今昔夢想   作:薬丸

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二話投稿です。


52.強くなり、弱くなる

 結局白から聞いた話を春蘭秋蘭に伝える事は出来なかった。

 話そうとした途端に頭痛が襲いかかり、それを察した二人が無理矢理に止めたのだ。

 言葉を選び、天の御遣いとは本物であると伝える。そこから天の流れというものがあると裏を読んでくれれば良いのだが。

 ともかく私が精一杯伝えようとしている事は察してくれて、喋れないのは決して故意ではないと理解してくれた。

 渋い表情ではあったが納得してくれて良かった、これで目先の盗賊退治に不安を抱える事もないだろう。

 

 

 私達三人に不安がないのならば、盗賊討伐が大成功を収めるのは当然だった。

 一帯に昔から根を張っていた古参の盗賊を狩れたので、結構な空白地帯が生まれる。

 その周辺に蔓延る盗賊どもを上手く空白地帯に誘導してやれば、次の一狩りで周囲一帯の盗賊を根絶やしにしてやる事も可能だろう。

 

 討伐も上手く行き、更に得た物も大きい。

 村々の実情も見て回れたし、何より許緒 季衣という素晴らしい人材を手にする事が出来た。

 剛力無双で戦力的にも頼りになるし、実直で皆に慕われる可愛らしさがある。春蘭秋蘭にも懐いたようだし、皆の精神的安定剤として働いてくれるだろう。

 

 しかしあれだけの逸材が埋もれていた事実は看過できない。

 泳がせるために逃がした盗賊による被害が村々に出ないよう至るところに兵を潜り込ませようと考えていたが、同時に情報収集も積極的に行うよう厳命するとしよう。

 

 

 

 そして一週間で事を片付けた私達は陳留に帰ってきた。

 元より荀彧の採用試験として半減させた糧食だったが、彼女の作戦立案能力と機転が発揮され、また私と夏侯姉妹が鍛え上げた核となる兵のおかげで、帰還する間の糧食もぎりぎり確保されていた。

 だが途中で拾った季衣がまた食べるのだ、毎食十人前を超える量をぺろりと。

 十分な食事を与えると確約して雇い入れたので、それを誰も咎める事が出来ず、皆足を急がせるしかなかった。

 後一日遅ければ、糧食は尽きていただろう。

 

 ともあれ盗賊討伐は成功し、新人達の経験を積むことが出来、荀彧の能力を見定め、許緒という逸材を確保した。

 文句のつけようのない収穫であったと言える。

 

 

 では、城に残した白はどうだろう?

 

 城に着き、出迎えに来たのは白と白の腕を取る曹洪 栄華の二人だった。

 その事に全員が驚く。将から一兵卒に至るまで全員がだ。

 

「盗賊討伐お疲れ様でした。もう一日二日程かかると思っていたのですが、さすが華琳様の手腕、さすが期待の新軍師、さすが精強と名高き陳留の兵です」

 

「まあ本当ならそれぐらいだったのだけど、急ぐ理由があってね。

 ってそうじゃないわ、栄華、貴方が白の腕を取っているのはどういう事?」

 

「あらいやですわ、お姉様が仰ったのではないですか、お兄様と仲良くするようにと」

 

「お、お兄様? ちょっと白! 何がどうなってるのよ! あの男嫌いで有名だった栄華をどうやって手懐けたの?!」

 

「えっ、謙信殿って男だったのですか?」

 

「桂花、今説明するのは面倒だから、後でね」

 

「あっはい」

 

「えーっと、とにかく兵の皆さんもお疲れでしょうし、一旦解散の号を出しましょう。説明はそれからしっかりと致しますので」

 

「そ、それもそうね、こほん。

 聞け皆の者!

 新人が多くいる今回であったが、大きな失敗もなく、また戦働きも申し分のないものだった。私は皆を高く評価する。

 皆には二日の休暇と十分な給金を与えよう、存分に英気を養うが良い。

 では解散!」

 

 解散の号令に皆が動き出すが、なんとも鈍い。皆が皆白と栄華をちらちら見ながら去っていく。

 確かに曹軍に従事しているのならあれがどれだけ異常な光景なのか知っている。豪華な褒美すら霞んでしまう程の衝撃だったに違いない。

 

「新人が多くいるからこそ手厚く褒賞を取らせて人心を掴む、やはり華琳様は良き指導者であらせられる」

 

「はい、やはりお姉様は完全無欠のお姉様であらせられます! お姉様も勧めてお兄様も認められるなら、給金もちゃんと降ろしますね!」

 

「「「!!」」」

 

「戦働きに対する当然の評価であり対価ですよね? あれ、華琳さま、何をそんなに驚いていらっしゃるのですか?」

 

「そうね、桂花。とりあえず後で全部説明するから、今はちょっと落ち着かせてちょうだい」

 

「あっはい」

 

 今回の褒美は明確な理由があり、桂花も言った通り妥当な判断だ。

 だとしても栄華の追求はとても厳しい。金が必要な理由、金の使い方、得られる効果、金額の正当性、これらを可能な限り詰めに詰める。金額に関しては更に極限まで切り詰める。

 そんな金に五月蝿すぎるあの子が、何の抵抗もなく金を出す?何の冗談だ?

 

「ああそうか、これ、呪術ね。うん、やっぱり呪術ってすごいわ」

 

「唯一苦手だろう分野を思考放棄する為に使うのは華琳様らしくないですよ。さすがに呪術ってそんな便利な物でもないと思われます」

 

「そうですわお姉様、呪術なんて怪しい物で私が絆される訳ありませんでしょう?いえ、恋の呪いには掛かっているのやも知れませんが!」

 

「貴方の問題点が逆に振り切れてしまっているわ。本当に、何があったと言うの?」

 

「単純に、彼女の出した課題を合格しただけなんですけれど……」

 

「ああ、お兄様の優秀さを見出す課題を出した私を褒めたくもあり、面会を遅らせ課題を出してお兄様に出会えなかった二日間を作り出した私が恨めしくもあり……けれど良いのです、結果お兄様に出会えたのですから!」

 

 段々と別の意味で頭が痛くなりだしたが、根気強く何があったのか聞いてみた。

 

 

 私が討伐に赴いていた間のあらましはこうだ。

 白は行軍する私達に薬を納めたので、薬の材料を入手する為に街へ買いだしに出掛けたかった。単独行動が禁止されているので白はお目付け役に外に出たいと陳情した。

 しかし伝言を頼んでも返ってくる内容は忙しくて行けないの一点張り。なので直接会いに行くがこれも門前払い。新人に機密情報が満載の仕事場を踏み荒らされる訳にはいかないと断られ続けた。

 普通ならここで怒ってもおかしくないが、白は私の言い付けを守り、三日間耐えてくれた。

 

 ここで栄華の分岐点があった。

 私の命令があるので、これ以上何もせずに放置しては命令違反である。

 例えばそこで白の欲しい物を書き記してもらい、それを買ってこさせれば問題はなかった。白はある程度満足しただろうし、栄華は最低限の役目をこなしたとして問題にしづらかった。

 

 けれど栄華は更なる嫌がらせを企てた。

 仕事が大変だから相手を出来ない、もし用事を頼みたいなら仕事が早く片付くような発明でもしてくれ。と扉越しに言ったのだ。

 医者に何を頼んでるんだ?という話。仕事ばかりで肩が凝っているから凝りを解してくれ、と言うのなら分かるが、経営学会計学という畑違いの学問の発明をしろなど無理難題が過ぎる。

 まあある種の冗談だったんだろう。

 無理難題に憤慨してくるならその狭量さを笑い、悄然と去って行くならその無様を笑いたかったのだろう。そして心の内を満足させ、それから部下に薬の買い出しをさせて終わる予定だったに違いない。

 

 けれど白は半刻後、本当に発明品である算盤を作ってきた、

 仕事場から適当に一人外にやって、算盤の使用方法を聞かせて回収し、実際に使わせてみる。するとどうだ、算木など使うより余程明確で素早い計算ができるではないか。

 ぐぬぬ、と思った栄華は更に課題を出した。機密に触れぬ書類を山ほど預けて処理させたのだ。

 私でも三日かかるだろう山を、それが終わるまで外に出さんと言って渡したのだ。

 それを白は半日で片付けた。

 陳留の人口流入、民草の陳情、備蓄の確認、隣県への贈り物選別、分野の違う各種書類を白は見事に捌ききった。

 

 むしろ専任の者より余程綺麗に片付けてしまい、自信喪失を招かせてしまった。

 そしてその自信喪失者の中に栄華も含まれていた。

 

 彼女は自身の分野である経済学を侵された。

複式簿記の使われた帳簿と出会ってしまった。

 私が見てもその発明には背筋が凍る。

 金の流れを分かり易くする、単純そうに聞こえるこれがどれほど難しい事なのか、私も身を削っていたので知っている。

 だからこそこの発明の有用性が怖いくらいに分かる。これが浸透すれば経理における不正は消え去るのだ。

 

 では私よりも経済に明るい栄華がこれを見た時、彼女はどう思っただろうか? 

 絶対に会わないと決めていた男に会いに行く事ぐらいはやるだろう。

 

 栄華は自ら扉を開け放ち、白と出会った。

 全て他人に任せきり、男とだけ聞いていてそれ以上の情報を遮断し拒絶していた栄華に、彼の持つ美はどれほどの衝撃だっただろう?

 結果は目の前に出ている、今までの価値観が引っ繰り返った訳だ。

 

 

「色々と分かったわ。私の判断は正しかったという事で良しとしましょう。

 白、その知識、色々と引き出させてもらうわよ?」

 

「お手柔らかに願います」

 

 白への恐ろしさを押し殺し、そう締めくくった私。

 これ以降、陳留の発展は怒涛の勢いとなる。

 

 

 

 白の献身的な活動、驚異的な発明、先進的な提案をこの地に合った形、速度に調整していくのが私の第一の仕事となった。

 まずは既存の枠組みを効率化していく。始めは細々とした変化だったが、一ヶ月もすれば明確な違いが出てくる。

 兵が軒並み健康になり、文官の作業効率が上がり、街の衛生、景観、治安が良くなり、商業の活性化が起きた。

 そして既存の枠組みを取っ払うような事業を水面下で立ち上げ始める。

 

 仕事面で順風満帆であるように、生活面でも至極充実した日々を送ってきた。

 多方面に万能であり、性格は厳しくも寛容で、教育者としての経験もある白が仲間に入る意味はとても大きい物があった。

 仲間達と白が交流すればするだけ人格の尖った部分が丸くなり、逆に能力は尖りに尖る。

 そうして一ヶ月もあれば仲間達の信頼を勝ち得、互いに真名を交わすまで仲を深める事に成功していた。

 

 将に良い影響があればその部下達にも影響が出る。雰囲気と能力は周囲の人間に伝播する。

 民を直接取り締まる彼らに笑顔と向上心が出てくると、今度は街の雰囲気が明るくなる。

 奮起した彼らは治安の取り締まりを真摯に行うので、民の評判もだが商人の評判もどんどん上がる。

 それが流通を活性化させてまた街を華やかにする。

 するとそれが今度は逆に、商人、民、兵、将、私の流れで返ってくる。

 こうして街の全体の空気が喜色に染まるのを実感でき、また仕事を頑張ろうと思える。

 

 器たる環境が良くなり、器を満たす人が良くなる。そうなると更に環境も人も良くなる。

 とてもわかり易く、素晴らしい循環が陳留に出来上がりつつあった。

 

 だがその良い流れは黄色い布にせき止められてしまった。

 水面下で進めていた教育、医療、商業等の再構築を表層へ打ち出そうとした矢先、黄巾の乱が始まったのである。

 

 

 

 帝からの勅により私達も討伐に赴かなくてはいけなくなり、陳留発展計画は一時凍結される事になった。

 だが内の力は十二分に培う事が出来たので、丁度良いと言えば丁度良かった。

 この機に外へ力を喧伝し、飛翔の踏み台にしようではないか。

 

 戦に赴けない白と暫し別れなければいけなくなると皆が気落ちしていたが、白が「留守番も何ですので、一人で中央を見に行ってきます」と言い出した。それを聞いた私達は進路を洛陽へ取る事にした。

 彼は洛陽に行く利が薄いと理解しており恐縮していたが、陳留と洛陽はそう離れていないし、少し遠回りになるだけ、情報が手に入るかもしれないと言って丸め込んだ。

 こうして洛陽行きが決定した。

 

 道中で賊を討伐して経験や士気を上げつつ、町や村で治療や食糧を施し名を上げる。

 そんな事をしていると、楽進、李典、于禁という面白い逸材も仲間とする事が出来た。

 私の領地内にいたので白の洛陽行きがなくても何れ発見していただろうが、何とも丁度良い機会すぎて怖くなる。

 私はその三人を軍に編成して資質を見つつ、経験を積ませる事にした。

 

 

 そうして散発的に敵を蹴散らしていると洛陽に着いた。

 洛陽でやる事といえば、お偉方にお伺いを立てて、十常侍の側仕えの木っ端役人に面会して、そこそこの贈答品を送り、情報収集のために一日滞在するだけだ。

 一番の難問である面会が運良く待たされる事もなかったので、滞在期間は一日だけになった。僥倖である。

 

 既に黄巾討伐の大号令は発されている。だから利に敏い者はさっさと賊討伐や本拠の調査に乗り出している。

 わざわざここに来る者は皇室、十常侍、大将軍に縁のある者か、余程の田舎者か、情報収集も判断も自ら行わない蒙昧な輩だけだ。

 つまり縁を結ぶに足る者は全員出払っているので、洛陽に寄る旨味は情報収集ぐらいしかない。

 けれどまあ行軍中ずっと白の手料理が食べられ、一日でそこそこの情報も得れたと思えば悪く無い成果と言えた。

 

 

 その日の夜、洛陽近郊で駐屯した私達は集めた情報を検分してどう動くかと皆で話し合っていた。

 方針は二つ、諸侯の実力調査、賊討伐で名声上げ。

 どちらの方針に重きを置くか、どの諸侯を見るか、効率的な進軍路、本拠の推測などをしていると、白が私を呼び出した。

 方針を固めておくよう皆に言い、私は天幕を出た。

 そこで会わせたい人がいるから一人で付いてきて下さいと言われたので、了承する。

 一緒に出てきた春蘭が同行を申し出たが、私は待てと命令する。白が言うならば一人で行く必要があるのだろうし、剣を佩いてさえいればまず遅れを取る事もない。

 春蘭には「貴方の感覚的な発言が必要になる場面もあるだろうから会議室に残って頂戴」と言って戻ってもらった。

 

 

 そうして白と二人、会議室として用意した天幕を離れ、洛陽と野営地の中間地点までやって来た。するとそこには頭まですっぽりと覆う外套を着た二人の人影があった。

 白が言うには、一人は占い師で、もう一人は呪術の専門家らしい。

 顔を隠すという事は恐らく白と同じような、世俗に関われぬ立場にいる人物なのだろう。

 

「私達に会わせたいという人物が曹操殿とは予想外でした。本当に、白様は私を退屈させない唯一の人物です」

 

 鈴を転がすような麗しい声音。それだけでその覆面に隠された容貌が計り知れようという物だ。

 だが気にする所はそこではない、この者は私を知っているのか?

 

「ふむ、ふむ、白殿、彼女からは呪いの気配は一切せん。そもそもこれ程の覇気では于吉の呪術ですら掛かるか怪しい、安心召されよ」

 

 巨体から響く重低音。これの顔は窺ってはいけないと勘が告げている。

 だから、気にする所はそこじゃない。

 

「そっか、ありがとう。忙しいのに悪かったな」

 

「いえいえ、お構い無く。白様の動向が知れたのは大きいですから、遅くなったなどとは一切思わなくて良いのです。根を張る為の活動は必要だったのですから、気にする必要はありません」

 

「だから申し訳ないと何度も謝ってるだろ……次があるなら何はなくても連絡を急ぐから、そろそろ勘弁してくれ」

 

 二人の親しげなやり取りが鼻につくが、状況が分からないので突っ込まない。

 

「手紙での伝達方法もお伝えしましたよね?次は本当にお願いしますよ?

 では用事も済みましたので、私達はこれで。

 仔細は後ほど」

 

「頼むよ。それじゃあまたな」

 

「ちょ、ちょっと貴方達は……」

 

 私の制止も聞かず、彼らは一瞬で闇夜に消えた。

 後に残るのは白と私だけ。

 なんだろう、夢や怪奇現象の類を見たような現実味の薄さだ。

 

「なんだったの、あれ?」

 

「言いました通りその道の専門家で、私と同じく表に出てはいけない類の者です。無理を言って連れ出したので、時間も取れず慌ただしいものになってしまいました。

 ですが良かった。仔細はまだわかりませんが、取り敢えず呪術的な物に掛かっていないと判別はできましたから」

 

「ふぅ、どこまで信じていいものか分からないけど、貴方がそこまで信用しているなら私も信じましょう。

 それじゃあ戻りましょうか」

 

 私は踵を返し、天幕に戻ろうとするが、白の足は止まったままだった。

 どうかしたのかと振り返り、彼の思い悩むような顔を見て嫌な予感がした。

 

「どうしたのかしら?」

 

 彼は意を決したように口を開いた。

 

「……華琳様、陳留に戻りましたら、私の主治医の任を一時解いて頂きたいのです」

 

 嫌な予感的中である。

 だが慌てず、努めて冷静に問う。

 予感があったという事は、薄々気付いていたのだ。気付いておきながら、見て見ぬふりをしていた事実。

 

「理由は二つあります。

 一つは仲間に内政への口出しを咎められてしまいました。ですので一旦陳留から離れて天の目を誤魔化します」

 

一つはそうだろう。目立てぬ彼を人に、政治に関わらせ過ぎた。

 しかし一旦ということはもう会えないという訳ではなさそうだ。

極度の安堵を表面には出さず、問う。

 

「必要な措置なのね?」

 

「はい、貴方の傍にいる為の措置です。それに貴方の元を離れたとしても、貴方の為に働きますよ。

 一先ずは北方の異民族の元へ赴き、貴方の治世の助力をしようと思います」

 

 貴方の為に。その言葉は私の心に効く。

 だから私は強がる。

 

「確かに、いずれ私が陳留一帯を飛び越えて領土を持つようになれば異民族の対応は一番の問題になるわね。

 任せて良いのかしら?」

 

「お任せ下さい。そして天の目を誤魔化すほどの活躍をし、私を連れ戻して下さいませ」

 

「それこそ任せなさい、私を誰だと思っているのかしら?

 ああ、それと。さっきも言われていたようだけど、離れるのは連絡をしっかり取り合う事が前提条件よ」

 

「うぐ、気をつけます。一処に留まらず旅をする人生でありましたので、どうにも手紙を書くという習慣がないのです」

 

「四百年の旅路なのよね。けれど、約束よ?」

 

「ええ、月を見る度思い出すよう、月が新たに変わる日に送らせて頂きます」

 

「頼むわ。それで少しは……」

 

 寂しくないわ。

 自然にそう続けそうになって、慌てて口を噤んだ。

 

「少しは?」

 

「なんでもない。

 それが一つ目ならば、二つ目は……依存ね?」

 

「……その通りです」

 

 先ほどの私の心情が全てを表している。

 見ぬふり、知らぬふりをしてきた事実を、私はとうとう突き付けられたのだった。


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