無茶な設定ですが、お付き合いして頂けると幸いです。
改稿済み。
時が止まったような錯覚を覚えた。
それは俺だけに留まらず、向こうの四人も同じだったようで、何とも言えない沈黙が周囲を包む。
長く艶やかな黒髪と美しい青い目が印象的な美女は俺を見てニコニコしっぱなしで、続きを語ってくれそうな雰囲気はない。
ここは俺が切り出すべきなのだろうか?
「あー管輅さん?俺があんたらの王子様っていうのはどういう意味だ?説明してもらえると非常に助かるんだが」
俺の切り出しに向こうの四人の時も動き出したようで、
「そうです管輅、一人で納得していないで説明をしてください!」
「うるさい于吉、今私は彼の未来を見ているの、邪魔をしないでくれるかしら」
「ぐっ、し、しかし」
「お願い管輅ちゃん、私達にも分かるように説明してくれないかしらん?」
「……もう、分かったわ、ちゃんと説明するから」
なんかイケメン眼鏡と褌マッチョの扱いが明らかに違うな。
「でも、先にどちらに対して説明をするべきなのかしら?」
こてんを首を傾げ、俺と四人に視線を彷徨わせる管輅。
色々気になるが、ここは大人の余裕を見せよう。
「人数はそちらさんのが多いし、お先にどーぞ。けど気にはなるから会話だけ聞いてていいか?」
「ええ、貴方も当事者なのだし当然よ。気になった事は後でまとめて聞いて頂戴。でもその前に」
管輅がこちらに近付いて来る。一瞬身構えるが、あまりの無防備っぷりに警戒を解く。
そして俺の目の前までやって来て、
「初めまして、私は管輅、しがない占い師をしているわ。どうぞよろしく」
俺に対して握手を求めるように手を伸ばしてきた。特に嫌な予感もしなかったので、素直に手を握る。
「俺は……蕭何と言う。よろしく」
軽くシェイクハンドをしたのだが、何だろうか、あまりに懐かしいやり取りで涙が出そうになった。
「唐突な申し出をするのだけど、貴方の過去を見させてもらっても構わないかしら?貴方が救世主であるという確信を得る為に是非お願いしたいの」
上目遣いでそう尋ねてくる。
救世主だとか、未来視過去視だとか、もはや何が何やら分からないが、ここまで来て拒否もないだろう。
振り返って見ても、俺は恥ずかしい過去など歩んではいない。ならば快く応じてやる。
「ああ、それで物事が円滑に進むのならば是非どうぞ」
「ありがとう。本来なら未来視同様過去視も離れていようと見れるの、だけど貴方は離れていると過去視が出来ないみたい。だから手を掴んだままで失礼するわね。人の人生を見るのはどれだけ長くとも五分はかからないから、少しの間我慢してくれるかしら?」
「よく分からんが分かった。大人しくしているよ」
彼女は俺の手を両手で包み、目を瞑ってしまった。
残された俺と四人は手持ち無沙汰で、なんとも言えない空気が周囲を漂っていた。
時間を有効活用するなら、ここで四人に話しかけて情報を手に入れるべきなのだろうが、目の前に居る彼女の妨げになっても困る。
向こうさんもそれを気にしてこちらに話しかけてこないのだろうし、ここはひたすら待ちだな。
…待つ。
……待つ。
………待つ。
って、ちょっと長すぎやしませんか?
アンタどれだけ長くても五分って言ってませんでした?かれこれ三十分ぐらい経ってるんだけど。
ほら、向こうもそわそわしだした。髪の毛逆立ててる目付きの悪い奴なんて露骨に貧乏揺すりして限界アピールしてるんだが!
少し言ってやろう!と思って彼女に視線をやると、彼女は一筋の涙を流していた。
突然の落涙にぎょっとする。
丁度のタイミングで彼女が目を開け、こちらに視線を向ける。俺は涙に驚いて彼女の顔を凝視していたから視線がぶつかった。
彼女の瞳には強い強い意志の光が見て取れた。
「やはり貴方こそ私達の救世主、白馬に乗った王子様でした」
「どうしてそういうファンシーな結論に至ったのか俺にはわからんが……どこまで見た?」
「貴方が川に落ちる所から」
「識とか言う奴に会った直後か、だったら四百年プラス繰り返しの分もあって長かっただろう?」
「はい、とても長くて重い、凄まじい記憶でした。私達よりも余程波瀾万丈で、強い諦観と倦怠の人生を突き進んでこられたのですね」
どうやら彼女は俺の全てを見たらしい。口調が変わったのが少し気になるが、突っ込んで良い所なのか判断に困る。
ともかく、俺の過去を見た上で好意的な反応をしてくるという事は、彼女は味方と確定して良さそうだ。
「……おい、あいつは今、識に会ったと言ったのか?」
「確かにそう言ってたわねん。識様の存在を知っているとなると、あの子は完全に管理者サイドの人間。しかも会ったと言うなら私達よりも上位権限者なのかも知れないわねぇ」
向こうも管輅の様子と俺の発言から、俺への警戒を取りやめたっぽい。
ふぅ、と人心地ついていると、管輅が俺の手を握ったまま四人の元へ歩き出した。
目の前まで来たのだが、彼女は俺の手を離してくれない。…まあいいか、役得だし。
「それじゃあこの方の説明と、彼の未来を見た時の光景を説明するわね」
俺を含め全員が固唾を呑み、管輅の言葉を聞く姿勢となった。
「蕭何様に先んじてお願いがあります。貴方には訳の分からないであろう言葉が続くと思いますが、後で全て説明しますので、まずはどうか聞く事に徹して頂きたいのです」
「おーけーわかった、話の腰はおらない。静聴させてもらうよ」
「助かります。そして管理者四人にも頼みます。驚愕や疑問はあるでしょうが、さっさと蕭何様に対して納得してもらい、先ほどの非礼を詫びてもらいたいので、建設的な質疑以外はしないで下さいね」
「ちっ、一々刺のある言い方をする。分かっている、もしも彼女が俺達の救世主というのなら、頭を地につけて謝罪しよう」
……彼女って。いや、ここで突っ込んだら泥沼のやり取りになる。我慢だ我慢。
激高した表情で口を開きかけていた管輅だったが、俺の様子を見て口を噤んでくれた。
「貴方は本当に…後で覚えていなさいよ……。
ふぅ、ともかく、要約して話を進めるわ。
彼!は劉邦の時代に降り、韓信、張良、蕭何の役割をこなして漢建国に携わり、国を安定させる為に後の二百年間を医学の進歩と人材育成に尽力。
その後、光武帝の教師をして彼の成長に寄与し、軍や資金を作り上げて彼の覇道を助けた。漢再興の手助けをした後は再び人材育成に二百年を費やした。
そして三国志突入直前に盧植を育て上げ、その直後にこちらに転移してきた。
これが極限まで端折った彼の来歴。
次いで私が見た彼の未来について話すわね。彼の未来はノイズが多くて詳細が分かるものは少なかった。
けれどその中に、私達の待ち望んでいた存在が映っていたわ」
「まさか!」
「ええ、劉備玄徳と呼ばれている少女がそこにはいたわ」
息を呑む音が聞こえた。
「これまで私達が血眼になって探していた最後のピースがこの外史に登場した。
これは彼の来歴と未来視からの推測なのだけど、蕭何様が積み上げた四百年があったからこそ、彼女は舞台に登場できたのではないかしら。
何らかの原因でこの外史の土台である歴史に欠損が生じてしまい、劉備は舞台に登場できなくなってしまった。それに気付いた識様が問題解決の為に蕭何様を呼び、歴史を修復させたのでは?と私は考えるわ」
今度は俺が息を呑む番だ。
長年の謎が解ける感覚に、背筋が震えた。
「それが本当なら、彼女、ではなく彼はまさしく私達にとっての救世主ですね」
「あくまで推論に過ぎないけれど、そう外れていないと思うわ。
そして蕭何様の役割なのだけど、私達とは少し違う割り当てがあるかも知れない。
私が見た光景で、蕭何様は表舞台で多くの人と関わりを持っていた。だから恐らくなのだけど、蕭何様は北郷一刀と同じ観測者の役割を持っているのだと思う」
……北郷一刀、ね。
消えかけている遠い記憶にちりちりと反応するその名前、この状況。
思い出すべきなのだろうか。いや、今は話を聞く事に集中しなくては。
「ぬぅ、どれも吉報に近い知らせではあるが、些か処理が追い付かん。それに蕭何殿についても気になるな、推論ばかりで彼が本当に管理者なのか判断がつかん」
「確かに識様からも情報が降りて来ないのは気になる所ねん」
「情報が降りてこようがきまいが関係ないわ。彼は間違いなく物語のキーパーソンであり、仲間よ」
「あら~、いつも冷静な管輅ちゃんらしからぬ強情さねぇ。も・し・か・し・て?」
「違う!そんなんじゃあ!……失礼。蕭何様、貴方の悲願はなんですか?」
「悲願?んー今の所三国志の英雄達を見たいって願望はあるけど、悲願とは言わないよな。
ならあれだ、識が言ってた使命ってのをさっさと終わらせて、普通の生活を送りたいってのが悲願かな」
「やはり私達は仲間です。私達も延々と続くループを終わらせる為に尽力しているのですから」
「ああ、そうなんだ、だったら確かに手に手を取り合える仲間って言っても良いな」
「あらあら、既に手に手を取り合ってるのに、今更何を言ってるのかしらねぇ」
「貂蝉何を言って!…あっ、こ、これは流れで、離すのを忘れていただけで!」
「からかってごめんなさいねぇん。あんまりに可愛いかったから、ついねぇ」
「ぐっ……私もちょっと変に熱くなったわ。今までのやり取りは忘れてちょうだい。
とにかく!これで彼と劉備についての説明と報告は終わりよ。私はこれから皆の未来を見るから、その間に蕭何様と自己紹介を済ませてちょうだい、説明も任せるわ。後は左慈、きちんと彼に謝りなさいよ」
「わかっている。二言はない」
そう言って管輅は手を離し、皆と少し距離を取った。
「それじゃあ集中したいから少し離れるわね、卑弥呼から来て頂戴」
その声を受けて弥生式キン肉マンが管輅の元へ歩いて行った。
「逃げちゃったわぁ、ほんとに管輅ちゃん、急に乙女になったわねん」
よく分からんが、貂蝉と呼ばれた筋肉特盛りビキニが乙女を語るのは納得がいかんなー。
白が使命について分かったという回でした。
次回は呉への取っ掛かりを作る回です。