今昔夢想   作:薬丸

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あまり伏線らしいものが無い回。
次回で過去編終わりです。

改稿済み。


14.唐突な出会い

 あの祝宴から二年が経った。

 表立った反乱などはほとんど起こらず、統治も国の整備も計画通りにどんどん進んだ。

 だからこそ仲間は増え続ける仕事に追われていた。

 あれから仲間達と一堂に会する機会を持てていない、仕方ない事とはいえ、かなり残念だ。

 

 俺はひたすら机に向かい、法整備、経理の潤滑化、人事差配、論功行賞の褒美を誰から優先して行うかといった現状必要な調整を行いつつ、俺がいなくなった後にも必要になるだろう、王位継承、行政、農業、医療、外交等の指南書を書き続けていた。

 

 仲間たちその間それぞれの立場で仕事に励んでいた。

 劉邦様は毎日引っ切り無しにやってくる者達と謁見していたし、武将達は再編された部隊の調練を行い、軍師や政治家といった文官達は俺の手足として各地、各部署へと走り回されていた。

 

 

 そうやって働き詰めの毎日を二年間送り、ようやく色々な事に目処が立ち始めた今日この頃。

 俺は机に向かって作業をしながら感傷にひたっていた。

 

 11年、長かったようで短かった。これまでの期間はまさしく波瀾万丈一気呵成疾風怒濤と言えた。

 楽しかったことも多く、苦しかったことも多く、語るには笑みを浮かべながら涙を流さなければいけないだろう。

 

「白さん、失礼しますよ。医術試験についてお知らせしたい事があるのですが……。

 って、また奇妙な事をなさってますね」

 

「あ、光琳さん、お疲れ様です。これはあれです、ちょっと昔を懐かしんでいたんです」

 

「確かに苦楽共に多大ではありましたが、微笑と苦笑を混じらせながら涙を見せるのはちょっと気持ち悪いですよ」

 

「あっ、本当に出来てました?自分でも驚きです。

 それで、何かありました?」

 

「ええ、医術試験で初めての上級合格者が出たと伝えに来たんです」

 

「おお!それは予想外ですね!医術部門からの上級合格者はあと五年は出ないだろうと諦めていたんですが」

 

 この二年の間にやった政策に、職人認定及び保護政策というのがあり、その中に才能発掘プロジェクトというのがある。正式な名前はもっと複雑だけど、成り上がり認定とか誇り打ち砕き認定とか皆適当な名前をつけていたりする。

 

 ともかく職人認定とは、様々な分野の職人をその腕と知識によって下級、上級、特級というランクに別けるシステムだ。

 認定された者には国からの認定証が送られ、税収が少し安くなるとか、街から街への移動がしやすくなるとか、少しだけ優遇措置が受けられる。まあそっちはおまけで、国に正式に認められるというのが大きい。

 

 そして才能発掘プロジェクトの中に、認定試験で合格まで後一歩!という者達だけにこっそりと俺謹製の指南書の書き写しをさせ、それを元に修練を積んで再挑戦して貰おうというものがある。

 

 基本的には独学の者を支援する為の物だったのだが、いつしか指南書欲しさにわざとギリギリで落ちるなんて真似をする者が出てくる始末。

 まあ書き写す為の竹簡の用意も、書き写しも自分達でやらせているので、こちらの忙しさが増すわけではないから好きにさせている。

 

 もし書き写した物を市井に売ったと知られたら認定試験が受けられなくなるので、今のところ売られたという報告は受けていない。知識の拡散は望む所だが、劣化コピーからの生兵法は怪我しかしないので、ある程度は管理しないといけない。

 

 

 まあそんなこんなで、試験を受けるのに少額の金銭、物品こそ必要だが、取る事に関してメリットしかない職人制度は職人にも市井の人々にも多く受け入れられているというのが現状だ。

 

 ゆえに三ヶ月に一度の国家認定試験には多くの人間が試験を受けに来る。

 ここ二年の試験成果としては、料理人、鍛冶師、教育者などが今までの積み重ねを活かして、下級は続々、上級もちらほらといった感じで順調に出てきていた。

 だが何より重要な医療関係の試験は下級でちらほら、上級はさっぱりと芳しい結果が得られなかった。

 

 怪しい家庭医学、正誤入り乱れた漢方の薬学、効いているのか定かではない気を用いた治療が横行している現在、合格者はかなり少ないと覚悟していたのだが、まさか下級ですら合格できる者が少数だとは計算外だった。

 

 

 これを機に医療に関して学んでくれれば良いかーと長い目で見ようと思っていた矢先の吉報で、喜びは一入である。

 

「はい、それでですね、その合格者が指南書を書いた人物に会いたいと申し出があったそうです。

 訳あって出来ないと断っても門の前を頑として動かず、会うまでは帰らないと言い張ってまして。

 貴重な医術上級合格者なので強行な対応も難しく、どうしたらいいのか、と今朝門番から奏上がきました」

 

「それはまた随分威勢の良い人ですねー。

 ……よし、会いましょう!」

 

「良いんですか?今までそういった類の物は断ってきたのに」

 

「仕事も一段落つきましたし、少し考えがありまして。

 ここに直接ではまずいので、資料室にでも通して置いてください」

 

「わかりました、では呼び入れを許可してきます。私はそのまま仕事に戻りますね」

 

「わざわざすみません。曹参さんも忙しいでしょうに」

 

「ははっ、貴方ほどではありませんし、ついでだったので」

 

「ついでですか?」

 

「はい、白さんに少しお願いがありまして。

 旅に出られる際、その行き先をまず私の故郷にして頂きたいんです」

 

 それだけでピンときた。

 

「もしかしてお婆さんの容態が?」

 

「病気をしたとかそういう訳ではないんですが、身体の弱りを実感する事も多く、寝る時間が日増しに伸びてしまっているからか、どうにも気持ちが弱っているらしいのです。

 老衰は仕方ない事と受け入れているとはいえ、やはり寂しいと周囲にはこぼしているようです。

 私がまず駆けつけるべきなのでしょうが、半年前に行った時は逆に気を遣われて仕事に戻れと叱咤されてしまいました。また私の仕事も詰めの段階に入りつつあるので、長く場を離れるのが難しいのです。

 母が気を置かずに接する事が出来て、長期逗留も可能で、医学の心得があるとなれば、もはや白さん以上の人選はないでしょう。

 なので、是非にとお願いに来たのです」

 

「そうでしたか、わかりました。行き先はまだ決めていませんでしたので、丁度良かったです。

 ああしかし、これで出立に必要なものは全て揃ってしまいましたね」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ、迷っていた最初の行き先が決まり、旅に必要な道連れも出来るかも知れないのです。今こそが好機というものなのでしょう」

 

 だらだらと未練たらしく、仕事を無理やり見つけ出しては出立を引き伸ばしていたが、それももう終わりだ。

 そろそろ新しい一歩を踏み出さなくては。

 

 

 

 

 

「やあやあやあ、ありましたぞ第九資料室。ここにかの神仙と謳われた蕭何様がおられるのかぁ。しかし指南書の著者を求めて蕭何様の場所まで連れてこられるとは……まさか蕭何様が著者であらせられるのか?だとしたら蕭何様とはどれだけの偉人なのか。

 って指南書の著者に会うってだけでも緊張してきてるのに、蕭何様と対面するってどういう事よ。あー手汗がすごい、喉乾いてきた。帰りたい。ってダメダメ落ち着け私。なんの為にここまで来たんだ。ってせっかく作り上げた役人っぽい演技が台無しになってる…」

 

 扉の前でしばらく立ち止まっていたので、どうしたのだろう?と気で聴力を強化して聞き耳を立てていたのだが……なんとも面白い人とわかってしまった。

 

「すぅーはぁーよし。

 頼もう!自分は張術と申す者!文官殿に言われてここまで参りました!入室しても宜しいでしょうか!」

 

 聞き耳の内容があまりに面白かったから、反応が少し遅れてしまった。

 女性が持つ甲高いソプラノボイスの大声が、強化された耳に直撃した。

 

「やっちまった」

 

 気の強化を解き、ぐらぐら揺れる三半規管の治療に気を回す。

 少しマシになった所で、また小声で何か言っているらしい彼女へ入室の許可を出す。

 

「入っていいですよ」

 

「あっ、はい!失礼致します!」

 

 ふむ、随分若いな。歳は10代前半か後半に見える。女性の平均身長より小柄で顔立ちも可愛らしい感じなので、年よりも若く見えるという奴かも知れないが。

 なんにしろ上級合格者という事でもう少し年嵩だと勝手に思っていた。

 

「初めまして、私は蕭何と言います。私に用という事をお伺いしましたが、どういったご用件でしょう?」

 

 ともかくここは先制攻撃で主導権を握ろう。

 向こうから無理を言ってきたというスタンスの確認をしつつ、敬語を使って身分を錯誤させてみる。

 俺の容姿は大分若く見える、その事について驚くだけなら重畳、もし侮ってくるなら…ある意味話が早い。

 

 さて、彼女はどう返すだろう?

 彼女は俺の顔を見るなり、愕然とした表情を浮かべた。しばし時が止まったかのように彼女は驚いた表情のまま固まっていた。

 一分経ってもそれ以上のリアクションがなかったので、俺はあまりの居た堪れなさにこほんとわざとらしく咳をした。

 すると彼女はすぐさま気を取り直し、慌てた様子で平伏する。

 

「あいやこれは申し訳ございませぬ!あまりの美しさに目を奪われてしまい、名乗りと礼儀を欠いた上でご尊顔を拝見し続けるなどという失礼も働いてしまいました!」

 

「顔を見て呆然とされるのも名乗りが遅れるのも確かに失礼ではありますが、頭を床にこすりつけるほどの悪行ではないですから。

 ともかくそのままでは話し辛いので、私の対面の椅子にかけてください」

 

「いえいえいえいえいえ!蕭何様と私如きが同席などと滅相もありませぬ!私は蕭何様に丁重に扱われる身分では決してなく、私なぞこのままで十二分でござりますれば!」

 

 どうもこの娘さんは本気でそう思っているらしく、声は震え、身体もかすかに震えている。

 

「私も元は下級役人で、今では大役を辞していているので身分はそれほど高くないですよ」

 

「そのような事は関係ありませぬ!蕭何様のご活躍は身分に関わらぬものでござりますれば!本当に私なぞ地べたで十二分!というか本当に同席だけは勘弁して下さい!」

 

 あっ、素が出た。

 しかしなんだろう、部屋に入ってくるまでは闊達な様子だったのに、部屋に入ってからは情緒不安定を疑うレベルで感情の起伏が乱高下してません?

 そこまで同席を拒否する理由がさっぱりなんだけど。

 

「まあ貴方がそこまで言うならそのままで構いません。

 けどそこまで強硬な理由を教えてもらえますか?後、演技はもう良いので」

 

「ぐっ、さすがです。やはり私如きの演技なぞ見破られていましたか。

 分かりました、全てお話致します」

 

 

 張術が話す所によると、彼女は気を可視化することが出来るそうなのだ。

 部屋に入った時、彼女は魔が差して気の可視化を行ったそうだ。

 そうすると眩く光る気に目を焼かれ、またその強大さに恐れ慄いたそうだ。

 しかも気には何やら毒々しさや猛々しさが見え隠れしており、気を盗み見たのがバレて不機嫌になったのだと彼女は勘違いしてしまった。

 だから彼女は慌てて平伏し、許しを請うたという顛末。

 

 ふむ、どうやら面倒の元は俺の不注意だったらしい。

 揺れる三半規管の痛痒と不快さが、治療で高めていた気に少し漏れていたのか。

 

「そういった理由があったんですね。訳をきちんと話していただけたので、全て不問に付します。

 ですので、席につき、改めての自己紹介をしませんか?」

 

「ううぅ、お心遣い感謝します」

 

 そう言って彼女は机を挟んで俺の対面の席についた。

 顔を背けながらなのは目が機能しているからだろうか。

 

「見ない状態への切り替えなどは出来ないのですか?」

 

「普段であれば可能です。けれど今はどうにも馬鹿になっていまして、顔を背けても蕭何様の方向はずっと眩く映っています」

 

 うーん、これは三半規管の治療を一旦やめた方がいいな。

 なるべく気配を殺すようにして……これでどうだ。

 

「今気を抑えましたが、まだ眩しいですか?」

 

「あっ、いえ、かなり収まりました。すごいです、あれだけの気力を完璧に制御されているのですね。

 これは改めて、膝を折りたくなる気持ちです」

 

 ありゃまたダウナーになってしまった。

 感情の起伏が激しい娘っ子だなぁ。

 

「何か落ち込まれる事がありましたか?」

 

「……私は今まで気力の量も制御技術も負けた事がなかったのです。

 ですが蕭何様の実力の前では私なぞ龍を前にした蜥蜴。

 どれだけ自分が増長していたのかを気付かされました」

 

「あーそうでしたか……とはいえ貴女はまだ若い。鍛錬を続けるならば、いずれ龍と成る事も出来ましょう」

 

「……実は自分で行う研鑽に限界を感じていたのです。ですから恥を捨てて他人に縋ろうとここにやって来た次第なのです」

 

「…自己流でそこまで鍛え上げた事、自身を高めた誇りを捨ててでも教えを請いに来た事。共に賞賛に値すると私は思います」

 

「ありがとうございます。そして私の選択は正しかったと実感しております」

 

 彼女は席を降り、再び平伏した。

 

「どうか私を弟子にしてください!」

 

「ええ、良いですよ」

 

「そこを何とか!どんな試練にも耐えます!言われた事は何でもこなします!ですから何卒!」

 

 おお、これが噂のお約束というやつか。

 

「ですから、弟子になるのは良いですよ」

 

「何卒!って、はい?えっ、そんなあっさりと。あの、本当に宜しいので?」

 

「ええ、医術上級合格者であり、気の可視化ができる特別な目を持つ、これだけでもかなり得難い人材と言えます。

 私が直々に教えましょう」

 

「えっ!本当ですか?!喜んじゃいますよ?私もう喜んじゃいますよ?今から嘘とか言うの無しですからね!」

 

「存分にどうぞ」

 

「よし、確約取れた。あっ、夢じゃないか確認しておこう。……うん、ほっぺ痛い。

 それじゃあ喜ぶぞ…すぅはぁすぅはぁ。

 ……やっっったぁぁーーーーぁぁ!これでまた夢に一歩近づいた!!」

 

 その無邪気に喜ぶ姿を見てほっこりして思わず笑みが溢れる。

 どうやら旅は退屈しそうにないとわかった事は行幸だった。

 

「では弟子に最初の試練を与えます」

 

「おお、是非!何でも応えてみせますよ!」

 

「国中を巡る旅に出ます。貴女はそれについて来れますか?」

 

「なんと!蕭何様自らが国を周られるのですか!ならばこの一番弟子めがついて行かねばなりませんね!

 私これでも旅慣れておりますゆえ、師匠の助けになるのは間違いありません!」

 

 改めて彼女を旅に誘い、彼女はすんなり快諾した。

 座学をせがまれるかと思ったのだが、彼女は随分アクティブな性格らしくてすごく助かる。

 

「私の仕事は後数日で全て終わります。貴方にはその数日の間に、旅の準備を整えて欲しいのです」

 

「はい、全て私にお任せくださいませ!準備を終えたら再び蕭何様を訪ねればよいのですか?」

 

「ええ、お願いします。もし準備が抜かりなく終わり、私の仕事が終わっていなければ、私の書でも読んで時間を潰してもらおうと思います」

 

「明日中に準備万全にしてみせましょう、では失礼ですが先に席を立たせてもらいます」

 

 私の書、と言った所で彼女は目をぎらつかせていた。まあ、向上意欲が強いのは良い事だ。

 彼女はそのまま部屋を退出しようとするが、俺は一つ気になった事があったので尋ねた。

 

「そういえば、夢に近づくと言ってましたが、貴女の夢とはなんですか?」

 

「知識の渇望を満たす事です!それに付随して若さを保つ術を研究しています!若いとそれだけ知識の収集効率が上がりますし!!!」

 

「うんうん、分り易くていいと思う」

 

 知識の収集が一番の目的だったんだろうけど、今はその為の手段の方が大事なんだろ。とは言わない。

 

「蕭何様からのお墨付き頂きました!では行って参りますね!」

 

 うん、まあ、総じて悪い子じゃないみたいだし、いいか。

 これからの旅が楽しみになってきた。


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