機動戦士ガンダムSEED⇔(ターン)   作:sibaワークス

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PHASE 11 「敵国の戦姫」

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『余りに色々なことが起こりすぎた……頭がクラクラする。

 まず、営巣や船室に閉じ込められたあのアルテミスのユーラシアの軍人たちと揉め事があった。

 その後、あのユニウスセブンで、氷拾いだ。

 ……キラはあそこで両親をなくしたのか。

 ――それから、あの女!』

 

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 キラは、ヴェサリウスのネオの執務室に通されていた。

 

 本当はウズミとの面会を終えたら、

 カズイ・バスカークの両親の元へ向かうつもりであったが、急務であれば致し方なかった。

 というのも、ネオが、隊の指揮権を新任の隊長へ一時譲渡する事になったのだ。

 

 「急な話ですまんな……ディノ国防委員長のご命令でね」

 ネオはキラに、今回の人事が急なモノであったことを明かした。

 「いえ、シャトルの中でそのようなお話をされていたので、もしやと思いましたが……」

 「ああ、俺には統合設計局での別任務が下される事になった……噂の”ZGMF-X”シリーズのテストパイロットだとさ」

 「お、おめでとうございます!」

 キラは敬礼した。

 

 試作機のテストパイロットは、機体の限界性能を引き出す、極めて高度な技術を要される。

 しかも、ザフトの兵士達の間で噂になっているZGMF-X……ザフトのフラグシップモデルたる、最新鋭兵器。

 そのテストパイロットに選ばれるということは、パイロットの中でも、最も名誉のある事であった。

 しかし、当のネオは、

 「めでたいもんかよ? 俺の体が持たないでしょ……」

 「ハッ?」

 と言った、キラも思わず面食らう。

 「足つきまで横取りされるんだ。参っちまうな。 ――気をつけろよ? キラ? 新任の隊長、かなりのクセモンだぜ?」

 ネオはそう言って、キラに異動の書類を手渡した。

 「……敵軍にいるダチのこと、決めておけよ?」

 最後に、ネオは念を押した。 

 キラは、顔を強張めた。

 「はい……」

 

 キラは敬礼をして、ネオの執務室から出た、

 

 

 その後、ヴェサリウスの船室から私物を回収したキラは、一旦宿舎に戻ろうとした。

 しかし、

 「キラ・ヤマト……連絡がある」

 と、ナタルに呼び止められる。

 「我々は予定を35時間早め、明日、1800の出発となる。その1時間前にナスカ級"アルベルト"に集合だ」

 「えっ……?」

 それでは、カズイの両親の元へいく時間が取れないではないか――なぜか、と理由を聞こうとしたところ

 「特務だ――君の義姉上である、カガリ・ユラ・アスハの乗った船が、消息不明になった」 

 と、ナタルが、耳打ちしてきた。

 

 ――カガリが?

 

 キラは目を見開いてナタルを見る。

 「カガリ嬢が、追悼式典の準備のため、ユニウスセブンへ向かってたのは知っているな? その視察船ゴールドウインドの消息が昨夜から分からなくなっているのだ。

  公表はされていないが、地球軍の船と何らかのトラブルがあったようだ」

 「そんな……」

 

 ――ガモフはアルテミスで足つきをロストしたままで――ユニウスセブンは、その近くのデブリベルトにある――。

 

 嫌な予感を、キラは抑えられなかった。

 

 

 

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 「それで、私をどうするつもりなんだ?」

  少女はバルトフェルドを鋭い視線で睨みつけてきた。

 「どうするって……」

 バルトフェルドは苦笑した。 

 

 クルーゼの奇策によって、補給の問題を解消したアークエンジェルだったが、

 その際、妙な拾い物をしてしまった。

 

 ――救命ポッドから助け出された、この少女だ。

 彼女はアスランを殴りつけたあと、散々暴れまわった挙句に、ポットで宇宙に逆戻りしようとした。

 そんな彼女を、アイシャが必死になだめて、この士官室まで連れてきたのだ。

 クルーゼも、同席している。

 

 「いい加減に信用してくれないか?」

 子供をあやすような調子で、バルトフェルドは言った。

 目の前にいる少女は、第一印象の清楚さや凛々しさとは打って変わって、乱暴で、まるで癇癪を起こした子供のようなのだ。

 「ふざけるな! 私達の船をつぶしたやつらといい、地球軍は本当に汚いな!

 ……ユニウスセブンの時だってそうだ、そうやってお前達は力のないものを……!」

 

 彼女は先ほどから地球軍に対して苦言を言い続けている。

 

 「ちょっと待ってくれ、さっきから君の言ってることが良くわからんのだが……とりあえず僕らは君に危害を加えるつもりは無いよ」

 「良く言うな! ……お前らもひょっとして、さっきの連中とグルなんじゃないのか? 大方わたしを利用しようって魂胆だろうが……そう上手くはいかないぞ!」

 吐き捨てるように少女は言った。

 「利用って、一体なぜ?」

 「とぼけるな! わたしをカガリ・ユラ・アスハだと知ってのことだろう!」

 カガリ・ユラ・アスハ……?

 どこかで、聞いた名だと、バルトフェルドは思った。

 「たしかプラント現最高評議長もウズミ・ナラ・アスハといったが……?」

 クルーゼがソレを聞いて呟いた。

 「それでは、君はウズミ・ナラ・アスハ議長のご息女、カガリ・ユラ・アスハなのか?」

 バルトフェルドが驚いて言った。

 「フンなにを今さら ……って、本当に知らなかったのか!?」

 その様子に、逆に彼女の方が驚いた。

 

 「……そうだが」

 

 しばらくの間、沈黙が流れる。

 「……お、おまえら、わたしが議長の娘だとわかったからって、なにをやっても無駄だぞ!」

 「……」

 

 カガリ以外の三人はため息をついた。

 

 

 

 

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 「イテテ……」

 顔が真赤に腫れている。痣になるだろう。

 殴られた後、しばらく休んでいたアスランだが、

 痛みは、まだ引かなかった。

 

 「大丈夫かよアスラン? とんでもねえ女だな」

 ディアッカが、そんなアスランの様子を気遣いながら言った。

 部屋には、ディアッカとニコル、イザークがアスランの見舞いに来ていた。

 「あれ――カガリ・ユラ・アスハらしいですよ」

 「らしいな、ニュースではオヒメサマって感じだったが」

 「あれが、スなんでしょうかね? お嬢様にも色々ありますけど」

 「……そうなのか?」

 「ええ……」

 

 カガリ・ユラ・アスハのことは、アスランもよく知らなかった。

 父の同僚でもあり、親交もあったウズミ・ナラ・アスハのことは良く知っていた。、

 しかし、彼に娘がいると知ったのは、ほんの数年前のことだった。

 

 所謂箱入り娘であったと聞いていたのだが……。

 

 「ほら、アスラン。 今度は具入りチャーハン作ってきてやったぜ」

 ディアッカがチャーハンの盛られた皿をアスランの前に差し出した。

 「――野菜? どうしてこんな」

 「ユニウス・セブンにあったやつだよ……」

 「ああ……」

 

 ユニウス・セブンは農耕プラントだった。

 故に、そこから汚染の心配の無い、長期保存用に加工された生鮮食品のパッケージがいくつも見つかった。

 

 

 プラントは、元々は食料の自給を禁止されていた。

 これは、かつてプラントを支配していた運営会議、ひいてはその宗主国たちが、

 コーディネイターを恐れ、コントロールする為に強いていた圧政の一つであった。

 

 しかし、プラントの人々は、自分達の独立と――宇宙において、人間の生活出来る環境を作る――テラ・フォーミング技術の発展の為、ユニウス・セブンを元とした農耕プラントを作ったのであった。 

 

 それならば、このような食材が見つかるのも、アスランに納得出来る事であった。

 アスランの母も、亡くなる以前はそういった研究をしていた。

 

 月にいた時も、アスランは何度か、キラと母の職場へ言った事がある。

 月面に作られた、地球を模した大規模な農場――そして

 

 (カリダさん……)

 

 よく、キラの母、カリダも一緒に行った。

 アスランの母、レノアの研究成果である野菜を使って、美味しい料理をいくつも作ってくれた。

 

 あの亡骸――あれは本当にカリダだったのだろうか。

 

 だとしたら――と、しかし、アスランは、あの光景を思い出すまいと、頭を振った。

 

 

 「ディアッカ――」

 「あん?」

 「ロールキャベツ作れるか?」

 「好きなのか?」

 「ああ……」

 「しょうがねえ、病人の頼みだ、すぐ作ってやるよ」

 

 ディアッカは、船の厨房の一つへ向かった。 

 

[newpage]

 

 

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 「要するに君は、追悼慰霊団代表としてユニウスセブンへ来たが、

  船が地球軍と諍いになって、あのポッドで単身脱出させられたということか……」

 「諍いになったのは地球軍が言い掛かりをつけてきたせいだけどな!」

  幾分かはおとなしくなったが、カガリは敵意をむき出しにして言った。

 「それで、君の船はどうなったのかな?」

  手を焼くバルトフェルドに変わって、クルーゼが聞く。

 「……わからない」

  と、そこでカガリは表情を曇らせた。

 アスランの報告では、カガリの救命ポッドは撃墜された民間船の近くに浮遊していたと言う。

 (彼女の船は恐らく撃沈されたか――)

 と、バルトフェルドは思った。

 「とにかく、我々自身も手がいっぱいでね、お嬢さんには悪いが、しばらくここにいてもらう。」

 「――カガリだ」

 「悪い、カガリ様?」  

 「フン……」

  どうやら、まだ信用されてはいないようだ、とバルトフェルドは思った。

 

 

 

 

 

 「デブリ帯は無事に抜けましたが、まだ多くのデブリが存在する宙域です、これ以上の速度は……」

 「わかった、続けてくれ」

 船の操舵に四苦八苦するダコスタの肩を、バルトフェルドは叩いた。

 

  ――アークエンジェルは、残骸からの”補給”を終えた後、デブリベルトを脇から抜けて、月本部を目指した。

 

  弾薬、水、食料については何とかすることができたものの、余計な荷物を一つ背負ってしまった。

 「あのお嬢さん、どうしたものかね?」

 「どうするとはどういうことか……?」

  バルトフェルドの呟きに、クルーゼが反応した。

 「このまま月本部へと連れて行けば彼女は……」

 「それは歓迎されるだろうな、アスハ議長の娘だ、利用価値はいくらでもあるだろう」

 「できればそういう手は使いたくないんだがね。 あんな娘に」

 「それならば……アスラン・ザラ達は?」

 クルーゼが、バルトフェルドを真正面に捉える形で向いた。

 「……クルーゼ大尉?」

 「あの子はアスハの娘だ。 それだけで、ただの民間人とは言えるかね?」

 「今は利用できる物は利用しなければならない時……と、そういうことかな?」

  笑いながら、バルトフェルドはクルーゼの方を向いて言った。

 「ヒューマニズムは結構だがね、それで、この船を守れるかな?」

 「フゥ……」

 サングラスでクルーゼの目線は見えなかったが、バルトフェルドも、クルーゼの顔を真正面から見据えた。

 

 ――お互いに、静かな笑みを浮かべている。

 が、その奥にあるのは、明らかな双嫌悪だった。

 

 (き、きまずい……)

 一人、船の舵を必死に取るダコスタは、ブリッジから逃げ出したくなる衝動に駆られていた。

 

 

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 「ぼ、僕が持っていくんですか…?」

 「わ、私は嫌よ…」

 「どうでもいいから早く持っててくれよ」

 

 中々ロールキャベツが届かないので、アスランは厨房と食堂が隣接するエリアに様子を見に来ていた。

 すると、ニコルやフレイが、何やら良い争いをしている。

 

 「一体、なにを言い争っているんだ?」

 アスランはディアッカに尋ねた。

 「いやね…フレイがあの娘に食事もってくの嫌だって……それで揉めてんだよ」

 「わ、私は嫌よ…あんなコーディネイター子のところなんて…恐くて」

 「フレイ……!」

 「だったら……ニコルか、イザークが持っていけばいいじゃない」

 「う……」

 「ア……」

 

 イザークもニコルも押し黙る。

 

 ――コーディネイターに対する恐れ。

 フレイは、露骨に、その恐怖を露にしていた。

 

 「無理もないよね~」

 「え……ああ」

 

 ディアッカが軽い調子で言ったが、アスランは黙った。

 ソレには慣れている。 だが――

 「ニコルは……」

 「イザークこそ……」

 二人までが、そのような感情を抱いている事にアスランはショックを隠せなかった。

 ……しかし、

 「ま、アスランをあそこまでぶっ飛ばす女なんか、俺も恐いよ」

 「こ、腰抜けめ……」

 「イザークこそ」

 

 (……え? )

 アスランは、その意味を理解すると、目を丸くした。

 

 

 ……カガリの食事は、結局アスランが運ぶ事になった。

 

 友人達は、彼女がコーディネイターであるかより、アスランがいとも容易く"ぶっ飛ばされた"事に、恐怖感を抱いているようだった。

 

 「なんだかな……」

 

 ――アスランは自然と安堵していた。

 

 

 「お、おい! コーディネイターの小僧!」

 

 カガリの軟禁されている士官室に向かう途中、例のモラシムに出会った。

 メイラムたちに連れられ、恐らく、風呂か食事か、何かしら用を足してやる為、外に連れ出されたのだろう。

 「早く、お入りください!」

 メイラムは、抵抗するモラシムを、部屋に押し込もうとした。

 「わ、私を此処から出すんだ! な! なんなら、君をユーラシアで――」

 

 モラシムは必死にアスランに訴えかけたが、抵抗虚しく、士官室に押し込まれ、また外部ロックで閉じ込められた。

 

 ――まったく!

 あの男のせいで、友人達にすら疑心暗鬼になるようになってしまったのだ。

 

 アスランは酷く気分を害した。

 

 

 

 

 

 「入るぞ」

 無愛想に言うと、アスランはカガリの部屋に入った。 

 「お前は……」

 カガリは、アスランを睨んだ。

 「さっきはよくも殴ってくれたな」

 「知るか、そんなの……近くにいたお前が悪い」

 悪びれる様子もなく、カガリは言った。

 ――なんて気の強い女だ!

 アスランは、部屋の入り口にあった棚に、乱暴にトレイを置いた。

 

 「ほら、食事だ、食べろ」

 「て、敵軍の食事なんか食えるか!」

 カガリはそっぽを向いた。

 

 そして、アスランに早く出て行け、と言わんばかりに手を振った。

 

 しかし、その時、

 グ~~~ 。

 

 と、カガリの腹から音が鳴った。

 「~~~!」

 赤面するカガリ。

 「あ……」

 僅かな間だが、沈黙が流れる。

 

 「敵軍の物でも食事は食事だ、食っとけよ」

 「……」

  

 カガリの滑稽な様子に、怒るのがバカらしくなったアスランは、

 プレートを持ち直して、カガリの目の前にある机まで運んでやった。

 

 彼女はしぶしぶ料理に手をつけた。

 「炒飯とロールキャベツ? 軍艦のワリにずいぶん変な物を出すんだな?」

 「それは俺の友達の……手製の料理だからな、いいから食えよ」

 「……いただきます」

 ぶっきらぼうに言うと、カガリは食事を口に運び始めた。

 

 (これが、ウズミ・ナラ・アスハの娘……?)

 

 評判と大きく異なる彼女の姿に、アスランはまじまじと視線を向けた。

 

 「……なんだ人の顔をじろじろ見て……気色悪い」

 「お前本当にあのカガリ・ユラ・アスハなのか?」

 「じゃあ、誰だというんだ!」

 「カガリ嬢は清楚で上品だと聞いていたんだけどな?」

 訝しげな目で、アスランは彼女を見詰めた。

 「う、うるさいな! 味方ならまだしも、なんで敵相手にあんなことをしなきゃならんのだ!

  敵軍相手に礼儀を尽くす必要はない!……ただでさえ肩こるってのに」

 「……フ」

 

 (なるほど、しっかりと礼儀作法は教育されているが……こっちが地、みたいだな)

 

 アスランは、なんだかおかしくなってしまった。

 

 「な、なんだよ! 何笑ってんだ!」

 「ハハハ、悪い悪い! いや、ぶん殴ったんだから、コレくらい勘弁しろよ」

 「な……なんだよぉ!」

 

  腹の音を笑われたのかと思って、カガリは頬を膨らませた。

 

 (しかし、何か忘れているような――まあ、いいか)

 アスランは、しばらくカガリをからかって遊んだ。

 

 

 

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 数時間後。

 アークエンジェルは一般的な就寝時間に当たる時刻になった。

 クルーが交代で船室に入り、睡眠を取っている。

 「……いまなら」

 

 部屋の外に人の出入りが減った事を悟ると、カガリは、ドレスの胸元に手を突っ込み、

 手のひらにロボット鳥を取り出した。

 「ようし、もう動いて良いぞ、トリィ」

 「トリィ!」

 「静かに…! えらいぞ、トリィ」

 

 トリィは、まるで本物の小鳥のように チチチと鳴くと、ドアの電子ロック部へ、キツツキのように取り付いた。

 そしてくちばしの先で、機械を検分するかのように、突付いた。

 ――すると、ドアのロックが外れた。

 周りを見て誰もいないのを確認すると、カガリはそっと部屋から抜け出した。

 

 「暴れるフリをして、ちゃんと覚えておいてよかった……デッキまでの道……」

 

 ――デッキに地球軍の開発したモビルスーツがあるのを見た。

 

 (キラが奪取したヤツと同じタイプだな……)

 

 カガリは、義弟のことを思った。

 本国も、既に事態を察知しているだろう。

 ひとまず、宇宙に出てしまえば、どうとでもなるはずだ。

 

 (私だって、ジンを動かすことぐらい出きるんだ……キラにできて私にできないはずがない……! )

 

 カガリは駆け出し、デッキへと急ぐ、と

 「っきゃ!?」

 「うわ!?」

 カガリは誰かとぶつかった……女だ。

 (軍服は着ていない……民間人の女)

 フレイ・アルスターだった。

 「あ、あなた……カガリとかいう……!」

 「黙ってろ! 騒ぐなよ!」

 「あ…あ……」

 カガリは、連絡されたらまずいとは思ったが、

 口封じする前に急いでMSデッキに向かったほうが早いと判断した。

 「でも、あの女――なんでこんな所に――まあ、いいか」

 

 カガリはフレイの姿に、何か感じるところがあったが、

 気にせずに、デッキへと急いだ。

 

 「――び、びっくりした」

 残されたフレイは、この事を誰かに伝えた方が良いと思い、イザーク達の船室に向かった。

 

 

 

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 「……そうだ! あの女!」

 自分の個室でベッドに寝そべっていたアスランだったが、ようやく胸に抱えた疑問が解けた。

 

 (殴られたせいで忘れていたのか? ……なんでアイツが、トリィを持ってる?)

 ――彼女は、自分がプラントを出るとき、キラにプレゼントしたトリィを持っていた。

 

 (あの女もキラの知り合いなのか――?) 

 

 まだ、起きているだろうかと、アスランはカガリの閉じ込められている部屋へと向かった。

 ――が、いない。

 

 鍵が外されて、部屋はもぬけの殻であった。

 

 いない、脱走したのか……?

 しかし、艦内の何処へ逃げるというのだろうか。

 

  ――まさか?

 

 と、アスランは思った。

 「イージスを使うつもりか!?」

 

 

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 ――デッキに忍び込むと、カガリは工員達の隙を突いて、イージスを起動させた。

 工員達は、皆連日の突貫作業で疲弊していたため、潜入は容易であった。

 

 駆動音がして、ディアクティブモード(準備状態)の灰色のイージスが動き出した。

 

 「――おい!?イージスが!!」

 「な、なんだ!どうしたって言うんだ!?」

 

 (――動かせる!)

 そう、カガリは確認すると、イージスの歩を進めた。

 「ハッチ開けろ!開けないとぶっ壊すぞ!!」

 「……じょ、冗談じゃない!!」

 ミゲルをはじめとした工員達は急いで避難すると、強引にハッチをこじ開けようとするイージスの姿を見て、やむなくハッチを開けようとした。

 

 「あの子、ノーマルスーツも宇宙服も着て無いぞ!?」

 「コクピット閉じろよ!」

 カガリはコクピットのハッチを開けたままにしていた。

 「チッ、わかってるさ……よし…このまま」

 カガリは、イージスの歩行を進めながら、ようやく閉じる操作を見つけ出し、イージスのコクピットを密閉状態にしようとした。

 しかし、

 「待て!!」

 「え!?」

 ノーマルスーツを着たアスランが、イージスのコクピットへ飛び乗ってきた。

 「チイ!!」

 カガリは急いでコクピットのハッチを閉めようとしたが、アスランが一足先にコクピットに入り込む。

 「おい、お前! 自分が何やってるのかわかって!」

 「うるさい!!」

 カガリはアスランに絡まれたまま、強引にモビルスーツをカタパルトに乗せて発進させた。

 

 

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 「暗号パルス受信…これは第八艦隊です!」

 「なんだって!?」

 ブリッジクルーからどよめきが上がった。

 

 本来アークエンジェルが所属する艦隊である、第八艦隊。

 その先遣隊から、コチラを迎えにきたという、暗号が発信されていたのである。

 先程、それをやっとキャッチしたところだった。 

 

 「合流ポイントの通知を送りました……まだ時間がかかりますが」

 「やっと助かるんだな」

 「エエ、ヨカタわね……艦長?」

 

 バルトフェルドは、民間人の少年達にも知らせてやりたいと思った。

 

 そこへ

 「か、艦長!!」

 「おお! 君か、ちょうどいい、今ビッグニュースが」

 

 「……こ、コチラもです! あのカガリ嬢が」

 イザークが息を切らして、ブリッジに駆け込んできた。

 そして、――アラートがブリッジに鳴り響いた。

 デッキの工員達が、鳴らしたのである。

 

 「……え?」

 バルトフェルドがきょとん、とした様子でイザークを見る。

 

 と、ブリッジでデブリの哨戒任務についていたディアッカが――。

 「おい! 誰かがイージスに乗ってるんだ――って、ええ!?」

 驚きの声を上げた。

 

 息を落ち着かせると、今度はイザークが叫んだ。

 「カガリ嬢が、イージスで脱走しました!」

 

 

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 ――未だ、アークエンジェルは、デブリの散乱する宙域にいた。

 

 「う、うわあああああ!?」

 つまり、ハッチから飛び出したイージスはデブリの群れの中に突っ込む事になる。

 

 灰色のイージスは、そうしたデブリを避けながら、高速で宇宙を突っ切っていった。

 

 途中何度も、小惑星大の、コロニーや艦船の残骸にぶつかりそうになって、

 カガリはその度、慌ててレバーを動かして避けるという動作を繰り返していた。

 

 「こ、こら!」

 アスランはそんなカガリからコントロールを奪おうとするが、

 無理な姿勢で乗り込んだ上、先程からカガリが滅多矢鱈にイージスを動かすので、コクピットがゆれてうまくいかない。

 「くっそ! なんだこのモビルスーツ……! ジンの何倍の出力があるんだ!?」

 「いいから、離せよ――おい! 前!」

 「え!?」

 巨大なデブリが、イージスの目前に現れた。

 「う、うわああああ!!」

 カガリはレバーを思いっきり動かしてかわした。

 「か、かわせた!」

 ―――が、

 「――馬鹿!そんなにうごかしたら!!」

 「ええ!? ……うわああああ!!」

 

 イージスは思いきりバーニアを噴かした為、今度は凄まじいスピードで戦艦の残骸に突っ込んでいった。

 

 『おい! 誰かがイージスに乗ってるんだ――って、ええ!?』

 ディアッカがイージスに通信してきたが、カガリの顔を見て驚いた。

 

 「くっそおおお!!」

 再度、カガリはイージスのバーニアを大きく噴かせた。

 

 戦艦の残骸をなんとか回避する。

 

 ――いける! こうして逃げれば、きっとキラ達が見つけて―― 

 

 しかし、そんなカガリの浅薄な希望を打ち砕くように、ディアッカが画面の向こうで叫んだ。

 『アスランも居るのか!? レーダーに反応がある! そのバカ女を止めろよ! このままじゃあと30秒で――』

 「ち!」

  調子の出て来たカガリは、無線のコントロールをするボタンを見つけると、通信を全て遮断した。

 しかし、

 「バカヤロウ! 今の聞いてなかったのか! ――レーダーを見ろ!」 

 

 「え……!」

 

 

 カガリは、イージスに搭載されている近距離レーダーを見た。

 ――小惑星群にも似た、細かなデブリの群が、イージスを待ち構えていた。

 

 このままスピードで突っ込んだら、イージスは――。

 

 「あ、き、機体を止めなきゃ――」

 「最高速だぞ! 間に合わない!」

 アスランが、カガリに乗っかる形で、シートにすわり、コントロールを奪った。

 「お、お前みたいな子供が……モビルスーツが動かせるのか!?」

 「――いいから、貸せェ!」

 「ヒャッ!」

 

 と、イージスのモニターにも、細かなデブリが迫ってくるのが見えた。

 ――ぶつかる!?

 「わ、わああああああ!!」

 カガリが悲鳴を上げたとき、アスランが咄嗟にあるスイッチを押した。

 フェイズ・シフト装甲の起動スイッチだった。 

 

 ――ガガッガガガッガガッガッガガガガガガ!!

 

 機体が何度も大きく揺れた。

 

 「グゥッハ!」

 

 カガリは、背中を大きくシートに叩きつけられた。

 

 (しまった、コイツ!? こんなドレスで――!?)

 アスランは、カガリがノーマルスーツも、シートベルトも付けて無い事に気がつくと、

 彼女がシートから投げ出されないように、正面から抱きついて、覆い被さるように彼女を抑えた。 

 

 「グゥ……ウワァッ!!」

 

 コクピットが大きくゆれた。

 

 カガリとアスランはシートから投げ出された。

 アスランは必死にカガリの体を覆った。

 

 

 「うわ…うわあああああ!」

 「クッ…!!」

 

 

 

 機体の揺れは、やがて収まった。

 

 

 

 「……PS装甲がなかったら死んでたな…」

 「あ……あ……」

 

 カガリは、恐怖で小さく縮こまっていた。

 揺れが収まり、二人の吐息だけが、辺りを包み、静寂が訪れた。

 

 アスランの背中越しに、カガリは、イージスのモニターに映し出された宇宙空間を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――闇。

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒の闇、何もかもを包み込んでしまうかのような、絶望の空間だった。

 

 「あ……」

 自分はこんな所に飛び出していたのかと、改めて恐怖が襲ってきた。

 自然と、カガリは、アスランの背中に手を回した。

 

 アスランは、そんなカガリを受け止めるようにした。

 

 

 二人はひしと抱き合うようにして、しばらく体を落ち着かせた。

 

 

 

 …………

 ……

 

 「――え? あ、ど、どこ触ってんだ、は、離れろ……」

 

 ようやく落ち着くと、カガリは自分が男に抱きついている事が分かって、アスランから離れようとした。

 「どっちがだよ……また殴るなよ」

 アスランはカガリを抱きかかえていた腕を解いた。

  

 「全く……オマエ! いったいなに考えてんだ! こんな無茶して!!」

 と、アスランは強い口調で、カガリに言った。

 ビクリ、とカガリの体が震える。

 

 「いいか! 周りは宇宙だ、ノーマルスーツも着ないで!」

 

 突然怒鳴られたので、カガリは身をすくめた。

 

 カガリは、宇宙の事など何も知らない。

 だが、アスランの様子から、カガリは自分がどれだけ浅はかな行動をしたのか理解した。

 「でも、お前達は……どうせ、私を利用しようとするだろう……? 

  そうすれば、父上にも……プラントの皆にも迷惑がかかるだろう……だから……」

 

 カガリはアスランから顔を背け、声を震わせて言った。

 

 「だから、イージスで逃げようとしたのか……? とりあえず逃げればどうにでもなると思ってたのか?

  ……宇宙に出たってモビルスーツ内の酸素なんてたかが知れてる、あっという間に死ぬぞ!? 全く、お前はどういうヤツなんだよ!」

 「わ、私は……」

 「お前が死んだら、余計に皆が迷惑すると思うぞ……」

 「私は……ただ…」

 カガリは目に涙を溜めていた。 

 

 ――アスランはそれを見ると、それ以上何も言わず、沈黙した。

 

 カガリは言葉が上手く見つからず、アスランの顔をちらりと見た。

 「あ……」

 アスランのヘルメットのバイザーが少し割れて、顔から血が出ていた

 「お前、怪我してる……」

 「さっき思いっきりぶつけたからな。心配ない、バイザーの破片で少し切れただけだ」

 「ちょ、ちょっと見せてみろ……」

 カガリはアスランの体に触れた。

 「いいよ、大した事はない……ウッ、さ、触らないでくれ、痛む」

 「お、お前?」

 

 ――カガリが少し、触れただけで、アスランはかなりの痛みを感じた。

 

 (宇宙服のヘルメットが割れる衝撃を、全身に受けたのか? それなら……!?)

 と、カガリは思った。

 

 「大丈夫だ、ノーマルスーツを着てたしな……お前こそ大丈夫か? 全くベルトも締めないで、放り出されたら終わりだぞ?」

 「アッ……お前、もしかして――?」

 カガリは、アスランの先程の行為の意味をようやく理解した。

 「ほ、骨とか折れてないかな?」

 「大丈夫だ――あちこち痛むが、誰かさんがつけたアザよりはずいぶん楽だ」

 そう言うと、アスランは自分のヘルメットの頬に手をやった。

 「なんでだよ……お前、私は敵国の……」

 敵国の、プラント側の人間を、地球側の人間が、なぜそこまで助けるのか?

 カガリはアスランに問う。

 「――そんなの、あたりまえだろ?」

 が、アスランは、人として行動した迄だった。 

 

 

 ――カガリは、アスランをみつめた。

 「……ご、ごめん」

 「え?」

 「わ、悪かったよ……なんだかんだいって助けてもらって……お前にも迷惑かけて、怪我させて……」

 「……いいさ」

 

 アスランは、カガリの意外としおらしい様子に、調子を崩した。

 「あの……傷の手当てさせてくれよ」

 カガリは、アスランのヘルメットを取ろうとした。

 「別に大丈夫だ」

 「やらせてくれ、このままじゃ……私……バカみたいじゃないか!」

 「……分かった」

 カガリの必死な様子に、アスランはヘルメットを外した。

 

 

 (最初はとんでもない女だと思ったが、意外に女らしいというか……優しいところもあるんだな)

 

 カガリは、持っていたハンカチで、アスランの額を拭いた。

 ガラスの破片が刺さっていない事を確認すると、傷口を救急キットにあった消毒薬で丁寧に拭いてやった。

 

 「なあ、お前、名前なんて言うんだ?」

 ガーゼと包帯を巻きながら、カガリはアスランに聞いた。

 「アスラン、……アスラン・ザラ」

 「――アスラン?」

 「どうした?」

 「いや、同じ名前をよく聞くんだ……弟がさ、よく、お前とおんなじ名前の友達の話をするんだ」

 「え……!?」

 と、その時  

 「トリィ!」

 トリィがカガリのドレスの胸元から顔を出した。

 

 「あ……!?」

 

 トリィの登場に驚きながらも、出て来た場所があまりな場所だったため、アスランは照れて目をそむけた。

 「――ああ、これさ、私の友達で、トリィって言うんだ、弟のなんだけどな。 その”大事な友達”にもらった物らしくて」

 「ちょっと待て、お前の言う弟って……キラ・ヤマトのことか!?」

 

 キラに姉がいたなんて話は、アスランは聞いたことがない。

 だが、今までの話を聞けば、そうとしか思えない。

 

 「え――なんでキラのこと?」

 「――そのトリィは俺が作った物だ」

 「!?」

 

 カガリは手当てをする手を止めた。

 先程のアスランの言動を思い出す。

 ――モビルスーツを動かせる。

 

 「じゃあ、お前は……コーディネイターで、キラの、昔の親友なのか? だからモビルスーツを!?」

 「ああ……」

 「なんでだよ!? なんでキラの友達が!! なんで、こんなとこに、地球軍にいるんだよ!?」

 「俺は地球軍じゃない!! どうしてかなんて――」

 

 俺にもわかるもんか――。

 

 

 体中の痛みに苛まれながらも、アスランには、胸の痛みの方が、強く感じられた。


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