人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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96話 準備期間

 6月24日(水)

 

 放課後

 

 ~喫茶店 シャガール~

 

「いらっしゃいませー」

「すみません、予約していた月光館学園パルクール同好会の者です」

「ご予約のお客様ですね! お席のほうこちらになります」

 

 お店の女性に案内される。

 ついた席は店の角で広く、周囲には誰もいない。

 まだ皆はきていないようだ。

 

「やぁ、本日はうちの店を使ってくれてありがとう」

「マスター、こちらこそ急な話を聞いていただいて」

 

 相変わらず柔和なほほえみのマスターが、コーヒーを持ってきた。

 まだ注文していないが、サービスとのことだ。

 

 ありがたくいただいて待っていると、江戸川先生たちがやってきた。

 

「お待たせ、葉隠君」

「すみませんねぇ、渋滞に引っかかってしまいました」

「大丈夫ですよ、まだ時間はありますから」

「あの……どうして喫茶店に? それに先輩って水曜日はアルバイトなんじゃ……」

「まぁまぁ座ってくださいよ先輩」

「先輩は……ここがいいっすね」

「え、あちょっと」

 

 和田と新井の手で強制的にお誕生日席へと座らされる天田。

 

「すみません、予約の物をお願いします」

「かしこまりました」

「なんなんですか? いったい……部内会議なら部室でやればいいのに……」

 

 質問には俺も含めて誰も答えない。

 しかし、ロウソクの立てられたケーキが運ばれてくると理解した。

 

「……これ」

「ヒヒヒヒッ! それでは皆さん」

 

 先生の合図で一斉に祝福の歌。

 続いて声が上がる。

 

「天田君、おめでとう」

「おめでとうございます、先輩!」

「黙ってるなんて水くせーっすよ!」

「ほら天田、吹き消せ吹き消せ」

「天田君、固まってるとロウがケーキに落ちてしまいますから」

「は、はい!」

 

 あわてて吹き消されると同時に拍手を贈る。

 おまけに店内にいた店員やお客の一部もこちらに拍手を贈ってきた。

 天田は四方八方に頭を下げた後で俺たちに目を向けた。

 その目は若干、潤んでいる……

 

「どうよ? 驚いたか?」

「驚きましたよ! 何も言ってないのに」

「だから何で言ってくれないんすか」

「あやうくスルーするとこでしたって」

「江戸川先生が気づかなかったら本当にそうだったかも」

「ヒヒヒ、とにかく食べますか? それともプレゼント交換からでしょうか? ちなみに私のプレゼントはここの料理ですから、どちらからでも変わりませんが。ヒヒッ!」

「だったらプレゼントに一票」

「俺もっす。全部やることやってガンガン食いてぇ」

 

 俺も山岸さんも異論はなかった。

 

「じゃそういうことで、先輩」

「俺らのプレゼントはこれっすよ」

「!」

 

 出てきたのは“フェザーマンのフィギュアセット”。

 

「しかも限定版!?」

「へへっ、商店街のおもちゃ屋で手に入れたレア物っすよ」

「二人合わせて一つで悪いんですけど、受け取ってください」

「あ、ありがとうございます!」

「それじゃ次は私だね」

 

 山岸さんが取り出したのは腕時計に、なぜかイヤホン。 

 

「これをここに挿して、この横のボタンを押すと……はい」

「……! ラジオ?」

「うん、ラジオ機能付きの腕時計なの」

「カッコイイ! ありがとうございます!」

 

 最後は俺だな。

 

「俺からはこれだ」

「ネックレスですか?」

「これはその……お守りみたいなもんだ」

 

 チェーンとペンダントヘッドはオーナーから買った市販品だが、はめ込まれたオニキスは俺が始めてタルタロスで手に入れた宝石だ。これまでずっと部屋に置いていたけれど、この機にルーンを刻んで天田に託すことにした。

 

「オニキスは邪念や誘惑を祓い、心身のバランスを安定させる魔よけの石で、運動能力を高める効果もあると言われている。それを柱状にカットして、正面に刻まれてるこの文字の意味は、“保護”のエオローと“継続”のオセル。エオローには“仲間”や“絆”という意味もある。

 バイト先の商品に似たものがあってな、作り方を習って初めて作った“アクセサリー”だから地味だけど……受け取ってもらえるとうれしい」

「お守り……先輩、ありがとうございます!」

「ああ、それとこれも」

 

 天田はネックレスを首にかけ、フロスト人形と合わせて喜んでくれているようだ。

 このまま飽きずに使ってもらいたい。

 

 

 

 というのも、あのネックレスはルーンストーンと違い、力を込める必要がない。

 これは天田にあれを作ると決めてから気づいた事だ。

 

 俺はオーナーのようにルーンを使って常時効果の出せるアクセサリーは作れない。

 なぜなら、石に力をこめて持続させることがまだできないから。

 ただしそれ以外の作業はできる。

 

 そしてあの石は手に入れた時からエネルギーを持っていた(・・・・・・・・・・・)

 オーナーもそう言っていたし、今も力は感じられる。

 

 すでにエネルギーを持つ石に、俺が込める必要があるのか?

 あの石を使えば、俺にもアクセサリーが作れるということではないか?

 オーナーに質問したら、あっさり“可能”との返事がきた。

 基本は身に着けておくべきだから、気づくまでは教えないことにしたんだとか……

 

 もっと早く知りたかったが、宝石にばかり頼っていると地力が伸びないのは納得できる。

 

 ついでに簡単だからと効果付きのアクセサリーを大量に持っていると、互いに干渉しあって満足な効果が出なかったり、おかしな効果になることがあるので気をつけるようにと注意も受けた。一つなら問題はない。

 

「皆さん、ありがとうございます……僕、うれしいです」

「こんなのあたりまえっすよ!」

「ささ、食べましょうって」

「そうだな」

 

 あれが天田の助けになることを祈り、俺も料理に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス 4F~

 

 復帰から三日目にして“拳の心得”“足の心得”の効果が理解できてきた。

 攻撃力の上昇だとは分かっていたが、いきなり筋力が上がったわけではない。

 どうやら手足の動きを良くするスキルだったようだ。

 技のキレが良くなり、技が効果的に敵に当てられる。

 すると結果的にダメージも多く与えられるという具合だ。

 

「ギシャアッ!?」

「っと」

 

 俺がいた場所が炎に包まれる。

 “足の心得”はフットワークにも効果があるのかもしれない。

 “警戒”は単純に視野が広がっている気もするし、注意力も上がっているようだ。

 戦闘では不意打ちを受けにくく……

 

「っし! おっ……二十分前か」

 

 気づけば体内時計と合わせて、アラームみたいな効果を発揮するようになっていた。

 アナライズも組み合わせれば予定帳機能も作れそうだ。

 

「……携帯かよ!!」

 

 なんだって俺の能力はこんな方面に進むのか。

 べつに能力じゃなくても機械を使えばいいのに。

 本当に携帯一つあれば用は足りそうだ。

 

 タカヤは個人の性格や願望で能力が変わるとか言ってたけど、こんな能力は求めていない。

 まさか日常生活でしか使いようのない能力を心の底では望んでいるとか………………?

 

「? 意外と間違って、ない……?」

 

 そもそも俺が戦うのは強くなって死なないため……

 平穏無事に生きられるならそれでいいかも?

 危険が無い普通の日常は……欲しいか欲しくないかで言えば、欲しい。

 

 ………………えっ、まさかこれが原因?

 

 待て待て待て待て。それはない。ないだろう。

 

 願望が原因ならもっと こう無敵の体とか、誰も勝てない戦闘能力とか。

 あとはほら、過程を無視して全部思い通りになる能力とか!

 なんかそういう最強系小説みたいなのが願望にあるはずだ。

 だって命がかかってるんだから。

 

 安全な日常が欲しい = 日常生活に役立つ能力が欲しい、じゃないからな!?

 

 とはいえ、この仮説はあくまでも仮説。

 否定も肯定もできず、そこはかとない残念感を残したまま帰ることになった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月25日(木)

 

 放課後

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「お疲れ様です。オーナー、仕事前に少しよろしいですか?」

「いいわよ。何かしら?」

「これらの買取をお願いしたくて」

「あら、今日は沢山あるのね……まぁ! 宝石まで。どうしたの?」

「何といいますか……無欲で戦っ(やつあたりし)たらこんな結果に」

「とりあえずこの銀の仮面は前と同じ二千五百円。四枚だから一万円。このイエロートルマリンは…………パワーが前より強いわね。一つ五万円、二つで十万円。どうかしら?」

 

 合計で十一万円か。

 

「十分です。借金の返済にあててください」

「わかったわ。残りは三十六万円。この調子なら割と早く完済できそうね」

「無利子で待っていただいてるおかげです」

「でもこの宝石は売ってよかったの? 貴方にとっては武器にもなるし、アクセサリーを作れることにも気づいたのに」

「大丈夫です」

 

 実は昨日手に入れたマハジオジェムは三つ。

 どうしても作りたいアクセサリーがあるので、一つは確保してある。

 あとは特別な理由が無い限り、自力で作れるように頑張るつもりだ。

 

「そう。今後もよろしくね」

「こちらこそ」

 

 アルバイトに勤しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス 8F~

 

「いたたたた……」

 

 魔法の実験でダメージを受けてしまった。

 しかし面白い結果が出たし、新しい魔法(・・)も習得した。

 ダメージに見合う収穫だ。回復時計を使えばそれもない。

 体は少し痛んだが、心は満ち足りた気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月26日(金)

 

 放課後

 

 ~生徒会室~

 

 手伝いにきたが、なんだかゆったりとした空気が流れている。

 

「会長、今日の仕事は?」

「今朝のアンケートを集計してちょーだい」

「他には?」

「ふっふっふ……それが無いのだよ!」

「お前がいばることでもないだろう。葉隠が雑用をこなしただけ、俺たちの手が他の仕事に手が回ったんだ」

「葉隠は久保田と一年のアンケート結果をまとめてくれ」

 

 ということで、集計作業にとりかかる。

 

 アンケートの内容は“部活動の実態調査”

 

 どの部活に入っているか?

 週に何日活動しているか?

 部の雰囲気はどうか?

 先輩後輩に不満は無いか?

 活動内容に不満は無いか?

 そういったことを匿名で、やや遠まわしに聞いている。

 

 部室が汚いって意見が運動部系、特に男子の間にだいぶある。

 まぁこれはそれほど大きな問題ではなさそうだ。

 

 アンケートもこれで最後……? “部長が無茶をしすぎかも……”

 所属:パルクール同好会

 

 山岸さんのアンケート用紙だ。

 高等部二人だけだから匿名の意味がない。

 心配かけてすみません……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜

 

「よ~し……あと少し……」

 

 昨日の実験結果から、新たに“ルーンストーンブレスレット”を作る。

 ただ一つの目的に合わせた、いまの俺に作れる最高の装備を。




影虎は常時効果のあるアクセサリーを作れるようになった!
影虎は何かを計画しているようだ……

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