今昔夢想   作:薬丸

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改稿済み。


34.望まぬ再会

 一ヶ月後、袁術は帝を僭称し、大陸全土の敵となった。主要な将をほとんど引き連れ、私はいち早く南陽へ押しかけ、張昭と合流する。

 張昭の言葉を信じ、袁術の仲間であると招き入れられた私達は、門をくぐった瞬間に動き出し、速やかに南陽を制圧した。

 戦闘など起こす間もなく、将官は武装解除をして一箇所に集めて、市民には袁術が偽帝として立ち、私達が大義のために彼女を討つという旨を伝え、更に袁術の悪政から解き放った暁には、税の緩和を約束すると発表して懐柔を行った。

 煽動を行える将官を抑え、民の心を掴めば、大部分が普通の民草である兵達は誰も袁術のために立とうとはしなかった。

 

 

 そして私は袁術と張勲の前に立っている。

 周瑜が約束してくれた通り、とある個室に三人きりである。

 配下の兵達は未だに二人を賢明に探してくれているが、周瑜が上手く操ってこの近辺には兵が立ち寄らないようにしてくれていた。

 

「そ、孫策よ、これは冗談よな? 私達と一緒に大陸を統べるんじゃよな?」

 

「いいえ、私は偽帝を僭称し、漢の敵となった貴方達を殺しに来たのよ」

 

「国に私達を止める力は既にないでしょう、孫策さんはそんな物に今更媚を売ろうというのかしら?私達が劉表や袁紹、その他諸侯と縁を結んでいると貴方も知っているでしょう?」

 

「ええ、張昭から、そう思わせたと聞いているわ」

 

「思わせた? ……まさかっ! 確かに都合が良すぎると思っていたけれど本当に?!」

 

「ええ、そういう事よ。貴女達の教育係として五年前についた張昭は、一度たりとも私達を裏切らずにいたという事」

 

「全てはこの時のためかっ! この恩知らず共め!!」

 

「のぅ七乃、この状況は、孫策の言う事は、全て本当なのかや?」

 

「どうやら本当のようです、全てが全て、こいつらの思うがままですよ」

 

「な、何故なのじゃ孫策……」

 

「分かりやすく言うと袁家への復讐よ。私達は十年前に貴女の尊敬する袁隗に騙されて母親を殺され、十年間不当な苦役を負わされていたの。決起するのも当然じゃない?」

 

「叔母上がそのような事を?」

 

「美羽様、信じちゃ駄目です、裏切り者の言う事など」

 

「証拠も無しにこんな事しでかさないわよ。劉表と袁隗が裏で手を組んで孫家を貶めたという証拠はちゃんと押さえているわ。

 だから貴方達の首を上げ、注目を浴びた所で事の真相を公にし、孫家頭領であり私の母であった孫堅が負った罪人として汚名を雪ぐの」

 

「な、なんと……」

 

「しかし、しかし美羽様は」

 

「関係ないとは言わないわよね?私達の十年の内半分は、貴方達が奪っていたのだから」

 

「全ては袁隗様から引き継いだものです! 袁隗様もしくは袁家の主流に求めるべき落とし前を美羽様のような幼子に求めるとは、孫家も落ちたものですねっ」

 

「袁隗は既に死んでるし、袁紹は曹操と決着をつけようと動いてるっぽいし、わざわざそこに出向いてどうこうしようとも思わないわ。曹操がやるなら、袁家はもう勝手に潰れるでしょ。

 それにね、もう事は進んでて、偽帝と僭称した貴方達が落とし前を付けなきゃいけないの。周囲から見れば私はそれに乗っかっただけなのよ。復讐云々の種を明かしたのは、納得出来ないまま死んでいくのは嫌だろうという気遣いに過ぎないわ」

 

「全てお前達が仕組んだというのに、気遣いなどと良く言える!!」

 

「……七乃、本当にもう駄目なのかや?」

 

「……これだけ言っても冷静沈着でいられたらもう無理です、これにて一巻の終わりです。ごめんなさい美羽様、私の力不足でした」

 

「そ、そんなの分からんじゃろ! 今まで孫策は色々わがままを聞いてくれた! 今回も見逃してくれるかも知れんぞ。一緒に頼み込んでみよう」

 

「あははーそうですね、抵抗とか悪あがきも出来なさそうだし、素直に頭下げてみますかー」

 

「この通りじゃ孫策、見逃してたも!」

 

「ああ、美羽様が叩頭する姿は初めて見ました! 冥府の土産としては悪く無いです! 孫策さん、せめて死の瞬間は美羽様とともに何卒!」

 

「馬鹿を言うでない、死ぬ前提では頭の下げ損ではないかや!」

 

「ここに来て不敵な損得勘定、さすが美羽様!」

 

「……はぁ、気が抜けちゃった。もういいわ」

 

「い、今なんと?」

 

「もういいと言ったの、袁術、立って後ろを向きなさい」

 

「もういいってあれかの、許してくれるという事かの?」

 

「いいから、立って後ろを向きなさい。次はないわよ」

 

「ぴぃ! いますぐにやるのじゃ!」

 

 私は後ろを向いて立った袁術に剣を一閃する。はらりと落ちる金色の髪。

 

「おお? 急に首元が涼しく、頭が軽くなりおった? むむ?」

 

「ああ美羽様の美しい御髪が!」

 

「髪を貴女の首の代わりにしてあげるわ。で、張勲は何を差し出せるのかしら?」

 

「私も生かしてくれるんですか?」

 

「袁術に向かう怒りを自身に向かせようと挑発していたようだけど、そういう意図が見えたら怒りも湧かないわ。だから私の気が変わらない内に早くしなさい」

 

「首の代わり……美羽様から頂いた帽子や装飾品はどうでしょう? 肌身離さず身に付けていましたよ」

 

「帽子と装飾品ねぇ、少し弱いわ。将官が貴女は死んだと納得するような命に次いで大事なものを差し出しなさい」

 

「私は美羽様のように長髪ではないですし、私物も美羽様縁の物しか大事なものは持っていませんし……後はおまけに袁家からちょろまかしてきた銅版なぞどうでしょう?」

 

「なにそれ?」

 

「美羽様に付いて袁家に出向いた際に、宝物庫に眠っていた物です」

 

「なんと! 七乃よ、そんな事をしておったのか?!」

 

「ええ、定期的に少量ずつ金品ちょろまかして蜂蜜に変えてました」

 

「ならしょうがないというやつじゃの!」

 

「……貴方達ねぇ」

 

「ともかく、そこで気になってこれだけは私の懐に入れたんです。とても私に似ている気がしまして……美羽様に頂いた帽子や装飾品に次いで私が肌身離さず持っていたものです」

 

「ならもうそれでいいわ。じゃあこれを持って貴方達はここで死んだ事にしましょう」

 

「おお、さすが孫策、話のわかる奴じゃのっ」

 

「調子に、乗らないの」

 

「ぴぃぃ! ごめんなさい!」

 

「二つ誓いなさい」

 

「何でも誓うから! 怖いのやめてたも!」

 

「あの、孫策さん、美羽様の下が限界になる前に止めてあげてはくださいませんか」

 

「……はぁ。今後一切私達の支配下には近寄らない事。どこの勢力にも属さず、二度と兵を起こさない事。この二つは死んでも遵守なさい」

 

「分かりました、元より私達も貴方達と接触したいと思いませんし、偽帝を僭称した私達に受け入れ所はありません、二人では兵も起こせないでしょう。なんとも優しい誓いですね」

 

「絶対に守れるよう、簡単な二つに絞ったのよ。もし破るようなら……容易くは殺さないわよ?」

 

「ぴぃぃっ! 分かったから誓うから守るから! その怖いのやめてたも~!」

 

 

 意図的に用意された包囲網の穴を駆けていく二人の背を見送りながら、私は深いため息をついた。

 結局親の罪を振りかざして袁術を追いやった癖に、命を奪わずに逃がしてしまった。

 子供の頃に得た物を蔑ろにし、孫家頭領に徹しきれなかった、なんとも中途半端過ぎる決断だ。

 本当に、自分の甘さがほとほと嫌になる。

 そう落ち込んでいる所に、後ろから良く知った気配が近づいてきた。

 

「結局、殺さず逃したのね」

 

「……ごめんね周瑜、迷惑かけるわ」

 

「いいわよ、どう転んでも良いよう準備は整えている。それに孫策が奪った物は遺品として有効そうだし、大分楽に事を進める事が出来るわ」

 

「という事は兵の取り込みは上手いきそうなのね」

 

「ええ、既に袁術の兵の大部分は吸収できてるし、遺品を使えば抵抗しそうな輩も大人しくなるでしょうね」

 

「ならこれで私達の目標は完遂ね。

 袁術探索中に劉表と袁隗の記録を見つけたと大々的に公表して母様の汚名を雪げる。揚州を平定し、荊州を取るのに十分な兵力も整った。難事は全て片付いたわね」

 

「ああ、後は小事を片付ければ、私達は晴れて自由になり、揚州へ大手を振って帰れる」

 

「そうなれば先生にも会えるし、真名も呼び合える!」

 

 折角の門出に頭領が辛気臭い顔をしているのはまずいと、私は大げさに声を上げ、落ち込んでいた気分を無理やり盛り上げる。

 周瑜はそんな私を微笑んで見てくれていた。本当に、頭が上がらないわ。

 

 

 

 その後私達は二ヶ月南陽の太守代理として逗留し、袁術の不正を炙り出し、溜めていた財を全て民に返し、減税を行う正規の手続きを行った。

 そしてこの南陽は袁家の人間に引き渡す予定だ。

 南陽は国の中央に近く、物流も盛んなので栄えてはいるが、袁紹陣営の近くであり、私達の本拠とは遠い。なので金財も人材も空っぽにして袁紹に売り払う事にしたのだ。

 

 数度の書簡のやり取りの末、袁紹は地理的な旨味以外が無くなったと知っていようとも南陽郡を高く買ってくれた。

 袁紹からしてみれば今回の件は寝耳に水だったろうし、また曹操と事を構えようとしているのに後背を気にしたくはないのだろう。手切れ金をやるし南陽で行った越権も許すから、これで全て水を流せと金額が示していた。

 

 私達はそれをすんなりと受けた。

 正直袁紹とは下手に事を構えたくない、彼女達には曹操と存分に潰し合って欲しいのだ。そして両雄が潰し合っている間に長江から南の全て孫家で頂こうという思惑がある。

 孫家としては前頭領の罪を雪いだし、袁隗はもう死んでしまっているし、不当に扱われていた袁術への手打ちも済んでいるので納得している。との旨を正式に伝え、南陽を引き渡すのだった。

 

 

 そうして私達は袁術旗下として五年を過ごした土地を離れ、南に進路をとった。

 新たな本拠地として建業を想定しているのだが、その前に自分達の支配下の地域を巡らなければいけない。

 実は私達が袁術に反旗を翻すと同時に、各地に散らした孫家の兵が起こり、荊州南部と揚州を支配下に置いていた。勿論十年間練りに練った作戦である、民の人心掌握は既に完了しており、事は速やかかつ穏やかに行われた。

 だが不測の事態もあり得るわけで、支配下に置いた場所の状況を直接確認し、ちゃんと顔を見せて支持を確固たるものにしなければいけない。

 

 そしてもう一つ、南下をする重要な理由があった。

 

 道程で襄陽に寄り、私達は苦い記憶の残るかつての戦場までやって来ていた。

 今まで顔向け出来ないと思い近寄りもしなかった場所に、晴れて自由の身になった今ようやく訪れる事ができた。

 主要な仲間達全員と共に黙祷を捧げる。

 亡き母に伝える事は山ほどあったけど、あの人は長話が嫌いだったので、要点だけ伝えて黙祷を終わる。

 故人を偲ぶにはかなり短い時間だが、古参の仲間達と私は同時に目を開けていた。

 皆母への印象は同じだったらしく、まだ黙祷を捧げている呂蒙や甘寧達の邪魔をしないよう、私達は声なく笑い合う。母の事で笑顔がこぼれたのは、あれ以来初めての事だった。

 

 

 母との挨拶を済ませた私達は、建業に戻る面々と南下をする面々に別れる事に。

 防衛のため建業へ先に帰るのは孫権、甘寧、周泰、呂蒙、魯粛、黄蓋となった。

 孫権は旗頭として、甘寧は孫権の親衛隊として、周泰は防諜役として、呂蒙と魯粛は内政要員として、黄蓋は万が一の軍事指揮を取る役割があった。

 ちなみに黄蓋は宿将面子とじゃんけんという先生考案の即決法で勝ち抜いた末の人員入りだ。

 その様子を見て、『年齢的にも馬上の旅って辛いものねー』と思わず漏らしてしまい、じゃんけんに参加した黄蓋、程普、韓当等の面子に殺されかけた。割と本気の危機感だった。

 あとは張昭なんかも年齢と肉体面を鑑みて帰還組に入れてあげたかったのだが、彼女の持つ知識、立場、家柄、交渉術、医術等は無二のものだ。なので老骨と幼体に鞭打って付いてきてもらわざるを得なかった。

 そう謝るように、労るようにして言うと、これまた殺されかけた。私達よりも深い医学知識を持つ張昭が本気を出すと、近付かれた瞬間指一本で制圧されてしまうのだ。

 そうしてあれやこれやと騒がしくしつつ、私達は再会を約束して別れたのだった。

 

 

 南下を再開した私達は、時間をかけて地盤を固めていく。

 まずは荊州を縦断して南海まで至る。道中村々の状況を聞いては問題を解決し、また交易路の確保も行う。そのまま揚州南部へ向かい、陸遜や張昭の出身である名家や元より孫家と深い関わりのある家々を訪ねて改めて協力を請うた。揚州北部は本拠近郊となるので丁寧にぐるりと周り、念入りに地盤を固めていく。

 

 ついでに先生の足跡を辿ってみたりしたが、長沙に向かったらしいという情報を最後に足跡は途絶えてしまった。入れ違いになってしまったのだろうか。建業に着いたら絶対に捜索隊を組んで見つけ出してやる。

 そんな決意を新たにしつつ、二手に分かれてから足掛け半年、私達はついに拠点となる建業へ辿り着いたのだった。

 

 

 最後は段々と進行速度が上がり、私達よりも十日程早く出立した筈の伝令役に建業直前で追いついてしまったのはご愛嬌。精鋭が乗るのに相応しい馬の素養と、精神が体力を上回っている状態が奇跡を起こしてしまった訳である。

 

 そんな訳で、夜半に建業へ着いた私達を出迎えてくれたのは、ぽかーんと呆けた門番だけだった。

 当然である、最新の情報が建業には伝わっていないのだから。

 彼らが知っている情報は一ヶ月前に出した、『最後の都市の視察が終った、今より急いで帰る。この書簡が届くだろう日から十五日後ぐらいに建業に付く予定』というものだろう。

 そして今は書簡が届いて五六日ぐらいしか経っていないと思われる、勿論出迎えの準備など終えている筈もない訳で。

 

 門番達ははっとした様子ですぐに門を開けてくれたが、なにやら様子がおかしい。

 なんだろう?と訝しみながら門をくぐった先、その答えはあった。

 暗くて見えにくいが、城まで続く道は綺麗に整えられながらも、その左右には紅白の装飾が散りばめられ、祝いの言葉が書かれた横断幕やのぼりがそこかしこに設置されている。城も遠くから見ても分かるぐらいに様々な飾り付けがされていた。

 なんと出迎えどころか祭りの準備をしていてくれたようで、街が祭りの色に染まりつつあった。

 

 ……なんだろう、すごく居た堪れない気持ちになってきた。

 後ろに従う仲間を見て、門を通してくれた兵を見て、全員がどうにも気まずいという顔をしているのを確認した。

 私は少し考え、決めた。

 

「皆、私達が今帰ったのは秘密。十日後ぐらいにこっそり城から抜け出して、改めて帰還するとしましょう」

 

 この提案は皆にすんなり受け入れられ、私達は寝静まる街を隠れながら進み、兵士以外に知られること無く入城するのだった。

 

 

 

 我らの城に入った私達はその場で解散し、城に用意された各自の自室に戻ることに。

 主要な場所とそれぞれの自室の場所だけ聞いて、皆は兵の案内を断った。勝手に急いで帰ってきて、すごく気を遣わせて、それでどの面を下げて真夜中に城内を案内させるというのか。

 

 皆気が削がれたようにふらふらと自室に向かっていく。

 帰還の宴をする雰囲気でもなく、また騒いで見つかって私達の存在が露見してしまえば折角歓迎の準備をしてくれている民衆の心意気に水を差してしまう。盛り上がれようもなかった。

 

 五日は自室に籠もる生活をしなくてはいけないのかーと思うと急に眠気が強まり、水浴びは明日でいいやーと私も直接自室へ向かう事にした。周瑜も同じ気分らしく、私の部屋とも近いので一緒に城内を静々と歩く。

 なんとも締まらないわねー、なんの為に急いで帰ったのかわからないなー、なんて話しながら歩いていると、明かりの点いている部屋が遠目に見えた。

 聞いた話だとあそこは我が妹の部屋である筈。

 こんな夜遅くにどうしたのだろう?と興味を惹かれ、私は気配を消してこそこそと部屋に近寄っていった。

 趣味が悪いな、と笑いながらも周瑜は付いてきた。似た者同士である。

 

 戸の前に近づくと、孫権の艶めかしい声が聞こえてきた。

「ねぇ、もう一回だけいいでしょう?」「このままじゃあ終われないわ」「負けっぱなしは嫌なの」「お願い、攻め方を変えるから」

 相手は、はぁ、という溜息の後、カタカタと何かを用意し始めた。

「ありがとう! 大好き!」「次は私から攻めるわ!」

 

 ……私は固まった。ギギギと後ろを向くと、周瑜も同じく固まっていた。

 ちょっと我が妹よ! いつの間にそんな積極性と経験を?! 相手は、相手は誰なの?!

 というか相手の野郎! 私の可愛い妹を抱けるというのに溜息とかこの野郎!

 というかカタカタって何を用意してるの?! 道具、まさか道具を使っちゃうの?!!

 もうこれは介入せざるを得ないでしょう! 可愛い妹を取られる不安とか、私だってまだなのにという嫉妬とか、どういう事をしようとしていたのか気になる好奇心とかでは決して無い。

 孫家頭領として、姉として、相手の男を見極めなければいけないのだ!

 私が再び周瑜の顔を見てみれば、周瑜は目を合わせて力強く頷いてくれた。うん、我が軍師もやってやれ! と表情で言ってる。これは全力で行かなければなるまいて。いざとなれば剣だって抜いてやるぞ!

 

 

「そこまでよっ!」

 

 私はばたんと戸を強く開け放って、中へ進入する。

 そこには二人の美少女がいて……あれ?あれあれ?もう一人の顔、私知ってる気がするんだけど?

 

「えっ、先生?!」

 

 後ろから覗きこんできた周瑜が驚きの声を上げる。

 

「お姉様? それに周瑜も?」

 

「ああ、やっぱりこの気配はお前らだったか。久しぶりだな」

 

 ええ、うん、先生よね、見間違える筈もないし、聞き違える筈もない。姿を見ただけで、声を聞くだけで涙が出そうだ。

 けど、でも、ちょっと待って欲しい。脳内が拒否している。

 

 あー、先生本当に美人、姿が一切変わってなくてすぐに分かったし、というか変わらなすぎじゃない?

 えっ、もしかして妹には女として二つも先を越されたの? 情けなさすぎ無い?

 って、二人の間に大きな象棋盤がある、駒も配置されてるし、あれ、もしかしてさっきの発言と音はこれの事?

 あっ、そういえば私急いで帰ってきたから体も髪も服もボロボロ、最近水浴びもそこそこだったし臭いも?

 これは……やってしまった?

 

 幾つもの疑問や感情が降って湧き、理解して受け入れていく度に顔色が変わるのが分かる。

 出会えた喜びの色、妹に対する怒りの色、誤解を理解した恥じ入る色、そして人前に出られない姿を好きな人に見られた絶望の色へ。

 

「うあーーーーっ、こんなの嘘よぉぉ! 夢に決まってるぅぅぅっ!」

 

 私はこれを夢だと思うことにして、背を向けて部屋から飛び出る。

 そして自室を目指して走りだした後ろ、周瑜も追従して走ってくる。周瑜としても好きな人にボロボロの姿を見せるのは嫌だという事だろう。

 けれど私と周瑜には決定的な差がある、全身を晒したか否かである。私は後ろを振り向き、周瑜の顔を覗き見る。そこにはただただ嬉しさに緩んだ顔があった。ちくしょう、理不尽過ぎる!

 

 そして綺麗に整えられた寝台の中に潜り込み、私は布団を被って呟く。

 これは夢だ……けど先生がいたのは夢じゃない方が……でもこんな姿を晒したのは夢であって欲しい……。と煩悶とする。

 

 ああもう、詰めの甘さに嫌気がさす。

 今まで全部上手くいっていたのに、最後の最後で本当に締まらない。


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