今昔夢想   作:薬丸

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改稿済み。


15.一時の別れ

 

 

 三日で全ての準備を終えた俺達は、出立の挨拶周りをしに行った。

 周勃さん、夏侯嬰、ハンカイさん、ロワンさんと言った古参仲間から、陳平さん、項伯さんなどの俺の秘密を知る仲間にだけ、別れの挨拶と共に手紙と贈り物を渡して回る。

 手紙には思い出話や改めてのお礼、役職に対するアドバイスなんかを書き綴り、贈り物には剣などの実用的なものから、子供がいる家庭にはおもちゃを含めた子ども用品などを自作して渡した。

 

 もしこのまま死に別れたとしても後悔がないようにと、俺なりに精一杯のお礼をする。

 

 仲間達も色々と用意してくれていて、お酒や珍味、意匠を凝らした衣服に装飾品、俺達だけにわかる詩等など、非常に嬉しいサプライズプレゼントをしてくれた。

 

 皆と涙ながらのお別れをして、残るは劉邦様だけとなった。

 隣では張術が目を回している。

 

「いやはや、蕭何様の気に当てられてから、強い気を前にすると目が勝手に機能してしまいます。

 大乱の英雄方は纏う気も大きく鮮やかで、師匠の気を見て触れていなければ、彼らに圧倒されて泡を吹いて倒れていたかもしれません。

 そして最後の大トリは劉邦様ですか。

 すぅはぁ、すぅはぁ……あー深呼吸でも駄目です。扉を挟んでも圧倒的な気配が伝わってきて、私今ものすごく慄いておりますでござる」

 

 深呼吸をし、心の中をあえて言葉に表現して緊張を緩和させてなお、まだ全身が微妙に震えている。

 

「そこまで緊張するもんかね?」

 

 俺はここ数日ですっかり敬語をやめていた。ついでに男ということも打ち明けたので、張術相手にはかなりぞんざいな言葉遣いになっている。

 

「はい、気の量と質が他の方とは桁が違います。量だけならば師匠に匹敵しますし、私には気質が七色に映るのですが、とても特殊な色彩をしておられます。

 大体の人間は二、三色、極稀に四色が混じり合う形で個人の色を形成しているのですが、劉邦様は七色全てが混じり合っておられます。

 更に驚くべきは色味の調和です。

 二色よりも三色、四色を持つ方は傑物が多いのですが、多色が混ざりあえば調和は難しく、いわゆる雑味が増します。それは頑迷さ、奔放さ、傲慢さといった悪い面で現れるのがほとんどなのですが、劉邦様にはそういった気質の雑味が一切見られません。

 七色持ちで見事な調和。彼女が国の頂点に立った理由がよくわかります。色を全色持っていると言う事は、万人を惹き付けて止まないという事ですから。

 しかし人が無意識下で感じる好ましい気配を、私は目で捉えてしまいます。そうするとやはり、どうしようもなく萎縮してしまうんですよ。近寄ったら引き込まれてしまいそうと感じてしまったり、巨大な質量を前にすると威圧されてしまうように感じてしまったり」

 

 誰に聞かせるでもない早口での分析は中々に的を射ていた。

 

「ふぅ、色々言って少しだけ落ち着きました。師匠、行きましょう」

 

 その声を受けて俺は扉を数度叩いた。

 中から入って来い!と威勢の良い劉邦様の声が聞こえる。

 俺は扉を開け、中に入った。

 部屋の中には劉邦様が一人で待ち受けていた。ありゃ、てっきり呂雉も一緒だと思ったのだが。

 

「よく来てくれたな」

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

「ここには堅い呂雉もいないんだ。いつも通りにしてくれ」

 

「そうですか、助かります。しかし呂雉さんは何処に?」

 

「まあ適当な用事を押し付けて子供を連れて街に行ってもらったよ。

 未だお前に思う所があるあいつが一緒にいると気まずいだろ?

 ……しかしお前の隣にいる娘っ子は呆けてどうしたんだ?」

 

 隣に目をやると、俺と会った時そのままの張術がいた。

 

「ああ、この子は気が可視化出来るそうなんですよ。劉邦様の気は扉越しでもとても大きく眩しく映ったらしいので、実物を前にして当てられてしまったんでしょう。

 よっと」

 

 そのままでは会話に支障が出るので、張術に活を入れる。

 

「はっ、またやってしまった!覚悟していたというのにこの体たらく!張術一生の不覚であります!申し訳ありません!」

 

 平伏しようとする張術を劉邦様は軽く手を降ってやめさせる。

 

「気に当てられたという事は、気を抑える技術が未熟な私に原因があるのだろう?ならば謝る必要もあるまい」

 

「いえ、全ては私の未熟による所であります!」

 

「ふむ、中々に意固地だな。ともかく平伏は良い。

 なによりもまず私はお前と目を見て会話がしたいんだ。

 気が眩しいとの事だが、どうにか私を見ることは出来るか?」

 

「はっ、どうにか。少し目を細めてしまうのをお許し下さい」

 

「それぐらい非礼にも思わんさ。では落ち着いた所で自己紹介といこうか」

 

「はっ、数々の失態に対するご寛恕、誠にありがとうございます。

 私は張術と申します。故郷は漢中の小さな村出身で、代々薬師を生業とした家に生まれました。そういった家系に生まれ、特殊な目を持ち、蕭何様の指南書のおかげでなんとか医術上級試験を合格しました。

 そうして医術上級試験初の合格者として蕭何様にお目をかけていただき、今ここにいる次第でございます」

 

「ふむ、真っ直ぐな目をしているな。

 ……蕭何の旅に同道する事を許可しよう」

 

 劉邦様のお墨付きゲット、張術は本物の優良物件だったようだ。

 

「ははっ、有り難き幸せ」

 

「一先ず張術との話は終わりだ。次いで、蕭何」

 

「はい」

 

「お前とはあらゆる事を既に語り尽くし、別れも済ませた。これ以上の語りは不要だ。というか、気を抜くと別れを惜しむ言葉が零れてしまいそうだ。

 だからさっさと物だけ渡す」

 

 そう言って手渡されたのは一通の手紙。

 

「私は送別品合戦に出遅れてしまって、他の奴らにお前の好きそうな物を全部先に用意されてしまった。

 品が被ってしまっては荷物になりかねない。だからこれ一本に絞ることにした。

 二年前から夜毎にあーではないこーではないと考えて文字を綴った、故に込めた思いは全ての品に勝ると自負する。

 受け取ってくれ」

 

「喜んで受け取らせてもらいます。では私からも」

 

 俺は手紙を大事に懐にしまう。

 そしてお返しにと用意していたプレゼントを取りに廊下に行き、置いていた複数枚の銅板を部屋に持ち込む。

 劉邦様はなんぞや?と首を傾げていたが、俺は構わず銅板を床に並べた。

 

「これは……なんと」

 

「ふわぁ、すごい精密な絵ですねぇ」

 

 

 俺自ら鍛造し、磨き上げた銅に、ちゃんと個人が識別できる程に精密な絵を描き込んだ。しかも一枚一枚は独立した人物絵なのだが、集合させると祝宴の様子になるという大作がそこに出来上がっていた。

 

 

「あれ、でもこの絵、真ん中辺りが丸く抜けてますね」

 

「そこにはこれを」

 

 最後のピースとして磨きこまれた銅鏡をぴたりとはめる。

 

「何故銅鏡を?というかこの絵には蕭何がいない?」

 

「あーそれはですね……」

 

 

 俺が絵の中にいないのは、あの時目に焼き付けた光景をそのまま描いたからだ。

 

 完成した絵を夏侯嬰に見られ「どうして白さんはいないんすか?」と聞かれたので「俺は作者だから描かないだろ?」と普通に答えたら「白さんは肝心な所で抜けてるっすね。劉邦様が一番欲しいのは白さんの姿っすよ」と呆れ顔で諭された。

 

 全くの正論である。これからさよならする人間の姿こそ収めないでどうすんだよ。

 

 そんな当たり前の事に気付かされたが時既に遅し。綺麗な長方形になるよう計算して作ったので、銅板を新しく追加すると不格好になってしまう。

 開いたスペースを利用してどうにかするしかないのだが、銅板に描かれた絵は完成されているので、俺を無理やりねじ込もうとすると、談笑に交じりきれず、背中越しに話を聞いてる哀れなぼっちが追加されるだけなので、何か工夫しなければいけなかった。

 

 さて何か妙案はないか。と考えた末に、集合写真の休んだ人間が乗る例の枠で誤魔化そうと思い至った。

 とはいえ丸く切り抜いた箇所にそのまま顔を載せるのはあんまりなので、絵を飾る装飾品として表面を鏡に、そして裏面は俺と劉邦様の絵が描かれているという銅鏡をはめ込むことにした。

 裏面に描かれた絵は、最初のループを超えた時の劉邦様と俺が馬上で誓いを立てたシーンである。

 

 普通に見せるには気恥ずかしい絵と誓いの言葉が描かれているので、何も言わずに鏡面部分だけが見えるようにさっさとはめ込んだ訳だ。

 

 

「皆の姿を書くのに夢中で自分を入れ損ねてしまったのです。完成した後にその事に気付き、描き加えようとですが、どう考えても不格好になってしまうので、次善の策としてこの表の絵に不自然とならないよう銅鏡を拵え、その裏に私の絵を入れたのです。

 絵は私が退室したら見て下さい」

 

「今見るのは駄目か?すごく見たいんだが……」

 

「今は少し…張術もいますから」

 

「そうか、今は我慢しよう。

 ……ならばこれでやる事もやったな。

 本当にお別れか」

 

「ええ、お別れです。ですが一生会えないわけではありません。私達には約束があります、貴女が呼んでくれるなら私はいつでも駆けつけます」

 

「有難う、その言葉があるだけで万難を排する力と勇気が湧いてくる。

 一時のさよならだ、白」

 

「ええ、一時のさようならです、灯華様」

 

 俺達はしばし見つめ合う。これ以上は名残惜しさが勝ってしまう、という限界まで見つめ、背を向けた。

 俺と張術は静かに退室しようとして、

 

「あっ張術、少し待て、お前ともう少しだけ話がしたい。白はそのまま部屋を出ろ。立ち聞きは許さん」

 

 びっくぅぅぅと張術の身体が跳ねた。

 

「あの、私に何か…?」

 

「良いから良いから、一分もかからんよ」

 

 俺はその様子に少し不安を覚えつつも、そっと部屋を抜けて部屋から距離をとった。

 そして本当に一分かそこらで張術は出てきた。

 が、なんかすげー震えてるんだが?

 

「張術、なんかあったのか?」

 

「いえ、何も、何もありませんでしたとも……」

 

「いや、その様子で何も無かったとは」

 

「本当になんでもありませんから!ただ、蕭何様は愛されておいでだなーと」

 

「ああ、あの人、未だに俺を娘っ子だと思ってるから、すげー過保護なんだよな。大事にするように、とでも釘を差されたか?」

 

「そういう意味ではない厳重な釘刺しはありましたが……まあともかく何はともあれ!旅の始まりですね!」

 

「ああそうだな」

 

 何かぼかされた感じだが、まあいいか。

 こうして俺達の旅は始まるのだった。


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