今昔夢想   作:薬丸

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改訂済み。
ダイジェストと超展開、この小説の醍醐味が詰まっています(震え声)


21.歴史を駆ける不老不死

 同窓会から数ヶ月、俺は長安へと引っ越しをしていた。

 仲間達の子孫を見守るという約束を守る為、そして俺の容姿が変わらなすぎると漢中で怪しまれ始めた為だ。

 

 医聖と呼ばれ、気を操る達人である張術先生ですら老いの魔の手から逃がれる事が叶わないというのに、隣にいる誰だか分からない女っぽい奴が老化していないのは何故だ?とついに疑われ始めたのだ。

 愛する先生が俺を優先して一ヶ月以上も授業に穴を空けた僻みが爆発した結果なのだろうけど、彼らの糾弾は最もだ。

 解剖させろ!とか言う声も上がり始めたので、俺は早々に漢中から逃げる準備をし始めた。

 解剖させろと言った生徒は喜和直々に漢中から叩き出したのだが、どの道このままではまた同じ声が上る、だから俺はさっさと長安へと向かう事にした。

 長くを過ごした喜和との別れは寂しかったが、俺がこの異常を抱えている限りいつかは訪れる別れだったのだ。それに対する覚悟はとっくに決めていた。

 

 旅立つ当日、喜和には新調した手術道具一式とアンチエイジングの知識を詰め込んだ本を餞別に贈った。

 メスなどは手ずから鍛造した渾身の作品達だったが、喜和にはアンチエイジングの本の方が喜ばれた。

 うん、分かっていたけど納得は出来ない。

 

 彼女からも餞別を貰ったのだが、なんと項伯さんの描かれた部分の銅板だった。色々な伝を頼って、先日ついに一枚手に入れたそうだ。

 俺の送った餞別が霞むレベルのサプライズプレゼントだった。

 早くも一枚だ、なんだかこのまますんなりと全員分の銅版がゲット出来そうな気がしてきた。

 旅立ちを前にして高揚を隠せない。本当に良い餞別を貰えた。

 俺は改めて礼を言い、別れを切り出す。

 これが二人の最後の顔合わせになったとしても後悔が無いよう、お互いに笑顔で言葉を交わす。

 

「さよなら、俺の最愛の弟子」

 

「さようなら、私の最愛のお師匠様。いずれ貴方の高みに至り、絶対一人にはさせません。来世など待たなくても良いようにしますから!」

 

「俺の寂しさを紛らわせてくれたのはいつもお前だった、だから、信じて待っている」

 

 こうして俺は漢中を離れ、長安へと拠点を移したのだった。

 

 

 喜和との別れから、十年の月日が経った。

 劉邦様という綺羅星の下に集い、戦乱を共に駆け抜けた仲間は皆亡くなってしまった。

 勿論彼らの葬式には全て参列した。

 関係者としてではなく一般人に混ざっての参列だったのだが、全員が民に惜しまれつつ亡くなったのを直に感じれた。

 死ぬ直前まで国に尽くし、家族に尽くした彼らを救国の英雄と信じぬ者など大陸全土を探してもいないだろう。

 皆、立派な最期だったよ。

 

 

 

 皆との別れから更に五年が経った。

 俺は彼らの墓参りをし、最後に結んだ約束を無事果たす事が出来そうだと伝える。

 彼らの子供たちの奮迅ぶりと言ったら凄まじいの一言だった。

 特に話をしたお孫さん達は後世に残るぐらいの活躍を残し、国としての形態を守り通した。

 

 だから俺も思う存分彼らを支えよう!と思ったのだが……どうやって彼らを支えるのか、という問題が浮き上がってきた。

 俺が直接中央に馳せ参じるのも違うだろう、彼らは十分にやっている。そこに俺がのこのこ出て行ってどうするのか。

 

 なら次に必要なことを先回りしてやり易くしてやろうと考えた。

 中央集権化はうまくいった、だから次は地方の活性化が重要になってくる。なら以前喜和と行った治療と世直しの旅的な事でいいのでは?と思ったが、俺個人が目立つので却下。

 俺ではなく官吏の人間が目立たなくては体制が揺らぐし、不老の俺が目立つのは控えなければ。

 

 色々考えた結果、各地を転々として私塾を開き、人材を育てて国を支えようと思い至った。

 なんとも遠巻きというか遅蒔きというか、しかし制約の中ではこれ以上の手が思い付かなかったので、とりあえず行動してみた。

 

 

 

 五年後、なんとか長安で私塾を開く目処が立った。

 利発そうだったり、覇気が微かに感じられたり、貧しくて売られそうになっている子を適当に私塾に誘った。

 勿論そのままでは家の事情などで塾に来れやしないので、学が欲しいと希望しても家に縛られそうな子や人には金を払って人生丸ごと買い取った。

 かなりの額が飛んで行ったが、盗賊狩りなり村医者なりをすればすぐに回収できる自信はあったので良しとする。

 

 そして集めた者達には三年間徹底的に学ばせた。

 教育に関しては喜和の授業を間近に見ていたので、要領は心得ている。

 医学、政治経済学、農学の座学を二日、実践を一日、生徒の望む授業を三日、休みを一日取る。そんな七日間をルーチン化。

 成績の良かった者には休みの日にお小遣いを多めに渡して好きに買い物をさせた。競争力をつけ、実際の経済に触れさせる為だ。

 そんな風に微に入り細に入り学ばせれば、職人制度にも官吏登用試験にも上級で合格する子達続出である。

 

 育て上げた十人は全員が得意の分野で評判の良い所に就職する事が出来た。

 最後の人間が官吏試験で合格した時には、皆感動して泣いていた。

 うんうん、教師冥利に尽きる光景だねぇ。

 

 そうして最後の締めである私塾解散の際、俺は生徒達に俺特製の割符を渡して言った。

「就職したら頑張って仕事に従事しろよ。そんで三年後に俺はまた私塾開くから、見所のある奴に割符を持たせて俺の所に寄越せ。年も性別も得意な分野も関係なく有望な奴だったら誰でもいいから。多分次は沛県辺りだからよろしく。あっ、俺のことは秘密な!漏洩厳禁!」

 要約すればそんな感じ。育てた恩としては安いと思うし、最悪寄越して来なくても構わない。また同じやり方で集めれば良い訳だしな。

 

 

 

 三年のインターバルを得た俺は、沛県に向かう前に漢中に向かった。

 喜和と行っていた一年に一度だけの手紙のやり取りが、ここ二三年滞っていたので心配になったのだ。

 最悪の予想を立て、恐らくそういう事なのだと覚悟を決めて漢中へと進路を取った。

 

 

 漢中に入り、喜和がやっていた医学院に行ってみると、そこに彼女の姿はなく、学院長は別の人物が務めていた。

 確か彼女は喜和が可愛がっていた一番弟子だった筈。

 彼女もこちらを覚えていたようで、俺の容姿を見て表情を驚きに染めたが、納得といった表情見せた。

 彼女に喜和について尋ねると、一枚の手紙を渡された。

 クシャクシャになっている手紙には、たった三文だけが綴られていた。

『ごめんなさい、今までありがとう、また来世で。喜和より』

 震えた筆先で書いたであろうブレた文字に、涙で滲んだ跡まである。手紙がクシャクシャだったのは目の前の女性のせいではなく、書いた時の喜和の状態が悪かったのだと理解した。

 恐らく喜和は限界まで諦めなかったのだろう。でも本当にどうしようもない最後の最後で、筆を執ったんだろう。

 そんな気持ちと姿が手紙から伝わってきて、涙が溢れる。

 覚悟はしていた、だが俺を白と呼んでくれる人はこの世界にいなくなってしまったという実感はあまりに重く、飲み込むには複雑過ぎた。

 俺が必死に感情と向きあう中、一番弟子の女性が口を開いた。

 

「先生は貴方に追い付く事に必死で、医を極め、気を極め、それでもなお足りぬと呪術や呪法など外法にまで手を染めました。勿論人道に悖る所業はなされませんでしたが。

 しかしそこまでしても貴方に届かなかったと言って、死の直前にその手紙を書かれました」

 

「……そうか、やはりあの子は最後まで諦めていなかったのか」

 

 俺の独白に、一番弟子の女性がきっと俺を睨みつけた。

 

「……私は貴方が憎いです。

 本来ならば先生は、失意の中で死ぬ謂れなど一切無かった。

 大陸の歴史上最も多くの人命を救われた方だ。大陸全ての人間からの敬愛と悲哀を受け、誇り高く見送られるべき方でした。

 なのに先生は死の直前まで自室に篭って研究を続け、一人寂しく亡くなられてしまった。

 貴方との約束の為に、大叔母は全てを捨てなきゃいけなかった!」

 

 彼女の言葉と感情が俺の心を抉る。

 それに対して、俺は何も言えなかった。

 

「……」

 

「……申し訳ありません。言うべきではない事を、言ってはならぬ方に言ってしまいました。お許しを」

 

「許すも何もない。君は間違った事など言っていない」

 

「間違いだらけです。

 亡くなった先生の思いよりも、私の感情と主観を話してしまいました。

 私よりも余程長く、深く付き添われた方にしてよい発言ではありませんでした。

 自身の未熟を恥じ入るばかりです」

 

 本気で反省している様子の彼女にかける言葉がしばらく見つからず、結局俺は気になった事を聞いた。

 

「…大叔母と言っていたが、君は喜和の親族なのか?約束について知っているのか?」

 

「母の母の妹が喜和先生になります。貴方についても、約束についても知っています。

 貴方についてしつこく聞き、色々な推論を並べ立ててたまたま当たりを引き、秘密厳守を前提に貴方について教えてもらいました。

 約束については、貴方について教えられた時に惚気として聞きました」

 

 そうか、確かに少し面影があるかも知れない。

 俺について知っているのも別に構わない。当事者に語られる以外に信じられる話じゃないし。

 

「喜和と血の繋がりを持ち、彼女と親しい仲であり、俺についても約束についても知っているのなら、君以上に俺を責める資格を持つ人間は居ない」

 

「いいえ、貴方を責める資格など誰も持っていません。

 私以上はいないと言いますが、本当にもう駄目だという所で震える手で筆を執り、涙を流して手紙を書き終えられ、他人に手紙を託さざるを得なかった先生の気持ちを、私は未だ真に理解する事ができていません。

 そんな私が先生と貴方についてどうこう言う資格などありはしませんよ」

 

「……そうか」

 

 そして気まずい沈黙が二人の間を支配する。

 しばらくして、ですが、と彼女は続けた。

 

「先生の気持ちは、おそらく私の最期の時までわからぬままでしょう。

 ですが私は、私達は、先生の居た場所には今生で辿り着いてみせます。そしてゆくゆくは貴方にまで至ってみせる」

 

「君にはそれが出来ると?」

 

「私を含め、先生の薫陶を受けた者の誰もが先生ほどの才もなく、時間もありません。

 ですが私達は個人の時間ではなく、連綿と続く人の積み重ねを持って、貴方の居る場所まで辿り着きます。

 先生の約束と覚悟を、失意のままで終わらせる物ですか」

 

 不老へ至るなど不可能だ、これより二千年先の医学ですら届いていないのだ。だが、

 

「そうか、喜和の悲願が叶うことを待っているよ」

 

「ええきっと、いつか必ず果たして見せます」

 

 宣戦布告のような誓いをした彼女の表情は、喜和が最後に見せた挑戦的な笑顔に良く似ていた。

 不老は無理かもしれない。けれど彼女は、彼女達は医を更なる高みに導いてくれる事だろう。

 そんな確信が芽生えた出会いと別れとなった。

 

 

 

 漢中を離れた俺は適当に金と善行と鍛錬を積み立てつつ、沛県に向かった。

 沛県に着いた俺は、私塾を開くのに適当な場所を確保し、始まりの村に行った。

 

 行商人以外はほとんど立ち寄る事のない村に来た俺に、村人たちは訝しげな表情を見せる。

 誰も俺を知らないという事実に悲しくなるが、やるべき事だけさっさと済まそうと、お婆さんのお墓の前に立った。

 語る事は多く、気付けば一日中お墓の前にいた。まだまだ話し足りなかったが、村に宿泊施設などあるわけもなく、沛県に戻らなくてはいけない。

 沛県に戻った俺は適当な仕事をこなしつつ、定期的にお墓に手を合わせに行き、残る期限の一年を待った。 

 

 そして私塾解散から二年半、割符を持った生徒がちらほらと集まりだした。

 十人に渡した割符、戻ってきたのはなんと十人分。驚きの回収率百%だった。

 沛県でスカウトした人数を合わせて今回は十五人、しっかり育てていきましょう。


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