ライブは盛況の内に終わった。めでたしめでたし。
と言って終わってしまうには惜しい舞台だったので、少しだけ触れようと思う。
ライブは全十曲構成だったのだが、その内ダンスと演出を新調したのは三曲が限度だった。
個々のランクを下げて全曲を一新するのは彼女達の矜持が許さなかったようで、特に評判の良いバラード、ラブソング、応援歌を完璧に磨き上げる選択をしたのだ。
とはいえ歌、踊り、アドリブ力がレッスン中かなりのレベルまで磨かれたので、その他七曲も以前とは比べ物にならない完成度に仕上がっている。
俺は素晴らしい曲を会場の最前列で聞き、また観客の声を背中で聞いていた。
七曲が終わった時点で皆の評価とテンションはとても高かった。
何時もより良くね? やばくね? と観客が乗りに乗っている中、一新した三曲が満を持して流れだした。
多分、ここで大陸の音楽史が変わった。
三曲の一曲目は家族を思う曲だった。
生まれて出会い、喧嘩もしながら共に暮らし、そして親と死に別れる。今度は自分が産んで出会い、子を育て上げ、子と死に別れる。それは喜怒哀楽の全てが詰まった幸せな歌であり、記憶だった。
彼女達の今生では子を育てる経験はなかったが、遠い昔、教え子を沢山育て上げ、死に別れていった長寿の女性の記憶があった。
それを形にした曲だったのだが、今ではそれが真実だったと知り、彼女達の中で重みが増していた。
この曲はその重みを如何にして伝えるか、その一点を重視してレッスンを行った。派手な踊りはなく、ちょっとした仕草、声の抑揚、表情、吐息で訴えかけ、彼女達の感情が誇張もなく寸分違わず観客に伝わるよう苦心した。
結果、歌を聞いていた全ての人間が泣いていた。
過去を振り返りって懐古し後悔し、未来を想起して悲しみと喜びに暮れる。
涙の割合は悲しみの方が多めなのは、今がそういう時代だからなのだろうな。
二曲目はラブソングの筈だったのだが、急遽応援歌に入れ替わった。
応援歌は単純だ。
今日頑張れ、明日頑張れ、自分のために頑張れ、隣の人の為に頑張れ。
自分を、家族を、村を、街を、州を、国を元気にするのは元気になった皆だ。
駄目でも挫けるな、明日があるし、助けてくれる人も私達もいる。だからとにかく前に進むんだ。
そんなひたすら前向きでおせっかいな曲。
ある意味戦争のプロパガンダに使えそうな曲であるが、裏に意図はなく、単純に自分達を励ます為に作った曲であるらしい。
これはひたすらに元気よくがテーマ。飛び跳ね、走り回り、肩を組み、マイクを客に向けたり、アドリブをがんがん入れたりとパフォーマンス力の強い出来に仕上がっている。
最初はバラードとの差についていけてない感じではあったが、ワンコーラスが終わる前に彼女達の元気に引っ張られ、観客はノリノリになっていた。
マイクを向ければ続きを歌ったり、好きな子の名前を叫んだり、会場が一つになる感覚があった。
三曲目、トリの曲はラブソングになった。
これは片思いしている人向けのポップな曲だった。
前半は好きで好きで辛い、会いたくて震えちゃう、声が聞きたいと乙女の胸の内を語る。
後半はこのままじゃいけないから好きな人に好かれる努力をいっぱいして、そして一歩踏み出して想いを告げよう、絶対絶対幸せになるんだ!
男が聞けば男の立場で、女が聞けば女の立場で聞けるよく出来たアイドルソングだった。
歌い方や踊りのコンセプトとして、三人娘それぞれの個性を敢えて控えさせ、三人揃って可愛い、を押し出してみた。結果、男は三人娘の華やかさに当てられて何時も以上にメロメロになり、女は可愛いという本質を目の当たりにする事になる。
恋する乙女は可愛いんだ! そうでしょ皆! と訴えかけ、こういう仕草なんかは個性と関係なく可愛く映るんだよ皆! と手本を見せるようなプロモーションは見事に嵌った。この演出で男性より反応の薄かった女性達ががっつり三人娘の虜になった。
男に連れられて、または祭りの雰囲気に釣られてやってきていた女性達が、軒並みキャーキャー盛り上がって楽しんでいるのが良く分かった。
……これは女性ファンを掴む為の曲に仕上げたのだが、何か俺の方ばかり見てない?
隣りと後ろにいる男達が自分達を見てるんじゃね? とめちゃくちゃそわそわしてるんだが……。
うん、まあ、気持ちは伝わったよ。
そうしてオオトリの曲が終わり、彼女達が終わりを告げようとした所で会場の全員が待ったを掛けた。
このまま終わるのは余りに惜しい、せめて最後に一曲聞きたいと声を上げた。
きっと漢始まって以来であろうアンコールである。
彼女達はどうしようか? と顔を見合わせ、頷いた。奏者に二言三言伝え、そして最初に行った自己紹介ソングが流れ始めた。
最後の曲として最適の曲だった。
正直、最初の段階では乗り切れていない人間が結構いた。
三姉妹の歌を初めて聞く人は勿論、知っていても恥ずかしさから三人娘の名前を呼べなかったりした人が多数いた。
しかし今では三人娘の名前を大声で呼べない人間はこの場に居ない。三人娘を呼びたい人間しかいなくなっている。
天和、地和、人和。三人娘の名前を全ての観客が声高々に叫ぶ。
彼女達も負けないよう観客に応える。
とても熱いやり取りはまるで戦っているかのように昂ぶった。
演者も観客全員も思っただろう、これは間違いなく史上最高のライブだったと。
こうして彼女達のライブは終わった。
何時もならば皆で撤収作業をして宿にでも泊まるらしいのだが、全力でやった疲労と余韻が抜けないようで、ガランと空いた大道具用の天幕でだらーっとライブについて話していた。
あれが良かったこれが良かったという感想から、次回からはこうしたいああしたいという要望まで話が広がっている。
そんな和気藹々とした話し声を隣に聞き、俺は料理の準備をし始めた。
俺だけはライブ中何もしてないから、料理番を買って出たのだ。
昼に出した具材入りのおにぎりとつまみの受けが良かったので、結構期待されている。
ふむ、話し合いが弾んでいるので結構本格的なものを作っても良いかも知れないな。
食材はファンからの貢物を使わせてもらう。
本来ならば貢物の類は受け取らないのだが、今回は拒否しても貢物を残して勝手に去って行かれてしまった。
返すに返せないので、金品の類は街の責任者に預けて別途華琳への献上品とし、献上できない食材関係は受け取る事にしたのだ。
今晩の食事として有り難く消費させてもらい、消費しきれなかった食材に関しては明日の朝の食事を炊き出し形式にして街に還元すると決めた。
一応使えるかどうか選別だけしたが、廃棄しなければいけないものは殆ど無かった。
なので野菜お肉選り取り見取りである。
調理の準備が整ったので、何でも作れそうだし何か希望があれば言われた物を作るよーと話して要望を聞いて回る。
だが皆気を遣っているのか、何でも良いです、としか言わないので困った困った。
三人娘は、長女が「甘いのが良い!」次女が「お肉が食べたぁい!」三女が「野菜かな」としか言わず、これもまた決め手に欠ける意見。
こうなりゃ満漢全席でも作ってやろうかなと思うが、今から作り始めると朝を回る。というか時間的に女性陣が喜びそうなのを数点山盛りで作る以外に選択肢がない。
何の面白みもなく、八宝菜や炒飯や唐揚げなんかの定番を作ろう。
出来上がった料理を天幕内に持って行く。
そわそわした様子だが皆料理に手を付けようとしない。首を傾げていると天和が飲み物を片手に立ち上がった。
ああ、音頭取りがあったのか。そう納得していると天和がゆっくりと話しだした。
「えっと、何時もなら今日もお疲れ様! の一言で終わりなんだけど、今日はちょっと語りたいの。
料理が冷めないようあんまり長くしないから安心してね。
コホン。
今日はね、限界を感じていた演出に光明が見えたし、女性が見に来てくれる舞台の模索も出来たし、歌と踊りの本質とかが見えたりして、とっても有意義な日になった。
皆はわたし達の境遇とか夢とかを理解してくれてるよね。
今日学んだ事を糧にして前に進み続ければ、大陸中の人を笑顔にするって叶わない夢じゃない。わたしはそう実感したし、皆も同じように感じれたんじゃないかなって思うの。
きっと全部ここから始まる、良い方へ向かっていける。だから皆、改めて頑張ろうね! それじゃあ乾杯!」
おぉーっと皆が一斉に杯を空け、料理を食べだす。
美味い美味いと料理を頬張ってくれてとても嬉しい。
「れんほーちゃん、お姉ちゃん上手く言えた?」
「うん、完璧だったわ。白さんの好感度もきっと上がったよ」
「えへへ、だと嬉しいなー。文章を考えてくれたれんほーちゃんの頑張り分、今度はお姉ちゃんが好感度上昇の支援をばっちりしてあげるからね」
すまん、俺の耳だとこの距離だったらどんな小声でも聞き取れてしまうんだ。
ちょっと気まずいし、多くの人が話したげに三姉妹の周りに集まっているから、彼女達の元には後で行こう。
天幕内を見渡すと、一人隅で晩酌をしていたまーちゃんの姿があった。
「向かい良いかな?」
「おお謙信殿。三姉妹の方に行かずに宜しいので?」
「今は仲間達と色々と語り合っていて忙しそうなので、また後で伺おうと思っているよ」
「そうでしたか。では暫し謙信殿のお付き合いをさせて頂きましょうかな」
「ふふ、頼むよ」
俺謹製の秘蔵酒を取り出し、互いに酒を注ぎあい、杯を上げる。
「今日の出会いに」
「明るき将来に」
「「乾杯」」
そう言って盃を空にする。
「かぁーっ。これは凄まじき酒ですな」
「秘蔵の酒だから量は出せないが、少量でも料理を引き立てるだろう」
そう言って二杯目を注ぐ。
「酒は薬、料理の友ですから、量は要りません。この杯だけで十分でありますよ」
「ふむ、やはり貴方はそういう酒の楽しみ方をするお人だったか。気が合う人を見つけて嬉しく思うよ。
それで気の合う友人よ、もう少し砕けても良いと思うのだが、どうだろう?」
「ふふ、距離の縮め方も面白い人ですね。重畳です。本当に、今日は重畳な日でありました」
彼女は気を緩め、満足そうに言った。
その様子が気になったので尋ねてみる。
「その心の裡、聞いても良いかな?」
「ふむ、熱い日、良き夜、旨い料理、最高の酒、麗しき華、胸の内を語るには最上の機会でしょうな。貴方は全てを知っておいでのようですから、お付き合い願えますか?」
「幾らでも」
では、と小さく呟き、まーちゃんは語りだした。
「私は真面目さと地道な作業が苦ではない性格を買われ、法の執行官をしていた時期がありました。責任重大ではありましたが、罪以上の罰を望まず、罪以下の罰を許さず、贖いを正しき手順で行う。法律という分かり易い基準があったので、それなりに働けていました。
真面目しか取り柄のない私は仕事に邁進し、それなりの罪と罰を見て裁いてきました。そんな経緯を買われ、ある時曹操様から辞令が届きました」
チビリと酒を飲み、彼女は語る。
「そこには彼女達三人娘の罪の詳細と彼女達が望む罰の監視を行うようにと書かれておりました。
辞令を拝領し、いざ彼女達に面会した時、貴方達の望む罰とはいかなるものかと私は聞きました。すると大陸中の人間を笑顔にする事が償いになると彼女達は臆面もなく言いました。
ええ、確かにそれぐらいして見せなければ彼女達の罪と罰の釣り合いは取れないでしょう。
ですが罪と罰を見続けてきた私は、彼女達の大言壮語は実現不可能であると判断しました。ただ大きな目標を掲げて罪の意識から逃げているのだと疑っていました」
しかし、と彼女は嬉しそうに笑った。
「ですが今日、その大言壮語が叶う可能性を見ました。
そうすると、ああ、彼女達は実現可能な贖罪を口にしていたのだと、そしてその巨大な山を登る苦行の道を彼女達は歩いているのだとようやく理解できました。
浅はかだったのは私で、現実を見ていたのは彼女達だったのです。
きっと彼女達はこのまま大陸中の人間を笑顔にし、いつか罪と罰の釣り合いを取るでしょう。
私はそれが嬉しくて堪らない」
一気に盃を傾け、ぐぃと酒を呷る。
「罪は刑を受けて終わりではなく、罰とは人の心にこそある。人の本質は善であり前である。
昔々に持っていた青臭い信念や信条が正しかったと証明する人間が、とうとう目の前に現れたのです。
今ではあの子達を侮っていた己の不明さを悔い恥じらう気持ちも多分にありながら、あの子達を誇らしくも思っているのです。本当、勝手な話ですがね」
顔を赤らめ、「酔って要らぬ事まで語りました。前言を排し、更に酔って忘れたく思います」と彼女は杯を空にし、そう締め括った。
俺は無言で杯に酒を注ぎ、己の杯を持ち上げた。
まーちゃんは新たに酒の注がれた杯を俺の杯と打ち合わせ、
「私に答えをくれた三姉妹のひたむきさ、ここに遣わせくださった曹操様の采配、謙信殿との運命の出会いに、乾杯」
再び今日という日を祝い合った。
「白おそーい!」
「真っ先にちぃ達の所に来るべきでしょ! なにやってんのよ!」
「皆の事を気にして来なかったのは分かるけど、少し寂しかった」
「すまんね、まーちゃんとの会話が思いの外弾んだ」
「ぶー、まーちゃんを引き合いに出されたら何も言えないじゃん」
「そうなのか?」
「まーちゃんは恩人だしねー」
「遠征許可が降りてこの一年、一番の功労者は間違いなくあの人だから」
「へぇ、ちょっと聞かせてもらっていいか?」
「んーちょっと長くなるよ?」
コホン、と天和は喉の調子を整えた。
「黄巾党が解散して二年ぐらいは陳留を中心に舞台をしてたんだけど、功績なんかが認められてもう少し遠くまで行ける事になったんだ。
それで遠征をするにあたって、わたし達に専属の人達が付いてきてくれるように成ったのね。でもほら、わたし達って傷のある人間じゃない? それを話さない訳にもいかないから、黄巾党で一緒してた人達以外はどうしても溝が合ったんだよね。
でね、舞台って空気とかがすっごい大事じゃない? 舞台裏で悪い空気が広がっちゃうと警備、歌や踊り、演奏にも影響が出ちゃって、見てくれてる人にも何となく白けた空気が感染しちゃったりなんかしてね。
だから溝がある内は舞台がどうしても上手く行かなくって、そしたら皆の士気も落ちちゃって、また舞台が上手く行かなくて……って悪循環になっちゃってたの。
けどそんな中、まーちゃんだけはずっとちゃんと最高のお仕事をしてくれてたんだ。隊長さんが一番仕事をしてるのに、わたし達は何やってんだろ、って皆思ってね、とにかくお仕事しよっ! って空気になったの。
自分の事がしっかり出来たら余裕も出てくるじゃない? そしたら溝のあった人達とも交流が図れて、わたし達の演奏をちゃんと見て聞いてくれたりお話も出来るようになって、そこからは今みたいに皆仲良くなれたんだ。
全部まーちゃんがきっかけとか流れを作ってくれたの。だからお礼をしたいんだけど、自分は仕事を全うしてるだけでお礼を言われるほど大した事はしていない、って言って受け取ってくれないんだ。
けどね、人は体調とか感情とかで仕事の良し悪しって絶対出てくるのに、それを感じさせない仕事をするのってどれだけ凄いの! って話だよね。
だから、絶対にまーちゃんにはすんごいお返しをするの。だってわたし達の大恩人なんだもん」
「そうだったのか」
まーちゃんの評価を更に上げつつ、華琳の采配に驚嘆せざるを得ない。
恐らくだが、彼女はこうなると分かっていて人材を配置したに違いないのだ。
「それじゃあ、次はちぃ達の話をするわよ」
「うん、いっぱいいっぱい話したい事があるんだ」
「夜だけじゃ足りないかもしれないわね」
「ああそうだな、話そう。昔の事、今日までの事、これからの事を」
彼女達の話を聞き、喜和について話す。現在の漢中の話を聞き、四百年前の漢中について話す。アイドルとしての展望を聞き、灯華様にしたあれやこれやの結果を話した。
個人名などはぼかし、周囲に聞こえても良いよう気を払いながらの会話だったが、四人の間だけで伝わる秘密話はとても不思議な感覚でひたすらに楽しかった。
しかも彼女達は非常に聞き上手で、華琳にも話した事のない過去をちょろっと話してしまったりもした。
夜が更け、空が白み始めるまで話は続いたが、ついに彼女達がダウンしてしまった。
気付けば周囲の誰もが机に突っ伏している。
毎度の事とはいえ、ここでも俺が後始末をするんだよな。
酔えないというのは、存外寂しいものだ。
次回、曹操と合流します。
大まかな改稿が終わりましたのでナンバリングも直しました。また細かい部分はちょこちょこ修正します。
改稿した部分に新事実を書いたりはしていないので、読み直し等はしなくても大丈夫です。