-------------------------------------
『アルテミスで、ブリッツというモビルスーツとまたやりあう事になってしまった。
逃げても逃げても追いかけてくる戦争の気配なようなものに、
俺はこんなメモを書いて発散するしかないのだ』
-------------------------------------
CE30年代。 空前のコーディネイターブーム。
その切っ掛けは一人の天才が、人類の可能性と共に提示した――自分が人造の天才であるという真実。
それは、多くの子を持とうとする親達を、遺伝子改良という禁忌に触れさせる事にもなった。
人類の可能性――彼が木星にて発見した、地球外生物の化石は、
人という種が、まだまだ先に行けるという証明であると同時に、
人という種が、まだまだ、安息の時を迎える事が出来ないという事の証明でもあった。
エビデンス・ゼロワン。
ジョージ・グレンが見つけてきた、クジラ並の知性を持ったであろう、
地球外の、未知の生物の化石。
地球圏に混乱と希望を齎したその化石は、唯、存在し続けていた。
人類になんら言葉をかけることもなく……。
---------------------------------------
「いたずらに、戦火を広げてどうする? パトリック――」
エビデンス・ゼロワンの化石の前で、パトリック・ディノは、ウズミ・ナラ・アスハに話しかけられた。
パトリックは、ちらりと、ウズミの方を見たが、そのままエビデンス・ゼロワンを見上げ続けた。
地球外生物の存在証明(エビデンス)――と名づけられたソレは、全長10メートル余りの、
水棲脊椎動物――鯨のような様相をしていた。
ただ、ソレには、地球外の生物であることをまるで主張するかのように、その骨格に不釣合いな物体――鳥類の翼のようなものがついていた。
ファースト・コーディネイターである、ジョージ・グレンが木星の衛星、エウロパで発見したソレは、
現在はプラントの首都、 アプリリウス市の最高評議会議事堂のホールに飾られていた。
人類が、その閉塞した旧暦を終えて、コズミック・イラという新たな歴史と宇宙に希望を見出した発端――。
プラントの建造を元とした、宇宙開発全ての契機となった物体でもあった――。
そして、これは、コーディネイターが新たな世界を作る事への存在証明(エビデンス)――。
パトリック・ディノはそのようにも考えていた。
「――我々に戦争に感けている暇は無い、そういったのは君だろう?」
「そうとも」
ウズミも、パトリックの横に立ち、エビデンス・ゼロワンを眺めた。
「――我々は、新たな世界を作らなければならんのだからな」
パトリック・ディノはそういうと、ウズミに背を向けて歩き出した。
「レノア、我々はどうすれば良いのだろうな……?」
残されたウズミは、今は亡きパトリックの妻の名を呼んだ。
聡明な女性。
そして、過去と未来を繋いでいた女性であった。
--------------------------------------
「再度確認しました。半径5000に、敵艦の反応は捉えられません。完全にこちらをロストした模様」
「アルテミスが、上手く敵の目を眩ませてくれたってことか?」
メイラムの報告に、バルトフェルドが応えた。
先程のアルテミスの崩壊に伴い、要塞の残骸やら、逃げ出したユーラシアの艦やらが、
レーダーに引っかかるジャミングとなり、ヘリオポリスの時同様、敵の目を眩ます事になったのだ。
「だったら、それだけは感謝しないとネ」
アイシャがそういって、食事をブリッジに持ってきた。
ダコスタにも手渡してブリッジのメンバーに配り始める。
人手が足らず、ブリッジのメンバーは、殆どの時間哨戒任務に当たらねばならず、
ブリッジで食事をするハメになっていた。
(ローラシア級がロストしてくれたのは幸いだが……こちらの問題は、何一つ解決していないな)
バルトフェルドは、運ばれてきた食事を見ながら思った。
「ソイミートはいい加減飽きたな、本物の肉も食べたいのだがね」
バルトフェルドが肉――正確には"大豆の合成淡白と細胞培養で作られた合成肉"を挟んだバーガーを食べながら言った。
「むちゃ言わんでください」
ダコスタが運ばれてきた食料を他のクルーにも配りながら、言った。
「もうメシくらいしか楽しみが無いだろう? コーヒーも尽きてしまったしなぁ」
「え? だってコーヒーは」
食堂やリラックス・ルームのティーディスペンサーを使えばいくらでもまだ飲めるではないか、と言おうとしたが。
「自販機のアレをコーヒーと呼ぶのかね?」
「……」
ダコスタは流石に呆れてため息をついた。
「……それに、あんな物に水を使うわけにもいかんだろう?」
「あ……」
肝心なことを忘れていた自分を、ダコスタは恥じた。
循環しきれない水や、マシンのメンテナンスに使われた水は排出せざるを得ない。
アークエンジェルは、軍艦なのだ。乗組員の飲み水以外にも、マシンのメンテナンスや艦の各種マシンの稼動にも大量の水を消費する。
ヘリオポリス出航時に船に積まれていた水は、底を突きかけていた。
「しかし、アスラン・ザラはまたイージスに篭ってるのかね?」
「ええ、アイマン軍曹が心配してました。……それこそ艦長と違って、碌に食事も取らず、らしいですよ」
やれやれ……彼に負担をかけすぎたかな。
バルトフェルドはあっという間にハンバーガーを平らげてしまうと、
アイシャの淹れたお茶に手を伸ばした。
(――ゴハン以外のオタノシミは、地球か月ニ降りてから?)
(そうだな、流石にね?)
アイシャとバルトフェルドは、他のクルーに聞こえないように、そんな会話した。
「ところで空き部屋にぶち込んだ連中はどうする? 連中にも手伝わせるか?」
------------------------------------
『2月1日。
今日もまた、モビルスーツの整備に一日を費やす。
そうしていないと落ち着かないのだ。
アルテミスではマトモな補給すら受けられなかった。
水も足りなくなってきて、パーツ洗浄器すら使えない。
避難民たちはシャワーも毎日浴びれないという。
食料もそうだ。 今のところ問題は無いが、
段々簡略化された食料がメニューに割られ、
酒保――戦艦内に置かれるはずだった売店用の品が配られなくなった。
なのに、俺にはパイロット用の高カロリーで量の多い食事が渡される、
パイロットになったつもりは無いのに……』
-----------------------
アスランは、アークエンジェル艦内で見つけたノートとペンで、日記を書く習慣を続けていた。
バルトフェルドの配慮で、数日前からアスランには士官用の個室が割り振られていた。
アルテミスの一件以来、アスランは気落ちする事が多くなった。
戦場で命のやり取りをするストレスは尋常なものではない。
また、彼はたった一人、ナチュラルの中に紛れることになってしまったコーディネイターなのである。
一人の時間が必要だろうという、せめてもの気遣いであった。
それは、確かにアスランの心を慰める事にはなったが、更なる疎外感を生む事にもなった。
アスランは自然と、部屋にこもりがちになった。
そうでなければ、イージスのコクピットで過ごす事が多くなった。
------------------------------------------
『2月2日
イザーク達には悪いことをしてしまった。
しかし、クルーゼ大尉は不思議な人だ。
あの人からは人に何かを押し付けるような感じがしない。
なんと言うか、まるで――人間に似せて作られた、精巧なロボットのような感じがする。
人間らしさの、何かが違うと言えばよいだろうか?
でも、そのせいか何でも話せてしまう。
お陰で、イザーク達とまた普通に話せるようにもなった。
しかし、これから先、どうなるんだろう。
月か地球に向かう途中で、降りれるのだろうか?
ヘリオポリスはどうなったんだろうか……』
-----------------------
「アスラン! メシにするぞ?」
イザークが、イージスで作業するアスランに向かって言った。
「悪い、食欲がわかない」
「しかしな……」
ムリにでも連れ出そうとするイザークを、ニコルが引かせた。
「知らんぞ……」
イザークはアスランに言うと、一人で食堂に向かってしまった。
ニコルもそんなアスランを心配そうに見ていたが、方法が見つからない事に気づくと、その場を離れるしかなかった。
アスランは、一人になって、黙々と作業をした。
一緒に食事に行かないのは、食欲が沸かないのもあった。
しかし、本当の所は、イザーク達と、どう顔を合せればよいか分からなくなっていたからだった。
今のアスランにとっては、彼らすら怖かった。
アルテミスで、自分がコーディネイターであるということを、まざまざと、酷い形で突きつけられたのだから。
「食べないのかね?」
そこに、クルーゼがやってきた。
先程のやり取りを聞いていたようだ。
「食べたくないんです、何かを食べても――咽を通らなくて」
アスランは少しだけ、彼の方を見ると、それだけ返して、直ぐに作業に戻った。
「それはいかんな? 食事はパイロットにとって重要な仕事だ」
「――俺はパイロットじゃありませんよ」
アスランは、クルーゼを突き放すように言った。
「なら何故君は、先程からずっとイージスの整備をしているのだ?」
「貴方たちがやれっていったんでしょう――それにいつ敵が来るか――」
――敵?
敵、という言葉を自分が使った事に、アスランはハッとした。
アスランも、ついこの間までは、『敵』という言葉に、特段何も感じてはいなかった。
映画やテレビ放送、そして、最近はニュースで聞いた時も――父の元にいた時ですらだ。
それが、今は、自分と相手を分ける、非常に残酷な言葉として、アスランに重くのしかかっていた。
コーディネイターである自分。
イザーク、ディアッカ、ニコルの友人である自分。
キラ・ヤマトの友人であった自分。
その自分の敵とは何なのだろうか――?
(敵って――誰だよ)
キラか? ザフトか?
コーディネイターか?
アスランは、思わず手を止めた。
そんなのアスランの様子を見てか、尚クルーゼは語りかけてきた。
「……ならば、尚更食べておきたまえ、結局コレに乗るのは君なのだからな?
つまり、コレの整備をする事と、君が食事を取る事は全く同じ事だ」
――と、彼はアスランの足元に何か投げつけた。
「……?」
「それなら食べられるだろ?」
軍用の濃厚流動食のパックだった。
戦線で衰弱した兵士や、調理が困難な宇宙空間でも十分な栄養を取る為に、旧世紀から脈々と使われてきたものだった。
トーフ・ハンバーグ風味と書いてある。
「私はそれで三食済ませる事が多い」
――三食だって?
アスランは思わずクルーゼの顔を見た。
冗談を言っているようには見えなかった。
「こんなモノで、ですか?」
こうした戦闘食は手軽に栄養を取る事が出来るし、
味だって娯楽が少ない戦場の兵士が食べるものであるため、どちらかといえば美味なものが多い。
しかし、それだけで済ませてしまうというのは、やはり人間の食事とは言いがたかった。
「昔から余り食に興味がなくてね。 食べなくて済むなら、私は何も食べなくてもいいくらいだ――それはスグに済ませられて楽で良いぞ?」
アスランはあっけに取られた。
――この人は、どんな人なのだろう。
アスランは却ってクルーゼに興味が沸いた。
クルーゼは、会った時から不思議な人物だった。
常にサングラスで目元を隠し、その心情を悟らせない。
バルトフェルドのような人はまだ分かりやすかった。
彼は軍隊として振舞っていたし、恐らく、彼の胸には、国家とか、個人的な感情とか、
戦う理由が明確にその形を示して、仕舞われているのだろうということは見れば分かった。
が――クルーゼからは、そういったものが何も感じられなかった。
「――大尉は、なぜパイロットをやっているんです?」
「何?」
「いえ、なんとなく」
「フム……」
アスランは、思わずクルーゼに聞いてしまっていた。
「他に食べる方法を知らないからさ」
とクルーゼがいった。
「本当、ですか?」
余りに嘯いているように聞こえたので、アスランは更に聞き返した。
「……そうだな後は――生きている心地がするからかもしれん」
生きている心地?
スリルを味わいたいという事か?
――が、クルーゼの様子からはそのような軽薄な意味合いではなく、もっと深い何かが込められているような気がした。
アスランに、その真意は分からなかったが、とりあえず、その言葉に嘘は無いような気がした。
アスランは、流動食のパックを手に取った。
しかし、
「――アスラン、食べるのはやはり待ちたまえ」
「え?」
急に、クルーゼがそれを遮った。
「アスラーン!」
ニコルが、食堂のプレートに何かを山盛りにして持ってきた。
「ディアッカがチャーハン作ったんです! 食べますよね!?」
「あ……」
「食えよ? 食わないなんていわないよな?」
作ったディアッカも一緒に来ていた。
「イザークが、作れってうるさくてさ?」
――ディアッカは、幼い頃、ジャーナリストの父と、世界各地を旅しており、その時、様々な地球の料理を知ったと聞いている。
簡単なものは幾つか作れるようになったという。
中でも米を使った料理は、彼の得意分野だった。
「米と調味料とくらいしか自由に使えなかったから、具は殆ど入ってねーけどよ」
「ね、食べてくださいよ」
アスランは目の前のラッピングされたプレートを見た。
ディアッカのチャーハンか、ヘリオポリスでは何度か食べさせてもらったな――グループワークが終わらない時、みんなで徹夜して――その時夜食にも食べたっけか。
アスランは、チャーハンのラッピングをあけようとした。
「待ちたまえ」
クルーゼが止めた。
「無重力ブロックだ。 イージスがそれを食べてしまう事になる」
「アッ……」
アスランは手を止めた。
ラッピングを開けたとたん、米粒は空中へ離散するだろう。
そしてここは精密機器の塊の中なのだ。
ニコルがしまった、という顔をする。
「そんなマヌケなことで、この艦が沈む事になったら流石に死に切れん、食堂に行って食べたまえ」
アスランは思わず笑った。
笑ったのは久しぶりだった。
そして、プレートを持つと、クルーゼに会釈して、イージスのコクピットから這い出た。
ニコルたちとモビルスーツデッキから食堂に向かう途中、イザークもいた。
彼らはちらり、とアスランのほうを見た。
「さっきは悪かった……まだなら、一緒に食べないか?」
そんな彼に、アスランは言った。
「――なんだ、全く」
イザークは悪態をつきながらも、アスランと同じ方向に流れ始めた。
------------------------------------------------
砂時計のような、異形の物体が、100個ほど宇宙空間に浮かんでいる。
L5宙域に建造されたコーディネイター達の楽園――プラントである。
Productive Location Ally on Nexus Technology――プロダクティブ・ロケーション・アレイ・オン・ネクサス・テクノロジー。
コーディネイター達が生み出す、"次代技術による生産基地"その略称がプラントである。
ほぼ完全な水源の自給を目指して作られたその施設は全行程60Kmに渡る。
地表の約7割は水源で占められている。ゆえに充分な居住地帯を確保するにはサイズそのものを巨大化させる必要があったのだ。
そのサイズは、地球にいながらも、夜空に瞬いて見えるほどであった。
その一角に、ザフトの使う軍事施設もあった。
ローラシア級や、ナスカ級戦艦が、すっぽりと包まれてしまうような、宇宙船用メンテナンスドックが、浮かんでいる。
「誘導ビーコン捕捉。第4ドックに着艦指示でました。進入ベクトル合わせ」
「ビーコン捕捉を確認。進路修正0ポイント、3マーク16、ポイント2デルタ。回頭180度。減速開始」
ヴェサリウスは、そのうち一つへ着艦する準備をはじめた。
「査問会には、キラ・ヤマトもお連れになるので?」
ナタルが、艦の入港手続きを進めながら言った。
「ああ。ヤツが一番深い分析が出来る。OSの組み換えまでアッと言うまにやってしまえる位だからな」
「オーブは……かなり強い姿勢で、抗議してきているようですが……」
ナタルは、ネオが本国に呼び戻されることになった原因を言った。
「……ま、わかっちゃいるがね。 正直、その辺は、お偉方の思惑に任せるしかないよ」
「ハッ……?」
「ザフトの仕事は別のところにあるということさ――まあ、ナタルも、少しは休めよ。 そんなにゆっくり出来る時間もないだろうけどな」
ヴェサリウスのクルーには数日間の休暇が与えられていた。
ネオがプラント評議会で開かれる臨時査問委員会に招かれている間の、短い期間ではあるが、戦い詰めのナタルにとっては、しばらくぶりの休暇であった。
「――いえ、そうであるならば、ヴェサリウスの修理と補給を急がせます。 隊長も大変かとは思いますが、お気をつけて」
(またヴェサリウスに戻ってこれるといいが――)
ナタルの心配を他所に、ネオは今後の事に不安を感じていた。
「ン……ありゃあ?」
と、ネオは、ヴェサリウスの外に、一隻の見慣れぬ艦を見つけた。
ナスカ級戦艦だった――が、それは一般的な碧に塗られたカラーリングでは無く、黒に近いグレーに塗装されていた。
――ザフトで新造された戦艦、ナスカ級「アルベルト」だった。
-------------------
――ネオ達は、ヴェサリウスからランチに乗り、そこから入国用のシャトルに乗った。
「……御同道させていただきます、ディノ国防委員長閣下」
「礼は不要だ。私はこのシャトルには乗っていない。いいかね?」
パトリック・ディノの席の近くに、キラとネオは腰掛けた。
「――リポートは読ませてもらった。しかし、問題は、奴等がそれほどに高性能のモビルスーツを開発したというところにある。パイロットのことなどどうでもいい」
「左様で、ございますか?」
「……」
キラはうつむいた。
ネオは、パトリックへのリポートに、キラから報告された敵のパイロットの事を記載していたのだ。
「――キラ・ヤマト君? 君も自分の友人を、地球軍に寝返ったものとして、報告するのは辛かろう――?」
パトリックはキラに言った。
「ええ……」
「その箇所は私の方で削除しておいた。向こうに残してしまった機体のパイロットもコーディネイターだったなどと、そんな報告は穏健派に無駄な反論をさせる時間を作るだけだ」
「ですが――あれほどの脅威、報告をしないとあれば――」
「奴等は、自分達ナチュラルが操縦しても、あれほどの性能を発揮するモビルスーツを開発した……そういうことだ、ネオ?」
「――了解しました」
ネオも、それ以上は食い下がらず、パトリックの言う事に頷いた。
「君の働きには満足しておるよ、ネオ。 ――例の新型機の開発は君に任せたい」
「それは……!?」
「アレのデータも使えるだろう。 査問委員会が終わったら、国防委員会まで来ると良い」
「――ハッ」
やはり、思ったとおりの展開になったと、ネオは感じた。
---------------------
キラたちと別れ、港から、議事堂に向かう車の中で、
パトリックはネオのレポートを再度読み直していた。
(敵軍のパイロットは、キラ・ヤマトの友人――アスラン・ザラ――?)
その名前は、パトリックにも見覚えがあった。
なぜなら――
「気になりますか? そのパイロットのこと?」
車の隣の席に座る、白いスーツを着た男が言った。
歳は30手前くらいで、まだ若い。 パトリック・ディノの秘書にもみえたが、両者の立場は対等にも見えた。
まるで、ビジネス・パートナーのように。
「フン、"ナチュラル"のパイロットなぞ、気にしてはおられんよ」
「歳は閣下のご子息と同じ頃で――?」
パトリックは思わず、隣の席の男の目を見た。
「息子は死んだよ? テロでな――」
「――失礼。では、私と同じでしたか……」
白スーツの男は大げさに悲しそうな顔をした。
この男も両親を、14歳の頃にテロで失っている。
「それよりは、このモビルスーツだ」
「……イージス、ですか? これが一番欲しかったなぁ――」
「モビルスーツの設計も手かげている君ならばそう思うだろうな――それより木星船団の件、ご苦労だったな……。
君のおかげでこの戦争が終わるまでわれらはヘリウムには苦労せんよ」
パトリックは隣の男に言った。
彼は、先日プラントに帰還した、第08木星探査船団のグループ・リーダーを勤めた一人であったのだ。
「いえいえ……プラントの為、当然のことです」
「どうだね?5年ぶりのプラントは?」 」
「船内で戦争のことを聞いたときには驚きましたよ、本土はまだ平和で安心しました」
木星船団――CE20年代から度々行われてきた、地球・木星間の調査、資源の採取を目的とした船団探査である。
大型の宇宙船を使い、人類がようやく到達した最果ての地、木星圏内まで足掛け5年で往復する壮大な計画であった。
かつては、地球連合国が合同で行っていた一大プロジェクトであり、その運営は、現在もなお残る、国際的な宇宙開発機関『D.S.S.D』の先進となった。
CE50年代に入ってからはプラント主導で行われることになった。
嘗ては、プラントのオーナー国家がその資源を根こそぎ奪い、
独占していたが、今回は、その資源の全てがプラントの戦力として使われることになった。
プラント単体でも、その航行を可能にしたのは、ジェネシスシステム……ソーラーセールの開発のおかげであった。
巨大なレーザー発射装置で、宇宙船側にソレを受ける"帆"を張る。
船は、ソーラセールの名のとおり、ミラーのような帆で太陽風やレーザーを受けて、ソレをエネルギーに推進し続けるのだ。
(我らはより遠くへ行けるようになった。 木星圏まではその内に燃料なしでも行けるになるだろう……。われらの叡智は常に進化しつづけているのだ)
パトリックは思った。
それをいつまでも下等な旧人類に関わっている暇はない――目の前にいる男は、そのための人材であり、コーディネイターの権化のような男であった。
-----------------
――プラントは嘗て、資金を提供した宗主国が作る「プラント運営会議」の支配下にあった。
そう、プラントは搾取される対象、まさに植民地――プランテーションの場であった。
それはプラントの成り立ちから、運命付けられていたものであった。
遺伝子を調整される事で生まれてきた人造の天才たち、コーディネイター。
彼らはその出自と、持たざるものたち――ナチュラルに生まれた人々の嫉妬から、地球では迫害されて住めなくなった。
そんな彼らが行き着いた先が、宇宙、そしてプラントであった。
――地球圏の人類たちは、増えすぎた人口や、枯渇した資源への救いを宇宙に求め、その手を伸ばそうとしていた。
だが、それには、犠牲が必要であった――空気の無い、苛酷な環境へ、開発の先駆けとなる、優秀な能力を持った人間達による人柱が――。
彼らは行かざるを得なかった。 コーディネイター達は、その責を負わざるを得なかったのである。
だが、彼らはソレをナチュラルに強いられた事としては思わなかった。
――人類の新たな歴史を刻むため――自分たちが新しい世界を作る選ばれた新人類であると思うことで、その孤独な環境に立ち向かっていった。
優秀な頭脳と、強靭な肉体を持ったコーディネイター達による、宇宙に生まれた創造的な植民地――。
それが誕生したばかりのプラントだった。
プラントで生み出された技術、資源は地球圏に安定をもたらした。
プラントが稼動してからの数十年は、CE開史以来の繁栄の時代だった。
国家再構築戦争で荒れ果てた国家は徐々に国力を取り戻し、
増えすぎた挙句、大戦で大きく減少した人口は、再び安定した増加に転じ、
地球圏は再び繁栄するかに見えた――。
――しかし、それは、宇宙空間で孤独に耐える、コーディネイター達の犠牲の元に成り立っていた。
所詮は、偽りの平和に過ぎなかったのである。
いつしか地球圏の人間たちは、その富が失われる事と――その莫大な利益を生むコーディネイター達の能力を恐れた。
それがいつしか、現在の地球とプラント間の戦争へと繋がっていくのだ――。
---------------
アプリリウス・ワンの中心部から、一気に議事堂のある直下へ異動する、巨大なエレベーターの中。
キラはプラントの光景を眺めていた。
小惑星を寄せ集めて、そこから取れる鉄と水で作った人工物――そんなこと誰が思えるだろうか?
巨大な湖が、地表の殆どを埋め尽くしている。
地球の環境をほぼ完全に再現したこの人造の大地には、亜熱帯の気温が再現され、緑豊かな植物がこの宇宙の果てで見事に色づいていた。
長い距離を下る事になるエレベーターの室内には、その数十分の退屈を紛らわせるため、TVが設置されていた。
プラント国内向けのニュースが放送されていた。
「では次に、ユニウス7追悼、一年式典を控え、アスハ最高評議会議長が、声明を発表しました」
キラが画面を見ると、ウズミ・ナラ・アスハ議長の横に、見慣れた少女の姿があった。
「――カガリ・ユラ・アスハか、最近メディアにも出るようになって――そういえば、今はお前のお姉さんも同然だったか?」
「ええ、まあそのように呼べと言われてますが……」
「うらやましいねー、こんな清楚な、お姫様みたいな娘と一つ屋根の下か?」
「そんなんじゃ――それに――」
と言いかけて、キラは止めた。
画面の中のカガリは、鶯色の可憐なドレスを纏い、清楚な雰囲気を漂わせていた。
-----------------------
最高評議会議事堂の中。
オーブ連合首長国領、ヘリオポリス崩壊についての臨時査問委員会が開かれていた。
議場に設置されたモニターには、ネオらが奪取したストライクをはじめとしたモビルスーツの映像が映し出されている。
「ストライクいう名称の付いたこの機体ですが、大きな特徴はランチャー、ソード、エールと、3タイプの武装を換装することの出来る、汎用機となります。
そのストライクという名前のとおり、攻撃作戦に於いて大きくその機体特性を変える兵装を使い分け――」
キラは、議員たちを前に、奪取した四機の機体について説明した。
それが、如何に、自分たちの脅威となりうるかを。
「こんなものを造り上げるとは…!ナチュラル共め!」
「アーガイル、そう憤りたつな、まだ、試作機段階だろう? たった5機のモビルスーツなど脅威には……」
「ケーニヒ議員、そうは言いますが、ここまで来れば量産は目前だ。その時になって慌てればいいとでもおっしゃるか?」
「これは、はっきりとしたナチュラル共の意志の表れですよ! 奴等はまだ戦火を拡大させるつもりなんです……」
「静粛に! 議員方、静粛に……」
「やれやれ……これがコーディネイターのトップか……」
ネオはその光景を複雑な心境で眺めていた。
キラは自身の報告で議場が大いに荒れたのを見て、少し身を引いた。
「以上の経過で御理解頂けると思いますが。我々の行動は、決してヘリオポリス自体を攻撃したものではなく、あの崩壊の最大原因はむしろ、地球軍にあるものと、御報告致します」
「やはり、オーブは地球軍に与していたのだ……条約を無視したのは、あちらの方ですぞ!」
「戦いたがる者など居らん。我らの誰が、好んで戦場に出たがる?」
――騒然としている議場の中、パトリックが口を開いた。
議員たちは、一斉に静まり返る。
「穏やかに、幸せに暮らしたい。我らの願いはそれだけだったのです……だが! その願いを無惨にも打ち砕いたのは誰です! 自分達の都合と欲望の為だけに、我々コーディネイターを縛り、利用し続けてきたのは!」
議員たちは完全に押し黙った。
彼らの脳裏には、一様にして、あの悲劇のことが思い出されていた。
「243721名! ……それだけの同胞を喪ったあの忌まわしい事件から1年。それでも我々は、最低限の要求で戦争を早期に終結すべく、心を砕いてきました。 だがナチュラルは、その努力をことごとく無にしてきたのです」
――血のバレンタイン。
この戦争の直接契機となった、あの悪夢を。
「我々は、我々を守るために戦う。戦わねば守れないならば、戦うしかないのです!」
パトリックは叫んだ。
そのために、彼はこれからも進み続ける。 そのためならば、どんなものを犠牲にしようとも。
---------------------
『2月3日 今日は余りに色々なことが起こりすぎた……頭がクラクラする。
まず、営巣や船室に閉じ込められたあのアルテミスのユーラシアの軍人たちと揉め事があった。
その後、あのユニウスセブンで、氷拾いだ。
……キラはあそこで両親をなくしたのか。
――それから、あの女!』
アスランは、ノートを乱暴に閉じて寝た。
頬が真赤に腫れ上がっている。
---------------------
アルテミスから脱出する際、アークエンジェルの中から逃げおくれたユーラシアの兵たちも数名存在していた。
その中には、あの司令――マルコ・モラシムも含まれていた。
「馬鹿なことを抜かすな! 大西洋連合の船だろコレは!」
モラシムが、閉じ込められた士官室の中から怒鳴った。
――一部のユーラシア兵が、アークエンジェルのクルーになりたいと言い出したのだ。
スパイでは無いかと疑ったが、空き室に一人ずつ閉じ込めておいたのに、それぞれが申告しだしたのだから、
ユーラシアの体制に、疑問を抱く兵士も多かったのだろう。
「ですがねえ? 彼らは亡命してもいいって言ってるんですよ?」
一応、話を通しておかねば後々面倒な事になると思い、バルトフェルドは律儀にもモラシムの元へやってきたのだ。
「大体なんだ! こんなところに閉じ込めて、不当ではないか!」
「――大佐殿が暴れるからでしょうが。 大体、我々が受けた仕打ちに比べればどうということはありませんよ」
「ええい、忌々しい! どういう手を使ったか知らんが、そうやって貴様らはあのコーディネイターの子供も手なづけたのか!」
「――ふざけた事を言わないで貰いたい!」
珍しくバルトフェルドが怒鳴った。
その様子を、アスランも見ていた。
「彼は善意で協力してくれてるんですよ――まったく、連合同士が力をあわせなきゃならん時に、自分たちの利益を取ろうとする誰かさんのような人とは違ってね?」
「何を! 貴様らとて同じだろう! コーディネイターとの戦いの後を考えねばならんのだ! だから貴様らもオーブと!」
モラシムが叫ぶのを止めないので、バルトフェルドはやむを得ず、士官室のドアに付けられたインターフォンを切った。
ドアをドンドンと、叩く音だけがしばらく響いた。
---------------------
人手不足が少しは和らいだが、依然として艦の状況が厳しい事に変わりは無かった。
「これで精一杯か? もっとマシな進路は取れないのか?」
「無理ですよ! あまり軌道を地球に寄せると、デブリ帯に入ってしまいます!」
バルトフェルドのむちゃな要求に、ダコスタが叫んだ。
地球連合宇宙軍本部がある月のプトレマイオスクレーター。
そこに至る最短のルートは地球を軸とした軌道だった。
「こう進路を取れれば、月軌道に上がるのも早いんですが……」
「デブリベルトか――突破できないのか?」
「デブリ帯をですかっ!? そりゃ無理ですよ! この速度を維持して突っ込んだら、この艦もデブリの仲間入りです!」
――人類が宇宙に進出して以来、撒き散らしてきたゴミの山。
それらは重力に引かれて、地球の周辺に漂い、層を成し、帯状の膜を作るに至っていた。
高速で星の軌道に引かれるデブリは、時に宇宙船を沈めるほどの破壊力を生む事もあった。
現在もこの戦争お陰で、デブリは増え続けている。
このままでは地球圏がデブリに閉ざされてしまうため、現在は民間のジャンク屋たちが、政府や様々な機関から雇われて、
このデブリを回収する任務についていた。
「待てよ――デブリベルトか――」
クルーゼが、何かを思いついたように言った。
「相対速度をデブリベルトに合わせられるかね?」
「え……合わせてどうするんです?」
ダコスタが目を丸くして言った。
「デブリベルト……上手く立ち回ればいろいろなことが解決する」
クルーゼは説明を始めた。
---------------------
「補給を受けられるんですか? どこで!」
アスランがクルーゼに言った。
「受けられると言うよりは……勝手に補給すると言った方がいいな」
「今、我々はデブリベルトへ向かっている」
「デブリって……ちょっと待って下さいよ!まさか…」
アスランが、バルトフェルド達の言わんとしている事に気がつく。
「カンがいいな、アスラン?」
「察しのとおり、デブリベルトには、宇宙空間を漂う様々な物が集まっています。
そこには無論、戦闘で破壊された戦艦等もあるわけで……」
「まさか、そっから補給しようって……」
ダコスタの説明を聞いたディアッカが、そう言って絶句した。
「仕方ないだろ? そうでもしなきゃ、こちらが保たんよ」
「だから、君達にはその際、ポッドでの船外活動を手伝ってもらいたい」
「ぇぇー……」
ニコルが困惑した表情を浮かべた。
「あまり嬉しくないのは同じだ。 だが他に方法は無いのだ。我々が生き延びる為にはな……喪われたもの達をあさり回ろうと言うのではないさ。
ただ……分けてもらうだけさ。 まだ、生きる為にな」
---------------------
――思いのほか、作業は順調だった。
地球軍の廃棄された戦艦、ジンの残骸――民間の輸送船らしきものまであった。
その中から、パックされた食料、アークエンジェルで使える弾薬――その他もろもろを発見しては艦に持ち帰った。
アスランのイージスも、モビルアーマー形態に変形し、大きなものは一旦それで抱えて船の近くまで運んだ。
「――花?」
と、アスランは、モニターの隅に妙なものを見た気がした。
花輪だった。ユリのような花と、白詰草で編まれた花――宇宙空間で原型をとどめているという事は、コーティングでもされているのだろうか。
――シロツメクサか、懐かしいな。
アスランは思った――が、思い出したことを後悔した。
ソレは数少ない思い出であった。
キラと――そして、母の。
月面で、過ごした僅かな時間。
今はそれすら、アスランを苦しめるのだ。
アスランはその思い出を振り払うように、作業に戻ったが――。
「おい! アレって!」
イザークが無線で、声を上げた。
「え?」
「Y方向――大陸だ!」
大陸――? 何をいっているのか、と思ったアスランだったが、指示された方向には、異様な光景が広がっていた。
「あ、あ……」
確かにそれは、大陸だった。
嘗て、地球軍が放った核ミサイルによって、一年前に崩壊させられた、プラントの一つ――ユニウス・セブンの残骸だった。
---------------------
「あそこの水を!? 本気かよ!」
ディアッカが言った。
作業を一通り終えて、一旦船に戻った少年たちを迎えたのは、信じられないバルトフェルドの一言だった。
「あそこには――ユニウスセブンには、一億トン近い水が凍り付いているんだ」
「……だけど! ……見たでしょ? あそこは、何十万人もの人が亡くなった場所で……」
「水は、あれしか見つかっていない――誰も、大喜びしてる訳じゃない。水が見つかった!ってね……誰だって、できればあそこに踏み込みたくはないさ。
だけどしょうがないさ、生きてるんだからな、俺たちは――」
つまりは生きねばならない。
バルトフェルドは、そう続けるのだろう。
---------------------
「どれくらいで終わりそうだ?」
クルーゼが、作業用ポッドで弾薬を運びながら、ブリッジに聞いた。
「後4時間ってとこですかね? 弾薬の方はそちらの1往復で終了ですが……」
「アスラン・ザラは無事か?」
――そして、改めてクルーゼは尋ねた。
「死体を見るのは初めてで無いと思ったのですが……考えてみれば、モビル・スーツの操縦は出来ても、ただの少年なんですよね、彼」
ダコスタが気の毒そうに言った。
「忘れてはいなかったが――そうだな」
クルーゼは、ユニウスセブン近くを哨戒する――といっても、先程から照準も動かして無いらしいイージスを見た。
---------------------
――少し前の出来事である。
先程の花輪がなんとなく気になって、アスランは作業の傍ら、
イージスのカメラでユニウスセブンのあちこち眺めた。
その時である、モニターに映る、ある陰を見つけてしまったのは。
「――?」
人か? と、アスランは思った。
「どうした? アスラン・ザラ――何か見つけたのか?」
「いえー人が……」
「人? どこの宇宙服を着ている?」
「宇宙服――?」
そうだ、ここは宇宙空間なのだ。
だが、待て、さっきの陰は宇宙服など着ていなかった。
ならばアレは――。
見なければ良かった。
にも関わらず、アスランは見てしまった。
紫の掛かった、黒髪だった。
女性の後ろ姿のように見えた。
「カリダさん!?」
キラの母――自分にとっては、もう一人の母とも呼べた人だ。
と、何かの拍子に、その陰が回転した。
「――ッ!?」
黒く、変色して、縮んでしまったそれは、人と呼べるものではなかった。
「……うわああぁーッ!!」
アスランは、絶叫した。
「アスラン! どうした!? アスラーン!!」
アスランは、しばらくの間絶叫し続けた……。
---------------------
査問委員会が終わり、議員らが議場から続々と出てきた。
「久しぶりだな、キラ」
「あ、……ウズミ議長閣下」
「そう他人行儀な礼をしてくれるな」
「あ、ハイ……あの……ウズミ……父さん」
「ハハ……ムリまでせずとも良い、ここにはカガリはおらんぞ?」
「あ、ハイ、そうですね……」
カガリはいつも言っていたっけ、もう家族なのだから、ちゃんと父は父と呼べと。
「ようやく君が戻ったと思えば、今度はカガリがおらん……なかなか一緒にいる時間はとれんものだな」
「ハイ……」
「また大変なことになりそうだ……ますます時間が取れなくなるやもしれんな
できれば私とて、カガリと君とで食事ぐらいはしたいのだがな…」
「そうですね……」
両親を亡くしたキラを、ウズミは両親と旧知の縁をということで身元を引き受け、彼が成人として問題なく生活できるように身を立ててやった。
カガリもキラを家族と認め、戦う彼の帰る場所を作ってくれた。
「キラ・ヤマト」
キラは、後ろから呼ばれた、ナタル・バジルール艦長だった。
「失礼します……議長閣下、足つき追撃の任務で、――新任の隊長が君に話があるそうだ」
「新任!? ロアノーク隊長は――!?」
「それについても説明する――早急に来てもらえないか?」
「わ、わかりました。……それじゃあウズミさん、失礼します」
「ああ……」
キラはナタルに連れられて、港へと向かった。
---------------------
死体を見て絶叫した後、アスランはしばらく艦に戻って休んでいた。
すると、アスランは、船室でフレイ・アルスターがオリガミを折っているのを見かけた。
「あの……フレイ? 何を――」
気を紛らわせたくて、アスランは彼女に話しかけてみた。
「ああ、花を折っているの。 生花なんてないでしょ――だから」
「ああ……」
アスランは理解した。
これは、ユニウス・セブンへ供える為の花なのだ。
何十個も、色とりどりの紙で折られた花々がそこにあった。
「イザークにも手伝ってもらったのよ」
「イザークが……?」
あまり、そういったことをするような風に見えないフレイの意外な一面に、アスランは感じ入った。
「これ、よかったら、あなたのイージスで、あそこに供えてあげてくれないかな?」
「ん――わかった――」
アスランは、ダンボールに花を丁寧に詰め込むと、箱を抱えて、イージスの元に戻った。
「隠れなくてもいいのに……」
「なんで言うんだ? あんな事……」
「別にいいじゃない?」
物陰に隠れていたイザークが出て来た。
オリガミを折るなんて、男のやる事じゃない――と適当ないい訳を言って、隠れていたのだ。
本当はアスランにそういった姿を見られたくなかったのだ。
「ねえイザークとか、他の子もそうだけど……アスランが、コーディネイターでも平気なの?」
「平気……? フレイは……嫌なのか?」
「ううん、全然そんなことないけど…ほら、この前みたいなことがあったじゃない…
イザークとアスランが友達なのは、わかるけど、本当に何も思ったことはなかったのかなって」
「そうだな、いくらかはある」
「……そうなの?」
「まあな……だがあいつは……大した奴に変わりがないと思っている。 コーディネイターで無くてもあっても」
「へぇ?」
フレイは、イザークの手を取った。
「……な、なんだ?」
「いーでしょ?」
「まぁ……」
フレイはしばらく、イザークの手を握っていた。
---------------------
アスランのイージスは、花を撒いた。
ユニウスセブンに色とりどりの仇花が散っていく。
「宇宙の傷跡か……」
ふと、キラのことを思い出した。
――キラの心に刻まれた傷は、このボロボロの大陸と同じ形なのだろう。
どうして、こんなことになったのか……?
いや…今は考えないでおこう…、今考えても仕方のないことだ。
アスランも、イージスのコクピットのなかで、黙祷をささげていた。
と、そこに――。
「民間船? 撃沈されたのかこれ……?」
薄いグリーンに塗装された船……プラントの高級旅船クラスの宇宙船だった。
「……救難信号!?」
と、その船の近くから、救難信号が出されている事に気がついた。
「救命ポッド――なのか?」
艦船用の救命ポッドだった。
---------------------
「アスラン、君も拾い物が好きだな」
クルーゼにそう言われてしまった。
拾ってきたポッドは、MSデッキに収容され、周りを船外活動をしていたクルーに囲まれている。
「それじゃ、開けますよ」
救命ポッドのハッチを、ミゲルが開けた。
だが……なにも、出てこない。
「まさか……もう、ずっと見つからずに…干からびてミイラになってるんじゃ…」
ニコルが言った。
デブリベルトなら、ありえることだ。
「ダコスタ、中を覗いて見ろ」
「な、何で自分が!?」
「命令だ」
しぶしぶ、中を覗くダコスタ……だが
「トリィ!」
「ウワアアア!」
ダコスタは突然出てきたロボット鳥に、顔面を急襲され、驚きの余り倒れこんでしまった。
「あれ……は?」
アスランにとって見覚えがある、ロボット鳥が、アークエンジェルの中を飛ぶ。
見覚えがあるもなにも……あれは、俺が――
「すいません、気を失っていたみたいで……」
すると、ポッドの中から声がした。
「皆さん……ご苦労様です」
――少女だった。 年の頃は、アスラン達と同じくらいだろうか?
緑色のドレスを着て、どこか上品さを感じさせる。
少女は、ポッドから、勢いを付けて飛び出た。
しかし勢いが余ったのか、姿勢制御ができず、そのまま流れてしまった。
「ア……」
アスランはその娘の手をつかんで、引き寄せる。
「あ、ありがとう……その、ごめんな……さい」
アスランとその娘の、目が合う。
利発そうで、クリッとした目だった。
……しかし、どことなく……だれかに似ているような気がすると、アスランは思った。
「……本当に、助けていただいてありがとうございます」
「いえ、そんな……」
少女はゆっくりと微笑んだ。
アスランも微笑み返す。 だが……。
「……あれ?」
「え、な、なにか?」
少女はアスランじろりと見ると、突然慌てだして、あたりを見まわした。
「え、え、え!?」
ぐるりと、アークエンジェルの中を見まわす。
そして、最後に、アスランの肩にある地球軍のエンブレムを見た。
「げ!」
少女は突然叫びだした。
「ど、どうしたんだい!?」
アスランは、わけがわからなかった……が、次の瞬間
「お、おまえ、ザフトのモノじゃないな!?」
「……はあ? ……え!?」
「気安くわたしに触るな!」
バキィイイイイ!!
「な、なんで……?」
彼女の鉄拳がアスランの頬に炸裂していた。
(父上にも、ぶたれたこと無いのに……!)
そう思った次の瞬間、アスランの視界は歪み、意識は朦朧としていった。
---------------------
「それに――性格は画面に映りませんよ――」
彼女の義弟が、少し前にそう言いかけて止めたのを、アスランは知る由もなかった。