機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 12 「慟哭の宇宙(そら)」

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『宇宙に飛び出すようなカガリだが、

 カガリはキラの姉になっているのだという。

 なら、俺は、キラの敵になってしまったのだろうか?』

 

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 ”アルベルト”は形状こそ、同じナスカ級である”ヴェサリウス”と同じであったが、

 色が、黒に近いダークグレイで塗装されていた。

 それだけでなく、モビルスーツデッキのスペースがかなり拡張されており、内部でモビルスーツのメンテンナンスだけでなく、

 簡単な部品の製造や、改造も行えるようになっていた。

 

 その艦の廊下を、ナタル・バジルールが進んでいく。

 

 (第08木星船団のグループ・リーダーを勤めた男か)

 ナタルは先刻渡された資料を思い返した。

 

 木星船団に選抜されるのは、コーディネイターの中でもトップクラスの人間だけである。

 その男がザフトに参加――それもパトリック・ディノ国防委員長の大抜擢でだ。

 どんな男かと、ナタルは思った。

 

 が、ナタルはどのような人物であろうと気に入らないような予感がしていた。

 自分には紫電(ライトニング)――ネオ・ロアノークの副官が合っているような気がしたからだ。

 

 

 ナタルがアルベルトのメーン・ブリッジに着くと、そこには赤いザフトのエリート服を着た、オレンジの髪をした少年がいた。

 CICの一席に座っているため、この艦のメインクルーの一人だと思われた。

 

 しかし、その様子は落ち着きが無く、ナチュラルの――コーディネイターでも、民間人ならそうかもしれないが――

 歳相応か、幼い少年を思わせた。

 

 手で携帯端末をいじくっている。

 おおよそ、軍務についているとは思えない。

 

 (なんだこの艦は?)

 ナタルが思わず注意しようとしたところ、白い軍服を着た男が、その赤服の少年から携帯端末を取り上げた。

 

 「拝啓、マユラ・ラバッツさま、僕は、新しい職場に着きました。

 また、ゲームで対戦できるのを楽しみに――ですか」

 「あ、ちょ! 隊・長!」

 「もう、仕事が始まるんですよ、ちゃんとやってもらわないとねぇ?」

 「りょ、了・解!」

 少年は敬礼し、男は、少年に携帯を返した。

 

 

 「……ああ? ヴェサリウスの艦長さん、いらっしゃったんですね?」

 その男が振り向いた。

 年の頃は20後半か30手前と言ったところだろうか。

 金髪と――垂れている癖に、妙に威圧感を与える眼光が特徴的だった。

 

 「どうも、ムルタ・アズラエルです、以後よろしく?」

 (この男が? こんな――軟弱そうなヤツが?)

 

 どの想像とも違う優男風の男だったため、ナタルは思わず顔をしかめた。

 

 「しかし、僕らの乗る船の艦長さんが、こんなに若くて美人な方だってのは、ディノ委員長の粋な計らいってやつですか?」

 「……」

 「冗談ですよ、ご心配なく。 君の優秀さは聞いていますよ。 あの木星探査船(ジュピトリス)の中では女性は少なく、居ても既婚者ばかりでね?」

 

 (なんだコイツは……こんな男の下で……ネオ隊長も些か言動には問題があったが……)

 ナタルは早くも先が思いやられていた。

 

 しかし――

 「本日付で貴下の指揮下に入りました。 ナタル・バジルールです。 よろしくお願いします」

 ナタルは見事な敬礼を返した。

 彼女は誇り高い、義勇兵(ザフト)なのだ。

 

 

 

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 アークエンジェルへの帰路、しばらく、カガリとアスランは無言だった。

 

 お互い、納得の出来ない感情をぶつけた。

 そして、勿論答えなど出なかったからだ。

 

 が、しばらくして、アスランが口を開いた。

 「仲良かったよ」  

 「え……?」

 

 考えてみれば、友達とか、仲間とか、恋人でさえも、他人との関係は不思議な物だ――と、アスランは思った。

 

 肉親と違い、本当に微妙な線と縁でつながっている存在だ。

 もし、違う学校に入っていたら

 もし、自分が、偶然相手に声をかけなかったら

 

 全く会った事のない、赤の他人。

 そして、お互い知り合うことも無い仲で終わる。

 

 それでもアスランは、そんな薄っぺらい縁の中で、確かなものが存在すると感じていた。

 こいつとなら、どんな場所であっても、

 どんな年齢であっても、どんなきっかけでも、友達になれる。

 

 キラはそんな人間だった。

 アスランはそう感じていた。

 

 「アイツは俺と全く違う性格だったが、俺とは気が合ったんだ」

 「キラか――?」

 「人当たりは良くて優しいヤツだけど、スグ泣いて、時々無神経なヤツで。

  優秀なくせに、ぼんやりして、周りに合わせようとして、流されて、うじうじしていた」

 「ああ……」

 

 だが、一緒にいると楽しい。何時間でも話せた。

 それだけだった。

 

 「そうだよ、あいつそうだ……!」

 カガリは頷いた。

 

  だがアスランにとって、それは形が違っても、ヘリオポリスで出会ったあの三人にも言えることだった。

 

 「ヘリオポリスにザフトが来て、俺は友達を守りたくてイージスに乗ったんだ

  俺だって、アイツとは戦いたくなんてない! でも、俺じゃなきゃ、イージスを動かせない、皆を守れない!」

 「だからって、キラと戦うのかよ! それでいいのか!?

  確かに、あの戦艦に乗ってるのはオマエの友達かもしれない。でも、キラだってオマエの友達だったんだろ!?」

 

 カガリは、不条理に憤った。

 何故なのか、あの義理の弟はただ、周りの人間の為に、失われたモノの為に犠牲になろうとしているのに。

 

 (キラは周りの人間を何よりも大切にするやつだった。

  だから、血のバレンタインで――。 なのに、どうしてそんなアイツが、戦場で友達と戦わなきゃならない?)

 

 何故また、このような過酷な目に会うのか。

 

 が、カガリはアスランを見て思う。

 (でも、こいつもキラと同じ――誰かが傷つくのを見たくないだけなのか――?)

 

 キラに戦う理由があるように、アスランにも戦う理由はある。

 そしてお互い、どちらも譲れない物なのだ。

 互いに、正しいのだ。

 

 

 

 

  少し前、カガリはザフトに志願しようとしていた。

 無論、自分に出来る事などたかが、知れていることは分かっていた。

 それでも、キラが戦っている中、自分だけがプラントにいることは出来なかったのだ。

 しかし、

 「おまえ一人が行ったところで何ができる?オマエは銃を撃つ相手の兵士のことを考えたことがあるか!?」

 そう、父であるウズミに言われた。

 そして、お前は世界のことを何も知らんとも言われた。

 だから、カガリは少しでも世界のことを学ぶために、父の仕事を手伝い始めた。

 

 銃を撃つ相手は、弟の友かも知れなかったのだ。

 

 そう考えると、この戦争の行き着く先はどこなのだろう?

 

 いや――結局、人の行き着く先は――。

 

 

 イージスのモニターに、遥か先に浮かぶ、アークエンジェルが見えた。

 二人は、そんなことを考えながら、せめて、先の見えない宇宙から、戻ろうとしていた。

 

 

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 「と、言うわけで、この船の最初の任務は、カガリ・ユラ・アスハの捜索になります」

 

(なんだろう……この人)

 キラ・ヤマトは、眼前の新たな隊長に先程から妙な緊張感を感じていた。

 それはどれかといえば、不快感――威圧感のようなものに近かった。

 「アルベルトが……カガリの探索に、ですか?」

 「おや…? 冷たいですね?義理と入ってもお姉さんでしょう?」

 「いえ…そういうことではありませんが」

 

 キラはアルベルトの搭乗口の前で、アズラエルから作戦の変更を聞かされた。

 足つき――アークエンジェルの追撃は引き続き行うが、カガリの探索を最優先で行う、という物だった。  

 

 「君の姉上はアイドルだからな…頼むぞ、キラ・ヤマト」

 「ハイ……ディノ委員長」

 

 そういうと、キラはアルベルトの内部へ、アズラエルと共に流れた。

 

 「民間船だから……無事だといいのですが」

 「どちらにしても君が行かなくては始まりませんよ? 彼女は、今のプラントの心の支えですからね?

  彼女を無事に英雄のように連れかえるか……それとも彼女の亡骸を胸に涙を流すか?」

 「……!?」

 「それ相応の結末を用意しなくては……士気に関わるんじゃないですかね?」

 「そんな……」

 「じゃ、いそいでください……すぐに出ますよ」

 

 

 

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  イージスはアークエンジェルへと無事に帰艦した。

 フェイズ・シフト装甲のおかげで、機体へのダメージは殆ど無く、

 衝撃を受けた間接部の簡単な修理のみで済んだ。

 

 

 「やれやれ、お嬢さん? 殺されても文句は言えないよ?」

 バルトフェルドがカガリに厳しい口調で言った。 

 しかし、

 「ああ……私も覚悟を決める」

 「え?」

 「私に出来る事があるなら、やらせるといい――人質でもなんでも」

 先ほどと打って変わって、毅然としていて――それでいて冷静で真摯な態度で、カガリは答えた。

 「いや……とりあえず、さっきの部屋に戻ってもらおうか?」

 バルトフェルドは、カガリを部屋に戻した。

  

 「甘くないか? 営巣にでも入れたほうが……鍵はロックした筈だが」

 クルーゼが言う。

 「いや……あの様子なら大丈夫だろう」

 バルトフェルドがクルーゼに言った。

 脱走前と雰囲気が違う。

 今度また、同じような無茶をするようにはバルトフェルドには思えなかった。

 「しかし、何があったんだ? アスラン? あのお嬢さん随分と様子が……」

 バルトフェルドは今度はアスランに尋ねた。

 「いえ、少し話をしただけです。 彼女も国の為に必死だったんでしょう」

 

 「プラント、君は未練はないのか? 住んでいたのだろう? 家族は――」

 クルーゼが言った。

 「俺の家族はもういません。 今の俺は、戦争に参加しなくていいなら、どこでもいいですよ……」

 「……?」

 アスランは、クルーゼとバルトフェルドに会釈すると、部屋に連れて行かれるカガリの方を見て、モビルスーツデッキを後にしようとした。

 

 「アスラン……」

 クルーゼがその背中に声を掛ける。

 「大尉、俺は――何の為に戦うか分かりません」

 「――アスラン?」

 しかし、アスランはその呼びかけに応えず、クルーゼの声を払うようにデッキを出ていった。

 

 

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 「ひやひやしたぞ? 顔と胸はまあまだけど、やっぱ、大したオヒメサマだぜ……」

 「全くだ……ツッ!」

 「我慢ですよ、アスラン」

 

 アスランは医務室で、ニコルとディアッカと、軍医のアビーに手当てを受けていた。

 

 アビーは先日のアルテミスからアークエンジェルに乗り込んだ、まだ若い女性の軍医だった。

 通常業務に当たっていたところ、ザフトの攻撃に巻き込まれ、已む無く他の兵士と共にアークエンジェルに乗り込んだのだという。

 「体中、痣が出来ていますね」

 アビーが、アスランの体に鎮痛材と包帯を巻いた。

 「今度は体中かよ、サイナンだな」

 ディアッカがデーンと勢いをつけて、アスランの背中に湿布を張った。

 「ウアァッ!」

 アスランがのた打つ。 

 「頭、切ったんですか? なんか……ガーゼが雑ですね……直しますよ」

 と、ニコルが、頭の包帯に手をかけようとした。

 「……あ、イヤ、……これはいいんだ。」

 アスランがそれを断った。

 「え?」

 ニコルは不思議そうな顔をしている

 「これは……このままでいいんだ」

 アスランは、自分で少しだけ包帯の位置を治した。

 

(……借りはきちんと返してもらわないとな)

 

 アスランは、泣きそうなカガリの顔を思い出していた。

 

 

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 「ええ!おば様が!?」

 「先遣隊と一緒に来てる」

 イザークとフレイが、食堂で、先程ブリッジで聞いた第八艦隊の救援の話をしている。

 既に民間人の間にもその話は広まっており、全員、安堵の表情を浮かべていた。

 「おば様が……よかった」

 「俺や、フレイのことは当然知らなかっただろうが、こっちの乗員名簿、さっき送ったからな」

 「よかったわね、イザーク。 これで……助かるのね」

 フレイはイザークの手を取った。

 「おば様に会えるのも久しぶりね。 私、準備しなくっちゃ」

 「準備……?」

 「女には色々あるのよ!」

 フレイは少し首をかしげて、イザークに目配せした。

 

 (母上……)

 イザークは船室へと駆け出すフレイを見ながら、母を思い案じた。

 

 

 プラントと地球の関係が緊張を迎えたとき、イザークは、母にオーブへの疎開を言い渡された。

 その時、懇意にしていた連合事務次官、ジョージ・アルスターの娘、フレイと共にヘリオポリスに渡ったのだ。

 交際を始めたのは、ヘリオポリスについてからだった。

 

 自分と同じく、父を失った彼女。

 彼女はいつも気丈に振舞っていていて、それが強くイザークを惹き付けた。

 

 それが、少しばかり母にも似ている事については、イザークは気づいていなかった。

 

 

 

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 「それでは、ネオ・ロアノーク隊長殿、以上がボクのチームで開発した設計プランの全てになります」

 ネオは、アズラエルから新型モビルスーツの部品に関する設計書やその他諸々のデータを受け取った。

 「ほう、これは、素晴らしいですな」

 「フフ、ライトニングのお役に立てるなんて光栄ですよ」

 

 読めない男だと、ネオは目の前の男に対して思った。

 ――ディノ委員長は、それでも駒が欲しいのだろう。

 このような得体の知れない男でも、政治的、軍事的に使える駒が。

 自分のようなパイロット上がりでは、限界があるだろう、特に自分では――。

 

 「奪取した敵のデータから、YMF-X000Aの設計はフレームから書き換えました……が、部品の殆どは完成していましたからね。

  ソレらをそのまま使えるようにしてあります。数日後の第一テストには間に合いますよ」

 「コイツは――流石は木星帰り」

 「イージスとかいう可変機のデータがあれば、X-11Rまでの実証が出来そうなのですが――ひとまずX-09Jプランまでのテストは可能な筈です」

 「了解した。 あの足つきの船、追撃の件はお願いする」

 ネオとアズラエルは互いに敬礼した。

 

 「フフ、もっと時間があれば貴方とはお話したいモノでしたがね。 あなたはボクと同じような気がするし」

 「――? ええ……」

 アズラエルの言葉の意味は分からなかったが、目の前の男に対する、正体の知れない嫌悪感だけはネオの胸に強く残った。 

 

 

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 「本艦隊のランデブーポイントへの到達時間は予定通り。

  合流後、アークエンジェルは本艦隊指揮下に入り、本体への合流地点へ向かう。後わずかだ。無事の到達を祈る!」

 先遣隊の旗艦となっているネルソン級宇宙戦艦モントゴメリの艦長、モンローと正式にコンタクトが取れた。

 「ハッ!」

 普段は軍服の前を開けているバルトフェルドも、この時ばかりはやはり服装を正している。

 と、

 「大西洋連邦国防理事会のエザリア・ジュールです。まずは民間人の救助に尽力を尽くしてくれたことに礼を言いたい。

 そちらのポッドは大西洋連合からの疎開者を多く含んでいた。 合流を待っている。」

 イザークの母である、エザリアジュールもモントゴメリのブリッジにおり、通信に映し出された。

 

 イザークは、その通信を端目で見ていた。

 エザリアにもブリッジの様子が届いているのか、視線がカメラの中心からずれた。 ブリッジのCIC席に座っているイザークのほうを見たのだろう。

 「――ご子息もご無事です、この後通信をお繋ぎ出来ますが?」

 「え……」

 「いえ――」

 公務中につき、戸惑うイザークとエザリア。

 「短時間ならば問題ありますまい、準備させます」

 そんな二人をバルトフェルドは押し切るように言った。

 モンローとエザリアは目を見合わせた。

 モンローが、そ知らぬ風を装ったので、エザリアは少しだけ首を頷かせた。

 「では――」

 通信が切られる。

 「と、いうわけで、行って来い」

 「……ありがとう、ございます」

 イザークはアイシャに案内され、通信の出来る個室へと向かった。

 

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 構造は慣れているヴェサリウスと全く同じであるはずだが、キラはアルベルトの艦内でどうにも落ち着かない時間を過ごしていた。

 ――一つは、カガリの身が気になって、もう一つは、あの隊長にどうにも馴染めないのだ。

 

 

 そのためか、今後の航路を決定するミーティングに、パイロットであるキラも参加を申し出ていた。

 

 「予定の航路から行けば――このままデブリベルトを中継するのが良いと思われますが、状況から判断して、カガリ嬢の船は撃墜されたと見るのが良いでしょう」

 「……え!?」

 「それならば、尚の事その安否の確認が先だと思われますが!」

 ナタルが一歩を歩を進めて、アズラエルに進言する。

 「落ち着いてください、艦長サン? ……先程、アルベルトのレーダーが謎の艦影を捉えているんだよ」

 「艦影……?」

 「隊長! 照合・完・了! 地球連合軍、ネルソン級です!」

 「ですが、この艦の任務は!」

 「ニブイなあ、キラ・ヤマトくん? ――この一連の、どうにも臭うと思わないかい?」

 「え……?」

 

 「カガリ嬢。 もしかしたら最初から狙われていたのかもね。 この艦影、まずは気づかれないように追跡します、いいですね?」

 「ですが……」

 ナタルが尚も食い下がる。

 「ボクに従うように――本部からも、ロアノーク隊長からもそう言われてたんじゃないかな?」

 「……」

 「じゃ、皆、航路は例の戦艦を追ってくださいね? ……しかし運がいいなあ、ボクは? ビギナーズ・ラックかな?」

 

 軽い調子でアズラエルは言った。

 

 

 

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 「イザーク! ……ヘリオポリス襲撃の報を受けたときにはどうしたものかと!!」

 「母上……」

 通信機の画面いっぱいに母の顔が映し出される。

 「聞くところによると、艦の仕事を手伝っていたとか――貴方は私の誇りです。貴方の父もきっと喜んでいます」

 「はい……!」

 母の言葉に、イザークは素直に喜んだ。

 

 「あなたも連戦で疲れているだろうと思うけどあと少しです」

 「ええ! …………ですが、母上!」

 と、イザークは少しだけ声の調子を強めた。

 「母上自らが、何もこのような前線に出てこなくとも! もう少し自重をされてください」

 イザークの母、エザリアは笑みを浮かべた。

 「フフッ――なんだかお父様に似てまいりましたね」

 「いえ……そんな、私なんかはまだ、父上に遠く及びません」

 

 ただの、親子の会話とは言いがたかった。

 

 イザークは、この母親に甘やかされた記憶はあるが、自ら甘えた記憶が無い。

 ジュール家は、所謂名家の家系であった。 代々、医師や軍人、政治家を生み、栄えていた。

 しかし、CEに改暦した際――その混乱の折、一度は没落した。

 

 しかし、イザークの祖父や、父の奮闘もあり、また名家として復活しつつあった。

 当初は、そのような情勢の中、生まれた事で溺愛された。 

 しかし、その様子が少し変わったのは、イザークの父が病死した事にあった。

 

 エザリアと、イザークは、彼が老いてから出来た妻と子であったため、死別も早かった。

 父が死んでからは、母は自らジュールの家を支えるものとして奔走した。

 

 そして、イザークもその責を負った。

 母から厳しく、しかし甘く――。

 その教育と躾を受け、イザークはただ、母を支えたい一心で努力した。

 並外れたプライドと、コーディネイターにすら真っ向から挑むその負けん気は、ここから培われたものであった。 

 

 「――あなたが、ヘリポリス、しかも工学科に進むといったことを反対すればよかったとも思ったわ」

 「母上、そのお話は……!」

 「いえ、そうね、貴方が決めた事ですものね――ジュール家のものとして、率先して宇宙に出たいと、前から言っていたもの。 安心なさい、このG計画が成されれば、未来は私達のものよ」

 「はい!」

 と、また力強くイザークは頷き、

 「母上……これからは、私もお手伝いしたく思います!」

 と応えた。

 「ありがとう……でも、この戦いに貴方がこれ以上関わる事は無いわ」

 「母上……?」

 エザリアは、イザークに諭すように言った。

 「あなたの仕事は戦う事ではないわ。 戦後にこそ、やるべき事が沢山ある……今度は、地球で安全な場所を探しておきます。それまでの我慢よ?」

 エザリアは言った。

 

 安全な場所――自分の身を案じて、エザリアはオーブへの疎開、ヘリオポリスへの留学を薦めてくれた。

 しかし、その結果は――。

 

 「あのG計画の機体。 あれの装甲が宇宙でなければ作れないなんて事が無ければ、貴方のいるヘリオポリスで機体を受け取らずに済んだのに、本当にすまないことをしたわね」

 「……母上」

 エザリアは、イザークを戦火に巻き込んだことを悔いているようだったが、オーブを、中立国を巻き込んだ事については何の呵責も感じていないようだった。 

 結果、友人達が巻き込まれる事になったことも……。

 

 「ヘリオポリスといえば、その、イージスに乗っている子、コーディネイターと聞きました? 大丈夫?」

 「? 母上……アスランは……」

 その上に、母は、彼の友人を疑うような事も言ってきた。

 反論しようとするイザークだったが、

 「貴方の事だから、きっとその子を信頼しているのでしょうね。 でも、コーディネイターは、いつか貴方の障害になる。 あまり、気を許してはダメよ?」

 「母上!」

 「時間だわ……続きはあったときに話しましょう? フレイも連れていらっしゃい? 乗っているんでしょう……楽しみにしているわ」

 エザリアは微笑むと、イザークが反論する前に、通信は切れた。

 

 「母上……母さん」

 いつもこうだった。

 彼女は息子を思うあまり、息子の言わんとすることに気がつかないのだ。

 

 

 

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 食堂で待機していたアスランたちの所へ、通信室からイザークが帰ってきた。

 「どうよ? イザーク、ちゃんと甘えられたか?」

 「うるさいぞディアッカ」

 イザークはディアッカを無視して、給茶機でコーヒーを注いだ。

 「ほら」

 イザークは人数分コーヒーを注いで遣した。

 

 「お袋さん、立派な人なんだな」

 アスランは言った。

 「フン、そうだよ」

 からかわれたのかと思ったイザークがそっけなく応えた。

 その様子から、本当にイザークが母親を誇りに思っているのがわかった。

 

 「合流したら、お前はイージスを降りろよ」

 「え?」

 「――今度は俺がやって見せる」

 「あ……」

 イザークはコーヒーを啜った。

 

 母親が戦っているのだ。

 イザークの心情を、アスランはなんとなく察した。

 

 (俺は……)

 アスランも同じように思っていた頃がある。

 父の為に、ジンのテストパイロットをやっていた頃だ。

 

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 「的・中! 敵艦隊の予想航路出ました!」

 「このルート……やはり、予想が当たりましたね?」

 

 敵艦はデブリベルトのあるエリアから、少し離れた宙域に向かっていた。

 このような宙域に向かう艦があるとすれば、その役割は――。

 

 「足つきへの補給?」

 ナタルがアズラエルに言った。

 「ご名答。 さて、じゃ準備しますよ?」

 「仕掛けるんですか!?」

 「叩けるときに叩かなきゃ? 今まで散々チャンスを逃してきたから、そもそもこんな戦争になったんでしょ?」

 「ですが、カガリ嬢の捜索は!」

 「後でもいいでしょう? それに、居るかもよ? 彼女……?」

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 「レーダーに艦影3を捕捉、護衛艦、モントゴメリ、バーナード、ローです!」

 「やった!」

 ダコスタがオペレーターの発言に、思わず歓声を上げた。

 ため息を下げるバルトフェルド、アイシャが彼の手に、そっと自分の手を重ねた。

 しかし、

 「……ん? あ!……これはっ!」

 「どうした?」

 「ジャマーです! 近況エリア一帯、干渉を受けてます!!」

 「!?」

 一気に、ブリッジに緊張が走る。

 「前方にて、戦闘と思しき熱分布を検出! 先遣隊と思われます!」

 「戦闘だと……!」

 イザークが絶句する。

 「モントゴメリより入電! ランデブーは中止! アークエンジェルは直ちに反転離脱、とのことです!」

 そのイザークを打ちのめすように、絶望的な報告が入った。

 「イエロー257、マーク40にナスカ級!熱紋照合、ジン3、それと、待って下さい、これは……ストライク!? X-105、ストライクです!」

 「では あの、紫電(ライトニング)のナスカ級だと言うのか!?」

 バルトフェルドが叫んだ。

 「いや……違うな」

 しかし、クルーゼはそれを否定する。

 「なんだ……分かるのか?」

 「もっと不愉快な何かだ……危険だな」

 

 「艦長! あの艦にはッ!」

 イザークがバルトフェルドに叫んだ。

 「イザーク……」

 ダコスタの横で、コパイロットを勤めていたニコルが、呟く。

 

 「――このまま反転しても逃げ切れるかはわからん。 総員第一戦闘配備! アークエンジェルは、先遣隊援護に向かう!」

 「艦長……」

 クルーゼがバルトフェルドを見る。

 バルトフェルドにはクルーゼの言わんとしていることが分かった。 

 「くそ、せめて合流してからならばな、このタイミングで……」

 「仕方あるまい。 私もゼロで出る――艦を沈めるなよ?」

 「分かってるよ」

 バルトフェルドがキャプテンシートに着座する。

 「総員、第一戦闘配備! クリ返ス! 総員、第一戦闘配備!」

 アイシャがバルトフェルドの号令を復唱した。

 「……ッ!」

 イザークもCICシートについた。

 (アスラン……頼む!)

 

 

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 「モビルアーマー、発進急がせ!ミサイル及びアンチビーム爆雷、全門装填!」

 艦長であるモンローが叫ぶ。

 「熱源接近! モビルスーツ……4!」

 「……くぅ……どういうことだ? どこで察知された……?」

 モンローが思わぬ敵の襲来に、呟く。

 「ここまで来て……!何故今まで敵艦に気づかなかったのだ!」

 エザリアも叫んだ。

 「……艦首下げ!ピッチ角30、左回頭仰角20!」

 

 近くで爆発が起きたのか、艦が揺れた。

 「あぁっ!?」

 エザリアがブリッジの椅子から放り出されそうになった。

 敵が遠距離から牽制の大型ミサイルを放ったのだ。

 迎撃したものの、艦は一気に戦闘の空気へと変わる」

 「……アークエンジェルへ、反転離脱を打電!」

 モンローがオペレーターに告げた。

 「なんだと……それでは……」

 「この状況で、何が出来るって言うんです? あの艦が落とされるようなことになったら!」

 モンローが怒鳴った。

 「クッ……奪われた味方機に落とされる、そんなふざけた話があるか!」

 エザリアは奥歯をかみ締めた。

 「エザリア委員は避難なさってください!」

 「――艦長! アークエンジェルが!」

 オペレーターが、アークエンジェルが反転せずに此方に向かっている事を告げた。

 「バカなっ!」

 自分達の犠牲を無駄にする気か? と、モンローが叫ぶ。

 

 

 「……イザーク!」

 

 

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 アークエンジェルの艦内に、アラートが鳴り響く。

 船室で休んでいたアスランも、パイロットルームへ駆けていた。

 すると――。

 「アスラン!!」

 「カガリ!? どうして――また、鍵は!?」

 自由に部屋から出ているカガリに、アスランは驚くも、今は第一種戦闘配備が発動している。

 それどころではない。

 

 しかし、カガリは尚もアスランに詰め寄る。

 「アスラン! これって、戦闘なのか? 戦いに行くのか?」

 「落ち着け! そうだ……ザフトの船が、地球連合を襲ってる」

 「ザフトが……キラなんだろ!?」

 「……え?」

 「わかるんだ……私、キラが近くにいるんだよ! 来てるんだよ! だからお前は行っちゃダメだ!」

 「そんな……?」

 「キラと、友達と戦う事になってもいいのかよ! 撃てるのかよ!? キラだぞ!?」

 「……」

 アスランは黙った。

 

 撃てるのか?

 

 だが、それでも――

 

 「行かなくちゃ」

 「え……?」

 どうして、とカガリが尋ねる。

 「襲われてる船には、友達の母親が乗っている」

 「……!」

 「部屋に戻ってろ、今度艦長に見つかったら、女でも営倉行きだぞ!」

 「アスラン!!」

 アスランはカガリを突き放すと、パイロットルームに急いだ。 

 

   

 

 

 

 

 「あの子……やっぱり……それにストライクのパイロット……?」

そのやり取りを陰から見ていた姿があった。

 フレイ・アルスターだった。

 「どうして戦闘なの……?」

 

 

 

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 『あー、イージスのパイロットが君の友人だと言う話は聞いています』

  ストライクのコクピットの中にいるキラの元へ、アズラエルから通信が入った。

 『……撃てるね?』

 「……ハイ」

 キラは答えた。

 「アスラン、僕は…君を……」

 

 キラはカタパルトに進んだ。

 出撃前、事前に、アズラエルから渡されたデータに目を通す。

 「MSの活用プログラム…!?短時間で良くこれだけ…」

 『さすが、ロアノーク隊長の後任になるだけのことはあるってか…なあ、キラ』

 「ええ……」

 隊の仲間からも通信が入る。

 

 確かにそうだった。

 敵艦の進行方向と大まかな位置からアークエンジェル側の進路を計測。

 更に短時間でMS同士の戦闘におけるシュミレーションを機体にセットした。

 アズラエルはずば抜けた能力を持っている。

 

 (あの違和感もそれが理由なんだろうか?)

 キラは思った。

 しかし、それでもキラはなんとなくアズラエルが好きになれなかった。

 カガリ捜索の任を放り出し、アスランと戦うハメになってしまった。

 

 『ストライクは、エールで出てください。 その装備なら、イージスにも追いつけます』

 

 アズラエルから連絡が入った。

 初めて使う装備だが、汎用的なライフルと機動性を強化するブースターの組み合わせだ。

 十分に使いこなせるだろう。

 

 キラに、迷っている暇は無かった。

 アスランを退けて、カガリの救出に急ぐ。

 

 

 「了解しました! エールストライク……キラ・ヤマト、行きます!」 

 

 

-------------------------------

 

『敵は、ナスカ級に、ジン3機。それとストライクだ。気を付けろ!』

 ディアッカが、出撃前のアスランに通信で告げた。

 そして――

 『アスラン……』

 珍しく、イザークからも通信が入った。

 「イザーク……任せておけ!」

 『頼む……!』

 本当ならば、自分が出撃したいくらいなのだろう。

アスランの操縦桿を握る手にも、思わず力が入る。

 

 『カタパルト、接続! システム、オールグリーン! 進路クリア! イージス、どうぞ!』

 「アスラン・ザラ、出るぞ!!」

 

 

---------------------------

 

 

 「あの黒いナスカ級のプレッシャー、気になるが……」

 白いメビウス・ゼロの中でクルーゼは、機体を友軍の元へと急がせながらも、遠くに捕らえたナスカ級に、妙な違和感を感じていた。

 

 ――ネオの気配では無かった。

 にも、関わらず、こんなにも自分を不快にさせる何かの存在を感じていたのである。

 

 

---------------------------

 

 

 「どうですか? 艦長サン?」

 悠然とシートに構えたアズラエルが、頬杖を着きながらナタルに聞いた。

 「足つきも来た模様です」

 「へぇ……」

 と、言うと、アズラエルは立ち上がった。

 「どちらへ行かれるのです!?」

 「なに、ボクもちょっと、あの艦を間近で見たくなってね」

 「……指揮官が自らなど!」

 そんなバカな、とナタルは言いたいようだったが、アズラエルは意に介さないように、ブリッジを後にした。

 

 

 

 ジン3機とストライクの猛攻に、数分もせずに地球軍の船は沈黙した。 

 「護衛艦、バーナード沈黙!」 

 「くそッ!」

 アークエンジェルのブリッジで、イザークが叫ぶ。

 「モビルスーツ4機……しかも一機はストライクだ! ……だけど、アスランならきっと!」

 ディアッカがイザークをなだめるように言う。

 「アスラン――頼む、何をやっているんだ!」

 その声も、イザークには届かない。

 

 

 

 「ええい! モビルスーツの数が、戦力の絶対的差で無いことを教えてやる!」

 クルーゼのメビウス・ゼロが、ガンバレルを展開した。

 「――いけっ!!」

 ジンの内、一機を包囲し、一斉に射撃する。

 「のわっ!?」

 ジンのパイロットが、包囲されことにも気づかぬうちに絶命した。

 ガンバレルを収束し、次の敵機へ向かおうとするクルーゼ。

 だが、

 「――ッ! かわせんか!」

 敵の攻撃をクルーゼは”感じた”

 だが、感じる事が出来ても、それを動作にするには、機体が重すぎた。

 所詮メビウス・ゼロも、モビルスーツと比較しては前時代的な兵器なのだ。

 

 ドォウ!

 二機のジンに囲まれて、そのうちの一機の放ったバズーカに、ガンバレルの一つが落とされる。

 

 「チッ!」

 

 「クルーゼ大尉!」

 それを、アスランのイージスが助ける。

 

 「うぉおおお!」

 アスランのイージスはモビルアーマー形態を取っていた。

 そのロケットのような格好のまま、敵のジンに突っ込む。

 

 ズバババ! 

 

 敵のライフルが、イージスを襲う。

 しかし、イージスはフェイズ・シフト装甲で上手くジンの弾丸を凌ぎ、そのまま敵に突撃していく。

 「突っ込む気か!?」

 敵のパイロットが叫んだ。

 「トゥアアアア!!」

 アスランのイージスは、先端部に付いたクローで、ジンを串刺しにした。

 そして、ビームサーベルを展開して、アームを思い切り開いた。

 開いた海中のイソギンチャクのような肢形にイージスが変わると同時に、攻撃を受けたジンの機体は文字通り四散し、爆発した。

 

 

 

 「――アスラン! やめろおお!」

 

 と、そこに、イージス目掛けて高速で接近する機体があった。

 キラのストライクだ。

 「キラかっ!?」

 アスランはモビルアーマー形態のまま、キラと離れようとするが、今回は振り切れなかった。

 「ストライク、装備が!」

 また、ストライクの形態が変わっている事にアスランは気づいた。

 今度は巨大なバックパックを背中に背負っている。

 

 見たところ、ブースターの類である事は間違いなかった。

 「キラ! 止めるなッ!」

 アスランは機体を反転させ、モビルスーツ形態へ変形させた。

 その刹那、ビームサーベルとビームサーベルの干渉する激しい光が生じた。

  

 アスランは、イージスのサーベルをキラに振り上げようとする。

 しかし、

 (――どうにかできないのか!?)

 コクピットへの直撃を避け、相手の腕部を狙って、無力化しようとする。

 しかし、キラはそんな考えが通じる相手ではない。

 (アスラン……!)

 キラもまた、決定的な攻撃が無意識に出せないでいた。

 お互いがお互いを、止めようとしていた。

 

 (撃てるのか?)

 カガリの問いが、アスランを追い詰める。 

 甘さであった。

 

 

 

 

 

 「ゴットフリート1番、照準合わせ、撃てぇーっ!」

 アークエンジェルが、アルベルトに向けて艦砲を放った。

 が、光線は当たらずにそのまま何も無い宇宙を通過する。

 

 「メビウス・ゼロ被弾!」

 その上に、メイラムがクルーゼの被弾を告げた。

 「クルーゼが!?」

 とバルトフェルドは驚きの声を上げた。

 しかも――

 「敵、ナスカ級よりミサイル、ローへ向かっていきます!」

 「このままでは我が艦も! 艦長!」

 次々と、味方の劣勢を告げる報告が入ってくる。

 「クソッ! あの黒いナスカ級! なんとしても落とすんだ!」

 バルトフェルドの指揮する声にも熱がこもってくる。

 先遣隊は善戦していたが、それでも徐々に、追い詰められていた。

 

 「アスラン……!」

 ストライクと激しく斬りあうイージスを見ながら、イザークは祈るような気持ちで、自分の任務を続ける。

 「ロー、撃沈!」

 しかし、その祈りも虚しく、味方の艦の撃沈を、カークウッドが告げた。

 「撃沈だと!? 二隻がか!?」

 バルトフェルドが驚愕する。

 確かに戦力差はあるが、ここまでとは……。

 「モビルアーマー隊全滅、更に――敵、ナスカ級より更に、モビルスーツ発進あった模様! シグータイプです!」

 「援軍だと!?」

 絶望的な報告の上、この期に及んで、更に敵が増える――バルトフェルドの顔に流石に焦りが浮かんだ。

 

 「ジン二機、モントゴメリに向かっていきます!」

 「シグータイプ、本艦に接近!」

 

 

-------------------------------

 

 「――どこだ! この船のブリッジは?」

 カガリは先程から、アークエンジェルの船内を歩き回っていた。

 「私が、私が行けば、こんな戦いは……」

 止められるはずだ。

 自分が乗っている事をザフトに告げれば、こんな戦闘は止まるだろう。

 そうすれば、アスランは、キラは、戦わずに済む――。

 

 片っ端から通路をとおり、ドアを開け、カガリは先を目指した。

 すると――

 

 「なっ!? 君は!?」

 「えっ……!?」

 

 ある部屋のドアを開けたところ、髭面の士官が現れた。

 マルコ・モラシムであった。

 

 「カガリ・ユラ・アスハか?――保護されたと聞いていたが、本当だったのか?」

 

 と、ドーン、と爆発音がして、艦が揺れた。

 「お、おいアンタ、ブリッジ! 知らないか!? 私が戦いを止めなくちゃ――」

 「な、なんだと!?」

 

 ドオオオン!

 

 再度、大きな振動が船を揺らした。

 「なっ、戦闘なのか!? 沈むのかこの艦は!? 冗談ではない!!」 

 モラシムはカガリの手を取った。

 「ブリッジだな!」

 「――こっちよ!」

 そこへ、フレイが現れた。

 「止めてちょうだい、あんたなら出来るんでしょう! 案内するから、早く!」

 「……行くぞ!」

 「うっ……!」

 モラシムはカガリの手を引いて、ブリッジに引っ張っていった。

 

 

--------------------------

 

 

 「フフ、させないよ? ――あの船には堕ちてもわらなくちゃ」

 

 アルベルトから発進したアズラエルのシグーは、カスタム・タイプであった。

 通常のシグーとは異なり、背面のウイングスラスターが大型化していた。

 カラーも、通常よりも濃い、ブラック・カラーだった。

  

 シグー・ムトクイフと、彼は呼んでいた。

 アズラエル自らがカスタマイズした、木星の重力圏でも動作する、大出力化された機体であった。

 

 

 その、シグーを、クルーゼが迎え撃つ。

 「アレは? ……アレがプレッシャーの正体か!」

 ゼロのリニアカノンが、シグー・ムトクイフを狙った。

 しかし、速すぎる。

 (――照準が?)

 合わない、だけではない。

 

 クルーゼは、敵の動きを読むことが出来た。

 それは、予測とか、経験から来る推測、というレベルを超えていた。

 予知、に近いものだった。

 

 しかし、この敵にはそれが通用しない、読めないのだ。

 

 

 「へぇ?……あの白いモビルアーマーは」

 アズラエルの機体は余裕を持ってクルーゼのゼロを迎えた。

 

 翻るような優雅な動作を持って、シグー・ムトクイフは旋回した。

 「そんな機体でさぁ!」

 シグー・ムトクイフのバズーカが、メビウス・ゼロを狙った。

 

 「――ムッ!?」

 ガンバレルを一つ落とされて、バランスを崩されたゼロは、回避しきれず、更に被弾して、ガンバレルの殆どを破損した。

 「ええいッ! 当たり所が悪いとこんなものか……!」

 自分がなす術も無く撃ち落とされたのに、クルーゼは驚嘆した。

 

 

 そのままアズラエルは最大速度で、アークエンジェルに接近すると、撃てるだけの砲を放った。

 余りに速い敵の接近に、回避しきれず、被弾するアークエンジェル。

 

 

 

 その間にも、残った二機のジンは、先遣隊の旗艦、モントゴメリに向かっていた。

 

 

-----------------------------------------------

 

 「なっ!? カガリ・ユラ・アスハ!?」

 「戦闘中ヨ! 何事!?」

 アークエンジェルのブリッジに、突如カガリと、それを連れたフレイとモラシムが入ってきた。

 アイシャとバルトフェルドが驚きの声を上げる。

 

 「フレイ!!」 

 イザークもそれを見て叫ぶ。

 「この子を殺すわ!」

 フレイがカガリの手を取って言う。

 「痛ッ……!」

 強くてを引かれたカガリが苦痛の表情を浮かべた。

 「何を!」

 「おば様の船はどれ! イザーク、おば様がどうなっても良いの!?」

 

 「そ、そうだ! この艦、まずいのであろう! この娘を人質に取れば」

 「大佐殿! アンタまで!」

 バルトフェルドはアイシャに目配せして、三人をブリッジの外へ出すように指示する。

 

 

 しかし――。

 

 「艦長!! シグータイプ、再接近!  ――ああっモントゴメリが!!」

 

 メイラムが絶叫した。

 

 「なっ!?」

 

 

------------------------------------

 

 

「主砲塔被弾! 機関部損傷! 隔壁閉鎖!」

「何をやってる! 何故あのジン1機落とせない!」

 モントゴメリにアラートが鳴り響く。

 「脱出してください! エザリア委員!」

 「しかし! アークエンジェルが――あっ!?」

 

 艦橋に、ジンの機影が大きく見えた。

 そして、ブリッジに向けて、バズーカを構えた。

 

 その動作が、ゆっくりと、そして鮮明に、エザリアには見えた。

 

 

 

 

 

 「……イザークッ!!」

 

 

 

 

 息子の名前を呼ぶと同時に、エザリアの体は爆風に包まれた。

 

----------------------------------------

 

 

 

 「母上……?」

 

 

 

 呆然と、光に消えていく、母の船を見詰める、イザーク。

 

 

 (間に合わなかった……?)

 

 

 それを理解するまでに、数秒掛かった。

 そして――。

 

 「かああさぁあああああああああん!!」

 

 イザークの絶叫がブリッジを包んだ。 

 

 

----------------------------------------

 

 「か、貸せ!」

 絶叫した後、力が抜けたようになっているイザークから、通信機を奪うモラシム。

 「な、大佐殿! 何を!」

 強引にキーボードを操作してから、モラシムは言った。

 「ザ、ザフト軍に告ぐ、こちらは地球連合軍、――アークエンジェル!」

 

 

 

 「隊長! 足つきからの全周波放送です」

 「なんでしょうね……? 降服する気になったんでしょうか?」

 シグー・ムトクイフのコクピットのアズラエルの元にも、その通信は届いていた。

 

 突然の放送に、ザフトは困惑した。

 しかし、次にモラシムが発した言葉で、さらに困惑することになる。

 

 「と、当艦は現在、プラント最高評議会議長、ウズミ・ナラ・アスハの令嬢、

  カガリ・ユラ・アスハを保護している! ……人道的立場から保護した物であるが、  

  以降、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴艦のカガリ嬢への責任放棄とみなし当方はこの件を自由意志で処理する!」

 

 

 

 

 「格好の悪いことだな、援護に来て不利になったらこれか」

 被弾して、艦に戻っていたクルーゼは、メビウス・ゼロのコクピットの中で、ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 ――しかし、あのまま続けていても、降伏する事になっただろう。

 

 どういう経緯かは分からなかったが、皮肉な事に、あのアルテミスの嫌味な男は、アークエンジェルの危機を救ったのだった。

 

 

 

 

-----------------------

 

 

 「ホラ……乗ってたでしょう、カガリ嬢? ……フーン、でもスマートじゃないですね、保護した民間人を人質にするなんてサ」

 「アズラエル隊長……」

 「わかってるよ…全機攻撃中止、帰艦してください」

 アズラエルはそう指示を出すと、シグーをアルベルトに帰らせた。

  

 

 

-------------------------

 

 「……モラシム!」

 バルトフェルドが怒鳴った。

 「……何故、最初からこうせんのだ! 貴様らこそ、アルテミスを潰しておいて、こんなことで沈むというのか!」

 「クッ……」

 バルトフェルドは、キャプテンシートの肘掛をドン、と叩いた。

 

 (やれやれ……)

 そして、自分の不甲斐なさに一人呆れていた。

 

-----------------------------

 

 

 イージスとストライクは戦いを止めていた。

 

 「カガリが……カガリが……足つきに?」

 キラが震えた声で言う。

 先程まで剣で斬りあっていた為、二機はそのまま揉みあう形となっていた。

 そのため、キラのその声が接触回線でアスランにも伝わってきた。

 「なに……?」

 アスランも、先程の通信を聞いて愕然としている。

 「……なんで、なんでだ!?」

 キラは激昂した。

 「なんで、罪もない民間人にそんなことをっ!! アスラン……!」

 「キラ……!?」

 「カガリは……取り返す!」

 

 

  キラはそう言うと、そのままアルベルトに帰艦した。

 

 『ウゥ……』

 「アッ……!」

 

 すると、アスランの耳に、何かが聞こえてきた。

 

 (イザーク……!?)

 

 イザークのすすり泣く声だった。

 

 高慢で、プライドの高い、彼の見せる初めての泣き顔だった。

 (イザークの母親の船……!)

 

 そこで、アスランは、自分が彼の家族を守れなかったと始めて気が付いた。

 

 (――俺は!?)

 

 アスランは、なにひとつ、守れなかったのだ。

 カガリも、キラも、アークエンジェルも、イザークの母親も――。

 


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