人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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85話 燃料投下

 夜

 

 ~自室~

 

『うはははは!! んで? その後どうなったんだよ』

「生徒会室と顧問の先生のとこ行って、事情説明と注意喚起。素行が悪いと練習場もパーになりねない、と軽く注意と小言を貰ったけど、気にかけといてくれるってさ」

『しっかり頭の自覚がでてきたみたいじゃねへが。それでいーんだよ。ついてくる奴を守るんだら……だ!』

「最後何て言った?」

『あ? なんだって?』

「最後! 何て言った!? 飲みすぎで呂律が回ってないんだよ!」

『お~、お前も飲んでたの? いかんぞ、高校生が酒なんて』

「飲んでるのも呂律が回ってないのも、俺じゃなくて父さんだろ!」

『なはははは、そうか。うはははは!』

 

 こりゃだいぶ飲んでるな……ったく。

 

「母さんいないの?」

『雪美はもう寝ちまったからお前に電話かけへんだろ。暇』

「じゃ寝ろよ!? もう十一時すぎてるぞ。こんな時間にいきなりかけてきて」

『いーじゃねーか、どうせ起きてんだろ? つーか、おめーもそんな怒鳴るなっつの。近所迷惑らろ』

「それは心配いらないよ」

 

 ドッペルゲンガーで防音対策は万全だから。

 

「で? さっきなんて言ったの?」

『さっき……何話してたっけか……』

「俺が昼休みに絡まれた話」

『……』

「高校デビューでボクシング部に入って、急に威勢が良くなった奴に絡まれたんだって」

『ああ、不良のたまり場なんだっけ? そのボクシング部』

「部員の一部(・・)な。その絡んできた奴がつるんでる不良グループがあるらしい」

『やばいのか?』

「聞いた感じはそうでもなさそう。なんというか、“虎の威を借る狐”って感じ」

 

 ボクシング部の有名人は? と聞くと、脳筋(真田)の名前ばかりが挙げられる。

 俺は入学以来、ボクシング部の事で他の生徒の名前を聞いたことが無い。

 それには他の部員に目立つ実績が無いことも原因だと、今日聞かされた。

 

 ボクシング部は脳筋(真田)の人気で、人数は多い。

 しかし脳筋(真田)以外は予選落ち、一回戦敗退がザラだそうだ。

 つまり、ボクシング部は完全に脳筋(真田)のワンマンチーム。

 おまけに当の脳筋(真田)は自分の練習が第一。

 エースだから。さらに実績を重ねてもらうために。自分が邪魔になってはいけない。

 そんな考えの下、周囲もそれを認めているとかなんとか。

 

 で、脳筋(真田)が興味を持っていないのを良いことに、脳筋(真田)が“所属しているだけ”の“ボクシング部”を盾に威張っている連中がいるらしい。

 

「だいたいうちの学校は有名進学校(・・・・・)に含まれるから、そもそも不良の基準が低い……と言うのも変だけど、父さんに連れていかれた駅前広場はずれ。あのへんのとは別物なんだと」

『ほー? ならこの先、また絡まれるな』

「間違いないの?」

『そりゃお前、その真田って名前とボクシング部はそいつらにとっちゃー、相手をビビらす一番の武器なんだろ? 看板が貶められるのは面白くないだろうし? 自分の腕に自信がねぇんなら、何とかして止めようともするらろ。

 時と場合によっちゃー、ただ強い相手より姑息な小物の方が面倒だぜぇ? 俺も現役時代は真っ向からこない奴に苦労した』

「父さんが言うと洒落にならないな」

『だったら一つ、良い解決方法、教えてやろうか?』

「あるの?」

『おう! 俺が編み出した、そういう奴相手の必勝法! 良く聴けよ……なぁに簡単ら。ボクシング部に殴りこんで向こうの頭を潰してくりゃいい』

「何て単純明快! それなら簡単に、ってアホか!! 共倒れになるだろ!」

『うはははは! まずは普通に先公(先生)に相談すんのが無難じゃねーの? 潰すかどうかは、それからお前の好きなタイミングで決めりゃいい。

 でもよ、そういう姑息な手を使う奴は……だいたい正面きってぶつかると弱いんだよ。弱いからそういう手に逃げないと勝てねぇような連中がほとんどだ。そうならないよう手は打ってくるだろうが、お前の土俵に引きずり込めばお前のが有利なんじゃねぇの……? 

 お前もだいぶ強くなってたしな。ま、なんにせよ……負けんなよ。頭ってのはな……後ろからついて来てくれる奴がいるとな……負けないんじゃねぇんだよ……負けられねぇんだよ……俺は……』

「父さん? 父さん!?」

 

 急に親父の声が小さく、聞こえなくなった。

 まさかアル中で倒れたり

 

『……キモ……ワリィ……吐きそうぇっ……』

「トイレへ行け!!!!!」

 

 それ以降の返事は無く、やがて電話も切れる。

 

「何やってんだか……」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 今日は不法投棄バイクを借りての運転練習。

 教本をアナライズで完全に記憶し、実際に動かしてみる。

 アドバイスを受けて問題点の発見と修正を繰り返すと、実技にもかなり自信がついてきた。

 

 ……教習所には行ってないけど、今度の金曜に試験を受けてみよう。

 

 合格できればよし。不合格でも試験の雰囲気を感じることはできる。

 

 そのために、さらにバイクを走らせる。

 見晴らしの良い海辺の道は影時間でも気持ち良い。

 そのまましばらく楽しんでいると、帰るころにはかなりリフレッシュできた気がする。

 

 影時間が終わりきる前にバイクを戻し、寮に帰って良い気分のまま眠りについた。

 

「………………」

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~???~

 

 ?

 

 何も見えない……

 

 不意に訪れた寝苦しさに目を開けると、世界は暗い闇に包まれている。

 

 まだ夜中……?

 

 枕元に手を伸ばす。

 だが、そこに置いてあるはずの携帯がない。

 いや、枕もない。かけ布団もない。寝ていたはずのベッドも無い。

 しかし体を縛る物も存在しない……壁や天井も、空も地面もない。

 あるのは暗闇と音だけ。

 

「音……?」

 

 声に出してようやく確かに認識できた。

 耳を澄ますと、かすかに後ろから何かの音が聞こえてくる。

 とても小さく穏やかなのに、頭に響くような音。

 なぜか体が動かない。

 しかし不安にならない。

 音を聴いていると、ただ鳴っているだけでなく、何かの曲だとすぐに気づけた。

 しかし聞きおぼえのない曲だ……

 何の曲かを考えようとすると、唐突に曲が止まってしまう。

 

『……モウ……ヒケナイ……』

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

「!?」

 

 次の瞬間、俺はベッドの上にいた。

 

「……夢?」

 

 体は汗だく、頭は重い。

 しかし……記憶がしっかりと残っている。

 最後に聞こえた女性のような声……とても夢とは思えない。

 

 と考えて、一つの心当たりを見つけた。

 

「まさか……」

 

 ベッドの下を見てみると、タルタロス用品と隣り合わせて置かれたバイオリンケース。

 位置的にはちょうど俺の枕の下。寝ていたらちょうど後ろにある位置だ。

 思い出してみれば、あの音はバイオリンのような気がする……

 

 心を落ち着け、ベッドの下からバイオリンケースを引き出す。

 

「ふぅ……」

 

 深呼吸を一つして、ペルソナを召喚。

 体ごと包み込んだケースを、そっと開いた。

 

 中身はバイオリンと弓が一組。それから楽譜が数枚。

 ……特におかしな点はないな。

 気分も少し疲れたくらいで、それほど悪くない。

 

「もうひけない、弾けないってこと、だよな……弾けない、弾きたい……? バイオリンだから弾かれたい?」

 

 Tokiko(トキコ) Kamiyasiki(カミヤシキ)

 

 楽譜に残るこの名前、おそらく元の持ち主の名前。

 オーナーは持ち主を選ぶバイオリンだと言っていた。

 持ち主とは、そういう事なんだろうか……

 

 バイオリンと弓を手にとって、なんとなく構えてみる。

 触った事すらこれが初めてだ。まともに弾けるとは思っていない。

 形だけのつもりで弓を弦に触れさせる。

 

「ギリッ!」

「あ……」

 

 弦と弓が軽く触れた途端、嫌な音をたてて弦が切れた。

 

「これ、どうすりゃいいんだ……」

 

 対処法をネットで調べなければならなくなった……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 6月10日(水)

 

 朝

 

 ~教室~

 

  “疲労”になった……というか結局あれ以来眠れなかった。

 

「おはよう……」

「葉隠君!」

「もう、やっと来た!」

「あれ? 山岸さん」

 

 ……寝不足が酷いみたいだ。

 クラスメイトの中に、山岸さんと岳羽さんの姿が見える。

 それとも俺がクラスを間違えたか……

 

「なに出てこうとしてんの! ほら、こっちくる」

「何が……」

「昨日の事で掲示板が大騒ぎなの」

「ああ、俺に対して批判的な意見がでたのか」

 

 覚悟はしていたが、早かったな。

 

「それが違うの。どちらかというと人気、みたい?」

「……は? 人気? 何で?」

「相手が青木だったからな」

 

 答えてくれたのは、集団の中にいた男子。石見(いしみ)だ。

 

「青木ってさ、近頃評判がすげぇ悪いんだよ。クラスだけじゃなくてボクシング部でも」

「不良グループに入ったって話?」

「知ってたのか。それで気が大きくなったみたいでさ、暴言吐いたり、誰かに絡んだり、そういう事をクラスの内外構わずやってたから、スカッとした! って奴が多いんだろうな」

「アタシ、俺と付き合えって言われたことある」

「ぼ、僕は目つきが気に入らないって怒鳴られた」

 

 クラスメイトからぼそぼそと声が上がる。

 

「葉隠君のも青木から絡んだんでしょ?」

「だから青木の自業自得? その後も葉隠君は一発も殴ってないんだし」

「喧嘩は悪い事でも、情状酌量の余地はあると思うよ」

「つーか、ぶっちゃけ皆そこまで気にしてねーだろ。自分に被害が無いならさ」

 

 島田さん、高城さん、西脇さん、それに順平。

 

「……なぁ、皆、やけに詳しく知ってないか?」

「……実はね、皆が言うとおり青木君の事は高評価なんだけど、あの時動画を、たぶん携帯で撮ってた人がいたみたいで、掲示板に動画がアップされてて……」

 

 流石に目が覚めてきた。

 言い辛そうな山岸さんに、続きをお願いする。

 

「最初は青木君への不満を書くスレッドに載せられて、葉隠君専門のスレッドに拡散されて……昨日話した“議論”に参加する人が増えて、その……」

「早い話が水面下で大騒ぎってわけ。応援も否定も同じくらいね。ホント、なにやってんの? てか、どうすんの?」

「俺の方が聞きたい……山岸さん、そっちに被害は?」

「私のほうには何もないよ。昨日の葉隠君の言葉が効いてるのかも、掲示板でも青木君の発言と一緒に批判されてたから。天田君や中等部の二人、それに江戸川先生の無事も昨日の夜と今朝の二回、確認してるよ」

「葉隠君だけ連絡がとれない! って、風花心配してたんだからね!」

 

 岳羽さんがそう怒鳴る。

 

「それは悪かった、けど……」

「けど何?」

 

 携帯をとりだして着信履歴を見てみるが……

 

「……俺、連絡もらってないみたいなんだけど」

「えっ? でも私ちゃんと……あれっ? 履歴がない……」

「間違い電話してたってこと?」

「ううん、葉隠君にかけた履歴だけが残ってないの。その後にかけた順平君の番号は残ってるのに……」

「順平にもかけたの?」

「あ、いや……」

「繋がらなかったから、念のため様子を見てくれるように頼んだの。部屋にいなかったみたいだけど」

「? 何時ぐらい? 昨日は、というか俺はバイトが無い日なら基本的に寮の部屋にいるけど」

 

 夜の外出といえば、影時間くらいだけど……まさかその時じゃないだろう。

 順平の覚醒はまだ先のはずだし、覚醒直後は混乱してそれどころじゃない。

 

「順平、何か隠してない?」

「や、やだなーゆかりっち。そんなこと」

「明らかに怪しい。嘘ついたの?」

 

 順平はこちらを見るが、何を考えての視線なんだ?

 全く分からない。

 

「葉隠君は知らないみたいだね。順平君は絶対に何か隠してるけど」

「島田さん……それは」

「本当に来てたのか? 順平」

「だーっ! もう! 何でお前までそっちなんだよ! このリア充!」

「リア充って、いったい何の話をしてるんだ?」

「……お前、昨日の夜に彼女連れ込んでただろ。つーかお前が今日そんなに眠そうなのってまさか、そういう事じゃないよな!?」

 

 その一言で教室中がざわめく。

 彼女なんて二度の人生合わせて三十年以上いないのに!

 

「ちょっと待った! 俺はずっと一人だった、何かの間違いだ」

「とぼけんなって。俺はお前の彼女に追い返されたんだぜ? “帰ってください”って扉越しにちっさい声で囁き続けてさ……こっちが何言ってもぜんぜん聞いてくれねーの。つーかコエーよお前の彼女。お前はのんきに楽器弾いてたみたいだしさ……」

「待った! ……楽器?」

「弾いてただろ? 何か。女の声、それも年上っぽくて、小さかったけどはっきり聞こえたし、ドアのそばで彼女が弾いてたんじゃないと思ってさ。だったら後はお前しかいないだろ。バイオリンとかそれ系の音、ちゃんとこの耳で聞いてたんだぜ!」

 

 それを聞いて、俺は原因を理解した。

 山岸さんの顔も青ざめているので、彼女も理解したんだろう。

 

「葉隠君、その、あのバイオリンは今、どこに……?」

「俺の部屋……今考えたら携帯から凄い近くに置いてた。ベッドの下と上の距離。あと、今日、夢にそれっぽいのが……」

「あっ、そうなんだ……それで」

「ねぇ、二人で分かり合ってないで、説明してくれない?」

 

 要求されたので、バイオリンの件を説明する。

 

『……………………』

「呪いのバイオリン」

「しかも江戸川の知り合いから預かった」

「ま、まっさかー……」

「でも待てよ? 葉隠の話が嘘で、本当は彼女がいたとして、部屋に連れ込めるか?」

「こっそり連れ込んだんじゃないの?」

「じゃお前、女子寮にこっそり男子連れ込めるか? 誰にも気づかれずに」

「女子寮が男子禁制なのと同じで、男子寮も女子禁制。誰にもばれずに連れ込まないと、今の葉隠の状況なら即行話が広まってるよな?」

「高等部の寮、管理ゆるくて結構皆夜遊びとか出歩いてるしな。夜でも人はけっこういるよ」

「あと順平、その彼女の声って歳どのくらい?」

「あー……いま思い出したくねーけど、結構上。二十歳はこえてそうだった。下手したら二十五?」

「……無理じゃね?」

「そのくらいの歳の女の人が夜中の男子寮を歩いてたら、不審者だよね」

「寮母さんも夜は帰るし、絶対に目立つのは確かだな」

「てことは……」

『♪』

『キャアッ!』

『わぁ゛ー!!』

 

 クラス中の人目が俺に向いた、ちょうどその時。

 

『生徒の呼び出しを行います。一年A組、葉隠影虎君。一年D組、山岸風花さん。ただちに職員室まで来てください。繰り返します。一年A組……』

「なんだ、ただの放送じゃない……」

「脅かすなよ!」

「とりあえず俺、呼ばれたみたいだから行ってくるわ。山岸さん」

「う、うん」

 

 集まったクラスメイトに声をかけ、俺は山岸さんを連れて職員室へ。

 

「……え? 待った! 俺どうすりゃいいの!? 影虎!? 俺、モロに声聴いちゃったんですけど!? おーい!!」

 

 順平の声がむなしく響く。

 ちなみにこの話になってから、岳羽さんは終始無言だった。




影虎は心霊現象を体験した!
疲労になった……
影虎への注目がさらに集まっていた!

真田の性格とボクシング部についての勝手な考察。
バトルジャンキーがシャドウや外部に対戦相手を求める一因として、
ボクシング部には骨のある相手がいないんだと思っています。

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