今昔夢想   作:薬丸

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60.最良の日

「……何でそれを俺に話そうと思ったんだ?」

 

「貴方が運命の人だから。絶対に、間違いなく、貴方だから」

 

「私達は同じ夢を見て、貴方を知っている。三人揃って見間違える筈無い」

 

「しかしその夢は昔の夢だったんだろ?」

 

「ええ、姉妹で色々と調べてみたけど、私達が見ていたのは医聖張術様の視点だったのでは、って結論が出たわ」

 

 話を聞いて、もしやとは思っていた。

 

「四百年前の偉人が視点者だったのか。ふむ、だとしてだ。俺は四百年前の偉人が見ていた運命の人に非常に似た人物である、ってだけだろう。

 見かけだけで中身も知らない人間を安易に運命の人だ、なんて言うのは如何なものかと思う。

 曹操様に仕えている同士に言うのも変な話だけど、俺が極悪人だったらどうする?」

 

「謙信さんには申し訳ないんだけどさ、もうそういう話じゃないんだ。

 ちぃ達は貴方を運命の人と決めたの。あたし達の魂が、恋心が叫んでるの。絶対絶対貴方しかいないって!」

 

「だから全部話したんだよ。

 わたし達を知ってもらう為、同情を買う為、なりふり構わず貴方に好かれようとしているの」

 

「天和姉さん! 若干目が病んじゃってるから!

 えっと、大体は天和姉さんの言う通りなんだけど、貴方はそこまで気にしないで。頭のおかしい三人娘から好意を寄せられてるって頭の片隅に置くだけで良い。

 今は恋よりも優先しなきゃいけないものがあるから」

 

「そうだよね、お姉ちゃんちょっとだけ勢いが止められなかったや。

 えっと、とにかく! 大陸中の人を笑顔にしたら、絶対わたし達に恋してもらいます。

 絶対長くは待たせないから、絶対一人にさせないから、期待しててね、白様」

 

『来世まで待たせない、貴方に追いついて見せるから、一人にさせないから、待ってて下さい』

 

 とても懐かしい、とてもとても大事な人の言葉と姿が重なった。

 

「あっ、白様って夢の人の真名で、つい出ちゃって。本当にごめんなさい、重ね過ぎだよね。

 ……謙信さん?」

 

 ついと涙が頬を伝ったのが分かる。

 

「ああ、そうだ」

 

 不老不死へ到るなど不可能だ。昔そうやって断じておきながらも、しかし心の何処かで信じていた。

 来世まで待った、高みにいて待った、だけどもそれらは叶わなかった。

 けれど一番大事な約束、俺を一人にさせないという約束を彼女は、彼女達はここで叶えてくれた。

 

「信じて待っていた甲斐があったよ、喜和」

 

 大陸中の人間を笑顔にするという途方も無く壮大な夢物語であるが、決して不可能な物語ではない。

 四百年の時を超えて不可能を可能にした彼女達だ、今度の約束もきっとやってのける。

 

「今度も信じて待っている、天和、地和、人和」

 

 だから満面の笑みで、軽やかに約束するのだ。

 しかし彼女達はその言葉を聞いて、三姉妹で視線を交わし、そして満面の笑顔を見せて頷いた。

 

「「「やっぱり、乙女の勘が外れる訳ないよねっ」」」

 

 手に手を取り合い、彼女達は立ち上がってきゃっきゃと喜びを共感していた。気分が上向いたようで何よりだ。

 

「姉さんの天然に生まれて初めて感謝するわ! ちぃだったら切り出せなかったもん!」

 

「今日は間違いなく人生最良の日。夢見てた事が現実だったと知れて、夢見てた事が今叶った」

 

「なんかさ、今だったら空だって飛べちゃいそうじゃない?」

 

「だよねだよね! 今のわたし達はなんだって出来るよ!」

 

「今日の公演は間違いなく最高の舞台になるわ、今までにない確信がある」

 

 

 俺はしばらく彼女達の微笑ましい歓喜を眺めるのだった。 

 

 

 

 

「そろそろお昼ご飯なので、切り上げてもらっても構いませんか?」

 

 しばらくするとまーちゃんの声が外から掛かった。

 

「えー、まだ話し足りなーい」

 

「ぶーぶー、まーちゃん空気読めー」

 

「ちょっと、後ちょっとだけ……」

 

「人和さんまでそう言われますか……でもそろそろ食べておかないと練習に響きます。

 出遅れると飯店は満員、出前も忙しくて取れず、という事態も有り得るのでお願いします」

 

「それは困る! 白様、じゃなくて白に最高の舞台を見てもらいたい!」

 

 真名はそのまま呼んでもらう事になったのだが、様付けはやめてもらった。

 彼女達に白様と言われると周囲の人間も戸惑うだろうし、何より彼女達の性格的に合わないと思ったのだ。

 

「善は急げ、店が埋まってしまう前に行きましょう。姉さん達、すぐ用意して」

 

 

 

 

「やっぱり何処も空いてない……」

 

 この街はそこそこに大きく、交易の中継地点となる場所なので外からの人間も多い。

 そういった街の飯店は昼時でなくても混み合っている場合が多く、昼時ともなれば一時間以上並ぶのは仕方ないし、ここまで出遅れると仕出し屋も当てに出来ない。

 

「並ぶとしたらかなり時間が食われるな。これだったら俺が作った方が良いかな」

 

「えっ、白って料理作れるの?」

 

「そりゃ旅をしてきた歴だけは長いからな、大勢へ振る舞うような料理も多少慣れてるし、任せてくれ」

 

「ありがたい申し出です。混雑していると護衛もしづらいので是非にお願い致します。勿論材料費等は全て負担しますので」

 

 まーちゃんにも頼まれたので、劇団二十名分の料理を作る事になった。

 皆作業しながら交代で食べるらしいので、作るのは大量の具材入りおにぎりである。

 具材は肉味噌や時雨煮、きんぴらや野菜味噌炒め、焼き魚のほぐし身等など種類はやたら作った。

 

「お、美味しい……」

 

「なにこれ、乙女の矜持的に笑えないんですけど」

 

「私達も多少旅慣れてて料理も結構作ってたんだけど……これは自信が粉砕される」

 

「ああ、美味しいですねぇ。肉はいわんや、野菜や米にこれ程の旨味があるとは思いも寄りませんでした。

 むしろ店が満席であったのは僥倖と言えるのでは」

 

 三姉妹は愕然と、しかしまーちゃんと他の二十人は恍惚と俺の料理を高評価してくれた。

 洗い物等の片付けは護衛の人達がやってくれるらしい。

 

 

 

 時間が空き、どうしようかと思っていると、リハーサルをしながらの企画会議に参加して欲しいと言われた。

 

「えーっ、せっかくなんだから本番大一番を見て欲しい!」

 

「そーよそーよ! ちぃ達最大の魅せ場をババーンと叩きつけてメッロメロするのが良いんでしょう!」

 

「最高の踊りを見せる為に白さんの意見を取り入れたいの。今のままだと大衆向けの演技しか出来ない。姉さん達はそれで満足しちゃうの?」

 

「うぐ、確かに白希望の演出なんかも入れてみたい……」

 

「それに一応模擬でも踊るけど、本番と練習は全然違うでしょう?」

 

「まああの一体感と躍動感は本番じゃないと味わえないかなー」

 

 他二人は大一番をまずもって見せたいようだったが、冷静な人和に説得され、納得したようだ。

 異論がないなら意見を言うのも吝かではない。

 俺が参加すると言うと、まーちゃんも付いてきた。ある程度俺を信用はしてくれているようだが、護衛は必要だしな。

 

「じゃあ見る側、踊る側の感覚を掴む為、早速一回踊ってみましょう」

 

「白が見るなら練習だからって気が抜けないねー」

 

「本番ほどとは行かなくても、魅力の片鱗ぐらいは見せてあげよーかな!」

 

 土台だけ完成している舞台に三姉妹が立ち、歌と踊りを見せてくれた。

 うーん、何というか、歌がPOP過ぎやしないか?

 ……もしかして俺のせいか?

 以前声や言葉が心に及ぼす影響について聞きに来た生徒がいた。そこで歌についても教えたのだ。

 歌は抑揚、溜め、音程が如何に人の情動に訴えかけるのかが良く分かるので、声と言葉の教材としてうってつけだった。

 記憶に残っていたクラシックと記憶に微かに残っていたJPOPっぽい曲調で適当に作詞作曲して歌ってみせると、その生徒はいたく歌というものを気に入った。

 それからは常に小さく口遊み、オリジナル曲なども色々と作って身内で披露していたのを思い出す。

 彼女が表に出て行った後の事は聞き及んでいないが、もしかしたらその流れが連綿と繋がってここに来ているのかもしれない。

 と考えて頭を振る。……んな訳無い無い。その程度で音楽文化がぶっ壊れるとかナイナイ。無いよね?

 

 ともかく、歌については問題ない。

 人が好む音程と曲調で、歌い上げる歌詞と声もとても良い。

 正直歌だけでも人気を博したのではなかろうかと思ってしまう程、彼女達の歌は素晴らしかった。

 

「なんと言いますか、今までは耳障りの良い歌詞としか感じていませんでしたが、今は胸に訴えかけてくるような、魂を感じます」

 

 まーちゃんが評価した通り、彼女達の歌には魂が込められている気がした。

 

「しかしそうなりますと……」

 

 なんというか、踊りがとても固いのだ。

 武芸の演武や新体操の演技みたいで動きは優雅なのだが、歌いながらだとテンポが合っていない事に目が行ってしまう。

 

「今までは動きの軽妙さや愛らしさが際立ち、見ていて飽きませんでした。

 ですが何故でしょう、今までは気にならなかった粗のようなものが見えてしまいますな」

 

 恐らく歌が文句無しに成ったからこそ、踊りの粗が目立ってしまう。 

 これは踊りのレベルも上げないとお客さんも違和感を感じて楽しめなくなってしまうかもしれない。

 

 

 何かがしっくりこないといった感じで首を傾げている三人娘に集合をかける。

 そこで踊りのレッスンを行う。

 現在の踊りではなく、数千年後のエンターテインメントが飽和した上で発展したダンス。

 情報過多な数千年後においても周囲を魅了する洗練された誘惑の美。

 五感全てに訴えかける扇情的な美しさを観客に魅せつけてやろう。

 

 

 歌に合わせた踊りを彼女達はすぐに飲み込んでいった。

 旅を続けて体幹も鍛え上げられている。

 歌い続けてリズム感と感情表現も充分に培われている。

 若いから新しい踊りを受け入れる柔軟さもある。

 下地はバッチリで、これに才能が乗っかるのだから、彼女達が短時間で習得できないはずが無い。

 

「何か、すっごい事になっちゃった?」

 

「ちぃ手が震えちゃってる。これ、最高の舞台になる所じゃないよ」

 

「私達の最高じゃなくて、史上最高の物に成るかも知れないって、本能で分かってる感じ」

 

「謙信殿、貴方は何故かような知識まで持ち得ておられるのだ?」

 

 まーちゃんと三姉妹の視線がこちらに向く。俺は苦笑いしながら彼女達に答えた。

 

「昔取った杵柄という奴さ。とある人を担ぎ上げる為に、今と似たような事をしていたんだよ」

 

 日本での記憶はもう殆どが消えている。

 だがPCで調べた内容とそれとは別に必要だろう事は改めて書き出し、覚え直した。その部分の知識は未だにはっきりと残っている。

 とはいえだ、テレビでやっていた歌と踊りなんてわざわざ書きだしたのか? と言えば否だ。

 正直こちらで必要とも思えなかったので、書き出しはしなかった。

 

 では何故覚えているのかというと、劉邦様の魅力強化の為にあらゆる手段を尽くしていた際、未来の歌と踊りを彼女に仕込んでいたのだ。

 演説に歌のような抑揚を取り入れてみたり、演武をより華々しく見せる為に余計な殺陣演出を入れてみたり、美しい肉体を保つ為にヨガやエアロビを教えたり。

 格好良く、可愛らしく、凛々しく、麗しく、雄々しく、綺羅びやかにと、とにかく人に好かれる為の”魅せる美”について試行錯誤していた時期があった。

 最強の敵である項籍殿に挑む為、そうした地道な支持基盤の増強が必要不可欠だったのだ。

 

 どうでも良い知識だが、試行錯誤の結果はまとめられ、劉家の秘技として皇室にだけ伝わっているそうだ。

 

「けど歌や踊りの必要な部分だけを抽出して試行錯誤していたから、実際に歌と踊りを表舞台で披露するのは初めての試みでもあるんだよ」

 

「そうなんだ、けど心配しなくて良いよ、これは絶対に流行るから。大陸全土が熱狂するって、天和分かっちゃうの」

 

「そこまで言われると教えた甲斐があったってものだ。後は光の演出とか舞台装置にも手を付けたかったけど、急だし技術的に無理かな」

 

「光の演出ぐらいなら幾らでも出来るよ?」

 

「えっ、どうやってだ?」

 

「ちぃの呪術でちょちょいのぱっぱよ?」

 

「……そっか、どんな事が出来るんだ?」

 

「七色ぐらいなら光作れるし、煙幕とか紙吹雪を高く舞わせたりとか、声を大きくしたりも呪術でやってるよ」

 

「それはどうやってやってるんだ?」

 

「呪術だよ?」

 

「そうじゃなくて、やり方というか……」

 

「ぐーっとやってぱーっとやる感じ。それ以上の説明はめんど……一族の秘伝だから!」

 

「……そっか、とにかくすごいんだな、地和は」

 

「えへへっ、でしょでしょ!」

 

「うんうん。……華琳、不条理がここにあるよ」

 

 複雑な感情を飲み込み、演出や曲順等にも口を出していく。

 いつの間にか彼女達から照れのようなものも消え、ライブに向けてのひたむきさだけになる。

 踊ってる彼女達も素敵だが、こういう舞台裏での真剣な表情もとても魅力的で引き込まれる。

 もしこれを狙っていたのなら、人和という少女は中々の策士だ。

 

 

 

 

 そして夕暮れが間近に迫ってきた。

 練習に使える時間は終了だ、徐々に人が集まり始めている。

 とはいえ開始時間まであと一時間弱ある。

 片手間に食べれるおにぎりなど作り、メンバーに振る舞う。

 彼女達は適宜おにぎりを摘みつつ、最後の確認を済ませている。

 三姉妹は食事の後なので動き回らせず、イメージトレーニングを行わせる。

 

 三十分ほど暇なので舞台を支える二十人のお仕事を見に行く。

 全員が旅、舞台それぞれで重要な役目を負っている。

 

 十人は護衛が占めている。

 彼女らは旅では護衛、舞台では警備を取り仕切っている。

 そして華琳からの認可状を持っていて、その街の警備隊を何割か借り受ける事が出来る。

 今は彼らに色々と指示を与えている。

 

 五人が旅では大道具小道具の作成運搬、舞台では黒子をやっている。

 李典隊の生え抜きであった彼女達は舞台のあらゆるギミックを作っているそうだ。

 今は最終確認の為舞台を見て回り、演目の確認、動き方の確認を行っている。

 

 残りの五人は旅では医師、交渉役、料理人などを担当し、舞台ではバックコーラス兼奏者をやっている。

 護衛と大道具組とは違い、彼女達は黄巾党で三姉妹を以前から知っている側近だそうな。

 今は琵琶らしき物、太鼓らしき物、笛らしき物の調整をしている。

 

 皆が皆何時もより気合が入っているようで、まーちゃんが何時もこれぐらいなら良いんですが、と笑っていた。

 しかしそう言うまーちゃんも何時もより声が大きく気が鋭いらしい。

 うん、皆三姉妹のやる気と上達具合に感化されているようだ。

 

 

 さて残り十分、皆の準備は既に完了している。

 歴史に残る舞台がもうすぐ始まる。


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