副官のナタルが意見していた。

 

 「このまま付いていったとて、カガリ嬢が向こうに居られれば、どうにもなりますまい」

 ナタルがアズラエルに向けて言う。

 「ま、そうですね。 お手上げって所かな?」

 「そんな……! みすみすこのまま、カガリ嬢を地球軍に……!!」

 アズラエルの適当な態度に、思わず声が大きくなるナタル。

 そんなナタルを気に留めないかのように、オレンジ髪の兵士に、アズラエルは尋ねた。

 「あのさ? ガモフの位置は? どのくらいでこちらに合流できます?」

 「確・認! 現在、6マーク、5909イプション、0,3です! ……合流には、7時間はかかるかと!」

 「それじゃ、間に合いませんね。 手を打つ前に合流されてしまうか……」

 「……難しい状況です。 いかがなされますか?」

 ナタルは、余裕ぶるアズラエルに、皮肉を込めて言った。

 

 「あー! やめやめ、打つ手がありません!」

 「なっ!?」

 あろう事か、アズラエルはギブアップを宣告したのだ。

 「人質を取られている以上、ムチャな事は出来ないですしね。 休憩です、休憩。 しばらくのんびりとしてましょう」

 「クッ……!」

 それでも飄々とした態度を崩さないアズラエルに、ナタルは歯噛みするばかりだった。

 

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 イザークはずっと、船室のベッドで毛布を被っていた。

 

 目は虚ろで、うっすらと涙を浮かべていた。

 

 「イザーク……」

 フレイがずっと彼に寄り添っている。

 「母上……」

 イザークがポツリと、言葉を漏らした。

 すると、堰を切ったかのように、涙が溢れ出した。

 「クッ……ウゥ」

 

 母は、大切な家族だった。

 それだけではない、彼の人生の指標でもあった。

 過去の全てでもあった。

 そういう生き方をしてきた少年だった。

 

 見舞いに来ていたディアッカは思わず目をそむけた。

 見ていられなかった。

 

 すると、アスランも様子が気になったのか、イザークのいる船室へとやってきた。

 「……アスラン、今は……」

 入らないほうがいい、とディアッカは言いたそうだった。

 

 それでも、罪悪感や、友への心配から、足を進めるアスラン。

 

 と、イザークがそれに気づく。

 「ッ……!」

 顔を背ける、イザーク。

 こんなときでも、泣き顔を見られたくないという気持ちが働いたのだろう。

 「イザーク……」

 すまない、ともいえなかった。

 そんな事を言っても、彼の母親は帰らない。

 謝りきれる、ことではない。

 

 「出て行って!」

 フレイがアスランに言った。

 「うそつき! イザークが言ってた! アスランが任せろって! なのに!!」

 「おい、フレイ!」

 ディアッカが、フレイとアスランの間に入って、フレイを止める。

 「――私、聞いたんだから! あんた、あのストライクのパイロットと、友達だったんでしょう!」

 「……え!?」

 ディアッカが、驚きに声を上げる。

 「――!」

 そして、イザークもそのフレイの一言に目を見開く。

 「あんた! 自分もコーディネイターだからって、本気で戦ってないんじゃないの!」

 その上に、更にフレイは続けた。

 

 「――!?」

 フレイの言葉に絶句する、アスラン。

 

 (撃てるのか?)

 

 カガリの言葉が、アスランの頭に反芻される。

 

 

 ――と、ずっと声を潜めて涙を流していた、イザークが、言葉をこぼした。

 「……出て行ってくれ」  

 「イザー……」

 「出て行ってくれ!!」

 声を掛けようとしたアスランに、イザークは怒鳴った。

 

 「アスラン……」

 ディアッカは、いこうぜ、とアスランの肩を押すと、部屋にはフレイだけを残して、其処を後にした。

 病室の外では、見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりの、重たい表情をしたニコルがいた。

 「デテイケー……」

 ニコルが抱えていたハロが、イザークをまねして喋る。

 

 「……クッ」

 「アスラン!?」

 

 アスランは、ディアッカとニコルに背を向けると、宛てもなくアークエンジェルの廊下を流れ出した。

 追いかけようとするニコルをディアッカは止めた。

 

 一人にしてやるべきなのだ。

 アスランも、イザークも。

 

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 アスランは、アークエンジェルの宇宙の見えるブリッジまで来ていた。

 

 一人で、星々の海を眺めていた。

 

 

 (お父さんも一緒ですか?)

 (ああ、そうとも。アレックス、二人で星間旅行だ!)

 

 なぜか、幼い日のことを思い出したアスラン。

 すると、彼の頬にも、一筋の涙が流れていた。

 

 それが、心的な疲労から来る幼児退行とは、聡明なアスランには分かっていた。

 そして、その記憶が今の自分を更に苦しめる事も――だが、

 

 (木星遥か、土星も越えて、天王星へ寄り道がてら、海王星からまだ先へ!)

 

 とめどない記憶の奔流にアスランは窓ガラスを叩いた。

 

 戦闘にも絶えられる強化プラスチックである。勿論びくともしない。

 が、アスランはこのまま窓を破って宇宙に消えてしまいたいくらいであった。

 この宇宙の果てへ――そこなら、戦争も無いだろう。

 

 アスランは遥か漆黒を眺めた。 このまま、魂が吸われそうだった。

 無限の虚無の彼方へ――。

 

 しかし、まだこの世界はアスランを繋ぎとめておきたいようだった。

 何かの感触が肩に触れた。 それがアスランの意識を、一気にこの場所へ還らせた。

 

 「トリィ!」

 「あっ……」

 トリィだった。

 後ろに人の気配があった。

 カガリ・ユラ・アスハだった。

 「……よう」

 女らしくない、声の掛け方だった。

 アスランは軍服の袖で、涙を拭くと、振り返った。

 「大丈夫か?」

 「……ああ」

 アスランは頷いた。

 

 アスランはトリィを手のひらに載せると、そのままカガリに差し出した。

 それを受け取るカガリ。

 

 「ありがとう」

 カガリは微笑んだ。

 「キラから預かった、大事なものなんだ」

 「――そうか、お前が。 戦場には連れていけないだろうからな……」

 「ああ」

 カガリは、手にトリィを乗せたまま、その手を口元に寄せた。

 チチチ、とトリィはカガリに口付けをした。

 

 「トリィはさ、鍵が掛かってると、勝手に開けちゃうんだ――お前がつけたのか?」

 カガリは、アスランの方を見ながらそんなことを言った。

 「――鍵を!? そんな機能はつけた覚えはない」

 「そうなのか? 録画機能とか、他にも色々」

 「いや、デバイスに拡張性は持たせてあるが――」

 「それじゃ、キラのヤツ……」

 「キラ……相変わらずなんだな」

 

 そうだった、アイツは根っからのハッカー気質だった。

 

 「キラか……」

 「キラのストライクと――戦ったのか?」

 「いや、途中で止めることが出来たよ……お前のお陰でな……」

――すまない、とアスランは付け足した。

 「いいんだよ! 私……! キラと、お前が戦わないで済むなら……それで」

 

 カガリは、そういうと、少し困った様に、もう一度アスランに笑顔を向けた。

 

 その顔に、アスランの心は少し癒されるようだった。

 

 

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 「自分もコーディネイターだから、本気で戦ってない、か?」

 「本当に、そう思います?」

 「まさか」

 

 食堂で、ニコルとディアッカは先ほどの件について話していた。

 

 「――取られちまった、あのモビルスーツ……ストライクってのに乗ってんの、アイツの昔の友達らしいな」

 「あのカガリって子と話して――ましたね」

 

 先刻、アスランと分かれた後。

 また、カガリ・ユラ・アスハが部屋から行方を眩ませたと、ダコスタから捜索を頼まれていたのだ。

 

 ――そして、アスランとカガリの会話を聞いてしまった。

 

 「疑うわけじゃねーけどな」

 「でも……仲のいい友達だったみたいですよ」

 「あーあ……」

 ディアッカは、椅子に寄りかかって、天井を仰いだ。

 

 「――イザーク!」

 その視線の先に、イザークがいた。

 

 「……思わんな」

 

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  時がたち、アークエンジェルに標準就寝時刻が訪れた。

 

 

 『キラと、お前が戦わないで済むなら……』

 

 「俺は……」

 

 イザークの母を死なせてしまった。

 (でも……)

 あの、真っ直ぐな瞳を思い出した。

 そもそも、何故自分はイージスに乗り続けてきたのか。

 

 (カガリがこのままこの船に乗っていれば、ここは安全か? それで……友達が守れるのか?

 だけど……守れたとして、カガリはどうなる!?)

 

 自分は、キラは、どうして戦い始めたのか。

 その理由を思い返す。

 

 

 『何故戦わん! アスラン!』

 あの時、父の言葉を、なぜプラントを出たかを。

 (母さんは! そんな事を――望んでない!)

 

 「俺は……こんなこと、許せない」

 アスランは、部屋を出た。

 

 

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 「カガリ……!」

 アスランは、灯を消して眠りについていたカガリの下を訪れた。

 「トリイ!」

 「静かに……トリィ!」

 アスランはトリィを宥めると、ベッドに眠るカガリの名をそっと呼んだ。

 「……アスラン!?」

 「カガリ……」

 顔を近づけ、そっと耳打ちしようとすると

 「まさか、オマエ、わたしに……そんな!」

 よからぬ妄想をしたのか、カガリは顔を真っ赤にして枕をアスランにぶつけた。

 「――バ、バカ、そんなんじゃない! 静かにしろ!」

 アスランはカガリの口を塞ぐと、部屋から連れ出した。

 「オマエ、私になにするつもりだ、私はそんなはしたない女では……!」

 「違うっていってるだろ! 少し黙っててくれ!」

 声を潜めながら、アスランは言った。

 

 

 

 

 

 カガリが何回も抜け出したせいで、見まわりが頻繁に来るが、

 事前に調べていたため、なんとか見つからずにこれた。

 だが…

 「あれアスラン? ……なにやってるんだ?」

 「……アスラン!その子! まさか」

 途中ディアッカとニコルに見つかった。

 「黙って行かせてくれ。 ……俺は!」

 と、アスランが言うと。

 「――同じ、コーディネイターだからか?」 

 「イザーク!?」

 ディアッカとニコルの後ろに、イザークもいた。

 

 

 

 罪悪感から、目を背けそうになるアスラン。

 しかし、彼はそれを必死で堪え、イザークを見詰めた。

 それでも、伝えなければならない事があると感じたからだ。

 「罪の無い民間人を人質に……そんなこと、俺は出来ないんだ!」

 アスランは、イザークに言った。

 イザークは、しばらく無言だった。 しかし、

 ――フ。

 と、アスランは一瞬、イザークが笑った気がした。

 「母もそう言うだろうと思う」

 「イザーク?」

 「行かせてやれ。 俺も手伝ってやる」

 イザークは言った。

 「あ……」

 「ボ、ボクもです MSデッキの方も、人がいっぱいだと思いますか……」

 「ま、女相手に、こんなのは良くねえよな……」

 ニコルとディアッカも、大きく頷いた。

 

 「な、なんだお前ら! さっきからイかせてやれだのなんだの、ち、違うぞ、アスランと私は、そんなコトをしようとかそんなんじゃ……」

 「少し黙っててくれ、カガリ」 

 アスランはカガリの手を引くと、友らと、走り出した。

 

 

 

 

 

 アスラン・ザラはパイロット・ルームにカガリを入れて、宇宙服に着替えさせた。

 「ちょっと待て、そんなドレス……入るのか?」

 「いや……大丈夫さ! ちょっと待ってろ! ――む、向こう向けよ!」

 「あ、すまない……」

 カガリは、ドレスのスカート部分をたくし上げ、強引に宇宙服を着込み、あまった布地を腹の部分にしまった。

 そのため、パイロット・ルームから出てきたカガリは、腹が膨れた妊婦のような格好になっていた。

 「おいおい、手が早いな~アスラン、いきなり臨月かよ!」

 その様子をディアッカが、冷やかした。

 「――そ、そんなこと、この短時間で出来るわけないだろうが! ば、ばか……」

 しかし、真に受けたのか、カガリは顔を真っ赤にして俯く。

 「い、いや……冗談だよ」

 

 「カガリ……いいかげんにしてくれ」

 アスランは呆れたように言うと、今度はモビルスーツデッキへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 「ご苦労様です、僕が代わりますよ」

 「ああ、頼む」

 

 「お疲れ様です、俺が交代します!」

 「ああ、すまない。」

 

 「ご苦労さん、俺が代わるよ」

 「お、悪い」

 

 三人が協力して見張りを代わったため、イージスまではすんなりと着けた。

 警戒が強化された反面。それを逆手に取った形である。

 

 イージスに乗り込むアスランとカガリを三人が見送る。

 「ありがとう……みんな、また会えるといいな」

 「それは…どうでしょうね……」

 ニコルが少し、困った顔をしていった。

 「暴れたりしなきゃ、大歓迎だけどね」

 「あ、ああ……」

 ディアッカがそう言うと、カガリは少しはにかんで、バツが悪そうにアスランの顔を見た。

 「それじゃあ、アスラン、気をつけて、カガリさんも」

 「ああ…」

 ニコルが微笑んだ。 

 

 アスランが、イージスを起動させる。

 そして、コクピットのハッチを閉めようとした時、

 「アスラン! オマエは帰ってくるよな!?」

 「イザーク……!?」

 「今度は約束出来るだろ! アスラン!!」

 

 

 「――必ず戻ってくる」

 

 アスランイザークに親指を立てて応えた。

 

 「――そうだ、そこの黒い奴!」

 カガリもハッチが閉まる前にと、叫んだ。

 「俺か……なんだ?」

 「あの炒飯作ってくれたのオマエなんだってな、すっごく美味かったぞ!……そんだけ」  

 

 ディアッカはそれを聞くときょとんとしていたが、

 「グゥレイトォ!次は、俺のとっときを食わせてやるぜ、必ずな!!」

 ハッチが閉まる間際に笑顔でそう言った。

 

 

 「おい! 何やってる!?」

 ミゲルが、少年達の影を見つけて怒鳴った。

 しかし、既にイージスはコクピット側から発進シークエンスをスタートさせていた。

 

 『エアロックを空ける! 退避を!』

 

 

---------------------

 

 「――アスラン・ザラが!? カガリ嬢を!?」

 「ええ、ガキども総出で逃がしたようです!」

 ブリッジで、ミゲルからの報告を、バルトフェルドが聞いた。

 次いで、クルーゼからも通信が入る。

 「あのお嬢様を、今度はアスランが連れ出したようだ――私はゼロで待機する」

 「……了解」

 「……口元が笑っているぞ。 艦長がそれではいかんな?」 

 クルーゼが釘を刺すように言った。

「修正くらいは君でするんだな?」

 「分かったよ、コイツは重罪だな」

 確かに、そうだ。

 だが痛快ではないか。

 

 「オトナの都合なんざ、戦争なんざか……」

 

 自分が、連れ出して以来、彼らはずっとソレに振り回されてきた。

 

 挙句、彼らを苦しめる事になってしまった。

 

 それなのに、彼らは自ら反抗してみせたのである。

 

 ――やはり痛快だった。

 

 

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 「アスラン、帰ってきますよね?」

 「帰ってくるさ」

 ディアッカとニコルが言った。

 

 

 

 人質を取る事を認めない――それは、アスラン本人の心情であり、正義であって、あの少女がコーディネイター、如何に関係ない筈だ。

 それなら、自分は――。

 

 「アイツは、帰って来るさ」

 イザークは、それを、信じるのだ。

 

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 「足つきからのモビルスーツの発進を確・認! こ、これは――パターン照・合! X-303イージスです!」

 「単機で?」

 オペレータの報告に、アズラエルはボンヤリとした声で返した。

 「アズラエル隊長、これは!?」

 「あーもう、慌てないでください。マズは状況を把握してからにしましょうよ――あ、念の為ボクのシグーは準備しておいてください?」

 

 

 

 「第一戦闘配備発令、モビルスーツ搭乗員は直ちに発進準備、繰り返す、モビルスーツの…」

 すぐさま、アルベルト全体に警報が鳴り響き、第一種戦闘配備が発令された。

 キラも、ストライクに乗り込んで、出撃の命令を待つようにしていた。

 (アスラン――やっぱり、戦わなければいけないのか!?)

 

 しかし、

 「お、おい! イージスから全周波放送が!」

アルベルトがイージスからの通信をキャッチしたと情報が入る。

 「え!?」

 キラもすぐさま、イージスの発している放送に、ストライクの無線機のチャンネルを合わせる。

 

 『こちら、地球連合軍アークエンジェル所属のMS、イージス、カガリ・ユラ・アスハを同行、引き渡す!』

 「え……?」

 (アスラン、君は……)

 『ただし、ナスカ級は艦を停止、ストライクとそのパイロットが単独で来ることが条件だ! ……この条件が破られた場合、彼女の無事は…保証しない』

 その放送は、アルベルトにもキャッチされ、すぐさま艦内全域に流された。

 

 急いでキラはブリッジに無線をつないだ。

 

 「隊長!行かせてください!」

 アズラエルに嘆願する。

 「いいんですか…罠かもしれませんよ…?」

 「お願いします!」

 「……いいでしょう、行きなさい」

 「ありがとうございます、アズラエル隊長!」

 意外とすんなり認められた事に安堵したキラは、ストライクを起動させた。

 

 

 「そんな、アレにカガリ嬢が乗っているかどうかも……よろしいのですか、隊長!?」

 「いいじゃないですか…ある意味コレは好機ですよ」

 

 

 (それに……見ておきたいものですからね……あの二人は)

 

 

-------------------------------------

 

 

 「来るぞ……?」

 「え……?」

 

 アスランが、カガリの指差す方向を見ると、カガリの言うとおりに、ストライクが接近してきた。

 

 「間違いない、アレに乗ってるのキラだ」

 「……本当にキラだと、わかるのか?」

 「ああ、なんとなくだけどな?」

 接近してきたストライクにアスランははイージスのライフルを向けた。

 

 「キラ、ヤマトか?」

 「……ハイ」

 「コクピットを開いてくれ」

 ストライクのコクピット・ハッチが開く、アスランも倣って、イージスのハッチを開けた。

 「顔、見せてやれ」

 「え…、ああ」

 カガリは顔を出すとキラに向かって大きく手を振った。

 「……確認した」

 「では、彼女を連れて行け……」

 アスランは、カガリをそっと宇宙空間に送り出した。

 それをキラが、ストライクのコクピット側で受け止める。

 

 「色々と、ありがとうアスラン。 友達にもよろしく言っといてくれ……あとキラも、心配かけたな」

 カガリがアスランに向かって微笑んだ。

 キラも、どこかホッとした様子だった。

 

 アスランは、キラが昔から、

 年上やお姉さんみたいなタイプに弱いのを思い出していた。

  甘えるのがうまいというか……幼年学校のころは、喧嘩は強いくせに、気が弱いからすぐ泣いて、保健医に甘えていたのだ。

 カガリともそんな感じなのかもしれない。

 

 そう思ってアスランはその二人の様子をほほえましく眺めた。

 

 「トリィ!」

 「あ――トリィ」

 と、アスランはまだ、トリィがイージスのコクピットに残っているのに気が付いた。

 

 「カガリ、キラ……」

 アスランはトリィを、キラ達に向けて、そっと飛ばした。

 トリィはまっすぐキラに向かって、キラの手のひらに止まった。

 「ありがとう、……アスラン」

 キラはそう言った。そして、目を伏せた。

 「あ……」

 

 これでは、まるであの時の再現だ。

 別れの日、友情を誓った日。 

 全く、笑えない話だとアスランは思った。

 

 「――アスラン! 僕と一緒に来てくれ!」

 

 キラが近距離無線をアスランにつなげて叫んだ。

 「キラ!?」

 「僕は君と戦いたくない! もうすぐ、この戦争も終わる。今のプラントなら、君が戦うようなことはないよ」

 「……俺は」

 「お願いだ、アスラン!」

 キラは、何度も訴えかけた。

 ノーマルスーツの無線から聞こえる声は、Nジャマーの妨害を受けてか細いものだったが、

 キラの声は、まるで真空の壁を通りぬけて、アスランには、直に叫んでいるように聞こえた。

 

 

 (今度は約束出来るだろ! アスラン!!)

 

 ――しかし、アスランには、守るべきものがあった。

 

 「……俺は行くことが出来ない。俺だって、お前とは戦いたくない!

 だが、俺には、あの艦には……戦ってでも守りたい物があるんだ!」

 

 

 アスランと、キラのあいだに、長い沈黙が流れた。

 

 しばらくして、キラは意を決したように、

 「なら僕は…君を…撃つ!」

 と、一言だけ言った。

 「俺もだ、キラ!」

 

 アスランも、様々な感情を堪えて、そう返した。

 そして、イージスのバーニアを逆噴射すると、ハッチを閉めて、ストライクから離れ始めた。

 

 

 

 その時……

 

 

 「敵機、ストライクから離れます!」

 「アルベルトはエンジン始動すると同時に砲門開放! ……行きましょうか!」

 

 アルベルトが動き出し、アズラエルのシグー・ムトクイフ が出撃した。

 

 

 

 「――やはりか! 艦長! アークエンジェルを引かせろ! メビウス・ゼロ、出るぞ!」

 クルーゼもそれを確認すると、メビウス・ゼロを出撃させた。

 

 

 

 

 「アズラエル隊長!?」

 突然動き出した母艦と、現れた隊長機に驚くキラ。

 「――君はカガリ嬢を連れてアルベルトに帰還してください!」

 アズラエルのシグーはあっという間にキラのストライクを追い抜き、イージスへ向かおうとした。

 

 

 

 「――なんだ!?」

 妙な殺気がアスランを突いた。

 眼前には、先の戦いでは碌に合間見える事もなかったので分からなかったが――

 見たことことないくらい、速く、それでいて滑らかな動きをする機体――アズラエルのシグーがいた。

 

 「――アスラン!」

 「大尉!?」

 と、同時に、クルーゼのメビウス・ゼロもアークエンジェルから出撃しこちらに向かってきた。

 「何もしてこないと思ったのか!来るぞ!!」

 「クッ……!」

 やむを得ず、ライフルを構えるイージス。

 

 

 「アズラエル隊長、そんな! 止めてください!」

 ストライクのコクピットの中、キラは必死にアズラエルに通信を試みる。

 しかし、アズラエルに無線が届かないのか、応えようとしない。

 (アスラン、……これじゃこっちが約束破りじゃないか!)

 キラが、そう思っていたとき、カガリが突然動き出した。

 「ザフトがこんな真似していたら……こんなの卑怯じゃないか!」

 「カ、カガリ、何を!」

 カガリは、ストライクの通信機のスイッチを入れ、全周波放送にすると、思いきり叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「  や  め  ろ  馬  鹿  ! !」

 

 

 

 

 

 「え……!?」

 「カ、カガリ様……?」

 「カガリ様、なんでしょうか……?」

 

 見知ったカガリとは全く雰囲気の異なる声に、アルベルトのクルーは呆然とした。

 (……やっちゃったよ)

 キラはストライクの中で頭を抱えた。

 

  「バ……馬鹿ぁ……?ぼ、ボクに言ってるのか……!?」

 アズラエルは流石に看過できず、思わずシグーの動きを止めた。

 

-----------------------

 

 「あ……、ゴホン」

 カガリは気まずそうにヘヘ、っとわらって、咳払いをした。

 そして、

 「隊長の名前、なんていうんだ」

 と小声でキラに聞いた。

 「アズラエル」

  とキラは答えた。

 

 「……アズラエル隊長、お止めください、追悼慰霊団代表であるわたくしのいる場所をを戦場にするおつもりですか?」

 「カ、カガリ……?」

 「そんなことは許しません、すぐに戦闘行動を止めてください。」

 カガリは先ほどとは口調を変えて、丁寧に、そしてより毅然とした言葉で言った。

 

 (フウ……仕方ありませんね…困ったお嬢様だ……しかし、僕を馬鹿呼ばわりとはね)

 「…了解しました、カガリ様。」

 アズラエルはそういうと、武器を下げ、アルベルトへと転進した。

 

 「――これで、少なくとも、今は戦わなくて済むだろ」

 「カガリ……」  

 「本当はな、私が、見たくないだけなんだ……お前達が戦うところ」

 

 

 キラはイージスをもう一度見た。

 イージスはしばらくライフルを構えていたが、アズラエルがシグーを引かせた事を確認すると、

 純白のメビウス・ゼロと共に、アークエンジェルへと帰っていった。

 

 

 キラは、赤い機影が小さくなっていくのを見ると、アルベルトへと帰艦していった。

 

 

 

---------------------------

 

 

 「あのお嬢さんのお陰で、助かったようだな」

 「クルーゼ大尉……」

 「話は帰ってから聞く、君の友人も艦長も、君を待ちくたびれているだろうからな」

 「……ハイ」

 

 どういう意味か、アスランには分かった。

 

 

 ――後部カメラに、徐々に消えていく白いモビルスーツが見えた。

 

 (さよならか? キラ……)

 

 キラとアスランは、互いに背を向ける形で、つかの間、戦場を離れていった――。

 


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