今昔夢想   作:薬丸

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同日二話投稿です。


89.旧友との再会

 桃花村で姉妹の契りを結んだ私達はその翌日に村を出、私が立てていた計画に沿って行動を開始した。

 盗賊を狩り、人を癒やし、糧をもたらす。分かりやすい徳を積んで正しき勇名を馳せる事に尽力し、結果二年で個人が持てる最上の風聞を得る事に成功する。

 白き衣の意志を継ぐ三姉妹、それが二年の内に手に入れた私達の評価である。

 

 民との繋がりだけでなく、商人との繋がりも強め、役人は下級官吏の正義感の強そうな人だけ繋がりを持ち、薄く広く人脈を広げた。

 妹二人の教育もかなり進み、鈴々ちゃんが苦手としていた礼儀作法と算術は商人見習いが修める程度に上達し、愛紗ちゃんは清濁併せ呑む器が育った。私が一番懸念していた部分の潰しが出来て嬉しい。

 

 二年の間に私が旅を通してやりたい事は大体済ませる事が出来た、さあ、そろそろ白蓮ちゃんの所へ行って一旗あげよう。

 と思っていた矢先、天の御遣い降臨の噂が大陸を駆け抜けた。

 想定外、ではない。むしろ想定に組み込んだ上で私達は動いていた。

 あまりに噂が広がりすぎているし、噂の中心が洛陽と長安という国の中心地である事から非常に確度の高い情報だと推測できていたからだ。

 本当に天からやって来たとは思わない、地獄に舞い降りた救世主という演出をされた人物が政治の中心にいる誰かに担ぎ上げられたのだろう。天子を交代させ、自分の都合の良いように事を進めたい急進派の十常侍あたりが発端だと私は考える。

 ともかくこれで世はかき乱されるように動く。

 まずは天の御遣い降臨で皇帝の権威は失墜に歯止めが効かなくなり、途方も無い規模の一揆が起こる。

 そこで私達がどう動くか、どこまで動けるかで今後の展開がおおよそ決まってしまう。

 理想を理想で終わらせないため、この大波は確実に乗り切らねばいけない。

 

 更なる成長を求めた私達は旧友公孫賛の所へと向かっていた。

 自由と自己責任の元に活動していた私達だが、次は組織の一部としての動き方と働き方を覚えようと考えたのだ。

 

 

 

 白蓮ちゃんの元に辿り着いた私達は歓待を受けた。

 幸い勇名は届いていたようで、客将として結構な高待遇で迎えらようと確約をくれた。

 そして客将として一人先立って迎えているので、顔合わせをしておこうという話になった。

 

「あっ、あの人白い服着てるのだっ」

 

「あいつは桃香達よりも先に客将として招いている趙雲だ。槍術では大陸随一……と呼ばれる予定の女だそうだ」

 

「ご紹介に与った趙雲と言う者だ。白馬長史殿は自称扱いされているが、これでも大陸を広く渡り歩いた知見から出した結論。槍働き出来る舞台にさえ上がれればすぐさま実力に名が追いつく腕前だとは、貴殿達なら分かるだろう?」

 

「んー確かに気力もふいんきもあるし経験も豊富そうなのだ。だけど」

 

「ふむ? だけど、なんだ?」

 

「あっ、思った事をすぐ口に出すなって桃香お姉ちゃんに注意されてたんだった。

 白い人、さっきのは気にしないで欲しいのだ」

 

「いやいやいやいや、そこまで言われたら気になるだろう! あと私は趙雲だ!」

 

「趙雲、子供の稚気にそう目くじらを立てるな。まだ自己紹介すら終わっていないんだぞ」

 

「鈴々ちゃん、そう中途半端な言い方だと気になって当然だよ。あとふいんきじゃなくて雰囲気だから。

 趙雲さんごめんなさい、多分大した事じゃないと思うから流しちゃってください。

 改めて自己紹介させてもらいます。私は劉備、白蓮ちゃんとは私塾の同期でその頃から親しくさせてもらってました。ここでは貴方の方が先輩だから、ご指導ご鞭撻をお願いします」

 

「私は関羽、劉備の妹です。戦働きならば任せて頂きたい」

 

「りんり、違くて。わたしは張飛! 三人姉妹の末っ子! 身体動かす事なら何でも来いなのだっ!」

 

「ふむ、元気があって宜しいですな。しかし、姉妹にしてはあまり似ておられないのだな?」

 

「義理の、だから似てないのは仕方ないですよ」

 

「そうであったか。しかし、貴殿が長姉とは……ああいや、決して侮っている訳ではないのだ。

 白き衣の継承者の噂と劉備殿の容姿が重ならなくてな」

 

「あはは、関羽ちゃんの方が長姉っぽいとはよく言われますから、どこかで三姉妹の特徴がごっちゃになっているんでしょうね」

 

「白き衣の意志を継ぐ三姉妹だっけか。桃香も大層な肩書を付けられるようになったんだなぁ。私塾時代は目立つのを嫌がってた節があったのに」

 

「私塾時代は目立つと消される可能性もあったしねぇ」

 

「それもそうだな。あの変態達の魔の手を本当に上手くすり抜けてたよ」

 

「白蓮ちゃんが影に日向に色々助けてくれたからだよ、本当に感謝してる。

 けど白き衣の意思を継ぐ三姉妹っていうのはちょっと重荷なんだよね。お伽噺程の活躍は出来てないから、もっと精進しないといけないっていつも思ってる。

 早く風聞に恥じない力をつけて、目標に近付きたい」

 

「州牧を目指してるんだったな、だったら白き衣の噂は良い追い風になるよ」

 

「それなんだけどね、今は少し目標を変えたんだ」

 

「へぇ、聞かせてもらっても良いか?」

 

「うん、ひたすらに上へ前へ。時代の最先端で全てを相手取ろうかと思ってる」

 

「随分過激な事を言うようになったな、その根本も変わったか?」

 

「人々の安寧を願う気持ちは変わらない。けどそうするには私が上に立つ人間になって私自身の手で変えなきゃ、っていう考え方を変えたんだ。

 これから群雄割拠の時代になる。長い長い闘いの時が続いて、いつか時代の覇者が生まれる。

 私はその覇者になる為に動く。勝者になれなかったとしても、勝ち残った人間と最後まで戦い抜いて、私の理想に触れて、感化させる。そして私の考えが少しでも未来に反映されるなら、野に屍を晒そうが一向に構わない」

 

「……くくくっ、お前、本気だとそんな顔をするのか。良いな、そそる表情をするじゃないか」

 

「……伯珪殿、子飼いにするには器量が宜しすぎるようだが」

 

「良いさ、私塾時代から私の所で経験を積ませて欲しいと頼まれていた。私を踏み台にして桃香が高く飛べるのなら、桃香の志と理想の共感者として、また友としても本望だ。何より私自身に益が無い訳ではないしな。

 それにだ、器量が良すぎるのはお前もだよ。分不相応を扱うのも慣れたもんさ」

 

「その内容の言葉を自信満々で言い放てるのが白蓮ちゃんの格好良い所だよね」

 

「なんだよ、褒めたって何も……いや、褒めてんのか?」

 

「伯珪殿にとっては至上の褒め言葉だと思うよ。して、桃香殿にはどのような役回りをして頂くので?」

 

「そうだな、三人はまとめて行動させた方が良いか?」

 

「私と関羽ちゃんは一人で大丈夫だけど、出来れば張飛ちゃんが何かする時はどっちかが付いていたいかな。

 軍略も算術もそれなりに出来るようになったけど、加減がまだ分かってないんだよね」

 

「へぇ、ちっこいのに色んな分野に手を出してるんだな。とりあえず分かった、張飛は基本的に関羽と共に軍事関係に関わってもらって、関羽一人で軍を回せる時は桃香と共に内政に関わってもらおう」

 

「うん、それでお願い」

 

「一応念を押しておくぞ。あくまで三人は客将扱いだ、ここでは私が上になる。だが拒否権は残すから、無理なら無理だと言ってくれ。

 事前にいつ離れると言ってしっかりと引き継ぎをしてくれるなら強引に引き止めはしない。

 前提としてこの二つ先に約束しておく。

 そしてこちらから頼むのは一つ。

 ここで得る経験分は貢献してくれ」

 

「白蓮ちゃんは優しいよね。普通はいきなり客将扱いしてくれないし、いつ離れても大丈夫だなんて他では有り得ないって分かってる。だから全力で学ばせてもらうし、最大限の手助けをするよ」

 

「そうか、なら安心だな。それじゃあ線引も済んだし、早速働く場所の紹介と面通しをやってしまおう。それが終わったら今日は歓迎の宴だな」

 

「宴?! 料理いっぱい出る?!」

 

「おうともさ! 連絡を受けた時に厨房の奴らに手配しておいたから、結構凝った料理も出してくれると思うぞ」

 

「やったーっ! 伯珪のお姉さんありがとうなのだ!」

 

「……白蓮ちゃん、張飛ちゃんへのお給金は少なくていいからね」

 

「はぁ? 何言ってんだ、ちゃんと払う物は」

 

「良いから。その分ちゃんと食べさせてあげて」

 

「お、おう、分かったよ」

 

 

 

 そして一年弱を勤め、今まさに門出の時を迎えた。

 黄巾賊討伐の大号令が発されたのだ。

 此処こそが漢という国の歴史の変換点である。

 それを感じ取った私は急いで白蓮ちゃんに辞職の旨を伝え、引き継ぎを行った。

 大きく飛躍する絶好の機会というのを白蓮ちゃんも感じ取ってはいたようだが、彼女には太守としてこの地を守る義務がある。もっと上位の官位であれば何かと理由を付けて自前の兵隊で戦功争いに参加できたのだろうが、一地方領主では難しい。治安維持に努めて真っ当な評価を得るのが精一杯だろう。

 

 対して私達は蛮勇にて戦場を駆け抜け、一足飛びに力を得る博打に出る。

 吉と出るか凶と出るかは分からないが、分の悪い賭けではないと私は考えていた。

 民は金や権力では縛っていられないと表層化した結果が今回の黄巾賊が結成だ。

 皆が変化を望んでいる今だからこそ、国に仕えている体制側よりも勇名を持つ個人勢力である私達と共に立ち上がろうという人は多い筈。

 そんな理性も合理も効率も無視した狂騒状態の人々を集め、上手くまとめ上げれば私達は舞台に上がる資格を得られる。

 そして私は人心を掌握する術に長けているのだ。

 先生に学び、先生からお墨付きも貰った。あらゆる知識を得て実践してきた。上から下から右から左から人も多く見てきた。やれる事は全てやってきた自負があるからこそ、分の悪い賭けじゃないと思えるのだ。

 

 勿論不安は大きい、だがそれ以上に期待感が大きい。

 自分がどこまでやれるのか、仲間をどれだけ増やせるのか、仲間といつまでいられるのか、先生とはいつ会えるのか。

 それを早く確かめに行きたい。

 

「準備できたか?」

 

「うん、大丈夫だよ。改めてありがとね、白蓮ちゃん。貴方のおかげで私達は大きく成長できた」

 

「そうか、なら良かったよ。私の所も色々と改善に尽力してくれて助かったよ。

 私の手の届く範囲ならほぼ全ての案件を無理なく処理できるようになった。

 桃香様にはくれぐれもお礼を! 後出来るなら引き止めを! と文官達から強く念を押されたよ。

 関羽達もうちの兵を鍛えてくれて助かったし、鍛錬方法なんかを子細に資料化してくれたのも有難かった」

 

「一年間不自由なく学ばせて頂きましたし、給金も相応に頂きました。それをしっかりと返したに過ぎません」

 

「相変わらず隙のない答えだな。

 張飛は賊退治と治安維持に一番貢献してくれたな。私の権力圏ではほぼ一掃されたから、これからが楽になった。有難うな」

 

「やりたい事やってただけなのだ。それにおねーさんはしっかりとご飯食べさせてくれたから大好きなのだ!」

 

「まあその分給金は相応って感じにさせてもらってたけどな。

 いやー桃香が最初に助言をくれてて助かったよ」

 

「最初に言っておかないと後から言い出しにくい事だし、公平を期するなら言っとかないとね。

 それでなんだけど、本当に連れて行って良いの?」

 

「ああ、正直給金以上の仕事をしてくれたと思ってるからな。

 というか、本当にそれだけで良かったのか? 百人ぐらいなら引き抜いて行っても大丈夫だぞ?」

 

「うん、十分過ぎるよ。その分才能のある人達を連れて行っちゃうけど大丈夫?」

 

「うーん、本当ならお前に付いていきたいと言う奴ら全員を預けるべきなんだろうが、それを言うと本気で人材が居なくなるから勘弁してもらいたいのが本音ではある。

 お前もそれが分かってくれるからそう提言してくれているんだろうが、それじゃあ全く釣り合ってないよ。

 お前達は今後数十年の労力と無駄を省いてくれたのに、こちらが差し出すのは周囲と同じ給金、少々の物資、実働三年以内の奴ら十人ばかりというのはなぁ」

 

「もう、私達が納得してるからいいの、報酬に関してはもう終わりね!」

 

「分かったよ。で、あいつの事なんだけど……」

 

「あーうん、曹操の所まで行くらしいから、途中まで同道させて欲しいって」

 

「そっか、大変だな。ちょっと面倒くさい奴だけど、根は良い奴で能力も高い。道中は存分に使い倒してやれ。

 それじゃあ名残惜しいがお別れだな」

 

「そうだね、けどそう長くない別れになると思うよ。

 歴史は傑物を求めてる。白蓮ちゃんは大陸に百といない力を持ってる人だから、きっと今よりももっと大きな舞台に招かれる」

 

「……桃香が言うならそうなるんだろうな。なら今度会う時は互いにもっと強く、大きくなっていような!」

 

「うん、その時が来るまで壮健でね」

 

「お前もな!」

 

 そうして白蓮ちゃんは眦に涙を溜めながら送り出してくれた。

 私も釣られて泣いてしまいそうだったが、送り出してくれた先にはこれから運命を共にする仲間がいる。

 だから涙をぐっとこらえ、先に待っていた十人ともう一人に笑顔で向かっていく。

 白蓮ちゃんの所から引き抜いた十人、実は白蓮ちゃんが人材を分けてくれるという事を言い出す前から目をつけて密かに鍛えていたりしたのだ。白蓮ちゃんが言い出さなかったら頭を擦り付けてでも「この娘達ください」と頼み込む予定だった。

 全てにおいて優れているとか、飛び抜けて秀でた部分があるという訳ではないが、個性がありつつもそれなりの能力を持っていて、私の理想を解し、私の命令をすぐさま実行に移す器量と信頼……心酔と言っても良い物を持っている面子だ。

 

 そしてもう一人というのは、

 

「白蓮ちゃんへの挨拶は本当に良かったの?」

 

「ええ、先日済ませているので差し支えなく」

 

「そっか、なら行こっか」

 

 曹操さんの元に行ってみたいと言う趙雲さんだった。


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